おぢさんの覚え書き

おぢさんの覚え書き

2017.02.05
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カテゴリ: 近代
イタリア人の友人が英国に住んでいるのだが。BREXIT後、移民に対する憎悪をむき出しにした犯罪が発生する状況を憂いていた。

Uproar in Spain over videos of ’Brexit-related attacks’ in UK (Indipendent)

「80年前の歴史を繰返しているよね」と彼に言うと「人間は歴史から学ばないからね」と答えていた。

80年前の1937年7月に日本は中国と戦争を始めた。昨日NHKで 「加藤周一 その青春と戦争」 を見た。番組で採り上げられている「青春ノート」と呼ばれるノートを加藤周一が書き始めたのも1937年だった。パリが陥落した1940年に加藤はこんな言葉を書いている。

私は1914年戦争を舞台とするある長編小説を読みながら、しきりに現代を想い 歴史は繰りかえすの感を深くした。1940年はいかに1914年に似ていることか! 現代は何度絶望したら許されるのか!と。

1940年に加藤は1914年の歴史を繰返す世界を見ていた。2017年に1937年の歴史を繰返す世界に我々は生きている。

1929年10月に株価が大暴落して大恐慌が始まった。恐慌は世界に広がり1930年代初頭には世界中で大量の失業者が発生した。イギリスは関税障壁でブロック経済化を進めたほか、アメリカはニューディール政策で需要や雇用の拡大を図った。ドイツでは ナチスが台頭 し1933年には全権委任法が成立してヒトラーの独裁が始まった。

金融危機の引き金となったリーマンショックが発生したのは大恐慌の79年後の2008年だ。その後の展開が似ているようにおぢさんには思える。ブロック経済、保護主義、移民排斥、ナショナリスムの抬頭というパターンだ。トランプ氏は公共投資的な政策も口にしている。世界中で高まる移民排斥運動はナチスのユダヤ人排斥を思い起こさせる。ヨーロッパの極右政党の躍進もかつてのイタリア、ドイツ、日本などのファシズムあるいは国粋主義の焼き直しだ。

おぢさんは以前衝動買い した。80年前に正木氏は何を思ったのか。彼の言葉をなぞっていこう。


1970年ごろの正木ひろし氏(『近きより』カバーより)

正木氏は「「近きより」発刊の言葉」で次のように述べている。

「思しきこと言わぬは腹ふくるるわざ」と兼好法師はいったが、現代的に言えば、「思うことを発表しないと、消化不良や憂鬱症に罹る」ということだと思う。
p.8 昭和12(1937)年 第1巻第1号

おぢさんも同じ症状だ。おぢさんがあれこれ考えて発言する必要はない。人々が知らなければならないことは既に先輩が発言してくださっている。丸写ししたいところだが、著作権のこともあるのでおぢさんの気に入った文を抜粋してコメントを入れていこうと思っている。気に入らなければそこは読み飛ばしていただきたい。

先達の尽力にも拘らず戦争を回避することはできなかったのだから繰り返しても仕方がないと思うかもしれない。しかし、私達には悲惨な結果が経験として残されている。そこから真摯に学ぶ姿勢があれば悲劇は回避できるかもしれない。

おぢさんもまだ1巻目をつまみ食いのようにあちこち読み散らかしただけなので紹介しながら読んでいきたい。底本は1991年版社会思想社現代教養文庫『近きより』を使用する。引用元情報の「第〇巻」は現代教養文庫版が底本としている旺文社文庫『近きより』(全5巻)での巻割り。


『近きより』


おぢさんが採り上げるとなると正木氏は か(ちなみにおぢさんは )と勘違いされるかもしれないが正木氏は反共主義者であり、愛国者である。以下の引用を見ればそれは明らかだろう。

 私は我が国の多くの人士が騒ぐほど、共産主義をこわく思わないものです。それにはいろいろの理由があるが、
第一、唯物論が独断であること。
第二、所有、被所有の本質が、共産主義は浅薄なること。
第三、人間の本能に対する共産主義者の研究が不十分なること。
第四、社会生活に於いて、必要の程度には共産を既に実行していること。
 おおざっぱにいえば、以上のような理由で、私は共産主義には興味もなく、こわくもない。
p.155-156 昭和12(1937)年 第1巻第8号

原 稿 募 集 (枚数は適宜)
一、読者の公共心愛国心を刺戟する記事。
p.20 昭和12(1937)年 第1巻第1号

「日本軍大敗走、中国軍大勝利」などという支那一流の宣伝の正体が如何なるものであったか、列国もようやく解って来たであろう。
     〇
 日軍の大進出によって、窮地に陥ったのは、蒋介石ばかりではあるまい。
 日本国民の正義性と実力とを誤解するものは皆その認識不足の報いを得なければならない。
p.142 昭和12(1937)年 第1巻第8号

愛国心などというものは微塵も持ち合わせていないおぢさんとしては全くついていけない。
正木氏は当時の自由主義的な知識人にありがちな一類型といえるのではないか。しかしこの反共の一愛国者である弁護士が厳しい言論弾圧下に反戦の言葉を発することになる。この時代にそれが可能だったのは正木氏の勇気とカムフラージュはもちろんだが、取り締まる側にも密かに正木氏の意見に共感する者がいたからではないかというのは勘繰りすぎだろうか。



 私はいろいろな意味から雑誌を出して見たくなった。
 私の本質の中にある公共心と社交性とが私の心臓を雑誌発行の方へと駆りたてていたのはかなり長い前からであった。
p.8 昭和12(1937)年 第1巻第1号

「近きより」は公共心を大切にする右翼の方々にも必ずや気に入ってもらえる筈である。

長年の国民運動の甲斐もあって、平成11年には国旗国歌法が制定され、平成18年12月には59年ぶりに教育基本法が全面改正され愛国心や道徳心、公共心を大切にする教育目標が明記されました。
「日本会議が目指すもの」 (日本会議)(2017/2/5 last access)

ところで雑誌名の「近きより」ってどういう意味よ?と疑問を持つ方も居られるだろう。そのことについて正木氏は以下のように書いている。

 ともかく人生は刻々と過ぎて行く。近い所から着手してゆかないと結局人生を無為に終えてしまうだろう。
 カーライルの言葉に「汝に最も近い義務を果たせ、汝が義務と思う所を果たせ、しかる時は次に汝の一層重大なる義務が明瞭になるであろう」というのがある。余り遠大な仕事のみを考えていると、考えているうちに年をとってしまう。
「道は近きにあり」ともいう。私はあらゆる意味に於いて「近きより」始めようと思う。
p.10 昭和12(1937)年 第1巻第1号

カーライルって誰よ?という疑問を持つ方も居られるだろう。

「道は近きにあり」って何よ?

道在爾而求諸遠(孟子:離婁上)

道は邇きに在り、而るにこれを遠きに求む:原文・書き下し文・意解 (ナオンの言葉の散歩道)
孟子の名言

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Last updated  2018.05.31 18:42:52
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