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朝、9時前、8時50分頃、メトロが駅に到着すると、始業が9時からなのだろう、駅の前にある専門学校の子たちがホームに降りたす。エレヴェータに、エスカレータに、列をなす。男の子も女の子もいて、専門が「美容」だからだろう、女の子たちのファッションは「いまどき」で、大きなバッグをさげている。ホームから改札へのエレヴェータにうまくタイミングがあうと、そうした子たちと一緒になる。もちろんほかにも会社員もいるし、いろいろだが、なかには、その子たちが挨拶する、50も半ばくらいだろうか、小柄な女性がいるのである。先生、と呼ばれても、ごくごく「ふつう」だ。若い子たちはタメグチをつかうが、なついているかんじがとてもいい。少し前のこと。ひとりの男の子が、顔だかの傷がのこるとかのこらないとか相談をしていたが、つづいて、一緒にいた、やはり男の子たちが、つぎつぎに、先生これは?と、やはり顔のどこか、や、髪に隠れているあたりとかを「先生」にみせながら、聞くのである。「先生」からすると、自分の子どもとかとおなじような年齢だろう。応答もまた、ごくごく自然で、とても微笑ましかった。もしかしたら、教室では騒いだりしてうるさい子たちなのかもしれない。面倒な子もいるかもしれない。十代の終りから二十代のはじめくらいだから、当然だろう。こんなふうに、朝、挨拶もあり、会話がある風景。
2010年01月31日
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「ジョン・ルーリー展:ドローイング You Are Here」へ。それなりの点数。何よりも、絵とタイトルとの関係がおもしろい。途中階には、インタヴューとライヴが交互になっている映像がながれている。ライヴは1991年、ベルリンでおこなわれたラウンジリザーズのもの。インタヴューは、短い質問が画面にでて、座ったジョン・ルーリーが話す、というかたち。こちらはイーストヴィレッジでの撮影。右腕を吊っている。この音楽家にして俳優は、90年代後半から、ライム病になり、闘病しながら、絵を描いていたという。ライム病というのははじめて聞いたが、北米ではかなり広まっていて問題になっているらしい。展覧会については、べつのところで書く予定があるので、割愛。ワタリウム美術館
2010年01月30日
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新作能「巣鴨」。巣鴨の地蔵通りに、足にとげがささってぬけない、と座りこんでいる老人がいる。声をかけて、しばらく話をしているうちに、姿が変わり、じつは東条英機の霊であることがわかる。そして、霊としての「おもい」を語ってゆく……。多少、脚色、というか、記憶ちがいはあるだろうが、杉本博司と中沢新一が話をするなかででてきたエピソード。こういう新作能をやりましょうよ、というのである。もちろん、まだ、存在はしていない、もじどおり、亡霊のようなもの。MANSAI◎解体新書 その拾六 『依代(よりしろ)』~宿りというポイエーシス(創造)~今回は、まず、野村萬斎が『三番叟』を演じ、休憩のあと、上記の2人と3人が対話するという構成。『三番叟』は、通常の能の衣裳ではなく、うごきやかたちがよく見えるように、とシンプルに袴をつける。杉本博司は自称骨董屋として、風呂敷に包まれた箱を持ってきている。面がはいっているのだ。ほかにもあったが、鎌倉から室町時代にかけての面をだし、野村萬斎がつけてみる。いまの面とはだいぶちがう。はっきりと何かがそこにはある。「霊力」という言葉がつかわれたりもしていた。話はつきない。まあ、予想されたとおり、杉本博司と中沢新一の話は横道にそれ、飛躍しながら、おもしろい展開をみせる。野村萬斎はあまり口をはさまなくても、進んでゆく。萬斎ファンは、もしかすると、ちょっと欲求不満かもしれないが。杉本博司は「アート・アナーキズム」という言い方をする。U2のコンサートで、杉本作品が映しだされる写真がスクリーンにでてきたが、Youtubeには、コンサートを「非合法で撮影した」ものがアップされていて、このアーティストはさらにそれを「非合法にコピー」して、と笑いをとり、映しだしていた。ボノが「Sugimoto-san!」なんて叫んで歌い始めるものだ。異教的な神のよみがえり、を、ロックのコンサートで体感する、というような話もあった。うーん、わかるようなわからないような。あるもりあがり、熱狂は、だったら、かならずそうなのか、といえば、そんなことはないだろうし。音楽と熱狂、トランス、それに接続される宗教性、はまだ全然うまくみえていないので、保留。2010年1月29日(金)19:00- 世田谷パブリックシアター
