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巨椋修(おぐらおさむ)

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カテゴリ: 対処案
SEXの方法のひとつに”SMプレイ”ってのがあるじゃないですか。


いわゆるサドとマゾ。


縛ったり、叩いたりして喜んでいるのがサド、サディストで、縛られたり、叩かれたりして喜んでいるのがマゾ、マゾフィスト。


で、世間一般では、SMっていうのは、”変態”なんて言われているけど、これが夫婦、恋人同士で、お互い了解の元で、あるいは望み望まれして、やっているとしたら、まったく何の問題もないんです。


コミュニケーションの方法を、教える人の中には、


「自分がやって欲しいと思ったことを、人にやってあげなさい」


なんて言う人がいますけど、










これは間違い!









大間違い!!










だって、


「ぼくは、縛られたり叩かれするのが、大好きだから彼女にも、やってあげよう」





「ぼくはおしっこをかけられるとコーフンするから、彼女にもかけてあげよう!」




って言うのと同じなんですよ。(苦笑)



また同様に、


「自分がやられてイヤだと思うことは、人にやってはいけない」


なんていうのも、










そうとは限らない!










人には、好き嫌いや、選り好みってヤツがあるでしょ。


いくら、自分が縛ったり、叩くのがのが好きでも、他の人がそうとは限らないんです。


つまりね、何が言いたいかと言うと、


自分と他人は、違うっていうこと。


嗜好が合う者同士が、お互いに楽しむ分にはいいけど、例え、親子、夫婦、恋人、友人と言えども、押し付けちゃうのはよろしくないんです。



SMなんてそういった意味では、”究極”であって、嗜好の合う者以外でやりあうと、まさしく”犯罪”とか、”変態”になっちゃう。



人に、自分の嗜好、志向、思考を押し付けるのは、いかがなものかと思ったりしますね。




コミュニケーションというのは、自分と他人との関係なんです。


自分だけでもないし


他人だけでもない。





その中間のうまい落としどころが大切なんですよ。





友人に、SMにくわしい人がいましてね。その人がいうには


SMというのは










サービスのS









満足のM









と、いうことらしいんですよ。


つまり、需要と供給が合っているということなんでしょうね。(笑)





昔、知り合い女性で、SMクラブで、”女王様”を職業にしている人がいたんですけど、その”女王様”が、言うんです。


「オグラ先生、ぜひお店に遊びに来てください。

先生なら、凄くサービスしますよ」


で、思わず聞き返しました。


「で、一体そういったサービスをしてくれるんですか?」









「はい、ペニスにいっぱい針を刺したりしてさしあげます」











ヒイィイ~!


ごめんなさい。

そういった嗜好はわたしには、ないのでサービスはいらないです。


コミュニケーションとか、サービスっていうのは、一方通行じゃいけないって言うことですね。

人とは、ちゃんと正しい距離をとって、お互いに思いやりながら生きていくということです。








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Last updated  2008年07月08日 11時24分37秒
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