2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
全18件 (18件中 1-18件目)
1
6月に帰国していたときに 夫の兄の子供たちが見ていたアニメばっかり録画してあるビデオをもらってきた。kohは、日本語が恋しいのか 日本から持ってきたウルトラマンのビデオやデカレンジャーとかあんぱんまんを録画したビデオをほぼ毎日見ている。で、最近は その 夫の兄の子供たちからもらったアニメビデオを見始めたのだけど、中には「チビまるこちゃん」「サザエさん」「ポケモン」など色々なアニメが録画してあって、私も結構楽しんで一緒に見ている。ビデオをセットし「ママ!マルーコちゃんはじまるよ!」と大声で呼んでくれたkoh。きみきみ、「マルーコちゃん」はダメだよ・・・。「maluco = 気違い」じゃないか。2時間テープの3倍どりなので、6時間もあるわけで、今回初めて最後の方まで見る事ができた。なぜか、ドラマ「ウォーターボーイズ」の最終回も入っていて、これには私が喜んだ。そのまま見ていると、今度は「火垂の墓」が入っていた。この映画、いつも終戦記念日前後に●●ロードショーとかで放送されるよね。だから、すごい今までに何度も何度も見たことがあるアニメ。そして、何度も何度も泣いたことがある。今回は、この題名が出ただけで、既に涙目。kohは驚いていた。自分も親がいなくて心細いのに、ちいさなセツコちゃんのために一生懸命頑張るお兄ちゃん、泣かせるじゃないですか。ドロップを大事に大事になめるセツコちゃん。なくなった後の缶に水を入れ、かすかに甘くなった水を大喜びで飲む。こういう 健気な子どもの姿に私は弱い。もう、最初から泣きっぱなしだった私。食い入るように画面を見詰めていると・・・。ブチッ!消えちゃったよ!途中でテープ終わっちゃったよ。不完全燃焼のまま、涙は乾いていった・・・。*お知らせ*クリスマス&年越しは、よそで過ごすため、暫くの間HPの更新はできません。年越しは、サンタカタリーナ州という 南の州の海辺で過ごす予定です。うひひっ。どうか皆様、良いクリスマスとお正月をお迎えください。来年も宜しくお願いします。
2004年12月22日
本日のリビングでの出来事・・・。*その1*午前中は、アニメ番組が頻繁にやっている。kohは、お気に入りのアニメ(ポケモンだったかな?)をブラウン管から約1m離れた場所で、立って見ていた。私は、ソファーに座り 広告を見ていた。すると、kohが振り返り、私に言った。パンツにうんこ出た!なぬっ?!うそっ!こんなこと、オムツを卒業してから初めて!本人も驚いた様子だ。そぉ~っとパンツを覗いてみると、ほんとだ!ちょびっとしてるよ!急いでトイレにかけこんだよ。ゆっくりズボンとパンツを脱がせて、トイレに座らせたが、もう続きは出ないらしい。お尻をふいて、シャワーに入れた。「オナラしたかったけど、うんこが出た。」ありそうで、なかなかないよね。そんなことって・・・。*その2*今度は夜。TVっ子の私とkohは、リビングでTV見てた。夫は PCいじってた。すると、目の前を 黒い飛行物体が!!!なぬっ?!ゴッキィじゃん!羽音もたてず 颯爽と半分開いていた窓から飛び込んできたヤツは、壁に止まった。今まで見た中でもベスト3には入るであろう 大きさだった。すぐ、殺虫剤で撃退!先日の出来事で慣れたもんだ。一匹たりとも、家の中では生かしておかないぜ!排水溝だけでなく、窓からも侵入する強敵ゴッキィ。田舎生活は嫌だねぇ~。
2004年12月21日
明日から1ヶ月、Eおばさんは 長女たち一家が住むマトグロッソ・ド・スウ州(パンタナール湿原がある内陸の州、アナコンダおるでぇ~)へ クリスマスとお正月を過ごしに 出かけると言うので、夫が仕事から戻ってから、しばしのお別れの挨拶に行ってきた。Eおばさんは、今の家に移る前に住んでいた家のご近所さんで、小さなkohを自分の孫のように、私たち夫婦を自分の息子・娘のように可愛がってくれている人だ。オレンジ畑をしているAおじさんともども、私たち一家にはとても大事な存在で、実家のように 定期的に顔を出す関係だ。Aおじさんは、畑の仕事があるので Eおばさんは一人で長距離バスに乗っていく。バスで12時間くらいかかるそうだ。今回の長女一家への訪問では、娘や孫に会えるだけでなく、先週生まれた初曾孫に会えるという事で、とても嬉しそうだ。以前、「実は、孫が妊娠してね。」と聞いてはいたのだけど、こんなにすぐ出産になるとは思わず、驚いた。月日の経つのは早いもんだ。その孫というのは、この前大学に合格して2月から学校に通いはじめたばかりだったのに、思わぬ妊娠で 休学せざるをえなくなった。と言うわけで まだ18歳の女の子。若いママだ。今は 彼も一緒にEおばさんの娘一家の家に住んでいるらしいが、籍を入れるかどうかは、まだ未定のよう。そして、おばあちゃんになった Eおばさんの長女。現在37歳。こんなに若くして もうおばあちゃんだ。彼女も17歳で結婚し、19歳で長女を出産したのだ。37歳でおばあちゃんなんて、気の毒というか何ともいえないなぁ。さて、ひぃおばあちゃんになった Eおばさんはと言うと、なんと現在54歳!!!Eおばさんも若干16歳で当時24歳だったAおじさんと結婚。17歳で長女を出産した。54歳なんて、ayaママと同じ年!驚きです。この調子で、曾孫ちゃん(女の子だった)も早い結婚だったら、Eおばさんは ひぃひぃばぁちゃんになれる可能性も大デス。(Aおじさんのお父さんはご健在で、ひぃひぃじいさんになりました。)
