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関田涙『名探偵宵宮月乃 トモダチゲーム』~講談社青い鳥文庫、2010年~ マジカルストーンを探せ!シリーズの主人公、小学5年生の朝丘日向さんと宵宮月乃さんが活躍する名探偵宵宮月乃シリーズ第3弾です。 公園で、中学生にいじめられていた少年―純平くんを助けた日向さんと月乃さんは、純平くんからサーカスのチケットをもらい、一緒に行くことになります。 ところが、ピエロの出し物の中で、純平くんがいなくなってしまい、さらには月乃さんたちに挑戦状が送られてきます。 公園で出会った中学生が言っていた「マッドジェスター」という組織の人々と、次々にゲーム対決をしていくことになります。しかし今回は、月乃さんだけに頼れず、日向さんたちも自分で考えながら挑戦することが求められるゲームでした。 Game1は、3対3に分かれて、お互いに質問をしながら、それぞれのチームの泥棒とガードマン役を言い当てるゲーム。 Game2は、コテージで毒殺された学生に、だれが、いつ、どこで犯行に及んだか、また被害者はなぜ不可解な場所で倒れていたかを当てる推理ゲーム。 Game3は、5対5で行うカードゲーム。 Game4は、2対2で質問をしあい、お互いのチームが設定した「死の言葉」を言わせたほうが勝ちというゲーム。 そしてGame5は、3つのカップのうち、どれにサイコロが入れられたかを当てるゲーム。 マジカルストーンを探せ!シリーズで出会った仲間たちと協力しながら、月乃さんと日向さんはこれらのゲームに立ち向かいます。 果たして2人は、無事に純平くんを助けることができるのでしょうか…。 これは面白かったです。まず、Game1での月乃さんの驚きの質問や、フォローのかっこよさにやられました。素敵です。 Game2でも、モリケンくんが活躍しますし、あるゲームでの内藤亜子さんの登場も嬉しいです。 全体を通して、とても楽しく読めました。 現時点では、マジカルストーンを探せ!シリーズ全7巻と、名探偵宵宮月乃シリーズ全3巻で、月乃さんが活躍する物語は完結していますが、どれも楽しく読みました。 シリーズ全体を通して、良い読書体験でした。(2023.09.03読了)・さ行の作家一覧へ
2024.01.23
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関田涙『名探偵宵宮月乃5つの謎』~講談社青い鳥文庫、2009年~ マジカルストーンを探せ!シリーズの主人公、小学5年生の朝丘日向さんと宵宮月乃さんが活躍する短編集第2弾です。 今回は、日向さんのいとこ―健ちゃんの大学の先輩でくせのある村崎先輩が登場。月乃さんが前回のミステリを解いたのがまぐれだと言い張り、新たな倒叙ミステリを執筆して挑戦を挑んできます。一方、月乃さんが今までに解決した謎に、自分も挑戦すると言い出して…。―――「Case6 おとめ座のイタズラ」お母さんの美容院で働くすみれさんが、絵のモデルになることとなります。カンナさんたちとそのアトリエを訪ねると、アトリエのまわりには黄道十二宮をモチーフにした彫刻が並んでいました。アトリエは回転し、彫刻を順番に見ることができるというのですが、最初にみたおとめ座の像を再びみたとき、彫像にイタズラがされていて…。「Case7 3枚の写真」月乃さんが入院していたときの友達、火渡ほの香さんが横浜に遊びに来ました。月乃さん、日向さんと3人で買い物を楽しんでいた中、ほの香さんが行方不明になります。そして月乃さんには、ほの香さんをあずかったというメール、そしてヒントとなる3枚の写真が送られます。果たしてほの香さんはどこにいるのでしょうか。「Case8 名探偵VS天才少年?」体育祭の準備を一緒にする約束をしていたのに、男子の片本くんとモリケンくんは約束の時間に現れません。片本くんはつかまりましたが、モリケンくんは「忘れているわけではない」と言いながら、一人であちこち動き回っています。果たしてモリケンくんは何をしようとしているのでしょうか。「Case9 クリスマスの魔法」5年生になってから付き合いが悪くなったといわれる宮下くんは、しかし何かを気付いてほしいのではないかと月乃さんは言います。病院にいたのを見たという情報を手掛かりに、日向さん、片本くんが宮下くんを尾行してたどり着いたその先は…。「Case10 勇者のホコリ」レアカードを入手するため、さぎまがいのことをした中学生を懲らしめるため、月乃さんが考えた「絶対に勝てるゲーム」とは。――― 「Case7」は、『炎の龍と最後の秘密』の前日譚。刊行順では、『火の龍…』より先に本書が出ていますが、私はマジカルストーンシリーズ本編を読み終えてから本書を読みました。もちろん、それでも楽しい1編です。 本書の中で一番好きなのは「クリスマスの魔法」。タイトルから感動するのは分かりますが、素敵な物語でした。クラスメイトの面々の活躍や、白魔導士ルナの「魔法」も素敵です。 クラスメイトの中でも、特にお調子者のモリケンくんにフィーチャーする「case8」も嬉しいです。おばかキャラのイメージですが、ある意味すごく賢いのでは…。 また、『名探偵宵宮月乃5つの事件』末尾で関田さんが出すなぞなぞが本作で再登場するのも嬉しかったです。月乃さんに感謝です。 楽しい作品集でした。(2023.09.01読了)・さ行の作家一覧へ
2024.01.21
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関田涙『名探偵宵宮月乃5つの事件』~講談社青い鳥文庫、2008年~ マジカルストーンを探せ!シリーズの主人公、小学5年生の朝丘日向さんと宵宮月乃さんが活躍する短編集です。 日向さんのいとこは、大学生で、推理小説研究会に入っていますが、先輩の出したミステリの真相が分かりません。日向さんが月乃さんを紹介しますが、その探偵としてのすごさを信じてくれません。そこで日向さんは、月乃さんのすごさを示す5つのエピソードを語ります。―――「Case1 2時56分の暗号」『マジカルストーンを探せ!月の降る島』で出会った榊さんのジュエリーショップにやってきた怪しげな男は、指輪を買った後、謎のメモを残していた。また、男が2時56分に「ジャストだ」と言った意味とは…。「Case2 密室から消えた少女」片本くん、そして『怪盗ヴォックスの挑戦状』で出会った片本くんのいとこといっしょに、4人で遊園地に行った日向さんたち。迷子を捜している婦人と出会い、特徴を聞いて迷子を捜す日向さんたちですが、女の子は密室状況の更衣室からいなくなってしまい…。「Case3 あばかれなかったアリバイ」『夢泥棒と黄金伝説』で出会ったリズさんと再会した日向さんたちは、リズさんの依頼で彼女の学校を訪問します。バザーの模擬店などで手伝っていたリズさんたちですが、2回目に教室に入ると、リズさんの習字だけがゴミ箱に捨てられていたというのです。当日バザーを手伝っていたクラスメイトには全員にアリバイがあるようで…。「Case4 南風町の名探偵対決」『怪盗ヴォックスの挑戦状』で出会った大学生にして名探偵・瞳さんに誘われ、日向さんたちは瞳さんのマンションを訪ねます。瞳さんによれば、金庫に入れていた木彫りの精霊の1つがなくなってしまったというのです。瞳さんを訪ねた人たちの状況を聞きながら、月乃さんは真犯人を推理します。「Case5 謎の魚拓」『亡霊島の地下迷宮』で出会った都土夢くんが日向さんに魚を届けてくれました。彼はすぐに帰ってしまうのですが、魚拓のような謎の絵が描かれた紙が残されていました。――― 刊行順ではPart4『亡霊島の地下迷宮』のあとに刊行された本書ですが、本編をすべて読んだあとに読んでみると、また違った感慨があります。 さて、この中ではCase3が好みでした。ちょっとした言葉から真相にたどり着いたり、思いやりのある解決をみたりと、素敵なエピソードでした。 暗号、密室、アリバイと、謎のバラエティも豊かな短編集です。(2023.08.27読了)・さ行の作家一覧へ
2024.01.20
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関田涙『幻霧城への道 マジカルストーンを探せ!Part7』~講談社青い鳥文庫、2010年~ 小学5年生の朝丘日向さんと宵宮月乃さんが活躍する、マジカルストーンを探せ!シリーズ第7弾にして最終巻です。 夢の世界に伝わる古文書に記された「巨大な化けもの」が暴れ出し、夢の世界を片っ端から食べ始めてしまいます。 日向さんと月乃さんは、6時間のあいだに、怪盗ヴォックスのいる幻霧城を訪れ、マジカルストーンを取り戻し、現実世界に戻らなければなりません。 城に行くには、4人の番人が持つコインを手に入れなければなりません。 猫又の又吉くんの案内を受けながら、2人はしりとり、戦い、暗号などを乗り切り、ヴォックスの城を目指します。 これは面白かったです。 あまり書けませんが、今までの物語のこともつながって、感慨深いものがありました。 本編は本作が最終巻になりますが、日向さん・月乃さんが活躍する短編集など3冊がありますので、追って紹介していきたいと思います。 2006年に第1巻を読んでから、シリーズ読破のタイミングを逸していて、結局17年経ってしまいましたが、今回読破できて良かったです。素敵なシリーズでした。(2023.08.25読了)・さ行の作家一覧へ
2024.01.09
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関田涙『炎の龍と最後の秘密 マジカルストーンを探せ!Part6』~講談社青い鳥文庫、2010年~ 小学5年生の朝丘日向さんと宵宮月乃さんが活躍する、マジカルストーンを探せ!シリーズ第6弾。 日向さんと月乃さんの2人は、月乃さんが昔入院していたときの友達、火渡ほの香さんから、長野県の山奥にある村に招待されます。願いがかなうという「血の泡」という石も探してほしいというのですが、2人はそれをマジカルストーンの「火の石」と考え、ほの香さんに協力することになります。 ほの香さんの家には、なぜか怪盗ヴォックスの弟子アコナイトも来ていますが、アコナイトはいつになく2人に協力的で…。 村に残る伝承や謎の暗号を手掛かりに、2人は「火の石」を手に入れるべく奮闘します。 今回はなんといってもアコナイトが素敵です。ある重大な局面で、彼女が協力してくれるところは特に楽しく読みました。 一方、冒頭で明らかにされる、月乃さんの今後、そして2人の心情はなかなか寂しく、次作(最終巻)の展開がますます気になる1冊でした。(2023.08.21読了)・さ行の作家一覧へ
2024.01.08
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関田涙『ジャングルドームを脱出せよ! マジカルストーンを探せ!Part5』~講談社青い鳥文庫、2009年~ 小学5年生の朝丘日向さんと宵宮月乃さんが活躍する、マジカルストーンを探せ!シリーズ第5弾。 勉強好きな日向さんの弟、大地くんが通う有名塾ネイキッド・ブレイン(通称ネキブレ)に体験入塾することになった日向さんと月乃さん。 屋上にドーム型の温室「ジャングルドーム」があるネキブレタワーには、様々な都市伝説がありました。暗い教室に、「コロス」という言葉が浮かび上がったり、ジャングルドームで謎の光の点滅があったり…。光の点滅は「木の石」と考えた月乃さんたちは、なんとか探そうとします。 ところがある日、彼女たちが塾に着くと、銃を持つ覆面の男たちに人質にされてしまいます。男たちは、塾に対して、2時間以内に3億円を準備するよう要求。この状況をなんとか脱したいと考える月乃さんたちですが、さらにはマジカルストーンを狙う怪盗ヴォックスの弟子、アコナイトが現れ、20分以内に木の石を見つけなければならない状況に追い込まれます。 限られた時間で、強盗たちもいるなか、無事にマジカルストーンを見つけ出し、人質も助け出すため、二人は塾で知り合った刑事を目指す少女と協力して、難題に立ち向かいます。 シリーズのこれまでの作品とは雰囲気が違う作品ですが、今回も楽しく読みました。 犯人たちの謎の行動の意味という謎解き要素はもちろんですが、今回は特に、犯人に立ち向かうアクションシーンも読みどころです。(2023.08.19読了)・さ行の作家一覧へ
2024.01.07
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関田涙『亡霊島の地下迷宮 マジカルストーンを探せ!Part4』~講談社青い鳥文庫、2008年~ 小学5年生の朝丘日向さんと宵宮月乃さんが活躍する、マジカルストーンを探せ!シリーズ第4弾。 夏休み。友達と海に遊びに行っていた日向さんは、メッセージボトルを拾います。一緒に来ていた月乃さんに、ボトルを見せます。中の手紙には、「だれか、助けにきてくれ」というメッセージが書かれていました。 二人は図書館で手掛かりを探し、ついに、地元の人たちに「亡霊島」と恐れられている島にたどりつくことになります。 島にある邸宅に集まる怪しい人々。そんな中、二人は少年を探すのですが、謎の二重密室事件も発生して…。 これは面白かったです。邸宅に入れるきっかけになる数学の問題や、少年を助ける冒険、そして二重密室という魅力的な謎、二転三転する意外な展開と、楽しく読み進めることができました。(2023.08.14読了)・さ行の作家一覧へ
