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皆様、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。誠に申し訳ございませんがこの度、国家試験の準備等のため、2週間ほど更新のお休みをいただきます。どこまで出来るか分かりませんが、全力で頑張ってきたいと思います。尚、コメント・掲示板への回答は随時していきますのでどしどし、ご意見下さい。2週間後からまた、楽しい、いろいろな話題をお届けしたいと思いますのでどうぞ宜しくお願い致します。では、今日の写真ですが、2001年の新津機関区のイベントで撮影した「ムーミン」ことEF55-1号機です。EF58-150号機、マイテ49-2号機と、昔懐かしい列車を紹介しましたので、やはりJR東日本所属のこの機関車もご紹介したい、と思い取り上げました。流線型のこの車体は、戦前、特急列車牽引用として登場したもので特急「富士」などを牽引しました。今までご紹介した「夢の列車」、会社の枠を是非とも越えて、この機関車でも運転してもらいたい、と思うのは私だけでしょうか。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。お待ち致しております。最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2006.10.29
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皆様、こんにちは。今日は、都営地下鉄浅草線のイベントで西馬込に行って来ました。開場の1時間前に行ったのですが、すでに500人はいるかと思う位の大行列。おそらく目当ては、2枚組の「限定パスネット」だったでしょう。私の目当ては、11月3日の「さようなら運転」で引退する5200系電車他の撮影でした。時間近くになり、目的別に分かれての誘導。どうにか、早い時間の撮影権の整理券を貰う事が出来ました。留置線のところには浅草線の電車の他、普段地上にはまったく出ることのない大江戸線の電車も停車しており、カメラの放列となりました。しかし、カメラの場所取りで喧嘩が起きる一幕も。そして整理券に記された時間となり、集合場所に集まったのですが、この時に「限定パスネット」は全部売りきれた模様。スタッフが土下座して謝罪していました。にも関わらず、スタッフに蹴りを入れる者、野次を飛ばす者、罵声を浴びせる者など、同じ「鉄道愛好家」として情けない光景を目にしてしまいました。(このブログをご覧の皆様は、このような心無い事をされない方である事を強く信じております。)そして撮影となりました。主役の都営浅草線5200系の他にも、北総鉄道7000系、京浜急行1000系、京成3290系(元・特急「開運」号用)が停車しており、全体写真2分間、個別写真5分間、という制約ですが、いろいろと撮影する事が出来ました。これらの電車の事は、また本ブログでも紹介していきたいと思います。さて前置きが長くなりましたが、本題に移りたいと思います。今まで映画「旅の贈りもの0:00発」の話をしてまいりましたが、今日はもう一つの主役「ゴハチ」ことEF58型電気機関車について取り上げたいと思います。「ゴハチ」ことEF58型電気機関車は、戦後の鉄道輸送復興期における輸送力増強のため、昭和21年から33年にかけて172両が製造されました。最初はデッキ付の旧型で登場しましたが、段々と正面2枚窓のあの美しい姿に変えられていきました。東海道本線・山陽本線では特急・急行列車や寝台列車の牽引機関車として活躍しました。中でも現在、東日本に所属の61号機は“ロイヤル・エンジン”と呼ばれ、主に皇室用のお召し列車専用機として活躍していました。また特急「つばめ」号、「はと」号を牽引した機関車の中には客車同様ライトグリーンに塗られたものもあり「青大将」と呼ばれていました。しかし、老朽化には勝てずに次々と廃車され、現役で残っているのはJR東日本所属の“ロイヤル・エンジン”61号機と今回の映画に出演した、JR西日本所属の150号機だけです。今回150号機は、「大阪0時発の謎の列車」を牽引するのにふさわしく、力強く走ってくれました。その姿に彫れこんだ「鉄道ファン」の方も多いことでしょう。今日の写真は、群馬県の「碓氷峠鉄道文化むら」に10系客車(寝台車+食堂車)と共に展示保存されている172号機です。この姿は、往年の東海道本線・山陽本線の「夜行列車」の姿を彷彿とさせるものがあります。ふと旅に出たくなった時。お出かけする人も、そうでない人も、日本各地の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。お待ち致しております。懐かしい列車のストラップ(EF58 150、スハフ12、マイテ49)【メール便可】「旅の贈りもの」3両編成ストラップ映画 旅の贈りもの 0:00発(通常版)(DVD) ◆20%OFF!ユニバーサル・シグマ 特別編成列車 EF58 150/スハフ12 702/マイテ49 2 大阪発01:51BトレインショーティーEF58・青大将(はと・つばめ)2両セット栄光の機関車 EF58 61/鉄道[DVD]【ポイント5倍】カトー 3020-7 国鉄EF58形 直流形電気機関車 初期形小窓特急色【税込】 KATO 3020-7EF58 [KATO30207EF58]/※ポイント5倍はエントリー要(10/31am9:59迄)近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2006.10.28
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皆様、こんばんは。今日は7限まで大学の授業があったので、執筆がこんな時間になってしまいました。今でも見た映画「旅の贈りもの0:00発」の余韻が残っています。映画って不思議なものですね。今でこそ、レンタルビデオやDVDで気軽に家庭でも楽しめる様になりましたが、やはり映画館の広いスクリーンで見るのとでは迫力も感動も、全然違います。一番最前列の席に陣取って、「ゴハチ」ことEF58-150号機関車や「マイテ49-2」の走りを身近に感じてきました。「謎の列車」が向かう町・風町。私も行ってみたい町です。さて今日の話題ですが、展望車「マイテ49-2」の話題の続きです。この展望車、大阪弁天町の「交通科学博物館」で見た事はあるのですが、車内までは見た事がないのです。乗ったこともないので、どんな車内かは期待をふくらませていました。ところが、5月に閉館した東京・神田の「交通博物館」の展示模型の中に、「富士」号時代の模型が展示され、車内がカットされて見られるようになっていましたので、それをご紹介します。これが登場当時の「マイテ49-2」の展望室車内です。2人掛けのソファーがありますね。簡易な個室をはさんだところにある、1等客室です。1人掛けの椅子が並んでいますね。模型ではありますが、登場当時の「マイテ49-2」の車内はこんな感じでした。映画のシーンの中で、デッキでヒロイン・由香がハワイ行きのチケットを破り捨てる、というシーンが印象的でした。また白熱灯に照らされた「マイテ49-2」の車内は、それだけでロマンチックというものです。戦前、特急「富士」に使われていた頃は、食堂車からのシートサービスもあったとか。このように「展望車で流れる景色を眺めながらのお食事は、最高でしたでしょうね。似たようなケースでは、以前ご紹介しました東武鉄道の貴賓車・トク500型が車内に調理室を設け、暖かい料理でもてなした、というサービスがありますが、食堂車からのシートサービスとは何とも贅沢でしたよね。この、「人の心を癒してくれる町」風町への旅に、出かけてみたいですね。問題は、チケットが取れるかどうかですが。(「ゴハチ」の牽引に「マイテ49-2」が連結、となると、チケットは即時完売となるでしょう)それでも乗りたい列車です。この映画「旅の贈りもの0:00発」、機会がございましたら是非、ご覧下さい。きっと心癒される旅に出られることでしょう。旅に出たくなった時。お出かけする人も、そうでない人も、日本各地の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。お待ち致しております。懐かしい列車のストラップ(EF58 150、スハフ12、マイテ49)【メール便可】「旅の贈りもの」3両編成ストラップ旅の贈りもの 0:00発 オリジナル・サウンドトラック映画 旅の贈りもの 0:00発(通常版)(DVD) ◆20%OFF!KATO(中古/Nゲージ)5014-1 マイテ49茶 「東シナ」ロット【A】マイテ49 1 青大将(天賞堂真鍮製 1/80 16.5mm(HO)ゲージ 客車)最近ブームになっている「油そば」。ここのショップは美味しいですよ!