2004年12月20日
今朝は昨日の大捕物の後始末。大量に殺虫剤をかけたので、家中を洗い流した。(コレができるのはブラジル住宅の良いところ)その間 kohは邪魔なので 夫とお買い物に行ってもらった。朝食もとらず、朝から大仕事だ。昼過ぎ、夫がチキンの丸焼きを買ってきてくれたので、連日登場のAさん(奥さんと子どもが実家にかえっているので、やもめなの)を呼んで、一緒に食べた。「家族がいないと、何していいのかわかんないねぇ。」とファミリーパパは 寂しげに言っていた。昨夜の惨事のことを考えると、食欲も失せ、あまり食べなかった私を見てAさんは、「俺が見てるからって、セーブしてるな!!」と突っ込んできた。が、無視無視。昼食後、男どもはビールを飲み飲み語っていたが、眠くなってAさんは帰っていった。4時からは ブラジルリーグの優勝を決める試合がTVでやっていたので、夫は半分眠りながら見ていた。私は、あともう一息のお掃除を終了させた。サントス2年連続優勝!おめでとう!花火なりまくりだったよ。夜は、私と夫とkohだけだと余ってしまうような大きさだった先日市場で買った海のお魚(名前がわからない)をオーブンで焼いた。丁度、Aさんも呼べるしね。と思って。8時過ぎにきたAさんは、夫としばらくPCで遊んでいたので、食事は9時過ぎになった。遅い時間なのでまた 食べる量を少な目にしていたらまたAさんからチェックが入った。「どうせ、俺が帰ってから お昼の残りのチキンを食べちゃったんだろ?だから、今 お腹空いてないんだね。」まったく、減らず口である。Aさんが持ってきてくれたアイスクリームを皆で食べて、Aさんは11時ごろ帰っていった。ゴッキィ侵入経路であろうと思われる 配水管を塞ぎ、その周辺に大量に殺虫剤をかけていたので 今日はゴッキィの姿を見る事はなかった。ふぅ~。という事は幸い、家にはゴッキィの棲家はないということかな?
2004年12月19日
右下リンクに名古屋のアカペラサークルa-radioのHP追加しました。*************************************今朝も夫たちは、早朝からお仕事デス。昨夜は忘年会だったというのに、ご苦労様デス。もちろん、私とkohは 10時過ぎまで爆睡モード。ボッケボケで帰りの準備を始めた。お昼過ぎ、夫たちは帰宅。それぞれ荷物をまとめて、車に積んで すぐ出発した。皆とてもお腹が空いていたので、高速道路を走ってすぐのお店でお昼ご飯にした。私はサンドイッチ、男3人は日替わりメニューを頼んだ。私のサンドイッチは比較的早く来たのに、他のが来ない。私が食べおわっても来ない・・・。ご飯でも炊いていたのか、最初に頼んだ飲み物を飲み干してからやっと食事がやってきた。はらぺこ3人組みはむさぼるように食事をし、タバスコをかけまくった夫は、赤い顔して汗をかきかき食べていた。かなり時間のロスをしてしまった。まだまだ帰路は長いぞ!と ちゃっちゃと食べて車に乗り込んだ。今回の帰路は、普段より長い・・・。なぜなら 昨日合流したもう一人の同僚(社長の息子)が 私たちとは別の町に住んでいるため、送り届けるために寄り道をしないといけないのだ。なので、通常4時間強であるドライブが6時間弱かかることになる。しかも、レストランで思わぬロスタイムがあったので、結局家に辿り着いたのは夜の8時半だった。(7時間半かかった)そして、家に到着し 玄関を開けると むわっ と蒸し暑い空気が充満していた。その空気を感じて嫌~な予感がした。とりあえず、換気をしようと キッチンのドアを開けようとキッチンの電気を点けると そいつらはいた!!!ゴッキィじゃん!!私の嫌な予感的中!5匹くらいの黒光りしたヤツらが 突然の点灯にピタっと動きを止めていた。即効で 殺虫剤攻撃!!!全部しとめて 他の部屋も確認しに行った。kohの部屋、PCの部屋、私たちの寝室はOK。一番怪しいと思われた、私たちの寝室に付属している バスルーム。水漏れがするため今は使っていないのだが、そこのドアを開け、電気を点けるとやっぱりいた!!なんとそこには10匹くらいのゴッキィが!死んでるのも5匹くらいいたので、バスルームはまさに地獄絵。こんなに大量のゴッキィを一度に見たことは未だかつてない。かなりの衝撃だった・・・。またまた殺虫剤で全てのヤツらの息の根を止めて、死体処理にかかろうと箒を取りに、 洗濯スペースである裏の小部屋に夫が行くと・・・。うわぁー!!ココにも!!と叫ぶ夫の声!そこにもおびただしい数のゴッキィどもが!!!そこも夫が殺虫剤で退治。私たちが留守の間に、奴等はパーティしていたようだ。普段 奴等の進入防止のために 裏の洗濯スペースの排水管は蓋をしているのだが、その日は閉めるのを忘れていた。その管から続々登場し、ヒドイやつは キッチンのドアの隙間から家の中まで進入したのだ。もう一つの経路である 使用してないバスルームは、ちゃんと排水管は閉めてあったにも関わらず、バスタブにあるジェットの噴出口などから進入した可能性が高い。とにかく、成敗後に集めた奴等の総数はすごかった。私の旺盛な食欲を 一気になくす程のすごいパワーを持っていた。蟻のお見送りとゴッキィの出迎えを受けたこの出張、両方をAさんに見られてしまい、とっても恥ずかしい思いをした。そして、年末また1週間ほど留守をする私たち、ゴッキィ対策はいかがいたそうか、頭を悩ませている・・・。