2024.01.06
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関田涙『夢泥棒と黄金伝説 マジカルストーンを探せ!Part3』~講談社青い鳥文庫、2008年~ 小学5年生の朝丘日向さんと宵宮月乃さんが活躍する、マジカルストーンを探せ!シリーズ第3弾。 自由研究で、お母さんから昔の話を聞かせてもらうことにした朝丘日向さんは、手伝いにきてくれていた宵宮月乃さんと、物置にあった昔の本などを調べていました。すると、破れた地図のようなものが出てきて…。お母さんに確認すると、それは、昔友達と3枚に切って1人ずつ持つことにした、間違いなく宝の地図だというのです。 お母さんの友人やネットを駆使し、「金の石」と思しき宝のある、狸弁寺(りべんじ)という寺に向かうことになった日向さんたち。独特な口調の少女や、漫画家を目指す少年とともに、黄金の狸像を探します。 と、今回は宝の地図をモチーフにした謎解きがメインの物語でした。もちろん、前2作同様、クラスメイトの片本くんが巻き込まれる日常の謎(今回は、ありそうもない伝言の食い違いがなぜ起こったのか)もあり、月乃さんが鮮やかに解決します。 怪盗ヴォックスの弟子のアコナイトという新キャラクターも登場し、シリーズも新たな段階に入ります。(2023.08.12読了)・さ行の作家一覧へ
2024.01.04
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関田涙『怪盗ヴォックスの挑戦状 マジカルストーンを探せ!Part2』~講談社青い鳥文庫、2007年~ 小学5年生の朝丘日向さんと宵宮月乃さんが活躍する、マジカルストーンを探せ!シリーズ第2弾。 人が夢を見るために必要なマジカルストーンは、世界に7つ。そのうち「日の石」と「月の石」を手に入れた日向さんと月乃さん。今回は、涙をエネルギーに変えてくれる「水の石」を取り戻すために、怪盗ヴォックスに立ち向かう物語です。 * 日向さんの家に、ヴォックスから「水の石」をいただくという挑戦状が届きます。時を同じくして、クラスメイトの片本くんのいとこの家に、宝石をいただくという犯行予告状が届きます。 その宝石が「水の石」と考えた日向さんと月乃さんは、親を説得し、片本くんとともに、福島県にある豪邸を訪れます。 水槽の中に入れられた「水の石」。宝石を手に入れてから性格がかわってしまった主。くせの強い片本くんのいとこ、そして怪しい秘書や頼りなげな探偵と、なにかが起こりそうな雰囲気でした。 そして、犯行予告の時間に、水の石が消えただけでなく、いとこの妹もいなくなってしまい…。 不可能状況の事件に、月乃さんと日向さんが挑みます。 1巻からなにかと登場する片本くんが、今回は日向さんたちと一緒に現場に行き、犯行を食い止めようと一緒にがんばる姿も今回の読みどころだと思います。 片本くんのいとこの家庭環境や怪しい人たちと、1巻よりも少し重い雰囲気もありますが、密室状況と監視状況という2つの不可能状況の中で同時に起こる事件という、謎の魅力も増しています。 今回も楽しく読みました。(2023.08.09読了)・さ行の作家一覧へ
2024.01.03
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関田涙『マジカルストーンを探せ!月の降る島』~講談社青い鳥文庫、2006年~ 2003年第28回メフィスト賞受賞作『蜜の森の凍える女神』でデビューした関田涙さんによる、初の児童向け作品。本作以降、一般向けミステリとして『時計仕掛けのイヴ』と『晩餐は「檻」のなかで』も発表されていますが、青い鳥文庫での執筆にシフトしていらっしゃいます。 さて本書は、小学5年生朝丘日向さんが見る夢のシーンから始まります。 以下、2006年10月29日の記事から内容紹介を再掲します。――― ある日見ていた夢の中、私こと朝丘日向は「マジカルストーン」に出会います。夢に現れたピエールさんと、いつも寝てばかりのバクのハツが、マジカルストーンについて解説してくれました。それは、人間に夢を見させてくれる力のある石。全部で七つあるのですが、日向が授かった日の石と月の石しか見つかっていないそうです。ところが、その月の石が夢の世界から盗まれてしまい、現実の世界に落ちてしまった。石がなくては、人間は夢を見ることができなくなってしまう。日の石の力を借りながら、月の石を探してほしい―というのでした。 翌朝、日向のクラスで事件が起こります。遠足の写真をクラスに掲示していたのですが、日向の判の模造紙から、写真がはがされ、その写真はばらばらにされていたのです。その事件を解決するのは、その日やってきた転校生、宵宮月乃でした。 日向はその日、三日月形のペンダントが流行っていることを知ります。三日月島というところで、空から降ってきたという「本物の」三日月石の争奪戦があるということを知り、興味を抱いていたところ、月乃が参加資格を持っていたのでした。二人で参加できることから、日向と月乃は三日月島へ向かい、三日月石争奪戦に参加します。 宝探しにクイズと、次々と勝負が進んでいきます。月の石を盗んだという怪盗ヴォックスは誰なのか。日向はそのことも気にしながら、問題に挑みます。――― 2006年に読んで以来、17年ぶりの再読です。 日の石は、いろいろヒントをくれますが、それが何かははっきり分からないのも読みどころの1つです。それでも一生懸命な日向さんが素敵です。(2023.08.05再読)・さ行の作家一覧へ
2024.01.02
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島田荘司『ローズマリーのあまき香り』~講談社、2023年~ 御手洗潔シリーズ長編の最新刊です。 1977年。世界的に有名なバレエダンサー、フランチェスカ・クレスパンが、「スカボロゥの祭り」上演の最終日に、何者かに殺害されます。 4幕ある舞台のうち、2幕と3幕の間の30分の休憩中に殺されたはずのフランチェスカですが、4幕まで踊りきるのを多くの観客が観ていました。しかし、彼女の額からは血が流れ、ラストは、前日までの筋書きとは異なる演技となっていました。 また、地上50階の、フランチェスカが殺された控室のドアは施錠され、控室の前の廊下は、警備員がじっと監視しており、完全な密室状況で…。 20年間未解決だった事件は映画化され、ハインリッヒがその映画を御手洗さんに紹介します。そこから、収容所で育ったフランチェスカの壮絶な人生と事件の謎を追う旅が始まります。 完全な不可能状況という魅力的な謎の提示に、作中バレエ「スカボロゥの祭り」の原作となるファンタジーのような物語、そしてユダヤ人のたどった運命、近年の戦争と、本作も読みどころが盛りだくさんです。いま簡単に触れたファンタジーも作中作として描かれますが、これ自体も面白いですし、もちろんしっかり伏線になっているのも魅力でした。 事件の捜査に当たるダニエル刑事や事件の鍵を握るとされたルッジさんなど、登場人物も魅力的です。 単行本で600頁超えという、今回も大作ですが、どんどん読み進められました。 これは面白かったです。良い読書体験でした。(2023.05.05読了)・さ行の作家一覧へ※見出しに誤字があり修正しました。
2023.05.07
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島田荘司『新しい十五匹のネズミのフライ―ジョン・H・ワトソンの冒険―』~新潮文庫、2020年~ 島田荘司さんによる、シャーロック・ホームズシリーズのパスティーシュ長編。 副題どおり、ワトソン博士が活躍する物語です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。―――「赤毛組合」には、ホームズの裏をかく陰謀があった。 黒幕の予想通りの「解決」の後、ホームズは難しい事件が舞い込まないためドラッグ漬けになり、精神病院に入院してしまう。その間に、「赤毛組合」事件の犯人たちは刑務所から脱走し、警察でも行方がつかめなくなる。犯人たちが口にしていた「新しい十五匹のネズミのフライ」という言葉の意味とは。 不在のホームズにかわり、ワトソン博士が真相をつきとめようと奮闘する。――― これは面白かったです。 本書を読みたいがために、先にホームズシリーズを全部読んでおいたのですが、正解でした。(もちろん、ホームズシリーズを読んでいなくても、本書は純粋に楽しめると思います。)「まだらの紐」や「這う人」執筆の裏話が語られるのも面白いですし、プロローグでホームズを罠にはめるための陰謀が語られるシーンも面白いです。 と、ファニーな(笑える)要素も盛りだくさんであると同時に、愛する女性のためのワトソン博士の奮闘や白人上位主義に苦しめられる人々や女性へのワトソン博士のまなざしは印象的ですし、なにより表題の「新しい十五匹のネズミのフライ」という言葉の意味や、犯人たちがいかに脱獄不能といわれる刑務所から脱獄したのか、という興味深い謎の解明も素敵でした。 島田荘司さんには、『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』(光文社文庫、1994年)という、同じくホームズもののパスティーシュ作品があり、そちらも面白かったですが、本作もとても楽しめました。 良い読書体験でした。(2022.05.10読了)・さ行の作家一覧へ
2022.09.03
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鷺沢萠『スタイリッシュ・キッズ』 ~河出文庫、1993年~ 鷺沢萠さんによる長編小説。 高校生の頃、友人と一緒にいたのを見かけてから気になっていた女性―理恵さんと、久志さんの2年間を描きます。 共通の知人に誘われた場で再開(理恵さんからしたら初対面)し、付き合うようになった二人。子供のころの話をたくさんしたり、普段はきつそうな表情でいながら久志さんと会うときはかわいい笑顔を見せたりという理恵さんと、彼女を喜ばせようとする久志さん。昔の友人たちとの会話などなど、若さがあふれています。しかし、大学3年生になり、まわりで就職活動が本格化するころから、少しずつ何かがかわりはじめ…。 とんでもない恰好をしたことがあったり、制服のまま海に飛び込んだことがあったりと、なかなか自分とは縁遠い世界ですが、若いというのはこういうことかと、いやな気持ちになることもなく楽しめました。同世代の頃にも読んだはずですが例によって忘れていましたが、当時はまた今とは違った読後感だったと思われます。 読むたびにいろんな読後感や気づきがあるので、やはり本は手放しにくいですね。(2021.10.25読了)・さ行の作家一覧へ
2021.12.11
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鷺沢萠『駆ける少年』 ~文春文庫、1995年~ 表題作を含め3作の短編(中編)が収録された作品集です。 ――― 「銀河の町」行きつけの飲み屋「小雪」にある日訪れたタツオは、常連たちの様子がおかしいことに気づく。いつも一緒だった一人が、亡くなったというのだった。若い頃に一緒に野球をし、店のママ(タツオがオバチャンというと常連たちから叱られるが)も、彼らを応援していたとのこと。ある日、ご隠居の店で、ご隠居と言葉をかわしたタツオだったが…。 「駆ける少年」焦燥感で駆ける少年の夢を見た。事業で一定の成功をしていた龍之は、事業に失敗し自分が高校生の頃に亡くなった父のことを調べていた。過去帳を取り寄せ、思い出の人を訪ね…。その中で、父、そして祖父の意外な過去を知ることになる。一方、龍之の事業にも、関連会社の不渡りにより不穏な影が見え始める。 「痩せた背中」父が死んだ。その電話に、亮司は久々に故郷を訪れた。相場師として財を築いたものの、オイルショックで財を失った父は、とっかえひっかえ女をかえた。その中で、唯一家にずっと住むようになった町子は、しかし父の振る舞いが治らず、もともと変わったところがあったが、ある「事件」を起こしてしまう。そんな町子が、通夜の席で意外な行動をとる。 ――― 表題作「駆ける少年」は、鷺沢さんのお父様をモデルにした作品で、お父様については『ケナリも花、サクラも花』で少し言及があります(118-132頁)。 どれも決してハッピーエンドではありませんが、アルバムをめくるおばちゃん、駆ける少年の夢、町子さんの折り紙などなど、ろいろと印象に残った作品集でした。(2021.10.15読了)・さ行の作家一覧へ
2021.12.08