2010年01月29日
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「アントネッロ 躍動する古楽の世界」久しぶりのアントネッロ。3人だけではなく、カウンターテナーの彌勒忠史が加わる。「アリオン・アフタヌーン・コンサート2009」であるためか、各楽器やカウンターテナーの説明もある。ヴィオラ・ダ・ガンバについては、もう少し、説明があったほうがよかったのでは。濱田芳通は、演奏のみならず、MCにおいてもじつにエンターテインする。コルネットとソプラノ/アルトのリコーダーを吹きまくる。古楽ではあるし、その時代の音楽がもとになってはいるが、音楽はあくまで「現在」のもの。即興的なめくるめく、そしてうねうねと紡ぎだされるパッセージ。フラッター奏法まではいってくるが、たしかに当時であっても、おこなわれていたにちがいないとの説得力もあり。前半の最後、フレスコバルディのアリア《そよ風が吹けば/Se l’aura spira》と後半の最初、ヴァレンテの《パッサメッツォ/Passa e mezzo》、ともに、ラ・フォリアを想起させずにはいないオスティナート様式をとり、前半/後半のつながりが感じられる。アンコールはヴェルディの《女心のうた》。なかなかのおもしろさ。こんなことでもないと、ヴェルディを耳にする機会はないのだが。あ、濱田芳道が「高島礼子命」と言っていた。つい、笑ってしまう。2010年1月28日(木)14:00- 津田ホール
2010年01月28日
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『ラドン』は、1956年の映画だから、生まれる前である。当然、ロードショーは観ていない。子どものときはテレヴィで見た。たしか、1960年代は、大晦日の昼間、東宝の怪獣映画を放映していたのではなかったか。何度か、隣りに住む叔父と、大晦日を怪獣で過ごした記憶がある。遠からぬところに、脳性の障害がある子がいて、ラドンと呼ばれていた、という。舗装はされていたけれどもまだドブがあって、という時代、近所の悪ガキは、ラドンをはやしながら、追ったり追われたりしていたらしい。怪獣を知るより前のことだ。わたしが生まれたとき、ラドンはすでにいなかったのだけれど、ちょっとばかり、現在とは違った世のなかの影を感じてしまう。いまだに、だから、ラドンと耳にすると、怪獣とともに見てもいない子どもの姿が脳裏をはしる。映画館で見た、空を飛ぶ鳥型の怪獣といえば、ガメラと戦ったキャオスのほうが印象深い。三角アタマと、ホテルの屋上に血液の似せた液体をだしておびきよせる、とか、よくおぼえている。『ラドン』は、数十年ぶりにDVDで見て気づいたのは、こんなこと。すなわち、『ゴジラ』と同様、核兵器の影響という側面が強調されている。ヤゴ型のメガヌロンを捕食する鳥と昆虫という関係。鳥の習性してある帰巣本能。ラドンはつがい?であること(2匹/2羽いたなんて……)。巣である阿蘇山の噴火によるラドンの退治。噴火による、農作業の被害への懸念と、ラドンの被害とのバランス問題。炭坑で成り立っている地元。はじめのほう、炭坑の事務所で口にされる「温暖化」。中国やマニラのニュース光景も映ること。そして、じつは日本の映画を子どものときにはあまり見ていなかったので、地方の光景というのは、怪獣映画をとおしてこそ、得ていたのだ、という確認。博多なんて、はじめてこれで見たのかもしれない。ラドンがプテラノドンに由来するというのは知っていたけれども、ブックレットで確認して驚いたのは、アメリカで公開されたとき、ラドンはRODANだったという事実。これ、すごいスペリングではないか?おそらくは放射性イオンのラドンがこうだから、なのだろうけれども、これでは、プテラノドンへの連想ははたらかない。ちなみに、江口寿史のマンガにパロディ化されてでてきたラドンは、目が斜視になっていて、たしか「魯鈍」と呼ばれ、怪獣「アチラ」と戦うのだったが、RODANというスペルをみると、ラドン本体より、こちらのマンガのほうが想いだされてしまうのだった。
2010年01月27日
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浅草でうちあわせのあと、銀座にでる。次の予定までちょっと時間があったので、久しぶりにプランタン銀座にはいる。7階まであがってみると、「ブティック・ドゥ・ショコラ」と銘打たれ、内外のチョコレートの店で埋め尽くされている。まだ14日には間があるせいか、客は多くなくそれゆえに、ぐるっとまわるだけなのに、それぞれのブース?から「いらっしゃいませ!」と声をかけられ、へきえきする。でもまあ、随分いろいろなものがあって、ゆっくりできはしなかったが、眼は楽しませていただいた。ひとつも買わかなったのだが、手持ちのかばんには上野駅でのくるみゆべし、浅草「満願堂」新発売という芋きんのどらやきがはいっていて、すっかり和物系で占められていたのであった。
