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皆様、おはようございます。今朝は朝5時に目が覚めてしまいましたので、ラジオ番組「森永卓郎の朝はニッポン一番乗り」を聞きながら執筆しています。今日は上野公園のモノレールについて書きたいと思います。上野動物園の本園(東園)から分園(西園)の間を約2分で結ぶ「小さな空中散歩」上野公園モノレール。このモノレールは東京モノレールのように跨座式モノレール(1本レールの上を走るモノレール)ではなく、日本初の懸垂式モノレール(ぶら下がり式のモノレール)で、このタイプとしては湘南モノレール、千葉市モノレールなどがあります。上野動物園・東園駅にある「モノレールの移り変わり」30年前の3歳の頃、上野動物園に連れてきてもらった時、このモノレールに乗りたいと親にせがみましたが、「距離が短いから歩く」と却下され、駄々をこねた事があります。その無念を30年目にして晴らすべく、この様にして乗ったのでありました。説明によれば、現在の車両で4代目。運賃150円の切符を買い、ホームへ行ったのでした。やがて静かな音をさせながら、2両編成のモノレールが入線してきました。上野動物園分園(西園)駅に停車中のモノレール上野公園モノレールの車内(貫通路の通りぬけはできません)上野公園モノレールの運転台(ワンマン運転です)多くの家族連れが乗りこむと、やがてドアが閉まり、モノレールはゆっくりと走り出しました。時間にしてわずか2分ほどの「空中散歩」でしたが、子供心にとってはこれが「未来の乗り物」に感じるのだな、と感じました。懸垂電車(モノレール)についての案内遊園地の豆汽車、動物園の「お猿電車」など、子供心をくすぐる乗物って、結構ありますよね。幼い頃絵本で読んだ「未来の乗り物」モノレールも、姫路市営、よみうりランド、向ヶ丘遊園、横浜ドリームランド(後者2つは遊園地そのものが閉園しました)など、一部の路線で老朽化などから廃止や休止になったものもあります。その絵本の中の「未来の乗り物」の中で、実現したものは果たしてどれだけあるでしょうか?ちなみにこの「上野公園モノレール」、懸垂式モノレールとしては日本で一番最初にできたものだとか。当時としては、まさに「未来の乗り物」だったのですね。上野動物園分園(西園)駅を発車するモノレール時間にしてみればわずか2分程、という短い時間でしたが、これで30年のリベンジを果たした満足な気持ちになりました。その後は、やはり「懐かしい気分になれる場所」で食事をしたいと思い、上野松坂屋の大食堂「ファミリーレストラン」(南館7階)へ。メニューの中に「お子様ランチ」(750円)というのがありました。「年齢制限ありますか?」と聞いてみると年齢制限はない、との事なので頼む事にしました。上野松坂屋の大食堂「ファミリーレストラン」(許可を得て撮影)やがて、750円の「お子様ランチ」が運ばれてきました。上野松坂屋の「お子様ランチ」 (750円)ふりかけ御飯、卵焼き、フライドポテト、エビフライ、カニコロッケ、ウインナー、スパゲティ、ゼリー、乳酸飲料と、子供好みの内容でした。またお絵かき帳のおまけ付。料理もアツアツで「子供だからといって手抜きはしませんよ」という姿勢がうかがえました。この上野松坂屋の大食堂「ファミリーレストラン」(南館7階)は、昔ながらの「デパートの大食堂」といった感じで、和食・洋食・中華何でもあります、という楽しい食堂でした。しかしながら合理化その他の理由で、700席あったのを168席にしてしまったのは惜しまれます。この様な形の「デパートの大食堂」、いつまでも残っていて欲しいものです。かっては、デパートへ出かけることが一つの「お出かけ」でした。デパートの大食堂でご飯を食べ、屋上のミニ遊園地で遊ぶ。そんな時代も、もはや昔かもしれません。今はデパートのレストランもテナント制になり、直営の大食堂は姿を消しつつあります。大阪では有名だった、梅田阪急の大食堂も2002年になくなってしまいました。東京で現在、このような何でもある「お好み食堂」が残っているのは、上野松坂屋の他、日本橋三越、新宿京王、伊勢丹「イセタンダイニング」、高島屋「ファミリーレストランRose」ぐらいになってしまいました。皆様からの「お子様ランチの思い出」、「デパート大食堂の思い出」等も是非、お聞かせ下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。ご参加、お待ち致しております。最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2006.09.29
