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今年も、残すところあと、数時間になりました。振り返ると、色々な事がありました。最大の事は、ここにブログを始めた事です。たくさんの方々に訪れていただきました。本当に、ありがとうございました。そして、来年もここをよろしくお願い致します。
2006.12.31
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昨日のお葬式で大嫌いなやつに会いました。やはり、5年たったにも関わらず相変わらず、馬鹿だった。幼稚園の時には全てのお母さんたちとは仲良しだった訳ではありません。当時のPTAの会長と書記と他県から引っ越してきたという3人から、仲間はずれ? これもひとつの言われ無きいじめなのかな。その3人はに近寄ろうとしただけで、3人が徐に席を移動してきたり、挨拶しても全く無視され視線はあった事はありません。入園後、半年ぐらいから、異常な行動が目に付いてきた。挨拶されなくなったり、私が来ているのを知りながら門を閉めたり、馬鹿馬鹿しくて相手にしていませんでした。1度だけ、「何考えているのか・・・・」と言う様な悪口めいた事を聞こえるように言っているのを耳にしました。何が気に入らなかったのでしょうか?何に対して怒りを持っているのか、何が受け入れられなかったのでしょうか今も理由が解らないからです。
2006.12.31
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昨日は、息子の幼稚園の時のお友だちのお父さんのお葬式でした。幼稚園の行事には多く参加していただいたり、ボランティアにも率先して片付けを手伝ってくださいました。よく気の利く方で優しい姿が偲ばれます。まだまだ、お若いのに心からのご冥福をお祈りいたします。
2006.12.31
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12月21日今回も育成クラス。前回と同じ本を読みました。映画「ポーラエキスプレス」の原作本。前回は知っている生徒はいないようだったが、今回はビデオで見たことある生徒が2~3人いました。知っていると、楽しみ方も倍増するのかな。違いがわかった生徒もいました。読んだ絵本 急行「北極号」 クリス・ヴァン・オールズバーグ / 村上春樹 あすなろ書房急行「北極号」
2006.12.27
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12月15日今日は、育成クラスの読み聞かせ。前回は、一人エ~ン、と、泣いていた生徒も今日はニコニコ顔で楽しんでいる様子。絵がとても綺麗なので、見ていても楽しい。ただ、字が読みにくい。練習していったのに、かみまくり。でも、聞いていてくれた。読んだ絵本 急行「北極号」 クリス・ヴァン・オールズバーグ / 村上春樹 あすなろ書房 急行「北極号」
2006.12.25
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12月8日初めて中学校の校舎を訪問。玄関すら知らず、仲間のお母さんを見つけてほっとする。私は初めての事なので育成のクラスを見学させていただきました。卒業生の顔をちらほら見えるので、少しは気が楽になりました。来週は、実際に読み聞かせをします。もう直ぐ、クリスマスなのでクリスマスネタを読みます。
2006.12.25
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弱い子はいけないみたいだ。弱者を否定している事に繋がる。強くなれば、いじめを受けるようなこともない。今、欠点、弱点を克服したらいじめを予防になるとでも言いたいのか。正論なの知れないが、納得できない。まずは、他人の弱点、欠点ばかりを安易に指摘するような行為はしてはいけない事を教えるべきではないのか。息子はほんの些細な事でも、直ぐに泣いてしまう。え~ん、え~んとか、わ~んわ~んの様な泣き方ではなく、しくしく涙ぽろり。小さな間違いを指摘しただけでも涙ぽろり。先生だろうが友達だろが・・・担任はその事が気になるようで、こんな事でも泣くのかというような事なのでしょう。その事を今すぐにでも、止めさせるように指導しているようなのです。それまで、5年、6年ばかり教えていて、久しぶりの4年生。お子様(幼稚)に見えたのでしょうか?ある時、担任の先生に「泣けばいいってもんじゃない」言われたようです。私は、その言葉に、いじめに繋がる要素が含まれているように思えるのです。先日、個人面談がありそこで、息子の担任の先生に、気になることを言われたのです。直ぐ泣く事を止めないと、いじめにも繋がり兼ねないと言うのです。そのような、担任の先生の姿勢の中に、生徒をミスリードしてしまう芽が植えつけられやすいのではないかと危惧している。決策がないいまま忠告される事は、心の中をぐるぐるかき回されているようで、不愉快だ。ならば、どうしたらいいのでしょう?こちらが尋ねたくなる。 だがしかし、止めるようにとの指導のみ。そんな事は分かりきっている。忠告されても何の意味を成さない。ただ、心、掻き乱されるだけだ。解決の糸口すら、全く見えなくなってしまい、状態はさらに悪くなってしまうでしょう。解決方法を具体的な事をアドバイスしてくれると、本当は有難いのです。望んでいるのです。
