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海の見える場所に行きたかった。だから、ここからの景色があまりにも私の思ったとおりで。ホテルのテラスから、全部の青を身体に受け止めるように、手を広げて伸びをした。予定より2ヶ月遅れで。私と杉村は式を挙げた。杉村、いや夫は『発病』してからも、何も変わらなかった。正直、今でも私は戸惑いを感じている。運命、って言葉があるなら、多分、私は運命が好きじゃない。ただただ、普通でよかった私を許してくれないのだから。それでも、幸せを感じないことは無い。小さな、ささやかな挙式を、あまり多過ぎない人たちが祝ってくれて。それから、こうして夫と二人で青の美しい国にいる。しばしの滞在の間、私は湧き上がってくる全ての悪い思いを、思い出さずに忘れていようと思った。夫の『病』のことも、それから私の母の『病』。これからの私の、私たちの運命。やもすると、一瞬でこの目の前の青さえ真っ黒に染めてしまいそうな思い。「気持ちいいよなぁ」後ろから夫がやって来て、私の横に来る。寄り添って。しばらく眺める。この、青を。ちょっと、贅沢をした。「一生に一度だから」って夫が言い、見たことも無いディナーを食べた。お酒も進んで、私は普段飲まない癖にたくさんのワインを飲んだ。夫も。『病』だからって言っても、皮肉なことに、どれだけ飲んでも身体を壊すことは無い、って医者が苦笑いをしながら言ってた。私と夫は随分とその夜は酔った。シャワーだけ浴びて、ベッドに潜り込み。深く、口付けをして指が身体を辿ってくるのを感じた。酔ってるせいにしたくも無いけれど。まるで身体が溶けてしまうような感覚がして、今までに感じたことも無いくらいに強く甘く、その行為を感じた。「なぁ」夢も現実も区別がつかない私の耳に、夫の声が聞こえる。「ホントに、俺、幸せだと思うよ」何も言わずに私は夫の身体に手を回す。ベッドが、夫の感触が心地良すぎて、今にも沈んでしまいそう。「望みが叶ったんだからなぁ」独り言みたいに夫が言う。私は、望みすらしなかった大きな幸せを手に入れられたよ。そう思う。「永遠にさ、愛する人と生きていけるんだ」永遠?私はそこで、小さな違和感を感じる。そういえば。プロポーズの時も、彼は言った。『永遠』って言葉。ねぇ、それってどういう…?言葉にしようとしても言葉にならず。私は眠りの中に落ちていった。目を醒ましてからも、私の中から昨日の夜の違和感が消えない。けれど、どう聞いていいものか。夫は変わらず笑っていて、残りの滞在を目一杯楽しもうとしている。私も、行く前から思ってたみたいに、悪いことはこの滞在の間だけは考えないでおきたかった。けれど、どうしたって頭から離れない。離れてくれない。『永遠』って。それが『望み』って。あなたは、知ってたの?『病』になることを。そして、それを『望んだ』?結局、帰りの飛行機の中まで、その思いは消えなかった。隣で寝入ってる彼を見ながら、私は全身の疲れを感じながらも眠ることが出来ないままでいた。どうしても、確かめなくてはいけない。成田に着くときになって、私の中で、そう、心が決まった。こうして私たちのハネムーンは終わった。そして、全てを知るまで。それから、時間はそんなにかからなかった。
2005.11.24
そうやって私は。いつだって全てうまくいくなんて思ってなんかいない。けれども、幸せの絶頂にいた私が、どうしてそんなことを考えられる?いつだって、何かが起こるときは突然で、そしてそれは、私がどうしようもない程の力で。全てを押し流して、奪っていってしまう。準備は、想像以上に順調に進んだ。杉村も私も、派手なものは望まない。そういうところが、お互い似通っていて、それを心地よく感じた。小さな教会でごく身内だけを集めて挙式をして。ささやかにパーティーを開く。それだけでも十分過ぎるくらいだった。それだけでも今まで大きな行事を体験したことの無い私にとっては、忙しすぎるくらいに感じられた。何かにそうして打ち込むことも、悪くは無いなって思って、けれどもそれは、幸せだからこそ感じられることなんだって思うと、自然に笑みがこぼれてくる。職場のみんなも、ビックリするくらい祝福してくれた。夢のように毎日が過ぎていって、夢のように私は幸せで。そして、結婚式まであと2週間の木曜日。