身を守るも何も、刃物や銃が人間に向けられることの

いや、まだ明確な意見に纏まりません。
バージニアの乱射事件を含めて、整合性の有る考えに至らないのであります。
何故人は人を殺すのでしょう。。。。
(2007.04.18 23:11:24)

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2007.04.18
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カテゴリ: 流言飛語
はな

長崎市長の伊藤一長さんが銃撃されたという事件は衝撃的だった。
戦争の暴力が続くことを世界に向かって糾弾し続けてきた姿勢に敬意を抱いていた。また、僕も世話役としてお手伝いしている当市の平和市民団体とも交流があった方だった。
お亡くなりになったということで、残念に思うと同時に卑劣な凶行に強い怒りを感じている。
当地では、毎年8月6日に広島・長崎の悲劇を二度と繰り返させないために「伊那市民平和記念式典」と、それにともなう平和記念行事を20年以上続けてきている。
市内のすべての主な団体、宗教関係者、行政、議会、市民に参加を呼びかけて設立された団体で、たぶんこれだけ立場が違う人たちが一同に名を連ねて行動するということは前例がないだろう。
長崎市では奇しくも、本島前市長そして伊藤市長も銃口に晒されたことになったが、お二人とも当市の活動に関心を寄せてくれ、8月近くなると連帯のメッセージを送ってくれていた。
おりしも、アメリカでは銃の乱射事件で32人もの人命が失われたという痛ましい事件も報じられていた。そのさなかに日本でもこのような事件が起きたことに、皆が武器をもつことや武装の意味を考えざるを得ない。
アメリカで銃規制がいわれて長いが、はかばかしく進まないのは「自分の身を自分で守る自由がある」という大義名分がまかり通っているからだ。
そのような大義名分に守られて犯罪予備軍やマニアックな連中が容易に銃を手に入れられるのだから、文字通り「キチガイにハモノ」(犯人のみに向けた言葉で他意はない)ということになる。
長崎市長を殺した銃も、犯人の所属している世界では容易に手にすることができるのだろう。」
ここまでは、個の事件である。
世界の多くの国では「自衛のための」武器保有が拡大している。
日本で安部総理の狙う改憲へのもくろみも、「武器による自衛」のために9条の中身を変えたいというのが本音であろう。
核保有、集団的自衛権というアメリカ軍の下請けも「武器による自衛」への実現にむけた思想に基づくものにほかならない。

平和への希求を強く世界へ求め続けていた長崎市長の死、アメリカの銃乱射事件を見て「ほら見ろ、やっぱり武器を持たなければ殺られる。」と考えるか「だから武器は持たない、持たせない社会を目指そう」と考えるのかの選択は、天地ほどに違う。






何度もいうことだが、憲法を守るということは、
日本をすっ裸にしようという主張ではない。
不必要な武装化はやめよう。
国民主権、武力にたよらない平和な理想社会を
目指して努力を続けようということである。
武器を持たなければ平和を守れないという思想
は、現実的なようで幻想だということを、最も
武器をもつアメリカ社会が実証している。



夜空












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Last updated  2007.04.18 18:51:37
コメント(13) | コメントを書く


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Re:「自衛」について想うこと(04/18)  
無防備な者に発砲するという卑怯な行為をどうして防いだらいいのでしょうね・・・
武器ももちろん憎みますが、それを使うのは人間ですから・・・そうした人間を生み出す社会をどうにかしなくては、と思います。
だから、自衛のために武装しなくては、という意見にはそれで最終的な平和は得られないよ、と言いたいですね・・みんながみんな、自分の武装は自衛のためだと言ってゆずらないでしょうから。。 (2007.04.18 20:51:19)

Re:「自衛」について想うこと(04/18)  
志穂音  さん
銃刀法が禁止されているこの国で、なぜこのようなことが起こるのでしょう?
日本も、ますます犯罪はアメリカに近づきつつありますね。格差だってそうですし。言論を暴力で封じるなんて人間のやることではない!一方でこういう人間を泳がせておく日本の組織も問題があると思っています。 (2007.04.18 21:53:48)

Re:「自衛」について想うこと(04/18)  

Re[1]:「自衛」について想うこと(04/18)  
msk222  さん
つるひめ2004さん
>無防備な者に発砲するという卑怯な行為をどうして防いだらいいのでしょうね・・・

その場に居合わせたら、防げないかもしれない。運が悪いとしか言えない。
というのは、武器の所持を野放しにしたらの話しですね。
社会に武器が出回らないようにすれば、このような悲劇は減るはずです。国家間においても同様ですね。

>武器ももちろん憎みますが、それを使うのは人間ですから・・・そうした人間を生み出す社会をどうにかしなくては、と思います。
>だから、自衛のために武装しなくては、という意見にはそれで最終的な平和は得られないよ、と言いたいですね・・みんながみんな、自分の武装は自衛のためだと言ってゆずらないでしょうから。。
-----
そうですね。
元から断たなければ。
家のなかでつねに武器をもって行動する必要はない。信頼しあっているからです。まれには家族間で殺し合うこともありますが、その確率は何万分の一でしょう。
信頼感の醸成が何よりの抑止力になるはずですよね。
(2007.04.19 11:23:06)

Re[1]:「自衛」について想うこと(04/18)  
msk222  さん
志穂音さん
>銃刀法が禁止されているこの国で、なぜこのようなことが起こるのでしょう?