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皆様、こんにちは。いかがお過ごしですか?渡良瀬渓谷の旅も、いよいよ終盤戦となってまいりました。富弘美術館のティールームで、草木ダムを眺めながらのティータイムはいかがでしたか?この草木ダム、「首都圏の水がめ」と呼ばれていて、水道の水源の他、水力発電、農業用水など多目的に使われています。あいにく、雨がちらついてきました。この富弘美術館の周囲には、ダムを一望できる「花の遊歩道」があり、季節になると色とりどりの花々が咲き誇ります。行きに乗ってきたバスに再度乗って、再び神戸(ごうど)駅へと戻ります。レールバスが来るまでの間、再び列車レストラン「清流」(元・東武「DRC(デラックス・ロマンスカー)」)を見てみる事にしましょう。保存状態は、鉄道会社ということもあって良いのですが、所々に錆が浮き出ているのが気になります。また前にも書きましたが、塗装が青く塗られてしまい、せっかくの「東武特急色」がなくなってしまったのが残念です。やはり、維持の問題なのでしょうか。この1720系の第1編成は、平成3年8月31日の「営業最終列車」や、その後の「さようなら運転」にも使用された編成で、先頭車2両はそれぞれ、東武博物館と岩槻城址公園に保存展示されています。東武博物館のモハ1721号車の方はスペースの関係で半分にカットされての保存展示ですが、岩槻城址公園の方のモハ1726号車は完全な形で残っています。岩槻城址公園の東武「DRC」モハ1726号車ただ、貫通扉を壁でふさぐ工事がいずれもされているので、完全な形で残っているのは、このモハ1724・1725号車のみとなっています。皆様も、わたらせ渓谷乗車の折には、神戸(ごうど)駅で途中下車して、列車レストラン「清流」でコーヒータイムなんていかがでしょうか。そうこうしているうちに、上り・下り両方のレールバスがやってきました。足尾からやってきたレールバスからは、バスツアーの一行が降りてきました。神戸駅前に大型バスが停車していたのはそのせいでしょうか。彼らはおそらくこれから、今私達が行ってきた「富弘美術館」へ行くのでしょうか。これが「トロッコ列車の旅」なら、バスツアーもより楽しかったかもしれませんね。雨の降る中、レールバスは山を下っていきます。次の目的地は、水沼駅です。水沼に着いた時は、雨は土砂降りでした。さて、温泉に入る事にしましょうか。この水沼駅、「水沼駅温泉センター」といって、露天風呂・サウナ・大浴場のある温泉施設となっています。通常の入浴料は500円ですが、「1日フリーきっぷ」で400円になります。 これが露天風呂です。6人ぐらいまで入ることができます。これが内風呂です。他の人が入っていない時を見計らって、撮影しました。※温泉施設、特に風呂の撮影は他の入浴している人の許可を得てから撮影する様にしましょう。内風呂に露天風呂にサウナ、と満喫した後は何と言っても冷た~い生ビールですよね!ここには座敷もあり、カラオケを楽しみながら飲食が楽しめるようになっています。ステージでは誰かがカラオケを歌っていました。「水沼駅温泉センター」の宴会場です。カラオケは順番待ちになる程の人気です。私も「もつ煮定食」を頼み、生ビールを飲みながらくつろいでいました。もちろん、カラオケも入れて。順番が回ってきました。歌うは、石原裕次郎の「勇者たち」。そう、テレビドラマ「西部警察」のテーマ曲です。歌い終わると、回りのお客から拍手が飛んできました。地元の集会場にもなっているこの宴会場、気分がいい時は、地元の方とのふれあいも楽しめるかもしれませんよ?!列車の時間がやってきました。相老まで再び、レールバスの旅です。大間々駅には、昼間乗ったトロッコ列車「わたらせ渓谷号」が留置されていました。雨よけのため、トロッコ車両にはカバーがされていました。大間々駅で1両切り離し、単行で終点・桐生へと向かいます。相老駅で、帰りの特急「りょうもう44号」の指定券と、硬券入場券を買い求めます。東武特急では、赤城特急「りょうもう」号にしても、鬼怒川特急「きぬ」号にしても、夜の上り列車の一部に「夜割」という割引料金が設定されていて、昼間乗るより安く乗れる場合があります。(詳細はお尋ね下さい)やがて夜の闇の中から、19時08分発浅草ゆき特急「りょうもう44号」がやってきました。車内はガラガラ状態です。またこの辺の普通電車は「ワンマン運転」となり、太田駅などで浅草からの列車と接続運転をしているようです。太田を出ると、「りょうもう」号は一気にスピードを出します。