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鷺沢萠『帰れぬ人びと』 ~文春文庫、1992年~ 鷺沢萠さんのデビュー作「川べりの道」を含む4編の短編が収録された作品集です。 「川べりの道」は、母を捨て別の町に別の女と住む父のもとへ、毎月決まった日に生活費をもらいに行く15歳の少年、吾郎が主人公です。年が離れ、仕事をしている姉と二人で暮らす吾郎は、毎月、川べりの道を通って父の住む町へ訪れます。ある日、思い出のお皿をその家で見つけ、また父と女が言い争っている声を聞いてしまい…。 吾郎くんに毎回行かせる姉への思いや、ラストの吾郎くんの行動など、印象的でした。 「かもめ家ものがたり」かもめ家という名前の料理屋だった店を譲り受け、一人で切り盛りするコウは、ある日、店のほうに歩いてくる女性に気を留めます。女性は客ではありませんでしたが、その後も何度かいろんな場面で出会います。どこかで見たことがあると考えるコウですが…。 こちらも好みの物語でした。 「朽ちる町」週に何度か、塾講師を引き受けた英明は、仕事を終えるとその町を訪れます。塾に来る子供たちは、いろんな環境もあってかなかなか勉強が苦手な子もいますが、それぞれの様子を見ながら教えていました。しかし英明は、その町の独特のにおいが気になっていました。人に聞いてにおいの正体はわかるのですが、その町の歴史を振り返り、様々な思いがめぐることになります。 過去の経験から、引っ越しを繰り返す英明さんに、町が見せる表情が印象的です。 「帰れぬ人びと」アルバイトできた大学生の苗字を聞き、村井は、過去に自分の父を裏切った男との親族関係を疑います。しかし、直接は聞けず、また学生の態度がその男とは似ても似つかないことから、無関係と考えこもうとするのですが…。 先に紹介した『ケナリも花、サクラも花』の中で、「みんな「事情」を抱えている」という章があるのですが、その中で、本作の一節が引かれています(『ケナリ』98頁、本書175-176頁)。なかなか壮絶な過去をもつ村井さんも、学生も、それぞれの「事情」を抱えています。独特の余韻の残る作品です。 小関智弘さんによる解説に、「この作品集に収められたいずれの小説も、町がもうひとりの主人公になっている」との言葉があり(236頁)、たいへん納得しました。吾郎くんが月に一度訪れる町、かもめ家のある町、講師として訪れる独特のにおいのある町、そして失われた故郷のある町(またいま住んでいる町)。それぞれが、物語を引き立たせます。(2021.10.10読了)・さ行の作家一覧へ
2021.12.04
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鷺沢萠『ケナリも花、サクラも花』 ~新潮文庫、1997年~ 20歳を過ぎて、祖母が韓国人だったことを知り、韓国に留学を決意した鷺沢さんによる、留学記です。 もともとは雑誌に連載されていたようで、そのときは「ウリナリ日記」という名前での連載だったようで、一冊にまとめるにあたって改題されたとのこと。柳美里さんによる解説での、「本書の白眉は何といっても表題となった第七章の「ケナリも花、サクラも花」である。一冊にまとめるにあたって、雑誌連載中のタイトル「ウリナラ日記」を変更したとき、本書は決定的な意味を獲得するに至ったのだ」との指摘にうなずきながら読みました。 さて本書ですが、鷺沢さんご自身もかなり揺らいでいるのが伝わってきます。 ある雑誌のインタビューへの憤り、学校での友人たちとの語らい、想像力と教育のことなど、それはイライラだったり、喜びだったり、提言だったり、印象的な記述が多い中、最も印象的なのが「ケナリ」の花の名前を記者に教えてもらうシーン(そしてその後の記事)です。 想像力と教育について、特に印象的だったところをメモしておきます。「ひとの痛み、ひとの「事情」を想像する力さえあれば、少なくとも距離は縮まる。(中略)世界中の人間の想像力をあと20パーセント上乗せさせたら、この世界はきっとすごい良くなるぞ」(53-54頁)。「人間が望める最高のことをなし得るのは教育である。そうしてそういう教育の過程で想像力を養うことである」(164頁)。 あらためて、意識していきたいと考えさせられるエッセイでした。(2021.10.04読了)・さ行の作家一覧へ
2021.12.01
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鷺沢萠『葉桜の日』~新潮文庫、1993年~ 表題作を含む2編の中編が収録された中編集です。 表題作「葉桜の日」は、両親を知らず、幼いころから志賀さん(3つのレストランを経営する社長)に育てられている19歳のジョージさんの視点で語られます。知人が倒れたことで、志賀さんに少し動揺が入り、懇意にしている「おじい」から、しばらく訪問していないある人物を訪ねるよう言われたあたりから、物語は急展開します。そして、「おじい」のお願いをかなえようと奔走するジョージさんがある事実を知り終わるという、このラストも印象的です。 「果実の舟を川に流して」は、母親に育てられていたものの、大学在学中に母が倒れ、海外を放浪したのちバーにつとめるようになった健次さんが主人公です。パワフルな「ママ」の存在、女たらしの常連客など、いろいろ抱えた人々が集う「パパイヤボート」というそのバーを舞台に、物語は進みます。常連客の失敗、事情を抱えた外国人女性のトラブル、そして「ママ」にとって特別な存在のある人物の意外な現状など、人っていろいろあるよね、と感じました。 山田太一さんによる解説も興味深く読みました。(2021.09.25読了)・さ行の作家一覧へ
2021.11.24
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鷺沢萠『バイバイ』 ~角川文庫、2000年~ 鷺沢萠さんによる長編小説です。 外車販売店に勤務する主人公の勝利さんは、過去の経験から、人を信じることをやめ、人を傷つけないようにするため、誰とでも話を合わせ、そして嘘をつく生き方をしていました。 初めて車を買うのに戸惑っていた客―朱美さんに紹介した車は、しばしば故障しました。そうして朱美さんと何度も会ううちに、次第に二人は付き合うようになります。しかし、勝利さんにはあと2人、付き合っている人がいるのでした。 勝利さんの朱美さんへの理不尽な怒りなど、いらいらさせられる描写もありますが、登場人物の言葉を借りれば、寂しいのは勝利さん自身なのでしょう。 島村洋子さんによる解説では、本書の問いかけはかなり本質的なものですが、私は、幼少期の様々な経験によってこういう大人になってしまっても、しかしきっと何かのきっかけや環境によって変われるのではないか、というある種希望もある物語として読みました。希望というか、「環境」の大切さ、というか…。 久々の再読ですが、良い読書体験でした。(2021.08.24読了)・さ行の作家一覧へ
2021.11.13
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鷺沢萠『愛してる』 ~角川文庫、1994年~ 「ファッサード」というナイトクラブにつどう人々を中心とした連作短編集。16の物語が収録されています。 物語は、「わたし」の一人称で語られます。 チーフDJのジュニアが「ファッサード」を辞めるときを描く「真夜中のタクシー」から始まり、友人たちの恋愛模様や、「わたし」自身の迷いや苦しさ、そしてそんなときに話ができる仲間たち、といった日常が語られます。冒頭の「真夜中のタクシー」もそうですが、「灯りの下に」など、タクシーを題材にした物語がいくつかあり、印象的でした。 北方謙三さんによる解説に引きずられた部分もありますが、たとえば「わたし」の職業は明らかにされず、友人たちの恋愛の状況から過去の「わたし」の出来事の回想がなされるなど、「心境小説」としての趣きがあります。ふとしたときの「わたし」の思いの描写が好みです。(2021.08.18読了)・さ行の作家一覧へ
2021.11.02
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坂口安吾『不連続殺人事件』 ~角川文庫、1974年~ 坂口安吾さんによる有名なミステリです。横溝正史さんは、『八つ墓村』執筆の着想を本作から得たとも語っていらっしゃいます(『真説 金田一耕助』角川文庫、1979年、138-140頁参照)。 一癖もある二癖もある作家、詩人、画家たちが、裕福な邸宅に招かれて過ごしている中、複数の殺人事件が起こります。素人探偵の巨勢博士が、その謎に挑みます。 物語は、私(矢代)が、裕福な家の生まれである歌川一馬さんから、邸宅に来てほしいと依頼されるところから始まります。一馬の妹、珠緒さんが、3人の男に誘いの手紙を出し、彼らが過ごすようになったが、あまりにいがみ合うので、疎開をともにしたメンバーを集めている、というのですね。 そんな中、集められたのは、過去に関係があったの、作風が近いのに才能が違うだの、いがみ合う要因が多いメンバーたちでした。一馬さんが予期しないメンバーも呼ばれていて、その中には素人探偵の巨勢博士もいました。 誰からも嫌われる作家が殺されたのを契機に、作家仲間のメンバーや、邸宅の関係者たちが次々と殺されていきます。一馬さんの母の命日に何かが起こるという脅迫めいた手紙も届いたり、歌川家のどろどろした過去の因縁も暴かれたりと、事件は混迷を呈していきます。 登場人物が多く、最初はなかなかとっつきにくかったですが(何年も前から挑戦しようとしては挫折していました)、矢代さんが邸宅に着くあたりから、がぜん読みやすくなって、終盤は夢中で読みました。 凄惨な事件でありながら、文体は軽快で、登場人物たちの言い回しも面白く、ユーモアにもあふれています。 謎解きのシーンは圧巻です。納得の謎解きでした。 今回挫折せず読めて良かったです。良い読書体験でした。(2021.08.14読了)・さ行の作家一覧へ
2021.10.30
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坂口安吾『白痴・二流の人』 ~角川文庫、1970年~ 坂口安吾さんのデビュー作「木枯の酒倉から」を含む短編集。8編の作品が収録されています。 「木枯の酒倉から」禁酒を誓った男の奇妙な電動を描きます。 「風博士」は、蛸博士に復讐を誓う風博士の話。結婚式の当日の博士の行動とは。 「紫大納言」好色の紫大納言が、月の姫の侍女がうっかり落とした小笛を拾います。侍女の美しさに、彼女を引き留めるためあれこれ理由をつけますが、そんな折、その頃有名になっていた盗賊団に襲われて…。 「真珠」真珠湾に向かった9人に呼び掛ける体裁の私小説。 「二流の人」秀吉、家康の時代に生きた、優れた戦略に長けた黒田如水が主人公の歴史小説。 「白痴」主人公の伊沢の隣家に、変わった家族が住んでいました。主人の妻は白痴のようで、コミュニケーションもとりにくい女性でしたが、ある日、伊沢の家に潜んでいて…。戦時中のある一コマを描きます。 「風と光と二十の私と」小学校の代用教員をしていた頃を描く私小説。 「青鬼の褌を洗う女」オメカケ気質の「私」が主人公の物語。(読了から時間が経ってしまい、ろくに紹介が書けないのが残念です。) と、バラエティ豊かな作品集となっています。表題作のうち、「二流の人」はあまりぴんときませんでしたが、「白痴」は割と好みの物語でした。その他、「紫大納言」「風と光と二十の私と」の2作も面白かったです。「風博士」はかなりパンチの効いた作品で、こちらも好みでした。 坂口安吾さんの作品を読むのは初めてですが、「坂口安吾―人と作品」(奥野建男)や詳細な年譜も付されていて、興味深く読みました。(2021.07.31読了)・さ行の作家一覧へ
2021.10.24
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島田荘司『島田荘司全集VIII』 ~南雲堂、2021年~ 島田荘司さんの全集第8巻です。収録作品については既に別に記事を書きましたが、本書には次の4作が収録されています。 ―――『改訂完全版 幽体離脱殺人事件』『改訂完全版 見えない女』『改訂完全版 奇想、天を動かす』『改訂完全版 羽衣伝説の記憶』 ――― 今回は、『奇想、天を動かす』と『羽衣伝説の記憶』が収録されているのが重要です。 また、全集で再読してみて、あらためて面白く読んだのは『見えない女』、特にその表題作でした。『幽体離脱殺人事件』もサスペンスあふれる独特の雰囲気が印象的です。 付録の月報は、パリダカールラリーの思い出やEVについての話です。(2021.02.13読了)・さ行の作家一覧へ
2021.07.07