杉村が、倒れた。電話で話を聞いた瞬間から、病院まで。どれだけ思い出そうとしても思い出せない。ただ、母が入院していたあの大きな大学病院に着いた時には、私の方まで倒れそうなくらい、走って、心臓が壊れそうで。そして、集中治療室の面会謝絶のプレートが目に入った瞬間に、崩れるように泣いた。「ご家族の、方でしょうか」座り込んだ私の後ろから、男性の声が聞こえた。あの、老医師。「あっ・・・」小さく、彼から声が漏れる。「婚約者、です。彼、の」喉から声を絞り出し、私はそれ以上何も言えなかった。夜が明けた頃になって、私はようやく落ち着いて話が聞けるようになっていた。彼の両親への連絡は、会社の同僚が済ませてくれて、今日の昼前までには病院に到着すると聞いた。母も、間も無くやって来る。治療室から少し離れた長椅子に座って、壁をぼんやりと眺めていた。どうして。自然に口をついてくる。彼は、丈夫過ぎるくらい健康で、病気なんか聞いたことも無い。過労?そんな。彼の仕事の様子は、私はちゃんと見ている。忙しくないことは無いけれど、決して働き過ぎなんてことは無い。じゃあ、どうして。「目を、醒まされました」その時、集中治療室から看護師の声が聞こえて、私は集中治療室に駆け込んだ。「ああ」彼は、私を見て微笑んで、それからすまなさそうな顔をした。「何も、こんなときになぁ」それでも笑顔を浮かべる彼の様子に、大事には至ってないことを悟り、体中から力が抜けた。私の頭に、彼の手が触れる。髪を撫でて、彼は言った。「うん、俺は、もう平気だから。二度と心配は掛けない」自分が倒れたと言うのに。私の方を気遣って。本当に、どこまでいい人なんだろう。この人は。私の顔にも、ようやく笑みが戻って、少し涙が出そうになったのは、何とか止めることが出来た。この後、検査を行って、その結果次第ではすぐにでも退院できそうな彼の様子が嬉しくて、安心できて。一時はどうなるかと思ったけれども。こうして目の前に私の髪を撫でている人が笑顔でいることを感謝した。そして、その日の夕方。彼の検査の結果を聞かされるまで、私はそんな気持ちで一杯で。彼と、彼の両親。そして、私と母。その前で、あの、医師が口を開くまでは。彼の病名は、死に至らない病。
2005.11.16
「乾杯」私たちはグラスを傾ける。杉村は自分が持ってきたワインではなくて、グラスに水を注いだ。車でやってきた杉村に、最初の一杯くらいはと勧めても首を横に振るだけで、その生真面目すぎる性格と頑固さは、想像以上に母の気に入るところになった。しきりに「今夜はうちに泊まればいい」と繰り返し、その度に私と杉村は目を合わせて苦笑いをした。普段、お酒を飲まない母は、早くに床につくと言い出す。「一応、病気なんだから」私は母を寝室に連れて行くと、杉村の座るテーブルに戻った。彼は穏やかに笑っている。私は、そこで。初めて安堵のため息をついた。最初から、ずっと緊張のしっぱなし。杉村がそんな私を見て微笑む。「ありがと、楽しかった」「私の誕生日だよ、もう」そしてふたりで笑い合う。向かい合わせで。ああ、そう。本当に。こういう形でいい。私は多くの幸せを求めたりしない。びっくりするようなイベントも必要ない。こういう、穏やかな、本当になんでもないことで感じられる、そういう幸せ。それでじゅうぶんだ。「まだ、眠くない?」杉村が聞く。「眠くない」と言いつつ、私は首を横に振る。「ちょっと、夜風に当たりに行かない?」「うん、行く」5月とは言え、夜は冷える。私は薄手のカーディガンを羽織り、彼の車に乗り込んだ。私の住む家から車で20分くらい。そこにはちょっとした高台があって、そこの公園からは街がよく見える。そこに行こう、と私は言った。彼には言わなかったけれど、ずっと前から私は、恋人と二人でそこから街を眺めたいと思っていて、いままでそれが叶うことが無かった。車から降りて公園の遊歩道を歩く。ワインで少し火照った頬に夜風が当たり、私は酔いが醒めていくのを感じながらも気持ちが高揚していた。ベンチが二つ並んだ先を抜けると、そこから。街が、見える。杉村と私は、並んで街を見た。夜の街を。決して素晴らしい夜景では無いけれど、ぽつぽつと並ぶひかりがとても綺麗で、私はちょっとした自分の夢が叶ったことに、少し感激を覚えた。「いいね、ここ」杉村も満足そうに街を眺める。