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私が好きな人を、私よりも真っ直ぐに思っている人の側にいて、心苦しかった。私は、無理に彼から心を引き離そうとしているのに、彼女はまったくそういう事も出来ない人のようで、その気持ちが純粋で綺麗だった。余りに綺麗だったから、私は自分の心が汚れているのかと思ってしまった位。私はこんなに真っ直ぐに自分の心と向き合えない。あれこれと自分の心を調整してしまう。負けてるなって思った。自分の心に従うこと、その意味を始めて知ったような気がする。ネガティブな思いどころか、いろいろな計らいが、自分の心にざわめくのを感じる。これを払い除けることが出来るのは自分であり、それが強いという事なのかもしれない。でも、強さは堅さではなく、ただただ心の声に正直なだけで、情けないほどに柔らかい。彼が彼女のそんな美しさに気づいて、反応する事が怖い。
2011年04月09日
物事をきちんと最後まで突き詰めて見つめることは、必要なことだ。しかし、どこが最後なのか分からないことが多いし、途中で自分を見つめる作業から逃げたくなり、下手な理由を付けて、そこから逃げようとする。やってくる、道の結果が怖いから。逃げれば簡単だ。逃げるという言葉は余り良い言葉ではないけれど、社会的常識に乗っ取った判断をしたと言うと、聞こえは良いと思う。私の場合、そういう運命ではない気がする、というのが一番の逃げの口実で、確かにそうなのかもしれないけれど、でも、それでは学べることは中途半端なものとなり、ほんとうの真実ではない。雨が苦手、と思っていて、その理由を探っていたら、面倒だと言う想いが眠っていて、それを取り外したら、雨を受け入れていた、という日記を書いたのは、ヨガのインストラクターの吉川めいさんで、その文を読んだ時、妙に納得した。この受け入れの瞬間は、雨と自分を隔てていた壁が取れた、というだけでのものではないと思う。雨と自分が解け合ったんだと思う。最近私にも同じようなことが起きた。それは、相手と自分の環境の違いが大きすぎて、多分結婚は無理、と社会的判断を下した彼のことであり、運命も、さすがにそこまでは導いていない、と自分では思っている相手。でも、沢山の障害を乗り越えようとしない、彼への不満を控えめながら、爆発させた後、自分にある種の平安が訪れたことに気がついた。友だちへメールを送った。(彼への不満を)書いているうちに、昇華されたのか、最後にやっと、「私は貴方の与えた物で満足するようにします」という言葉が出てきて。そしたら不思議なの。意識が彼にすっと寄り添って、彼はもう、対立する存在でも、悲しみを運んでくる人でもなくなり、ただその後を、付いて行けば良い人になったの。その日なぜだか、インドの結婚式の映像を、ずっとみていたからかもしれない。儀式のところで、相互の首から下げた布を結びつけ、互いの手を取り、火の周りを7周する。この儀式の本当に意味するところは、これなのかもしれない。
2010年12月15日
好きな人から理解されない苦しさ。愛は国境を越えられないのか。言葉の問題、男女差、生まれ、育った土地、家族関係。いろんな価値観が違うと、こんなにも理解しあえないものなのか。人は縁ある人としか、うまくつきあえないのが悲しい。普遍的な愛は、一時的にふれあった時にだけ、通用するものなのだろうか。愛に対する理解のしかたが違うのか。
2010年09月16日
自分は何もなさずに、この人生を終えてしまうんだろうか。普段は隠しているこの思いが、ふとわき起こってきた。何をしても、その上を行く人がいて、あたかも、ベストを尽くして出した記録を、あっという間に塗り替えられてしまった、陸上選手のように、首をうなだれて、そっと、その場を立ち去る事しか出来ない。必要とされていない寂しさと、場を与えられれば、もっと出来ると思う自分と。何かを達成することは素晴らしいことだけれど、まわりとの対比が見えてくるとき、それは苦しみとなる。こんな事の繰り返しをずっとしているのなら、自分の行きたい場所に行って生きてみたい。見たいものを見に世界を歩いてみたい。いやこの日本にだって、まだ自分の知らない場所があり、出会った事のない人との出会いだってあるに違いない。何かを人よりうまく行う事は出来なくても、生きる喜びを自分に与える事なら出来るはずだから。昔、父と一緒に行った、奥日光の事をふと思い出した。自然は深く、美しかった。またあの自然を見に行ってみようと思う。あの自然を見るために、生きてみようと思う。
2010年08月17日
旅の間中忘れていたのですが、今回の旅の前に、いろいろと、これから起きるであろう状況を避けるための、段取りをしなくてはならなかったのですが、手を差し伸べてもらいたい中で、助け船を出してくれたのは、結局、日頃自分が仲良くしていたり、関わっていた人たちではなく、全く別の人たちでした。親しいと思っていた人たちは、それを相談しても、他人事でした。しかし旅の間は、驚くほど、新しい人たちとの出会いがあり、それが楽しかったので忘れていたのですが、帰ってきて、また、同じ中に戻らなくてはならないと思った時、気が重くなってしまいました。自分が今まで作っていた仲間とは、一体なんだったのだろう。その嘘っぱちさに、嫌気がさしてしまいました。出会った人たちは、一期一会だったから、優しかったのかもしれません。日頃ともにいる人たちは、家族みたいなものなので、そんなわざわざ、関わらず、さらっと流されてしまったのかもしれません。でも、自分が帰る世界が、温かくもなく、嘘っぱちなしばいで出来上がっている気がしてしまって、ふらりと、いなくなってしまいそうな自分を感じています。出会った人を、幸せな顔になるような心遣いをしたい。言葉を、態度を、そんな風に使いたい。立派な事は出来ないかもしれないけれど。それがこの旅の最後に考えた事でした。追伸一期一会の出会いの中、知っている人知らない人関係なく、人と触れあい、励ましたり、愛を分かち合える、そういうものを求めて、今まで自分が生きていたことに、気がつきました。
2010年08月10日
インドに行ってきた。もう14,5回目だ。呆れるほどの回数を通った今回、短期ながらももみくちゃになるほど、普通の人だったらとっくに値を上げてしまうような事が、沢山の事があったけれど、ひとつひとつを、結構楽しい出来事として昇華出来ていた。とってもたくさんの人に出会った。お~~、名前は聞いた事あるけど、、、みたいな人にもとうとう出会ったり。思い出の場所の前を通って、過去を洗い流したり。自分が思い描く、今後のイメージとかも出来上がってきた。帰ってきて自分が考えた事は、あそこに持っていった思いとは全く違ったものだった。なんだか全てに冷めてしまった。自分の限界を知ったのかもしれない。とりあえず、この道でしようと思った事が終わったのかもしれない。16年間関わった道が、そろそろひとつの区切りを迎えようとしていた。今までいたところが、なんだか、自分の心を偽った、うそっぱちな世界に思えてくる。関わってきた世界が嘘っぱちなのか、自分が自分に嘘をついてきたのか。好きな世界と、ちゃんと偽りのない関わりを持ちたかった。本当に好きな道だったんだと思う。だから余計にそう思う。それには自分が正直にならないと。でも、じゃあどこに行くんだと思った時、そこもまだ、存在し続けてほしい場所である事には変わりなかった。でも、以前のような関わり方は出来ないような気がする。私は、自分が避けていた、「生きる」というところに、向き合わなくてはけない事、そこにだって、同じように素晴らしい世界が広がっているんだという体験を、どんどんしなくてはいけない気がしている。ある種の純粋培養の中,生きていたけど、これからは、インドの街が象徴する混乱の中へと、一度は飛び込まないと、あの場所には戻れない気がする、そんな旅の終わり方だった。