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島田荘司『『改訂完全版 羽衣伝説の記憶』 (島田荘司『島田荘司全集VIII』南雲堂、2021年、605-744頁) 吉敷竹史シリーズの長編作品。吉敷さんと元妻の加納通子さんの出会いや別れ、そして通子さんの悲しい過去の事件が明らかにされます。 それでは、簡単に内容紹介(2007年の記事をほぼ再録)と感想を。 ※どこまでをネタバレと定義するか微妙ですが、割とストーリーを書いてしまうので、未読の方はご注意ください。 ――― 1990年12月28日。 銀座の街を歩き、小さな画廊に入るのが好きな吉敷は、一つの彫金作品に目を留めた。Tの字で、Tの根本を軸に回転する橋をかたどった「羽衣伝説」という作品だった。これは、通子が作った作品に違いない、と思った吉敷は、店の主に出品者について質した。結局、作者については分からなかったが、通子の作品だと信じた吉敷は、羽衣伝説で有名な静岡の、三俣の松原を訪れた。…しかし、そのときは徒労に終わった。 年が明け、吉敷はある事件の担当になった。ホステス殺害の現場にいたため容疑者とされた男は犯人ではないと確信した吉敷が事件を調べなおしているうちに、天橋立に関係者がいるらしいことが分かる。そして、天橋立を訪れた吉敷は、事件解決後、そこで加納通子と再会する。 再会を喜ぶ二人だったが、離婚のこと、通子が結婚を恐れている理由のことに話が及ぶと、二人は暗い気分にならざるをえない。そこで加納通子が語った過去の事件は、彼女が結婚を恐怖するのもうなずけるような、壮絶な事件だった。 ――― これは面白かったです。天橋立、加納通子さんと吉敷さんの過去といった断片的なキーワードと、好みだという印象は残っていましたが、あらためて再読して、楽しめました。 前回感想を書いたときは、ホステス殺害事件にはほとんどふれていませんが、今回はかたくなに自供を繰り返す男の姿が印象的でした。 通子さんとの思い出のなかでは、スリッパのエピソードが特にぐっときました。フランス料理を二人に食べにいったこと(そして普段の吉敷さんはずっとかつ丼かラーメンを注文していること)も、吉敷さんの人となりがしのばれ印象的でした。 全集あとがきで本作のタイトルをめぐる思い出が書かれていますが、「記憶」で貫いてくださった島田さんに感謝です。タイトルだけで印象が全く変わってしまうということがよくわかるエピソードです。(2021.02.13読了)・さ行の作家一覧へ
2021.07.07
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島田荘司『『改訂完全版 奇想、天を動かす』 (島田荘司『島田荘司全集VIII』南雲堂、2021年、321-604頁) 吉敷竹史シリーズの長編にして、代表作の1つです。今回再読して、あらためてその面白さを痛感しました。 それでは、簡単に内容紹介(2007年のブログ記事をほぼ再録)と感想を。 ――― 平成元年(1989年)4月。浅草の乾物屋に、ハーモニカおじさんとして有名な、薄汚れた浮浪者が入る。400円の買い物をし、400円だけを置いて去ろうとする彼を、店主の桜井佳子は消費税の12円を払っていないと、執拗に呼び止めた。そのとき、事件が起こった。浮浪者が、桜井をナイフで刺したのだった。 * 取り調べ室でも薄笑いを浮かべ続け、言葉を発しない浮浪者。吉敷の相棒の小谷も、主任も、ボケ老人が消費税を払いたくないために起こした殺人事件だと考えるようだが、吉敷は納得できなかった。この老人は、決してボケ老人ではない、高い知性があるのではないか―。 * 桜井と老人の前身を調査している吉敷に、方々から連絡が入る。老人は、宮城県刑務所に長年入所していた、行川という男だということが分かると、吉敷は宮城県に趣く。行川をよく知る人物と話をして、彼が小説を書いていたことが分かった。それは、電車の中で踊っていたピエロが、密室状態のトイレの中で自殺し、確認した人々が30秒ほどドアを閉めていた間に、その死体が忽然と消えてしまったという物語や、白い巨人の手で、別の路線の電車に「私」が運ばれたという話など、ミステリーとも幻想小説ともつかない物語だった。 * 行川の小説が雑誌に取り上げられてから、北海道の牛越刑事から吉敷に連絡が入る。小説に描かれている通りの、あるいはそれ以上の事件が、昭和32年(1957年)にあったという。 飛び込み自殺、踊るピエロ。ピエロはトイレの中で拳銃により自殺。トイレの中は、蝋燭が並べられており、便器に死体が横たわっていた。現場保全のために車掌がドアを閉めたものの、蝋燭の火を消さないと危ないということで、あらためてドアを開けたとき、そこに死体はなかった。電車に乗せられていた、飛び込み自殺者の死体が立ち上がり動き回った後には、電車は高く舞い上がり、脱線していた。そして、投げ出された機関士は、白い巨人が立っているのを目にした……。――― 単純な消費税をめぐる殺人事件という図式に違和感を覚える吉敷刑事が丹念に調査しあぶりだしたのは、30年前のあまりにも奇妙な未解決事件、そして数奇な運命に翻弄された一人の老人でした。 犯罪者を逮捕する=社会を安心させるという狂信的な信念から、冤罪を生み出してしまったある刑事が登場します。また、吉敷さんの上司にあたる主任も、吉敷さんの調査を批判します。犯人が挙がっているのに、何をまだ知らべることがあるのか、と。最後に吉敷さんが主任に本音を伝えるシーンは印象的で、記憶に残っていました。 また、奇妙な事件(消えたピエロ、多くのろうそく、白い巨人、虫のような音などなど)についてもスマートな解答が示され、本格ミステリ論を唱道していた著者が自身の著作でその実践を見事に示した優れた好例の1つと思います。 単に謎解きに終わるだけでなく、あまりに多くの波乱に巻き込まれた一人の老人の生涯を通じて、我が国の在り方(残念ながら現在にも通じる部分が多々ある)についても考えさせられる作品です。 記事の冒頭にも書きました、あらためて面白さと痛感し、また感動できる読書体験でした。やはり名作の1つです。(2021.02.08読了)・さ行の作家一覧へ
2021.07.03
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島田荘司『『改訂完全版 見えない女』 (島田荘司『島田荘司全集VIII』南雲堂、2021年、197-320頁) ノンシリーズの短編集です。 それでは、簡単に内容紹介と感想(ほぼ文庫版の記事を再録)を。 ――― 「インドネシアの恋唄」学生生活最後の夏休み、突然インドネシアへの旅行券と滞在費を与えられた「私」は、最初は不審な思いを抱いたものの、いつしかインドネシア訪問を楽しみにするようになる。ジャカルタの次に訪問したジョグジャカルタで、「私」は、日本の新人歌手に似た現地人女性と知り合い、やがて恋に落ちる。ところが、彼女と行動をともにしはじめると、「私」に、たどたどしい文字の日本語で書かれた脅迫文が届けられるようになる。 「見えない女」映画作成のため、パリで仕事を進める「私」。フランス語が不自由な「私」は、マリーフランス・テネロープという通訳と仕事をともにするようになる。通訳だけでそれほど稼げるわけでもないだろうに、彼女はほとんど私と行動をともにしており、非常に金持ちでありながら、パトロンがいるわけでもなさそうだった。ある日、彼女は、自分は「透明人間」なのだと言う。 「一人で食事する女」観光でドイツを訪れた「私」は、気になる女性としばしば出くわす。彼女は、ベンツでレストランを訪れると、ベンツのことを心配した風もなく、一人でレストランの奥の方の席に向かい、一人で食事していた。誰かが彼女をおごると言っても不思議はないくらい魅力的な女性なのに…といぶかっていた「私」は、娼婦として街角に立っている「彼女」を見ることになる。ルートヴィヒ2世の建てた城をめぐっていた「私」は、また別の機会に女性と出会い、女性をガイドとして、二人で旅をすることになる。 ――― 第1話は別ですが、基本的に、別段大きな事件が起こるわけではありません。メインは、外国で出会った、魅力的でありながらどこか不思議な女性たち、といったところでしょうか。第1話は、インドネシアに行くことになったのはなぜか、脅迫状の意図は何か、といった謎もありながら、「私」とエコ・サリの行方にはらはらしながら読み進めました。なんとも物悲しい作品です。 表題作「見えない女」は、彼女が自分を「透明人間」と言ったことや、その金持ちぶりの理由が最後に鮮やかに示され、その点も面白いのですが、その裏にある彼女の心境も訴えてくるものがありました。 第3話は、そんな時代もあったと思い返しました。ドイツからはるか離れた日本にいるので、その程度の感慨しかありませんが、現地の方々にはまだ生々しい記憶として残っているでしょう。決して重たい方向に話が持って行かれているわけではないのですが、その時代だからこそ生まれ得た悲しみが描かれています。 『幽体離脱殺人事件』同様、本書の文庫版の感想を書いたのが2007年なので、もう14年になります。久々の再読でしたが、楽しく読めました。当時は「インドネシアの恋唄」が特に気に入っていたようですが、今回は表題作が印象的でした。(2021.01.31読了)・さ行の作家一覧へ
2021.06.30
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島田荘司『『改訂完全版 幽体離脱殺人』 (島田荘司『島田荘司全集VIII』南雲堂、2021年、5-195頁) 吉敷竹史シリーズの長編です。 それでは、簡単に内容紹介(文庫版の記事を再録)と感想を。 ――― 平成元年(1989年)2月14日。三重県・二見浦の夫婦岩の間に渡された縄に、男がぶら下がって死んでいるのが発見された。被害者は、東京の浮浪者だった。被害者は、東京の泥酔者保護所ではちょっとした有名人であったが、まさか三重県まで行くとは考えられないという。また、被害者が持っていた名刺の人物―小瀬川と、吉敷がちょっとしたことで知り合っていたことから、吉敷は事件に関心を抱く。 * 20年来の友人・陽子の鬱がひどくなってきたため、彼女からしつこく誘われたこともあり、「私」は、陽子のいる京都へ赴くことにした。二人は学生の頃から親友であり、またライバルであったが、陽子がぱっとしない男と結婚したのに対して、「私」は医者と結婚した。そこから、二人の生活に大きな違いができてきた。陽子は、鬱状態になるとき、病院に行かず、「私」の夫に電話して、治療費を払うのを惜しむような女だが、いまの境遇を考えると仕方ないと、「私」もなかばあきらめていた。 陽子への考えが大きく変わったのは、高校生の頃から「私」が憧れていた津本と、陽子がつきあっていると聞いてからだった。陽子の妄想に違いないと考えた「私」は、京都に行く途中で、三重県鳥羽に向かう。そこに、津本の実家があるからだ。ところが道中、浮浪者風の男が、しつこく「私」の生年月日を聞いてくる。さらに、鳥羽の後に向かった二見浦では、「私」がもう一人いたのだった…。 ――― 文庫版の記事を書いたのが2007年ですから、もう14年前になるのですね。 例によって内容はほとんど覚えていませんでしたが、狂気を感じさせるような陽子さんの言動は今回も重い気持ちで読みました。 「私」のパートで進む中で、不可解な状況が訪れます。冒頭の事件ももちろんですが、終盤で意外性のある謎の提示があるのも面白いです。そして意外な形で犯人を暴くのも面白かったです。(2021.01.26読了)・さ行の作家一覧へ
2021.06.27
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周木律『大聖堂の殺人』 ~講談社文庫、2019年~ 堂シリーズ第7弾にして、シリーズ最終作。解説含めて約620頁と、ボリュームのある一冊です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 宮司百合子のもとに届いた、数学界の天皇とも呼ばれる藤衛からの手紙。それは、24年前に彼女の親族も犠牲になった大聖堂への招待状だった。 善知鳥神とともに大聖堂のある島を訪れるが、その他の客がそろった時点で地震がおき、ヘリポートは崩壊し、島に閉じこめられたような状態になってしまう。 そして訪れた大聖堂は、客室のある塔と、空洞の塔が重なり合ったような、奇妙な作りだった。それは、24年前の事件で崩壊した大聖堂の再現だった。 招待者の藤衛は、大聖堂に現れない。彼は、百合子たちが訪れた翌日に襟裳岬で講義し、百合子たちは相互対話が可能な大聖堂のモニター越しに、その講義を聞くこととなるという。 講義の最中、次々と事件が起こる。数学者たちが、撲殺、焼死、刺殺、凍死と、不可解な死を遂げる。24年前同様、遠く離れた場所にいる藤しか犯人はいないと思われるが、はたして事件の真相とは。 ――― 最終巻ということもあり、提示される謎のスケールが桁違いです。犯人は誰か、はほぼ特定されているので、ひたすら「いかに不可能犯罪がなされたか」の解明が焦点となります。問題点が明確になり、追いやすいですね。 謎解きの面白さはもちろんですが、終章が特に好みでした。解説が担当編集者さんということもありますが、周木さんはもちろん、編集者さんも含めて、このシリーズを大切にされているのが伝わってくる物語でした。 良い読書体験でした。 ・さ行の作家一覧へ
2020.02.23
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周木律『鏡面堂の殺人』 ~講談社文庫、2018年~ 堂シリーズ第6弾。前作『教会堂の殺人』まではノベルス版で刊行後文庫化されましたが、本作と最終作(第7弾の『大聖堂の殺人』)は文庫書き下ろしとなっています。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 『教会堂の殺人』後、絶望におそわれ、無気力に暮らしていた宮司百合子は、善知鳥神からの電話を受け、鏡面堂を訪れる。 鏡のドームの中に、∞の形にいくつかの部屋が配された、それは奇妙な建物だった。 百合子はそこで、一冊の手記を読むよう、神に促される。そこには、過去に鏡面堂で起こった殺人事件の記録が書かれていた。 * ふだんは一週間に一度、設計者の沼四郎が訪れる程度の鏡面堂に、沼が5人の客を招待する。数学者、建築学者、物理学者、料理人、そして数学界の天皇と呼ばれる藤衛の5人だった。管理人のわたし、そして沼も含めた7人が、その日、堂で過ごした。 翌朝。密室状況の小部屋の中で、矢じりのないボーガンの矢で、一人の男が刺されて死んでいた。また、料理人もおそらくアイスピックのようなもので刺殺されていたが、凶器はどこからも発見されなかった。 ――― 誰が、なぜ、どのように犯行を行ったのか。正当派のミステリでありながら、百合子さんたちのこれまでの経緯や、いろいろな感情も織り交ぜられた物語となっています。 十和田先生がますますなんかこう、心配になってきます。(次回最終作ではどうなってしまうのでしょうか。) ・さ行の作家一覧へ
