2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
全15件 (15件中 1-15件目)
1
今朝起きたら、寒い!長袖、長ズボン必要だったよ。なんだよ、この天気?!どうなってんだ?でも、寒けりゃ着れば良いんだし、むやみに暑いよりマシだなぁ。それに、寒いと言っても マイナスになるような寒さじゃないし、適温といえば、適温。明日は早朝に起きて、夫の新たな仕事先(約600km離れてる)まで、kohと一緒についていく事になった。多分4時おき!起きれるかな?夫は夜学に通っていてそこは金、土、日曜日が休みなので、金曜日から月曜日までそちらに行く方が仕事がしやすいのだ。何泊も私たちを家に置いておくのも不安だし、せっかくの週末に離れ離れというのも寂しいということで、丁度会社の社宅のようなものもあるし、食料持参で旅行気分で行ってまいります。内陸なので、多分暑いだろうと今から覚悟している・・・。
2004年09月30日
のんびりしている間に、アクセスカウントが遂に10000を突破していた。いつもお越しいただいている皆さん、ありがとうございました。たまたま覗いてくれた方も、どうもありがとうございました。皆々様のお陰でございます。さて、暦の上では春を迎えたばかりのここブラジルですが、昨日までとても暑く、日中は「ここは乾燥機かい?」と思うような熱風がふき、お蔭様でお洗濯物はカラリとあっという間に乾いていた。今日は、何とかお日様も隠れ気味で 風も涼しく、とても過ごしやすい日だった。お陰で暑いとやりたくない家事(アイロンがけ)もはかどったわい。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・先日、地元の友達から同じ事を伝えるメールが何人からか来た。内容は、友達の奥さんが亡くなったと言う事だった。乳がんだったそうだ。メールを読んだ当初は、「驚き」「お気の毒」という感情がまずわいた。しばらくして、亡くなった奥さんのこと(高校の先輩だったので、顔は知っている)や、残された親御さんのこと、そして高校時代から付き合っていて(その間別れた時期もあったけど)結婚3.4年で最愛の奥さんを亡くしてしまった友達のことを考えるようになった。考えれば考えるほど、切なくてジワジワと、ショックがわいてきた。ガン発覚から、闘病生活、そして最期の時まで、本人をはじめとして、周りの人たちがどんな気持ちで過ごしてきたかと想像しただけで涙がでた。そして、この先 残された人々がどんな気持ちで生きていくのか・・・。それを思うと、本当にツライだろうと気の毒に思う。友達とは、かなり長い事連絡をとっていなかったのだが、先日、無性に彼のことが気になって「どうしてるかな?元気かな?」と思っていた時期があった。これも、「虫の知らせ」というヤツなのかな?どう書いていいのかわからないけど、手紙を書こうと思う。
2004年09月29日
9/25はわたくしの31回目のお誕生日でございます。イエーイ!おめでとー!で、急に思い立って海へいくことにしたよん。すぐ準備して、眠っているkohを起し、早速でかけた。途中で昼食をとるため、アラブ系ファーストフード店「HABIBS」へ行った。まだ12時前だったので、お客さんは少なかった。さっさと注文。・・・10分経過・・・遅いなぁ~。お腹空いたなぁ~。・・・さらに10分経過・・・こんなにお客さん少ないのに、何で?飲み物もこないよ・・・。 -この当たりでイライラ!-...さらに10分経過・・・!!あれ?あの人私たちより後に来たのに、もう食べてるよ!怒り爆発だすぅ~!30分も待たせやがって!こんなのファーストフードと言えねぇじゃねぇかよ!マネージャーを呼んで、文句!オーダーを厨房へ知らせる機械の調子が悪いと言い訳しやがった。3分後、注文したものがやってきた。「やればできるじゃねぇかよ!」怒りながらもさっさと食べた。家を出発してから3時間半後、無事夫の叔母の別荘へ到着。玄関を開けると、叔父と叔母だけでなく、夫の従姉妹とその息子二人(2歳と8歳)も来ていた。残念ながら今日は曇り空・・・。気温も低い。