次の停車駅は足利市です。もう既に夜の闇に包まれていますが、この足利は歴史の町です。またゆっくり歩いてみたいと思いますので、その時はこのブログでも報告したいと思います。この夕陽は、足利市の渡良瀬川にかかるある有名な橋から撮影したものです。その「有名な橋」とは?そうです、森高千里や松浦亜弥の曲で有名になった「渡良瀬橋」です。もともとは旅番組「いい旅夢気分」のテーマ曲として作られた曲ですが、たちまち大ヒットとなり、足利を訪れる観光客が倍増したとか。このため森高千里さんは、足利市から感謝状を贈られたそうです。つい最近、歌碑もできました。この歌に歌われている場所なども、今度ゆっくりと巡りたいですね。足利市を出発すると、私もさすがに眠くなってきました。いつしか寝てしまったようです。気がついたときには、北千住に到着した時でした。ここで常磐線や、東京メトロ日比谷線、半蔵門線直通電車、千代田線に乗り継ぐ乗客が降り、車内は更にガラガラとなりました。我々の旅も、いよいよ終わりです。業平橋駅を通過し、隅田川の鉄橋を渡ると21時05分、赤城から走ってきた特急「りょうもう44号」は終着駅・浅草へと到着しました。列車は、簡単な車内清掃を終えると「回送」表示になって、業平橋の電留線へと引き上げていきました。私はこの後、撮影したい列車がありました。21時30分発の通称「通勤特急」こと、南栗橋ゆき特急「きりふり283号」でした。この「きりふり」という名前にも、哀愁を感じます。何故ならその名前は、かって1720系「DRC(デラックス・ロマンスカー)」登場以前のスターだった、1700系「白帯(はくたい)車」特急に使われていた名前だからです。東武1700系ロマンスカー「白帯車」模型その後愛称が日光特急は「けごん」号、鬼怒川系統は「きぬ」号に統一されて一旦消えましたが、後に日光線の不定期急行の名前として復活しました。そしてこの度、平日下りのみ運転の南栗橋ゆき特急として復活したのです。(多客時には「臨時特急」として東武日光まで走ります)浅草駅特急ホームで発車を待つ特急「きりふり283号」ちなみに使われているのは赤城急行「りょうもう」号で活躍し、勾配の多い日光・鬼怒川線でも走れるように電気ブレーキ等を装備した300系6両編成で、「スペーシア」とは設備等で格差があります。(以前、8月19日の話題「ちょこっと家出」に出てきた特急「しもつけ281号」の350系は、これを4両編成にしたものです)そのため、特急料金には格差が当然設けられています。車内は回転クロスシートに、カード式公衆電話、ジュース類の自動販売機もあり「有料特急」として使うには遜色のないタイプです。欲を言えばこれを1編成、東上線(池袋~寄居間)に転属させて「行楽特急」を是非、運転して欲しいものです。さて、最後は趣味の「鉄ばなし」になってしまった渡良瀬渓谷の旅でしたが、いかがでしたでしょうか?これから紅葉のシーズンです。是非、このブログをご覧の皆様も、 「わたらせ渓谷鉄道」の小さな列車に乗って、秋を訪ねに出かけませんか?そして富弘美術館で、詩と花の世界にふれてみませんか?今回も最後まで御愛読、ありがとうございました。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。ご参加、お待ち致しております。
2006.09.28
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皆様、こんにちは。大変ご無沙汰しておりましたが、今日、ようやく続きを書けるようになりました。現在は今週末締め切りのレポートの作成に追われています。それでは、渡良瀬渓谷の旅を続けることにしましょう。神戸(ごうど)駅でトロッコ列車「わたらせ渓谷号」を下車した我々一行。上り線ホームから、トロッコ列車のショットを撮影しています。先頭のディーゼル機関車から、元・国鉄の12系客車、元・京王帝都5000系電車を改造したトロッコ客車2両、そしてまた元・国鉄の12系客車と続き、撮影にはもってこいのポイントです。中には上り線の線路に下りて写真を撮っている人もいます。「列車来るぞー」誰かが叫びました。どうやら、上りのレールバスが到着のようです。やがて高らかなエンジン音を響かせて、2両編成の茶色のレールバスが到着しました。ここで何人か降りるようです。さて、我々はランチタイムにすることにしましょうか。上り線ホームには、これから昼食をとる、列車レストラン「清流」があります。何が「列車レストランなのか」ですって?