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押入れの本を整理していたら、2001~2002年の「子供の科学」が出てきた。ここ数年はしばらく保存して捨てているのだが、こうして古いものがそろって出てくるとなんだか懐かしく、パラパラ見ていると、あの頃には難しかったことがすんなりわかったりして、可笑しかったり。で、啓明舎のことはこの雑誌の広告で知ったのだと納得。それから昔通っていた理科教室(教材屋さんがやっていた。今はもうやっていない)の広告も出ていて、こういう情報源だったのねと納得。理科教室には、バカボンと同い年の見るからに聡明そうな女の子が一人いた。桜子ちゃんと呼ばれていた子のお母様が「桜蔭が云々」と話していたのを横で聞きながら、なるほど桜つながりかぁなんて一人で合点していたりした。どうしているのかしら。思うに、理科体験はいわゆる見えない学力ってやつで、やったからどうこうということはないような気がする。少なくともうちのバカボンを見てるとそう思う。(いろいろやったことは一向に後悔していない。私も楽しかったし、そういう親子が楽しい時間を持てただけでもよかったと思う。でも、バカボン見てると原理や理屈は今でもわかってなかったりするので)
2007.03.30
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入試最中の1月に、バカボンにウォームアップ時に聴かせた曲が「約束の場所」だった。もともとバカボンを意識したわけではなく、自分自身CHEMISTRYが好きでダビングしたCDに入っていたのだが、「無理かもしれないように思えても・・・」という歌詞が、まさにバカボンのチャレンジにぴったりに思えて。そういえば、槙原さんと松本さんが盗作問題で対立していたのは聞いたことがあったが、この曲だったとは知らなかった。盗作問題には正直あまり関心はなかったが、今朝ワイドショーを見ていた息子に「ほら」と教えられて知った次第。ながら勉強なんてとんでないと思っていたが、音楽のメンタル効果にすらすがるようなとても厳しい状況だったのだ。(聴きながら勉強していたわけではないけど、勉強の導入とか休憩時に聴いたりしてました。奴がより好んで聴いたのは、ガンダムの曲が多かったけど。CHEMISTRYには、ガンダムとかアトムとかもあってけっこううちの母子との相性はよいです。)
2007.03.29
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今日は金曜日に続き登校練習2回目。学校から戻ったらそのまま友人と会ってサイクリングに行くという。(要するにうちに帰りたくないのね)「だから、弁当作って!」そんなわけで、今朝はバカボンだけでなく、私のほうも登校時間に間に合わせて弁当を作る、という予行練習となった。ふぅっ。息子は無事始業時間に間に合えたとのこと。笑えたのは、学校に行く電車より学校から戻る電車のほうが混んでいるという話。行きの地下鉄は、まだ少し時間が早いこと・始発駅なので座れることの2点でラッシュの負担はないのでまずはよかった。朝学校から戻る電車は埼玉方面からの通勤客を乗せた電車なのである。(笑)
2007.03.26
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小学校は卒業したけど、まだ中学には入学してない。だから、このテーマは不適切かもしれませんが、お許しを。今朝バカボンは登校練習。電車の所要時間はネットで確認できるけど、学校の最寄駅から学校までの間に踏み切りがある。受験日もそこで相当な時間足止めを食った。しかも授業が始まる(登校時間)は入試より早い。当然電車のダイヤも込み合っているはずだから、開かずの踏み切りの可能性大。それに、直通電車に乗れるか、乗り換えが必要な電車になるか。そもそも行き先が何通りもあるから、望ましい電車の判断がつくか・・・(おそらくは、とにかく最初に発車する電車に乗ればよいのだろうが)机上のシミュレーションどおりには行かないこと必至。さらに、うちは宅の最寄り駅までも自転車。駅前の有料駐輪場に停めて、などしているとどの位時間がかかるか見当もつかない。そこで、まだ中・高生が学校に通っている、より本物に近い状態で実験してみることにした。大体、1月はあんなにしっかり6時に起きていたのに、最近は7時半でも起きてきやしない。結果。不敵にも、そもそも目標にしていた電車よりも遅い電車に乗りやがった。曰く「今日は遅れてもいいんだから、1本遅い電車でも大丈夫かどうか試してみようと思った」んだと。その1本目が、当初予定より5分あと発。で学校には8時半に着いたということ。「もう1本早い電車じゃなきゃダメだね。」というわけで、再度トライしてみることに相成った。案じていた踏み切りはたいしたことはなかったらしいが、時間がかわるとどうなるか。まぁ、早起きにもなれてくれたまえ。