どこかに抜け道があるからでしょう。
昔ほど、警察もまる暴の家宅捜査をしなくなったのでは。

>日本も、ますます犯罪はアメリカに近づきつつありますね。格差だってそうですし。言論を暴力で封じるなんて人間のやることではない!一方でこういう人間を泳がせておく日本の組織も問題があると思っています。
-----
う~ん、難しい問題ですね。
危なそうだから始めから捕まえておくといったら、際限がなくなりそう。
ただ、問題人物だったようですから、何らかの予防措置ができなかったものか…。
(2007.04.19 11:26:40)

Re[1]:「自衛」について想うこと(04/18)  
msk222  さん
誰やねんっ20号さん
>身を守るも何も、刃物や銃が人間に向けられることの

>いや、まだ明確な意見に纏まりません。
>バージニアの乱射事件を含めて、整合性の有る考えに至らないのであります。
>何故人は人を殺すのでしょう。。。。
-----
なぜでしょう?
ぼくにもわかりません。
殺したいほど憎い、というなら分からないでもありませんが。

(2007.04.19 11:27:57)

Re:「自衛」について想うこと(04/18)  
エムツー  さん
アメリカの「乱射」はまたか・・・という感じですが、日本でそれも「市長」に向けて銃を撃つなんて・・・とショック大きいです。「暗殺」というのでもなく、直接何かされたわけでもなく、犯人は「殺す」ことで、何を達成したかったんでしょうか?・・・ (2007.04.19 18:00:24)

Re[2]:「自衛」について想うこと(04/18)  
msk222さん
>う~ん、難しい問題ですね。
>危なそうだから始めから捕まえておくといったら、際限がなくなりそう。
>ただ、問題人物だったようですから、何らかの予防措置ができなかったものか…。
-----


難しくはないと思います。

テロが実勢で、政治的に有効だからです。
理念として排除しようと、卑しいとおとしめようとも
現実にはテロが日本の戦前、戦後明らかに折々の局面
で政治の流れを変えるというかたちをとってきたと思われます。

嶋中事件、浅沼刺傷、幼少期の大きな事件がその後
日本の政治的な流れに与えた影響を思い起こすと
テロを仕掛ける側の論理は抜き去り難いリアリズム
に支えられてのものだと印象します。

下山国鉄総裁轢死事件や、豊田商事の永野会長刺殺。
血が流れてはいないけれど、江崎グリコ社長誘拐事件
など物理的な実力行使も、デカいスケールのもの程
未解明ですよね。皆さんがご期待の言論というものも
実は、そういう物理力とどう対峙できるかを勘案して
こそ有効性を発揮できるものだったのです。どんなに
失念をしていても、現実がそれを必ず強いてくると
思います。この構図はある種、普遍的ですらあります。 (2007.04.19 19:34:55)

Re[1]:「自衛」について想うこと(04/18)  
msk222  さん
エムツーさん
>アメリカの「乱射」はまたか・・・という感じですが、日本でそれも「市長」に向けて銃を撃つなんて・・・とショック大きいです。「暗殺」というのでもなく、直接何かされたわけでもなく、犯人は「殺す」ことで、何を達成したかったんでしょうか?・・・
-----
ゆすりたかりが通らなかったことでの、ただのやけのやんぱちだったのでしょう。
そんなゴミのようなヤツの犠牲になってしまったということで、やりきれないですね。

(2007.04.19 23:11:22)

Re[3]:「自衛」について想うこと(04/18)  
msk222  さん
シャルドネ。さん
>msk222さん
>>う~ん、難しい問題ですね。
>>危なそうだから始めから捕まえておくといったら、際限がなくなりそう。
>>ただ、問題人物だったようですから、何らかの予防措置ができなかったものか…。
>-----
>難しくはないと思います。

>テロが実勢で、政治的に有効だからです。
>理念として排除しようと、卑しいとおとしめようとも
>現実にはテロが日本の戦前、戦後明らかに折々の局面
>で政治の流れを変えるというかたちをとってきたと思われます。