それはかって、東武鉄道が日光・鬼怒川特急に走らせていた1720系「DRC(デラックス・ロマンスカー)」の第1編成のうち、モハ1724号車とモハ1725号車をわたらせ渓谷鉄道が引き取り、この神戸駅で「列車レストラン」として営業しているのです。では、さっそく店内に入ることにしましょう。入って左側(モハ1724号車)が一般の食堂、右側(モハ1725号車)が「団体専用室」となっています。ケーキ、コーヒーなどの喫茶ものから、「きのこそば」、「きのこカレー」など、地場産品を使った食事メニューまで、結構揃っています。「団体専用室」となっているモハ1725号車の車内(1724号車も同様です)座席はかっての「DRC」時代のものをそのまま向かい合わせにしてテーブルを置いて使用しているので、リクライニングもそのままです。窓の上の「座席番号表示」もそのままで、まるで「DRC」のビュッフェから食事をオーダーして、食べているような感覚です。窓の上に残っているかっての「座席指定番号札」特別にモハ1725号車を見せてもらいました。この車輌は現役時代「ビュッフェ車」で、ビュッフェのカウンターがそのまま残っています。最初は、このカウンターを活用して料理を作っているのと錯覚していましたが、レパートリーが多いので、別にキッチンを設けました。(現在、当時のビュッフェカウンター部分は、飲物類の準備場所になっているようです)モハ1725号車の旧・ビュッフェカウンター部分「きのこカレー」と生ビールをオーダーして食べていると、本当に「食堂車」で食べているような感覚になります。それでは、食べ終わった後で車外を見てみることにしましょう。かっての貫通ドアも健在で「日本車両 昭和35年」という製造銘板もそのままです。しかし、残念なのは2年前に塗装を青一色に塗り替えてしまったことです。これが「東武特急時代」のままだったら、尚良かったのですが、贅沢な話でしょうか?青く塗装された東武「DRC」モハ1725号車(窓のない部分は旧・ビュッフェ部分です)それでは、昼食も済みましたので次の目的地・富弘美術館へ出かけることにしましょう。駅前からバスが出ています。神戸の駅舎は昔ながらの味がある駅舎で、硬券入場券があるかな、と期待していたのですが、残念ながら現在は無人駅になってしまいました。味のある、わたらせ渓谷鉄道・神戸(ごうど)駅の駅舎[現在は無人駅]バスに乗ると、運転士さんが言いました。「富弘さんところへ行って帰ってくるならば、一日券買った方がトクだよ。」安い方を勧めてくれる、人情のあたたかさ。早速「1日乗車券」を買いました。そしてバスは出発。10分ほどでバスは、次の目的地・富弘美術館に着きました。草木ダムのほとりにあるこの美術館は、「道の駅」にも指定されています。また、わたらせ渓谷鉄道の「1日フリーきっぷ」でも、入館料が割引になります。「富弘美術館」エントランス星野富弘という人は、かっては中学校の体育の先生でした。しかし、体操の指導中の不慮の事故で手足の自由を失いました。それでも懸命のリハビリにより、口で筆をくわえて絵を描き、詩を書くことを始めました。美しい花々の絵と、人を感動させるその詩は、人の心に強く訴えかけるものがあります。美術館というと、堅苦しい、敷居が高い、という偏見をお持ちの方も多いかもしれませんが、この富弘美術館はそうではありませんでした。小学校の子供からお年寄りまで、気軽に詩を読み、絵の美しさを楽しめる、そんな美術館でした。また素敵なのが、草木ダムに面したカフェです。「首都圏の水がめ」と言われている草木ダムを一望できるカフェでは、ティータイムをのんびりと楽しむことができます。また天気がいいときは、遊歩道で花々を愛でながら、ダムを望むこともできます。我々も、ここで「お茶の時間」にすることにしましょう。「富弘美術館」のカフェ店内(許可を得て撮影したものです)この旅の続きは、また次回をお楽しみに。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。ご参加、お待ち致しております。最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2006.09.25
