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大洗磯前神社
祭神:大己貴神、少彦名神
平安時代の歴史書である『日本文徳天皇実録』によると、文徳天皇の斉衡3年(856年)12月29日、現在の神磯に御祭神の大己貴命・少彦名命が御降臨になり、「我は大奈母知、少比古奈命なり。昔此の国を造りおへて、去りて東海に往きけり。今民を済すくわんが為、亦帰またかえり来たれり」と仰ったことから、当社が創建されたと伝わっています。
その後、国からお供え物をいただける数少ない神社の一社となり、更には「大洗磯前薬師菩薩明神」の神号を賜りました。延喜式神名帳(平安時代の神社名鑑)では霊験あらたかな神社を表す「大社」とされ、明治時代には国幣中社という社格を賜りました。
御社殿等は戦国時代の兵乱によって焼失してしまいましたが、江戸時代になり水戸藩二代藩主徳川光圀公の命で元禄3年(1690年)社殿等の造営が始まり、享保15年(1730年)に完成したのが今の本殿・拝殿・随神門です。 本殿・拝殿は彫刻や建築様式が江戸初期の数少ない建造物として県の文化財に指定されています。
当社の創建について記されている「日本文徳天皇実録」には御祭神が降臨された時代は、天然痘が流行り、飢饉が起こるなど大変な時代だったことが記されています。特に御祭神御降臨の3年前には流行り病が猛威を振い多くの死者が出たとあります。薬も医者もいない時代に常世の国(不老不死の国)とも言われた常陸国に医薬の神が「今、民を救わんがために、また帰り来たれり」と仰り降臨されたのは、もう2度と同じような災難が繰り返されないよう、人々の願いを受けて二神が降臨されたと考えられています。
御祭神は平安の書物に「大洗磯前薬師菩薩明神」とも書かれた文字通りの医薬の神様です。
境内から涌く水は眼病に効くといわれ明治時代まで「目さらしの井」があり、神社前の海岸は潮湯治(病気治療のため、海水につかること)で江戸時代から御祭神の御利益をいただこうと賑わっていたようです。














磯月大洗の浜は日の出の名所としても知られていますが、夜に見てもきっと美しいことでしょう。波に照りかえる月明かりを見ながら、ゆっくりとお酒を楽しんでみたいもんです
荒磯の 岩にくだけてちる月を ひとつになして 帰る浪かな
徳川光圀







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