2020.02.19
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瀬那和章『雪には雪のなりたい白さがある』 ~創元推理文庫、2018年~ 公園をテーマにした連作短編集です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 「雨上がりに傘を差すように」横浜に憧れ、横浜の大学に進学した果歩だが、自分のセンスなどに引け目を感じ、友人もつくらない生活を送っていた。ある雨の日、港の見える丘公園で一人の老人と出会い、傘を貸してあげる。その後も、雨の日だけ、公園で老人に色々な悩みを聞いてもらっていた。ある日、老人から、一つの頼み事をされる。行き先での果歩の何気ない一言で、老人は態度を豹変させるのだが…。 「体温計は嘘をつかない」別れた妻・真帆に、5歳になった息子を見せるため、俺は5年ぶりに思い出の公園(あけぼの子どもの森公園。現在、トーベ・ヤンソンあけぼの子どもの森公園)を訪れた。二人の話題は、やがて離婚のきっかけとなったあの日のことになり…。 「メタセコイアを探してください」佐藤葉助は、バードウォッチングのため、毎日のように石神井公園に通っていた。その公園では、今は活動を休止している、若者に絶大な人気を誇る女性シンガー・相沢ミアも、犬を連れて散歩していた。かつて、彼女の言葉で救われ、彼女に声をかけたいと思う葉助だが、なかなか声がかけられない。そんな彼に、「秋の妖精」を名乗る中学三年生が声をかけてきた。ミアと話すきっかけを与えてくれるというのだが…。 「雪には雪のなりたい白さがある」中学生の頃の恋人・英治とは、彼が家庭の都合で海外に引っ越すこととなった際に別れることとなった。しかし、その際の彼の約束に、瑞希はすがっていた。数年ぶりの同窓会で英治とは会えなかったが、彼の近況を知り、瑞希は一つの覚悟をすることとなる。 「あの日みた大空を忘れない」瑞希との思い出の場所、所沢航空記念公園を訪れた英治は、偶然出会った同窓生から、彼女の近況を聞くこととなる。悩んでいた英治も、ここでひとつの決断をすることとなる。 ――― 瀬那さんの作品を読むのは初めてですが、背表紙を眺めていて素敵なタイトルにひかれ、表紙をみてイラストも好みで、裏表紙の内容紹介はほぼ見ないまま、迷わず購入しました。 創元推理文庫から刊行されていますが、いわゆる謎解きに主眼はありません。あえていえば、主人公たちが解くのは、自分自身の思いなのだと思います。 どれも好みの物語で、本書に出会えて良かったです。 ・さ行の作家一覧へ
2020.02.12
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島田荘司『盲剣楼奇譚』 ~文藝春秋、2019年~ 吉敷竹史シリーズ最新刊。吉敷さんが登場するのは『龍臥亭幻想』以来ですね。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 東京大学の博物館で、吉敷は通子と交流のある画家・鷹科艶子の作品に衝撃を受ける。歌舞伎役者のような美形の男が、剣を上下に振り下ろす瞬間が描かれていた。印象的なのは、男が赤子を背負っていることだった。 娘のゆき子とともに、作者の艶子と話す機会を得た吉敷は、彼女の絵が、実際に彼女が見た光景を描いていると聞く。戦後直後、昭和20年9月、艶子が10歳の頃、彼女が住んでいた盲剣楼に、悪人らが乗り込み、建物を封鎖し、何日も女性たちに乱暴をはたらくという事件が起こった。悪夢のような日々に終止符を打ったのが、どこからか現れた美形の男で、男は一瞬のうちに5人の悪人を斬り殺したという。 その夜、艶子と待ち合わせをしていた吉敷とゆき子だが、艶子は現れない。通子からの連絡で、艶子の孫が誘拐されたことが知らされる。誘拐犯は、昭和20年の事件の犯人への復讐を望んでいるというのだが…。 * 戦国の時代が終わり、徳川の時代が始まっていた。 加賀の紅葉村で、百姓たちは穏やかに暮らしていた。しかし、その土地の良さに目を付け、西河屋のごろつきどもは村人たちを追い払おうとする。人々が苦しめられている中、圧倒的な強さを持つ剣士、山縣鮎之進が現れる。 ――― 物語の大半は、鮎之進さんの物語です。昭和20年の事件の核となる、盲剣さまの伝説を詳細に描いた物語ですが、これが面白かったです。ふだん歴史小説や時代ものはほとんど読みませんが、これは夢中になって読みました。 密室状況の中で、悪人たちを一瞬に倒した、まるで盲剣さまのような人物は誰だったのか。密室の謎は。といった謎解き要素もありますが、丹念に描かれた鮎之進さんの物語が、全てをつなぐとともに、物語にぐっと深みを与えてくれています。 ゆき子さんももう大学生になっています。なんとも感慨深いです。 ・さ行の作家一覧へ
2019.10.19
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周木律『教会堂の殺人』 ~講談社ノベルス、2015年~ 「堂」シリーズ第5弾です。完全に前作の続きなので、少なくとも第4弾『伽藍堂の殺人』以降は順番に読まないと意味不明になってきます。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― Y署管内で見つかった水死体。それは有名な数学者の遺体だった。 舟生警部補は単なる事故ではないと考え、教会堂に赴くが、失踪。 不審に思った部下の毒島は、宮司警視正にその旨をメールで伝え、教会堂に向かった。 * 過去の事件に関心を示し始めた百合子と気まずい空気もある中、司は毒島のメールを読み、教会堂に赴く。 そこは、まるで迷路のようで、来訪者をまつ「罠」のような建物だった。 はたして、教会堂にあるという「真理」とは。 ――― 今まで十和田先生が活躍する…と書いてきましたが、このシリーズはそういう単純なものでもないようで。 今回は、殺人といえば殺人ですが、名探偵が殺人犯を名指しして真相解明、といったよくあるミステリーの形ではありません。が、大がかりなトリックはあり、謎解きの妙は味わえます。 しかしそれよりも、シリーズの大きな転換点となる作品で、その物語の方を味わいながら読みました。こんな展開になるとは…。 「堂」シリーズはすでに完結していて、全7作のようですが、第6弾以降はノベルスは出ておらず文庫書き下ろしとなっているようです。せっかくノベルスで集めたのに……と思わずにいられませんが、いずれ第6弾以降も購入して読んでいこうと思います。 ・さ行の作家一覧へ
2019.09.22
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周木律『伽藍堂の殺人』 ~講談社ノベルス、2014年~ 放浪する数学者、十和田先生と警視正の宮司司さん、大学院生の宮司百合子さんが活躍するシリーズ第4弾です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 宮司百合子は、偉大な数学者・藤衛と、コーディネータにより伽藍島に招待された。リーマン予想について、二人の数学者による後援会が開催されるという。保護者を自認する兄の司は、百合子に反対されながらも島に同行する。 島には、講演する2人の数学者のほか、雑誌記者なども招待されていた。そして、十和田と、善知鳥神も、合流する。 講演は、簡単な、夕食後二つの建物で順番に開催されることとなった。しかし、最初の講演者は、講演後、全体に合流することはなかった。そして、二番目の講演者も、宿舎に戻ってこなかった。残ったメンバーで二人を探すと、二人はまるではやにえのような状態で死んでいるのが見つかった。また、二人目の講演者が、その現場にいることはありえない状況と思われた。 かつて栄えたBT教団という怪しい宗教団体が使っていたというその島では、教団教祖が瞬間移動をしたという噂も流されていた。 奇妙な島で起こった事件の真相とは。 ――― 宮司司さんが妹の百合子さんを守ろうとする理由が、少しずつ明らかにされてきます。全容はいまだ不明ですが…。 あまりに不可解な状況の事件で、今回は(今回も、というべきか)全くなんの見当もつきませんでした。 真相は…。トリックについては、一定の理由も示されており、納得できるものでした。けれども読後、いろいろもやもやしたものが残ってしまいました。このもやもや感は、あらためて次回以降の作品で解消されていくのでしょうか。 シリーズも本作でそろそろ折り返しのはずで、次作以降も楽しみです。 ・さ行の作家一覧へ
2019.09.14
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周木律『五覚堂の殺人』 ~講談社ノベルス、2014年~ 放浪する数学者、十和田先生が活躍するシリーズ第3弾。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 十和田は、善知鳥神に導かれ、東北にある五覚堂を訪れた。そこは、名高い数学者にして哲学者の志田幾郎の別荘であり、奇矯な建築家・沼四郎が手がけた建物だった。 がらんとしたその建物で、十和田は神からビデオを見せられる。この建物に設置された隠しカメラで、起こった事件を映したものだという。 * 数学専攻の修士課程の学生、宮司百合子は、友人の志田悟に誘われ、五覚堂を訪れた。悟の祖父、幾郎が亡くなり、その遺言が発表されるのだという。 そして、奇妙な遺言により、百合子たちは30時間の間、外部との接触を断たざるをえなくなる。そんな中で、密室状況での殺人事件が繰り返される。 * 『双孔堂の殺人』事件で知り合った毒島刑事が、宮司司警視正の元を訪れた。毒島によれば、23年前に志田家で起こった事件を調べろという匿名の通報が入ったという。それだけであれば無視できる内容だが、通報者は、宮司兄妹の名も口にしたというのだった。 当時、志田家で働いていた若い家政婦が惨殺された上で、家に浮かぶ船もろとも焼かれてしまった。その直前に病院を抜け出していた不審な男が犯人とされたものの、記録を読み進めるうちに、宮司は冤罪の可能性を否定できないとの思いに至る。 ――― 百合子さん、十和田先生、司さんの3人の視点で物語が進んでいきます。十和田先生が感じる違和感はなんなのか。23年前の事件と今回の事件のつながりは。密室殺人はいかになされたのか。魅力的な謎が満載です。 今回は、ある仕掛けにはすぐに気づくことができました。ミステリは好きなものの、仕掛けに気づくことは滅多にないので、これは嬉しかったです。 ・さ行の作家一覧へ
2019.09.04
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周木律『双孔堂の殺人』 ~講談社ノベルス、2013年~ 第47回メフィスト賞受賞作『眼球堂の殺人』に続く、数学者・十和田只人先生が活躍するシリーズ第2弾です。 それでは、感嘆に内容紹介と感想を。 ――― 警視の宮司司(ぐうじ・つかさ)は大学院生の妹の依頼で、サインをもらうため、十和田只人が滞在しているという双孔堂を訪れた。奇抜な建築で知られる沼四郎が手がけたその建物は、まるで崖から湖につきだした二本のカギのようなデザインだった。 しかし、道中に警察車両がとまっており、聞くと、双孔堂で殺人事件が起こったという。 密室状況となった2つの部屋のそれぞれから、男が殺されているのが発見された。片方に付属する浴室には、凶器をもった十和田が倒れていた…。 現場の状況からは、十和田以外に犯人は考えられず、十和田自身も自分が犯人だと言う。 納得できない宮司は、キャリアの介入を嫌う警部補の反対を受けながらも、事件の調査を進めていく。その中で、事件当日、二人の数学者が学説をめぐり争っていたことや、被害者の一人がその妻と激しい口論をしていたことなどを知る。 しかし、十和田犯人説を覆す明確なものはなかなか見いだすことができず…。 ――― つかまってしまっていることもあり、十和田先生があまり登場しない分、今回は初登場の宮司警視が活躍します。もっとも、安楽椅子探偵の助手のような立ち回りですが…。 十和田先生は、いろいろ私には理解できない話を繰り広げますが、そんな中でぐっと心をとらえる言葉もあるのが楽しみの一つです。 講義という名目の謎解きも、わくわくしながら読み進めました。 しばらく、このシリーズを読み進めていきます。 ・さ行の作家一覧へ
2019.08.23