2004年12月18日
昨日の蟻騒動後の長旅(500km)で疲れた私とkohは、バッチリお昼寝しましたよ。なのに、今朝も10時頃まで寝てた。夫は早くから仕事にでかけているので、私たちは特に用事もなく、すごく暑いので、シャワーに何度も入ったり、TVやvideoを見てまったりしていた。その上 またまたお昼寝。(今日は私、してないよ。)夕方、夫と同僚二人(今日の昼にもう一人来た)が帰ってきて、シャワーを浴びてから 買い物に出かけた。と言うのも、もう無いと思われていた忘年会が 今夜あるということで、その時「amigo segredo(直訳:秘密の友達)」があると言うので、プレゼントを買いにでかけたのだ。「amigo segredo」とは、パーティに出席する仲間の名前を紙に書いて一人一人その紙をひき、紙に書いてあった名前の人にプレゼントを渡すというもの。パーティの当日まで、誰宛てにプレゼントをするのかは、内緒にしておいて、その日 ひとりずつ「私のamigo segredoは、背が高くて 優しくて・・・。」など、その人の特徴や長所などを言ったり(逆に、背が低い人に背が高いと反対のことをいったりすることもある)して、最後に「●●さんです。」と言ってプレゼントを渡す。そして、●●さんは、その場でプレゼントを開け、皆にお披露目して、今度は●●さんが「amigo segredo」が誰か発表する・・・。と言う風に、全員周っていく形式になっている。パーティは工場で働く人たちも一緒にやるので、結構な人数になった。夫はポロシャツを買った。(あまり知らない人だったみたい。)そして、例の如く今回もBBQ。すごい量の肉やサラダが並んでいた。kohは相変わらず すぐに友達を作って遊びまわり、その工場に捨てられた小猫や犬と喜んで遊んでいた。その中で唯一の犬は「perigoso(危ないヤツ)」と言う名前なのだが、いつもしっぽを丸めて耳を後ろへ下げた腰の低いカワイイ奴だった。今回は私の知ってる人が少なかったため、夫は結構私と一緒にいてくてた。パーティは12時過ぎまで続いた。最近、私が太ってきたことを、夫はネタにすることがあり、その同僚のAさんにも よくジョークを言ったりしているのだけど、このAさんがまたクセ者で、ジョーク大好きなので、私は 夫とAさんの二人から 「でぶネタ」で笑いの標的とされる事になった。その1、食べてるときAさん:「ayaは 新しいヤスリだね。」aya:「何で?」Aさん:「よく 削れる = よく 食う(爆)!」その2、皆で輪になって目を瞑り、神様に感謝するときAさんが、夫に言ったAさん:「おい、奥さん見てみろよ。」夫、私を見るAさん:「満腹で、気持ち良くなってもう寝てるよ(爆)!」その他にも細かいのを色々と言ってくる。まぁ、彼の言う事に悪気はないし、私としてもそう言われる事で、あまり食べないように注意できるので、ダイエットの味方を一人みつけたようなものだ。しめしめ。しかし、Aさんも 人のこと言えないんだけどね!!
2004年12月17日
今朝は6時発で、夫の出張にくっついて行くということで、久々の5時起きだった。低血圧の私が、5時に起きるのは至難の業。もし、行くのが私たち家族だけなら、もう30分は眠っていただろうけど、今回は同僚のAさんも一緒に行くと言うので、なかなか頑張って起きた。今日は、昨日納車されたばかりのAさんの新車のカローラで行く。カローラは、ブラジルではちょっとした高級車。皆が憧れる車だ。kohもカローラが大好き。(CMが格好良かったみたい)日本で私の母が乗っているのだけど、乗るときは喜んでいた。さて、約束の6時を過ぎてもなかなかAさんは来ない。彼はブラジル人ながら、結構時間にキッチリした人なので、15分を過ぎたらtelしてみるか?と言っていたら、15分頃「今、起きた~。ごめんよぉ~。」とtelがあった。なにやら、昨夜食べ過ぎて眠れなかったとか。準備万端な私たち夫婦は、仕方がないのでTVを見ていた。「眠いね~。」なんて言いながら。結局、Aさんが来たのは、7時過ぎ。TVもビデオデッキも 行く先の家(会社が借りてる家)にはないので、我が家のを持っていくことにした。で、夫がTVを持ち上げるとぎょえーーーーー!何じゃこれーーーー?!TVの下には 大きなアリたちがいた!そしてたくさんの白い卵たち!なんと、TVの中にアリが巣を作っていたのだ!TVを付けると暖かくなるでしょ。そこに目をつけた(?)みたい。掃除をするときは、TVを全部動かさず、ちょろっとズラして棚をふきふきするくらいだったので、私の手抜き加減を夫に指摘され、その上Aさんにまで、恥ずかしい光景を見られ、とっても肩身が狭かった・・・。(その上、netで公開しちゃうなんて、恥ずかしいヤツです。)しかし、アリもすごいなぁ。日本じゃ、どんなに汚くしても こうはならないでしょう?さっすがブラジルだよなぁ。コワイコワイ。