2010年01月26日
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映画『デトロイト・メタル・シティ』をテレヴィ放送で。監督は李闘士男。原作マンガは2巻か3巻までしか読んでいないけれども、メインのエピソードを踏襲しつつ、べつのところに持っていく。(マンガの可笑しさは、どこか、変身ヒーローもののパロディのようなところもある)映画の後半、実家に戻って、というところは、冒頭の東京にでてくるのを送る母親のシーンと呼応するようにできている。マンガはマンガでけっこうおもしろい。そして、映画は映画でそれなりに楽しめる。「感動」をこういうふうなところに持っていく、というのが見え透いているのに、しっかり、こちらもそれにのせられているのがニクい。最後に、家族と一緒に映っている写真がでて、クラウザーがとてもかわいく笑っているのもいい。松雪泰子もカッコいいし、バンドのではない(いや、バンドのもいいのだが)音楽が意外に丁寧につくってある。それとはべつに、ヘヴィメタの曲っていうのは、音量やノイズ性をとりさってしまえば、つくりもなにも、多分に古典的だ。かなり褒めてる?いやいや、エンタメとして。
2010年01月24日
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松田理奈 ヴァイオリン・リサイタル前半はイザイの《無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番》《第3番》、後半はラヴェルの2つの《ヴァイオリンとピアノのためのソナタ》と《ツィガーヌ》。アンコールはラフマニノフ《ヴォカリーズ》とクライスラー《プニャーニのスタイルによるテンポ・ディ・メヌエット》。イザイのソナタがプログラムに複数はいっていると、やはり行ってみたくなる。ヴァイオリンひとつで語る、それを、録音ではなく、聴きたい、とおもう。全6曲だとかなり重いが、2曲だと聴く側も少し距離がとりやすい。どの演奏もなかなか。ラヴェル3曲、だんだんとテンションをあげてゆき、《ツィガーヌ》のブリリアントな終結へ。アンコール2曲目のクライスラーが堂々としながらもかろやかで、いいしめくくりとなる。ピアノは清水和音、2010年1月22日、紀尾井ホール。☆永田町駅のホームで、岩淵達治先生にばったり。池袋までご一緒する。ご家庭の事情もあり、ほとんど芝居もご覧になれないとのこと。車中では、ブレヒトとビュヒナーの話を中心にうかがう。
2010年01月23日
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『出発-----6人のアーティストによる旅』、東京都写真美術館。日本の新進作家展vol.8とついている。新進というのがどういうことかはよくわからないが、30代から40代というところだろうか。英語でのタイトルは「voyage」となっているらしいが、これに気づいたのは館をでて、のぼり?を見てから。逆に、テーマ的にはまるで気にせずにはいって、これって、べつの場所、旅、が多いんだな、とおもったりしていた。なさけなや。会場にはいると、まず、尾仲浩二の作品がある。The Dog in Franceからの映像が、パソコンの画面でゆっくりと切り替わっている。音楽がついていて、それじたいは悪くはない(橋本はじめ)ものの、展示されている写真を観てゆくときにはいささか邪魔になる。というか、干渉してくる。こういうのって、どうなんだろう、それは、たとえば、ほかの展示、さわひらきのところでも感じたのだが。ならべられている作品は、この列島の、ごくごくさりげないところ、だ。これまでも何度もみてきた、この写真家の視線。いつものごとくすみずみまで明晰、美しい。どこかさびしげでやさしくあたたかい。人類がいなくなってもこうであってほしい風景、地方のごくごくさりげない風景、とでも言ったらいいか。つづいて百瀬俊哉があり、石川直樹がある。尾仲作品からだんだんと画面が大きくなってゆく。何よりも、尾仲、百瀬と、色がちがう。それは場所-----前者が日本、後者がインド-----のせいもあろうが、眼をむけているところによるのだろう。石川作品はすでにギャラリーで観ている富士山のシリーズから。