2007.03.23
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卒塾祝いに塾から頂いたディズニーランドのパスポートでもって遊んできたバカボン。クラスで同じ塾に通っていた女子からのお誘いで、男女混合グループで行くプラン。お目当ての子も誘ってルンルンのはずだったのになぜか直前に男女別に・・・。まぁ楽しかったらしいのでそれはそれでよいのだが。
2007.03.21
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昨日(3月19日)は小学校の卒業式。予想に反し、泣けない式であった。そう思ったのは私だけではないらしく、式の後ホテルで開催された「卒業を祝う会」でも「ハンカチを3枚も用意していったのに使わなかったわ」とか「泣かさない演出だっのかしら」との声を聞いた。面白かったのは、「国歌斉唱」で口パクすらしてない方が結構いらしたこと。(周囲を見回してる私って・・・)それに対し、壇上に昇降するたびに国旗に礼する校長先生・・・。小学校の卒業式・入学式で思うこと。その1:PTA会長は来賓挨拶が大変ね。仕事休んでおまけに壇上でしゃべんなきゃいけない。息子通った小学校では運動会での挨拶も!まぁ、運動会は自分の子どもを見に行くわけだし土曜日でもあるけど、入・卒は自分の子どもは関係ない平日。ご苦労様です。その2:これも来賓についてだが、幼稚園園長は入・卒とも招待されるのに保育園園長は招待されないこと。担当行政が違うから、そこには壁があることは承知しているが。幼稚園園長先生が目を細めて子どもを見ている姿を見るたびに胸の中に大きな?が沸き起こってくる。
2007.03.20
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先日日記を書いているとき、そういえばサウスバウンズ面白かったなと思い、図書館で奥田英朗を検索。小説ではなくエッセイを見つけたのでリクエストして読んだ。ネットで検索して予約、分館含め希望の館で受け取れるのはありがたい。一人当たりの貸し出し冊数が日本一だったことが何年か続いたわが市の図書館、貸し出し冊数の維持増大に懸命というと穿ち過ぎか。ネットでレファレンスもできるといいのだが。読んだのは、「泳いで帰れ」。当たり前だが小説とは異なる作者の顔が見えて面白かった。アテネオリンピックを見に行ったときの話である。来年北京にも行くのかしらん。チャイニーズのこと、面白く書いてくれそう。中に関川夏央の名を発見、私も好きなんです、関川さん。ちょっと嬉しかった。
2007.03.07
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息子の入塾手続きをとったのは、おそらく3年の12月。冬休みにちょっと行って、1月は週1。2月終わりごろから週2だったと思う。あまり深く考えないで入れた塾。その頃の私は、御三家がどこかも知らなかった。息子にも、「お試しだから。イヤなら辞めていいからね」と言っていた。冬休み初日、塾から帰った息子が、スカウト友だちも来ていたと報告。親御さんはとても教育熱心な方なので、そんなおうちの子が通う塾!?と驚くと同時に、そんな塾なら大丈夫ねと安心したりした。まったく呑気な親である。(笑)2月、週2回になった時点で息子が「ねぇ、通うの?お試しじゃなかったの?」と言う。いやぁ、お試しといったって無料体験させてもらっていたわけではないのである。「別にイヤじゃないんでしょ。友だちもいるし。仲のいい友だちが勉強友だちっていうのもいいじゃない」まぁ、息子も特に行きたくない理由もなかったのだろう。