川崎市のナノ医療イノベーションセンター(iCONM)の研究グループが10月12日、脳腫瘍の治療に繋がり得る世界初の手法を開発したと発表した。
免疫チェックポイント阻害薬が脳に取り込まれる仕組み(図)
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https://jbpress.ismedia.jp/articles/gallery/67276?photo=2&utm_source=yahoonews&utm_medium=photo&utm_campaign=link&utm_content=photo
それは、ノーベル生理学・医学賞の受賞で知られる「免疫チェックポイント阻害薬」を脳腫瘍のある場所に届けて治療効果を発揮させる新手法だ。免疫チェックポイント阻害薬は肺がんをはじめさまざまながんに効果を発揮し、生存期間の延長に貢献していることであまりにも有名だが、脳腫瘍に対して効果を十分に発揮できずにいた。なお、今回の記事では悪性脳腫瘍のことを脳腫瘍と書くこととする。
今回、iCONMが開発した手法を用いることで、従来の18倍に達する免疫チェック阻害薬が脳腫瘍のあるところに届き、がんの抑制が可能になるということが明らかになった。以下、今回の画期的な成果を解説しよう。
【参考資料】
ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)
https://iconm.kawasaki-net.ne.jp/
■ 片岡一則氏がリードするナノ医療イノベーションセンター
iCONMは、医療におけるナノ技術で世界的にその名を知られる片岡一則氏が率いている。
化学工学出身の片岡氏は東京大学教授などを歴任した。高分子化学を活用したナノテクノロジー開発に尽力し、工学と医療の接点を拡大してきた。医療におけるナノ技術を進化させた最大の貢献者と言える存在だ。
片岡氏を筆頭に、iCONMでは薬にポリマーを付着させることで、「装置(マシン)」のように薬の動きを体内でコントロールできる化合物の開発を進めてきた。まるでナノサイズのマシンのように機能するため、同研究所では「ナノマシン」と常々表現している。
体内というミクロな環境で、あたかも病院のように診断や治療が可能になる将来を想定して、「体内病院」を目指すという大きなビジョンを描く。
これまでにもがんや認知症などで成果を上げてきたが、がん治療で不可欠になりつつある「免疫チェックポイント阻害薬」においてもナノマシン化を実現する道をこのたび開いた。
■ 画期的な脳腫瘍の治療薬はいかにして生まれたか
今回の「免疫チェックポイント阻害薬のナノマシン化」は、日本時間の12日午前1時、同研究所のタオ・ヤン氏らの研究グループによって有力学術誌『ネイチャー・バイオメディカル・エンジニアリング』で発表された。これまでに学会発表されたことはなく、世界で初めての研究報告だ。
【参考資料】
『ネイチャー・バイオメディカル・エンジニアリング』に発表された論文
https://doi.org/10.1038/s41551-021-00803-z
研究グループは、「想像を超えた効果。技術は脳腫瘍以外にも応用が利きそうで、今後実用化を目指す」と説明する。
ポイントは次の通りだ。
・免疫チェックポイント阻害薬にポリマーを結合させ、血液から脳へと通過させる技術を確立
・脳への集積する薬の量を従来と比べて18倍に高めることに成功
・標準使用量の15%で、悪性脳腫瘍の一つ、悪性神経膠腫の消失率(感染奏功率)6割を達成
・薬の副作用を減らして脳腫瘍の再発率低下を確認
研究の背景を連動した動画も公開している。
脳腫瘍治療がなぜ大切かというと、脳腫瘍ができた場合は薬による治療が難しいためだ。
脳細胞に酸素や栄養を届けるための血管は「血液脳関門」として有名なバリアが存在している。このバリアがあるため、血液から脳細胞には簡単には物質が通過せず、ほとんどの薬がバリアに跳ね返される。脳細胞に物質が届かないのは脳細胞を守る上では利点だが、脳腫瘍のようながん細胞を薬で狙い撃ちができないという問題が生じる。
今回研究グループが脳腫瘍に対する効果を引き上げようと考えた薬は「免疫チェックポイント阻害薬」である。京都大学の名誉教授、本庶佑氏が発見し、2018年にノーベル生理学・医学賞の受賞理由になったことでよく知られている。
■ 「免疫チェックポイント阻害薬」の限界を超えた技術
免疫チェックポイントについて簡単に説明すると、がん細胞は自身を攻撃する「T細胞」の活動にブレーキをかけるという機能がある。本来、T細胞はがん細胞を排除しようとするが、ブレーキのために攻撃ができなくなるのだ。
