星とカワセミ好きのブログ

2019.04.27
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2019年4月7日、山口県岩国市の岩国城へ行きました。
吉川公園は桜が満開でした。岩国城ロープウェーで一挙に山頂駅まで移動し、そこから徒歩5分で岩国城です。岩国城や吉香公園には毎年のように訪れています。30回以上は来ています。

岩国城の初代領主は吉川広家で、毛利元就の子である元春の三男です。
1600年の関ケ原の戦いでは、毛利輝元が西軍の総大将になりましたが、西軍になることに反対していた吉川広家は、黒田長政を通じて徳川家康から、毛利領の安堵を取り付けていました。

ところが東軍が勝利した後、毛利領安堵の話は反故にされ、周防と長門の2国を広家に与えるとの話になりました。広家は徳川家康に対し、自分は2国はいらず、あくまでも毛利領安堵をお願いしたいと手紙を書き、最終的に毛利家が防長2国を治めることが許されます。
吉川広家は岩国を治めることになり、徳川家康から城造りを許され、1608年に岩国城が完成します。ところが1615年の一国一城令で、岩国城は取り壊されました。その時の天守台跡が残っています。
岩国は1868年に藩として認められましたが、1871年に廃藩置県があり、藩が無くなりました。

今の岩国城は1962年にコンクリートで再建されました。吉香公園から城が見える場所に天守台も移っています。



↑ 吉香公園の桜と、佐々木小次郎像。




↑ 佐々木小次郎像の頭の傍に、岩国城が見える。



↑ 岩国城と桜。


↑ 岩国城。








↑ 銀雲閣。






↑ 岩国城ロープウェー。吉香公園の山麓駅と標高200mの山頂駅まで、3分で結ぶ。


↑ ロープウェー。


↑ ロープウェーからの景色。 銀雲閣。
















↑ 錦帯橋と錦川。


↑ 臥竜橋(がりょうばし)。 奥はJR岩徳線。



↑ ロープウェー山頂駅から岩国城まで徒歩5分。



↑ 檜(ひのき)が並ぶ。





↑ 大釣井(おおつるい)。この大井戸は、1609年、岩国城と同時期に掘られた。非常時に武器弾薬の倉庫にもなる。




↑ 1615年、一国一城令により取り壊された岩国城の天守台跡。


↑ 旧天守台。古式穴太積み(あのうづみ)でできている。 下の部分が当時の石垣で、上部は修復したもの。


↑ 1962年に建設された岩国城。 旧天守台から場所を変え、吉香公園側に造られている。





↑ 岩国城の入り口。





↑ 徳川家康が吉川広家に宛てた書状。
漢字で読める部分を一部抜き出す。「今度 関ケ原及一乱 会戦 之会議お達し 加勢 出馬 入 働 輝元 国変 毛利 見了 他変 長門周防 国 お達 永 充行」
「三河家康 慶長五年の月 血判 吉川広家方」

これがスラスラと読めたら楽しいのに。


↑ 防州岩国錦帯橋図。


↑ 防州岩国錦帯橋之真図。


↑ 天守閣からの眺め。 桜と錦川、錦帯橋。





↑ 宇野千代(うのちよ)さんの紹介。
小説家、随筆家、編集者、着物デザイナー/1897~1996

山口県玖珂(くが)郡(現:岩国市)出身、岩国高等女学校(現:岩国高等学校)卒業。大正10年に処女作「脂粉の顔」で懸賞短編小説一等入選、作家としてデビュー。昭和11年に女性ファッション雑誌「スタイル」創刊、その斬新なセンスをいち早く形にする。昭和32年、代表作「おはん」で野間文芸賞受賞、その後も数々の賞を受賞。昭和58年「生きていく私」を発表しベストセラーになる。
平成8年、98歳で死去。勲二等瑞宝章受章。錦帯橋下流の川西地区にある生家は、数々の資料とともに一般公開されている。





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最終更新日  2019.04.27 19:29:36
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