2006.10.27
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皆様、おはようございます。東京はいい天気です。昨日見た映画「旅の贈りもの0:00発」の余韻が、まだ残っています。大阪駅を月に1回、午前0時に出る「謎の行先不明の列車」、チケットは往復で9,800円。1ヶ月以内に気分が変わったら帰ってきても良い、というのがこの列車のルールでした。編成のことは昨日も書いたので省略しますが、今日は「鉄道ファン」憧れの展望車「マイテ49-2」について書きたいと思います。この車輌は昭和13年、当時「国際連絡特急」として活躍していた東京~下関間の1.2等特急「富士」号用として誕生し、当時は富士山型のテールマークをつけていました。当時の乗車料金・運賃は非常に高く、華族や軍人など限られた人しか乗車できない車輌でした。戦後一時、進駐軍に接取されましたが後に返還され、特急「つばめ」、「はと」号の展望車として使用されました。昭和35年の1等車廃止に伴い「マイテ49-2」に改番。昭和36年に一旦廃車され、大阪・弁天町の「交通科学博物館」に展示保存されました。しかし昭和62年の国鉄分割民営化の時、東京発大阪ゆきの「旅立ちJR西日本号」に使用するため、車籍が復活しました。現在は宮原総合運転所に、今回の機関車「EF58-150」号機と共に配置されています。毎年7月に、山口線の蒸気機関車「やまぐち」号(新山口~津和野間)がC57-1号機、C56-160号機の2両で重連運転される時には、レトロ客車5両の後に連結されます。ちなみにこの映画に登場した12系レトロ客車は、その中の「明治風客車」スハフ12-702号車でした。この三軸台車独特の走行音に身を任せ、走り去っていく風景を眺めていく。素敵な旅ですよね。特に夜、白熱灯が灯る車内はどんな「ジョイフルトレイン」でも表現できないロマンさが、きっと出てくるでしょう。鉄道マニアならずとも、一度は乗ってみたい車輌ですよね。今回の映画にも、カメラを持った「鉄ちゃん」1人が乗っていました。私もポケットウイスキーかワイン片手に、乗りたい車輌です。皆さんもきっと、乗ってみたくなりそうですね。また映画館では「EF58-150」のレッテルを貼った地ビールが売られていました。黒ビールで、濃い目の味でした。今日の写真は、宮原に対して品川に配置されていた展望車・スイテ37号車です。この車輌も特急「へいわ」、「つばめ」、「はと」等に使われていました。廃車後は「青梅鉄道公園」に保存展示されていましたが、大井工場に運び込まれて整備され、2007年にさいたま市に開業する「鉄道博物館」で展示される予定です。その時は、車輌内部が公開されるといいですね。遠くからの展示だったので、デッキ部分しか写っていないのをお詫び申し上げます。(2001年のイベントで撮影したものです)尚、「楽天広場会員」以外の方で御意見・御感想・コメントのある方はまでどうぞ。懐かしい列車のストラップ(EF58 150、スハフ12、マイテ49)【メール便可】「旅の贈りもの」3両編成ストラップ映画 旅の贈りもの 0:00発(通常版)(DVD) ◆20%OFF!「旅の贈りもの 0:00発」オリジナルサウンドトラック/サントラ[CD]特別編成列車 EF58 150/スハフ12 702/マイテ49 2 大阪発01:51(DVD) ◆20%OFF!KATO(中古/Nゲージ)5014-1 マイテ49茶 「東シナ」ロット【A】マイテ49 1 青大将(天賞堂真鍮製 1/80 16.5mm(HO)ゲージ 客車)
2006.10.26
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皆様、こんばんは。今日は映画「旅の贈りもの0:00発」を見てきました。大阪駅を午前0時に発車した、謎の「行先不明の列車」。この乗客にはいろいろな人がいました。恋人に裏切られ、乗りこんだキヤリアウーマンの由香。自殺しようとしてあてもなく乗りこんだ女子高生の華子。リストラされた中年男・若林。タレントになることを夢見て大阪へ出てきたミチル。その人それぞれの思いを乗せて、列車はゆったりとした時間と爽やかな風が流れる「風町」を目指します。その列車を牽引するのが、「ゴハチ」ことEF58-150号機。そして12系レトロ客車(スハフ12-702)に、「1等展望車」マイテ49-2号車。鉄道マニアにとっては、またとない夢の編成です。そして、「風町」の人達のあたたかさに触れ、旅というものを感じるのです。旅というのは終わればそれで終わりではありません。またそれが、新たな旅の始まりなのです。人は永遠の旅人なのかもしれません。そんな事を、この映画は教えてくれたようでした。ヒロイン・由香を演じた桜井淳子さんの演技も最高でした。最初はとげとげしかった彼女も、徳永英明さん扮する町医者・越智たちとの出会いによって少しずつ変わっていく。そんな感じが見られました。この映画のロケ地の一つとなった真鍋島(岡山県笠岡市)は9年前、仲間と海水浴で行きました。映画内で女子高生・華子が少年・翔太に逆上がりを教えていた小学校も、実際にその時行ったので、とても懐かしさを感じました。もう一度行きたいな。そしてエンディングに流れる、中森明菜さんが歌う「いい日旅立ち」も旅情を誘う曲でした。山口百恵さんのオリジナルバージョンとはまた違った、しっとりとした歌声で、列車の旅をいざなうものでした。「ゴハチ」+12系レトロ客車(欲を言えば35系などの旧型客車)+「1等展望車」マイテ49-2号車の「謎の特別列車」。私も是非、乗りたいものです。カレチ(車掌長)を演じていた、石丸謙二郎さんの演技も最高でした。でも、こんな特別列車が本当に走ったら、指定券はわずか数秒で売りきれてしまうでしょうね!乗れなくても、この「展望車」マイテ49-2号車、見て見たいものです。今日の写真は、JR東日本所有の「ゴハチ」EF58-61号機です。通称“ロイヤル・エンジン”と呼ばれ、お召し列車の牽引などに活躍した機関車です。映画に出たJR西日本の150号機と同じ色なので、掲載しました。(2001年の大井工場のイベントで撮影したものです)懐かしい列車のストラップ(EF58 150、スハフ12、マイテ49)【メール便可】「旅の贈りもの」3両編成ストラップ映画 旅の贈りもの 0:00発(通常版)(DVD) ◆20%OFF!「旅の贈りもの 0:00発」オリジナルサウンドトラック/サントラ[CD]ユニバーサル・シグマ 特別編成列車 EF58 150/スハフ12 702/マイテ49 2 大阪発01:51KATO(中古/Nゲージ)3038 EF58-61 お召機 2004年ロット【A】ジェネオン エンタテインメント 栄光の機関車 EF58 61KATO(中古/Nゲージ)5014-1 マイテ49茶 「東シナ」ロット【A】
2006.10.25
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皆様、こんにちは。東京もすっかり秋めいてきましたね。それでは、信州の朝へ行ってみることにしましょう。午前6時30分、起床。天気は上々です。旅先って、何故か朝早く目が覚めるんですよね。「♪ただ一面にたちこめた 牧場の朝の霧の海…」と唱歌「牧場の朝」のメロディーが聞こえてくるかのようです。ヒゲを剃って、集合場所のロビーへ。オプショナルツアーの「女神湖ハイク」には、ほとんどの参加者が参加しているようでした。引率スタッフの案内で、女神湖までの道を歩きます。林の中の1本道は、時折車が通る程度で、あとは静かな林間の道です。歩く事数分で、立科高原スキー場へ到着。ここは個人的に来たことがあるので、懐かしい場所です。そこの宿泊街は、10月という季節もあって訪れる人もなく、寂しい場所です。レストラン等も日除けを下ろして、営業をストップしているかのようでした。近くに元・国鉄の車掌車「ヨ5000型」を利用したカフェだかペンションだかがあったので、さっそく写真撮影です。そして女神湖に到着しました。山の中の小さな湖は、白樺湖ほど名前を知られることはなく、静かな波を水面に漂わせていました。湖畔には、伊藤左千夫の文学碑がありました。「野菊の墓」で知られた伊藤左千夫も、この女神湖を見て何を思ったのでしょうか。全員集まったところで記念撮影。デジカメの撮影の嵐が飛びます。しかし、いつまでもうっとりしている訳にはいきませんでした。寮の朝食時間と、出発の時間が迫っていたのです。皆、半分駆け足で宿舎の寮へと戻りました。宿舎の管理棟にある食堂では、既に朝食の用意ができていました。ここでYドライバーさんも一緒に朝食です。早めに朝食を済ませて宿泊棟へ戻り、ラウンジで絵葉書をしたためていました。午前9時、バスに乗り込みます。管理人・Mさんの挨拶のあとバスは発車しました。9時20分、白樺湖到着。ここで30分ほどのフリータイムになります。参加者の大半は、ボートに乗りたがりました。しかし、私はボートにはさほど興味はなく、コーヒーが飲みたかったので、旅館街の方へと歩き出しました。不況の折は白樺湖の旅館街にも及んでいて、秋の連休なのに開店休業状態のホテルもあれば、なかには「廃業しました」という張り紙のあるホテルもありました。もっとも、白樺湖自体が、夏の避暑シーズンか冬のスキーシーズンしか需要のあまりない地区だから、仕方ないのかもしれません。スキー場も、お隣の車山高原に比べると、どちらかというと「家族連れ向け」で、なかなかスキー客をつかめないのが現状みたいです。1軒のホテルの1階にある小さなカフェテラスを見つけ、コーヒーを頼みました。そこで絵葉書の続きをしたためていました。「やっと自分の時間が持てたかな」という思いでした。ボートが何隻か浮かぶ、静かな湖面を眺めていると、コーヒーの味もより引き立つ、といった感じでした。集合時刻が近くなったので、勘定を払って集合場所へ行くと、皮肉にも私が一番ラストでした。記念写真タイムで、ほぼ全員からデジカメを出されたスタッフも、大変そうでした。中でも一番大変だったのは、観光バスのYドライバーだったでしょう。本当にお疲れ様です、と言いたいです。それからバスは、次の目的地・白樺湖観光ホテル 景陽さんへ。ここで、「そば打ち体験」をするのです。スタッフの指示で、各部屋ごとにテーブルに分かれ、エプロンをつけます。すると、あちこちで写真を撮る光景が見えました。