おぢさんの覚え書き

おぢさんの覚え書き

2016.04.02
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カテゴリ: 政治
太平洋戦争と日中戦争、所謂大東亜戦争または十五年戦争を肯定的に捉える日本人が今や多数派となった。二十年ほど前ならば口にすることさえ憚られた十五年戦争肯定論がいとも簡単に多数派の意見となった。

肯定論を唱道した人々の戦後史観(所謂自虐史観)からの脱却という所期の目的は達せられた。

彼らの最終的な目的はなんだろう。中国韓国を口汚く罵り、日本人を洗脳したとして米国をも非難するその先に彼らは何かを見ているのか、あるいはいないのか。おぢさんは今のところ良く分からないが日本の今後を占ううえで重要だと思うので別の機会に考えてみたい。

戦前戦中には大川周明氏の『亜細亜・欧羅巴・日本』(1925)、『米英東亜侵略史』(1942)に代表される東西対決不可避論、植民地解放論が大衆の支持を得た。戦後は林房雄氏の『大東亜戦争肯定論』(1964)などの肯定論もあったが、戦後史観が支配的であった。

そして二十年ほど前からは戦後史観はGHQの洗脳、司馬史観は虚妄として攻撃を受け、彼らが言う所の“正しい”史観あるいは修正史観がネット上では支配的となった。

確かに戦勝国側の論理を多分に含んだ戦後史観には問題も多い。日露戦争までの戦争は良かったがそのあとは良くないという司馬史観も問題はあるだろう。しかし、日本や日本軍の美化正当化だけを目的とする修正史観は戦後史観よりさらに劣化している。戦後史観という神話を劣化した神話で置き換えたのが昨今の状況だ。

「十五年戦争は亜細亜解放のための正義の戦争であった」「日本は自衛のために止む無く戦った」。などとする彼らの主張は目新しい物ではなく、その多くが戦前戦中に主張されたものだ。
その論拠も恐ろしい迄に過去の主張と変わらない。自覚しているのかいないのか何の疑問もなく戦前の価値観に回帰している。

過去と価値観の変わらない彼らは同じ過ちを犯さないだろうか?



「過去を知らないものは、
必ず過去を繰り返すことになる (1)

いま私たちが戦前を繰り返していることを認識していない者の方が恐らく多いだろう。十五年戦争肯定派に限らず否定派もこの認識が希薄すぎる。

映画、アニメに限らず 繰り返しのプロット は多い。そんな映画のような既視感を覚える。神功皇后半島遠征、白村江、文禄慶長の役、日清戦争、日露戦争、シベリア出兵。ヤマト・日本も無数の戦争を繰り返している。そのたびに民は戦役に駆り出され疲弊した。

民族の体質は変わりにくい。この妄想を伴った戦争癖という持病は容易には治らないのかも知れない。

肯定論者は太平洋戦争に関して負けるような戦はするべきではないという観点から間違いであったと語る。そこには我々は無反省ではないという自己弁護と「負け戦を反省して戦うから今度は大丈夫、今度は負けないぞ」という思いが透けて見える。

本当にそうか?負けた点だけが問題だったのか?勝てればそれで良かったのか?

私はぜんぜんそうは思わない。そもそも彼らは過去を反省することはできない。自己正当化に終始する彼らは歴史の真実を汲み上げることができないだろう。


(1) ジョージ・サンタナヤ(1863-1952)。スペイン生まれの哲学者、評論家、詩人。





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Last updated  2016.10.19 22:02:22
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