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島田荘司『鳥居の密室 世界にただひとりのサンタクロース』 ~新潮社、2018年~ 御手洗潔シリーズの長編です。久々のシリーズ新刊ですね。 新潮社からの刊行ということもあるのか、『進々堂世界一周 追憶のカシュガル』の語り手サトルさんが、本作でも語り手をつとめます。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 1964年、東京オリンピックで日本が興奮にわいていた年のクリスマス。鳥居の左右が、両側の建物に突き刺さっているという奇妙な場所。その方側の建物で、奇妙な事件が発生した。母と娘が二人で暮らすその建物では、一階も二階も、ドアにも窓にも内側からしっかり鍵がかけられていた。朝、8歳の少女が起きると、サンタさんからのプレゼントが置かれていた。そして一階では、母親が殺されていたのだった。 両親から一度もプレゼントをもらったことのない少女―楓は、生まれて初めてサンタクロースからプレゼントをもらった。別居していた父は、同日の朝、電車にひかれ命を落とす。父の遺書には、父の工場で働いていた男が犯人と思わせる書きぶりがあった。父の姉にひきとられ、少女は育てられることになる。 1975年。サトルは、予備校で楓と知り合い、彼女の話を御手洗潔に伝える。事件があった年、その町では奇妙な現象が起きていた。多くの住民が不眠を訴え、また夫婦ゲンカも増えたというのだ。そして事件後には、不眠を訴える人がいなくなったという。さらに、楓の養母が経営する喫茶店では、動かないはずの振り子時計の振り子が動き出すという現象も起こった。 一連の奇妙な出来事と、不可解な密室殺人の真相とは。 ――― これは面白かったです。大好きな作品になりました。 彼女の父の工場で働いていた国丸さんのエピソードは、辛くもあり、しかし国丸さんのひたむきな思いに胸をうたれます。 楓さんは、そのクリスマスに、両親を失うことになりますが、同時に、そのことに気づくまでは、はじめてサンタクロースにプレゼントをもらった喜びにあふれていました。そのプレゼントのおままごとセットだけで、私はもう泣けてきました。 事件の不可解さも抜群で、ミステリとしても非常に面白いだけでなく、とても感動的な物語でもあります。 島田荘司さんの作品の中では多くのお気に入りがありますが、本作もその一つとなりました。 本当に良い読書体験でした。 ・さ行の作家一覧へ
2019.03.30
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周木律『眼球堂の殺人』 ~講談社ノベルス、2013年~ 第47回メフィスト賞受賞作、周木律さんのデビュー作です。 若くして数学上の未解決の問題について証明し、多くの論文も執筆したが、28歳の頃にとつぜん失踪し、放浪する数学者となった十和田只人さんが主人公の長編ミステリです。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 十和田は、天才建築士、驫木燿に招かれて、彼の自宅<眼球堂>を訪れた。十和田の取材を続けているルポライターの陸奥藍子とともに。 眼球堂は、奇妙な建物だった。人里離れた山奥まで上がり、ようやくそこにたどり着く。「山腹と森を穿つようにして造られた、真白い大理石の器。その内側に立ち並ぶ無数の白柱と、漆黒の建物。」それが眼球堂だった。 8つある居室のドアは、全て二重ドア。外に通じるのは前室のみ。真っ黒な「暗廊」とガラス張りの「明廊」の二つから構成される廻廊。 そして驫木は、美術、政治、心理学など、各分野の天才を建物に招き、建築が全てに勝っていることを示そうとしていた。 しかし、翌朝。「明廊」の窓から15メートル先のポールの先端に、驫木が串刺しになっているのが発見された。他殺なのか、自殺なのか、フェイクなのか。どのような方法でポールの先端にそれを串刺しにできたのか。 メンバーに多くの謎が示されたが、さらに事件は繰り返される。客たちは、不可解な状況で、死亡し、あるいは殺されていく。 全ての定理が記された「ザ・ブック」を求める十和田は、事件の真実にたどり着けるのか…。 ――― 細かい謎解きはできませんでしたが、あることには気づくことができました。仕掛けに気づけるのは稀なので嬉しかったです。 ともあれ、不可解な状況(狭い窓からなぜ落下したのか、他殺なのか、自殺なのか;15m先の10mはある高さのポールの先端にいかに串刺しにできたのか、などなど)の提示、張り巡らされた伏線、「読者への挑戦」、論理的な解明と、楽しく安心して読みました。 これは面白かったです。出版されてから、気になっていましたが、今回読むことができて良かったです。 ・さ行の作家一覧へ
2018.12.22
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島田荘司『島田荘司全集VII』~南雲堂、2016年~ 島田荘司さんの全集第7巻です。収録作品については既に別に記事を書きましたが、本書には次の4作が収録されています―――『改訂完全版 異邦の騎士』『改訂完全版 切り裂きジャック・百年の孤独』『改訂完全版 嘘でもいいから誘拐事件』『改訂完全版 夜は千の鈴を鳴らす』――― なんといっても『異邦の騎士』が収録されているのが重要です。 本作の経緯については、文庫版改訂完全版などでふれられていますが、本書のあとがきでも、それらを要約し、また現在の島田さんから見た本作の思い出や、本作への思いなどが語られていて、興味深いです。 すでに本書収録の『異邦の騎士』の記事にも書きましたが、全集には、将来的には『星籠の海』も収録される予定とのことで、今後もどんどん刊行が続いていきそうなのが楽しみになりました。 全集で再読してみて、あらためて面白いなぁと思ったのは『切り裂きジャック・百年の孤独』です。本書で提示される解釈はとても面白いです。 付録の月報は、御手洗潔映像化の裏話がテーマです。・さ行の作家一覧へ
2017.07.22
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島田荘司『改訂完全版 夜は千の鈴を鳴らす』(島田荘司『島田荘司全集VII』南雲堂、2016年、519-715頁) 吉敷竹史シリーズの長編です。 それでは、簡単に内容紹介(文庫版の記事を再録)と感想を。――― 昭和63年(1988年)、10月11日午前、博多駅に着いた<あさかぜ1号>の二人用個室(デュエット)で、女の変死体が発見された。 女は、不動産関係の事業で成長を遂げた鬼島総業株式会社の社長、鬼島政子。現場の客室は内側からロックされていた上に、死因は、心不全だった。 東京の吉敷竹史は、この事件に見られる不審な点が解決されないまま、他殺の可能性を否定することに疑問を抱いた。不審な点は、以下のようなものである。 浜松駅で、女への封筒を駅員に託した男。女は、封筒の中身を燃やしていたが、それを読んだ後に、半狂乱になったらしい。そして、半狂乱になった鬼島が叫んだ、「怖い、怖い、ナチが走ってくる」という謎の言葉。同じく現場から発見された、秘書の男・草間宏司にあてた、一億円の土地譲渡証。 土地譲渡証から、吉敷は草間を重要な容疑者と考えるが、草間には確かなアリバイがあり、彼女を殺害する動機がないと主張する草間に対する反論もなかった。 それでも引き下がれないと考えた吉敷は、鬼島政子の実家を訪れる。そこで、彼は驚くべき事件を知ることになる。――― 冒頭で、草間さんが完全犯罪を宣言します。そこで本書では、吉敷さんと草間さんの頭脳戦といった様相を帯びていきます。 草間さんに、鬼島さんを殺す動機はあったのか。なぜ彼女は死んでしまったのか。 たいへん興味深い謎ですし、また、吉敷さんが過去の事件にたどり着く過程もわくわくしながら読みました。 ただ、文庫版の記事に書いていましたが、頭脳戦という部分に特化した作品という性格もあってか、あまり社会派的なメッセージはなく、その分印象には残りにくい作品とも感じています。私は特に物語を忘れっぽいですが、本作については、ほぼまったく何も覚えていませんでした(ただ、吉敷さんが草間さんについて、食後のコーヒーを飲まなかったなと思うシーンは、なぜか覚えていました)。 とはいえ、あらためて読んだときに、吉敷さんが自分の信念で過去の事件を洗い、真相にたどり着いていく過程はやはり秀逸だと思いました。
2017.07.22
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島田荘司『改訂完全版 嘘でもいいから誘拐事件』(島田荘司『島田荘司全集VII』南雲堂、2016年、419-517頁) 隈能美堂巧(くまのみどたくみ。通称タック)さんが語り手をつとめる、『嘘でもいいから殺人事件』の続編です。本作には、2編の中編が収録されています。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。―――「嘘でもいいから誘拐事件」 1981年8月。 「こんばんワン」と鳴く犬を撮りに行こう!また「やらせの三太郎」の変な企画が立ち上がった。舞台は、宮城県鳴子町鬼首。ゴンドラで上がったところにあるペンションにその犬はいるというが、ゴンドラで事件が起こる。ボク―タックと、ターボの次に乗ったはずの、タレントが消えてしまったのだ。心配しながらもペンションで過ごすボクたちの前には、赤い顔の鬼が現れて……。「嘘でもいいから温泉ツアー」 1987年夏。 三太郎はプロデューサーに昇進したもののまったく変わらず(むしろ、タイアップしまくるという新たな技?も獲得)、ボク―タックはディレクター、ターボはアシスタント・ディレクターとなったものの、結局3人は相変わらずの関係だった。無口なミキシング・エンジニアに、喋りまくりの小朝田サードADと、新たなメンバーも加わって、軽石組が向かうのは五色温泉。温泉の色が急に変わるなど、やっぱり三太郎のやらせはとどまることを知らないが…。 今回の旅も大雨におそわれ、パトカーがスピンして転落する現場に居合わせたり、そして宿では恐ろしい事件が待ち受けていた。――― 文庫版で読んでいましたが、中編集だったことすらも覚えていませんでした…。 今回も、ヤラセの三太郎に振り回されて、タックたちが大奮闘します。 タックの文体がとても軽く、ユーモアたっぷりなので、少し重たい話もありますが、あまり考えずに楽しく読み進めることができます。
2017.07.15
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島田荘司『改訂完全版 切り裂きジャック・百年の孤独』(島田荘司『島田荘司全集VII』南雲堂、2016年、255-418頁) ノンシリーズ(?)の長編です。1888年に起こった、ロンドンでの切り裂きジャック事件の真相について、ひとつの鮮やかな仮説が提示される名作です。 それでは、内容紹介(2007.09.20掲載の文庫版記事より再掲)と感想を。―――1988年9月24日。西ベルリンの、クロイツベルクと呼ばれる貧民街で、3人の娼婦が一夜に殺されるという事件が起こった。被害者は、みな英国系で、40代の女性だった。恐ろしいことに、被害者たちは頸動脈を一気に切られた上に、腹部を切断され、内蔵をひきずりだされていた。翌日の夜、大雨という悪条件にもかかわらず、さらに二人の娼婦が殺害された上に、婦人警官も被害にあった。 現場付近に残された、「ユダヤ人は、みだりに非難を受ける筋合いはない」という奇妙な落書き。それは、100年前のロンドンで起きた、切り裂きジャック事件の際に残された落書きと、同じ文言だった。 切り裂きジャックは、5人の娼婦を殺害したきり、犯罪を繰り返すことはなかった。ベルリンでの事件の犯人も、5人の娼婦を殺したきり、事件を起こすことはなかった。 犯人逮捕に苦心する警察に、100年の時をこえて起こった酷似した事件を解決できると、名乗り出す自称研究者が現れる。――― 久々の再読ですが、例によって真相を忘れていたので、新鮮な気持ちで楽しめました。作中事件の解決もさることながら、1888年ロンドンでの事件に、従来ない仮説(そして十分に説得力があるように感じます)を提示されているのが最大の魅力ですね。 では、ちょっと反転させて、少し書いておきます。<反転>本書の探偵役、クリーン・ミステリ氏は、どうも御手洗潔さんのようですが、このブログの所有作品一覧では、本書をノン・シリーズのところに並べておきます。私が、ずっとノン・シリーズの作品だと思っていたこともありますが、御手洗さんの名前がはっきり出ているわけでもありませんし(「糸ノコとジグザグ」もそうですね)。御手洗さんの登場は、一種のファン・サービスととらえました。<ここまで>(文庫版記事より再掲) 事件が事件なだけにグロテスクな描写もありますが、これは面白かったです。
2017.07.12