2010年08月10日
いろんな事が周りで起き、その空気はざわついたものとなる。影響されまい。自分は、自分の心をそれによって乱す事はしないように、一息入れて心を整える。何が真実か、何が善意なのか、人の心の中にあるものを知りもしない周りが、何かをしようとするから、余計な混乱が起きる。今の自分はまるで、水の底に生きているかのよう。静かに呼吸し、静かにその恩寵を確かめている。そこには、静かな愛の流れを感じる。
2010年05月13日
ずいぶんと日記を書かずにいました。沢山の困難や苦しみを経験し、「もがき」を経て、今はすっかりすっきりしています。自分に必要だと思われることを全部やってみてました。過去にとらわれない。手に入れられなかったことに執着しない。自分のしてきた努力を無駄だと考えない。トラブルが起きた相手とは距離を置く。でも、憎まない、恨まない。人のやっていることを気にしない。自分のしている仕事に優劣をつけない。人と比べない。自分が生きている意味(価値)を考えない。どんな小さいことでも、一生懸命取り組む。部屋を綺麗にする。毎日お祈りする。自分を含めた皆が幸せであることを願う。人が幸せになるためのお手伝いをする、応援する。自分の歩いてきた道を評価しない。自分の経験したことは大切な宝だと思う。今起きていることは、すべて神様からの贈り物だと思うようにする。そして、徐々に目覚めは起き、今は毎日が愛で満たされています。神様に感謝。
2009年11月11日
新しい命が芽吹き、エネルギー溢れる春がやってきた。一昨年の秋、60歳で叔父が亡くなった。そして最近、叔父の家に新しい生命が誕生した。桜を見ながらふと思った。命はこうやって循環して行く。自分の命は縮小し、滅んで行くけれど、新しい命が家族として生まれ、育ち、こうやって命は受け継がれて行く。「生命の循環」自分も桜と何ら違いはなかった。自分もこの見上げる木々と変わりはなかった。なんて素晴らしいことなんだろう。ずっと今まで、自分が生まれ、身体を持ったことの喜びを感じることが出来ず、自分のことが嫌いで、生まれたことが苦しみで、だからこそひとっ飛びに、「自分は魂だ」というところに行こうとしていたけど、そうではないことに気がついた。「自分は生まれた時に、一つの生命の輝きを授かった」そう思うと、神様から自分という生命を預かったみたいな、真摯な気持になった。自分が自分を産んだみたいだった。子どもを授かる時ってこんな気持なんだろうか。ぶきっちょだけれど、一生懸命に育んで行こう。この一つの命を。
2009年04月07日
前の日記を書いたのがどうしてか、何となく分かった。神の持つ偉大さを、「実践してみたらよく分かった、理解出来た」とかいう頭を使って人間のレベルまで神を持ってくるのではなく、ただ、ひたすら酔いしれ、その素晴らしさを味わいたかった。人間のキャパシティの範囲内でごちゃごちゃと考えたくなかった。神を解説したくなかった。ただただ圧倒されたかった。何も考えずに、それに乗って運ばれて行きたかった。小さな私アートマは、大いなる貴方、ブラフマンに溶けてしまいたかったのです。
2009年04月04日
物事が今よりももっと、クリアーにより鮮やかに、目に映ることは出来ないんだろうか。ヨガティーチャーの吉川メイのサイトを見ていると、いつも、この写真と音楽の中に、とけ込んでしまいたいと思う。さっきはそれがより強くそう思え、自分はどうして今ここにいるのかが、分からなくなってしまった。神への強烈な思いをこの身体の中に持っていることは、この穏やかな時の流れる日本では感じられることはなく、規則的なルールや時の流れに埋没してしまっているのを感じる。神への信仰心ですら、統一され、はみ出すことを禁じられている。今私が目にしている肉体の主にに対するものは、肉体の範囲内での思いに限定されていることにも気づく。私の周りの人たちが私に言っていることは、いったいなんなのだろう。学校の規則か?さっぱり分からなくなってしまった。(自分がそこの段階はもう卒業したとか、そういったことを言っているのではありません)なのにさっきこの深い森を見ていたら、圧倒的な神への思いが湧き出てくるのを感じ、喜びと悲しさで涙が出てきた。神聖さとかそう言ったことを十分に体験しているにもかかわらず、それよりももっと言葉に尽くせない、深く大きなこの世界の創造主に恋いこがれる。神の作りたもうルール、この世の森羅万象、輪廻転生、自然から感じる畏れや尊敬は、癒しとかそういった生温い、人間に飼いならされたものではなく、もっともっと言葉に尽くせないエネルギーを持っていると思う。それらを、もっともっとより鮮明に感じられる、そんな自分の状態に、恋いこがれる。今日始めて、夫であるゴヴィンダカイ氏のプロフィールも読んでみた。戻れないほど深く、どこに行こうというのだろう。私もそこに行ってみたい。そして、メイ氏が「ヨガをしている自分が一番好き」というように、ただ何の疑問も迷いも持たないで、自分の求めるものの深きところに、ただ埋没してみたい。
2009年04月04日
思い返してみたらあの日、私は不思議な光の中にいるような気がしました。周りには私が長い間関わってきた人たち。そのどの人からも、穏やかで柔らかで、素直で精妙な光が灯っている感じがし、自分がそれに守られている感じがして、優しい気持になりました。またその細やかな光は、彼らを包み込んでいる感じがしました。思い返せばこの感じは、私が4年間一緒にいた人からも、ずっと感じていたものでした。彼がどんなに強い調子で話をしても、その精妙な光のエネルギーは、変わることはありませんでした。その心地よさに、私は時が経っていることを忘れていました。でも、母と共にいるとやはり、それは感じられず、重い現実感を伴った、母の想念の中に巻き込まれます。そして、あの日、すごく久しぶりに現れた知人からも、それは感じられませんでした。この知人には懐かしさを感じたのにも関わらず、一気に自分が戻される感じがして、無意識に、ものの数秒の挨拶で、自分の仕事に戻ってしまいました。ずっとずっと、攻撃的なエネルギーの中で暮らすことが多かったためか、それが当たり前になっていました。環境が変わり、攻撃的な人がいなくなり、自分もじぶんを守る必要が無くなり、鎧を下ろしたわけですが、力を抜いてみたら、素晴らしい世界が広がってしました。攻撃されていた(しあっていた?)知人にはこの日も会いましたが、この幸せ感を味わったら、彼とはもう、波長を合わせたくはありません。