でも、せっかく来たのでと、男チーム(2歳の子除く)は海へ。女の子チームはお散歩へでかけた。夕方はkohを叔母たちに預け、夫と二人で階下のジムでランニングマシーンとかサイクリングマシーンとかやっていたけど、何だか味気なかったので、海岸をウォーキングした。「一日じゃ、意味がないんだけどね。」なんて言いながら、「この脂肪が少しでも燃焼してくれないものかなぁ。」と願ったりして・・・。6時からサウナタイム。その後ジャグジーでリラックス。出てからはお肌ツルツルでいい気分だった。海は入れなかったけど、他で楽しめた。夕食は近くのショッピングセンターのフードコートで、子供たちはマック、大人はそれぞれ好きなものを食べた。私は、せっかく海に来たからと魚料理のポルキロ(量り売り)のお店で食べた。すごい種類は豊富だったけど、その分お値段もはってビックリした。でもうまかった。お腹いっぱい食べたので、今年もお誕生日ケーキもナシで、何だか誕生日らしくない誕生日だったけど、去年の誕生日のあんな出来事よりは何倍も良いお誕生日が過ごせて良かった。
2004年09月25日
皆様、ご心配ありがとうございました。初日は無事、何事もなく、朝を迎える事ができましたです。もちろん、夜中に何度も起きた事は言うまでもないですが・・・。で、今日は一度もパパの顔を見ていないkohは、「いつもと違う」と感じたのか、「パパは?」と何度も聞いてきた。仕事で明日しか帰ってこない事を伝えると「パパとお話したい」と言って電話をしろとせがむ。夫の携帯に電話をし、暫く話をさせた。後で代わってもらったら、夫はデレデレで「かわいいなぁ」と言っていた。夫もさみしいのだなぁ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・先日、隣の町の公園へ行ったとき、とてもビックリしたことがあったので、書いておこうと思う。小腹が空いたので屋台でジュースとコシンャ(味付けしてほぐした鶏肉をマッシュポテトでくるんで涙型にしたコロッケのようなもの)を夫が買った。全部で2.5real(約100円)だったのだが、小銭がなく10.5realを払った夫。しかし、もらったオツリはなんと2realだった。すかさず夫は「おかしいんじゃないの?」と言うと、おばちゃんは慌てて5real 渡してきた。「まだ、足りないよ。今7realしかないよ。あと1realでしょ?」と言うと、苦笑いしながらおばちゃんは残りの1realを渡してきた。これ、別におばちゃんが騙そうとか思ってやってるわけではなさそう。ブラジルには、計算が出来ない人がいっぱいいるの!しかも、そういう人でもこうやって商売しているから、こまったもんなんだけどね。ブラジルの成人の約31%が足し算引き算もできず、そのうちの2%はなんと!数字も読めないらしい。文字の読み書きができない人が多い事は知っていたけど、まさか数字を読む事もできない人がいるとは思わなかった。
2004年09月22日
月曜日から夫の新しいお仕事がはじまった。あちらこちらへ移動の多い仕事になり、夜は大学に通っている夫としてはかなりハードな生活となった。今夜は大学を早退し、長距離バスに乗って(ブラジルには長距離の電車は貨物のみ)私の町から約600km離れた町まで出かける事になった。今夜出発したバスは翌朝目的地に到着し、水曜日1日仕事をして木曜日の午前中か昼頃出発するバスで戻る予定だ。世界でも上位をしめる交通事故大国だし、道もすごく悪い。長距離バスを狙った盗難なども多発しているし、色々と心配なことが多い。もちろん、体力的にも心配だけれど。そして、夫の留守中、私とkohだけの夜を過ごす事になる。普段でもブラジルに来てからは、夜中の物音に敏感に目が覚めてしまう私なので 多分今夜も明日の夜も、何度も起きてなかなか眠れない夜になりそうだ。これから、月に何度かこんな夜を迎えなければいけないと思うととても憂鬱になるが、頑張ってくれている夫の手前、そんなことも言ってはいられない。「夫がいてくれる」というだけで、随分安心度が違うものだなぁと思う。
2004年09月21日