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島田荘司『改訂完全版 異邦の騎士』(島田荘司『島田荘司全集VII』南雲堂、2016年、5-254頁) ついに、全集に『異邦の騎士』が収録されました。 おそらく5回以上は読んできている、御手洗潔シリーズの傑作長編です。 それでは、内容紹介(2005.3.20掲載の、文庫版感想を再掲)と感想を。―――俺は公園のベンチで眠ってしまっていたらしかった。車を探すが、ない。とめた場所が思い出せない。いや、自分が乗っていた車すら思い出せない。そして、自分の名前も。俺は誰なんだ?ここはどこだ? 夜。通りで、言い争っている男女に会う。俺には、それから起こることが分かった。女性が、自分の方に走ってくる。自分にすがる。男性は立ち去る。女性は言う。「一人にしないで」 喫茶店で、俺たちは休む。トイレに行き、鏡を見ると、そこに見えたのは赤いメロン。俺はパニックになる。女性-石川良子は、彼を支える。俺たちは良子の家に行き、それから、一緒に暮らすようになる。 お互いに仕事を見つけて。仕事が終わると、喫茶店によったり、一緒にケーキを食べたり。休みの日には遊びにいったり。とても幸せな日々が過ぎていった。 俺は、星座のことに多少詳しいということが分かった。そこで、かねてより気になっていた、「御手洗占星学教室」を訪れた。ぼろいアパートの一室。風変わりな占星術師、御手洗潔と、俺は友達になる。「異邦」の地でえた、良子以外の親しめる相手であった。 しかし。良子の様子がおかしくなる。酒におぼれ、男に抱かれ、ひどい言葉で俺をののしるようになる。 益子秀司-俺の本名と思われた-の免許証。そこにある住所へ、良子はずっと行かないように言っていた。とつぜん、そこへ行け、というようになる。もし、記憶を失う前の俺に妻子がいれば、良子との生活に影が差すのは目に見えていたのだが…。 意を決して、免許証の住所を訪れた俺は、衝撃的なノートに行き当たる。――― 何度読んでも良い物語です。これは素敵です。 御手洗さんの奇矯な振る舞いが、自分の記憶を失っている「俺」の支えとなり、また良子さんの優しさで、「俺」は生きていけると感じていました。そのなかで起こる、良子さんの行動の変化が意味することとは? 冒頭に大きな謎が提示されるわけでも、密室が出てくるわけでもありませんが、このひとつの謎の裏にある真相の意外性は、本作がミステリとしても高レベルにあることを示しています。同時に、やはり物語のしての味わいや面白さがとにかく秀逸です。 10年以上前に書いた自身の記事にどんなことを書いたか忘れていたのですが、「異邦の騎士」は御手洗さんのことだけでなく、「俺」のことでもあるのではという思いは、今でも感じます。 以下余談です。 全集あとがきで、『星籠の海』にふれられているのですが、やがては『星籠の海』も全集に入る予定があるようです。10巻くらいで終わるのかと勝手に想像していたので、今後の全集の刊行がますます楽しみになりました。(ちなみに9巻には、『暗闇坂の人喰いの木』が収録される予定のようです。)
2017.07.05
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島田荘司『島田荘司全集VI』~南雲堂、2014年~ 島田荘司さんの全集第6巻です。収録作品については既に別に記事を書きましたが、本書には次の4作が収録されています。―――『改訂完全版 御手洗潔の挨拶』『改訂完全版 ひらけ! 勝鬨橋』『改訂完全版 灰の迷宮』『改訂完全版 毒を売る女』――― 御手洗シリーズ、吉敷シリーズが1作ずつ、両シリーズ短編を含む短編集1作、そしてノンシリーズ1作と、バラエティに富んだ作品が収録された1冊となっています。 本書の全集版あとがきも、全集第5巻同様、個々の作品へのコメントです。個々の短編についてもコメントが寄せられているので興味深いです。 付録の月報には、東京創元社前社長でミステリ評論家の戸川安宣さんとの対話が収録されています。荘司さんが各種の賞の選考委員で、何を重視しているか、という点がメインで語られています。荘司さんは、すごい力をもつ新人をデビューさせることは、ミステリというジャンル全体を存続させるために不可欠である、という信念を貫かれています。 いわゆる新本格の作家たちを推薦していた頃から現在まで、そのスタンスに変わりがないということは、その信念が揺るぎないものであることを示していると思います。非常に興味深い対話です。・さ行の作家一覧へ
2017.03.18
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島田荘司『改訂完全版 毒を売る女』(島田荘司『島田荘司全集VI』南雲堂、2014年、625-796頁)8編の短編が収録された短編集です。中には、御手洗シリーズの短編も吉敷シリーズの短編も(1編ずつ)収録されていて、嬉しい一冊です。 それでは、内容紹介と感想を(文庫版記事をほぼ再録)。―――「毒を売る女」主婦友達が私以外におらず、いつも私にかまってくる大道寺靖子が、梅毒にかかっているかもしれないことが分かった。彼女の家族との交流を避けようとする私だが、私の夫が医者であるために、ますます靖子が接近してくるどころか、それまで既製品をおみやげにもってきた彼女が、手作りの食べ物ばかり持ってくるようになってきた。梅毒がうつされるかもしれないと、私は次第にノイローゼ気味になっていく。「渇いた都市」詐欺師の女にだまされながらも彼女にほれた男が、転落していく。「糸ノコとジグザグJigsaw And ZigZag」クリスマス特集として、リスナーが自由に3分間話すという企画をたてたラジオDJのもとに、リスナーから、自殺をほのめかす、暗号めいた言葉が届いた。番組中に行うとほのめかされている自殺を、DJはリスナーたちの協力をえて食い止めようとする。「ガラスケース」会社からもらったガラスケースの中でおたまじゃくしを飼い始めた私。ガラスケースの中では、生命の進化が再現され始める。「バイクの舞姫」15年前に亡くなった恋人が、バイクに乗って現れた―。私は、恋人が遺していた言葉をたよりに、入江長八について調べ始める。「ダイエット・コーラ」25時間周期の生活になじんでしまったダイエット・コーラの発明家に待ち受けていたのは…。「土の殺意」かつて国土庁につとめていた男が殺された。死亡推定時刻の前に、居酒屋で彼といさかいを起こしていた男が疑われたが…。「数字のある風景」電話をかけると、相手の言葉がすべて数字に聞こえるようになった男は、数字で世界の現象を理解できるようになり、予言者気取りになっていった。しかしある日、とつぜん数字の意味が理解できなくなり…。ーーー いわゆるミステリーに該当するのは、「糸ノコとジグザグ」と、「土の殺意」ですね。前者は、明記はされていませんが御手洗さんが登場、後者は吉敷さんが登場します。もっとも、特に「土の殺意」というのは、事件の犯人を暴くというよりも、社会的な問題を描くことに重点があるように思います。 表題作は、サスペンスホラーとでもいうのでしょうか。昔の火サスの雰囲気ですね。このようにドラマに例えるなら、「渇いた都市」は、世にも奇妙な物語といったところでしょうか。「ガラスケース」は、綾辻行人さんのある短編を連想しましたが(もっとも、島田さんの作品の方が先に書かれています)、こういう話は好きです。「数字のある風景」は、『眩暈』の1シーンを連想させますが、この短編だけだと、ちょっと私にはよく分かりませんでした。 島田荘司さんの幅広い作風を感じさせてくれる一冊です。
2017.03.18
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島田荘司『改訂完全版 灰の迷宮』(島田荘司『島田荘司全集VI』南雲堂、2014年、433-624頁)吉敷竹史シリーズの長編です。それでは、内容紹介と感想を(文庫版の記事をほぼ再録)。――― 昭和62年(1987年)2月10日。朝、新宿でバス放火事件が起こった。浮浪者風の男がバスに乗り込むと、一人の乗客が急いで逃げ出した。男はまず、乗客が残したバッグに丹念にガソリンをまきはじめた。乗客たちが男を取り押さえようとしたとき、バスから逃げ出した乗客がタクシーにひかれてしまい、放火(未遂)犯は逃げてしまう。その後、おそらくなんらかの過失で、バスは炎上した。 7年前、全く同じ状況で起こったバス放火事件の、これは模倣ではないかと、吉敷は考えたが、被害者の佐々木徳郎の過去を追う内に、事件は複雑な様相を見せる。2年前に起こった事件の死者、壺井が持っていた、新聞記事の切り抜きを、佐々木が持っていたというのである。それでは、2年前の事件の犯人は、佐々木だったのか―。 佐々木の家庭、そして壺井のアパートのある鹿児島の刑事、留井と連携をとりながら捜査を進める吉敷だが、留井と関係のあった女、茂野恵美に対する事情調査が難航していることもあり、吉敷自身が鹿児島に向かうことになる。 2年前に起こった鹿児島の大降灰により、佐々木の家の屋根が落ちたことは、どんな意味を持っているのか。壺井が、佐々木と近づこうとしていたが、とつぜん彼から距離を置き、競馬場の関係者と近づこうとしたのはなぜか。なぜ、佐々木が壺井を殺したのか。なぜ、奇妙なバス放火が行われたのか。複雑に絡む謎に、吉敷は推理をめぐらせる。――― 事件自体は、なにか、幻想的な大がかりな謎が提示されるわけでもなく、同じく大がかりなトリックが用いられているわけでもない。それでも、複雑に絡み合ったいくつもの奇妙な謎は、魅力的で、その謎の数々が解かれていく過程はわくわくします。 この物語でもっとも素敵なのは、吉敷さんと恵美さんのやりとり―特に、恵美さんの行動だと思います。<文字色を反転させます>たとえば、恵美さんが死亡したとき、遺品として見つけられた、粉々になったインスタントラーメン。これだけでとても感情が動かされたのですが、エピローグで語られる恵美さんの行動にもまた、感動しました。友達のところで、吉敷さんの似顔絵を描き、どれだけ彼が素敵か語り、彼においしいラーメンを食べさせてあげるんだと話していた恵美さん。彼女の姿を思うと、たまらないような気持ちになります。吉敷さんが、事件の当事者のためにはじめて涙を流したというのも、印象的でした。<ここまで> 留井刑事も素敵でした。なにより、エピローグで紹介される彼の手紙が良かったです。おいしいラーメンの作り方について、留井さんは自ら編み出した料理法について詳しく書いている…らしいのですが、事件とは無関係ということで省略されていました。惜しい! これは素敵な物語でした。良い読書体験でした。
2017.03.11
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島田荘司『改訂完全版 ひらけ! 勝鬨橋』(島田荘司『島田荘司全集VI』南雲堂、2014年、199-431頁) 老人ホームに併設されたぼろ小屋に住む老人たちが主人公という、異色の長編作品です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。――― ゲートボール大会で、ルールもよく分からず、初戦敗退した「青い稲妻」のメンバーは、ボランティアでゲートボールを教えてくれていた翔子に愛想を尽かされてしまう。 彼女に戻ってきてもらうため、叡吉を中心に猛練習する「青い稲妻」のメンバーたちだが、とつぜん、老人ホームに大きな問題が降りかかる。あくどい手法をつかう会社の人間たちが、老人ホームの土地を買収し、老人ホームの入居者たちは立ち退くよう要請されたのである。 笑いものになりながらも練習を続ける叡吉たちだが、チンピラたちの妨害はひどくなっていく。そしてある日、全くゲートボールの経験のない彼らと勝負し、「青い稲妻」が勝てば、立ち退きに1年間の猶予を与えるという提案が、会社側からなされる。 老人ホームの存続が、「青い稲妻」のメンバーに委ねられることとなり、叡吉たちは練習に励むが…。――― 島田荘司さんの小説はほぼ全て読んできたつもりですが、本作は文庫は購入していたものの、未読となっていました。この度、全集版ではじめて読んだのですが、楽しく読むことができました。 叡吉さんたちが特訓して、足腰が強くなり、ゲートボールの腕前がみるみる上達するあたりでは感動し、悪徳業者とのゲートボール大会は手に汗握ります。そこからの意外な展開も楽しめました。 全集版あとがきによれば、もともとは、映像化されることを想定して書かれた作品とのこと。シュールだったりドタバタだったりアクションたっぷりだったり、映像化されても面白いだろうなぁと思います(いまだ映像化はされていないそうですが)。・さ行の作家一覧へ
2017.03.04