大きさによるこちらへのはたらきかけはつよい。そして、ななめの線。空/地面が、富士という山によって区切られ、空間が、何か、それじたい、モノのように、触知可能なもののよう。百々武作品は、列島各地で撮られているが、島が多いのではなかろうか。作品の数が多く、しばしば立ったヒトを正面から捉えている。モノクロによる質感。そして、へり、に対する感覚。内藤さゆり作品の「あかるさ」、いや、てかてかしたかんじは、インクジェットのせいなのだろうか。おそらくはわざとであるようなてかてかさ。展示作品のなかでもっとも惹かれたのは、静止した写真というより、静止画像と動きとを組みあわせたさわひらき作品だった。『music video for small metal gods 2009』はデヴィッド・シルヴィアンの曲がかかっているあいだ、何枚かの室内写真が映しだされてゆくのだが、そこに小さな飛行機がゆっくりと飛び、着陸するのである。一種の環境ヴィデオとして捉えたほうがいいのかもしれないけれども、まるで水族館、いや、水槽をのぞいているような感覚が得られる。大きな画面で、小さな、ほんとに小さな、しかもかぼそい飛行機。はじめのところだけちょっと波がゆれるような映像があり、あとは飛行機のゆっくりさが時間とともにある。家具と飛行機、その「あいだ」の遠近と平面性、狭いけど広い、と「感じさせられる」ありよう。そして時間のながれ。飛行機のテンポもあって。いつまでもぼーっとみていたい。さわひらき作品はもうひとつ、『Hidden Tree 2007』がある。15センチ?20センチ?という程度の小さなトランクがあり、開いていて、片方が画面になっている。一種のボックスアートだろうか。オルゴールがひびき、山羊が木のまわりをかけている、少し経つと、らくだが歩いている。ただ、『music video for small metal gods 2009』『Hidden Tree 2007』、ともに音のでる作品であり、それをおなじところに配置してしまっていいのか、という問題はある。先に記した尾仲作品でとつながるところなのだが。
2010年01月22日
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東京都写真美術館から右手に三越、サッポロビールを見ながら、日仏会館の前の坂を降りる。いろいろなお店(といっても、眼につくのは飲食店)があるなあ、とおもっていたのだったが、着くべきところがなかなかみつからず、だんだんといらいらしてくる。このごろは、ほんと、地図があってもたどりつけなくなった。どうしてかはわからない。30代半ばくらいからだろうか。すぐそばにいるはずなのに、まわりをぐるぐるまわっている。電話して尋ねるのも業腹だ。何とか着いたときには、寒い日なのに、汗をかいている。うつゆみこ個展『はこぶねのそと2』、G/P Gallery。個人的には、苦手だ。案内のハガキにあった写真を見たとき、すぐうかんだのは今道子だったのだが、実際、ならべられている作品に接するとかなり違う。今道子にあるストイシズムからはとおい。友人がオープニングに行って、楽しんだ、笑った、と言っていたけれど、笑えない。おそらく狭量になっているのだろう。どうしても、ネオテニー?とかおもってしまう。おなじ建物の地下、NADIFF a/p/a/r/tで、柴田敏雄 “a View for Grey”を。誰もいなくて、のびのびと観る。ダムである。案内のハガキを手にしたとき、ダム・フェチ?とおもったものだが、たしかにダムは多いけれども、それより、水が一定量を満たして動いている、というところに関心があるのか、と考える。一度も大きなダムに身近で接したことはないが、もしべつの人生があり、しかも写真家になって、というようなことを夢想すると、そのひとつにダムの写真を撮る、というのもたのしい。I.G.を呼びだして、4階でジンジャエールを飲みながら雑談。とっても短いスカート、ぺったんこの靴、ぐるぐると頸にマフラー?をまき、荷物をエレヴェータで4階から3階へ、3階から4階へと運ぶ、てきぱきはたらいている子がいる。18時においとま。
2010年01月22日