またまたひーさん御夫婦と会う約束をしていたので、サンパウロまで出かけた。ひーさん御夫婦はとなりの州にお住まい(サンパウロ市と約1000km離れている町)で、今回は日本へ一時帰国ということで、(いいなぁ)サンパウロに月曜日まで滞在する予定で、今日予定を空けてくれたのだ。以前にも一度、お会いしている(5月7日)のだが、久しぶりの再会。今回はkohも日本語バッチリということで、とても楽しみ。前回はカラオケでハッスル(死語)しまくり、今回もkohは「がみちょんさん(ひーさんの御主人)と、カラオケするの。」と大張り切り。ひーさんたちが滞在するホテルに到着したのは午後1時前、お久しぶりの再会のご挨拶もそこそこ「お腹ペコペコだよぉ~。」と早速前回のお昼にも行った、和食屋さんへ2日味噌汁を抜いたひーさんのリクエストで行くことにした。・・・が、閉まっていた。残念。気を取り直してその2軒隣の「寿司パパイヤ」へ。なんとも洒落たネーミングをネタに一盛り上がりした。お寿司の盛り合わせや天ぷら盛り合わせなどを頼み、久しぶりの生魚に感激。そして天ぷら。こんなにも大きなエビを見るのは久しぶりだねぇ。と感激し、がみちょんさんの分まで奪ってエビ2本も食した。「HNを aya@エビ2本食い に改めなさい」とお言葉をいただいた。至福の表情でエビを食す私を見て、がみちょんさんもきっと満足してくださったに違いない。「貧乏ayaファミリー」を哀れみ、「社長がみちょんファミリー」が「昨日奢ってもらったから。」と言って私たちが昨日奢ったわけでもないのに奢ってくれた。涙がでちまうよ。ありがとうございました~。で、すぐ前にあるCD屋さんへ行ってひーさんと夫がCDを買い、ひーさんたちの滞在するホテルへ「おにぎりせんべい」を取りに行った。「おにぎりせんべい」は、kohの大好物なのだ。残り一袋となった貴重な「おにぎりせんべい」を帰国間近で太っ腹なひーさんがkohにプレゼントしてくれた。kohは、大事に大事に少しずつ食べていた。(こんな食べ方をするkohは見たことがなかった。)で、kohお待ちかねのカラオケへ!前回の所より曲数が多いということでリベルダージ(東洋人街)にあるカラオケ屋さんへ出かけた。えらい広い部屋に通され、ちょっと遠慮気味に2家族がくっついて座っていた。残念ながら映像が出ず、kohが楽しみにしていたヒーローの映像は見れなかったけど、毎日歌っているウルトラマンの歌なんかを歌えて、結構満足気だった。相変わらずがみちょんさんは小技をきかせて楽しませてくれた。楽しい夫婦だ。一通り歌ってすぐ前にある居酒屋へ。メニューも日本風だった。オーダーを取りに来た黒人の女の子が「ブタキムチ」とか「トーフステーキ」とか上手に言えて驚いた。しかし、1品1品が高くて驚いた。こんな店、私たちだけではとても来れない・・・。お昼に食べ過ぎたせいで、せっかく久しぶりの居酒屋だったのに、あまり食べれず残念だった。ここでもすっかりご馳走になってしまって、ありがたいやら恥ずかしいやらで、「このご恩は必ず!」と出世払いを心に誓った夜でございやした。しかし、この夫婦、仲がよろしいの。ひーさんはがみちょんさんのことを「ダーリン」と呼び、カラオケなんかで、ひーさんが「ダーリン、アレやって!」と頼もうものなら、すぐさまやってくれる。がみちょんさんは、特に言葉数が多いわけでも、ガハガハ笑って調子が良いわけでもないのに、真面目な顔してバカをやってくれ、常に奥様の希望どおりに答えてくれる。二人とも「楽しい」とか思うことが一緒のようで、とても素敵な御夫婦だな。と羨ましかった。私たちは、40代とかになってもこうやって自分より若い人と楽しく過ごせるのか?このパワーを見習いたいものだと思った。
2004年09月18日