「写真は後にしてください!説明が始まります!」スタッフの一人が叫んでいました。まずはホテルのスタッフ(本職のそば打ち職人です)による「そばの説明」と、打ち方の基本的講義。そして各テーブルに分かれてのそば打ちです。私のテーブルの皆様は、さすが麺食文化の国・中国。粉を練る手つきも堂に入っています。思わず、見とれてしまったほどです。力が入っています。この「そば玉を練るところ」までは、誰でもできるらしいです。難しいのは、その後の「生地を伸ばすこと」だそうです。打ち粉をして、手早く、力強く生地を伸ばさないと、生地が破れてしまうのだとか。案の定、我がテーブルの生地は破れてしまいました。「まるでオーストラリア大陸みたいだ。」と、留学生の一人が言いました。見るに見かねたホテルスタッフが、「冗談きついですね」と笑いながら生地を伸ばしました。オーストラリア大陸みたいになってしまった、うちの班のそば生地次は「そば切り」です。押すようにそば切り包丁で生地を切っていきます。2mm間隔で切っていくのがコツだそうです。しかし、我が班は厚かったり、反対に薄かったり、惨憺たる状況でした。それでも他の班の中には、上手く手際良く、リズム良くそばが切れていく音がするところもありました。それでもそばが切れたので、職人さんと記念撮影。あとは茹で上がるのを待つだけです。やがて班ごとにそばが茹で上がり、昼食です。何だかんだありましたが、みんなで打ったそばは美味しいものです。今まで、いろいろな所のそばを食べてきましたが、これほど美味しいそばは無かったでしょう。 「12時出発ですから、急いで下さーい」スタッフの声がしました。あわててそばをすすります。まるで盛岡の「わんこそば」の様です。この「そば打ち体験」、今度は仲間とゆっくり来てみたいものです。今回お世話になった白樺湖観光ホテル 景陽外観ご予約は「楽天トラベル」でどうぞ。※本当はこの「そば打ち体験」の様子なども写真で皆様にお届けしたいのですが、肖像権等の関係でお届けできないことをお詫び申し上げます。12時10分、バスは白樺湖を発車しました。あとは出発地へ帰るのみです。原村から見た蓼科の山々いつしかバスは茅野市から原村に入っていました。混雑する諏訪ICを避けて、諏訪南ICから「中央高速道路」へ乗るようです。長野県と山梨県の県境に当たる富士見の辺りで、美しい蓼科の山々と、八ヶ岳が見えました。この旅が間もなく、終わりに近づいているようです。13時23分、双葉SAへ到着。ここで休憩です。この先渋滞が予想されるので、手洗いは確実に済ませるように、と指示がありました。13時55分に発車し、後の事はしばらく覚えていません。(私自身が寝てしまったので)気がついたときには一般道へと入り、目的地へとひた走っている時でした。そして16時55分、赤と白の観光バスは出発地の大学へと戻ったのです。旅の終わり。それは、決して終わりではありません。新しい旅への始まりなのです。今回の旅を通じて、彼ら留学生達とわずかながらも交流ができ、何人かとはメールアドレスの交換もしました。到着した時、たった二日間の旅ではありましたが、何日間も一緒に旅をしていたような感覚にとらわれたのは私だけでしょうか。今回引率にあたって下さった、H先生、学生課のOさん、国際交流課のTさん、そして2日間、無事故・安全運転で走ってくださいましたドライバーのYさんには、心から「お疲れ様」と言いたいです。またこのような機会があったら、是非参加してみたいです。ブログでこの「秋のビーナスラインの旅」をお楽しみいただいた皆様、いかがでしたでしょうか?秋の信州は、ご満悦いただけましたでしょうか?ちょっと旅から遠ざかる時間があるかもしれませんが、また色々な旅日記をこの場で紹介していきたいと思います。最後までお読みいただきまして、本当にありがとうございました。またの皆様の旅へのご参加を、心よりお待ち申し上げております。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。お待ち致しております。最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2006.10.20
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皆様、おはようございます。いかがお過ごしですか?では、旅の続きです。大学の寮に到着して、息つく暇もなく夕食タイム。今夜のメニューはバーベキューです。全員で食堂から、食材を運んできました。そして寮の管理人さんが鉄板に火を点けてくれました。僕もテーブルにつきましたが、テーブルが日本人だけだったので「jiyma21さん、ちよっとこちらのテーブルへ移ってもらえますか?」と言われ、移動。そこは、中国人ばかりのテーブルでした。中国人はさすが、やる事が豪快です。肉も野菜も鉄板に一気にあけて焼きます。思わず、圧倒されてしまいました。肉を取るのも大戦争です。缶ビール(実際は発泡酒)を片手に、カメラを持って各テーブルを回ります。そして各テーブルの写真を撮ります。中国語で「あなた方の写真を撮ってもいいですか?」と聞きながら。彼らはお酒が入っていることもあって、本当に陽気です。ただ、ナイトフラッシュで撮影したので、あとでピンボケになってしまったのが残念ですが。 (こういう場合、ナイトフラッシュは使わない方がいいですね…)テーブルに戻ると、彼らはおにぎりまで鉄板で焼いて、くずして食べていました。さすがは豪快な中国人!それには圧倒されます。それを食え、食えと私にも勧めてきました。思う存分食べて、片づけをして、食器を食堂へ運びました。食堂ではYドライバーが、1人で鉄板焼を食べていました。おなか一杯になったところで体育室へ移動。ここでゲーム大会が開かれるのです。種目は「チーム対抗綱引き大会」。酔っ払った身体で大丈夫かな、と思いました。私のいた班は、助っ人が何人か入ったにも関わらず、最下位。それでも、どのチームも白熱した勝負でした。その後、21時30分までは体育室が開放されるというので、H先生らと卓球やバドミントンをやって楽しみました。何人かは「早く飲みたい」ということで、早々に宿泊棟の談話室へと戻りました。宿泊棟へ戻り、シャワーを浴びた後談話室へ。すっかり彼らは出来あがっていました。ただ残念だったのは、せっかくの「国際交流の夜」だというのに、テレビを見ていた連中がいたことでした。私も缶ビール(実際は発泡酒)を片手に各テーブルを回りました。そしてあるテーブルで「007ゲーム」に参加。これは特に用意するものもないので、気軽に楽しめます。ゲームのやり方については実に簡単なので、皆様もご存知の方は多いと思います。そして白けている場内を一気に盛り上げるために、焼酎の烏龍茶割りを一気に飲み干し、アカペラで「世界に一つだけの花」を歌いました。突然の歌声に、最初は呆気にとられていた場内でしたが、段々と手拍子が飛び、一緒に歌う人も出てきました。その後は留学生達による歌の披露もあり、23時近くにおひらきとなりました。寮の談話室にある暖炉(長野県らしくて、何ともロマンチックですね)しかし、まだまだ話足りないのが人情というもの。各部屋に分かれて、お喋りをする姿があちこちで見受けられました。私の部屋は、早々に寝てしまった人がいたので、他の部屋に移動して、お喋りタイム。いろいろな事を話せた夜でした。ところが、あいにくの曇り空で、この晩見られると言われていた流星群は、見る事が出来ませんでした。どの部屋からも高らかなお喋りの声と、笑い声が聞こえたので、何部屋か注意に行ったほどです。夜喋りたくなるのは分かりますが、最低限のマナーは守りたいものですね。午前1時、眠くなったので眠りにつきました。明日はオプショナルツアーで「女神湖への散策」があるそうです。それでは、女神湖の話はまた明日をお楽しみに。本日は肖像権その他の関係で、写真をあまり掲載できなかった事をお詫び申し上げます。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。お待ち致しております。〔白樺湖・車山高原でのお泊まりは〕◎白樺リゾート 池の平ホテル料理、温泉、リゾートが全て揃ったリゾートホテル・白樺リゾート 池の平ホテル。楽天トラベルのアンケート点数でも上位のホテルです。◎ホテルリゾリックス車山高原全室より八ヶ岳の眺望が楽しめるホテルリゾリックス車山高原。開放的な露天ジャグジーと南仏で修行を積んだシェフが織り成す料理が自慢です。最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2006.10.19
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皆様、こんにちは。いかがお過ごしですか。いよいよ「国際交流バスハイクレポート」も第2回。八島ヶ原湿原にやってきました。当初の予定から1時間30分遅れているので、ここでの滞在時間は40分ほどになりました。トレッキングをするにはかなり厳しいです。まずは事前に指定された班分けです。しかし、中にはスタッフや現地ガイドの言うことを聞かず、勝手にトレッキングコースに入ってしまう人もいました。私の班でも、青木さやかによく似た中国人が勝手にコースを進んでしまい、スタッフが大声で呼び戻す一幕も。私達のガイドをしてくださるのは、Tさんという人のいいおばさんでした。八島ヶ池湿原から見た車山高原の方向この八島ヶ原湿原は、東京ドーム15個分の大きさで、標高は1,640m。彼方には車山のレーダー観測所が見えています。かって富士山頂にあった気象レーダー観測所を、老朽化のため車山へ持ってきたそうです。またこの湿原は「高層湿原」と言われています。これは標高が高層にあるからではなく、長年の間に泥炭がたまってできた湿原だから「高層湿原」と言われているのです。7月下旬にはニッコウキスゲなどが見頃と言われていますが、10月の今ではほとんど花もなく、ススキの野原となっていました。それでも健気に咲いている、ノハラアザミやヤマホタルブクロの花などが、目を楽しませてくれました。ガイドのTさんは「秋の七草」の話もして下さいました。ノハラアザミの花ヤマホタルブクロの花ではここで、ブログをご覧の皆様にクイズです。この湿原には木道がありますが、何故でしょうか?答えは「湿原の温度を守るため」です。