全21件 (21件中 1-21件目)
1
こんなことを何かで読んだことがある。物事を作り出すエネルギーは、実は、子どもを産み、育てるエネルギーが転化されたものだと。子を持たない者の行き場を失ったエネルギーが、物事を生み出す最大の力となる。自分もそんな気がする。何かを作り出したくて、そして誰かを助け、教えたくてしょうがない。ただのおせっかいかと思っていたけど、そうでもなくて、ちゃんと理にかなった行動なんだと納得し安心した。あんまり外に出しすぎると逆にストレスになることもあるから、とりあえず、何か作りたいな。ご飯作って食べ過ぎていたら、ただの熊になってしまうしね(^^;)
2008年01月30日
朝、落ち込んでしかもインフルエンザにかかった友人に宛てたメール。たとえ立派でなくとも良いから、どんな状況でも、そこに本当の愛を見いだす力を養いたいな。そうすれば、自分も皆も幸せだからね。
2008年01月29日
誰かのバランスの悪さは、また別の誰かのバランスの悪さに繋がることになり、結局その人から逃げたとしても、微妙に影響を受けるものなんだなと思う。そして、それを起こした当人は、誰かの助けを得られて、ぜんぜんそれに気がつかずにさっさと立ち直り、結局対岸にいた自分が、一番大変だったりする。お願いします。周りを見まわして、少しだけでも周りの人のことも考えてくださいね。そうため息をつきつつ、そのことを受け入れ消化しようと苦しんでいる自分。このことは少しもムダではないと分かりつつ、相手の身勝手さを受容する愛の訓練に苦しむ。
2008年01月28日
しかし、全ては神の手の中にあるという。自分で決めれることは、本当はあるのだろうか。ここに至までのすベてが、導きであり、運命の糸が繋がっていただけのことと、分かる日が来るのだろうか。その日を待ち望みつつも、ただ自分の目の前に広がっている道を歩むだけだ。遠い未来は、今ここに、自分の手の中にある。
2008年01月25日
決めるということは、とても勇気のいること。その時点までは右も左も、自分の手の中にその可能性があったのに、決めたとたん、一方はその手からこぼれ落ちる。もしかしたら、手にしていたかもしれない幸運にも辛いけど、目をつぶらなくてならないときもある。今の状況に至った、自分の運命とか、愚かさとか至らなさとか、そう言ったみっともないところもぜーーんぶ、引き受けた上で、自分の道を歩む決心をする。同じ道なのに、後悔ばかりでたらたらと歩くよりかは、覚悟を決めた方が、気持ちよく歩くことが出来る。その道ならではの出会いや、素晴らしいことにも目を向けることが出来る。自分は自分の道を行くしかない。それがたとえ素晴らしい道でなくともね。
2008年01月25日
今まで穏やかで、過ごしやすい日々が続いたインドでは、15日、マカラサンクランティという収穫を祝うお祭りが行われた。この日を境に南インドの日差しは強くなり始め、気温もどんどん上昇し始める。3月になると暑すぎて、木陰に入っても我慢出来ないほどになってしまう。なのに、な~~んでしょ、日本のこの寒さ。あっちにあった寒気が、こっちに移動でもしたのでしょうか???北風が強すぎて、凍(し)み入るよお(こんな漢字があったの?)。そう言えば昨年は、インドにいたから寒くなかったんだっけ。一昨年は日本で働いていて、その前の年は花粉がもの凄かったら、やっぱりインドに避難していた。いや、今年は日本で頑張りますよ。頑張ります。雪を沢山踏みしめて、あつあつのおうどん食べて、日本の冬を楽しみますよ。だけど、こんなに冬って寒かったっけ?
