日本共産党 原田のぶゆきです。

日本共産党 原田のぶゆきです。

2003年01月31日
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 今朝、党市議団控室にホームレスの人が地下駐車場生活では、寒くて命がもたない、何とかして欲しい、と飛び込んできた。

 もう金もなくなり、寒さに耐え切れづ、いわば、助けを求めてきた感じである。
 しかも、長野駅周辺に相談者のような人がいて、その人が「市の厚生課か共産党の議員の事務所」を訪ねろと、ここを(控室)紹介してくれたと、 メモ書きまで持ってきた。
 事情を聞くと、なかなか大変な人生を送っている。
 福島県生まれで、30才ころ生家を離れて、長野県の松本市周辺にきて、黒部渓谷の熊谷組で土木建設の仕事をしていたが、止めて長野市に移り住み、建設関係の仕事にありついた。
 景気の良かったオリンピックまで働いていたが、仕事も無くなり、自ら会社を辞めて製造業に従事した。
 ここも不景気で、リストラされた。それ以降、約4年間長野市内を転々、路上生活がはじまった。
 この間、職安にいったがまったく仕事は見つからなかった。

 住所は長野駅、お風呂や洗濯はきちんとやられており、ひげもそり、多少、清潔な感じである。
 早速、厚生課へ生活保護の申請に行った。
 先の経過を話して、保護を求めた。この年齢では再就職は無理。
 この厳寒のさなか、寒風吹き荒れる地下駐車場や駅構内では生活は無理なこと。さすが、相談者も「居所さえ明確であれば、申請を受けます」といってくれた。
 早速、随時募集の市・県営住宅をと手を打ったが、まったく無い。
 公募はどうかと問い合わせたが、市営住宅が2軒、県営住宅が6軒で、とても、確実に入居できる状態でない。
 知人が不動産業のTさんにお願いして、ようやく、三万五千円の安いところを探してもらった。
 入居先の大家に会い、急いで市役所にとんぼ返り。保護の申請をした。
 2時半から8時半まで、申請するまでに6時間あまりを要した。 Aさんが、4年間のホームレス生活から脱却してふつうの生活ができるかどうか試される。
 真新しい青い色のタタミと、風呂つきの一間。
 上下の布団と枕、小さなテーブル、ご飯茶碗、今夜は大家さんのご好意でゆっくりと休める。

 先進資本主義国日本。情けない日本だ。





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最終更新日  2003年01月31日 22時50分26秒


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