我々、人間の体温は平均36℃。しかし、湿原の温度は10℃以下。植物等はやけどしてしまいます。そこで植物や湿原を守るために木道が敷かれているのです。その他にも、小動物が木道の下を行き来できるように高く造られています。記念写真を撮り、慌ただしくバスへと戻りました。私はその合間を利用して、売店で絵葉書とガイドブックを買い求めました。そしてバスは再び「ビーナスライン」へと戻りました。この「ビーナスライン」、かっては「有料道路」でしたが数年前に無料開放されました。しかし、車山高原の辺りで渋滞に引っかかってしまいました。バスは全く動けません。連休の中日で、車山高原に宿泊するお客さんが多いからでしょうか。それにしては、車山高原の高速観光リフトには人の気配はありませんでした。16時32分、ようやく車山高原バス停を通過して進むようになりました。渋滞の原因は、交通集中もありましたが「工事による片側車線規制」でした。この工事区間を過ぎると流れるようになり、かっての料金所跡を通過。白樺湖到着は間もなくです。日はとっぷりと暮れていました。17時05分、白樺湖温泉「すずらんの湯」に到着です。ここで約40分間「温泉タイム」です。湯につかり、たそがれの白樺湖を見ていると、気分がいいものです。嬉しい事に、露天風呂は「源泉かけ流し」でした。(他の方が入浴していた関係で、露天風呂等の写真が掲載できないことをお詫び申し上げます)ここには畳敷きの休憩室もあり、そばも食べられます。私なんかは、一日いても飽きない位です。温泉入って昼食にそばを食べ、ビールを飲む。そしてまた、温泉へと入る。これで入館料700円とは安いくらいです。時間に制約されているのが、本当に悲しいです。予定より遅れて18時、すっかり真っ暗闇になった道を大学の寮へ向けてバスは走ります。18時20分、ようやく目的地の寮に到着しました。バスのトランクから荷物を下ろし、すぐ夕食タイムとなります。この楽しい夜のことは、また明日をお楽しみに。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。お待ち致しております。〔白樺湖・車山高原でのお泊まりは〕◎白樺リゾート 池の平ホテル料理、温泉、リゾートが全て揃ったリゾートホテル・白樺リゾート 池の平ホテル。楽天トラベルのアンケート点数でも上位のホテルです。◎ホテルリゾリックス車山高原全室より八ヶ岳の眺望が楽しめるホテルリゾリックス車山高原。開放的な露天ジャグジーと南仏で修行を積んだシェフが織り成す料理が自慢です。親子であそぼう!蓼科・霧ケ峰・白樺湖こだわり徹底ガイド最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2006.10.18
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皆様、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。以前にもお話したように、10月8.9日と蓼科方面へ「国際交流バスハイク」に出かけてきました。その時の様子を織り交ぜながら、皆様と秋の信州の旅を楽しみましょう。首都圏某所にある大学のキャンパスに集合したのは、午前8時40分。発車直前、2日間ハンドルを握るYドライバーから挨拶があった。参加学生39名の内訳は、日本人16名、中国人16名、台湾人2名、韓国人1名、マレーシア人3名、スペイン人1名であった。学生部、国際交流課からは、引率として日本人2名、中国人1名となった。引率のH先生は、私の所属する「説話研究会」の顧問なので、心強い。午前9時、赤と白の観光バスは首都圏某所のキャンパスを発車しました。そして一般道を走っていくのですが、折りしも連休の中日。道路は大渋滞でした。そのため、予定に若干遅れが出るかもしれない、ということが学生部のスタッフから告げられました。そして「東名高速道路」へ。道路は案の定、大渋滞。果たして、この先どうなることやらです。車内では中国語などが飛び交い、まるで「インバウンド団体」の貸切バスに添乗したような感じです。海老名SAを出て、小田原厚木道路が分かれる頃になると道も若干ではあるが流れ出し始めました。足柄SAで15分の休憩タイムです。しかし、車内はまだ初対面の人ばかりのせいか、よそよそよしい感じです。今夜のバーベキューや懇親会次第でしょうか。御殿場アウトレットモールの観覧車が見えてくると、御殿場ICです。しかし、箱根方面へ向かう車で大渋滞!ICを降りるのも一苦労でした。ここで「自己紹介タイム」となりました。日本人は留学生に、留学生は日本人に質問を投げかけるというもので、なかなか答えられない質問に一苦労、の学生もいました。私もなかなか答えられない質問にアクセクし、日本語と中国語(といっても「中国語ハンドブック」を見ながらですが)のチャンポン語で、何とか答えました。バスは抜け道を走り、「東富士五湖道路」へ。ここまで来れば何とか流れました。富士急ハイランドを通過した時には、一同が沸き、中国人学生の中には「ここで停めてください」と、流暢な日本語で話した人もいました。それから「中央高速道路」を飛ばし、「質問ゲーム」はまだまだ続きます。その珍回答・迷回答には笑いが飛びました。大月JCTより「中央高速道路」の本線に入り、さらにバスはぐんぐんとスピードを出していきます。12時32分、笹子トンネルを通過。ここを過ぎれば、本格的な「山梨県」です。甲府南ICを過ぎ、小淵沢の辺りで左手には南アルプスの山々が、右手には八ヶ岳の山々が見えてきました。こうなると写真を撮りたくなるので、早速デジカメを向けます。その姿に中国人学生は、「あれは何て山ですか?」と聞いてきました。「左に見えるのが南アルプス、右に見えるのが八ヶ岳です。間もなく、中央高速道路の最高地点です。」と答えました。間もなく、日本の高速道路の最高地点(標高1,015m)通過です。それだけ高いところを、この「中央高速道路」は走っているのです。日本の高速道路の最高地点(標高1,015m)付近の南アルプスの山々(バスの車窓から撮影)八ヶ岳の山々を見ていると、思わず小海線に乗りたくなってしまいました。小海線の列車も「近代化」とかで、窓の開かない、冷暖房完備の「キハ110型」になってしまいましたが、やはり「高原鉄道」小海線は、キハ52とかキハ58など「窓の開く気動車」が似合う路線なのです。高原の気持ちいい風を吸い込み、エンジン音も高らかに走る、そんな光景が小海線にはよく似合います。そう思うのは、私だけでしょうか?13時31分、諏訪ICをバスは降りました。待望の昼食休憩です。ICからちょっと走ったところにある「信州野沢菜工場見学センター」諏訪IC店で、昼食タイムです。早速、2階の座敷に案内されました。御飯の他、そばがついているのがボリュームあって良かったです。中国人の方は「刺身こんにゃく」を、「これは何ですか?」と不思議そうにしていました。渋滞でおなかが空いていたので、あっという間に食べて、みんなの写真を撮りました。「中国語ハンドブック」を片手に「あなた方の写真を撮ってもいいですか?」と聞きながら。昼食後売店で、自宅とゼミへの土産を買い求めていました。「ポストカード(絵葉書)、ありますか?」と聞いてみました。しかし、ないとのことでした。ドライブインでしたら、是非置いて欲しいものです。そこには南信地方らしく、珍味も売っていました。イナゴ、カイコのさなぎの佃煮は勿論の事、「鯉の恋」なんていう珍味までありました。何なのか聞いてみたところ、鯉の身に鯉の卵をまぶして、煮付けたものだとか。酒に合うと思いましたが、食べるのは私と母親ぐらいなので買うのはやめにしました。14時20分、いよいよ山に向けて出発です。地酒「真澄」で知られた宮坂醸造の所から山へ向かう道に入ります。通称「ビーナスライン」と呼ばれています。数多いヘアピンカーブを経て、蓼の海入口に差し掛かります。林の中に小さな湖のあるその姿は、中村晃子の曲ではありませんが「虹色の湖」という言葉がふさわしい湖でした。時間があればここで停車してもらい、写真を撮るのですが、渋滞でかなり予定が押しているため、そうもいかないようです。14時55分、霧ヶ峰高原のジャンクションを通過です。ここで「ビーナスライン」は、美ヶ原高原方面と、車山高原・白樺湖方面に分かれます。バスは美ヶ原方向へ走り、次の目的地・八島ヶ原湿原へと向かいます。景色は美しいというのに、車中の皆様はお昼寝タイム。もったいないことです。天気は良く、荒野の草原はとても美しいです。15時、八島ヶ原湿原に到着しました。この続きは、また次回をお楽しみに。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。お待ち致しております。〔白樺湖・車山高原でのお泊まりは〕◎白樺リゾート 池の平ホテル料理、温泉、リゾートが全て揃ったリゾートホテル・白樺リゾート 池の平ホテル。楽天トラベルのアンケート点数でも上位のホテルです。◎ホテルリゾリックス車山高原全室より八ヶ岳の眺望が楽しめるホテルリゾリックス車山高原。開放的な露天ジャグジーと南仏で修行を積んだシェフが織り成す料理が自慢です。最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2006.10.17
