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日本では、みんなが一緒にお祝いムードになることは、そんなにはないと思うが(なぜかクリスマスはそうなんだけど)、そんな国だからこそ、年末からの年越し、お正月は格別だと思う。サービス業でない限り、間違っても新年から働く何ていう会社はなく、皆が大手を振ってお休みが取れ、地方出身者のみならず、普段は集らない者たちまでも、家族を思い、家に帰る時期。一年のけじめとしてのご挨拶をするのもこの時期で、私はそんな今の時期が、結構好きだと思う。さて昨年に続き、今年の年末、私は炊き出しに行く。こんな寒い時期を、家族とも離れて公園とか駅で過ごす人たちがいる。いろいろな事情があって、そこに流れ着いてしまった人たち。困った時にはお互い様、生きるのはいろいろあって大変だけど、お互いに頑張ろうね、位の感じで参加している。あんまり深刻ぶるのも、いい人ぶるのもなし。そして、それをすることに対しての、いろいろな意見とかもあるんだろうけれど、そういうのも関係ない。一年に一回、そういう日があってもいいよね~?という感じの、でも、私の一年のけじめの日でもある。
2007年12月30日
小学校に入学する前、「一年生になったら」の歌が大好きだった。それからずっとずっと、きっと大人になっても、沢山の人と仲良くなることが、私のあこがれだった。皆が兄弟みたいになりたかった。でも、世の中はそう簡単には行かなくて、いろいろな人と会った。傷つけにくる人や、自分を偏見で見る人にも会った。大切に扱ってくれない人など、本当にたくさんだった。心はずいぶんと傷ついたと思う。本当は、無理に仲良くしようとはせず、何かをしてあげようとはせず、そしてその人から、何かを貰おうとせず、自分を守れば良かったのに、そういう人とも仲良くしたくて、無理してずいぶんと苦しい思いをしてきた。そろそろ、それを止めようかと思う。自分がずっと守ってきた信条から、離れてしまうのではないかと思いながらも。しばらく自分を甘やかそうと思っている。みんなの幸せを願っている。みんなが幸せと思わない限り、この世界から争いごとは無くならないから。だから自分も幸せでいないと。辛いと思う雰囲気は、虚空を通してまわりに伝わってしまう。避けても大丈夫な状況にいるのなら、無理せず、堂々と挨拶程度にさせてもらう。その人をもうこれ以上、嫌いにならないように。自分たちの雰囲気がまわりの雰囲気を悪くしないために。自分が幸せで楽しいと思えるように。自分の楽しさが、まわりの人たちを温かく包み込んでいけるように。そうしていつか、皆を同じように愛することが出来るようになって行けばいいと思う。無理をせずに少しずつにしようと思う。
2007年12月28日
ここ数日、耳に入ってきた言葉。サレジオ教会の神父様のことば 「沈黙と祈りによって聞こえてくる、内なる神の声を聞きなさい」昨日食事をした友人の言葉 計画が止められて、自分が思う通りに進まなかった時に思ったこと。 「ご縁がないと捉えるのではなく、これは何かあるな(何かの知らせだな)と考えた」 そしたらやっぱり・・・ということが起きた。友人、凄いな。ちゃんと神様の声を聞いているの?来年の(いや、もう今すぐにでも)私が気にかける言葉としよう。
2007年12月27日
皆が互いの素晴らしいところを認めあい、楽しみ、ほめ讃え、協力することが出来たら、誰も何も恐れることなく、すっごい幸せの中にいられると思う。そんなときがたまにあるんだけど、丁度そんな日だった。あんまり楽しかったから、子どもみたいに有頂天になって、ちょっと恥ずかしかったけど。朝、虹を見た。ずっと見たかったんだ。
2007年12月23日
あるランプに別のランプから灯がともされるとき、ひとつだった灯がふたつになります。ふたつ目のランプに灯がともされるときも、最初のランプは光を放ち続けます。ひとつのランプから、100万のランプにも灯をともすことができるのです。そのときも元の灯は少しも弱まることがありません。愛もまたそのようなものです。愛を100万の人々と分かち合ってごらんなさい。分かち合った後も、元の愛の強さに変わりはないのです。光は拡がります。光は他の光源からの光と混ざり合いますが、そこにはまるで境界も、偏見も、選り好みもありません。何が誰のものであるといったおもいや、社会的地位や信条の違いにとらわれ、縮こまっていてはなりません。あなた方はただひとつの無限の愛の流れの中にいるのです。拡がりゆくことが愛の本質です。私の尊敬する人の言葉です。皆さまが、素晴らしいクリスマスを迎えられますように。
2007年12月21日