2004年12月16日
先日の日記に、私たち一家の納豆への熱い想いを綴りましたが、その時batatinhaさんやsuper otafukuさんから 「自家製納豆」を薦められ、その気になった私は早速日曜日の夜から仕込み、納豆作りに挑戦してみた。netで検索した、市販の納豆の納豆菌を媒体にして、煮た大豆を納豆にしてしまう とういう方法でやってみた。そして、20時間の保温の後、今朝、蓋を開けてみた。待ちに待ったその瞬間がやってきたのだ。そぉ~っと覗くと・・・できてるぅ!!!ちゃんと、納豆に変身している!うれしいぃぃ~!糸ひいてるよぉ~!でもね、なんだかね、臭いの・・・。失敗?なんなの?納豆菌以外の菌も繁殖しちゃったって感じ・・・。すごい匂いなの・・・。ということで、この初挑戦の納豆くんは、ゴミ箱行き~。でも、kohのため、夫のため、そして私のため、納豆を大盛りでズルズル納豆ご飯をすする日のために まだまだ私の納豆作りへの挑戦は続くわよ!****************************************そして、午後からは幼稚園見学へ行ったよ。お友達が付いてきてくれた。私は足がないから、近くの幼稚園しか通えない。でも、結構近くにもたくさん幼稚園がある。今日は公立の幼稚園と、私立の幼稚園を見に行った。最初に行った私立の幼稚園では、英語教育もしていて、教科書もみせてもらったけど、大きくて見やすいし、きれいな教科書だった。ただ、ひとつのクラスに10人くらいしかいないような小規模な幼稚園で、園庭も狭く、子どもをのびのび遊ばせてあげるには、ちょっと狭すぎるかな。と思った。それに、私立の幼稚園はお月謝が高い。お月謝以外にも、教材費や福利厚生費も払わないといけないので、年間かなりの出費になる。一応、話だけ聞いて、今度は公立の幼稚園に行った。公立の幼稚園は、一クラス 30人くらいはいるだろう大きな教室だった。そして園庭も広い。kohはそっちのほうが気に入ったようだ。そりゃそうだよね。のびのび遊べるし、お友達も多いし。軽食が出るのだけど、そこで調理をしているおばさんは、とても料理上手で有名らしい。公立の幼稚園なので、お月謝は無料。教材(鉛筆やノートなど)はもちろん買わないといけないし、福利厚生費も払わないといけないけど、そんなに多額ではない。実際、その幼稚園に子どもを通わせた人に話を聞いた事があるのだけど、そこは とても管理もしっかりしていて、満足だったと言っていた。ブラジルの公立の学校というと、私はあまり良いイメージがなかったのだけど、実際に通わせた経験がある人にそう言われて安心した。でも、小学校や中学校などは 私立へ通わせたいなと思う。夫と話をした結果「英語や国語の教育も大切だけど、まだ小さいんだから、思いっきり遊べる方が良いに決まってる。」と意見が一致し、公立の幼稚園の入園を希望している。ただ、まだ入園の募集が出てないので、1月になってから 応募して、もし 希望者が多くて入れないようなら、また私立の幼稚園に入園しないといけないことになるのだけど。これから、kohがどんどん成長していくと それに伴ってどんどん出費もおおくなるんだろうなぁ。木曜日の早朝から夫の出張にくっついて内陸の町まで行くことになりました。週末もそちらで過ごすため、しばらく日記は、更新できませんし、お返事も遅くなるかと思いますが宜しくお願いします。
2004年12月14日
今日は夫の大学の友達との忘年会。やっぱりBBQ。お友達の家でやった。20人くらい集まってのパーティだったけど、初めて見る顔も多く、ちょっと戸惑った。kohは相変わらず大きな子供たちと混じって楽しそうに遊んでいた。昨日までは雨が降ったりして、天気が悪かったのだけど、今日はとても良い天気だったので、子供たちは早速プールに入っていた。その家のプールは大人向けの深いプールだったので、kohは浮き輪を借りて泳いでいた。今までは、浮き輪を使っていても、怖がって私の腕から離れなかったのに、今日は一人でも泳げるようになった。誰ももう、プールで遊んでないのに、kohは一人でも泳げる楽しさからか、ほとんど水から出ることはなかった。私はいつものように、女性たちのおしゃべりに付き合っていたが、初めて会った 一人の若いお母さん(夫の友達の従姉妹)と気があって 二人でたくさん話をした。彼女は ポルトガル語が話せない外国人(中国人、韓国人、アメリカ人など)と一緒に仕事をした経験があり、そういう人に対してどういう話方をしたら良いのかわかっていて、とてもわかりやすい発音で、ゆっくり話をしてくれて、私が理解できなかった単語は、簡単な類似語を何種類か言ってくれて、私がわかりやすいように話をしてくれた。ブラジルを脱出して、オーストラリアで看護婦さんになるのが、彼女の夢だそうだ。kohがプール遊びに飽きてきた頃、珍しく「家に帰りたい」と言い出したので、丁度帰ると言っていた友達に家まで送ってもらった。夫はまだまだ飲み足りなかったみたい。プールで疲れて眠いのかな?と思ってベッドに誘ったけど、kohは意外と元気で 結局ヨダレを垂らして眠っていたのは私だけだった。(30分くらいで起こされたけど)今年の忘年会の予定はコレで全部。来週からは食事制限できるかな?????????????????
