二宮宏之・樺山紘一・福井憲彦編『叢書・歴史を拓く―『アナール』論文選1 魔女とシャリヴァリ(新版)』
~藤原書店、 2010 年~
1982 年から新評論より刊行されていたシリーズが、藤原書店より新版として刊行されたものです。本書はシリーズ第1巻になります。
本書の構成は次のとおりです。
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新版刊行に寄せて(福井憲彦)
I. 17 世紀における魔術使いの終焉(ピエール・ショニュ、長谷川輝夫訳)
II . 16 世紀における魔術、民衆文化、キリスト教(ロベール・ミュシャンブレ、相良匡俊訳)
III .「ラフ・ミュージック」(エドワード・P・トムスン、福井憲彦訳)
IV .中世末期のシャリヴァリ(クロード・ゴヴァール/アルタン・ゴカルプ、大嶋誠訳)
V.ブルジョワの言説と民衆の慣習(ロランド・ボナン=ムルディク、ドナルド・ムルディク、志垣嘉夫訳)
コメント―日本史学から(宮田登)
解説(樺山紘一)
地図
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第一論文は、ロベール・マンドルー『 17
世紀フランスにおける司法官と魔術使い』を出発点に、同書の重要性を認めつつ、一方で司法官に重点を置きすぎている点を批判し、魔術使い自体の状況や社会の状況に眼を向けようとする試みです。重要なのは、魔術がキリスト教の周縁部に発生する、という指摘です。
第二論文は、魔術(呪術)は民衆文化であったという議論を展開します。特に、「 16 世紀における個人の解放によって、新たに安全の保障という要請が生まれ、これによって慣習の衰退と法律の発達がもたらされた……。教養ある人士……農村社会の基本的な連帯関係との接触をあらかた失った人々は、偏執狂的な悪魔マニアとなることで、心理的抑圧から解放され、おそれを除去した……」 (63 頁 ) といった指摘は興味深く、また結論的に図式的要約を示してくれている (64-65 頁 ) のもありがたいです。
以上が本書のタイトルの「魔女」に焦点を当てた論文で、第三論文以降は「シャリヴァリ」に焦点を当てます。シャリヴァリについて簡単にメモしておきます。第四論文の明快な定義によれば、「シャリヴァリとは、ある特別な状況に際して、何某の住居の前で奏される騒音」 (141
頁 )
です。騒音を奏する主体は主に若者たちですが、それだけとも限りません。状況としては、主に、再婚(特に寡夫 (
寡婦 )
と未婚の女性 (
男性 )
との)の場合になされる場合が多く、それは共同体内の若者たちの結婚相手が減少するため、という説明がなされます。また、若者の通過儀礼的な側面も指摘されます。
第三論文は、 19
世紀のイギリスのシャリヴァリ「ラフ・ミュージック」について詳述します。ここでは私的なそれと公的なそれが大別されること、また内容もいくつかに区分されるという指摘を興味深く読みました。
第四論文は本書の中で最も興味深く読みました。とりわけ、シャリヴァリと正反対の性格をもつルーマニアのヌデメスという慣習と対比することで、シャリヴァリの性格を浮かび上がらせる一覧表 (146
頁 )
のすごさに感動しました。もちろん単純な図式化は、詳細な個別研究により批判をされる場合もあると思いますが、シャリヴァリを理解する上での一つの見取り図として、これほど分かりやすい図式を提示したのはすごいと思います。
第五論文は、 19 世紀フランスの訴訟関係の史料を主に用いて、当時のシャリヴァリについて詳述します。
宮田登先生による本書所収論文の簡潔な整理と日本の状況との比較、樺山紘一先生による、本書の論文だけでは見えてこない概観も含めた解説のいずれも、興味深く読みました。
学生時代から気になっていましたが、目を通したのは今回が初めてです。直接自分の研究に関係する時代ではありませんが、方法論の観点からも、シャリヴァリについての基本的な知識が得られたという点からも、とても貴重な読書体験でした。
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