私はそれが妙に嬉しかったことを、今でも強く記憶している。それだけ、私はその瞬間を幸せに思った。ちょっとした幸せ。それでも私にとって大切な幸せ。しばらく、何も言わずふたりで街を眺めていて、そして。彼が口を開いた。「ん、そう。誕生日プレゼント」振り向いた私に、小箱を差し出した。そう。私は、その形に見覚えがある。そして、その中身も、一瞬で分かる。ぱかり、と開いたその中に、指輪がひとつ。「えっと、なんだかこういうのってクサくて照れるんだけど」きまりが悪そうに笑ったあとに杉村が続ける。「永遠に、俺と、一緒に居てください」私は、何でもない小さい幸せで、それでじゅうぶん。そんな私が、その瞬間に抱いた幸せの大きさが分かる?息が止まるかと思った。心臓が壊れるかと思った。だから私みたいな女には、小さい幸せでじゅうぶんなのに。だけど、その時ばかりは。この幸せな瞬間を、この幸せな自分を、最高に感謝した。そのあとのことをほとんど憶えてないくらいに。泣いていた。次から次へと溢れる幸せの涙。ああ、それから困ったように笑いながら、私の頭を撫でる彼。そして、声が出ないから、何度も頷く私。それくらいしか思い出せない。胸がいっぱいで。頭もいっぱいで。だから、きっと。そのときに気付けなかった。気付くことなんかできなかった。このとき、気付いていれば、引き返せたなんて、今更どれだけ思っても仕方の無いことなのだろうけれど。
2005.11.12

池袋は雨。通りなれた道を、風景の中を、僕は歩く。そこに感じる違和感。雨が肩を濡らして周りの景色が人がいつもより早く動く。僕は歩く。ひどくゆっくりと。目の前にある「現実」を僕の中に入れていこうとする。うまくいかない。それだけ、僕の中に溢れそうなほどに、満たされていた。記憶。それは。記憶とだけに片付けてしまって。それだけで良いのだろうか。僕は歩く。池袋は、雨。顔を、肩を、現実を、濡らす雨。*****運命だとか、奇跡だという言葉を、簡単には使いたくない。それはその辺に転がっているものでは無いのだし、簡単に手に入れて良い物でもない。けれど、僕はそれを「運命」と、そして「奇跡」と名付けた。或いは「必然」だったのかも知れない。それでも。僕はこれが簡単なことだとはどうしても思えなかった。名前を。僕らは自分の名前をお互いに伝えた。それは単なる記号でしかない。ただ、その記号を通じてしか知り得なかった人が目の前にいて、僕はその記号と、そしてその人自身を繋げることは重要なことだと思った。僕は自分の名前をスケッチブックに書いた。そして、その「記号」と僕を、強く結びつけてもらおうと思った。こんな時にも僕は僕自身を偽ろうとするのか。照れ隠しにその名前を掲げたあとに、自分を恥じた。そうだ。僕は僕自身を見てもらうためにここにいる。だから、僕は僕の名前を。単なる記号だとしても、僕自身の名前を。ごめん、と言い、再びスケッチブックに僕は名前を書いた。もう、誰も見てなかった。このままではいけない。僕自身を知ってもらうことなんか出来やしない。慌てた。もう一度、チャンスを。僕は周りを見渡した。みんなの目は、暖かかった。これ以上の失敗は許されない。ゆっくりと、時間を掛けてスケッチブックに書いた。汚名返上のチャンス。僕はスケッチブックを掲げた。これで僕のことをよく知ってもらえたんだと思う。その証拠に、この後誰も僕の目を見なかったんだ。*****みんなが何かひとつのことに熱中できる状況というのは、確実にその距離を縮める。ボーリング。単純なゲームだけど、僕らはそれに熱中した。「ミスったらカンチョーやから」そう言って彼は笑った。僕の緊張をほぐしてくれようとしている。心が暖かくなって、体の力も抜けた。僕の手から離れたボールはまっすぐにピンに・・・向かわず溝に吸い込まれていった。僕は笑った。彼も笑った。彼女は手を叩いて笑った。こうして僕はお尻の処女を失った。*****歌が無ければ、世界はもっと殺伐としていた。そう、誰かが言ってた気がするし、言ってない気もする。でも、僕はそう思うんだ。歌うこと。それは、きっと素晴らしいこと。僕らは歌った。これ以上無いってくらい大きな声で。僕らは笑った。これ以上無いってくらい満面の笑みで。僕らは踊った。いや、踊ったのは彼女ひとりだ。僕は踊ってない。手を叩いた。僕はタンバリンを狂ったように叩いた。手が痛かった。