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島田荘司『改訂完全版 御手洗潔の挨拶』(島田荘司『島田荘司全集VI』南雲堂、2014年、5-198頁) 御手洗潔シリーズ初の短編集です。 それでは、簡単に内容紹介(文庫版記事をほぼ再録)と感想を。―――「数字錠」1979年12月。『占星術殺人事件』で知り合った竹越刑事が、御手洗のもとを訪れた。看板製作会社の社長が密室状態の仕事場で殺されていた。シャッターは鍵がかけられ、その鍵は社長と従業員の一人がもっていただけ。裏木戸には、数字錠がかけられていた。社長と金銭関係のトラブルのあった二人の人物が怪しいと竹越はにらんでいたが、密室という壁が解決できなければ、彼らのアリバイも成立してしまうのだった。「疾走する死者」1980年秋。「糸ノコとジクザク」という店を営む糸井氏のマンションで、定期的に音楽パーティが催されている。僕―隈能美堂巧(くまのみどたくみ)も、公園で知り合ったアカに誘われてパーティに参加する。そこには、一級のギターの演奏を披露する御手洗潔という男もいた。パーティは、豪雨の夜に行われた。そこで、とつぜん停電になり、男が走って部屋を出て行った。男は、マンション(糸井の部屋は11階)から飛び降りたかと思われたが、下に死体はなかった。間もなく、失踪した男が電車にひかれてしまう。「紫電改研究保存会」私―関根が七年前に経験した奇妙な出来事。英字新聞部につとめる私のもとに、戦闘機の紫電改について熱弁を振るう男が現れた。四国そばで見つかった紫電改が引き上げられる際、そこにセスナ機が墜落した。そのセスナ機を操縦していた男は関根の遠縁にあたる人物だが、セスナ機に同乗していて男の「自殺」に巻き込まれた人物は、自分の友人の子供だという。はて、ゆすりかと思う関根に、男は頼み事をする。宛名書きを手伝って欲しいというのだ。金品は一切盗まれていない。あれはいったいなんだったのか―。関根の話を聞いていた奇妙な男―御手洗潔が、その出来事の真相を語る。「ギリシャの犬」1987年6月。実業家・青葉の妹、青葉淑子が御手洗のもとを訪れた。隣にあったタコ焼き屋が店ごと盗まれたという話を聞いたときにはやる気をなくした御手洗だが、聞いてみると、その際、彼女が飼っていた犬も殺されていたという。事件に興味をもった御手洗が動き出したとき、本格的に事件が起こる。淑子が預かっている兄の子供が、誘拐されたのだった。犯人は、青葉に一億円を要求した。身代金に引き渡しに、川を船で移動するように言われた。犯人グループも川で船に乗っていると思われたが、付近には、それらしい船は一切見あたらなかった。石岡は、身代金引き渡しのために船に同乗したが、御手洗はしばらく前から独自に動き、石岡たちに指示を与えていた。―――「数字錠」は、御手洗シリーズの中で、とても大好きな短編の一つです。ストレートに御手洗さんの優しさが示される事件です。読むたびに感動できる一編です。全集あとがきに付された、本作へのコメントも興味深いです。全ての日本人がそうではないのでしょうが、わが国独特の感情が紹介されています。「疾走する死者」は、読者への挑戦が挿入された本格パズラー作品。『嘘でもいいから殺人事件』のタックさんが登場します。「紫電改研究保存会」は、殺人事件が起こらない、いわば日常の謎を扱った作品。最後の「ギリシャの犬」は誘拐事件と、バラエティに富んだ4作となっています。 何度も繰り返し読んでいる作品集ですが、今回も楽しめました。 ただ、この全集版では、誤字が目立つのが残念。気づいたところでは、「そっとやれば」となるべきところが、「そっとやれぱ」になっていました(152頁)。
2017.02.25
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島田荘司『御手洗潔の追憶』~新潮文庫、2016年~ 御手洗シリーズの番外編短編集を集めた作品集です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。―――「御手洗潔、その時代の幻」 アメリカで「私」と御手洗さんが久々に再会し、「私」がインタヴューをします。「周囲のみなが、群れて赤信号をぞろぞろと渡っている腰抜けぞろいなら、一人青信号を待って渡ればそれは狂人です。噂にもなる、村八分にも遭う、正義と道徳の生け贄ともなる。だがそれがどうしたんです、何も恐れる必要はない。どうせ相手は腰抜けだ」(29頁)という御手洗さんの言葉は、『21世紀本格宣言』ではじめて読んだときから印象に残っています。「天使の名前」 真珠湾奇襲の前。外務省に勤める御手洗直俊さんは、なんとかアメリカとの開戦を防ごうとします。しかし、軍部の暴走になすすべもなく…。「石岡先生の執筆メモから。」 犬坊里美さんが、石岡さんに見せてもらった執筆メモから、気になる未発表事件を紹介してくれます。「石岡氏への手紙」 女優・松崎レオナさんから、石岡さんへの手紙です。「石岡先生、ロング・ロング・インタヴュー」 島田さんが、石岡さんにインタヴューをします。石岡さんの、「面白いことが言えないんです。面白くないでしょう?」という言葉への、「いや、ある意味ではとても面白いです」という島田さんの回答は秀逸だと思います。「シアルヴィ」 スウェーデンのシアルヴィ館というカフェでの、御手洗さんや教授たちのやりとり。館に刻まれた絵の意味するものとは…?「ミタライ・カフェ」 スウェーデンでの事件の記録者、ハインリッヒ・フォン・レーンドルフ・シュタインオルトが、ウプサラに引っ越した御手洗さんの後を追い、ウプサラに引っ越します。そして、御手洗さんに大学の中を案内してもらいます。――― 最後の3編以外は全て別の作品集で読んだことがありますが、それでもとても楽しめました。「天使の名前」は名作だと思います。 「石岡先生の執筆メモから。」の未発表事件が刊行されるのはいつになるのでしょうか…。2016年に刊行された『屋上の道化たち』も、このリストにはない事件ですし。今後が楽しみです。 日本人論もからめたあとがきも興味深く読みました。・さ行の作家一覧へ
2017.01.28
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島田荘司『島田荘司全集V』~南雲堂、2012年~ 島田荘司さんの全集第5巻です。収録作品については既に別に記事を書きましたが、本書には次の4作が収録されています。―――『改訂完全版 消える上海レディ』『改訂完全版 Yの構図』『改訂完全版 網走発遥かなり』『改訂完全版 展望塔の殺人』――― 島田さん御自身は、『Yの構図』はいささか残念な気持ちで執筆したと書かれていますが、本巻収録作の中では、私は一番好きな作品です。クライマックスのある種幻想的なシーンが怖くもあり、また印象的です。 今回の全集版あとがきは、個々の作品へのコメントとなっています。多少、当時の(特に講談社の)編集者の問題への言及はありますが、そういった編集者サイドや評論家たちとの当時の確執については、だいぶ言及が少なくなって、純粋に作品の執筆背景や思い出が語られています。 付録の月報では、『消える上海レディ』担当編集者と、上海取材に行ったときの思い出が語られています。非常に厳しい時代の中国だったようで、ガイドやお店の人々の態度がどのようなものであったか、たいへん興味深く読みました。
2017.01.21
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島田荘司『改訂完全版 展望塔の殺人』(島田荘司『島田荘司全集V』南雲堂、2012年、615-789頁) 島田荘司さん初の短編集です。吉敷シリーズの短編2編の他、ノンシリーズの短編4編が収録されています。 それでは、それぞれについて簡単な内容紹介(文庫版感想からほぼ再録)と、感想を。―――「緑色の死」緑色に激しい恐怖を感じ、野菜も食べられないほどの私。緑色への恐怖の原因に気づかないでいたが、亡くなった父親の友人から連絡を受ける。過去、母親が密室状況で死んでいた事件について、父が遺した手記があるというのだった。「都市の声」毎週火曜日、私がフランス語会話学校を終えて、まっすぐに帰宅しないと、私あての電話が、寄っている店や歩いている道の公衆電話にかかってくるようになった。電話の相手は、私の行動を全て見ているという。誰が何のために、私が行く先の電話を鳴らすのか…。「発狂する重役」奇妙な事件について知るのが好きな私は、居酒屋で吉敷という刑事と知り合った。吉敷は、最近扱ったという奇妙な事件について話してくれた。ある会社の常務が、ハイヒールをデスクにおき、発狂していたというのだ。「展望塔の殺人」東京都郊外の展望塔に、二人の婦人客がやってきた。その中にある喫茶店は、セルフサービスが建前だったが、婦人は頼んだココアをテーブルまで持ってくるように頼んだ。周りからの評判もよいバイトの女性がココアを客たちのもとへ運んだ後、バイトの女性は突然婦人の一人をナイフで刺した。明らかに面識がなさそうな婦人を、なぜ彼女が刺したのか。しばらくしてから、事件を担当していた吉敷のもとに、被害者の夫から連絡があった。事件の背景を語っている手記が出てきたという。「死聴率」21時からの連続ドラマの担当になったディレクター。スポンサーをはじめ、多くの人々の期待(そして予想)とは裏腹に、初回の視聴率が20%に届かなかった。そして視聴率は低迷を続ける。打開策として、ディレクターは一つの賭に出る。「D坂の密室殺人」知恵遅れの女性がすむ隣家に、毎週水曜日、三時間だけ滞在する紳士がいた。私は少女とともに、その紳士に関心をもっていたが、ある日、事件が起こる。紳士が、密室状況で、しかもきわめて奇妙な状況で死亡。同じ日に失踪していた女性が、水死体で見つかった。――― 個々の短編の感想については、文庫版で読んだときの記事に書いているので、ここではあらためて印象に残ったことなどをメモしておきます。 まず、なによりも残念だったのが、ひどい誤植が目立ったことです(本巻を問わず、『島田荘司全集』にはいろいろ誤植が散見されますが…)。たとえば、「飛びおりたんでしたわね」となるべきところが、「飛びおりたんで七たわね」(740頁)、744頁では必要ない改行(読点のところで改行されている)、「ガタンと落ちちゃう」となるべきところが「ガタンと落ちぢゃう」(746頁)と、わずか7頁のあいだにかなり目立つ誤植が3箇所ありました。 物語はどれも面白いですが、特に「展望塔の殺人」は表題作だけあってメッセージ性も深いです。全集版あとがきにも、興味深いコメントが寄せられています。 ミステリーとしては、「発狂する重役」が良いです。ハイヒールをデスクにおいてなぜ発狂していたのか…。奇妙な問題提起が、興味をひきつけます。 全集版あとがきでは、個々の短編の執筆背景や思い出が書かれていて、こちらも興味深く読みました。
2017.01.21
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島田荘司『改訂完全版 網走発遥かなり』(島田荘司『島田荘司全集V』南雲堂、2012年、413-614頁) ノンシリーズの連作短編集です。 それでは、簡単に内容紹介(文庫版感想をほぼ再掲)と感想を。―――「一章 丘の上」私の向かいの家に住む老人は、毎朝のように、少しずつ笹の葉を刈っていた。ときには、鏡を持ち、丘の上のマンションに光をあてていた。やがて、私の息子を連れて丘の上に行き、子供たちと遊ばせようとさえしているという。老人の嫌な噂も聞き、私と夫は、息子が老人と親しくするの禁じるが…。「二章 化石の街」新宿地下道で人目をひくピエロと、私は接触をもつことになってしまった。ある日、仕事を早く終えた日に、奇妙な動きをみせるピエロを尾行した私。その翌日、私は、老紳士が、ピエロが訪れた先々を訪れていることに気付く。老人は、それらの場所が、宝の場所だと謎のような言葉を聞かせてくれた。まとまったお金が必要な私は、ピエロも宝探しをしているのだと考え、ピエロに接近する。「三章 乱歩の幻影」30年前、アヤコという女性が写真の現像に依頼にきたきり、二度と写真を取りに来ることはなかった。写真には、アパートが多く写されていたが、中には、江戸川乱歩の写った写真もあった。私はそれ以来、乱歩マニアとなったが、現在の夫の蔵書の中に、乱歩の友人に関する記述を見つけ、乱歩熱が再燃した。調べを進める中で、乱歩と親しい女性だったアヤコの死体が、アパートの壁に塗り込まれているのではないかという疑いを抱くことになる。「終章 網走発遙かなり」叔父を訪ねて、私は北海道網走を訪れた。私の父は、40年前、電車の中で何者かに銃殺されたが、その事件にはいくつも不可解な点があったという。父と女性が乗っていた電車に、拳銃をもった男がやってきた。もみあっているうちに、父が殺された。女性は悲鳴を上げたが、かけつけた車掌は、犯人が逃げるのを見ていないというのだった。有名な作家だった父が疎開先の地で参加した同人誌。その中に、そうした父の事件を描いた物語があり、私は何度もその物語を読んでいた。ところが、電車に乗った私に、その事件そっくりの事態がふりかかる。私を父の名前で呼ぶ女性が現れ、拳銃をもった男が、私たちに迫ってきた…。――― 全集版あとがきによれば、このような連作短編(一編一編独立した短編として読めるけれども、全体を通して長編になっている)という趣向は、本書刊行当時は目新しい試みだったそうです。編集者たちのあいだでも話題になったとか。今でこそ、こうした趣向は珍しくありませんが、いかに読者を驚かせようと島田荘司さんがしていたか(そしてそれは今でもですが)、よく分かるエピソードだと思います。 さて、物語の方は、すべて一人称で語られています。1章から3章は、特に、主人公が(謎の行動をとる)第三者の影響で狂気に走りそうになり、また終章でも、主人公自身が奇異な状況に陥るという、サスペンスフルな要素も強いです。 短編として読んだときに、特に好みなのは2章です。ピエロがとる謎の行動の意味とは? そして彼と同じ場所をめぐる老人の、謎のような言葉の真意は? わくわくしながら読み進めました。
2017.01.14
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