2009年03月18日
もう、彼と感情で付合わなくていいんだ。すっごい安堵感。。。私が引っかかる人間関係について、友人にいろいろと聞いてもらい、アドヴァイスをもらった。私が情で人と接しているがため、そこのレベルでの関わりに巻き込まれてしまうという、納得な話し。付け加えるならば、とある男性といつも険悪な状況になるんだが、その時、自分の男性性で争っている感じがしていた。「権力争いだな」友人は言った。うん、確かにそうだ。彼との問題を、一気に解決する方向へとエネルギーが動き出したのか、家に帰って、この間のオーラの泉の放送内容を書いてくださっている方の、ブログを読んでいたら、人を批判したり、いじめる人は、コンプレックスを持っていて、自分を確認したいがために、そういう行為に出る。また、それを受けた人は、自分のここが悪いからこうなるんだ、と変な被害妄想が生まれるんだと。彼の、人よりも自分が上でないと気が済まない性分は、学歴からくるコンプレックスによるものだ、とピンと来た。そして私は、俺様的にのさばる彼を、まったく相手にしていなかった。むしろ、私のことを認めない彼に、苛立ちさえ覚えていた。また一方で、自分の人間的な魅力がないから、彼が私のことを丁寧に扱わなかったり、攻撃されたりするんだと思い、悲しんでいた。双方のコンプレックスがかち合った形だ。ああ、彼もコンプレックスを持っていたんだ、と分かったら、妙にするりと、心から引っかかりが落ちた。今よりも彼に、優しく出来るかもしれない。そして今日、何よりほっとしたのは、誰かを助けなくてはと思い、余計な気を使わないで良いということだ。人のことは適当に距離を置いて、割り切っても冷たくないんだ。とりあえず、自分の人生を生きることだな。友人曰く、嫌でも情の部分で縁が出来る人は出てくるのだから、むりに、情で接しなくても良いんだよ。ああ、確かにその通り。助け舟、ありがとう。
2009年03月16日
人は様々な思いを私に投影して来る。しかし、私はいつも変わってはいなかった。常に、自分がありたいと思う姿であり続けた。出来る限りの誠実さを、映し出そうとし続けた。人はそれを見て様々なことを言う。褒めそやす時もあれば、酷評される時もある、それは所詮、その人の心の中の投影にしか過ぎない。いちいちそれに反応して、心を動かされる必要はない。皆、新しい目標を作っては、新しいドラマを展開して行く。やりがいを感じ、自分は成長し、発展していると思う。しかし、どれも皆、神の手の中のドラマでしかない。唯一つ、霊的な成長のみが真実であり、目に見える物は幻である。それは、己の心の内に見ることが出来る。来るなと言われれば、その場所にはもう行かない。するなと言われれば、無理にする必要も無い。欲する心から離れていよう。そこに一切の価値や判断を入れず、さらりと流そう。そこには悲しみの入る余地も、喜びの入る余地も無い。ただ、神の意志のみが存在する。私の居場所は神の手の中に。神の意志の中にのみ、私の居場所は存在する。与えられた役を全うするのみ。子どもの頃からずっと探していた、自分の居場所が、ようやく分かった瞬間のメモ
2009年03月11日
今朝は起きてから、なぜか沢山の神様の名前を唱えたくて、108×2を唱えていた。そしたら偶然、朝開いたメールから、元春日大社宮司の、葉室 頼昭さんの本を読めるようにしてくれた人がいて、今朝から読み出した。日本の神道の流れを汲んだ、命の流れを教えてくれる。読んでいたら、自分がなぜ、いつになっても、行き先が定まらないのかも分かって来た。特に目的は無かった。ただ、この広い宇宙の中ので、一つの生を全うしたかっただけだから。どんなに大きな目的も夢も持っては来なかった。ただそれだけのために、生まれて来たんだと思う。その寂しいまでの無機質感を思い出し、思い出したら、安心した。人は大いなる意志によって生かされている。なぜ?の問いはムダなことだと分かった。
2008年12月17日
自分という人間一人を見ていても、人は繋がっているということが分かる。ぎりぎり頑張っていたのに、理解してはもらえななかった人たち。ますます、叩いた人たち。話しを聞いてくれた人。責めた人。理解し、すくいの手を差し伸べてくれた人。全く心の接触無く、当たり障り無く毎日仕事した人。仲良かったのに、止めたとたん冷たくなった人。一緒に旅をした人。ともに、学んだ人。いつもずっと心配してくれていた人たち。共に、歩んだ人たち。ずっと知りあいだけど、私が苦しんでいることを知らなかった人たち。自分が内にこもるきっかけを作った人。良いところを誉めてくれる人。落ち込むと一緒にごはんを食べてくれる人。行く道を案内してくれようとした人。沢山の出来る限りの励ましをくれる人。そして、育ててくれ、庇護してくれた人。みんなが繋がっている。でもね、私が立ち直らなければ、話しを聞いてくれていた人たちだって、元気が奪われちゃうよ。私が立ち上がらなくちゃ、みんなが幸せにならないよ。だからもう、悩まないで、心配かけないで、ネガティブならないで、立ち止まらないで、歩き続けなくちゃ。どのみちを通ったら良いのかは分からないけれど、行く先は知っているのだから。どのみちに踏み出しても良いから、前に足を出そうよ。ね、
2008年12月08日
コンプレックスが、本当の自分を見る力を弱めていた。真実を見る力を歪めていた。コンプレックスから、持つべきでない性質やら、色眼鏡やらが生まれていた。なら、本来の性質ってなんなんだろう。直すために戦うもの?直すためにまた、自分が与えて欲しくない環境に身を置くこと?かならずしも、そうではない気がする。これこそが、自分が生まれて来た役割や、行く道を教えてくれるかもしれないと、思い出している。またしばらく、試行錯誤を繰り返して、いらない物は捨てて、必要な物だけを手に、歩いて行こうと思う。
2008年12月06日
前回の日記を書いてから、まだ色々考えていた。自分を卑下してしまう癖のことなど。もちろん、普段はそんなこと考えてばかりいる訳も無く、至ってのんきだったりする。やっぱり人の中にいる時、感じてしまう。比較の癖は、なかなか抜けない。さて、そんな時ふと、母から貰った思い癖の下にも、自分が生まれたときから持っていた、癖の様なものがあり、それが密かに、自分の中で息づいていることに気づいた。それに気づいたきっかけは忘れてしまったけれど、それこそが、本当の私の肉体的性質であり、思い癖だ。本当の意味での「性格」というと思う。今まで自分は、生まれ育つ過程で身に付けてしまったことも、自分の性格として処理して来たけど、それさえも、自分から取り除くのは、とても大変な作業なんだけれど、(これらはつまり、ただのコンプレックスだったんだ)まだその下があり、それが在るゆえ、もしかしたら母から「この子ったら」と言われて、あまり可愛がられなかったんだと思う。なかなか人生、思うように行かなかったんだと思う。な~~~んだ、自分のせいじゃない。すべて自分から発生したんだ。今まで母から受けたことにだけ集中していたよ。とにかく、「比較されること」から生まれる、性格や物の味方のゆがみが大きすぎて、それに思考が振り回されていたから。自分の技量や才能ヘのコンプレックスに、悩まされ続けていたから。君がそこにいることは知っていたけど、そんなに重要なことだとは、気づかなかったよ。きっとこれって、ほとんどの人が、分けては考えていないと思う、でも、前から自分でも知っていて、そして私の周りの人も気づいていることなんだ。余分な混同を取り除いたら、きっちりと見えてきたんだ。これは直すという種類ものではなく、これこそが私という人を作る元になる性質のもので、それに気づいていれば、そこから派生する結果の善し悪しについて、自分でも理解出来るし、余分な心配はしないし、人を嫌いになったりしないだろう。これこそが、「私」と「他」との違いであり、これこそが「私」を形成しているものの一つだ。なんか、凄く目から鱗。で、私の目指すところの「本当の自分に気づく」は、もっと先のこと。でも、入口に立った(今更だけど)。長いトンネルだった。