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皆様、おはようございます。今朝の午前2時半までかかって、ようやく画像の整理が終わりました。あとはこれをプリントアウトしたり、フロッピーに落とし込むだけです。写真好きの私としては、面白いものがあると、すぐに撮りたくなってしまうのです。昔、「うわさのチャンネル!」という番組で若き日の徳光和夫アナがデストロイヤーに四の字固めをかけられながらも、「男・徳光、死んでもマイクを離しません!」と叫んでいましたが、まさにそれと同じような感じです。さて、旅の続きに移る事にしましょう。河口湖駅には、これから乗車する富士急行5000系電車「トーマスランド」号(通称「トーマス電車」)が停車していました。全身を青く塗装され、ボディには機関車トーマスとその仲間達が描かれています。この電車は「富士急ハイランド」の中に「トーマスランド」というのがあり、その宣伝電車として運転されているのです。それでは、電車の中へ入ってみる事にしましょう。この富士急5000系電車は、1975年(昭和50年)に従来の旧型車を置きかえる目的で造られた電車で、2両1編成が存在しています。戸袋窓部がロングシートの他は、あとは全て固定式クロスシートです。また、ドアは「半自動式」にもなるようになっています。これはかって国鉄の「長野夜行(新宿~長野間に走っていた普通電車。現在は廃止)」に接続して運転されていた「山岳夜行快速電車」に使用する事を考慮して、半自動ドアにしていたものなのです。5002号車の車端部には、座席を1ボックスつぶして、清涼飲料水の自動販売機があります。いろいろと増収策が考えられているのですね。転倒防止用の金具がしてあるのも特徴です。これが5002号車の側面です。子供さんだったら、思わずおねだりしてでも乗ってしまいたくなる電車ですね。これで車内にトーマスの絵とかが貼ってあったら、尚いいのですが、著作権の関係とかで難しいのかもしれません。さて、私達も5001号車の運転台後ろ寄りのボックス席に席を陣取りました。車号プレートのところには1976年(昭和51年)、優秀な車両に「鉄道友の会」から贈られる「ローレル賞」のエンブレムが貼ってありました。河口湖駅プラットホームから見た富士山河口湖駅ホームに停車している5000系電車を、“大先輩”のモハ1号車が見守っています。ちなみに河口湖駅のホームの柱には、昔使われていた古いレールが再利用されているとか。富士登山帰りのお客さんたちを乗せて、さぁ出発です。次の停車駅は「富士急ハイランド」。最近ではマイカーや「中央高速バス」利用のお客さんが多いせいか、あまり乗降客はいないようです。渋滞知らずの電車を是非、使いたいものですね。そして、スイッチバック駅の「富士吉田」。ここでもう1編成の「フジサン特急」と列車交換します。この「トーマスランド」号(通称「トーマス電車」)は「普通電車」なので、各駅にこまめに停車していきます。その派手な外見は、他の電車の乗客からも注目の的です。京王帝都電鉄からやってきた1000系電車が主体となってしまった現在の富士急行線では、この5000系は唯一の「富士急行生え抜きの電車」なのです。そうこうして走っているうちに、電車は終着駅・大月へと到着しました。この電車は高尾ゆきの普通電車に接続していますが、その後に来るホリデー快速「ビューやまなし号」の方が早いとのことなので、そちらを待つ事にしました。そのため、大月駅でこの「トーマスランド」号(通称「トーマス電車」)を撮影する時間が充分に取れそうです。大月駅での「トーマスランド」号(通称「トーマス電車」)富士急行5002号電車の車号富士急行5001号電車の車号大月駅に到着した富士急行5000系電車「トーマスランド」号最近では「中央高速バス」富士五湖線の富士急行担当便でも、この様な「トーマスバス」が走っています。新宿高速バスターミナルでの「トーマス高速バス」富士急行線の改札口を出て、JRのホームへ。行楽シーズンとあって、駅弁は全て売り切れ。名物の「笹子餅」も、すでに箱入りは売切れだとか。ホームには、ホリデー快速「ビューやまなし号」を待つ人の行列で一杯でした。そのうちに、横浜ゆきの臨時特急「はまかいじ」号がやってきました。横浜ゆきの臨時特急「はまかいじ」号(185系200番代を使用)中央本線の急勾配区間を走るため、185系の200番台が限定使用される模様です。方向幕には「はまかいじ」としか入っていなかったのは残念ですが。やがて、ホリデー快速「ビューやまなし号」が入線してきました。東海道本線からは、既に「湘南ライナー」以外からは撤退してしまった215系ですが、今日は中央本線でその輸送力の大きさをフル活用しているようです。大月から車内は満席となり、立つ人も出てきました。今回座ったのは10号車の2階席。1階部分には機械室があるので、その震動が伝わってきますが、座れただけでも良しとしましょう。かなりのスピードで「ビューやまなし号」は飛ばし、あっという間に神奈川県を経て、東京都へと入ってしまいました。高尾、八王子、立川と降りる人も増え、立川を出る時にはさっきまでの混雑がまるでウソのような感じになりました。そろそろ、我々の旅も終わりです。お座敷列車に温泉、ワイン、富士急行の「フジサン特急」に「トーマス電車」、と初秋の山梨の旅はいかがでしたでしょうか?旅の終わり。それはまた、新たな旅への旅立ちでもあるのです。また次回、皆さんと楽しい旅をしていきたいと思います。最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございました。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。お待ち致しております。
2006.10.15
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皆様、こんばんは。いかがお過ごしですか?今日は、海老名で開催されていました「小田急ファミリー鉄道展」へと行って来ました。入場するにも、車両を見学するにもかなりの行列で、特に3000系SE車の特別公開には、長蛇の列が出来ていました。この模様も、後日お届けしたいと思います。さて、話の続きです。河口湖駅を降りて右手に行くと、茶色の古い電車が停車しています。これは、富士急行の前身である「富士山麓電気鉄道」が1929年(昭和4年)に発注した、「モハ1型電車」のトップナンバー・モハ1号車です。勾配の多い区間を走るため、当時としては高性能だった砂まき装置や電気ブレーキ等を装備し、山岳路線の足として長年、走ってきました。乗車定員は102名でした。その後、高性能車や旧型国電の入線により引退し、長野県の上田交通で走っていましたが、そこも引退した後、「富士急行創立60周年」を記念して1号車だけが里帰りし、河口湖駅の構内に置かれていました。その後整備され、このように河口湖駅前に展示されたのです。ちなみにこの「富士急行創立60周年」の時には、地元の産品である「甲斐絹」で織られた記念乗車券が発売され、話題を呼びました。昔は、この電車が釣り掛けモーター音も高らかに急勾配を上がり、富士登山の客などを運んでいたのです。河口湖駅構内に置かれていた時は、どうなる事やらと心配されましたが、このように整備されて展示されたのは、非常に嬉しい事です。しかし、残念な事に車内は非公開となっています。富士山麓電鉄モハ1号車の車内(カメラを窓ガラスに接写して撮影したものです)富士山麓電鉄モハ1号車の運転台(カメラを窓ガラスに接写して撮影したものです)長い間「富士山麓の顔」として活躍してきた、モハ1号電車のフロントマスク河口湖駅前に置かれた現在は、後輩である1000系電車(元・京王帝都電鉄5000系)や富士急行オリジナルの5000系「トーマス電車」、そして今や富士急行の顔ともなっている「フジサン特急」など、後輩達の活躍をベンチでそっと眺めているおじいさんの様な電車です。この電車は、嬉しい事も時には悲しい事もみんな知っている電車です。いつまでもこの地で、大切にされる事を願ってやみません。河口湖駅前からは、このような観光名所を周遊するレトロバスが出ています。効率良く、楽しく河口湖を回りたい人にはオススメです。近年、近代的にかつレトロ調に改装された河口湖駅舎。駅舎内のカフェでは、名物の「吉田うどん」が食べられます。またインターネットコーナーもあるので便利です。また余談ですがお冷やは、富士山の水を使っているので冷たくて美味しいです。自動券売機で、JRへの直通乗車券を買った後、硬券の入場券はないか聞いてみました。河口湖駅自体のものはなかったですが、途中の「寿」駅と、「都留文科大学前」駅開業記念のものならあります、とのことなので、買い求めました。河口湖駅での富士急行1000系と「フジサン特急」電車の出発改札にはまだ早いですが、5000系電車「トーマスランド」号(通称「トーマス電車」)を撮影したいので、早めに中へ入れてもらいました。河口湖駅での富士急行1000系と5000系「トーマスランド」号それでは、いよいよ富士急行5000系「トーマスランド」号への乗車と相成るわけですが、こよいはここまでに致しとうございます。(流行語にもなった、一昔前の大河ドラマ「武田信玄」のエンディング風にキメてみました。)この続きは、また明日をお楽しみに。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。ご参加、お待ち致しております。日本の心・和の心。織部は、そんな和の心を大切にする美濃焼を窯元から直接提供している和洋陶器の専門店です。本店は、大きな店舗面積を生かした圧倒的な品揃えが魅力。うつわ邸は古商家屋を店舗として利用し、美濃の人気作家の器が並びます。様々の表情を持つ器たちとの出会いを、心ゆくまでお楽しみくださいませ。
2006.10.14