あと、乗りすぎて周囲の目線も痛かった。空気を変えようと僕は焦り、お得意の物まねを披露した。河村隆一の「Love is…」歌い終わったとき、周りは静まりかえっていた。やった、僕は遂にやった。何だかんだあったけどこうして汚名も返上することが出来たし、何より終わりよければ全てよしという格言通り…「きもい」うん、デスヨネー。*****楽しい時間はあっという間に過ぎると言う。けれど、僕はこのあの時間が永遠のようにも思えたし、やっぱり一瞬のことのようにも思える不思議な感覚から抜け出せないでいる。日常に帰る瞬間。旅行でもお祭りでも何でもいい。人生の中では幾つも「現実」から少し離れることがある。しかし、それが終わる度引き戻される感覚。日常に帰る瞬間。僕はまだ帰れないままでいるのかも知れない。出来れば、あのまま。あの空間が現実となって欲しいとさえ思える。けれど、いま僕がいる「現実」なくしては、あの時の「記憶」は存在し得ない。「夢」が存在するためには「現実」が、そして、「楽しい」が存在するには「ツライ」ことも必要。世の中は全てバランスで保っていて、けれどちょっとした弾みに、それが揺らいだときに見える「奇跡」と「運命」。僕らは確かにそこにいた。たぶん。それを大げさだと笑ってくれても構わない。僕は夢を見ていたのかも知れないし、現実よりも強い「現実」を見たのかも知れない。いずれにせよそれは忘れられない「記憶」として、僕の中に残っていくのだろう。それは、いくつかの感情とともに。ひとつは、楽しかった。本当に楽しかった。そして、もうひとつは参加して頂いた皆さんに。ありがとう、の感謝の気持ちを。2005年11月 溺れるノウ主催者 7O2最後にひとこと。俺は空回ってねぇ!!空回ってるフリをしてただけだ!!
2005.11.08
運命、って言葉。私は信じるも信じないも無かった。映画だとかドラマ、小説の中では当たり前のように『運命』って使われてて、でも私にとってはそれは単なる記号のようなもので。意味を考えたり、ましてや信じるも信じないも無かった。けれど。家で、母と二人の生活をまた送れる日が来るなんて。私は永遠に失ってしまったと思っていた「普通」の生活を再び手に入れられるなんて、それを思っただけでも嬉しくて仕方なかった。母が退院したその次の日、目を覚まして台所に降りた私の目に、朝食を作る母の姿が映る。あまりにも自然すぎたその光景に、一瞬何の疑問も抱かなかったのだけれども、はっとして私は言う。「お母さん、無理しないで、寝てないと」母はこっちをむいてきょとんとした顔で言う。「無理って。何も悪い所もないのに」ああ、そうだ。「病」は母の身体を蝕むどころか、むしろ母を死の淵から救ってくれたような物だ。何かしら変な感覚は残るものの、以前と変わらず、いや、以前より元気そうに見える母を床に縛り付けておくのもおかしな気がして、私は頷くしかなかった。テーブルにつき、出されたお味噌汁に口を付ける。久し振りの、味。その瞬間、母が帰ってきたこと、そして、今までのもの全てが溢れてきて、目から涙が溢れだしてきた。「おいしい…」それだけ言って、泣いた。母は何も言わなかった。てっきり「また、泣いて」とやれやれといった表情で、そう口にすると思っていたのに。ぼやける視界の向こうで見えた母は、少し泣きそうな顔をしているように見えたけれど、実際はどうだったのか、今になっては分からない。「いってらっしゃい!」母の元気な声が背後で聞こえ、私は家を出る。退院してから、3ヶ月。街は春の匂いが立ちこめ、新しい季節を迎えた人たちの顔は、目に見えて明るく感じられる。私は2ヶ月前から職場に復帰した。元々、蓄えなんかほとんど無かった。母が病院から出たのだから、当然働かなくては暮らしてはいけない。ブランクを考えると、最初は憂鬱だった仕事も、いまでは順調すぎるくらい順調にいった。何より。杉村という恋人も出来た。杉村は会社の同僚で私より2つ歳下の男だけれども、顔立ちは30前という歳のそれに比べて少し上に見えたし、言動や立ち居振る舞い、そして営業成績は同期から群を抜いて優秀だった。彼に憧れている女性社員はまぁまぁ居たし、私も意識しないでも無かったけれども。恋人になったきっかけは、ブランク空けと母の「病」に対する社内の視線、それに参りかけていた私を、杉村がことあるごとにフォローしてくれたことからだった。