2008年12月06日
でも、それと同時に悲しいことも思い出した。「この子ってこうなのよね」っていつも言われていた。まだ、自分のことも分かっていない、確立していないような子どもを捕まえて、さすがにいつもこれは辛かった。何がそんな悪いことなのか、よく分からなかった。今考えれば、ぐずぐずしているとか、人見知りだとか、機転が利かないとか、大人受けしない等、そんなことが、母の好みの子どもではなく、気に入られなかった。私は今まで、母が私を非難したり、攻撃するのと同じ質のエネルギーで、自分を非難し、攻撃していた。立場で言うなら、攻撃されて耐える自分と、自分を攻撃する二人の自分が居た。自分を優しさで包むことが少なかった。いつも自分を卑下し、じぶんを傷つけていた。あまりに日常化した長年の習慣、思い癖は、心の中に埋没し、密かに毒を放っていた。これを直すのは凄く大変なことだと思う。でも、忘れない限り、私はずっと自分を信じられず、自信が持てないまま、人生を思いっきり生きることも出来ない。母は自分の持つ苦しみを、外に放つことをしない代わりに、私を傷つけることで、バランスをとっていたのかもしれない。母の持つ憎しみ、悲しみ、怒りを私は背負っていたのかもしれない。母は歳をとり、昔よりも穏やかになった。昔よりも、心の受け皿も広くなった。でも、私をけなすことで、頼りにするという習慣は変わらず、母は自分が出来ないことを私に頼り、その割にはいつもそれに不満を持ち、私を非難する。めちゃめちゃ我がままだ。買い物の選択が出来なく、混乱していて、私のアドヴァイスを必要としているにもかかわらず、意見を言うと、「自分を非難している」という。明らかに、頭の中が混乱+混乱しており、これは単に歳をとったためではなく、昔からこの混乱をひきづり、彼女は生きてきたんだと思われる。年頃になった頃、私は母の批判を随分した。今思えば、今までさんざされて来たことが自然と心にたまり、自然に吐き出していたんだと思う。それが記憶にしみ込み、結局彼女は「私はいつも、母を非難している」という。そんなことは、今は全くしておらず、こうしたら良いんじゃないの?と言っているだけなんだが。やれやれだ。原因は分かった。無理な修正はしない。流れに任せてみようと思う。
2008年12月03日
ずっと溜めていた思いを吐き出す機会が来て、長年の友人が、メールでだけれど、聞いてくれて、そのキャッチボールが終わってしばらくして、漸く、いろいろなことが見えて来た。もうとっくに解明されていたと思っていた、子どもの頃に作られた、自分の原点。なぜ、そう思うようになったのか、がもっと明確に分かって来た。母からしかられるたびに、父にかばってもらえ、その父から与えられる、共に過ごすという貴重な時間はいつも、父の持つ、知識や智恵や経験の話しを聞く時間であった。私にとってこれらは、愛と同じだった。それについては今まで、全く気づかず、今回分かったことだった。だから何よりも、自分が、知識や智恵を貰える場に居られないことほど、辛いことは無く、その仲間に入れないこと、入れてもらえないことが、自分が孤独で惨めな思いをしていた原因だったとは、気づかなかった。私にとってはそれは、愛を貰えないのと一緒だったのだ。また、自分が好きになる人も、自分よりも多くを知っている人で、それらを与えてくれる人だという理由も、よく分かった。本当はそれが愛なのではなく、父との温かいコミュニケーションの手段として、それが使われていただけだった。明らかに混同していた。だから、愛は無いけど、知識を与えてくれる人に魅かれてたりしたんだ。また、それらを私に与えようと神様から依頼された人が、のこのこと、私の前に現れたりもしたんだ。そんなこと気づかずに、ずっと悲しみに心が被われていたけれど、長年持っていた、孤独な思いが、少し拭われた気がする。
2008年12月03日
月に一回太鼓を習っている。この間教わったことは、私にとってとても必要なことだと思った。鉢を強く握って、腕に力を入れて叩いたとしても、決して良い音はでない。そんなことは頭では承知していても、なかなか出来るものでもない。今の私は、全てが緊張からくる手放せない状態で、身体がガチガチしている。きっとのこの調子で心も、ガチガチなんだと思う。母と会うことになって、ただ待ち合わせをするだけなのに、ものすごい剣幕で、ものすごく怒ってる。彼女はいつも私と会う時には、はじめから怒っているのだけど。きっと私と一緒で、緊張と余裕の無さが、気持にも現れているんだと思う。あ~。私の全ての源はここから現れているんだなって思って、改めて、母の方の心も解き放たないと、自分も解き放てない気がして来た。彼女とは、ものすごい魂のつながりを感じるから。一歩離れて自分を見ることが出来ない、客観性の欠如とか、真の意味での感謝とかが、抜け落ちているんだと思う。なんとかするにはあまりに遅すぎたこの関係。母は既に昔とは調子が違うし。歳をとるとこだわっているものに、よりこだわる性質が在るけれど、母にもこれが現れている。母をなんとかすることよりも、まず、自分をなんとかしないと。自分が整えば、周りも整うのだから。
2008年11月28日
子どものとき、『一年生になったら』という歌が好きだった。友だち100人できるかな、っていうところに。でも、100人の知り合いは出来たけれど、友だちは出来なかったかもしれない。価値観の違う者同士が知り合い、理解しあうのは本当に難しい。理解してもらっていると思っても、次の瞬間にはまた、一から出直しとなる。努力しても、努力しても、またスタート地点に戻り、何時になったら、互いが本当に打ち解けられるのか分からない。私はここ数年、ずっとそんなムダな努力をして、自分のエネルギーと時間をムダにして来た。ここにきてもまた、一から出直しだ。まさに砂の城。だからこそ、自分を思ってくれる人、愛してくれる人に感謝したい。こんな私でも、嫌わずにいてくれて本当にありがとう。いつも励ましてくれて本当にありがとう。
2008年11月25日
今朝髪を切りながら、ふと思った。運命に従って生きるんじゃなくて、真実にしたがって生きるんだよな、って。私一体どこで間違っちゃったんだ?