2008年01月24日
久しぶりに降った雪は、午前中勢い良く降り積もり、昼過ぎには雨となった。雪の日の朝は音が遠い。車の量もぐっと減り、全ての音は雪の中にすっぽりと包まれてしまうかのようになる。前に住んでいたところは、駒沢通りの端っこに面したモルタルの2Fで、スタットレスタイヤのシューッという音か、チェーンのちゃりちゃり言う音で目が覚めたものだった。カーテンを開けて、その、一夜にして世界が変わってしまったような様子を見るのが好きだった。今はマンションになったためか、雪の降る日の神聖さが薄れてしまった。それが寂しいなと感じた朝だった。失った物はいつでも美しく感じ、新しい物は便利だが、大切な物も失うこともある。これが便利さと引き換えにして、今私が手にしているもの。。。とぼんやり考えつつセータに着替えると、雪の日特有の、ひやっこい空気が身体に触れきて、いつもの懐かしい感覚を呼び覚ました。
2008年01月23日
ひとりの持っている思いの純粋性が、まわりの人を変える。互いのもつ純粋な心が共鳴しあって、それはどんどん広がって行く。だからいつも、心をピュアーにしていたい。でも、だからと言って常にピンと張りつめた糸のように、生きることも出来ない。自然にそういったことを受け止める感受性を持ち続けるには、いつも、皆を思いやれるような、純粋な愛の力が必要だと思う。人の幸せを喜べるような人間で居られたら、いつでも素晴らしい喜びに共鳴しあえる気がする。
2008年01月21日
もう駄目だ。寒すぎる。ずっとホットカーペットだけで過ごしていたけど、手がかじかんできたのに音を上げて、エアコンのスイッチを押した。一週間くらい前までは、イラクのバグダットの100年ぶりの降雪だとか、イランのテヘランに住んでいるブロガーさんの、大雪の記事とか読んで、砂漠にも雪は積もるんだろうかなんて、のんきなこと考えていたけど、何かだんだん我が身に降り掛かってきた気がする。今週末は忙しいのに、雪だったら大変だなあ。例のおじさんたちにもホッカイロが必要だ。「良いお年を~」何ていわれちゃって、おじさんたちの方が寒くて大変なのに、やさしいんだからなあ。今頃凍えているんだろうなあ。あ、ほどほどにしなきゃね、エアコン。
2008年01月18日
こんな寒い日の深夜。一個だけ残っていた、アーモンドチョコレートがうれしい。
2008年01月17日
Yahoo Newsを見ていたら、ふと気になった女優さんがいて、その人が「オーラの泉」に出演した時の記事を見ていた。「“自分のステージが変わったんだな”って事に気付いたりした」「”ああ、私、違う所に来た”って、感じがした」という記事に目が行き、こういうことってあるのかなって、ちょっと気になり出した。役者さんは、よくそういう、自分が変わるのに必要な意味のある役を頂いて、それを演じきった後、自分の今まで持っていたこだわりを、落とすことが出来ることがあるらしい。今まで自分と思っていたのは、本当の自分ではなく、それは仮の姿で、こだわりを超えた時に、仮の自分を脱ぎ捨てたことに気がつく。我々一般人には、そういった変化を与えられる機会ってあるんだろうか。だれかとの確執とか、どういったドロドロした物ではなく、何かをやりきった時(つまりは「社会的なお役」をやりきった時)超えられる自分という物があるのなら、そのチャンスが与えられたらいいなと思う。そうして、新たなステージを迎えられたら良いのになと思う。母でもなく、妻でもなく、そういった目に見える役割は持っていない場合、それは難しいことなのだろうか。いや、私の場合、娘としての役割をこなしているうちに、自然といつの間に、向こう側へと渡りきっていることもあるのだろうか。その場合、仮の自分の姿と気がつくには、与えられた役(娘役)があまりに本物すぎて、気がつかない気がするのだけれど。もう少し、疑似体験っぽい方が分かりやすいかな。
2008年01月17日
インド人のVさんは、「これから将来どうするの?」と聞くと、いつもこんな返事をする。米粒に自分の名前が書いてあって、「自分の名前の書いてあるお米があるところに行くんだ」って。いろんなことをきちんと決めないVさんの行動は、日本人から見ると不思議なんだけれど、そんな彼の言動は穏やかで、柔らかく、そして親切だ。
2008年01月16日
もう12年くらいヴェジタリアン生活をしている。マクロヴェジではなく、ラクトヴェジタリアンだ。肉、魚貝類、卵を除いた食生活を送っている。と言いながら、最近は少し卵の入った物も食べている。例えばパンとかお菓子。だからと調子に乗ってお正月に卵焼きや、卵の入ったお雑煮を食べてしまった・・・。まずかった。もう私の身体と心は、そこまで研ぎすまされているんだなあと思うのだけど、自分ではコントロールの利かない気持ちの揺れを感じ、正直戸惑った。中心の意識は、相変わらずしっかりとしているのだけれど、自分のとる行動を観察すると、何ともあやふやで、まるでお酒を飲んだときのように、とろうとしている行動とは違うことをしている。動物性の食品を過剰に摂取している現在の日本人の行動が、昔と違ってきていて、その原因になるもののひとつが、動物性の食物から来ているという話は、常日頃から知っていることだけれど、今回は本からの知識ではなく、自分の身を以て感じてしまった。だからと言って、皆にヴェジタリアンをお勧めする訳ではなく、こういうことを知った上で、感謝して、いろいろな食品をバランスよく食べる心がけをすることで、心身ともに健康な生活を維持出来るのではないかと、思った。そして、自分のことで言うなら、やっぱり卵は微量にしておかないと・・・と思った。
2008年01月15日