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皆様、こんばんは。今日は日中、残暑厳しかったですね。今日は大学の夏季レポートの執筆に明け暮れていました。それでは、皆様と渡良瀬渓谷の旅に出かけたいと思います。大間々駅までやってきた私達。トロッコ列車「わたらせ渓谷号」は専用のホームから出るので、乗り場で乗車券とトロッコ整理券を駅員に提示します。その先には、4両編成のトロッコ列車「わたらせ渓谷号」がディーゼル機関車・DE10-1678号機に牽引されて、我々を待っています。大間々駅で発車を待つトロッコ列車「わたらせ渓谷号」このトロッコ列車「わたらせ渓谷号」は、元・京王帝都電鉄の5000系電車を改造したトロッコ客車2両を、元・国鉄の12系客車2両でサンドイッチしたもので、トロッコ車両は林間学校の子供達やツアー客で、既に満席状態でした。その中でようやく1席確保しました。発車までは、まだ時間があるので大間々駅の構内を見てみる事にしましょう。わたらせ渓谷鉄道のレールバスの「ねぐら」大間々研修区(上り線ホームから撮影)ふと研修区の片隅を見てみると、珍客が停車していました。何と、お座敷列車「サロン・ド・わたらせ号」です。これはトロッコ列車が運転されない冬季に運転されるもので、元はJRの高崎運転所所属のお座敷列車でした。それをJR引退後、わたらせ渓谷鉄道が譲渡して走らせているのです。今度は冬に来てこの列車に乗って雪見酒、というのも悪くないですね。冬季に運転のお座敷列車「サロン・ド・わたらせ号」(大間々駅上り線ホームから撮影)それでは、そろそろ発車時刻が近づきましたのでホームへ行きましょう。「わたらせ渓谷号」の方向幕です。(12系客車に付いている)先頭を走るディーゼル機関車が高い汽笛を鳴らすと、トロッコ列車「わたらせ渓谷号」はいよいよ足尾へ向けて出発です。車内では車内販売が行われていました。暑いので、アイスキャンデーと缶ビールがよく売れていました。アイスキャンデーの中に「こんにゃく粉」が入っているのが、何とも群馬県らしいですね。車内販売の人も、大忙しでした。大間々を出ると、トロッコ列車は右に左に緑と渡良瀬川の渓流を見て走ります。ゴトゴトと、のんびり行くのが何とも楽しい列車です。我々もそろそろ、缶ビールを開ける事にしましょうか。かっては足尾銅山から流れた鉱毒により、「死の川」とまで言われた渡良瀬川。1973年(昭和48年)に足尾銅山が閉山し、現在はその話も昔がたりと言えるくらい水がきれいになりました。そんな渓谷美を眺めながら、トロッコ列車「わたらせ渓谷号」は進んでいきます。しかし8月の猛暑と、ディーゼル機関車から伝わってくる熱気のため、清流沿いを走っているとはいえ、かなり暑いです。乗客の中には、前後に連結されている「冷房完備」の12系客車の中に「緊急避難」する乗客もいました。さすがに冷房完備の車内は、猛暑の列車から比べれば天国のようでした。中には、この客車を選んで乗って景色の写真を撮っているカメラマンもいました。ここでしばし休息タイム。「わたらせ渓谷号」トロッコ客車の製造銘板(京王帝都5000系時代のものをそのまま流用)トロッコ客車は、元・京王帝都電鉄5000系電車を改造したもので、乗り心地はいいです。この京王帝都電鉄5000系電車、性能が良かったので、引退後も各地の私鉄で引っ張りだこです。このわたらせ渓谷鉄道の他、富士急行、一畑電鉄、高松琴平電気鉄道、伊予鉄道など。かって新宿から東八王子(現在の京王八王子)まで、中央線快速とデッドヒートを繰りひろげ、ある時は「陣馬」号、「高尾」号といったヘッドマークを付けて「ハイキング特急」として走った京王帝都電鉄5000系。京王の線路幅は1372mmのため、いずれも台車を履き替えての「お輿入れ」となりましたが、それだけ引退後も需要があった、ということは、それだけこの「京王帝都電鉄5000系」が名車であったという事を象徴しています。トロッコ列車の旅を楽しんでいるうちに、列車は目的地・神戸(ごうど)駅へと到着致しました。本当は終着駅・足尾までこのトロッコ列車「わたらせ渓谷号」の旅を楽しんでいたいのですが、この駅での楽しいランチタイムと、今回の旅の目的地・星野富弘美術館へ行きますので、この駅で途中下車です。トロッコ列車「わたらせ渓谷号」は、この駅で列車交換のため数分間停車します。神戸駅に停車中のトロッコ列車「わたらせ渓谷号」我々は、この駅にあります列車レストラン「清流」でランチタイムとなるのですが、その話についてはまた次回をお楽しみに。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。ご参加、お待ち致しております。日本の心・和の心。織部は、そんな和の心を大切にする美濃焼を窯元から直接提供している和洋陶器の専門店です。本店は、大きな店舗面積を生かした圧倒的な品揃えが魅力。うつわ邸は古商家屋を店舗として利用し、美濃の人気作家の器が並びます。様々の表情を持つ器たちとの出会いを、心ゆくまでお楽しみくださいませ。