早起きは、昨日だけだった・・・。今朝は9時前までkohとグッスリ・・・。でもね、言い訳させてもらうんだけど、今朝の寝坊は私のせいじゃないんだよねぇ~。今日は、この町だけの祝日で、(何やら神様の日らしい、でも他の町は普通の日)昨夜は近くの家から、どえらい大きな音楽が夜中の1時ごろまで響いていて、眠れんかったんだよね~(涙)。大体、ブラジル人って音楽を聞く音が大きいのだけど、昼間なら許せるが、こうやって深夜まで大音響で聞かれると結構参る。平日はまぁ、大人しいが休日前となるとどこでも大きな音で音楽をかける。まったく迷惑な話。全員がお休みとは限らないし、全員が好きな音楽とも限らないのにね。パーティー好きな隣人を持つと、とっても大変なことになるよ。で、今朝は隣町の会社へ用事があった夫は、一人朝食の準備をし、身支度を整え、いつものごとく、そぉーっとお出かけしていったとさ。いつもスマンねぇ~。
2004年09月15日
昨日の日記にも書いたのだけど、近頃早起きできない私。夫の朝食の準備もせず、kohと二人ひたすら眠っているダメ妻。昨夜は寝る前に夫に「7時には起こしてちょ。」と頼んでおいた。今朝のモーニングコールは、抜群に早かった。まだ夜も明けぬ早朝5時。電話のベルに素早く反応した夫が、寝起きとは思えない小走りで電話のある部屋までいき、これまた寝起きとは思えないハキハキした声で電話に出た。内容から、この町の実家的な存在であり、いつもお世話になっているAおじさんであることが、寝ぼけている私にもわかった。Aおじさんは、オレンジ畑をしているので毎日朝は早い。かと言って、いつもこんな時間に電話をかけてくるような非常識人ではないので、きっと重要な話であろう。とは、思っていた。多分、先週から病気で通院している孫のV君のことだろうと思った。夫が電話から戻ってきたら聞いてみようと思っていたら、夫は私たちのベッドには戻らず、kohの部屋のベッドへ行ってしまった。なぜなら、夜中に私たちのベッドにkohが移動していて、狭いからだ。(近頃毎晩走ってベッドに進入してくる)Aおじさんの話が気になるものの、ベッドから這い出る気力はなく、(低血圧なのだ・・・。)そのまま眠る事にした。・・・悪い事じゃなきゃ、いいけどな・・・。でも急なことでもなきゃ、こんな時間に電話してこないだろうな・・・。V君、大丈夫かな?まさか、また入院とか?そんな!・・・もちろん、こんなこと考えていたら眠れるはずはない・・・。ゴロゴロ・・・。ゴロゴロ・・・。ベッドの中で眠気がくるのをひたすら待った。ウトウトしはじめたその時・・・。♪ピーン・ポーン♪今度は、家のインターホンがなった。しかも、イタズラである・・・。まだ朝6時すぎだよ・・・。まったく、ヒマな人もいるもんだと憤りながら、でも眠ってやる!と、再び目を閉じた。すると・・・。またまた電話だ!やっぱり夫が素早く電話を受けた。今度は夫の兄が日本からかけてきた。・・・兄ちゃん、ちょっと早いぞよ・・・。結局、5時からほとんど眠る事ができず、昨夜の約束の7時にはちゃんと無理せず起床ができた。昼間眠かったのは言うまでもない・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・V君のこと先週の連休ごろから、熱や食欲不振など風邪の症状がでていたV君。近くの国営病院でちらっと診察してもらったり薬を処方してもらって、木曜日にはなんとか学校へも行けた。でも、金曜日、手足の震えがはじまった。土曜日には手足を動かす事ができなくなり、大きな町の病院へ移り検査入院。土曜日、そんなこととは知らずに、偶然Aおじさんの家に行った私たちは、号泣しているAおじさんの奥さん(Eおばさん)にビックリ!訳を聞くと、V君のことだった。心配で食事も採れないと。彼女らがここまで心配するのには訳があった。実はAおじさんの末息子(長女とは20歳くらい年が違う子ども)を13歳の若さで失っているのだが、その症状がV君のそれと同じようだったのだ。息子を失ってその上孫までも!と、心配で心配で恐くて恐くてたまらないのだ。もっともだろう・・・。土曜日検査入院したV君の検査結果はウィルスによるもの。特に命には別状がないとのことで、日曜日には退院した。しかし、昨夜、また症状が悪化し、再び病院へ。その病院は個人病院なので、入院すると莫大な請求がくるため、国営の大学病院へ搬送されることになった。珍しい病気で、集中治療が必要とのこと。6日間は入院して治療をするらしい。元のように生活できるようになるのか、私にはわからないけど、一日も早く元気になって欲しいと思う。