2004年12月12日

今日は近くの町の大型デパートparque dom pedroへサンタクロースにプレゼントのお願いしに行った。今年のそのデパートのクリスマスデコレーションのテーマはミッキーマウスで、でっかいでっかいクリスマスツリーには、何体ものミッキーやミニーのぬいぐるみが飾ってあり、ミッキーのお家やミッキーの車などもクリスマス仕様に飾ってあった。2階のあるスペースには子どもと親の行列ができていた。そこにサンタクロースがいるのだ。結構な列だったけど、覚悟を決めて並んだ。大体、大き目のスーパーやデパートにはこうやってサンタクロースが座っていて、子供たちのお願いを聞いてくれる。サンタクロースは付け髭だったり、本物の白い髭のおじいさんだったり、色々なタイプがいるけど、今回のサンタクロースは自前のお髭のなかなか様になったサンタクロースだった。サンタクロースの横には、アシスタントのミニスカートの若い女の子のサンタクロースがいて、(ブラジルではサンタクロースはpapai noel 女性のサンタクロースはmamae noelと呼ばれている)写真を撮るときのお手伝いなんかをしてくれる。kohは、列に並んでいる間に夫とサンタクロースに何をお願いするか、どういう風にお願いするか 一生懸命練習していたが、いざ 自分の番になると、恥ずかしがって 小さな声でしかお話ができなかったようだ。最後にオマケの飴をくれるのだが、そのとき kohが日本語で頭を下げながら「ありがとう」と言ったら、papai noelもmamae noelもとても喜んでいた。kohがpapai noelに頼んだものは、hot wheelsシリーズの 蜘蛛がついてるサーキーット。去年はサメのやつで、大変な目にあったので、今年は早めにプレゼント準備をしないといけないな。と思う。しかし、ブラジルのおもちゃ、高いんだよねぇ~。ここで 日本のおばあちゃんやおばちゃんから「kohちゃんに何か買ってあげてね。」ともらったお小遣いが威力を発揮してくれる。皆様、ありがとう(涙)。
2004年12月11日
今日は朝から、日本語の生徒のWくんと一緒に、サンパウロ市にある国際交流基金の図書館へ行ってきた。(luanaさん、情報ありがと~!)9時半に運転手さんが迎えにきてくれて(Wくんは、町一番のお金持ちのお坊ちゃまなのだ!)kohと4人ででかけた。サンパウロ市までは 1時間半弱で到着するのだが、環状線に入るとすごく混雑する。目的地のパウリスタ大通りまで行くのにサンパウロ市突入後、1時間かかった。身分証明書の提示と顔写真を撮られて ビル内に入る事ができた。領事館などが入っているビルやオフィスビルなどでは、そうやって身分の証明をしてからしか、入所することができないようになっている。側にはごっつい兄ちゃんも立っている。厳重警戒なのだ。エレベーターに乗り、国際交流基金の図書館へ行った。あまり広くはないスペースだったけど、たくさんの日本語教材関連の本や、辞書、カセットテープ、ビデオ、CDなどがあったりして、充実していた。小説も少しあったので、以前luanaさんが読んだと言っていた「最後の家族」を少し読んだ。でも、私の目的は 日本語教材がどれが良いのか見比べることだったし、kohに邪魔をされて じっくり読む事ができなくて残念だった。Wくんも、日本の雑誌など 面白そうに読んでいて「もっと漫画があったらなぁ。」なんて言っていた。貸し出しは、残念ながらサンパウロ市内在住が条件だったので、できなかったけど、こういう場所があるのだな。と良い社会見学になったし、必要なときは館内で読む事は自由なので、また時間が出来たら来てみたいなと思った。遅目の昼食を近くで食べて、リベルダージ(東洋人街)へ円→realへの両替と買い物をしに連れていってもらった。4:45に到着したんだけど、両替所は4:30で閉まっていて両替はできなかった。大き目のスーパー「丸海」で買い物をし、(もちろん納豆買ったよ。)久々に見た「いくら」に興奮し、その値段を見て倒れそうになりながら、財布とにらめっこしつつ 必要なものを買った。Wくんは、日本食が大好きで、色々挑戦したい。と言って お菓子とかラーメンとか買っていた。(彼はおもちをミキサーで制作したことがあるツワモノだ。)市内は、またまた夕方のラッシュにはまりながらも、高速道路では 無口なモーレツ運転手さんが 160km出して頑張って走ってくれて、8時過ぎには帰宅することができた。帰宅してすぐ、夫のサッカー仲間の忘年会(年末パーティ)に出席。またまたBBQだった。いつも、kohと夫だけで行っていたので、私はそのサッカー場に初めて行ったのだけど、個人の持ち物で ナイター設備付きのサッカーグランドと、屋内のパーティ会場、何個もテーブルのあるBBQエリア(屋根付き)とブラックライト付きのバーカウンター、ビリアードやサッカーゲームのできるゲームエリアがあり、プールも建設中だった。そこには住んでいないのだけど、2階建ての立派なお家もあった。お金があると、色々できていいなぁ。と羨ましかった。夜は肌寒く、半屋外のBBQエリアで凍えていた。男の人たちは、ちょびっとだけサッカーをして 9時くらいからBBQが始まった。kohは 子供たちと一緒に遊んでもらい、ご機嫌だった。私は相変わらず、女性たちとおしゃべり。人数が多いと、あんまり真剣に話を聞かないで適当なタイミングで笑っていればいい。これで 話を振られると困っちゃうのだけど、私が困る事も皆承知なので、あまり振られる事もなく、時間がたつのをただ待っていた。こういう時間って、結構疲れるんだよね。いつも、会話のネタを探している状態。しかも、話したいことがあっても、どう説明したらいいかわからない単語があったりして、結局「ま、いいか。」と話ができないまま終わってしまう事もある。ブラジルへ来て、無口な私になっている・・・。まだまだだな。遅い時間にはじまったので、あまりお肉を食べることもなく、12時になった。男の人たちは、まだまだこれからだ。って感じだったけど、結局連れてきた子供たちが、眠ってしまったり、グズりだしたりするので、次々に帰っていった。kohは全然元気で、走り回っていたけど、もう遅いので私たちも帰ることにした。年末年始は、どこの国にいても 太るかな?