私みたいに何も魅力のない女に、どうしてこんなにしてくれるのか、分からないまま、私は杉村に強く惹かれるようになっていった。そして、ひと月と少し前。ようやく仕事が順調になり始めた私は、お礼にと杉村を食事に誘った。私は杉村に好意を寄せていたけれど、もちろん、彼が私なんかに興味は無いと思っていた。だから、純粋に彼に対してお礼をしたかっただけで。その席で杉村から私に対する思いを告げられたときは、私は目を白黒させて、「どうして私なんか・・・」と言うのが精一杯だった。杉村は笑っていただけで、私はそのとき、世界で一番幸せな女だと思ったくらいだった。母はしきりに彼を連れてこいと私に言う。5月の私の誕生日には、お祝いをするから連れてこい、と。誕生日くらいは2人で過ごさせてよ、と私は言って、それでも母の勢いに押されるまま、会社の昼休みに、パスタを食べながら杉村に話した。「迷惑な話だよね、ごめん。断ってくれて良いから」そういう私に、「いや、いいよ。お招きに預からせてもらうよ」杉村は笑って言った。彼が笑うと目の周りがくしゃくしゃになる。「お母さんに、是非お会いしたいしね」そういった後に、「ああ、例の病気で有名の、って意味じゃなくて。君のお母さんだからだよ」そう慌てて付け加えた。それを見ていて、最初は何だか気が乗らなかった私の誕生日が、とても素敵なものになるような気がしていた。それは、別に大げさでも何でもなくて、とても幸せなことだったと思う。いま、思い返してもその記憶を他の言葉で置き換えることが出来ない。私は、幸せだった。『運命』は既に動き始めていたと言うのに。その『運命』は、もう、どうしようもないくらいに動いてしまっていたというのに。
2005.11.02
さて。淫林・尾生・女医問い、いやいや、なんて変換をするんだこのPCは。インリン・オブ・ジョイトイがブログをやっていることを発見してから、ああ、ついに。と思うわけで。変な物言いかもしれないけれど。彼女が文章を書く、ということが俄に想像が出来ないのである。家で暇があれば、M字開脚をしていると思っていたのである。つまり、会ったこともない彼女に対して、漠然と自分の中でキャラクターを作ってしまう、すなわち、「先入観」を持っているわけで。ブログ人口は増加の一途を辿る中、芸能人ブログも眞鍋かをりを始め、増える一方である。ブログをやっていないと時代遅れであるかのような様相さえ伺える。その背景をもってしてでも、「インリンはブログをやってない」とそう思ってしまう。こうして、その事実が明らかになったところで、セクシーな下着姿でM字開脚でPCの前に座り、パチパチとキーボードを叩いてる姿しか想像できないのは、僕の脳が膿み始めているせいでは無い。彼女が今までに作り出した「偶像」による物である。「偶像」。すなわち英語に直すと「idol」、アイドルである。アイドルはそれぞれの持つ明確なキャラクターにより存在し、そのキャラクター性が薄ければその姿を画面の中に認めることはあっという間に無くなるのであろう。インリンが僕に見せてきた「偶像」というものは、決してパジャマ姿ですっぴんでメガネをかけてPCをパチパチやるものではない。その内容たるや、まさに「普通」の日常が描かれているのだが、違う、「○○を食べました~」なんて聞きたくないんだ。『今日のセクシー体験』を聞きたいんだ。僕は。こういった意識、または「先入観」を持たせることで、ある意味ではインリンは芸能人として「成功」を納めている。しかし、彼女がすべき「ブログに対する姿勢」は失敗なのである。日常とのギャップを計る、それもいい。しかし、それは諸刃の剣でもあり。それを自覚した上でこういうブログを書いて欲しいものである。それは、別に僕は全くインリンのファンでもなんでも無いのだが、それでもそう思ったわけで。そして、それらは全てのアイドルに通じる物では無いかと思っている。彼女たちが売っている物は「偶像」である。その「偶像」をみだりに歪ませては、自分の商品性を失う行為に他ならないのである。それはそれとしてブログの最後に本文と関係なくM字開脚の写真が載っているのには、あっぱれとしか言えない。→■
2005.11.01
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