2004年09月14日
ご飯のお茶碗一杯分の米粒って、一体何粒ぐらいなんざんしょ?と言うのも、今朝、とってもショッキングな出来事があり、この個数が気になったのだ。近頃、特に早起きのできない体になっているあたくし。今朝は、9時過ぎに起きてしまった・・・。で、寝ぼけ眼で 朝のゴミ出しをしようと、週末に溜まったゴミを置いておいたエリア(家の中じゃ嫌だし、外だと猫にあさられるので、裏にある洗濯機が置いてある屋内のスペースの流し台)に取りに行った。そこで、目に飛び込んできたものは!!!いわゆるスーパーのお買い物袋をゴミ袋にしていたのだが、その袋から、溢れんばかりのウジの山!!!ウネウネとうごめく白い小さな虫たちは、余裕でお茶碗一杯分はいようかと思われる数だった。いやぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁ~~~!!慌てて夫に助けを求め、後の処理は全て任せた。男らしくテキパキと仕事をする夫。ゴツめの大きなごみ袋にゴミを入れ、溢れているウジたちは、熱湯攻撃で全滅させ、そのまま水で流し去った。スゴイ数だった。こんな数の虫を見たのは初めてだったし、ショッキングだった。夫よ、感謝である。あなたは、男の中の男だよ。つい、先日 ゴッキーの話題を出したのだが、やっぱりブラジル、昆虫天国・・・。現地の人が、やっきになって掃除する理由は、ココにあるのだ・・・。ブラジルへ来て早2年・・・。本当の意味でのブラジル生活初洗礼を受けた日だった。
2004年09月13日

今朝のモーニングコールは、ひーさんからだった。時刻は午前9:30頃。「寝てた?さすがだね!」という謎のお褒めの言葉をいただいた。その後も暫くkohとベッドでゴロゴロ。夫は既に起床していて、リビングでTVを見ていた。高音が聞こえる。エンジンの音。そう、今朝はイタリアでのF1GPの模様が生放送されているのだ。暫くすると、珍しくブラジルの国家が流れてきた。「お!今日はドイツじゃなかったか。」と気になって起きて夫と一緒にTVを見ていた。いつも、シューマッハの影に隠れているブラジル人ドライバーが今日は1着だったのだ。F1といえば、もっとも有名な人はやっぱり「アイルトン・セナ」だろう。F1のことをほとんど知らない私のような女にまで、名前は知れている。既に今年で没後10年を迎えたというのに、まだまだ彼はブラジル国民のアイドルであり、世界中にもたくさんの人が彼の事を思っているのだろう。没後10年という区切りの年であった今年は、ブラジル国内では追悼コンサートなどたくさん開かれた。TVでは盛んに彼のレースシーンやプライベートシーンの映像なんかも流されていた。彼のお墓は、普通の人もお参りできるようになっていて、命日には花でいっぱいになっていた。私たちは、先月母達が来たときに、一緒にお墓参りに行った。サンパウロ市の高級住宅街にある墓地で、芝生の広場にプレートが埋め込まれているというシンプルな作りの墓地だった。墓地の周りには、セナグッズを販売している露店なんかもあった。セナのお墓は、その墓地の中心の小高くなった所のそのまた中心にあり、彼のお墓を中心に他のお墓が並んでいるような感じになっていた。その日も、彼のお墓には誰が供えたのか数々の花が供えてあった。セナは、今現在でもブラジル国民にとって大切な人である。なぜなら、彼のキャラクターである「seninho」がついた商品を購入すると、貧しい子供たちや、身寄りの無い子供たちを支援する施設に寄付されるのだ。これは、彼の生前から行われていることで、現在は彼の家族が管理しているそうだ。そして、同じメーカーから同じ製品を出しても、その「seninho」のマークを付けて出すとセールスが5倍にも6倍にも跳ね上がるそうだ。恐るべし、セナパワーである。没後10年にもなるのに、ずっとずっとこうやって貧しい人、弱い人達を助け続けることができるなんて、ほんとうにセナはすごい人だと思う。この火がずっとずっと消えないことを願いたい。
2004年09月12日