2006.12.22
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12月6日今回は、1年生の予定でしたが、息子が熱発のため病院に行くのでお休みしました。今年最後の読み聞かせなのに残念です。中学も読み聞かせを始める様で、見学に行きました。現在は、2年生と育成のクラスです。
2006.12.22
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12月19日 ハムリンズパーティセット(ニッポンハム)12月19日 ちゃぶ台、座布団(丸美屋)2つとも、キャラクターグッズなのでとても気に入っている。可愛い。息子に、ちゃぶ台とられた。おやつを食べている。
2006.12.21
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11月20日 今回は5年生。 やはりこのクラスも、ノリはよくて、話を楽しんでくれた。前回と同じように、クイズを出して終わりました。 読んだ絵本3びきの かわいい オオカミ 冨山房 ユージーン・トリビザス文ヘレン・オクセンバリー絵こだまともこ訳 3びきのかわいいオオカミ
2006.12.21
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11月6日今回は、3年生。のっけから、元気がよく、反応もいい。私自身が、気分が乗ってない感じを自覚していたので、すごく楽しそうに答えてくれたおかげで、私も乗ってきた。質問が続いたり、絵を見て笑ったり、突っ込みを入れたり、担任の先生が逆に制しされたりして、足止めをくらったり・・・・今回は別段、うるさいとは思っていないのに、こちらも、反応を楽しんでるのに・・・・かむ事も無く、珍しく楽しかった。私、このクラスで一番の元気をもらえた。読み聞かせを続けていて良かったと思えた。読んだ絵本たべられたやまんば 著者:瀬川康男/松谷みよ子出版社:フレーベル館たべられたやまんば
2006.12.18
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10月23日今回は、4年生。楽しそうに読んでいるのに、私自身は乗ってない。とても、静かなクラスのようではあるけれど、それだけじゃないみたい。私は精神的に落ち込んでいる為なのかな?乗れないのかも知れない。かまなかったのに、なんだか残念だった。 読んだ絵本絵本落語 ばけものつかい 川端誠 ばけものつかい(1) ダニエルのふしぎな絵 バーバラ・マクリントック作 福本友美子訳 ダニエルのふしぎな絵
2006.12.17
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12月の当選品~14日まで 3日 金目鯛セット(トクプレ)3日 マリー・クレールフレグランスセット(P&G)5日 四葉のクローバーストラップ(P&G)7日 学研教材モニター(ネット)9日 CFS商品券2000円(P&G)12日 コンタック人形(三共)これからがんばりま~~~す!!
2006.12.14
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なかなか更新できずにいました。すみませんでした。これからもっとがんばります!!1日 CGC商品券2000円(はごろも)10日 フルーツゼリー(ネスカフェ)14日 ドレッシング・マヨネーズ(エコナ)18日 CGC商品券2000円(ニチレイ) 18日 ギフトセット5000円相当(西友・カゴメ)
2006.12.13
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12月5日 抗がん剤治療の担当医の診察、食事指導を受けて、退院。
2006.12.12
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12月1日 担当医の説明では、手術直後の説明と変わりはなかった。 術後の経過も順調で、回復しつつある事。 今後は、抗がん剤での治療をするとの事で、抗がん剤治療の担当医に代わる事。 痛みがまだ少しあるけれど、早くに退院する事となった。
2006.12.12