4年生は2科目と4科目から選択できたので、2科目コースに。2科目コースというのはうちの子だけだったらしく、初日はうっかり理科だか社会だかの授業まで受けて帰ってきた。誰も帰る子はいなくて、ごく自然に次の授業が始まったので、本人も気づかず受けてしまったらしい。先生も、帰れとも言わないのね。(笑)いや、それって2科目しか受けないなんて子は珍しいから気がつかなかったのかもしれない。後に(確か夏ごろ)受験する気なら4科受けてくださいと言われ変更するのだが、4科にしてから月例テストで社会の成績が下がって「なんだ、受けないほうがいいじゃん」と思ったりしたのだった。呑気な母さんは、塾でどんなことをやっているかも知らず。上述のお友だちのお母さんから聞くまで宿題が出ていることも漢字テストをやっていることも知らなかった。あるとき息子が国語のテキスト音読が宿題だと言う。済んだら親がサインし、チェックされるのだと。今だから言うけど読まなくてもサインしたことも。4年時は、テストは月例しかないから子どもの不出来を意識する機会もあまりなかったし、月例もそこそこだったので、塾や受験に対する私の意識は笑っちゃうほど低かった。塾の面談で志望校などあるかと尋ねられ、まだ具体的には考えていないが、子どもの成績を別にすれば(別にしちゃいかん!!)、国立はお金がかかんないから筑駒がいいかなぁ」と言ったら、「○市は通学区域じゃないんですよ」と言われ、驚いた。いや、そんなことすら知らないで子どもを受験塾に通わせている親がいることに、先生のほうが驚いたに違いない。知らないとは恐ろしいものである。息子の不出来を棚にあげる厚かましさも可笑しければ、受験すらできないということも知らないなんて。とんだお笑い種である。でも、基本的に最後までこんな感じだったなぁ。学校名が伏字になってると、どこのことかわからないことが多かった。おそらく今でもそうだ。
2007.03.06
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息子が小学校2年まで勤めていた事務所が本郷にあった。毎月「子供の科学」を購入するため誠文堂まで足を運んでいた私。途中に啓明舎があって、3年になったら息子がひとりで電車に乗って通ってきて、帰りはいっしょに帰れるといいなぁ、なんて思っていた。ちょうどそのころは、斉藤孝さんの3色ボールペンブームで、ミーハーな私は御茶ノ水の教室に通うのもいいなぁなんてことも思っていた。しかし、息子はまるで関心を示さず言下に「行かない」と言ったこと、そして私が勤めを辞めたことで都内に通うのはなくなった。まぁ、通いに片道1時間というのはよっぽどのことじゃないと続かない。そりゃそうだと私自身納得もしたものだ。2年のころは宅近くにある栄光ゼミナールの理科実験教室にも何度か参加させていただいた。このときつくったものは今でもとってある。けっこう楽しませていただいた。塾の情報といえば新聞広告と折込チラシぐらい。働いているとなかなかお母さんつきあいも難しく、口コミ情報というのは案外入手しにくいものだ。サピックスは、電車で3つか4つぐらいのところにある。こちらのイベントにも参加させていただき、私自身惹かれるものはあったが、やはり電車で通うのはイヤだと言われればそれ以上薦めることはできなかった。また、ボーイスカウトの先輩が通っていたのだが、4年生が夜9時過ぎに帰宅して晩御飯を食べているというのは、うちには無理と思われた。一方、市進は塾弁なしということだったのでけっこういいんじゃないかと思い、候補のひとつだった。3年の秋、日能研のオープンテストで成績優秀ということで賞品をいただいた。これに気をよくした私は次のテストで授業料減免待遇を狙ったのだが(笑)、まぁその前がたまたまよかっただけで次は散々な結果に終わった。なんといっても大きいことが安心の担保、普通に授業料を払っても構わないと思い、手続きまでしたが、息子に拒まれ、Nバッグは未使用のままとなった。結局息子が通ったのは、うちから一番近いところ。といっても、日能研や市進とは10~15メートルぐらいしか違わないのだが(笑)。「一番近いところに行く」と彼が言ったので。規模でいえば大手どころか中堅でもない。5人の先生が4年生から6年生までを教える、小さな(失礼)ところである。少人数制であること、息子の同級生のお兄さんがこちらに通って私でも知っている中学に合格し、通われているということで、まぁ大丈夫かな、と。勉強するのは本人だし、できる奴はどこでもできる、できない奴はどこでもダメ、と思っていたので、そんなに強いこだわりはなかったというのが正直なところである。勉強の内容というより、学習態度に対してなかなか厳しく、正直向いてないんじゃないかと何度も思ったが、最後まで通い続けた。近いということで選んだ塾ではあったが、結果的には、息子にこの塾があっていたのだ。