2004年12月10日
kohも来年の4月で4歳になる。私たちも、ブラジルへ来て、もう2年半になろうとしているし、少しこちらの生活も安定しつつある。で、夫と「来年あたり、2人目考えようか?」という話をしていた。そんな話をした矢先、通常28日~30日周期できちんと来ている私の「ツキノモノ」が今月まだやってこない。あれれ・・・。もしや・・・?なんて先週夫に話してみた。もう暫く様子をみて、やっぱり来なかったら病院へ行こう。と言う事になった。今週頭から、午前中はなんだかキモチが悪い。あれれ・・・。もしや・・・?これってツワリ?体を動かしていれば気が紛れるのか、そんなに気持ち悪くならない軽いものだった。kohの時も、ほとんどツワリらしいツワリはなく、丸々太ったものだった。こういう現象が起こると、もう妊娠は「疑惑」→「確信」へ変わっていった。毎日帰ってくると新しい名前を考えてくる夫。ブラジル名と日本名を考えないといけないし、男の子か女の子かもわからないので、4種類の名前を考えなければならない。今日までに結構な数の候補が出た。私が「こんなのかわいいなぁ」と思っていたのと同じのを夫も考えていたりして、面白かった。kohの時は、まさにそんな感じで決まったの。さて、出産となると病院選びが重要なポイント。ブラジルでは、個人契約の健康保険に加入していないと、私立病院では自費で支払いということになる。出産費用ともなると、結構な出費になる。私たちは、まだ保険に加入していなかったので、自費での出産ということになる・・・。妊娠が判明してから保険に加入しても、保険は適応されないのだ。ブラジルには、無料で診察してくれる公立の病院があるのだけど、町によって すごく環境が悪い所が多い。私の住んでいる町も例外ではなく、やっぱり悪い。なので、そこは一番に出産病院リストからは除外された。町の新しい私立の病院は、以前夫がそこの保険のセールス事務所を任されていた時に、悪どいことをされて、散々な目にあったので、そこでも絶対生みたくない。となると、もう他の町で生むしかない。自費での出産はイタイ出費だけど、公立の病院ではやっぱり産みたくないし、近くの大きな町の病院でどこか良いところがないか探す事にした。今週は夫がなかなか忙しく、来週病院へ行こうね。ということになり、今日は午前中に夫が、妊娠中でも入れる保険がないか ちょっと調べてくれる。家で待っていると・・・。あれれ・・・。もしや・・・?「ツキノモノ」がやってきた~~!!!!急いで夫に電話したさ。「きたのよ~!」って。3回も言い直してやっと 夫も事情を理解したらしく、「あ、ほんと。」と気のぬけた返事をした。保険もまだないし、どうしようね。って最初は不安だったけど、だんだん頑張って産もう。何とかなるさ。ってキモチになって 夫と名前まで考えていたのに、実は違った・・・。ってなったら ちょっと寂しいようなキモチになった。夫も同じだったようだ。「何だか寂しいね。」って言ってた。2週間遅れでやってきたヤツは、強力な腹痛と腰痛と頭痛をひきつれてやってきた。ソファーで苦痛に耐えていた私に、帰宅した夫が言った「赤ちゃんいないなら、ダイエットに励みなさい♪」そっか・・・。そうかぁ。そうだよね。それ、命令?