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◇◆続き2◆◇ 弟のお嫁さんの御両親が駆けつけてくださて、みんなで談笑していたため張り詰めていた気持ちが少し和らいできた頃、渡された携帯が鳴った。 手術の終了の知らせだ。 いよいよ、手術の説明がある。 父を見送った、クリーム色のドアの前で待っていると、ドアが開きスタッフの一人が、麻酔科の診察室に案内をしてくれた。 その部屋は、診察室というより、小さな会議室の様で、テーブルと何客かの椅子が用意してあったので、3人それぞれ席に着いた。 担当医は、まさに、手術が終わったばかりだったのだろう。 手には手術用の手袋の白い粉がついたまま、重そうな青い包みを抱えて入ってきた。 前回同様に、担当医はわかりやすく図を書きながら説明し始めた。 やはり、状態は芳しくなかった。 浸潤は思いのほか広がっていた事、他の臓器にも浸潤しており、顕微鏡下でも癌細胞を確認したとの事。 「もし、このままなにも治療をしていなかったら、1ヶ月はもたなかったであろう。」と言って、青い包みを開けた。 その包み中にあるものは、まるで溶岩の様に見え、えらく硬そうな物体を呈していた。 見るからに悪そうだった。 説明後、母の落胆ぶりは酷かった。 母を弟と二人で抱えるようにして、部屋を出た。 その、後ろで担当医が、私たち姉弟も検診では胃カメラをする様にと勧められた。 待合室には、弟のお嫁さんの御両親が待っていてくださった。 嫁のお父さんが、「S君、気を落とさずしっかり!!」と弟の肩を叩き、嫁のお母さんが私の母を悲しみを正面から受け止めて、両手で母を抱きしめているのを見ていた。 弟のお嫁さんの御両親のご厚意に甘えて、そちらのお宅に弟と母を泊めていただくことにした。 私は、真っ暗な夜道を一人自宅に帰った。
2006.12.12
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◇◆続き◆◇ 担当看護師は受付知家窓口から受け取った携帯電話を私たちに渡した。 手術直後、検体を見せて担当医から説明がある事。終了後ICUにて面会が出来る事。 全て、この携帯が知らせると、説明してくれた。 そして、私たちを手術待合室に案内した。 待合室には、ゆったりした広さはあり、ソファーが間隔を空けて何客も置かれていた。 とても大きなテレビがあり、入り口の横には自動販売機がある。 隣の部屋には小さなキッチンがあり、その奥には和室が何室かに仕切られていた。 今日は、手術が多いのだろうか。 待合室は自分たちの座る所を探さないと座れない位、人が待っていた。 私たち3人は、空いている隅のソファーに腰掛け、差し入れのお弁当を食べた。 夕方5時を過ぎるとにわかに待合室も人気が減り、6時を過ぎると待っている人はもう私たちだけとなった。 暫くして、弟のお嫁さんの御両親が駆けつけてくださった。
2006.12.11
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11月22日 この日は、休日の前日という事で、いつのより駐車場が混雑していた。外来がとても混雑しているようで、駐車場ゲートに入ってから停車できるまで1時間待った。本日、手術があるからと申し出て少しだけ順番を譲ってもらった。すみません。余談です。 病室に着いたのは、辛うじてお昼前だった。手術室の入室時間は2時ごろの予定なので、何とか間に合った。 弟は私が病室に着いてから30分ぐらいしてからやって来た。 私が病室についた時にはもうスタンバイOK状態だった。 必要物品も揃えられてオーバーテーブルの上に置いてあった。 順番が着たら看護師さんがお迎えにくるらしい。 ここの病院では手術室に入室する時に全く処置はなく、手ぶらで歩いて手術室に向う。 ナースステイションの前では婦長さんと数人の看護師さんが声をかけてくれた。 私たちは担当の看護師さんの案内で手術室に向った。 エレベーターを降りると真正面が手術室。大きなガラス張りの自動ドアがあり、中が見える。左側に手術室受付の文字が大きく示された小さな窓口が見え、その横に麻酔科と示されたクリーム色のドアが見えた。 家族が行けるのはその麻酔科のドアの前までだ。 担当看護師は手術室受付のインターフォンを押し、必要物品を渡し、受付窓口から携帯電話を受け取た。 暫くすると、麻酔科のドアから担当のスタッフが来て、父は入っていった。 手術室には予定の時間を1時間ぐらい遅れて、3時少し前に始まった。
2006.12.10
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11月17日 胃カメラの結果が良くなかったため、急遽、担当医からの説明があるので来てほしいと母から連絡があり、指定の時間に病院に向った。 癌の進行が進んでいる可能性も否定できず、早急に手術の必要があると告げられた。 癌についての基礎的な説明から、現在の予想される進行度、手術の説明。 わかりやすく図や表を書きながら説明してもらえた。 手術については、胃を全摘出した後の再建法を図で示してもらったので、理解出来た。 承諾書を渡され、本人と家族のサインを記入た。
2006.12.09
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11月14日 10時に入院する。
2006.12.08
