全4件 (4件中 1-4件目)
1

【旅行10日目】スペイン・セビーリャ2025年5月26日(月)、セビーリャ大聖堂(カテドラル)に付随する97mのヒラルダの塔(鐘楼)に上り、セビーリャ市内を一望しました。↓ セビーリャ大聖堂で記念撮影。↓ ヒラルダの塔の入口。↓ 階段ではなくスロープを歩いていく。ーーーーーーーーーー【南】↓ 大聖堂のヒラルダの塔から南側を見る。↓ インディアス古文書館。↓ 中央はアンダルシア州税務局。↓ 中央はセビーリャ・アルカサルの「旗の中庭広場(Plaza del Patio de Banderas)」。↓ スペイン広場の塔。建築家・アニバル・ゴンザレスによる建物。↓ スペイン広場の塔。↓ 中央:セビーリャ大学。奥:ロペ・デ・ベガ劇場。↓ 青く美しいジャカランダの花。↓ グアダルキビル川。手前:デリシアス橋。奥:ブエンテ・デル・V・センテナリオ橋。↓ 手前:ホテル・アルフォンソⅧ ア ラグジュアリーコレクションホテル。↓ 手前:セビーリャ大聖堂。左:アルカサル(城)。↓ セビーリャ大聖堂のチャペル部分。ーーーーーーーーー【南西】↓ 手前:セビーリャ大聖堂。 奥:マエストランサ劇場。↓ 画面右:カリダー教会。中央:カリダー庭園。ーーーーーーーーー【西】↓ 手前:セビーリャ大聖堂。奥はセビーリャ闘牛場。↓ セビーリャ闘牛場。↓ セビーリャ大聖堂の「オレンジの中庭」。↓ 奥は屋外型大型ショッピングセンター:セントロ・コメルシアン・トーレ・セビーリャ(Centro Comercial TORRE SEVILLA)。↓ 中央:セントロ・コメルシアン・トーレ・セビーリャ。(ショッピングモールとオフィスビル)↓ セントロ・コメルシアン・トーレ・セビーリャ。ーーーーーーーーー【北西】↓ セビリア市役所。↓ 手前がセビーリャ市役所。奥はパベジョン・デル・フトゥーロ。↓ パベジョン・デル・フトゥーロ:Pabellon del Futuro。1992年セビーリャ万博博覧会の大型テーマ館。宇宙・通信・エネルギー・環境の展示。↓ バルケタ橋。奥はアドベンチャーパーク「イスラ・マヒカ」。ーーーーーーーーー【北】↓ アラミージョ橋(Puente del Alamillo) 。↓ 中央:メトロポール・パラソル。メトロポールパラソルは、波打つような独特な形状をしている複合施設で、セタス・デ・セビーリャ(セビーリャのキノコ)と呼ばれている。↓ コンテロス通り付近。↓ 屋上のプールが見える。↓ サルバドール教会。ーーーーーーーーーーー【北東】↓ セビリア大司教宮殿。↓ ホヤ・デル・カスコ ブディックホテル。ーーーーーーーーーー【東】↓ サンタクルズ教会:Iglesia de Santa Cruz。↓ マテオス・ガゴ通り。 左はセビーリャ大司教宮殿。中央のホテル ドナ マリア セビーリャの屋上にはプールが見える。↓ 左奥はサンタクルズ教会。右奥は尊敬者病院(Hospital los Venerables)。↓ ホテル ドナ マリア セビーリャの屋上プール。ーーーーーーーーーーーー↓ ヒラルダの塔の鐘。↓ 塔を下る。黄色い緊急電話ボックス。
2026.04.04
コメント(0)