2007.03.05
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若いころから入浴時間は長かったのだが、体を洗ったりする時間が長かっただけでバスタブに浸かっている時間はそんなに長いほうではなかった。しかし何年か前からバスタブに浸かりながら本を読むように。息子が塾の6年になってからは弁当を届け、迎えに行き。それがない日は夕方から夜仕事で出かけることが多く、時間を気にせずゆっくり風呂に入ることは難しかったのだが、受験が終わって解禁である。いくら濡れないように気をつけてもしめったり、逆に乾燥したりで、マンガ週刊誌や痛んでも構わない文庫がもっぱらであるが・・・。今日読んだのは「キッドナップツアー」(角田光代)。入試にも出題されていたような気がするが。試験に出ていたのは最終章。でも全体の印象は最終章とはちょっと違うな。模試や実際の入試などの長文は、いつも長い話の中で面白いシーンを切り取ってくるものだと感心する。あぁ、でも「キッドナップツアー」が面白くなかったというのではない。でもやっぱり終わりが一番よかったな。それから、昨日・今日と二日かけて読んだのが「ペダルの向こうへ」(池永陽)。これも学校別の模試で出ていた。その時は、著作名はわからなかったのだが、たまたま図書館で手にとってパラパラ見たら覚えのある文章だったので借りてみた。テストの解説には「全編読む必要はない」と書いてあったが、なるほど。父の不倫はねぇ。でも、ラストは胸が熱くなる。チラリ書かれている沖縄の小さな島の人々とその暮らしは、「サウスバウンス」(奥田英朗)にも書かれていたが、お金がいらない暮らしって嘘じゃないんだ、と思えて主題とは関係ないところだけど、なんだかほっとするのである。
2007.03.04
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昨日、小学校最後の学級懇談会があった。あまり社交的ではないので、早く行っても間が持たないと思い、ゆるゆるしてたら遅刻してしまった。扉を開けると先生の「では卒業式の話はこれで終わりにしたいと思います。」うっ、しまった。そういうことはちゃんと聞いときたかったのに。最後に「中学の制服一式着用はだめとのことですが、ブレザーだけならいいですか」と質問なさった方がいた。「えっ」と思って配られた資料を見ると確かに制服一式着用はご遠慮下さいと書いてある。そういえば昔自治会役員としてだったか学童クラブ運営委員長としてだったか忘れたが、卒業式に来賓として出席したことがある。そのときは、みんな服装がバラバラで驚いたことを思い出した。どこの学校に進むかわからないようにするため、とか誰かが言ってたっけ。市外の私立中学に進学するお子さんのお母さんが、制服の採寸で卒業式に間に合うようにするかどうか尋ねられたと先日聞いていたこともあり、何となく服装は自由と思いこんでいた。進学先をわからないようにする配慮からなら、ブレザーOKはあまり意味がないような…。まぁ、あまたの進学先で、このブレザーはどこ、なんて私には皆目わからないのだけど、エンブレムが校章みたいなことろもあるのでは。ガクランなら校章つけなきゃわかんないところもあると思うけど。そして今朝、来賓に呼ばれたという方からメールをいただいた。和服でいくけど紋付にしようかしらって。まぁ! 私、スーツを買う気すらないんですけど。どうしましょ。(春らしいスーツを買ったら靴も必要になるわけで、でも、せいぜいもう一度入学式に着たら二度と着ないと思われるので、買う気にならないのである。)息子も服装も、どうしたもんだか…。
2007.03.02
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