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11月7日 病院側でがんセンターの予約をしてくれており、紹介状も準備しておいてくれた。そして、今日が受診日。母と弟と私の三人で入院中の病院に向った。父はもう、着替えており、紹介状を受け取り弟の車で一路、がんセンターへ。 がんセンターは、4年前に新設された病院で私の住む所では最大級の病院である。 私もそこに行くのは初めてだ。 全てがとても広大である。正面玄関を入ると、そこは病院の待合室独特の空気を感じさせない。まるで、空港のロビーのようにゆったりしており、このまま旅行に行ってしまえそうに思える。実際は診察だが。 中央にエスカレーターがあり、大きなカウンターがいくつもあり、その周辺にはゆったりとしたソファーが配置されている。まるで搭乗受付を待っているようだ。 南側前面は全てガラス張りになっており、眼下にジャンボジェット機が見えるのではないかと思える程であった。実際に見えたはバラ園と日本庭園だった。 診察室はツイタテのような壁で仕切られた奥にあり、待合室になっているところから窺うことは出来ない。 まずは、初診受付を済ますと、所定の診察の受付番号を告げられるので、そこへ行く。何しろ広いので所定のところを探し出す作業は大変。 診察の受付で紹介状などをだすと、代わりに携帯電話より少し大きな診察の順番を知らせるブザーを渡される。建物の中ならどこでもお知らせ出来るので自由に行動が出来るという優れもの。 渡されてから1時間ぐらいするとブザーが鳴った。 所定の番号の所へ入ると、小さなブースのようなつくりになっており、隣の診察をしている人や、前の診察をしている人とは顔を合わさないようなつくりになっている。 診察によばれるまで誰とも顔を合わさなかった。 診察室の中はいたって変わった様子はないが、医師の机の上には大掛かりなPCがある。 診察しながら、医師は必死にキーボードを叩いていた。 入院しなければいけないようだ。入院日を決めて診察は終わった。
2006.12.08
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10月30日 母から、当初予定していた担当医から説明の日より5日早くなったので直ぐに病院にいってほしいと連絡があった。 病名は胃がん。未分化腺癌。発祥部位は出口付近の胃底部。ステージ3(スリー)。 内科での治療ではなく、外科で胃を全て摘出する手術が必要であるとの事。本人(父)は、担当医から簡単に説明があったため、状態は既に知っていた。父は家族に打ち明けられなくて困っている事。毎日看病に行く母は、父の状態が悪くなる事や、担当医、ナースに対しての不信感を持っており、まともなコミュニケーションが取れなくなっている事。家族の協力を得たい事。そして、本人の希望は、がんセンターで治療を受けたい事。意見をまとめて来るために、一時的に外泊しなさいと言われ、そのまま、実家に父を連れて一日外泊をした。
2006.12.08
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10月25日予約時間の10時に受付に行き入院となる。
2006.12.07
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10月24日 内科の担当医は、まず自己紹介した。 最近の告知については、本人に必ず告げられる。個人情報保護法もあるため嘘は告げられないとの事である。というような前置きを話した。 今回の胃カメラの所見から考えられる病名を3つ告げられた。 1、粘液性潰瘍 2、悪性リンパ腫 3、スキルス胃がん これらの病気を断定するために入院しましょうとの事でした。
2006.12.06
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10月24日 この日は、息子の音楽集会リコーダーの演奏と合唱を披露した。この日の為に、家に帰ってからもよく練習をしていた。その甲斐あって練習よりも上手に出来ていた。子供の成長を喜びつつ家に帰ってきたら、突然の電話。母がらだった。 今日、体調が良くないため以前から予約していた胃カメラを予定より1週間早く診てもらいに出掛けた。その病院で『がん』かもしてられないと連絡を受けから、私にも直ぐ来てほしいという事だった。まるで、その電話はよくある三文芝居のベタな始まりのようだ。私、案外冷静だなと思った。 取りも直さず、病院に出掛けた。 地下の検査室の前のソファーに座っていました。そこで、父と母の二人は待っていた。父とても小さく今にも消えてしまいそうな存在に見えた。母の顔を見たらとても口では表現ない程の悲しみが窺えた。なんて声をかけたらよいのかわからない。父は検査の結果、その写真を私に差し出した。 私が見たものは、明らかに異常であろうとわかる様な画像を呈していた。正常であれば、サーモンピンクをしている胃壁が見える。しかし、父のそれはどろりとただれた様で、白っぽい色をしていた。何かあると一目でわかるようだった。この後、入院の手続きをして、明日入院のするというのである。 この後に、看護師さんから入院の手続きの仕方の説明があるからしばらく待ってていると、医師の診療が終わったらしく、私たちの前を通り過ぎていったが担当医は戻ってきた。父の顔を見て私たち家族を呼んだ事に気がついた様である。これまでの診察の結果を話された。
2006.12.06
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