2008年11月14日
14年間、ずっと信じていた道はとても険しくて、私のような者がその道を目指すには、まだ早すぎて、未熟すぎてとても辛かった。それまでも、生きていてよかったなって思うことは、少ししか無かったけど。でも、そのあとの14年間は、ほんのちょっとの、素晴らしすぎる経験、大部分が、辛すぎて、貝のように固く心を閉ざす日々だった。大好きなこと、信じた道は厳しすぎて、却って自分を傷つけ、もう生きる希望さえ失われていた。この道を行かなければ、平凡かもしれないけれど、幸せはあったはずだった。でももう、時は取り戻せない。特にこの2年間、本当は行くべきところがあったのだけれど、そこには行けなかった。今行ったら、もうそこは間違いなく、嫌悪の場所でしかなくなりそうだったから。行かずに時間をムダにしているかのようだった。それから、長かった冬から漸く回復し、温かい光が差し込み出した自分に、最後の試練のように、2つの大きな試練が起きた。私の手からこぼれ落ちようとしているものは、まだ私には必要だった。それが無くなったら、何も残らない。気丈にしていたけれど、だんだん弱って行く自分。この道は、違っていたのかもしれない。私には無理な道だったのかもしれない。この道は諦めて、新しいことを、今までしようと思ったことをしてみよう。この数ヶ月、新しい場所に出かけ、新しい人にも出会った。新しいことにも挑戦を始めようと試み出していた。でも分かったんだ。これを自分は求めてはいない。自分が生まれて来た理由ではない。これをしたかったから、自分は生まれて来た訳ではなかった。出会うべき人にはもう出会った。目新しいこと、珍しいもの、新しい知識、新しい技術。全て、私にとっては一時的な遊びだった。そうやって自分を信じて行けば、いつかは願いは叶うだろう。誰よりも美しく舞い、歌れるだろう。誰よりもおいしい料理を創り、皆を楽しませることが出来るだろう。誰よりも美しく、誰よりもセンスよく暮らすことも出来るし、誰よりも、美しくあることもできるだろう。願い通り、誰よりもいろんなことを知っていて、誰よりも力を持ち、誰よりも、皆から尊敬されるかもしれない、皆を動かし、皆の中心になるかもしない。素晴らしい努力と経験、素晴らしい自信。でも、私はそれを求めていなかった。もちろん、何も出来ないことで、人から馬鹿にはされたくないし、必要以上に下に見られるのも嫌だ。卑下もしたくない。失礼な態度を取られるの嫌いだ。でも所詮それは、見る人の価値観であり、それを変えることは出来ない。自分が傷つけられた相手に、いくら傷ついたと言っても、私の気持を理解出来はしない。人はそれぞれいろいろな事情を抱えて生きていて、相手の要望に叶えられないことだって沢山ある。それをいちいち報告出来ないし、問われても、自分がどうしてそういう行動をしたか、正当な理由などすっかり忘れていて、あとで思い出したりする。いくら感じよく振る舞ったところで、いくら相手のことを思った行動だったとしても、そんなこと、相手の好み次第、結局なんにもならない。自分の行動の微調整を、繰り返していて、どうなるというのだろう。彼や彼女が、私を見る目が変わらない限り、ずっと一生それの繰り返しだ。世の中を変えられると信じて、日々かけずり回っている彼は、忙しすぎて言葉が荒くなり、それで自分が人を傷つけていることすら、分からない。何かの拍子に、彼よりも秀でたことをしてしまうと、それが現れる。それは彼が、私を見下していることの現れでもある。自分が高くあることに夢中な彼女は、まわりにいくらでも愛を与えられるくらいの恩寵を授けられているにも関わらず、まだそれを求め続けて、周りが見えていない。自分は女神のように皆を愛し、皆に光を与えていると信じている彼女も、相手から、自分の容量以上の行動をとられると、怒り、相手を攻撃する。みな、夢から覚めない。だから気づいたのかもしれない。自分はムダなことを求めていたことに。ただ、それは起きる時に、起きる。だから自分は、一番大切な人の側で過ごそうと。ただ、そこにあるだけでいい。あなたなしで、私はどうやって過ごすことが出来るのでしょう。深いハートの奥に住まわれる方。ただあなたと共に在りたい。
2008年11月11日
インド関係のブログで、結構お気に入りの物を読んでいて、カタックダンスの巨匠の様な方のお話に、心魅かれた。「カッタクは、それらのリズムの中に神性を見出し、 リズムでもって、神を身体の中に呼び込んで表現する舞踊だと語っていた」そうだ。また、人それぞれにリズムがあり、自然の事象にすらリズムがある。皆それぞれ自分のリズムを守り、生きて行くことが人間にとって必要なこと。と言う様なことだった。また、心にかかった幕が一枚、落ちた。ただ、神を感じつつ、自分のリズムで自分の人生を生き抜いて行けば良い。ただ、シンプルにそれだけだ、と感じた。
2008年10月25日
神様は、娘の私を全然幸せにはしてくれていないと、神を否定する母に、何故だか涙を流しながら、そんなこと無いもん、約束してくれたもんと返す私。涙の訳は、自分の心を言い当てられたことと、でも、それを否定したら、自分が今生きている根幹が崩れて、立っていられなくなる、そんな思いとが混じりあって、出たんだと思う。「神様を信じてる」決して今の状況はそうではないけれど、無我夢中でそう思った。大いなる広い心を持つ自分と、小さな思いを持って生きる自分。二つの自分が混じりあって、日々暮らしているんだと感じる。
2008年10月21日
答えを聞いてからだと思う。何かさっぱりと、つきものが落ちたように、軽くなった。一体私の心の闇は、何が原因だったんだろう。自由になりたい、もっと心の自由をと願っていたのに、結局捕われていたのは、一番願いを叶えてくれるはずの、神様にだった。神様は自分を愛してくれていない、自分を見てくれていないという捕われから、解放された。
2008年10月20日
神様を愛することなんて簡単だよ。じゃあどうすれば良いの?と聞くと、愛そのものを愛することなんて出来ないよ。だから神を食べれば良いんだよ。神の甘さを味わえば良いんだよ。簡単さ。皆難しく考え過ぎだよ。
2008年10月15日
神様を愛するのは簡単だよ。別れた彼は言った。また、別の人も言った。私たちが愛されていないと感じるのは、受け取れないだけ。神様からの愛を邪魔するものを落とせば、感じ取れる。ふと思った。彼は終わったんだなって。過去からのカルマをほとんど落とせて、神の愛がストレートに流れ込むようになったんだね。そしたらふと、自分にもいつの間にか、終わりが近づいている気がしてきた。今までさんざ苦しんできたことは、過去のカルマの影響だけど。もうそれも、終わりに近づいているのかもしれない。いつまでも自分には幸せは来ないと思い込んでないで、幕が取り除かれたことに気づかないと。
2008年10月14日
