おぢさんの覚え書き

おぢさんの覚え書き

2018.01.26
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カテゴリ: 近代
相撲部屋で人が殴り殺されたり、障害者支援施設や老人ホームで入所者が殴られたり殺されたり、学生がいじめを苦にして自殺したり、自衛隊員が先輩隊員から虐待されたり、いじめられたり、陰惨な暴力が私たちの周りを取り囲んでいる。世界にも暴力が溢れている。
今の日本では少し陰に隠れた形の暴力が蔓延しているが、80年前の日本はどうだったのか?

 而して最も怖るべきは、思想的に訓練と教養のない連中が、純な忠君愛国者と、不純な忠君愛国者との見境がつかず、思想的恐怖時代を現出せんとしつつあることである。
p.220 昭和13(1938)年「近々抄」『近きより』第2巻第3号<三・四月号>

戦前の日本には、天皇の権威を笠に着て批判しまくり、とにかく相手を黙らせる、抹殺するという風潮があった。思想界でその先棒を担いだのが蓑田胸喜だった。蓑田を始めとする忠君愛国者は戦後、自分たちの行いをどう考えていたのか?蓑田は1946年1月に自殺したが、彼の兄貴分である三井甲之が『蓑田胸喜君の霊にささぐるのりと』という文章を1946年の4月に完成させている。

君の論理学の利刄の向ふところ誤謬は指摘せられ、虚偽は追及せられた。
ここに於いて「国体明徴」運動の正系は直接行動の暴力主義に陥ることなく学術的基礎を確立して、知識層に畏敬せられ、世間に信用せられたのである。
終戦後の今日全国民が国体護持の一念に徹到して
それによって、またそれによってのみ、日本に於けるデモクラシイを実現しうべしとするのは、
 学術的国体明徴運動の効果であった。
三井甲之「霊につぐ」『蓑田胸喜君の霊にささぐるのりと』《昭和21年4月28日完成》

「直接行動の暴力主義に陥ることなく」だそうだ。2・26などを念頭に置いているのだろうが、自分たちが間接行動の暴力主義の元凶であったことを完全に無視してしまっている。蓑田胸喜は以前から共産主義を攻撃し共産主義弾圧を扇動、さらにこの頃には自由主義的学者に「大逆」の汚名を着せて思想弾圧を先導した。蓑田が騒ぎ、当局が著書を出版停止にしたり、教職を追われるなどした人物は多い。大川周明や安岡正篤など右翼とされる人物までも蓑田の攻撃対象となっている。


蓑田胸喜 1939​ 『津田左右吉氏の大逆思想 第一(文献指摘)』 ​(画像:国立国会図書館)

《蓑田胸喜の攻撃対象となった人物》
 一木喜徳郎
 美濃部達吉→貴族院議員辞任
 牧野伸顕

 三木淸
 田邊元
 矢內原忠雄→東京帝大辞職
 津田左右吉→発禁処分
 田中耕太郎

彼らは自分たちが暴力の元凶であったことを認めないばかりか、その罪を共産主義者あるいは自由主義者になすりつける。

われらはこの点 [1] に気附いて弁証法的迷信の打破につとめたものの
その微力は無力にひとしく、まごまごしてをるうちに
二〇年八月の大破滅に陥りしときはわれらもまた「必勝」等の概念に執着する群衆の中に自己を見出したのであった。
三井甲之「霊につぐ」『蓑田胸喜君の霊にささぐるのりと』《昭和21年4月28日完成》

共産主義者をはじめ多くの人間を葬り去っておきながら「その微力は無力」というのはいかがなものか。共産主義者が弾圧されたのは彼等だけの責任ではないが彼等も大いに荷担した。彼等は本当にこの戦争の悲劇の原因は「弁証法的迷信」であると考えていたのだろうか。おぢさんには被害者面をしているように思えてならない。
軍国主義を主導した者、積極的に協力した者のうち少なくない者が、過去を反省しなかった。我々は彼等の考えを改めさせることができなかった。今日「戦前の日本は悪くなかった」論が支配的となったのは我々にも責任がある。

今また、相手を叱って、あるいはバカにして黙らせようとする風潮がはびこっている。

 戦場に於て、世界の耳目を聳動するような、赫々たる偉勲を立て得るこの国民の中に、偉大なる政治家だけがいない訳がない。
 彼等の出現をはばんでいるものは一種の島国的乃至は横車的の暴力である。
 日本であったならば、イーデンかチェンバーレンかは、必ず殺されているに違いない [2]
p.221 昭和13(1938)年「近々抄」『近きより』第2巻第3号<三・四月号>

5・15事件では犬養毅首相が射殺され、2・26事件では内大臣斎藤実、蔵相高橋是清が殺された。軍部に目を付けられれば権力者でも軍人でもいつ殺されるか分からない。戦前戦中の日本は発言するのも命懸けの暴力国家であった。

 忠義の名による不忠、愛国の名による非愛国、そしてまたその亜流の亜流が、ルンペン愛国業者群となって、日本の思想を貧困にし、日本の発展を邪魔する。
 日本に抱擁力のある大政治家の現れない大原因の一つは、雲助愛国業者の数が多過ぎることである。
p.221 昭和13(1938)年「近々抄」『近きより』第2巻第3号<三・四月号>

今の日本は本物の愛国業者があふれている。お陰様で慈悲心の権化のような安倍晋三という巨大政治家を5年間も戴いている。ありがたや、ありがたや。日本の明日は大発展が待っている。

赤化征伐を喰物にし、国体明徴を喰物にし、一九三五、六年の危機 [3] を喰物にし、喰物が無くなると、終いには老人の頭をステッキでぶん撲って [4] 逃げ出したりする。
p.222 昭和13(1938)年「近々抄」『近きより』第2巻第3号<三・四月号>

日本に限らず、昔から暴力は絶えない。しかし、時代場所によって濃淡はある。暴力を振るわない、暴力に協力しないという努力を続けたい。



[1] 知識層の弁証法的思惟、自己絶対化。(おぢさん補注)
[2] イギリスの外相イーデンは、ドイツ、イタリアのファッシズムに対する融和政策反対を強く主張していたが、首相チェンバレンは妥協策をとり、イタリアとの外交交渉をしたため、イーデンは抗議して外相を辞任した(三八年二月)
[3] 日本は満州事変の結果国際連盟を脱退(一九三三年)し、自主外交を唱え、ワシントン海軍軍縮条約を破棄(三四年)し、ロンドン海軍軍縮会議からも脱退(三六年)した。国際連盟脱退は一九三五年に発効し、ワシントン海軍軍縮条約の破棄は三六年に発効して、日本は国際的孤立化時代に入る。このため「一九三五、六年の危機」説が流布されたが、これは陸海軍が軍備拡張のために意図的に流布したものであった。
[4] 一九三六年、美濃部達吉が自宅で暴漢にステッキで頭を撲られた事件をさす。


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Last updated  2018.01.27 21:48:28
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たそたそ@ Re:土器-編年(02/14) こんばんは。 ブログのチェックされてない…
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おぢさん@ Re[3]:無(03/15) なんだかねさんへ お久しぶりです。永ら…
おぢさん@ Re[1]:土器-編年(02/14) 上毛野形名さんへ 長いこと返信もせず失…
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