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『躍動するイメージ。石田尚志とアブストラクト アニメーションの源流』を東京都写真美術館で。アニメーションの歴史(といっても、まあ、一部ではあるわけだが)が実物の機械とともに展示されているのがおもしろい。自分でまわして、視覚的な効果を体験できるのもいい。マイブリッジやジュール=マレから、モホイ=ナジ、リヒター、ルットマン、エッゲリング、デュシャンと、たぶん、ポンピドゥーでダダ展を観て以来の再見。フィッシンガーやレン・ライはおもしろいのだけれど、音楽(アフリカンドラム)は何?ともおもう。このあたりが、あくまで視覚中心に展覧会が組織されているがゆえの不充足だ。もっとトータルな配慮ができないものか。石田尚志作品を大きな画面でみるのはすばらしい体験だ。今回は、映像をながすのみならず、ほかの資料もならべられている。驚くのは、やはり、たとえば『フーガの技法』をつくるにあたって費やされた素材、原画の量である。1枚1枚をこうやって描いているという、そのフィジカルな作業と根気、精神力?にあらためて脱帽。作品から想像はできたが、モノがあると、圧倒される。『フーガの技法』は10年くらい前に何度も見たが、今回は、ドイツ表現主義やチェコアニメとの近さも感じとれたりした。暗くなったところで映写機がまわっていると、バッハのチェンバロの音とともに、機械のかたかた音も同時にひびく。そして、その音とともにある、画面の質感と(視覚的な)ノイズのありようも、大きさゆえに。執拗な四角の存在感。『海の映画』(2007)は、めくるめくような作品。大きな画面を前にしていると、わたし-たちの「見る」ということ、記憶する、記憶している、ということを、あるいは、イメージというもの、イメージのありよう、を、問われている気になる。それは、ヘンな言い方だが、『ブレードランナー』が、「わたしはほんとうにわたしなのか」、と問い掛けてくるのと、けっして遠いものではなく、それを言葉ではなく、感覚によって、「見る」ことによって、じかに問うところが作品としての意味を持つ。うねうねとのびてくるもの、タンギーの絵にある突起状のイメージ、あるいは、ムーミンにでてくるニョロニョロのような、は、『もののけ姫』のたたりがみのよう。この、動き、うごめき、のび、消えるものは、確実にヒトに、ヒトの記憶にとって、何か、なのだろう。それは言葉にならない。なっていかない。浸食、にじみ。海が映るとともに、映しだしている映写機が、その画面が、メタレヴェルのように映され、しかしそれも折りたたまれたり、移動したり、消えたりすることで、「見ている」ありようがつねに問われ、移動させられる。もちろん、もっと物語性をもった、寺山修司の作品なども、おもいだされたりはするのだけれども。画面そのものの対象化を、映像を見ながら、感じる。この作品には音のないところも多い。だが、左右のスピーカから、足立智美による音・音楽がでてもくる。となりの部屋でひびいているバッハのチェンバロの音が、どうしてもここにもはいってきてしまう。それはそれでいいのかもしれない、とはおもいつつ、でも、やはり、環境的にどうなのか、との疑問はのこり。
2010年01月22日
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下限の月である。浅川マキが亡くなった。訃報には、ならんで、ミッキー安川が。用事があって、ではなく、CDで音楽を聴くのは、週に2枚か3枚もあれば多いほうで、九割以上に声ははいっていない。だが、浅川マキの名をひさしぶりにおもいだして、あ、このひとの声だったらいいんだ、と気づいた。いわゆるキレイな声、が好き、だとおもっている、おもっているのだが、それはそれ、なにか、ほしいもの、とはかぎらない。ほしいのは、べつの声、かのかもしれない。何度か、文芸坐 ル・ピリエに聴きに行ったのは80年代半ばから後半だった。行きつけのジャズ・バーで何度もレコードがながれた。おなじ池袋でライヴを毎年やっていると教えてもらって、足をむけるようになった。いまおもうと、そのころがいちばんいろいろなライヴに出向いたのではなかったか。もう忘れてしまったものもたくさんあるのだけれど。研究室においたままの『マイ・マン』を、持って帰ってくる。
2010年01月19日
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1年に1度くらい、キング・クリムソンの『レッド』が聴きたくなる。なぜかはわからない。キング・クリムソンのアルバムはLPで持っていたものもあるが、あまり熱心に聴いていたわけではない。CDでわざわざ買いなおしたのはこれだけだ。もっとも、それなりに関心を抱いていた「プログレ」でも、CDで、自分で買いなおしたものは多くない。このアルバムでは、まず、冒頭の《Red》のギターとリズムが聴きたい、ということなのだろう。あるいは最後の《Starless》。シンバルを弓でひいてでてくる倍音とか。リリースされたのは1974年、リマスタリングは1989年。あれ?これを買ったのはどこだったのだろう。もしかして、パリに住んでいたとき?