確か前にも書いたと思うのですが、私は寒くなる前、むちゃくちゃ熊になります。つまり、ものすごく食べたくなる訳です。今日もあんな切ない日記を書いていたと思うそばから、美容院に出かけたついでに(美容院は遠方にあります)いろいろな物をちょこちょこと買ってしまい、家に帰り着く頃には、主にすぐ食べれるもののオンパレードになりました。それだけの寒波が来ているぞ~、という予告でもある訳なんですが。私は人間温度計か?ということで、これからそれらの物をあれこれと食べ尽くしてみようと思っています。本当はおうどん作りたいなあって、長ネギやらお揚げやら買ってきたんですが、そこまでたどり着けないかも。。。
2008年01月14日
母と過ごした時間を思うと、まだ自分は、母に育ててもらったお礼が何も出来ていなくて、本当に申し訳なく思う。孫を抱くことも出来ず、娘の私が(母が望む様な)幸せをまだ手に入れていないから。いろいろな生意気を言って、母が望む幸せではないけど、今私は幸せだからそれで良いじゃないと、言っては見るものの、若し今、母も私も仕合せだと思える様な時を迎えることが出来るのなら、そうでありたい。母に育ててもらった恩返しがしたい。しかしそうは言っても、昔は自分のことがとても好きでなかったけれど、今は自分をとても愛している。昔の私より、持っている物は少ないのに、今の自分が好き。そう思えるようになった自分が愛しい。
2008年01月13日
神様ではないから、地球の裏側まで、自分の手は届かないかもしれないけれど、愛ならきっとどこまでも届く気がする。ひとりひとりが自分の温かさを伝えて行けば、それは、連鎖となって、地球の裏側まで届いて行く。愛の手を、遠くまで差し伸べることが出来ることを願って、自分は、周りの人を大切に生きて行きたい。
2008年01月11日
そう、 だから・・・すこしでも自分を温かい目で見てもらえ、分かってもらえるだけで、こんなにうれしいのだから、自分も相手のことをちゃんと愛で見つめ、分かりたいなあ。忙しすぎて、ちょっとした心のほころびの前を、通り過ぎないようにしたいなあ。
2008年01月09日
新年明けてからそんなに経っていないのに、この一週間、いろいろなことがあった。母と穏やかに過ごせたのもうれしかったけれど、ある人と誤解が解けて、前の関係に戻ったことも、とってもうれしかった。そして、自分が信じ目指していたこと、どうしてそこを目指すようになったのか、そのきっかけとなったことを、その人を通して、思い出させてもらえたことも。あんまりうれしいから、毎日うたを歌っている。人生山あり、谷ありなのだ。
2008年01月08日
お正月に、離れて暮らしている母と、久しぶりに一緒にのんびりしていた。普段は女同士ゆえの、遠慮のない会話で結構疲れるんだけど、今回はそれもなく、なんだか心地が良かった。こうやって元気で過ごせるのも、あとどのくらいなんだろう。そう思うと、母の側にいてあげたい気もする。いや、自分が居心地が良いから一緒に居たいのかもしれない。こうやって小さい頃、母のそばにいるのが好きで、外に遊びにも行かないで、家にばっかり居たっけ。私は極度の内弁慶だった。母の側で宿題をし、一緒にお菓子を焼いたりして、そしてずっと話をしていた。それは今思うと、母が優しかったから・・・なのかな?そんなことを考えていたら、余計に、側に居たくなってしまった。まずい・・・。わたしはまだ、嫁に行っていないというのに。
2008年01月07日
インドの地方の街に留学していた女性のブログを読んでいたら、久しぶりに、インドに住むとよみがえってくる、あの、あいまいな感覚がよみがえってきた。偶然出会って、そして一生お会いしないような年長者にお世話になっちゃって、言葉通じないんだけど、視線を交わして、いいよ、いいよ、みたいな、ニコニコ笑ってくれるような、そんなロケーション。何でも引き受けてくれるくらい、強くたくましく、そして空気のようにふんわりと優しさがそこに存在している。でも、最近のインドは勝気な人が増えちゃって、そんなやさしい心遣いが出来る人は、日本と同様少なくなってきていると思う。10年まえのインドはもう少しのんびりしてた分、自分に余裕があるなしにかかわらず、人の幸せをニコニコと笑って、一緒に喜んでくれるような、そんなおじさんやおばさんが、たくさんいたんだけど。悲しいかな、働ける人たちはみんな、お金儲けに忙しく走り回り、人に親切にしている余裕がない。やっぱりどこの国も、欲に目が行きだすと、人間のとる行動っておんなじなんだなあ。
2008年01月04日
お味噌汁も無事に配れ、慌ただしく、いつ年越ししたのか分からなかった、2008年。あんまり興奮していたのか、寒かったからなのか、夜明け前に目が覚め、それならばとお参りに行ってきました。ただ事ではない冷え込みだったためか、電車も空き空き。(当たり前か、早すぎだ)昇る朝日が暖かく感じられ、お日様ってありがたいなあと感じた、新年でした。それにしても、元旦早朝の東京は、何て静かで人がいないのでしょう。渋谷駅でさえも。電車に乗り、地元の駅ビルで、ベトナム春巻きを買って、ケーキ買って(どちらもお土産)帰路につきました。家に帰ったら眠気が凄かったけど。今日は、予定もなくのんびり寝坊。今から、冷蔵庫の中のものをどんどん消化して行かねば。皆さんはどんなお正月を迎えられましたか?新たな年を、気持ちを改めて迎えられるうれしさを忘れないように、また今年1年、過ごして行きたいなあ、と毎年お正月だけ思うのでした(反省)。このブログ、今年も細々とやって行きます。みなさま、どうぞよろしくお願いいたします。なおまる
2008年01月02日
全21件 (21件中 1-21件目)
1