2004年12月09日
わたし、納豆好き。普通のでいいの。4パック100円未満とかでスーパーで売ってるやつ。小さい時から納豆好きで、とりあえず 何もなかったら納豆だけでもokよ。という人。小粒やひきわりが特に好きだな。kohがお腹にいるときは、特に食べた。「大豆だし、体にいいハズだ。」という 考えもあったけど、何だか無性に食べたくてね。妊娠初期はすんごい食べてた。そんなだから(?)、kohも納豆好き。小さな時から、嫌がらず食べてた。でも、ここではなかなか手に入らないので、そうしょっちゅうは与えていなかった。今年の里帰りで、kohの納豆好きに拍車がかかった。実家で同居している同じく納豆好きの姪と二人で、いつも納豆グルグルまわしていたkoh。「納豆ご飯大好きっ子」になった。そして、ブラジルに戻ってからもよく「納豆ご飯食べたい。」と言うようになった。しかし、私たちが住んでいるこの田舎町には、悲しいかな、納豆など売っていない・・・。なので「食べたいよ。」「ハイ、とうぞ。」というわけにはいかないのだ。日本ならスーパーに何種類もが山積みになっているのに・・・。私たちが食べたいときは、サンパウロなどの大きな町の日本食材屋さんへ行ったときに買いだめするのみ。買って冷凍しておくの。made in brasil の納豆というのもあるけど、粒が大きくてあの付属のおダシもないので、やっぱり 日本製の納豆を買いたくなる。しかし、ここで問題・・・。高いんだよねぇ~(涙)。あの4パック 100円未満で売ってる普通の納豆は、輸入しているので値段は3倍以上になる。物価が安いブラジルで、ひとつの食材にそんなに払うのは勇気がいる。肉が1kg買えちゃうのだ。安い肉なら2kgくらい買えちゃうのだ。これはかなりの出費。高級品である。私だけでなくkohも夫も大好きな納豆。買うときは覚悟を決めて、食べるときはkoh優先で 大事に大事に食べる納豆。大好き加減も昇り調子です。
2004年12月08日
今日は朝からくもりぞら。たまに、太陽が顔を出すととっても暑いんだけど、風も強く雲も多かったので、涼しい日になった。いつ雨が降り出すかな?と心配していたのだけど、午後になっても降らなかったので、kohと以前のノラ犬に会いに、ちょっと遠くのパン屋さんまで歩いて行こうということになった。そのパン屋さんまでは、歩いて15分くらいかな?太陽が出るととても暑かったけど、まぁ頑張って歩いた。パン屋さんの前に行き、辺りを見回したけど、ワンちゃんはいなかった。kohと「残念だったね。」と歩いて戻ろうとしたんだけど、そこからもう少し行ったところにある友達の家に行きたいと言い出したので、ついでだし、行ってみることにした。パン屋さんから歩く事約10分。インターホンを押すが、誰も出てこない。どうやら誰もいないらしい。「帰ろうか。」とkohに言っても、せっかくここまで来たのに、このままでは帰れないとばかりに「いや!」と言う。仕方が無いので、覚悟を決めて そこからまた更に歩いて15分くらいの所にある 別の友達の家に行くことにした。珍しくkohは「抱っこして」とも言わず、ポケットに4台のミニカーをつめたまま 黙々と歩いてくれた。途中の木陰で休みながら、私の手を汗ばみながら握って一生懸命歩いてくれた。友達の家の近くには、アイスクリーム屋さんがあるので、そこで休憩がてら アイスクリームを食べる事にした。暫く座って、アイスクリームとコーラで 熱くなった体を冷やした。そこからは、もう2分くらいで友達の家だ。また、kohと手をつないで歩いた。「どうか、友達が家にいますように!」と半分祈りながら・・・。さて、友達の家に到着。ガレージには、外側から鍵がかかっている・・・。嫌な予感・・・。ココにも誰もいなかった・・・。暫く家の前で待っていたけど、帰ってくる様子もなく、「中に入りたい!」と言って怒っているkohをなんとかなだめて、帰宅することにした。この友達の家から 我が家までは約25分の道のりだ・・・。頑張って歩いてくれるかな?と心配したが、ヘコたれながらも、何とか頑張って家まで歩いて帰れた。こんなにこの町で歩いたのは初めて。最初から覚悟を決めていたのではなく、成り行きでこんなにも歩く事になってしまい、かなり疲れた。今度からは電話をいれてから 行くようにしようと思う。「ちょっと驚かせてやれ。」なんて気をおこさないように・・・。そして、今回こんなにも頑張ってkohが歩いてくれるとは思ってなくて、なんだか頼もしく感じてうれしかった。
2004年12月07日
kohちゃまは、近頃 乳が好き。中でも、巨乳・爆乳がお好みのようだ。こちらの子ども番組の司会者(夫の子供時代から)xuxaは、シリコンを両乳で、500ml(だったかな?)入れた爆乳の持ち主。とても、40歳とは思えぬ容姿の持ち主だ。彼女の出るCMを見て、「xuxa オッパイ大きいね。どうして大きいの?」と聞くkohに、「シリコンってお薬の袋を入れてあるからだよ。」と教えてあげた。「ふぅ~ん。ママもxuxaみたいにしてもいいよ。」と言う。その他、夜にやっているお笑い系の番組に出てくるmulher silicone(シリコン女・画像悪いです。)も、お気に入り。彼女の攻撃に、乳の間に敵の顔をはさんで、敵の動きを封じるのがあるんだけど、それをやって欲しいと言う。3歳にして、かなりの「おっぱいフェチ」である。夕食時、夫にその話をしたところ、「ayaが入れたいならしてもいいよ。宝くじに当たったらね。」と言った。私は、「ってことは、あなたも大きい方がお好きなわけね?」と聞くと「特にそうでもないけど・・・。まぁ、ayaがソレでいいなら良いけど。」と言いやがった。ソレでって・・・。ソレ=そんな貧乳でってこと?悪ぅござんしたねぇ。
2004年12月06日

