ださ日記

ださ日記

2013年06月30日
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カテゴリ: 思想
★二宮尊徳(金次郎)の生涯と報徳思想についての講演会に行って参りました。

講師は静岡県掛川市の元市長の榛村純一先生でした。

二宮尊徳とはどんな偉人だったのか。薪を背負って本を読む彫刻像。

それ以外は知りませんでしたので、講演の内容などを参考にわかりやすくまとめてみます。



★1787年現在の小田原市で生まれた思想家(報徳思想)、農政家。百姓の出身。

26歳の時から小田原藩家老の元で働く。37歳の時現在の栃木県真岡市に移住。

56歳の時幕臣に登用される。70歳で亡くなる。

600余りの村づくり、村の再建(石高を増やすなど)を行った。

著書は1万冊に及ぶ。尊徳の思想は神道、儒教、仏教の思想をいいとこどりしたもの。



(報徳思想はトヨタや松下電器の経営理念に取り入れられているらしい。)

後に明治天皇が尊徳を知り、その伝記を高級官僚に配布した。

昭和初期に全国の小学校に像が建てられるようになる。



★以下は修身教科書からのエピソード。

「14歳の時父が亡くなる。16歳の時母も亡くなり 二人の弟の面倒をみる。

おじに預けられ一日中良く働いた。夜学問をしていると、油が無駄なのでやめろと言われた。

(当時、百姓に学問は必要ないと考えられていた。

おじは学問をさせない口実を考えたらしく、おじさんがケチだったわけではない…。たぶん)

金次郎は自分で荒れ地をひらき油をそだて、学問をはじめた。

するとおじに家の仕事をやれといわれた。

金次郎は家の仕事をした後で学問をするようになった。」





日本も欧米に追いつけるのでは…。

日本の近代化の道しるべになったようです。





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最終更新日  2013年07月04日 12時06分02秒
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