既存の物がありすぎると、新しいことが入ってこないという。今、私の懐は余裕が沢山ある。素敵な新しいことがたくさん入ってくるかな?しかし心が示す方向性は「もうワクワクはいらない」。長い下積みの様な我慢の年月を経て、担当を任せられ、人を引っ張ることの面白さと、大変さを経験させてもらえた、この数年間。リーダーは、皆を見守り育てる大切な役目。人を導き、教え、育てられることに喜びを感じていた。でも、引っ張ることや、全体の進行を追うことに気持が行き過ぎ、小さくても大切なことを、見過ごすようになってきた。そして今、じぶんの心が訴える。前に立って人を引っ張ることも、人を導くという、ある意味、自分が楽しいと思うことも、もう充分したから、今度は、人が喜ぶことをしなさい。心の渇望は、順を追って満たされる。自分が満たされて始めて、周りの人を幸せにすることが出来る。自分が愛されて始めて、人を愛することが出来る。頂く愛は、幸いにも周りの人に恵まれて、充分足りていると思う。もう一つの満たされなかった思いは、皆を導くことだった。渇望は、経験によって満たされた。次に自分に何が出来るのか、改めてもう一度考えてみようと思っている。
2008年10月11日
あることを辞めようと決め、その意思表示をした。自分の取った行動の意味を、考えていたら、これでもかと言うくらい沢山の理由が出てきて、ビックリする。今年の年始の頃に、ふと浮かんだイメージに従った。人からの促しではなく、内なる促しに従って行動してみたいから。ここらでまた、自分の人生の基盤を作り直すため。団体行動をして、変な摩擦を受けたくないから。関わりたくないから。どっちみちゼロに戻ったから、少し頭を冷やしたかった。やりたかったけど、今まで犠牲にしてきたことをしたいから。自分のすべきことが分かってきたから。シンプルになってきたから。これを今読んでも、一体自分が何を考えているのやら方向性が分からないけど、後から読んでみると見えるかな?(並び替えてみたら、少しまとまったけど)
2008年10月11日
キンモクセイの香りが街中を被い、とても気持のよい季節となりましたね。とりあえず生きています。あれやこれやと、足掻きながら・・・。とりあえず、新しい自分の世界をつくろうと、道を探っています。どの風に乗って行けば良いのか分からなく、誘われればとりあえず、話しに乗るみたいな、まるで20年前に戻った様な生活。でも、そうやっていてだんだん自分の向いていること、向いていないこと、他の人からすると、それが凄い得意だとか、凄く好きなんだとか、今まで知らなかった、自分のことが少しずつ分かって来る気がして。中には、昔は嫌いだったのに、今はむしろ自分にはそれがあっていると感じるものも。それは年を取ったと言うことなのかもしれないけれど、でも、むしろそれを歓迎してあげようと思って。どんな役割にもそれぞれ、大切な学びが隠されているんだなと、そう思います。大切な人はずっと大切で、そこから離れたくなくて、大変だったけど。新しい自分の道を進むと言うことは、すなわち彼からどんどん遠のくこと。でも今は、近づくことと信じて進んで行くつもりです。今日は久しぶりに、過去に書いた自分の日記に励まされてしまいました。書いておいて良かった。一番最後の記事が、お墓参りの話しだったからだろうけど。広告が全部墓石になっているのが気になり、つい記事を書いてしまいました(苦笑)。しかし文中に物の名がないから、変わらないだろうなあ。
2008年10月09日
このブログを見てくださっている方、いつも本当にありがとうございます。ちょっと考えるところがあって、ブログの更新を、一旦お休みすることに決めました。今後、もしかしたら、形を変えるために、お引っ越しをするかもしれないし、このまま、休止するかもしれません。いずれまた、決めた時にご連絡をします。その時まで、どうぞお元気で。なおまる
2008年08月02日
※ 個人的な話しのメモです。 あまりに個人的だから、どうぞ読み飛ばしてくださいね。埼玉の一部の地域では、明日から盆だ。今日、お墓の掃除に行きたいという母と共に、墓参りに出かけた。普通、お墓には午前に行くものだという母。お花が、暑くて明日まで持たないのは残念だからと言って、夕方に行くことにしてもらった。お寺さんに行って、お庫裏さまとお話ししていたら、明日の盆の入りは、夕方に提灯を持って、亡くなった人をお迎えに行くと言う。なんだ、夕方でも良いのではない。それが出来ない家族は、玄関先にロウソクを灯すだけでも良いと言う。明日は、父のためそれをしようっと。お墓の小さな雑草を抜くために、腰を下ろしながら、母に、神様に心を奪われてしまった人の話しをした。下を向いていたからか、妙にしんみりとしてしまった。感情はもう揺れないけれど、でも、しんみりと寂しかった。鼻先がつんとした。ここのお墓にもお参りに来てくれた。二人でお墓参りをして、将来を約束した。もうそれは叶うまい。神に心を奪われたまま、彼の心は、すっとどこかに行ってしまった。そんなしみじみとしたお墓参りだったけれど、自由にしたい母とは意見が合わず、帰りは全くもって、現世的な折り合いの悪さで、母が一方的に感情を害していた。特に私は何も感じなかった。家を整えるといった、現世的なことをきちんとしてから、彼の後を追おうとしていたけれど、それももう、必要のないことのように思えた。母は母のペースで行く。彼女の中に、○○家を、家族皆で作っていくという意識は全くなく、私よりもむしろその辺は、とらわれていなかった。土台をきちんとしてからという目標は、今の彼女にはうっとうしい、私のことは、それをしていない自分を非難している娘、としか見れないらしい。私は私の娘としての義務を果たした後、彼の目指す方向へと私も行くつもりだったから、ちょっと気が抜けてしまった。私は私の道を行けば良い。唯、経済的な心配だけは掛けられたくない、あくまでマイペースな母。重荷はもういらないということらしい。それぞれが、それぞれの道を好きに行くことが好きな母と、伝統や儀式や信仰を、きちんとしてほしいと子どもの頃から願っていた娘。昔からそうで、親と子が逆転している私たちの関係。今更、母の願う方向へは行けないけれど、私なりに、人生をまた新たな方向へと進んで行く。そんな旅立ちの夏が始まった。
2008年07月22日
電車のテレビ画面表示に・・・「自己顕示 自己嫌悪 わたしのこころのうらおもて」相田みつをさんの書いたものだった。なるほどな~ってつい見つめてしまった。どちらもエゴ(自我)からきているのかな?一頃、これとはちょっと違うけど、自信と自我が似ていて、勘違いしやすいなあと思っていた。大体私は自信が出てきたと思うと、自我だったリしていたから。
2008年07月19日
長いこと、本当に長いこと、ずっとその人のやり方に疑問を持ち、不信感を持ち、最近ではあきらめを持っていた人。その人への不満は、こうだった。才能豊かな人ゆえ、凡人の才能を見いだし、引き出す、育てる、いうことはせず、才能が光る人をピックアップし、お気に入りの人を周りに置き、その人たちを重宝に使う。その人が経営者なら、まだあきらめもついたかもしれない。しかし、その人は人を育てなくてはいけない役割を担う人。育ててなんかいない。マネージメントしているだけ。経営者の素質はとても豊かだと思う。その人のことを今日は考えていた。で、分かったことがあった。その人を変えることは出来ないけれど、自分の考え方を変えることは出来るということ。私は、その人が、自分の持つ可能性を信じてくれなかったことを、不満に思っていたけれど、実は自分でも、自分の持つ可能性を信じて人生を生きていなかった。その人が駄目でも諦めずに、自分の可能性を信じて、生きたら良かった。なのに、全人生を否定されたかのように、やる気を無くしていた。才能の部分だけを見られていたから、確かに諦めていた(自分にはスペシャルな才能は無いから)。でも、私にとって自分を信じて生きることは、つまりは、(自分の持つ才能は関係なく、)自分自身を信じるということ。他は関係なく、自分の中にいる神様を信じること、内なる神と共に居ることと、同じこと。その生き方が出来なくなったと同時に、人生にやる気がなくなっていたのだから、また、人にはとらわれずに、一生懸命に生きたら良いのだ。こんなことに気づいた今日は、心も落ち着き、静かだった。