いつも側にいなくても、たとえ地球の向こう側にいても、どこかで繋がっていると感じる人もいるけど、こんなにすぐ側にいるのに、全く繋がった気がしない人もいる。不思議だけど、こんなに離れていても、こころのどこかで「いつも貴方のこと思っているよ」って、そういうのは伝わっているのかもしれない。ひとりぼっちと感じるのは気のせいで、絶対どこかで貴方のことを、元気かなあ、大丈夫かなと思ってくれている人がいるはずなんだから。自分はその人の「思い」を受け取っているから、毎日元気に頑張れているかもしれないのだから。だから今日一日また、頑張れるよね?出会う人みんなを大切に思い、感謝することが出来るよね?こうやって人は繋がっている。人は皆、無意識のうちに繋がっている。つなげてくれるのは、思いやりという名の愛。こんなに寒い冬だけど、暖かい心を持って頑張って生きようね。
2007年12月17日
うんと昔は、今頃の季節、手帳の隙間を埋めるのに夢中だった。予定が入っていないのが、落ち着かなかった。そんな毎日なのに、なぜかクリスマスイブにだけは、予定が入らない。特別な人と迎える日だから、皆、特別な人と約束しているみたいで、つるんでいる友だちたちは、ことごとく付合っている人と素敵なディナーを。残った人が誰なのかわからず、声をかける勇気さえなかった。しけた私は、家で母が作った和食(家はクリスマスはしない)を食べていた。そんなOL時代が何年か続いた。そんな日々から脱出出来て、うれしかったのもあの頃だった。今は、夜は約束がない方がうれしい。昼間に食事する気持ちよさを知ってしまったから、よっぽどのことがない限り、夜の約束は入れない。夜は、暖かい部屋で好きなことして、大好きなもの作って。明日に備えて眠るのが好き。自分の内面が充実したからこそ、こんなふうに思うことが出来たんだと思う。
2007年12月15日
自分が育てた訳ではないけれど、友だちの子はかわいい。こどもは天国で、自分のお母さんを選んでくると言う。だからきっと、彼が、友人をママとして選んだときから始まった縁だと思う。深いつながりなのだ。そんなだ~い好きな、友だちとぼくが、初めて地元に遊びにきてくれた。普段通い慣れたモールだが、子どものいない私は、子どものためのものがたくさんあることに、あまり気がついていなかった。ぼくは、それらをすぐ見つけ、十分楽しんでくれた。遊戯場で遊び、新幹線のカートに乗って運転。そして私も、走る走る彼を追いかけ、たったたったと走るのが、とっても楽しかった。そしてその後向かった我が家には、諸事情により本当にな~にも置いてないのだが、広い空間が良いと楽しんでくれた。遠出して、つまらなかったら申し訳ないなあと思っていたら、いろいろなことに興味を示してくれ、ニコニコと笑ってくれて、本当に良かった。こどもは小さなことを遊びに変えてくれる天才だとは聞いていたけど、ほんとうにそうなんだなあ。ありがとう。これからはもう少しお料理もケーキ作りもちゃんとして、おもてなししたいなあ。けど子どもにとっては、今日みたいな方が却って楽しいのかも。いつでも待っているから、またぜひ遊びにきてね~。
2007年12月11日
何て、冗談を書いた昨日だが、インドにはアガスティアの葉という予言書があるのは、有名な話だ。確か今から12、3年前に猛烈なブームがあり、それを目当てにインドを訪れる人が沢山いたと思う。知らない方がいると先に進めないので、ざっくり説明すると、アガスティアは聖者の名前で、大昔、その人が個人の未来を予言して、それを葉っぱに書き残した。(それには過去世も書かれている)それは誰もが見つかる訳ではなく、訪れるときも書かれており、そのタイミングが合わないと、葉っぱは見つからないという。葉っぱは指紋を採り、いくつかのyes /noで答えられる質問形式で探して行く。時期がその時なら、自分の葉っぱは見つかるらしい。それを読んだ後、自分が過去に犯した罪を払うためのいくつかの処方箋が書かれている。どこどこの寺院に行って、こういうプージャ(儀式)をしてくること。○人の貧しい人に食事を給することなどなど。しかし・・・私の知り合いにも、それを読みに行った人が何人かいるけれど、過去のことは大体合っているらしいけれど、未来はどんどん外れているらしい。彼らは一様にこういう。自分の運命は変えられると。今の行いが未来を作るから、今の自分を変えると、未来も変わって来るんだと言う。確かに彼らは毎日の行いに、とても気をつけている。そう、だから・・・私もそうなのだが、インド占星術等を読むと、最悪。。。な運勢なのだけれど、確かにそういうときもあるんだけれど、気の持ちようなのだ。これを最悪ととるか、とらないか。それに振り回されずに、精神的に安定した行動を取れるか。簡単な決まり事をちゃんと守っているか(時間厳守、嘘をつかない、言葉使いに気をつける)自分の周りの人を大切にする。など、そういった当たり前なことをこつことと積み上げて行くことで、自分の毎日は安定して行き、未来は変えられるらしい。小さく、平凡な日常には、実はとても大きな宝物が詰まっているのかもしれない。そう思うと、また今日も、元気に行きて行こうと頑張れる気がする。
