おぢさんの覚え書き

おぢさんの覚え書き

2017.07.23
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カテゴリ: 近代
80年前の1937年7月7日、日本は盧溝橋事件を起こし日中戦争に突入した。先立つ6月4日には第一次近衛文麿内閣が成立していた。現地の交渉では停戦協定が成立していたが、閣議で華北の治安維持を名目に華北派兵が決定された。
1937年11月には日独伊防共協定が成立する。1933年に満州事変問題で国際連盟を脱退した日本、再軍備問題で連盟を脱退したドイツ、エチオピア併合で国際社会の非難を浴びるイタリア、孤立を深める三国がここで結びついた。


絵はがき「仲よし三国」

「80年前より―その5(『近きより』をなぞる)」 で当時の日本はナチスから大いに学ぼうとしていたことを確認した。正木氏もその世相に呑まれていた。『近きより』にはヒトラーに対して好意的な言葉が散見される。正木氏に限らず日本の市民はドイツ、イタリアに対して大いに友邦意識を持っていた。

日本に最も不足するものは、物資に非ず、知恵と人材なり。
ヒットラーの知恵なき統制、ムッソリーニの気魄なき独裁は最も危険なり。

p.129 昭和12(1937)年「近々抄」『近きより』第1巻第7号<十月号>

どうやら、ヒットラーには知恵があり、ムッソリーニには気魄があると見做されていたようだ。
冬将軍に打ち負かされたナポレオンの教訓も生かせず、無謀にも対ソ戦に踏み切ったヒトラーの知恵。ドイツの優勢を見届けてから参戦するムッソリーニの気魄。どちらも相当疑問である。
石油不足の日本は、知恵のない無謀な作戦により人材を無駄死にさせ、しまいには特攻により自国民を死に追いやった。

[1] はいつも猫背のように下を向いている。ムッソリニやヒットラーが躍進的な姿勢をしているのと大分異う。公は未だ前途に光明を確信し得ないためか。
p.91 昭和12(1937)年「近々抄」『近きより』第1巻第4号<七月号>
近衛さんの写真を見ても、ムッソリーニやヒットラー乃至ルーズヴェルトに比べると、どこか間延びがしている。興国日本の顔ではなさそうだ。
p.145 昭和12(1937)年「近々抄」『近きより』第1巻第8号<十一・十二月号>


伊太利《イタリー》のファッショ、独逸《ドイツ》のナチスを始めとし、ソ連、支那にすらも、国民を導いて行く精神運動があるのに、日本は「国民精神総動員」 [2] などいう内容空虚な懸け声だけしかないのは、如何にも嘆かわしい。

当時の空虚な懸け声に引き換え「一億総活躍社会」という言葉の崇高さと日本社会変革の充実ぶりはどうだろう。道半ばのまま行き斃れた「アベノミクス」、どこに行ったのか分からない「三本の矢」どれを取っても内容の充実ぶりはすさまじきものがあった。


[1] 近衛公(おぢさん補注)
[2] 一九三七年八月二四日、閣議で、<挙国一致・尽忠報国・堅忍持久>を三目標とする「国民精神総動員」実施要綱を決定、一〇月一二日、「国民精神総動員中央連盟」(会長有馬良橘海軍大将)が結成され、国民を戦時体制にかりたてていった。





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Last updated  2017.07.23 22:47:17
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