2006.09.20
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皆様、こんにちは。今日は残暑が厳しくなりそうですね。さて、前々から告知しておりました「渡良瀬渓谷旅日記」について、今日から何回かに分けて取り上げたいと思います。ご覧の皆さんも、どうぞ一緒に旅して下さい。某金券屋さんで購入した「東武鉄道株主優待乗車証」を片手に東武浅草駅に到着したのは、午前8時40分。これから乗る特急「りょうもう5号」の発車は8時50分だから、ギリギリでした。200系特急「りょうもう」号の車内車内放送では、誤って乗る人が多いせいか「この列車は日光・鬼怒川方面にはまいりません」と、何度も繰り返し放送していました。午前8時50分、特急「りょうもう5号」は赤城に向けて、定刻に浅草駅を発車しました。東武電車は、浅草駅を出るとすぐに隅田川を渡ります。これがまた絵になるのです。次の停車駅・北千住でかなりの乗客が乗ってきました。おそらく、東京メトロ日比谷線や半蔵門線からの乗り継ぎ客でしょうか。目的地・相老までは、1時間50分の長旅です。(およそ日光へ行くのと同じ位の距離です。)この伊勢崎線系統には、織物の街・桐生を控えていた事から、かねてからビジネス性の強い急行列車「じょうもう」号、「あかぎ」号、「りょうもう」号、「おりひめ」号等が昔から運転されてきました。最初は「日光特急のお下がり」の5310系、5700系が使われていましたが、昭和44年に専用電車・1800系が登場しました。この時に愛称は「りょうもう」号に均一されました。ローズレッドに白帯のその姿は、日光・鬼怒川線特急「DRC」にも負けない位の姿でした。その後、廃車になった「DRC」の台車や機器を利用した、現在の200系・250系が平成2年から登場し、段々と1800系と交替していきました。そして平成11年、200系・250系に均一されてスピードアップされたのをきっかけに、「急行」から「特急」に格上げされ、現在に至るのです。かって「杉戸」と呼ばれた東武動物公園駅を発車し、伊勢崎線に入るとぐんぐんとスピードアップをしてきます。いよいよ、本領発揮でしょうか。途中駅を次々と飛ばし、館林駅で4分間停車です。ここで上りの特急「りょうもう16号」と列車交換です。ここでは小泉線・佐野線と接続しています。この小泉線や佐野線は、かっては5050系、5550系といった「吊り掛けモーター車」の天国でしたが、後に「りょうもう」用の1800系を通勤用に格下げした電車が中心の路線となりました。しかしその1800系改造電車も6月に引退し、館林駅の側線で「北館林荷扱所ゆき」を待っています。(「北館林荷扱所ゆき」とは、すなわち廃車解体の事です)通勤用に改造されたかっての急行用1800系[2001年に撮影したもの]館林を出てしまうと寝てしまい、目が覚めた時は相老到着寸前でした。あわてて降り支度をして、デッキへ向かいます。この相老駅は、「わたらせ渓谷鉄道」との共用駅で、運営は「わたらせ渓谷鉄道」に委託されています。出札口で、「1日フリーキップ」と「トロッコ列車座席整理券」(500円)を購入しました。この先の大間々から目的地・神戸(ごうど)までは「トロッコ列車」に乗る予定でした。夏休みなので、席があるかどうか分かりませんでしたが、何とか座席を確保する事が出来ました。わたらせ渓谷鉄道のレールバス(大間々駅にて撮影)わたらせ渓谷鉄道の列車は、遠足だか林間学校だかの子供達がかなりホームにいて、2両編成というのにかなりの混み様でした。これから乗るトロッコ列車「わたらせ渓谷号」の始発駅は、この先の大間々なので、数駅はこの満員のレールバスで行くのです。そして列車は大間々駅に着きました。ここからはトロッコ列車「わたらせ渓谷号」の旅です。この駅は、鉄道マニアにとってもとても楽しい駅でした。これ以降の旅のことについては、また明日をお楽しみに。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。ご参加、お待ち致しております。最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2006.09.19