春もまだきてないブラジル。でも、毎日30度くらいあり、通常の夏より暑く感じる日も多くなってきた。暖かくなってくると増えてくるのが、虫・・・。そう、昆虫天国ブラジル・・・。わんさか出没するのだ。昨夜、リビングで大人しく大好きな「ウルトラマンヒットソング集」のビデオを見ていたkoh。私は、キッチンで夕食の後片付けをしていた。突然、kohの通常とは違う叫び声と泣き声が!驚いてリビングへ行ってみると、ソファーでkohがパニクっていた。「どうしたの?」と聞くと「バラッタがいた~!」「バラッタ・・・。」それは「ゴキブリ」なのだ!いやぁぁぁぁぁぁあぁ~!!!昆虫嫌いは、私も同じ・・・。多分kohは、私が昆虫におびえる姿を見ているので、「昆虫 = こわいもの」と認識しているのだろう。かなりおびえていた。「どれくらいの大きさだった?」と聞くと両手を「これぐらい」と、約30cm広げた。ソファーの後ろからカサカサとでてきたそやつは、日本サイズより若干大き目かな?と思われるブラジルでは普通サイズのゴッキーだった・・・。
2004年09月09日
今日は、ブラジル独立記念日。夫は土曜日から4連休。土日は、友達の家に食事に行ったり、招いたり。月曜日は急に思い立ってこの町から1時間ほどの所にある友達の家に泊まりに行ったりした。で、今日最終日は、昼頃戻って、友達が「ボラ」を持ってきてくれたので、オーブンで焼いた。日本で「ボラ」って食べたことなかったんだけど、ブラジルでは結構食べるみたい。卵もあって、焼いて食べた。しっかし、後の始末が・・・。匂いがかなり残ってしまった。「だから、家でやったんだ・・・。」とちょっと恨んでみたりした。昼、遅く食べたので夕食を食べる気がしず、アイスクリーム屋さんへ行った。暑かったもんで・・・。ブラジルでは、結構アイスクリーム屋さんへ夕食後に食べに行く習慣(?)がある。私の小さな町でさえ、7.8店はアイスクリーム屋さんがある。すきなだけカップについで、計り売りしたり、日本のように1ボールいくらで売ったりしている。私たちは、好きなだけ取る欲張りコースにした。トッピングもたらふくかけて、(kohはトッピングが目当て)一人2ボールずつで約200円。お安いでしょ?屋外のテーブルに陣取ってさて食べようと思ったら、通りに一台車が停まった。運転席から知らない人が声をかけてきた。夫が近寄って話しはじめた。しばらくして戻ってきた夫に「どうしたの?」と聞くと「迷子。道を教えてあげた。」とのこと。この夫、いたずら大好きだから、ちゃんと教えたのか心配になってたずねると、「2こ目の信号を左。って教えたよ。」我が町、自慢じゃないけど、信号ひとつもございませんの。永久に信号なんて出現しないのに、どうしたものか・・・?でも、これ冗談で、ちゃんとした道順を教えてあげたそうだ。良かった。ブラジルの人に道を聞いても、デタラメを教えたり、知らないのに適当に言ったりする人が多いので、ブラジルで迷子になったら、よ~く人を見定めて道を聞くようにしてくださいね!
2004年09月07日
今日は、夫の大学の友達Aのお誕生日。以前から「スキヤキ食べたい」と言っていた彼のために、お誕生日を「スキヤキパーティ」でお祝いしてあげることにした。私は、夕方から巻き寿司の準備をしたりしていた。夜7:30過ぎ、主役のAの奥さんと子供たちが来た。Aはまだ仕事で隣町にいるのだという。8:00頃から集まりはじめるかな?と思っていたら、Aがやってきた8:30には、A一家しかまだ来ておらず、結局9:00過ぎてからボチボチ来はじめた。最後の人は何と11:00頃だった・・・。さすがは、ブラジルだ・・・。今回集まった人たちには、「初スキヤキ」だった。日本から持参したホットプレートを見て皆「面白いね!いいね!」と言っていた。そして、味付けに砂糖を入れたり、生卵をからめて食べるのには驚いていた。慣れない箸を一生懸命使い、白いご飯にフリカケをかけたりして楽しそうに食べていた。皆美味しいと食べてくれて良かった。(スキヤキの鍋奉行は夫がしてくれた)一緒に作った巻き寿司や、エビと玉ねぎとニンジンのかき揚げは、とても好評だった。皆、お腹いっぱい食べて 皆でお金を出し合って買ったプレゼントのフォークギターを渡した。