2007年12月11日
寒くなる前日あたりになると、急に冬眠前の熊のようにお腹が空き、沢山食べたくなる。2、3日前がそうだった。だから、「また寒くなるんだ」何て思う訳だけど、私の知り合いに、大きな地震前になると、めちゃめちゃ具合が悪くなる人がいる。それも本当に大きいやつ。インドネシアあたりの、そう、あの大津波のときのもそうだったらしい。彼女は10日くらい前も、真っ黒な顔をして現れた。失恋した後だったから、まだ痛手から治っていなくて具合が悪いんだと思っていたら、それもあったけど、やっぱり地震だった。翌日Yahooのトップニュース張り付いていた。私は見ていないけど、この間のオーラの泉は、そんな話もあったらしい。過去世で危険な目に合ったから、身を守るためにそういった動物的な感覚が残っている人がいると言う話だったらしい。彼女の過去世は地震で亡くなった人、そして私の過去世は・・・ 熊か?なんてね~(笑)いや、貧しくて凍死でしょうね。きっと。
2007年12月10日
気温はどんどん下がって行っていると思うのだけど、空気が透き通って気持ちがいいね。昨夜、友人の車で東京から西のこちらに戻ると、雨が降った後で、湿った空気が心地よかった。ふわっと香る林のにおい。山の空気が下りてきたんだと思う。思いっきり吸うと本当にいい気持ち。
2007年12月09日
本当に難しい。うまく言葉をかけること、うまく伝えること。メールも同じだと思う。励ましの言葉をかけてあげたいけれど、うまく伝えられずに、却ってこっちが落ち込んでしまう。冷たくならず、さらっと励ますことは出来ないのだろうか。相手に負担にならないくらいの好意を示しながら、でも、ちゃんと元気づけることは出来ないのだろうか。お仕事お疲れさま無理をしないでね。お身体を大切に。毎日をお互いに大切に元気で生きて行こうね。平凡な私には、平凡な言葉しか浮かんでこない。もっともっと温かい言葉で、さらっと伝えられたらいいのに。。。大切に思っている人ほど、意識し過ぎて堅い言葉になり、落ち込む私。適度な距離をたもちつつ、励ませる素敵な言葉を模索する毎日だ。
2007年12月06日
23日に思いっきりボランティアをして以来、体調が優れなかった。最初の頃は、疲れすぎたのか、自分の身体の感覚がなくなっていて、味覚も鈍かった。毎日よく寝たにもかかわらず、頭が集中出来ず、ぼーっとして、身体のしんに疲れが残っていて、以前のような感じには戻らない。最近はそういうことは、ほとんどなくなっていたのに、他の人からの強力な助けのエネルギーが欲しいらしく、特定の人の言動が凄く気になった。貧血が影響しているのかも・・・。鉄材を飲む。変わらない・・・。昨日、さすがに観念して、ずっと一日中ごろごろとしていて、そして夜中からずっと、とても好きな勉強に没頭した。ヴェーダのマントラの勉強。寝たのは午前5時だった。夜が開けてみたら、絶対に身体によくなさそうな夜更かしのおかげで、なぜか体調が以前の感覚に戻っている。一度にものすごく沢山の人に会った気疲れだったのか、人の気配のない深夜に、マントラに没頭することで、本来の自分に帰ることが出来た。その人のことはもう気にならない。
2007年12月04日
ここのところ、忙しく、全く自分の心に向きあわないときがあって、そんな日々を送っていると、全てみんなOKさ、なんて大雑把な感覚になって行く自分がいる。それはそれで、らくちんなんだけど、人の痛みにも敏感でなくなり、ついつい仕切ってしまい、上からものを指示する、謙虚さから遠い自分がいたりした。そんな自分は自分でない気がする。いろいろ考えたり、傷ついたりすることもあるんだけれども、自分は、自分と同じように、傷ついたりする人の同じ高さに立つことができる、暖かさを分け与えてあげられることの方が、大切だとおもう。今のこの自分の置かれたところが、大嫌いなはずなのに、実は、ここに居ることに喜びを感じているのだと改めて思ったりした。痛みを共有し、励ましあい、助け合うことの小さな喜びのために、今の私は色々な経験をしている。
2007年12月03日
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