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こんばんは。木曜日にひと騒動ありましたが、皆様からのあたたかい励ましのメッセージで、立ち直る事が出来ました。本当に、ありがとうございました。心より、感謝しております。今日は、「東武博物館友の会」主催の「さようなら5050系電車見学会」で、栃木へ行って来ました。喫煙席・禁煙席・個室席とも満席の「スペーシア」で、浅草から栃木へ。そして1駅乗って、集合場所の新栃木駅へ。ここで点呼を受け、検車区へ。この5050系、という電車は東武鉄道に最後まで残った古い「吊りかけモーター式」の電車で、発車する時に独自の音がします。今回は特別見学会という事で、普段は見れない運転機器や制御機器も見せてもらえました。この見学会の様子も、写真の整理が出来次第お話したいと思います。見学会は午前中で終わったので、午後は新栃木駅から栃木駅まで1駅歩き、栃木の町並みを散策してきました。普段の東武特急の旅では、栃木はただの通過点だったので、写真の整理が出来次第、皆様にもその町並みをお楽しみいただけたら、と思います。これからちょっと忙しくなるので、毎日は書けないかもしれませんが、この「トーク&トーク」、今後ともどうぞ宜しくお願い致します。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。ご参加、お待ち致しております。最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2006.09.16
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皆様、こんばんは。ここ数日体調が良くなくて、御迷惑をおかけしております。そして、多数の励ましのメッセージ、ありがとうございます。今日は鉄道仲間のオフ会で、「お座敷列車」に乗って山梨県へ行って来ました。やはり外へ旅するのは、気持ちがいいものですよね。石和温泉で一行と別れた私は、ワイン工場でワインを試飲したり、ホテルで温泉に入らせてもらったりしてきました。富士急行線では「フジサン特急」と「トーマス電車」にも乗ってきました。この話も、また詳しくしたいと思います。そして、楽しい時間を過ごさせてくださいました皆様、本当にありがとうございます。「♪No.1にならなくてもいい もともと特別なOnly one…」これはSMAPの有名なヒット曲「世界に一つだけの花」の歌い出しです。最近、この歌を自分への応援歌にしています。会社員時代、やはりうつで苦しんだ時期がありました。その時、街角で流れていたのがこの「世界に一つだけの花」でした。今、改めて聞いてみると、本当に「自分への応援歌」という感じがします。「それなのに僕ら人間は どうしてこうも比べたがる 一人一人違うのにその中で 一番になりたがる」この歌詞を聞くと、ふと気分がラクになります。この曲を書いた槙原敬之氏も、クスリで逮捕され、1度挫折を味わったからこそ、この素晴らしい歌詞が書けたのだと思います。だからこそこの曲は、2003年の「紅白歌合戦」で白組の大トリを取り、2005年の「紅白歌合戦」では「スキウタ第1位」として、紅白の壁を超えての大合唱となったのです。夜、涙を流しながら何度もこの曲を聴いたことがありました。それがあるからこそ、今の自分はあるのかもしれません。いつか皆で、歌いたいですね。この「世界に一つだけの花」を。「♪No.1にならなくてもいい もともと特別なOnly one…」と。これからも、この「みゃあみゃあのトーク&トーク」を、どうぞ宜しくお願い致します。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。ご参加、お待ち致しております。
2006.09.10
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こんばんは、皆さんはいかがお過ごしですか?こちらはお届けしたい話題はいろいろあるのに、体調不良でなかなかお届けできない状態です。でも、出たアイデアなどはアイデアノートなどに書いていますので、体調が少し回復したら、随時お届けしていきたいと思います。最近のコメントで、皆様から多くの励ましのコメント頂きました。本当にありがとうございます。月曜日に医者へ行ってきますので、その後は少し落ち着くのでは、と思います。御迷惑をおかけして申し訳ございませんが、どうぞ宜しくお願い致します。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。ご参加、お待ち致しております。最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2006.09.06
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