Aは、ギターを弾きながら歌を歌ったりするのが好きなのだが(皆が集まるときは必ずギター持参)先日、留守中に泥棒に入られ、大きな家具以外の物を全て持っていかれ(衣類やカーペット、可愛がっていた犬までも!)お気に入りのギターも、一緒にやられてしまったのだ。で、今回の皆からのプレゼントは大喜びで受け取ってくれた。早速、音を合わせ、何曲か弾いてくれた。皆一緒になって歌っていた。(夜11:30!太鼓もたたき、近所迷惑!)お腹いっぱいながらも、Aの奥さんが作って持ってきたブリガデイロ(チョコレートのお菓子)や誕生日ケーキ(クリームたっぷりの重たいやつ)も皆で食べて、12:00過ぎにお開きとなった。ブラジル人・・・。まったく時間は守らない。できるだけ、自宅でのパーティはしないに限る。小さな子どもがいる我が家では、尚更だ。でも、今日は自分たちの国の料理を、別の国の人たちに食べてもらえ、気に入ってもらうことができて良かった。
2004年09月03日
昨夜、突然Kちゃんから依頼のあった、ZIPFMへの生電話出演は、無事 5分程度かな?終わったよ。事前に話す内容とかも決まっていたし、落ち着いてお話しができたよ。でも、なんか落ち着き過ぎちゃっていた感じ・・・。お相手の「都竹 悦子さん」のお喋りがとても落ち着いていたので、なんだか気が付けば、私もガラにもなく おしとやか風に喋ってしまっていた。放送を聞いた地元の友達からは「テンション低すぎ!」とダメ出しメールが届いた。来週もまた、金曜日の同じ時間に出るお話をいただいたので、今度はもうちょっとテンション上げていかないかんなぁ。と思った。さて、今ブラジルでは選挙真っ只中。市長さんを決めるやつをやっていて、私の町でも毎日選挙カーが走っている。と言っても、日本のように候補者が乗って演説して回るわけでもなく、音楽と候補者の名前と番号を大音量で流す車やバイクが走り回るだけ。結構、うるさい。そして、夜の8時半くらいになると、次々に候補者の演説(早いと15秒くらいで終わったりするのもある)が続く番組が流れる。これを見るのが私と夫、実は楽しみだったりする。ブラジルでは、いろんな人が立候補する。ビックリするような人が。見るからに苦労してそうな人。そこらにいそうなおばちゃん。歯がなくて、何喋ってるのかわからないような人。訛りのヒドイ人。熱く語り過ぎてコワイ人・・・。かわるがわる濃いキャラクターの人たちがでてくる。見てるだけで面白い。「こんな人アリかよ?!」って突っ込みたくなるような人が本当に多いのだ。誰でも、その気になったら立候補しても良いみたい。無謀だ・・・。あと、短い演説時間に少しでも名前を覚えやすくするために、変な名前を付けてる人も多い。この前見たのは「brasileiro(ブラジル人)」って人。あとは「pesao (足デカ)」だった・・・。この町の町長さんは、どんな人になるのかなぁ?
2004年09月02日

しっかし暑っす。毎日乾燥していて、お肌カサカサよ~!助けてぇ~!私の住んでいる町は、雨が降りにくいみたいで、この季節になるととっても乾燥していて、困るよ。で、私、風邪モード・・・。鼻がつまっているのに垂れてくる・・・。今日はプロポリス飲んで、お昼寝までしちゃった。(その間、kohはベッドサイドで小さな独り言を言いながらミニカーで一人遊んでくれてたよ。一応、気を遣ってくれてたみたい。感謝!)あ、そうそう。3/16の日記と、4/23の日記に登場した「気になる木」のその後ですが、ワタになり、友達の家では庭のお掃除にヒーヒー言ってる。こんな感じ↓の白いワタだよ。 で、木はこんな感じ↓。でももっとぶわっとたくさんワタが見えるともっとカワイイのだけど・・・。このワタ使って、枕でも作るかなぁ~。ってもつのかな?今、ZIPの担当のKちゃんから「HELP~!」の電話があり、金曜日出演予定だった人が急にキャンセルになったということで、ピンチヒッターを頼まれちゃったよ。金曜日は、生!朝の8:00過ぎ頃の番組ですぅ~。時間があって、ZIPエリアの方、興味があったらお聞きください♪鼻声のaya声が聞こえます。
2004年09月01日
全15件 (15件中 1-15件目)
1