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皆様、こんにちは。今日は「13日の金曜日」。あまり縁起のよくない日ですね・・・・。まぁ、それでも気を取り直して旅の続きをどうぞ。石和温泉駅を発車して笹子トンネルを抜けた、中央東線の115系(長野支社色)。これでワインでもあればいいのですが、ワインはさっきの石和温泉で嫌というほど飲んできましたので、とりあえずはペットボトルの緑茶で酔いざまし。やがて大月駅へと到着しました。電留線には、スカ色の115系が停泊していました。どうやら朝の、富士急直通電車に使われた後の停泊でしょうか。ホームの売店で駅弁の「しめじ弁当」を購入します。このお弁当、値段の割にはおいしいので好評です。大月駅の名物といえば、ほろほろ鳥のスモークが入った「ほろほろランチ」。13年前に仲間と山梨を旅したときは、10個予約して受け取ったものです。ちなみにこの「ほろほろランチ」にはロゼワインのポケットボトルが入っています。しかし、一般販売は1日10個の限定とかで既に売り切れ。残念です。改札を出て、富士急行線の改札へ。ここで河口湖までの乗車券と「フジサン特急」の特急券(300円)、展望席整理券(100円)を買い求めます。側線には、主力となっている1000系電車が停泊していました。この電車は元・京王帝都電鉄5000系電車で、ゲージが違うため台車を履き替え、ドアの半自動装置を取り付けて、富士急行へお輿入れしたものです。京王と富士急行といえば、「中央高速バス」を共同運行する仲。話もとんとん拍子にまとまったに違いありません。これに伴い、元・小田急電鉄の5700系電車(元・2200系、2300系電車グループ)は、全て廃車となりました。やがて展望車を先頭に、3両編成の「フジサン特急5号」が入線してきました。この電車はJR東日本としては最初のジョイフルトレイン「パノラマエクスプレスアルプス」号(元・165系電車)を譲渡したもので、3両1セットとして使用しています。JR時代は団体専用電車の他、臨時の急行電車(グリーン車指定席)として使用していましたが、引退後富士急行で余生を送っています。 中間車には6人用のコンパートメント(個室)もあり、これは1室1,000円の別料金です。展望席へと行きました。小田急3100系「NSE車」や名鉄7000系「パノラマカー」といった電車に似ている感じです。ちなみに、展望車のシートはリクライニングしません。また展望車の後ろにはラウンジ席もあり、こちらで飲物を飲みながら「小さな旅」を楽しむのもよいでしょう。さぁ、大月駅を発車です。景色が後ろに流れていく姿を見るのは、まるでジェットコースターに乗っているような感じです。女性の車掌さんは、車内放送に車内販売にと大忙しです。なかでも笑えたのが「フジサン特急乗車記念・特級(特急)酒」というキャッチコピーです。これには笑えました。その他にも、乗車時間が短い分いろいろと販売品をさばいていました。私は「フジサン特急チョロQ」(900円)を購入。あちこちの「電車・バスチョロQ」を見ると、どうも買ってしまう習性があります。一般席のシートピッチは広く、元・グリーン車だけあってリクライニングの角度は深いです。JR時代に乗ってみたかったです。でもその頃は、金のない貧乏学生。 「グリーン車」なんて「夢のまた夢」でした。都留文科大学前駅にのみ停車し、次の停車駅は富士吉田。ここでスイッチバックです。停車時間はわずか2分。慌ただしい発車です。写真は、富士吉田駅で撮影した「フジサン特急5号」の一般車側の先頭車です。種車・165系の面影を色濃く残しています。側線には、部品確保用でしょうか、クハ169型電車が1両(元・三鷹電車区所属車)、留置されていました。このシリーズの電車も見かけなくなった今としては、とても貴重な存在です。富士吉田駅からは、展望車が先頭となります。目の前に景色が広がってきました。最前列の席に陣取っている親子連れは、ビデオカメラを回しています。男の子というものは誰でも、一度は電車や車など、乗り物に興味を持つものなのですね。他の車内はガラガラでした。次の停車駅は富士急ハイランド。遊園地の中に駅がある、とても便利で楽しい駅です「FUJIYAMA」、「ええじゃないか」」など、数多くの絶叫マシンを有していることでも知られ、冬はスケートで有名です。この「富士急行スケート部」が生んだスター選手が、そう、橋本聖子選手に岡崎朋美選手なのです。富士急ハイランド駅を出ると、「富士山」のオルゴールが流れました。間もなく終着駅・河口湖到着です。こんな楽しい電車ならもっと乗っていたいのですが、そうもいきません。降り支度をすることにしました。かってのカラオケモニターは、停車駅案内に使われていました。「フジサン特急5号」は、定刻どおりに終着駅・河口湖駅に到着しました。隣のホームでは、新宿ゆきの「ホリデー快速河口湖号」が発車を待っていました。豊田電車区所属の189系6両編成です。塗装はスカイブルー中心の「長野支社色」になっていました。そこで写真を1枚。かっては165系で運転され、甲府ゆきと河口湖ゆきが併結で走っていた「ホリデー快速」も、今や特急型車両の6両連結。これは急行型電車がなくなったことも理由でしょうが、一番の理由は何と言っても、最大のライバル「中央高速バス富士五湖線」への明らかな挑戦状でしょう。本当なら河口湖周辺をぶ~らぶらとしたかったのですが、帰りはもう一つの目的「トーマス電車」に乗りたかったのと、河口湖駅前に展示保存されている「富士急行最初の電車」富士山麓電鉄モハ1号車を見たかったので、駅周辺にとどまることにしました。この続きは、また次回をお楽しみに。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、こちらまでどしどし下さい。お待ち致しております。
2006.10.13
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皆様、こんにちは。ちょっとご無沙汰してしまいました。それでは、旅の続きを御案内する事にしましょう。石和温泉駅で一行と別れた僕は、早速駅前の観光案内所へ。そこで「日帰り入浴させてくれるホテル」の情報とワイン工場2ヶ所の情報を収集しました。しかしいざ、教えてもらったホテルへ電話してみると「清掃中で、日帰りのお客様は13時からになります」とか、「本日は団体様が入っておりますので、一般のお客様はお受けできません」という様な、つれない返事ばかり。さぁ、どうしようか。まずはワイン工場へ、ということで線路沿いの道を歩き、「マルスワイン」の工場へ。てくてくと歩く事数分で、お目当ての「マルスワイン」の工場へ。石和にある「マルスワイン」の工場外観見学はさっさと済ませ、売店兼試飲場へLet`s go!!。これが何よりの楽しみなのです。クルマで来ていたら、この楽しみは味わえません。山梨へ行く時は、電車か「中央高速バス」を使う様にしましょう。「マルスワイン」の試飲場。蛇口からワインが出てくる楽しい構造です。ここの試飲場は、壁に取り付けられた蛇口からワインが出てくる、楽しい構造です。これで、全種類のワイン、ぶどうジュース類を一口ずつ味わいました。今年の新酒らしきものもあり、これはちょっと甘めでぶどうジュースを発酵させた感じで、炭酸ガスも少し入っていました。ここでお決まりの一言。「あー、無料(ただ)酒は美味い、美味い!」売店のねーちゃんが、極端に顔をしかめた事は、言うまでもないでしょう。ろくすっぽ買いもしないのに、これでポケットにチーズかビーフジャーキー、プリッツ等おつまみを忍ばせていたら、完全につまみ出された事でしょう…。(決して、マネしないで下さいね!)それからさらにてくてくと歩き、石和温泉病院の所へ出ますと、そこに見えてきたのが「ホテル新光」。今まで「日帰り入浴」をことごとく断られてきたので、ダメもとで聞いてみると500円でOKとのことなので、入る事にしました。「ホテル新光」男性用大浴場。奥の湯滝が壮観です。露天風呂はありませんでしたが大浴場はかなり広く、まったくの「貸切状態」でした。これで500円なら、安いものです。奥の湯滝から流れ落ちてくる湯はかなり豊富で、壮観です。11時過ぎという時間のせいか、今まで何軒も「日帰り入浴」を断られてきただけに、本当にこの「ホテル新光」さんには感謝、の一言です。石和温泉には、伊豆の様に「日帰り温泉施設」というものがあまり見受けられないだけに、ホテル・旅館が「日帰り入浴」を行ってくれているのはありがたい事ですが、観光協会も「入浴できる時間」をもう少し把握しておいて欲しいものです。欲を言えば、公営の「日帰り温泉施設」が1軒、欲しいところですが。いい気分で「ホテル新光」さんを出て、次の目的地・「モンデワイン」の工場へと向かいました。「モンデワイン」工場の外観何はともあれ、向かうは売店兼試飲場へ。ここは、パンチボールの中にリキュールなどが入っているのです。ワインも甘口・辛口・新酒等各種用意されていました。そのため女性客にはおすすめの所です。「モンデワイン」試飲場中でも「玉露リキュール」は、ここの名物商品とかで各種の賞を受賞しているだけあって、その味は絶品でした。「よろしかったら、こちらもいかがですか?」係のおじさんが、変わった飲物を持って来ました。何でも「玉露リキュールのミルク割り」だとか。「玉露ミルク」にアルコールを入れたような味で、寝酒には良さそうです。「御希望の方には、レシピ差し上げます」というので、レシピを貰ってきました。その他にも「チェリーブランデー」、甘口ワインなど飲みまくってきました。そしてあの一言を…。「あー、無料(ただ)酒は美味い、美味い!」今度は、従業員の耳に入らないように小声で言いました。ワインの他にも、煮貝、馬肉など甲州名産品が数多く売られていて、ツアー客が押し寄せていました。ソフトクリーム売場では「ワインソフトクリーム」なるものも。こちらは、ワインの飲めないお子様に人気でした。それから石和温泉駅へ戻る事に。川には色とりどりの錦鯉が泳いでいました。まるで津和野や萩のようです。この石和は、新潟県の小千谷と並んで、錦鯉の産地としても知られているそうです。石和橋を渡るところで、「笛吹川の像」がありました。その昔、笛を吹くのが上手な親孝行息子と、母親の二人がこの地に住んでいました。母親は、息子の吹く笛の音色にいつも、心を癒されていました。ある時洪水が起こり、母親は流されてしまいました。息子は毎日、川沿いを母親を探して歩きました。しかし母親は見つからず、ある日疲れ果てた息子も川に落ちてしまいました。それを嘆き悲しんだ地元の人は、この川をいつしか「笛吹川」と呼ぶようになりました。現在はこの石和橋より離れた部分を流れていますが、かってはこの石和橋付近を流れていたそうです。石和橋と笛吹き息子の像そうしているうちに、石和温泉駅へと戻ってきました。石和温泉の玄関口・石和温泉駅大月までの乗車券をオレンジカードで買い、上り線ホームへと向かいます。すると下り線ホームに、「スカ色」の115系普通電車がやってきました。豊田電車区所属の車両です。最近はスカイブルー中心の「長野支社色」が多くなっただけに、珍しく、嬉しい存在です。石和温泉駅での「スカ色」115系電車かってはこの電車が新宿駅を始発として、甲府や上諏訪、松本、長野まで行っていたのです。それが立川始発になり、八王子始発になり、現在は大半が高尾始発となりました。やはり中央線の通勤電車のダイヤが過密化している新宿~高尾間では、中距離の普通電車は走れないのでしょうね。大月ゆきや河口湖ゆきの「特別快速」にさえ、201系(現在はE233系)が進出している御時世ですから。やがて、上り特急「かいじ110号」がやってきました。最大のライバル「中央高速バス」に対抗するべく導入された新型特急車・E257型。どうも個人的には、あまり好きになれません。普通車のリクライニングの角度は低いし、座席が狭いような気がします。もちろん今回の旅でも「特急料金」がかかるのでパスです。そして乗車予定の普通電車がやってきました。「長野支社色」の115系電車です。石和温泉駅に到着した「長野支社色」の115系電車この電車は、ロングシート部分に仕切りが設けられたり、座席が改良されているなどの改造を受けています。この電車に陣取り、大月まで行きます。次の目的は、富士急行線の2つの名物電車「フジサン特急」と「トーマス電車」です。この話については、また次回をお楽しみに。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。ご参加、お待ち致しております。〔石和温泉でのお泊まりは〕◎華やぎの章 慶山 華やぎと日本情緒漂う館内が自慢のお宿・華やぎの章 慶山。自慢の温泉が溢れる数種の贅沢なお風呂をお楽しみください。