2010年01月17日
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父方の従兄が亡くなる。朝、ほとんど突然に、であるらしい。年末から、どことなく具合がわるい、ということだったようだが。一度か二度くらいしか会ったことがなかったものの、1つ違いだから、驚きは小さくない。東京で、会社の人たちにいらしていただくためにお骨にし、地元の伊豆で、週末、あらためて通夜と葬儀をすることになる。だから、杉並の斎場ではお経もない。親達は健在だが、体調がいまひとつなので、弟が喪主になる。この弟も、当然従弟であるけれど、今回会ったのがはじめて。大学もおなじところだったはずなのだが。数年前に父親の葬儀のとき再会した従兄、何十年ぶりに会う従妹。ふだん無縁なだけに、不思議な気が。
2010年01月13日
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夕方、1階の雨戸を閉めにいくと、叔母に家にある蝋梅のかおりがほのかにただよってくる。
2010年01月11日
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かつて、お寿司屋さんのカウンターのうしろには、サントリーオールドがキープされていた。60年代? 70年代?いや、知っているのは、テレヴィなどの映像で、だ。H.M.と話をしていたら、何かのながれで、サントリーオールドがでてきた。途端に、「たぬき」と言ったので、おもわずふきだす。え? たぬき?だるま、でしょ?後日、いきつけの店でその話をすると、ウケる。でも、と、おかみが言うのである。九州のひとがだるまと言っていたような。じじつ、H.M.は九州の出身だ。数日後、おかみからメールが届く。熊本出身のお客さんにきいたら、一言、たぬき、と。そのあと、宮崎のひとにきいたら、だるま。はて?あんたがたどこさ、は熊本が舞台になっていて、ここにたぬきがでてくるから、やはりたぬきの連想はつよいのだろうか。はじめてオールド=だるまと耳にしたのは小学生のころ。父親があたりまえのように言って、ふうん、そう言うんだ、とおもった。お中元やお歳暮でもやたらとオールドが届いた時期。ネットで調べてみると、たぬきもだるまも両方OK、というか、公認であるようだ。今度からたぬきと言おうかな。オールドを飲む機会はほとんどないけど。
2010年01月10日
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飯田橋駅に着いたのは12:15。神楽坂をあがってゆくことはしばしばあるが、多くの場合、夕方だったりするので、町のはなやぎがちがって感じられる。ほうじ茶が機械からでてきてかおっているのが何ともこのましい。さいきん、こうしている店をあまり見掛けなくなったな。☆会場内がちょっと寒く感じられたのでコートは着たまま。1列目に、ざざ、っと男性がならんでいる。こころなしか男性客が多いようにおもえる。野菜をたくさんのせたカートを押しながらウサギが登場。片足はスケートの靴、片足はきのこのはえているような義足。ものすごく歩きにくそう。カートは、老人がよくしているように、歩行補助の役割をはたしている。野菜をスケートのブレードで、ばん!と割り、それからこまかく切ってゆく。野菜のにおいがわずかなりとも漂ってくる(座っていたのは前から二列目だったし)あとで、ポップコーンもはじけさせたりするのだが、このにおいもまた。このあたり、20分程度はイギリスでつくられたものだ、とか。ちょっとした舞台転換?衣裳替え?があって、それからあとは、スカンク----これは音楽家の名であると同時に、この芝居のなかでは、その名の動物の見え方?でもある----との二人劇となる。羊屋白玉がウサギ、スカンクがスカンクの格好をする。スカンクはチェロやギターを弾く。羊屋白玉はアコーデオンを、また、ミュージカル・ソウを弾く。