M17星雲の光と影

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2006.01.14
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カテゴリ: その他



「昨日、夕飯をすませてから、レイとチェスをしたんだ」
一瞬の間。そして、「彼が勝った(He won.)。」聴衆は拍手喝采する。
「彼はなかなか抜け目のない奴だ。今度からは、ちゃんと灯りをつけてやらなくちゃいけない」
レイは大きな両手をまるでシンバルを打ち鳴らすようにばしばしと叩き、足で床をどんどんと踏みならして大喜び。観客もやんやの喝采である。

よく考えるとなかなかむずかしいジョークである。落ちは逆でもいい。「今度からはちゃんと電灯を消しとかなきゃならない」

これでも成立する。どちらかといえば、私は後の方の落ちを好むが。

こういうジョークが普通の会場で説明なしに受け入れられる風土というのは、やはりなかなかのものである。日本で同じような場面を想像することは困難だ。わるふざけや駄洒落や強引な笑わかしは横行していても、ジョークが定着する気配はこの国にはない。

こういうジョークはまずはユダヤ人の専売特許である。自虐と客観視を生存条件として持たざるをえなかった民族だからこそ、それを培養土としてジョークの文化を花開かせることができたのだろうか。


「レイチェルはいるか?」
「はい、ここにいるわよ、あなた」
「ジョシュはどこだ?」
「ここよ、パパ」
「ハーブはどこにいる?」
「ここにいるよ。パパ」
「レベッカは?」
「もちろんよ、全員ここにいるわ」
「ばかもん、じゃあいったい誰が店番をしとるんだ」

いいですね。自虐の笑いはこうでなくては。

でも迫害者に対してもこういう作品がある。


ある日、ヒットラーは占星術師に尋ねた。
「私はいつ死ぬだろうか」
「総統、あなたはユダヤの祝日にお亡くなりになります」
ヒットラーはさっそくユダヤ暦を取り寄せ、ユダヤの祝日を調べあげた。幸い祝日は思ったよりも少なかった。
彼は側近の部下に命じた。「これらの祝日には、余の警護を百倍にしろ」そして、安堵の胸をなでおろした。

「総統」と占星術師が言った。「安心は禁物です。いずれにせよ、総統のお亡くなりになった日がユダヤの祝日になります」

いいですね、この呼吸。

では、日本にはこういうジョークは存在しないのか。いや、けっしてそんなことはありません。ここはやはり伝統芸能にご登場いただかなければならない。いうまでもなく「落語」ですな。

桂枝雀という関西の落語家がいた。私は十代の頃、彼を高く買っていた。とくにその枕はウィットに富むものだった。だが、それから十数年して見ると、彼の芸風はすっかり変わってしまっていた。誇張された表情、突拍子もない叫び声、完全におどけに徹して笑いをとっている彼の姿は正視に耐えないものだった。おそらくは彼の住んでいる風土が、彼の芸風をそのままの形では許さなかったのだろう。その後、彼は関西落語の大御所として第一人者となり、ある日、突然自ら首をくくって死んだ。痛ましい死であった。

十代の頃私が聞いて、いちばん気に入った彼の枕を紹介しよう。

ある日、男が歩いておりますと、道ばたになにやらモノが落ちております。
「おや、こんなとこに定期券が落ちとるやないか、落とした人はさぞや困っとるやろうな、落とし主が誰か調べてみよう。えーと、名前はと。あれ、名前書いてないやないか、住所はどうやろ、あー、住所も書いてない。電話番号はどないやろ、これも書いてない。困ったなー、これやったら届けようがないやないか。ああ、そうか、せめてどこからどこまでの定期かわかったら、駅にあずけるいう手もあるか。そうか、いったいどこからどこまでの定期なんやろ。……。それも書いてないがな。そもそもバスか電車かもわからへん。こまったなー。…………。まてよ、そもそもわし、なんでこれが定期券やと思ったんやろ」

お後がよろしいようで。







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Last updated  2006.01.14 21:15:13 コメントを書く


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和久希世@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) >「彼はこう言いました。「それもそうだ…
kuro@ Re:「チャンドラーのある」人生(08/18) 新しいお話をお待ちしております。
あああ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 非常に面白かったです。 背筋がぞわぞわし…
クロキ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 良いお話しをありがとうございます。 泣き…
М17星雲の光と影@ Re[1]:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) まずしい感想をありがとうございました。 …
映画見直してみると@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 伊集院がトイレでは拳銃を腰にさして準備…
いい話ですね@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 最近たまたま伊丹作品の「マルタイの女」…
山下陽光@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) ブログを読んで、 ワクワクがたまらなくな…
ににに@ Re:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) 文句を言うだけの人っているもんですね ま…
tanabotaturisan@ Re:WILL YOU STILL LOVE ME TOMORROW(07/01) キャロルキングの訳詩ありがとうございま…

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