2006.10.07
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皆様、こんにちは。いかがお過ごしですか?こちらはあまり具合良くないようです。今日から数回に分けまして、オフ会で行ってきた「山梨お座敷列車の旅」についてお届けしたいと思います。9月10日。7時45分に目覚ましを鳴らしたものの、日ごろの疲れから二度寝してしまい、気がついたときは8時40分!さぁ大変だ!慌ててヒゲをそり、出発することにしました。電車で立川駅へ行くと確実に間に合わないので、タクシーを拾うことにしました。しょっぱなから、痛い出費です。タクシーはすぐつかまった。立川駅まで5,700円なり。高い買い物になってしまいました。(泣)立川駅で目的地・石和温泉駅までの乗車券を購入してホームへ。既に参加者が集まっていました。お座敷列車到着まで、JR貨物の高出力電気機関車・通称“ブルーサンダー”号や、2008年で引退が決まった201系電車の写真を撮りました。あとは売店で、駅弁と缶ビールも忘れずに購入です。JR貨物の高出力電気機関車・通称“ブルーサンダー”号さていよいよ、目的のお座敷列車が入線して来ました。臨時快速「お座敷山梨ぶどう狩り」号です。使用車両は幕張電車区(千マリ)の485系「ニューなのはな」号。なぜ「ニュー」かというと、以前165系改造のお座敷電車「なのはな」号があったからです。これも団体用の他、臨時の房総急行などで走りましたが、老朽化のため廃車となり、485系特急車両を改造した、この「ニューなのはな」号が登場した訳なのです。発車してすぐ靴を脱ぎ座敷席へ。「お座敷列車」といえば「団体専用列車」というイメージがあったので、とてもわくわくしました。車端部にはボックスシート席もあり、お座敷に疲れた人にはこちらも良さそうです。また2号車の洗面所前には自動販売機があり、利根コカコーラの「MAXコーヒー」が売られていたのが、何とも幕張電車区(千マリ)所属車らしくて笑えました。まずは参加者の一人と、ビールで乾杯。今回の参加者の紅一点・Hさんが「ちらし寿司」とおつまみを作ってきてくれました。立川駅で買ったお弁当とともにいただきます。それではここで、「お座敷列車の歴史」について簡単に触れたいと思います。日本で一番最初にお座敷列車を運転したのは、実は国鉄ではなく名鉄の前身・名岐鉄道なのです。戦前の昭和7年10月8日、当時乗り入れていた名古屋市電の柳橋駅を始発とする「下呂温泉直通特急」に、お座敷電車を導入したのです。これは当時の最新鋭電車・750系電車のうちデセホ755、756号車の2両の半室を畳敷きに改造して、新鵜沼まで名鉄線を走り、新鵜沼の連絡線から鉄道省(戦前の国鉄の呼び名)高山本線に乗り入れ、国鉄の客車に連結されて、下呂温泉まで走ったものです。いわば後の急行「たかやま」号や、特急「北アルプス」号の前身ですね。翌8年7月には、半室運転台にトイレ付のデセホ250系251.252号車に変更されて運転されましたが、戦争の激化により運転休止されました。この「お座敷電車」を宣伝する当時の“PRソング”に、こんなのがあります。♪見たか乗ったか、名岐の特急。モダーン日本の、ヨイトナ、青畳。一度お乗りよ、下呂行特急。粋なサービス、ヨイトナ、気も晴れる。この最初の「お座敷電車」750系は、随分晩年まで名鉄の揖斐線・谷汲線等のローカル線で走っていましたが、名鉄揖斐線・谷汲線はその後廃止されました。尚、この「日本最初のお座敷電車」のうちの1両である755号車は、旧・谷汲駅で展示保存されています。また新潟県の軽便鉄道・頸城鉄道(昭和46年に廃止)でも、昭和初期に特別車・ホトク1号車の車内を畳敷きにして走らせていた、という記録があります。その後「お座敷列車」は、国鉄盛岡鉄道管理局内で運転が開始されたのをきっかけに、各地で運転が始まりました。また、滋賀県を走っていた江若鉄道(浜大津~近江今津間・昭和44年に国鉄湖西線建設のため廃止)では、サントリーとタイアップして、キハ04型気動車の「キハ17号車」を畳敷きにして簡易カウンターを設け、サントリービールを売ったそうです。琵琶湖のほとりを走る「ビール列車」なんて、素敵ですよね。湖水浴シーズンの夏にはカウンターを取り外して再び座席を設置して、夏の湖水浴輸送に活躍したとか。その後国鉄でも、「スロ81型」お座敷客車や、北海道の「お座敷気動車」キロ59型等が誕生していきました。昭和61年頃の国鉄末期の「ジョイフルトレイン」ブームでは、東京と大阪に、老朽化した「スロ81型」お座敷客車の代替用として、それぞれ「お座敷列車」が誕生しました。東京鉄道管理局が12系客車改造の「江戸」号、大阪鉄道管理局が14系客車改造の「みやび」号でした。「江戸」号は前後に展望室を設けた構造が、「みやび」号は車内に日本庭園風の小さな庭を設けたことで有名になりました。その後も長野鉄道管理局の「白樺」号(12系客車改造)や、高崎鉄道管理局の「くつろぎ」号(12系客車改造)などが誕生し、駅の募集団体や一般団体用として活躍しました。高崎鉄道管理局「くつろぎ」号(現在は「碓氷峠列車文化むら」の休憩所として使用)しかし昭和61年12月28日、1つの悲劇が起こりました。山陰本線の餘部鉄橋で、回送中だった「みやび」号が、海からの強風にあおられて7両全てが転落し、鉄橋下にあった水産加工場を直撃したのです。この事故で「みやび」号の車掌1人と、水産加工場の従業員5人の合計6人の尊い命が失われました。その後分割民営化で大阪鉄道管理局は「JR西日本」となり、「みやび」の後継車として誕生したのが「あすか」号です。時代が平成に入ると、「お座敷列車」も改造車のため、老朽化が目立つようになりました。またバブル崩壊のため、「グリーン車」扱のお座敷列車は団体需要が減るようになりました。そして、中には長野の「白樺」号や品川の「江戸」号のように引退するものも出てきました。「お座敷列車」が臨時の「乗り合い列車」として使われる様になったのも、この頃からです。今回乗っている臨時快速「お座敷山梨ぶどう狩り」号もその一つで、種車が485系という交流区間・直流区間問わず走れるというメリットから、今では電化区間をあちこち走り回っています。今日の乗車率は少ないようで、のんびりと足を広げられました。この「ニューなのはな」号は、掘りごたつスタイルになっているので、足を下に入れられるのです。大月を過ぎ、笹子トンネルを抜けると「勝沼ぶどう郷」駅です。ここはホームから段々になったぶどう畑が一望できます。もっと乗っていたかったのですが、列車はやがて石和温泉駅到着。もう降りなければなりません。後ろ髪をひかれる思いで、「ニューなのはな」号を降ります。石和温泉駅に到着した「ニューなのはな」号ここで一行と別れ、私は石和温泉の街をぶらつくことにします。その話については、また次回をお楽しみに。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。ご参加、お待ち致しております。最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2006.10.04
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皆様、こんにちは。いかがお過ごしですか?それでは、旅日記の続きです。午前6時30分、起床。どうして旅先では、こんなに朝早く目が覚めてしまうのでしょうか。フロントにキーを預け、11階の露天風呂「大島」へ。朝風呂を楽しむ客で一杯でした。それからスカイラウンジ「ラ・プラージュ」へ行きました。かってはフランス料理レストランだったというこの部屋は、現在は囲碁・将棋ルーム兼展望ラウンジとなっていて、眺めはいいです。「熱海海上花火大会」の時なんか、いいだろうな。セルフサービスで、柿田川の天然水のウォータークーラーが置いてありましたので、「湯上りの水」として飲みました。それから地下2階の大浴場へ行きました。ここは先客はいませんでした。サウナもあり、のんびりと入るにはいい所です。浴槽の広さは、こんなものかな、という感じでした。昨日夕食をとったアネックス館1階のコンベンションホール「麗峰」で、バイキングスタイルの朝食です。ソフトドリンクは、飲み放題となっています。御飯コーナーで、御飯を大盛りにしてもらいました。おかずの量もけっこうあります。(このニューフジヤホテルのプランには、夕食が会席のプランもありますが、その場合でも朝食はここでのバイキングとなります。ちなみに「会席プラン」は1泊2食12,800円です)そして再び、アネックス館3階の「家康の湯」へ行きました。露天風呂の写真を撮っていると、どこかのおじさんが「入っているところ、撮ってあげようか」というので、撮ってもらいました。「俺も若い頃はカァちゃんと、露天風呂で写真の撮りっこしたもんだよ。」とそのおじさんは笑いながら言っていました。(皆さん、露天風呂で写真を撮るときは、一声かけて必ずマナーを守って撮りましょう!)しかし、粋なおじさんで良かったです。せっかくだから、熱海銀座をぶらついてみることにしました。朝ということもあって、ほとんどの店は開いていませんでした。干物が美味しいので有名な「釜鶴」も、開店準備中でした。一時、熱海の「お宮の松」前にあった老舗の大型ホテルが軒並みに廃業し、その廃墟が長らく残っていて、景観を損ねていましたが、ここ数年の間にようやく取り壊されて、もとの景観を取り戻していました。