2008年07月16日
今、オースティンの映画をよく見ています。オースティン自身は、生涯独身で終わった人ですが、彼女の書いた小説は、紆余曲折あってもハッピーエンド。生涯を伴に歩む人と巡りあい、結ばれます。しかし、オースティンの恋を描いたBecoming Janeは、悲恋で終わります。実話に基づいたことなので、成就させてあげてほしいと思っても、どうすることも出来ない話です。これを観ていたら、夫婦になる縁ってとても不思議だなと改めて思いました。旅先で出会った人たちと、再び会うことはごく稀です。人生が旅だとしたら、やはり同じように、ひととき共に歩み、また、それぞれが、自分の歩むべき道を目指し続ける、と言う出会いがほとんど。でも、夫婦はそうではなく、まるで時がそこで止まったかのように、生涯を伴に歩いている。それが夫婦、それが愛と言えばそれまでですが、どうして二人の違う人間が、目指す方向が一緒なのか、分からなくなりました。個人の自由の少ないイギリスのこの時代、愛がなくとも、条件が合った相手と結婚し、子孫を繁栄させて行くという目的で、結婚し、生涯を共にしました。でも今の時代、こんなに一人一人の価値観が多様性を持つ時代ではどうなのでしょう。同じ人間ではないのだから、長い時間の間には、歩くスピードも目的も違ってきてもおかしくないはず。一緒に居てあげれる時間は、実はとても少なくて、やっぱり夫婦と言えども、違う道を歩んでいるのでしょうけれど。それでも、助け合い、生きて行く約束をし、貴重なエネルギーや時間の多くを、パートナーのために、子どものために費やすことをしてくれる、稀なる縁。ほんとうにこんな稀なことを、みんな当たり前のように受け取っているのだから、びっくりです。それは人知を超えた、深い理由が無い限り、あり得ないのではないかとさえ思います。神様からの約束事の様な。愛だけではなく。
2008年07月15日
これを発見した翌日、普段子育てで忙しい友人が、神様の使いのように、子育ての合間、沖縄もずくを持って、近くの駅まで来てくれた。午前中の本屋さんのすぐ隣のカフェ。普段は混んでいるけれど、空いていて良い感じ。プレスクールのお迎えもあり、時間がないこともあって、私は、会う早々、ものすごい勢いでしゃべりまくった。実はその発見した日記には、当時、友人の言ったことも書いてあって、丁度うまくリンクしていたのだ。「課題が分かるじゃない」と言ってくれた。 (いや、あんまり歓迎出来ない課題だけど 、一応)この日、コーヒーを飲み、胡桃のマフィンを食べ、弾丸のようにしゃべりまくったことが、すごい良かった。気持の整理が一気に出来た。こんなふうに、何でも自分で解決しなくてはいけない、大の大人になって、プライベートな、そして、ネガティブにもなりかねない話しの相手をしてくれる友人がいて、本当にありがたかった。駅は30分くらい離れてはいるものの、同じ沿線。とっても大切な縁が繋がっている。
2008年07月10日
自分が東京に住んでいるためか、東京在住の方の書いたブログは、情報としてはためになるけど、どんな素敵な情報も、ワクワク感に欠ける。そう、私は何を隠そう、海外在住組の書くブログが大好き。日常を脱出して気分転換。しかし最近、京都在住の方と札幌在住の方の、結構お気に入りのブログを見つけた。これも結構、外国っぽい。どちらも行ったことあるけど(って生まれたのが札幌だけど)、日常では経験したこと無いライフスタイル。北海道はちょっと西洋っぽいし、京都は、ラッシュとも無関係な感じで、日常と観光地が隣接している。町内会のお地蔵さん当番だって。面白そう。あ~~、東京つまんない(罰当たりだけど)。私は高校まで、父の後をくっついて地方在住だったためか、地方の気楽さと楽しさが身に付いていて、東京が息苦しい。あ~、久しぶりに住みたいなあ、地方都市。程よい広さに、いろんな物が集まっていて、けっこう便利で気楽。しかし私の故郷は、東京。しかし、ぜんぜん地元じゃなくて友達いないし。しかし親がいるから、滅多のことじゃあ動けんだろうなあ。しかし、うごきた~~~い。なんて人生って歳をとると、自由が利かなくなるんだろう。こんなに制約が多いんだなんて、若い時にはそんなこと、気づきもしなかった。心の自由を求めて日々、努力してきたけど、たまには、好きなことする自由も自分に与えたいって、ずっと、インドを放蕩していたくせに、何言っているんだろう。いい年こいて、すっごいわがまま感あふれ出る私 。堰が切れました。
2008年07月09日
例のごとく、いらない物をごぞごそと、かき集めている。 ※ いったいどんだけすれば、我が家は綺麗になるのでしょう。 実家に行き、自分の物も含めた、家族の分も始めたので、 今年一杯は、片付けている事でしょう。 ※※※※※※※※※あまり日記は書かないけれど、ごくたまに、集中的に書く時期があって、やれやれ、これど~するのって、中を見たら、自分に与えられた課題が見えてきてしまった。悩むことは昔から多々あるけれど、その頃の課題は、ほとんどはクリアー出来たと見えて、今見ると、これは今はこだわらないな、みたいなのがほとんど。とりあえず、人生止まっていないなと、安心したものの、あれ?「今の困難な状況は、この課題をクリーアーするために、与えられた状況なのかしら」と、今だに繰り返している課題を見つけた。内容は確か、1997年頃書いた物で、まるで予言書を紐解いたみたいだ。ただし自分で書いた物だけど。その頃、家族に言われた事を書き留めていたのだが、とある言葉にピンと来た。その言葉はまさに、今の私に必要な事であり、神様は、私に何が必要なのかをよくご存知で、必要な経験を与えてくれていると言う事を、改めて認識した次第である。ありがとうございます。かみさま。これからこの課題に取り組みます。
2008年07月08日
私の悪いところは、考え過ぎなところらしいです。今回も、占星術とか見ていたら、頭が重くなってきました。星たちが私の人生を邪魔するには、もちろん、過去世で、良い事を行ってこなかったからなのでしょうけれど、それにはそれの、神様の描いた何らかのドラマがあるのでしょう。もう、考えるのは止めました。やめて、冷蔵庫の中のヨーグルトをたべました。う~ん、うまい!頭の中が軽いと、うまいって凄く気持良く言えます。その単純さが気持がいい。神様は、悩みはしても、過去を後悔しない人が、好きなんですって。悩み=識別だから、その時はやっぱりいろいろと考えてしまうのは、仕方が無いとして、でも、歩いてきた道を後悔するのはやめよう。楽しかったもの。この道も。これから出来る事をします。それだけです。
2008年07月01日
