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戦争においてあたりまえであり、かつ、おぞましいものは、ほとんどすべてこの映画のなかにある。それがかならずしも見えやすくなかったり、メタフォリックに扱われていたにしても。『悪道日記』、ヤーノシュ・サース監督による、アゴタ・クリストフ原作の映画化。☆基本的に田舎の、まわりにろくに家さえないところの話だ。でてくるのは、せいぜい買い出しにいく小さな町。大きな街ではない。国境がすぐそばにあり、有刺鉄線が張られ、収容所がある。だんだんと服装や顔が汚れ、表情が、眼が動物化してゆく双子。小説で双子である意味と、映画において双子である意味はすこし違うかもしれない。眼が2つではなく4つになることであらわれてくるもの。動物がそこにいる感触。パラパラマンガのようにして描かれる人が人を殺すさま。甲虫の標本、そしてそれがのちに収容所を描くつたない絵と接続されること。売られているリンゴやラディッシュの赤、セロリの白が鮮やか。そして、大きな木が画面いっぱいに映しだされたときの緑の美しさと生命の感触。あばあさんが雪のなか、双子に支えられるシーンは『スターウォーズ』のジャバ・ザ・ハットを想いおこさせたりもし。☆明確な輪郭をあらわすことがない音楽。低く小さい音でひびきつづけるオルガン。フレーム・ドラムが倍音と余韻をのこしながら微かに打たれる。その不穏さ。担当はヨハン・ヨハンソン(だから当然オルガンが中心になる、か)。ノイズを含んだ古い録音でひびくチャイコフスキー《交響曲第5番》のエンディング。女がハミングする。ハミングとは何と平和でやさしくひびくことか…その直後にユダヤ人を動物扱いする声をあげようと。☆ああ、これはやはりハンガリーなんだ、とクレジットをみながらおもう。双子の本名がこうならぶ------Gyémánt András Gyémánt Lászlóこの列島の言語とおなじように、姓がきて、名がくる。☆監督は映画化権を獲得した数日後にはスイスに住む作家を訪ね、それ以前の作品を見せ、承諾をとったのだという。☆ハンガリーの作曲家について想起してみる。リゲティが1923年、クルタークが1926年の生まれ、そしてエトヴェシュが1944年。このあいだにアゴタ・クリストフをおいてみること。映画の公開は10月。
2014年07月18日
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丹波明 講演会「フランスで日本人作曲家であること」2014年7月14日(月)18:15-早稲田大学戸山キャンパス36号館682教室聴講自由9月に名古屋と東京で初演されるオペラ《白峯》を前に、永年パリに滞在する作曲家におはなしをうかがいます。丹波明 略歴1932年生まれ。東京藝術大学作曲科卒業後、60年フランス政府給費留学生としてパリ国立高等音楽院に入学し、 オリヴィエ・メシアンに師事。作曲で一等賞、楽曲分析で二等賞等を受賞。64~67年フランス国立放送研究所にて 「具体音楽」研究に従事。68年フランス国立科学研究所哲学科に入り、98年主任研究員に就任。70年以降、作曲、音楽学の二分野で活躍。CD収録の主な作品は、ピアノ協奏曲〈曼荼羅〉、チェロ協奏曲〈オリオン〉弦楽四重奏〈タタター〉等。音楽学の分野では71年『能音楽の構造』によりソルボンヌ大学より音楽博士号、日本翻訳家協会文化賞、 84年『日本音楽理論とその美学』により同大学よりフランス国家博士号を授与される。日本国内で出版された著書には『創意と創造』『序破急の美学』(音楽之友社)がある。
2014年07月10日
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