(ソウ/のこぎりを右手で持ち上げ、そのままとめていると、さすがにちょっとおもたいのか、ふるふるとふるえているのがわかって、どきどきする)楽器ケースのなかが毛皮のようになっているとか、スカンクが大きなしっぽをつけていて、それをウサギがいじると極端に反応するのが妙におかしい。あまり言葉は多くない。あとのほう、片方がもう片方に問う、と、すごくあいだがあってから、こたえがかえってくる。その間、時間の「あき」とそこで醸しだされる(何とも形容しがたい)時間。さらに、ウサギとスカンクが言葉を交わす以上に、スピーカーからのナレーションが、一種の状況説明をしている。動物劇?スカンクの家にウサギがおよばれをして、お茶する、季節がめぐって、またウサギはやってくる。うーん、そうみえなくもない、とはおもう。でも、どうしてもメタフォリックにみえる。「足が二本しかない。人間みたい」が(たしか)最後にスピーカーからひびく声だ。こまかくみれば、全体はいくつかの部分からできているわけだけれど、基本としては、食べる、と、生きる(あるいは死ぬ)こととか、それに付随する、たのしい/たのしくない、日常(と日常への意識)とかがうかびあがってくる。洪水は一度もおこらないし、massive waterというような水のありようもない。でも、きっとこれは、「洪水」の前、もしくは、後、なのだろう。洪水は、わたしたちのいる「いま」に対して、いつ、として捉えればいいか。それが宿題。ウサギ、というのはミソなんだろうな。もろもろの神話にでてくるトリックスターとしての意味。もちろん、アリス、もそうだし。(中沢新一が『野うさぎの走り』を書いたのは80年代後半だったか)スカンクが弾くチェロの音型、ウサギが弾くアコーデオンの音型、それぞれとてもシンプルで、はじめ、それらはただ独立した、練習のためのパッセージのよう、あるいは、『未知との遭遇』ではないが、何らかの合図のよう、だ。でも、この二つは組み合わされて、そのうちにゴージャスはオーケストラ・サウンドにまでなる。一種のコミュニケーション、でもあるだろう。それがひびくのは、二色のパスタを茹でてもりつける調理のシーンを中心にし、バックではまた、蜘蛛と蝶、花の影絵(?)が舞っている。(この映像は、一種の捕食というか、食べる/食べられるの循環にもみえる。だとしたら、音楽は? 音楽における、断片的なパッセージもまた、組みあわされてひとつになるが、これらは食い/食われることで、ひとつになる。弁証法? まさか。)ところで、男性客である。途中、パスタマシーンでパスタがにょろにょろとつくられ、ホウレンソウとニンジンなのだろう、緑とオレンジのパスタが茹でられ、ソースとからめて皿に盛られ、1列目の人たち3人?4人?に供されるところがあるのだけれど、結局、手渡された男性客たちはフォークを手にすることもなかった-----ようにみえた。ずっと膝のうえにのせていたけど、ほんとうはどうすべきだったのかな。この観客の当惑と、どうしたらいいかの「かんじ」が芝居の何か、でもあるようにはおもうのだけれども。うさぎのかぶりものをした羊屋白玉が、耳のあたりをかさかさと掻き、そこから胡椒だか塩だかをパスタにかけていたのが、食欲をそそらなかった、ということもあるのだろうか(笑)。わたしはといえば、そこではおもわずふきだしそうになっていたのだったが。指輪ホテル、というか、羊屋白玉は、ずっと観たいとおもっていたのだが、機会がなかった。やっと叶った次第。 ⌒(=∵=)⌒指輪ホテル『洪水~massive water』作・演出:羊屋白玉 出演:羊屋白玉、スカンク/SKANKドラマツルグ:横山智子2010年1月9日(土)、13:00、シアターイワト☆シアターイワトのならびにはモスバーガークラシック神楽坂店がある。ずっとずっと気になっていたものの、これまた、はいれずにいたが、やっと芝居の後ではたす。ビールと、神楽坂わさびバーガー。
2010年01月09日