【旅行10日目】スペイン・セビーリャ2025年5月26日(月)、セビーリャ大聖堂の中にある「コロンブスの墓」を見ました。1891年頃に、スペイン人彫刻家のアルトゥーロ・メリダ:Arturo Melida)氏が、アメリカ大陸到達400周年の記念行事の一環で制作しました。コロンブスがいた大航海時代にスペインを構成していたカスティーリャ、レオン、アラゴン、ナバラの4国王が、コロンブスの棺を担いでいるデザインで、各王は紋章入りの衣装、武具を持っています。コロンブスの骨は、色々な場所を転々としてきました。1506年にスペインのバリャドリッドで亡くなり、そこで埋葬されていましたが、1509年頃、息子ディエゴの意向で、セビーリャ近郊のカルトゥハ修道院に移されます。16世紀半ば頃にはイスパニョーラ島(現在のドミニカ共和国)のサントドミンゴ大聖堂に移送されますが、スペインがサントドミンゴの支配権を失ったため、1795年にキューバ・ハバナへ移送されます。1899年にスペイン=アメリカ戦争でスペインはキューバを失い、遺骨はスペインに戻され、1899年にセビーリャ大聖堂の「コロンブスの墓」に収められました。4王の位置は次になります。①前方左:カスティーリャ王(城の紋章)②前方右:レオン王(ライオンの紋章)③後方左:アラゴン王(縦縞の紋章)④後方右:ナバラ王(鎖の紋章)↓ セビーリャ大聖堂内のコロンブスの墓。↓ 4王が棺を担いでいる。1891年頃に、スペイン人彫刻家のアルトゥーロ・メリダ:Arturo Melida)氏が、アメリカ大陸到達400周年の記念行事の一環で制作。ーーーーーーーーーーーーーー①前方左:カスティーリャ王(城の紋章)。ーーーーーーーーーーーーー②前方右:レオン王(ライオンの紋章)。ーーーーーーーーーーーーーー③後方左:アラゴン王(縦縞の紋章)。ーーーーーーーーーーーー④後方右:ナバラ王(鎖の紋章)
2026.04.03
コメント(0)

【旅行10日目】スペイン・セビーリャ2025年5月26日(月)、セビーリャ大聖堂(カテドラル)を見学しました。セビーリャ大聖堂ですが、元々この地にはモスク(イスラム教の寺院)がありましたが、1401年に教会参事会の決定で大聖堂を建設することが決定され、1519年に完成しました。私は1991年にセビーリャ大聖堂を見学したことがあります。その時に購入した本「セヴィリァの全て/escudo de oro.s.a. /1989年1月第6版」のp8に、次の記載があります。1248年、セヴィリアがフェルナンド3世によって征服された後、市は再びキリスト教化され、街は新しい様式を刻まれる。しかし、これによってアラブ時代の多くのおもかげが破壊されるようなことにはならなかった。大回教寺院(モスク)の後地にセビリアの大聖堂が建設された。その建立は1401年7月8日に決定され、14世紀末にアロンソ・マルティネスの指揮のもとに工事が始められた。セヴィリアの大聖堂は、スペインで最も大きい教会であり、キリスト教世界でも3番目にあたる。この教会の面積を凌ぐのは、ローマのサン・ピエール寺院およびロンドンのサン・ポール大聖堂だけである。大聖堂は、計画を企てた人々、またその建立を決定した人々の野心的な熱狂を完全に反映している。教会参事会員は、断言している。「あまりに巨大で、完成した寺院を見る人々が私たちを狂人だと思うような寺院を建立しよう」↓ セビーリャ大聖堂。↓ Replica del Giraldillo : ヒラルディージョのレプリカ。セビーリャ大聖堂のヒラルダの塔(鐘楼)の最上部にあるヒラルディージョのレプリカが、聖クリストファーの門の前に置いてある。ヒラルディージョ(El Giraldillo)とは、巨大なブロンズ製の風見像の事。「信仰の勝利(Triunfo de la Fe)を表わす女性像で、手には盾とヤシの葉(殉教の象徴)を持ち、風向きにより風見として回転する。↓ チケット販売所までの長い列。↓ 聖クリストファーの門の飾り。↓ 入場券を購入して中に入る。↓ 袖廊にあるコロンブスの墓。↓ コロンブスの墓は、当時スペインを構成したレオン、カスティーリャ、ナバーラ、アラゴンの4人の国王が棺をかついでいる。14世紀の彫刻家、アルトウロ・メリタの作。↓ コロンブスの墓。↓ 主祭壇。↓ オレンジの中庭。
2026.04.02
コメント(2)

【旅行10日目】スペイン・セビーリャ2025年5月26日(月)、サイダ・ブティックホテル:ZAIDA BUTIQUE HOTELで荷物を置いた後、街を歩いてセビーリャ大聖堂(カテドラル)まで行きました。日差しが強く、前日のコルドバと同じように30度以上の気温が続き、フライパンの上を歩くような感じです。↓ サイダ・ブティックホテルを出た。↓ エル・ポスティーゴ市場。↓ ジャガランダの花。↓ セビーリャ大聖堂。↓ インディアス古文書館。↓ 路面電車。↓ セビーリャ大聖堂に入るため、入場券を買う列に並ぶ。
2026.04.01
コメント(2)
全4件 (4件中 1-4件目)
1