具体的には、がん細胞には「PD-L1」というタンパク質があり、これがT細胞の持つ「PD-1」というタンパク質と反応することでブレーキが発動する。ブレーキがかかる仕組みは「免疫チェックポイント」と呼ばれ、このブレーキを解除する薬が免疫チェックポイント阻害薬である。T細胞の働きを再度活性化させ、がん細胞を攻撃できるようにする。
これまで免疫チェックポイント阻害薬は、その効果のために広く注目を集めてきた。幅広いがんで治療効果が証明されており、悪性黒色腫に始まり、肺がん、尿路のがんなどで生存率を引き上げる効果が明らかになっている。こういった薬は日本を含めた世界で実用化された。
免疫チェックポイント阻害薬は免疫を活発にするため、諸刃の剣のように免疫関連の有害事象を招くことも知られている。下痢や皮膚障害、1型糖尿病、腎障害、間質性肺疾患などで、これは課題になっている。
一般的にがん患者の生存率はこの50年間で大幅に向上しているが、免疫チェックポイント阻害薬の効かないがんも知られており、代表例が脳腫瘍となる。今回の研究についての説明に当たった共同研究者で、主任研究員の持田佑希氏は、「血液脳関門の存在のために抗体医薬の集積効率が悪く、免疫チェックポイント阻害薬の有効性を示せない」と話す。
今回の研究では、免疫チェックポイントをいわば“チューンナップ”して脳に届くようにした。研究グループは免疫チェックポイント阻害薬の一つ「アベルマブ」に特別なポリマーを付けて脳のバリアを通過する新手法の開発に成功した。免疫チェックポイント阻害薬を「ナノマシン化」する技術の要諦だ。
免疫チェックポイント阻害薬は抗体と呼ばれる「Y」の字の形をしたタンパク質である。このYの字に対して、ポリマーをそれぞれの枝に付ける。するとYの字からひもが延びたような形になる。これらのひもの先には「ブドウ糖」が付くようになっている。ひもはがんの場所で切れる(詳しい説明は後述)。
こうした仕組みは、前述の血液脳関門やがんの性質を利用したものだ。
■ iCONMのお家芸を応用したナノマシン化
高分子化学で薬をナノマシン化する技術開発を進めているiCONMにおいて、そもそもブドウ糖を使った技術は「お家芸」とも言える。
血液脳関門というバリアを持つ脳だが、自身の栄養源である糖を選んで取り込むという仕組みを持っている。そこで、iCONMはさまざまな薬とブドウ糖を「リンカー」と呼ばれるポリマーで繋ぎ、血液脳関門をくぐり抜けて内部に送り届ける技術開発を進めている。この技術を今回も利用した。
詳しく見ていくと、免疫チェックポイント阻害薬に付けられた糖に誘われるように、血液を流れる免疫チェックポイント阻害薬は脳に取り込まれる。そして、阻害剤が脳に取り込まれると、がん細胞のところでタンパク質に付けられたひもが切れ、薬の効果が発揮される。
ひもが付いたままだと薬の効果が発揮されず、正常な細胞では効果も有害な影響も出ないが、がん細胞のあるところでは「還元」と呼ばれる化学反応が通常よりも起こりやすいためにひもが切れる。この選択性のために、免疫チェックポイント阻害薬をがんだけで効かせ、副作用を防ぐことが可能になる。
大きく今回の開発で実現したのは3つのポイントに整理できる。一つは、ポリマーを付けることで、がん細胞に対して薬を高濃度で集中させられたこと。2つ目は、正常な組織と比べて、がん細胞に優先的に薬を集められたこと。3つ目は、薬を使って時間が経過してもがんの増殖を防ぐような効果が見られたことだ。
発表内容によると、動物実験では悪性脳腫瘍に対して薬をナノマシン化することで18倍も高めることを確認。グリオブラストーマ(神経細胞をサポートする役目を持つ細胞ががん化したもので、発生した場合の生存期間が短いことが知られている)を60%消失させることに成功した。
さらに、がんだけに効果を出していく意味では、正常な脳組織と比べると、がんの組織には33倍も集積することも分かった。
■ 脳腫瘍の抑制効果も期待できる
がんの再発を予防する効果については、動物実験で薬の治療から84日後に脳腫瘍を人工的に移植し、その後のがんの状況を確かめている。80%が脳腫瘍を拒絶して、がんが大きくなるのを防ぐような効果を発揮することが分かった。
持田氏によると、「免疫チェックポイント阻害薬は、免疫機能を活発化させてがんへの攻撃力を高めるものだが、実際に免疫細胞を活発にする効果を確認した。一方、免疫を調節する細胞も活発化しており、バランスの取れた免疫の機能を実現できるようだ」と説明する。
今回、脳腫瘍で効果を示した免疫チェックポイント阻害薬のナノマシン化だが、原理的には他のがんにも有効とみられる。今後、応用が広がる可能性もある。トップの片岡氏は今後、企業との連携も模索していく方針を示す。がん治療が川崎の研究所を起点に進化していくことが期待される。
星 良孝
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