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松苗あけみ『デリカレ』(白泉社)。若き日をバブル期にすごした女性を中心にしながら、「負け」の男たち3人と彼女との可笑しくもちょっとかなしい疑似家庭、というか、共同体の物語。松苗あけみらしく、バラなのかボタンなのかダリアだかよくわからないお花がしばしば散っていて、70年代の少女マンガをどこかパロディにしているのは健在。基本的に男たちは出張ホストでイケメンである。バブル期を20代で経てきた、それも、堪能できた女性が身につけているなにものか、というのは、たしかに、「なにものか」であって、たしかに通過はしてきたけれど恩恵とは無縁で、その「かおり」だけ嗅いだのみのわたしであっても、感じとれはする。それをかつての栄光・幸福と位置づけるか、もう廃れてしまった過去の遺物としてあつかうか。「田丸雪絵」なる主人公?、出身は宇都宮だそうで、宇都宮駅前の「餃子の女神像」が登場する。あれは「女神」だったのか!というのが驚き。たしかに「餃子像」と(ほんとに)記してあるとしたら、「子」を女性名と読みかえることも可能だ。そっかぁ、というかんじ。
2010年01月07日
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15:30に自宅をでて、渋谷へ。TOWER RECORDSでCD/DVDのケースを買い、井の頭通りのNHK前にあるオフィスでうちあわせ。暗い道を歩きながら電話すると、小学校から高校まで同級だったD.H.の母上が11月に亡くなっていた、との話。☆19:30、「公園通りクラシックス」で高橋悠治・豊住芳三郎によるCOMPLETE IMPROVISATION NIGHT。豊住芳三郎のパーカッションは、何人ものなかで何度か聴いてはいるものの、1人や2人、しかも身近でというのははじめて。席はステージ(というほど高くなっているわけではない。おなじ平面にある)から二列目のはじのほう。かならずしもピアノがよく見えるという位置ではないが。音をだす、のヴォキャブラリーの豊富さ。それは楽器/音具の種類ではなく、発音のしかた、にかかわり、つまりは言葉としてなら、動詞、を、そして名詞を誘発する。たたく、うつ。こする、おさえる。ひっくりかえす。バスドラムをペダル打つと、ほかのドラムも振動しているのがわかる。てのひら、ゆび、ひじ。こぶし、もしくは、げんこつの、上方か下方か。複数のスティックの、先端、あるいは柄、うしろ。たたく、のみならず、こする、二つのスティックをかさね、先をタムの膜につけてこすり、振動をつたえる。宙でふると空気の抵抗で音がするワイヤブラッシュおとす。バウンドさせる。指を舐め、革をこする。爪でひっかく。シンバルなど、ともすれば、凶器になりうる危険さのなか、身体はうごいている。(あ、連想したのは、イーストウッド『バード』でシーン転換にシンバルが飛んでくるところ)クビから後頭部のあたりを、胸を、頬をたたく。何がどこにあり、次の瞬間、めざすものへと的確に手が、指がのびる身体。そこにあるすべてのもの、楽器でも音具でも、の、どの箇所でも、音がなりうる、ということ。あらゆる部分が音をだす。音が多い、という速さ。途中で、1回、高橋悠治が立ち、しばらくそのまま弾き、また座る。前半は50分。後半、豊住芳三郎は二胡を持ってあらわれ、ほぼ15分、弾いている。つづいて前半にはなかったアグレッシヴな部分がつづく。これは6-7分だろうか。ハイハットの位置を何度ももとにもどすのが目につく。ドラムセットのうしろには小さな台があり、コップやコーヒーカップが複数ならんでいる。それを叩き、こすり、スプーンでかきまわし、ドラムスのうえでうごかす。ほぼ30分して、ふたたび二胡を何分か弾いて、終わる。トータルで45分程度。アンコールでは、高橋悠治は一度も椅子に座らず、ずっと立ったままピアノを弾いている。豊住芳三郎も立ったまま、台のうえのカップやコップ、あるいはカウベルのなかにサイコロらしきものをいれ、ころがし、いれかえている。すこしドラムセットのほうにもいくが、またそのあたりに戻り、その間、高橋悠治はピアノにそって歩きながらボディを指で叩き、豊住芳三郎のいるあたりまで行って、音がやみ、そして退場。
2010年01月05日
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