ホテルへ帰り、浴衣から服に着替えて荷物をまとめる。9時に熱海駅ゆきのマイクロバスが出る、との事でした。それに乗り込み、熱海駅へ。5分ほどで到着しました。熱海駅前郵便局で「100円旅行貯金」をして、改札口を入りました。9時35分発の伊豆急下田ゆきの電車は、伊豆急行自慢の観光電車「リゾート21」です。先行で、東京7時24分発の伊東ゆき521Mが9時26分に出発します。この電車は普通電車でありながら、185系特急電車の車両が使われるので、知る人ぞ知る「豪華電車」なのです。熱海駅で後部5両を切り離すので、かなりの時間停車していました。その分割風景を見学して、伊豆急下田ゆきの「リゾート21」へ。次の目的地・今井浜海岸駅で下車しました。駅舎は最近建て替えられたらしく、かなり綺麗になっていました。夏は海水浴客で賑わった今井浜海岸も、今は訪れる人もなく静まり返っていました。その海岸と浜続きにある旅館・今井荘のラウンジでティータイム。今井荘のラウンジは、窓が大きくとられているので今井浜の海を眺めるには絶好の場所なのです。そして電車で1駅、河津へ移動して天城越えのバスに乗り継ぎました。この東海バス「天城線」で修善寺まで行くのです。バスからの風景は大して見るものもなかったので、「お昼寝タイム」。目が覚めたのは、修善寺駅に到着する寸前でした。修善寺に着いたときは、雨が降り出していました。伊豆長岡までの乗車券を買い、伊豆箱根鉄道駿豆線へ。伊豆長岡までは、ほんの数分でした。伊豆長岡駅からバスで「温泉場中」へ。ここにある南山荘は、かっては北原白秋、石原裕次郎といった有名人も訪れた超高級旅館でしたが、現在は1泊朝食(コーヒー&トースト)付の気軽な旅館となっています。また12時~17時の間は日帰り入浴もやっていて、500円です。これが露天風呂です。男女交代制で、源泉かけ流しの広い露天風呂です。これが富士見風呂です。晴れて空気が澄んだ時は、名前の通り富士山が見えます。そして男女別の「石風呂」を堪能し、ロビーで寿司の出前を取って夕食にしました。すっかり気分良くなりましたが、時間も遅くなったので、帰ることにしましょう。再び伊豆長岡駅まで行き、三島まで電車で向かいます。三島で乗り継いだ20時38分の静岡発東京ゆき338Mは、折り返し夜行快速「ムーンライトながら」になる編成なので373系電車。かなり乗りドクな電車です。普段、東海道本線では特急「ワイドビュー東海」(現在は廃止)か、全車座席指定の夜行快速「ムーンライトながら」でないと乗れません。そんな訳で本当は東京駅まで乗りたかったのですが、予算の関係で小田原駅からは小田急を利用することにしました。そこで後ろ髪を引かれるように、小田原駅で下車。小田原から小田急線に乗り継いで、帰宅したのは23時30分でした。長文になりましたけれど、伊豆の2日間の旅はいかがでしたか?いつの日か、皆さんと実際に出かけられる日を楽しみにしております。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。ご参加、お待ち致しております。最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2006.10.03
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こんにちは。今朝の東京は雨模様でした。8月に1つの資格試験が終わると、ストレスが少し抜けたような気がしました。そこで、好きな伊豆への旅に出ることにしました。9月5日。大学での「行政書士講座」を終えて品川駅へ急行。そして16時30分発の「こだま」に滑り込みセーフ。忙しかった時間も、新幹線の椅子に落ち着くと一気に旅気分になるから不思議なものです。持参のFMラジオで局選択を「JR」に合わせて、東海道新幹線オリジナル番組「JRサウンド夢紀行」を聞く。これはグリーン車ではシートイヤホンで、普通車では持参のFMラジオで聞けます。洋楽中心の番組ですが、時には邦楽も聴けて、気分は飛行機のような感覚です。私は東海道・山陽新幹線に乗る時は、必ずこのミニFMラジオを持参で行きます。ほんの40分ほどで、目的地・熱海へと到着。伊豆の玄関口で、今夜の宿泊地です。駅前には、今夜の宿・ニューフジヤホテルの送迎車が待っていました。数人の客を乗せ、いよいよホテルへと出発。このホテルは、通年365日1泊2食9,800円、しかも夕朝食ともバイキングで、夕食時にはビール、サワー、ウイスキー、日本酒などのアルコールも飲み放題、という素晴らしいホテルなのです。しかも一人から泊まれるというので、ここにしました。5分ほどで、ホテルに到着。ホテルは「銀座町」という、熱海一の繁華街「熱海銀座」の入口にあります。まずはチェックインし、部屋のキーと食券を貰います。今回の部屋は738号室。ツインルームのシングルユースです。冷蔵庫はカラになっているので、持込の飲み物等を入れることができます。まずは浴衣に着替え、お茶を入れてくつろぎます。これこそ「温泉旅行の極意」、です。畳敷きの和室でなく、ソファー席なのがちょっと違いますが・・・・。そして夕食になったので、アネックス館1階のバンケットホール「麗峰」へ。かなり広い部屋でしたが、平日だというのに家族連れ等で大賑わい。何とか席を確保して、まずは何と言っても生ビール。バーカウンターへ貰いに行きます。それから、金目鯛のあら煮にサザエの煮付け、刺身、寿司など取りまくります。そして一人で乾杯。料理もおいしく、なかなかのものです。そして奥の方のローストビーフ、天ぷらコーナーへ。天ぷらは野菜だけの、いわゆる「精進揚げ」という奴でしたが、それでもアツアツの揚げたてを出してくれるのは嬉しいことです。ローストビーフを貰い、天ぷらをとり、更に食べまくります。ビールも、もちろん追加。これだけ飲み食いしても、一切追加料金かからない、というのですから嬉しいものです。ジュース類は、セルフサービスのマシンがあり、そこから自由に飲めるようになっています。おなかもすっかり満足したので、アネックス館3階の露天風呂「家康の湯」へ。ここは大湯間欠泉から湯を引いているもので、かって徳川家康公がこのお湯を運ばせて湯治に使ったことから、この名前があるとか。月を見ながら入る露天風呂もおつなものでした。その後は、本館1階のカラオケルーム「ハイランド・ラウンジ」へ。ここは無料のカラオケルームになっており、好き勝手に歌が歌えるようになっています。他のお客とも意気投合して、たちまち「歌合戦in熱海」が始まってしまいました。「夢一夜」(南こうせつ)、「勇者たち」(石原裕次郎)など、十八番を歌いまくります。特に「24時間テレビ」テーマ曲の「サライ」と、SMAPの「世界に一つだけの花」を歌ったときは、場内が大合唱となりました。ヤンママ二人組の「タッチ」もなかなか盛り上がり。時には他の見知らぬお姉様と「今夜は離さない」をデュエット。しかし、一番盛り上がったのはラストに歌った「千恵っ子よされ」でした。歌い、踊り、そして跳ねる。これは会場中が揺れました。すっかり汗をかいたので、本館11階の露天風呂「初島」へ。熱海の夜景を見ながら、湯につかっていると、ここが都心からわずか数分なのか?と疑問に思ってしまいました。そして地下2階のラーメンコーナー「祭広場」でラーメンを食べ、客室へ。今度は、友人連中連れてきて、オフ会やれたらいいな、という熱海の夜でした。この続きは、また明日をお楽しみに。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。ご参加、お待ち致しております。
2006.10.02
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皆様、こんばんは。今日から10月ですね。いかがお過ごしですか?今日は学校のレポート調べに、「江戸東京たてもの園」へ行って来ました。武蔵小金井駅からバスに乗る事数分。「小金井公園西口」で降ります。嬉しい事に今日は「都民の日」ということで、入場料は無料でした。「江戸東京たてもの園」の事はまた後日報告する事にして、今日は小金井公園のSL列車の話をしたいと思います。バス停から小金井公園に入ると、茶色の客車が見えてきます。ここが「SL展示場」です。小金井公園のC57-186号機とスハフ32型客車美しいくらいに茶色に塗られた客車は、「スハフ32-2146」号車といい、日本には数台しか残っていない「スハ32型」の貴重な生き残りです。かっては飯田町列車区(今はありません)に所属し、中央本線の客車列車に使われていたようです。残念なのは車内が非公開で、その貴重な車内をご覧いただけない事です。窓から覗いてみると、今や貴重となった白熱灯が、天井にあるのが見えます。ホームに停車しているイメージのスハフ32型客車後部にある車掌室のところには、ハンドブレーキがあるのも見えます。この客車とC57型蒸気機関車、一時は荒れ放題でこのまま解体か、と心配された時期もありました。しかし昨年度末、石綿除去工事が行われ、その際に機関車・客車ともきれいに整備されました。全国に鉄道の保存車両は数多くあります。しかし、その大半は屋外保存で状態が良くないのが現状です。そのためせっかく保存されても雨ざらしになり、わずか数年でスクラップになる、という運命を辿っているのもまた現状です。特にこの小金井公園の「スハフ32型」は、もう全国に数両しかない貴重な客車です。いつまでもこの地が安住の地である事を願ってやみません。また、日時限定で車内公開を是非して欲しいものです。もちろん、タダでとは言いません。例えば、車両清掃のボランティアをする替わりに車内を公開するとか。そうすれば、良心的な愛好家達は結構集まると思います。この「SL展示場」、公開日は土曜・日曜・祝日の11時~16時です。悪天候の場合等は中止です。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。ご参加、お待ち致しております。最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2006.10.01
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