自分では予期出来ないことが起こり、混乱の中にいました。自分にとって必要な事と思い、受けとめようとしたり、これから先の事を考えて、絶望的になったり。今の自分をどう支えていいのか分からず、とりあえずまた、片付けです。今まで以上に真剣にしていました。もう、ここを出てもいいくらいの勢いで。全て捨ててしまいたいくらいですが、必要な書類もあるので、さすがに出来ません。そのエネルギーが、髪を切るという行動にでてしまいました。整えているうちに切りすぎて、わかめちゃん並に短くなってしまいました。いつもなら、もっとうまく切れるのに・・・。いいや、さっぱりして。私の人生はシンプルで行きたい。あれこれと計画はたてられません。先の事を考えても、分かりません。今日思いついて、インド占星術を見直しました。本当にこれを見ると、むちゃくちゃなんです、私の人生は。救いようが無いくらい、精神的な方向へと向かっていて、この世で生きるすべを知らないかの様な、チャートです。しかし、自分の目指している方向は、確かにそっちの方なのです。当たっている事が全く救いにならないです。で、お気に入りのヨガの先生のブログを読んで、和んでいます。今の私の避けどころ。しかしきっと、人生を避けているから、今回の事が起きたんだと思ってます。生きる事から逃げていては、駄目なんだと思います。いつも借り物の様な人生で、人の助けばかりをしていてはいけないんだと、思いました。自分の道を生きてこそ、本当の上での助けも出来るんだと思います。すみません、ネガティブな日記で・・・。
2008年06月30日
大切な事から離れないとこ。そのためには、その次に大切な事や、心地の良かった事は、手放さなくてはならない事もあるけれど、一番大切な事からそれたくないから。一番大切な事が元になって、全てが始まったと信じて。
2008年06月18日
昨日は、知り合いのお家に芋掘りに行ってきた。芋掘りと言ってもジャガイモ掘り。9人+お家の方4人での作業。みんな、自然と自分の出来る範囲で仕事をしているところが、面白かった。私はスコップで土を掘る力が無かったので、お芋を拾ったり、土を落としたりする役目。みんな凄い勢いでお芋を掘り出し、2時間くらいで作業は終わってしまった。このお宅の素晴らしいところは、口ではうまく言い表せないのだけれど、自分がやれる最善のことを、しっかりとやっているお家と言えばいいのかな?家族が協力的で、考え方がシンプル。余分なものは持たず、でも、畑から取れる野菜で食卓は満たされていて。誰もがそこのお家にずっといたくなってしまう、居心地の良さがある。ものをたくさん置かず、朝起きると、娘さんたちが家中掃除するらしく、埃が無いという清潔感が、家中に漂っている。そう、ぞうきんがけって本当に大切なんだと思うんだけれど、じぶんではなかなか実行出来ていない。私にはもう一人、ぞうきんがけをしっかりする友人が居て、付き合っている人なんだけれど、それによって部屋が清まるというけれど、なるほど、本当にそう思う。でも、今日の私は芋掘りの後のプログラムのために、伸びているのでした。ごろん。
2008年06月09日
最近、羽野晶紀さんのブログを、書かさずチェックしています。元気良くって、前向きで、カラってしてます。旦那さんとやり直す決意をしてから、始まったブログだと思います。お天気悪いのなんて、吹き飛んじゃいます。いつまでも、ぐずぐずしちゃ行かんなあと思います。
2008年06月04日
最近、自分の内側から来る、ピッときた促しには、従うことにしている。しかし、今までさぼっていた付けが回って、ピピっだらけだ。だから最近は、些細なことに付いてばかりだけど、結構忙しく飛んでいる。しかしこのピピっ。基本的には自分の内側から来るものだけに、留めている。頭であれこれと考えたことや、外側から来る物に関しては、あんまり正確性はないため、ちょっと間を取るようにしている。だからあんまりピピっでは無いのだ。ともかくも、ピピッのおかげか、最近、心身共にすっきりしている。家の片付くのも早いし、気持いい。なかなかお勧めです。しかしたまに、さぼり癖が出て、ぐ~~。
2008年05月29日
今日も一日元気に終えました。沢山の人と一緒にいると、楽しくてつい夢中になってしまい、家に帰ってぐったりしています。今日もちょっと張り切りすぎました。今日は勉強会の進行役。しかし、慣れない私は、聞きたい話を相手から引き出すことが出来ず、無念。私の一番嫌いな、パターンの話になってしまいました。体験はさらっといいことを話してもらえるとBest。しかし、本音が沢山出てきてしまい、聞いている私はうんざり。しかし、中にはこんな進行でも満足してくれた方も居て、こんなんでいいのかな~~と、ちょっと心配。私の求めているのは、自分の良心が促す体験談。そういった愛から生まれた素敵な話を、みんなと分かち合いたい。気づきは促しても、時期でない時には引き出されない物なのですね。
2008年05月25日
昨日は自分の日記の読み返しをしていた。こんなん書いたんだっけ?みたいのとか、おお~~、いいこと書いてるじゃない、みたいなのもあったけど、こういうドロドロは、やっぱり(書いているときも思ったけど)書かなくていいです、みたいなのもあった。しかし、うんと過去のことについては、自分の軌跡一つとして、保存を決めた。それによって発見したことも沢山あったし。素がいいな。素になって、かっこつけないで、その時思ったことをさらっと書けたら、目指している方向。自分のすばらしいとこ、情けないとこも含んだ、素の自分に戻れる瞬間を、ここに記録したい。
2008年05月24日
天使と言う言葉を使うと、なんかはまってる~って思われちゃうのは、困るのだけど・・・。私たちみんなが天使だとおもう。みんなが神様の側から舞い降りて、少しの間この地球で暮らし、沢山の天使とふれあって、楽しく遊んで、笑って、・・・そしてまた、身体をもたない存在として、神様の側に帰って行く。それだけのことなのに、なんでいろいろと難しく考えていたんだろう。先のことをあれこれと悩んでいたんだろう。つまらないことをあれこれと考えていないで、もっともっと自分の側にいる人を大切にして、もっともっと自分の時間を愛で満たして。自分のすることを愛しんで。「愛の歌」という、知人の作った歌。それを聴いていると、愛が自分たちを確かに包んでくれていて、いつもそこにあると、そう思える。そんな私たちを、いつも見つめている神様がいると思える。こんなふうにいつも思えるよう、一生懸命に歩んできた道。今を精一杯愛で満たし、温かい目で私たちの一生を見れるように、生きていきたい。
2008年05月21日
私の友人は、神と呼ばれる人の側に行って遊んでいます。遊ぶ、まさに友人を見ているとそんな感じです。周りの人が真面目くさって、使命に燃えているのに、友人は、神様の側で楽しんでいます。ただ、自分の与えられた役が来た時には、その役目を果たし、また元の自分の生活に戻っています。友人を見ていると、神様と私たち人間の関係が分かる様な気がします。私たちはそれぞれが、与えられた使命を果たしたら、また、元の神様の側に戻って行くだけなんだなと。さっきまで、共に人生を嘆いていた親しい人とも離れ、その時がくれば、すっとその場から、また元の場所に戻されるのです。唯それだけのことで、どんな計画も必要無く、どんな素敵な未来も想い描く必要も無いのかもしれません。ただ、じぶんがそっと置かれたところで、周りの人と愛を分かち合えば。ほんの少しの周りのひとが、幸せな顔になれば、それでいいのかもしれません。
2008年05月20日
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