>嶋中事件、浅沼刺傷、幼少期の大きな事件がその後
>日本の政治的な流れに与えた影響を思い起こすと
>テロを仕掛ける側の論理は抜き去り難いリアリズム
>に支えられてのものだと印象します。

>下山国鉄総裁轢死事件や、豊田商事の永野会長刺殺。
>血が流れてはいないけれど、江崎グリコ社長誘拐事件
>など物理的な実力行使も、デカいスケールのもの程
>未解明ですよね。皆さんがご期待の言論というものも
>実は、そういう物理力とどう対峙できるかを勘案して
>こそ有効性を発揮できるものだったのです。どんなに
>失念をしていても、現実がそれを必ず強いてくると
>思います。この構図はある種、普遍的ですらあります。
-----
政治的に有効であるかぎり繰り返されるということでしょうか。
これをバネにしてゆく努力ということでは成り立たないのかな。
(2007.04.19 23:14:47)

Re[2]:「自衛」について想うこと(04/18)  
msk222さん
>志穂音さん
>>銃刀法が禁止されているこの国で、なぜこのようなことが起こるのでしょう?

>どこかに抜け道があるからでしょう。
>昔ほど、警察もまる暴の家宅捜査をしなくなったのでは。

>>日本も、ますます犯罪はアメリカに近づきつつありますね。格差だってそうですし。言論を暴力で封じるなんて人間のやることではない!一方でこういう人間を泳がせておく日本の組織も問題があると思っています。
>-----
>う~ん、難しい問題ですね。
>危なそうだから始めから捕まえておくといったら、際限がなくなりそう。
>ただ、問題人物だったようですから、何らかの予防措置ができなかったものか…。
-----



この日記に対応したつもりで、昨日自分の日記に
書きました。

http://plaza.rakuten.co.jp/hint2003/diary/200704240002/ (2007.04.25 12:44:54)

Re[4]:「自衛」について想うこと(04/18)  
msk222さん
>政治的に有効であるかぎり繰り返されるということでしょうか。
>これをバネにしてゆく努力ということでは成り立たないのかな。
-----


「政治的有効」ということは、つまりわれわれの
日常はこれで束ねた秩序を基礎にして、実は喰って
いる。喰えているということなのですよ。

汚れ役を買って出ているヤカラを痛罵することは、
小学生には似合っても、口の周りの血塗れたのを
ぬぐって飯喰っているわれら大人が奇麗事を言う
のは見苦しいということなんです。


自覚なしに、市民主義やれているのはもう80年
以前で御仕舞いになっている筈。少なくともそう
私は思っているのですけれどねえ。


劇画の台詞じゃないけれど「もう逝っている」と
申し上げたいです。

暴力団ひとりに3丁とも、4丁ともいわれるぐらい
銃砲が行き渡っていて、それを警察も公安も深く
関与しているという構造がみえるぐらいの視力が
あれば、それを丸腰の市民が卑怯というのには、
ならばなぜ戦後営々と与党を信認し続けてきたのか
という猛省がいるはずなんです。

対峙するどころか、同じ隊伍でなにかの言論を封殺
してきた。それが皆様ご自身だったのではないのか
という風にまな板にあげて貰いたいと思いますね。

(2007.04.25 23:54:18)

Re[5]:「自衛」について想うこと(04/18)  
msk222  さん
シャルドネ。さん
>msk222さん
>>政治的に有効であるかぎり繰り返されるということでしょうか。
>>これをバネにしてゆく努力ということでは成り立たないのかな。
>-----


>「政治的有効」ということは、つまりわれわれの
>日常はこれで束ねた秩序を基礎にして、実は喰って
>いる。喰えているということなのですよ。

>汚れ役を買って出ているヤカラを痛罵することは、
>小学生には似合っても、口の周りの血塗れたのを
>ぬぐって飯喰っているわれら大人が奇麗事を言う
>のは見苦しいということなんです。


>自覚なしに、市民主義やれているのはもう80年
>以前で御仕舞いになっている筈。少なくともそう
>私は思っているのですけれどねえ。


>劇画の台詞じゃないけれど「もう逝っている」と
>申し上げたいです。

>暴力団ひとりに3丁とも、4丁ともいわれるぐらい
>銃砲が行き渡っていて、それを警察も公安も深く
>関与しているという構造がみえるぐらいの視力が
>あれば、それを丸腰の市民が卑怯というのには、
>ならばなぜ戦後営々と与党を信認し続けてきたのか
>という猛省がいるはずなんです。

>対峙するどころか、同じ隊伍でなにかの言論を封殺
>してきた。それが皆様ご自身だったのではないのか
>という風にまな板にあげて貰いたいと思いますね。
-----
落ち着いたらじっくりと考えたいと思います。
(2007.04.30 11:11:54)

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