今日は夫の会社の忘年会ということで、社長の持ってる農場まで行った。忘年会と言っても、ブラジルでは「年忘れ」という意味はなく、「年末パーティ」と呼ばれている。今回のパーティは、BBQパーティだった。給仕をする人や肉を焼く人、料理を作る人など 依頼しているので、お金はかかっても、パーティを主催した人もパーティを楽しめていいなぁと思った。会社の関係の人が100人くらい集まった。とっても景色も良くて、広々としていて、家もすごく大きくて可愛くて、大きなプールもあって、パーティスペースも広々としていて、大きなBBQ台もあって 何もかも大きくて、本当に素敵な所だった。社長一家は以前、その農場で住んでいたのだけど、強盗に入られて以来、町のマンションに移ったと言う。農場はステキだけど、周りに何もない分、コワイのだ。大きなプールは浅いエリアもあって、kohは着くなり入りたくて仕方がなく、さっさと水着に着替えていた。会社の人たちの家族も来ていたので、たくさん子供たちもいて、皆で一緒に遊んでいた。裏庭には、バナナ・マンゴー・アボガドそれ以外にも、見たことのない果物の木がたくさんあった。中でも、このジャブチカバは、日本では見たことがなかった。というか存在さえ知らなかった果物。こうやって、木の幹にブドウのような果実を付ける。実は、ピンポン玉より少し小さ目。中身は白く、真ん中におおきな種がある。めちゃめちゃ甘くはなく、スッキリとした甘さだった。 スーパーや八百屋さんに売ってあることは見たことない。多分、こうやって農家の裏庭にあって、ちぎりながら食べたりする素朴な果物なんだろうな。パーティでは、覚えられないくらいのたくさんの人たちと自己紹介し合った。相手は「日本人の奥さんがくる。」と興味があったようだけど、言葉が通じるのか 心配だったようで 遠くから眺めていられたり、こわごわ 話し掛けられたりした。日本とブラジルの違いとか、話したりしたんだけど、初対面の人と自己紹介をするときに、ブラジルでは抱き合ってキスしたりするけど、日本人は頭を下げるだけだったり、しても握手くらいなことを話した。それを聞いた人たちは「楽で良いね!一人一人にキスして挨拶するのは、こうやって大人数だととっても疲れるんだよね~!」と言っていた。そりゃ、そうだ。パーティの最後に来たり、最初に帰ったりする人は、ひとりずつキスしていくだけで すんごい時間がかかる。それに、今でこそ慣れたけど、初対面なのに抱き合ったりするのはかなり抵抗があった。さて、パーティはと言うと、肉を焼く人の到着が遅れ、イマイチ肉は食べれなかったけど、男の人たちは酔っ払い、服のままプールに投げ合いなどして、なかなか楽しんでいた。子供たちは一日中プールで遊び、真っ黒になっていて、それぞれ楽しめたようだ。私は、女性たちのおしゃべりに、半分理解できないながらも付き合って、やや疲れた。さて、夕方。なんと今日は夫、月に一度ある土曜日の大学の日だった。一度休んだ事があったので、今日は休む事ができず、ギリギリの時間だったので、濡れたままピーサンはいて 大学へ行った。夫の同僚も同じく・・・。
2004年12月04日
今朝もいつもと同じように、8時ごろ目が覚めた。隣にいた夫は、一人でお利口に準備をして、早朝から仕事へでかけた。これも、いつものこと。そして、隣の部屋で寝ているはずのkohは、これまたいつものように、夜中に爆走してきて、私の横で大の字で眠っている。いつもの朝、いつもの風景・・・。って違うじゃん!起き上がってみると、シーツや枕に結構な量の血!が付いてる!!流血じゃん!kohの顔も血まみれ。驚いたね。もちろんさ。どうやら、寝てる間に鼻血がでたらしい。左の鼻の穴が特に真っ赤だった。どうせ出血も止まっているし、無理に起こしても可哀相なので、自然に起きるまで放っておいた。9時ごろ目が覚めたkohは、カピカピの血のかたまりが付着した顔を鏡で見ながら 驚いていたけど、顔を洗いながら なにやら笑っていた。
2004年12月02日
以前の日記にも、書いたが 私は訪問販売が大の苦手。しかも、ブラジルはとても多い。訪問販売以外に、食べ物を分けてくれ。だの、小銭ちょうだい。だの、体が不自由な人の写真を見せられ、この人を助けるために、募金してくれだの、各種の「物乞い」のような人たちがくる。今日やってきたのは、ハチミツの訪問販売。裏で洗濯を干していたらkohが呼びに来た。玄関の門のほうへ行くと、既に門は開いていて(kohが開けた)若い男の子が一人たっていた。自分は、今大学に通っている。学費の援助を受けるために、このハチミツの販売をしている。北の遠い町から一人でやってきていて、家族の援助もうけられない。自分を助けると思って これを10realで買ってくれ。と、まぁこういう事を言ってきた。私はこの製品を既に試したことがあり、薬草が色々入っているのでとてもクセがあって 家族の誰も食べないことを告げ、断った。すると、彼は聖書の中の助け合いの話をはじめた。その後も、少しずつの助けが大きな助けになるような 話もはじまり、かなりしつこい!でも、コレを私が買ったとしても誰も食べないので、私的には10real(約400円)を捨てる事になり、もしこんなのを買ったと夫にわかったら、きっと文句を言われるに違いないと思ったので、いつもなら 根負けして買ってしまうところを、今回はいつもより頑張って拒否し続けた。最後、彼は呆れ顔なのか複雑な顔をして「糖尿病で自分はハチミツが食べれない人でも、僕を助けるために。と買ってくれるのに。」とボソっと嫌みを呟き去っていった。なかなかしぶとく、結構大変だったが、負けずに済んで良かった。でも、「このケチ女め!」と言わんばかりの彼の最後の顔は、私をその日一日嫌な気分にさせる効果は最大だった。お前だけが困っているんじゃねぇんだよ!!
2004年12月01日
全18件 (18件中 1-18件目)
1