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2026年02月05日
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カテゴリ: 御朱印:宮城県
東北は山間部が多いこともあり、地域の鎮守として大山祇神を祀っている集落が多いんです。青森では中里の薄市、つがる市の車力、むつ市川内の家ノ辺などが挙げられます。
他の県を覗いてみると中にはかなり規模の大きなものも。特に西会津の大山祇神社は規模が大きく、三嶋大社の分霊社だという説もあり、かなり篤く祀られています。では太平洋側には無いのか、いやあります。宮城県は美里町の小牛田山神社です。この神社では大山祇神の娘である木花咲耶姫神を祀っており、それ故か安産の神として篤く崇敬を集めています。

2025.8.7
小牛田山神社


美里町の郊外に鎮座する小牛田山神社。境内の両端を道路が走っており、区画整理がなされる前から鎮座していることが分かります。
大きな石鳥居。奥にはずらりと石灯籠が立ち並びます。



先ずは境内案内を見てみましょう。道路割によって境内が面白い形になっていますね。
駐車場もしっかりあるので、車でも安心。



参道の脇には当社の祭神に向けた御詠歌の石碑があります。

山神御詠歌

ありがたや 小牛田の神の救ひこそ うむ度毎に 心やすけれ



産まず女に 子授け給ふ神なれば ゆもじ納めて 願かけ奉る

安らけく 授かりし吾子かい抱き 今日こそ行かめ お礼参りに

幾度も 願ひをかくる山の神 遠き国より はこべ歩みを



5つ中3つが子授けに関する唄ですねぇ。これは当社の”安産枕”に由来したものでしょう。
安産枕とはなんぞや。小牛田山神社の公式サイトに詳細が載っていました。
 「安産おまくら」・「子授けおまくら」は安産・子授けの神様「木花之佐久夜毘売命」のご利益を願う「小牛田のやまのかみさま」の御守りです。祈願成就には倍返しの風習になっています(倍返しの発祥の地)。

 「おまくら」の中身は籾殻です。日本は四季のある風土の中で稲作文化を中心に営まれてきました。私達の祖先は古代から米を主食とし、稲魂に畏敬の念を抱き、ご加護に感謝して生活をしてきました。
 おまくらの籾殻は稲魂のお力のもと母子健全、夫婦健全に恵まれるように祈りを込め使われています。

 「おまくら」の色は赤・白・青・黄色です。黒(北の玄武)はありません。おまくらの色は四神、赤(南の朱雀)白(西の白虎)青(東の青竜)黄(中央の北辰)の神々から守っていただく意味があります。

ふむ。火中出産を成し遂げた木花咲耶姫神にあやかったものなんですね。浅間大神とも称される木花咲耶姫神は山の恵みを体現する神格でもあり、そうした生命力溢れる属性と神話のエピソードとが結びついて安産・子育ての信仰へとつながったのではないでしょうか。
安産枕の風習は、僕の故郷である津軽などではあまりなじみがなく、福島出張に際してまわった宮城県南部、福島県中通り・浜通り両地方北部において、同様の信仰が見られました。以下、安産枕の風習が見られた神社を列挙します。
  • 福島県福島市:飯坂八幡神社
これらの神社以外にも、ある所にはあると思います。
この信仰の源流はどこにあるのか、それは不明ですが、実際に子に恵まれた際、枕を倍返しする風習は小牛田山神社が発祥のようです。
特に蔵王町の蔵王刈田嶺神社 里宮には小牛田山神社の分霊社があり、当地域の安産祈願の社として、小牛田山神社にはかなり篤い信仰があったように思われます。実際に講中も結成され、各地に講中の石碑が建立されているようです。
※講中は山林業・温泉業に従事する男性を中心とした山神代参講と、安産を祈願する女性中心の山神代参婦人講の2種類があったようです。詳細は 公式サイト



参道に戻ります。社殿も目の前という所に手水舎がありました。こちらも木彫装飾が見事ですよぉ!拝殿の向拝部分の彫刻師と同じ方が手掛けたんではないでしょうか。



そんで拝殿です。どっしりとした存在感タップリの社殿ですねぇ!
色あせた木の感じがなんとも言えず風情があります。



御由緒です。




山神社

御祭神:木花咲耶姫神


御由緒
 崇徳天皇の永治元年(1141年)摂津国の住人(修験)現宮司家の祖 小山田清寧、始めて家の神として勧請したと伝えられています。
 その後裔 浄円、元亀2年(1571年)神璽(御神体)を奉じて、小牛田村旧屋敷に来**。天正3年(1575年)祠を建て、それを鎮め奉る。寛文2年(1662年)自円の孫 宥鏡のとき、仙台藩にお*新たに小牛田駅を開設するに際し、南小牛田町屋敷の地に社殿(間口九間、奥行四間)を造営したことからも推察されるように多くの熱心な崇敬信仰を集めるにより代参講を結成し現在に於いて5,000余組を数えるに至っております。
 明治の御世になり小牛田町の総氏神として、ありがたくも国より指定を受けたのであります。その後明治41年(1908年)8月、町内大火の時全焼するが、社掌憲一朗仮社殿を設けると共に、同年無格社:日枝神社(下小牛田鎮座)、同42年村社:八幡神社(西原鎮座)・無格社:神明社(山崎鎮座)・郷社:日枝神社(町屋敷鎮座)を合祀するにより無格社:山神社、郷社に昇格する。これにより同年3月神饌幣帛料共進社に指定される。
 類焼後、社司昇現在地を取得、本殿・幣殿を新築、拝殿・社務所を仮設し大正6年12月26日遷宮祭を執り行い、昭和4.5年にわたって拝殿・社務所を新築し、合わせて神域の整備を行いました。造営後、半世紀の歳月を経た昭和54年には雨漏りがひどく社殿屋根葺替工事、又 平成御大典記念として平成4年に手水屋・透塀の造営**を行いました。

御神徳
 御祭神は山の女神でありまして、山をお守りし、山より物を生み給う神であると共に御祭神の御事蹟により良縁・子授け・安産・子育て等の諸願成就に霊験あらたかな神であります。
 江戸初期には伊達家一門の奥方達が御産をなさる時、家臣をして代参させたように、武士・一般大衆の区別なく仙台藩領内外にと広範囲に信仰が及んでいきました。
 現在信仰圏は宮城県はもとより、東北一円・北海道・関東にと及んでおりますのは、御神徳のいたるところであります。
 尚、火伏の神・造酒の祖神としても極めて尊崇されております。

主要祭典
  • 元旦祭:1月1日
  • どんと祭:1月14日
  • 春季例大祭:旧3月11.12日
  • 秋季例大祭:旧10月11.12日
  • 七五三祝典:11月15日
  • 新嘗祭:11月23日



もとは小山田清寧という山伏によって勧請された祠みたいですね。それが社殿を得て、明治期の合併により日枝神社の社格を受け継いで郷社となったようです。
公式サイトでは木花咲耶姫神の御神体を平泉まで運んでいた時、この小牛田の地で運び手が動けなくなるという珍事が何度も起こり、この地に鎮まるという意思と捉え、ここに勧請されたとあります。なんとも面白い創建譚ですが、これは浅間信仰の伝播を表している様にも見えます。
木花咲耶姫神というとやはり富士山を神体山とする浅間信仰ではないでしょうか。富士山にも早くから修験が入り、いつしか遥拝の山から登拝の山へと認識されます。富士山に修験が入ったのは中世とは言われていますが、それが小牛田山神社の創建よりも早かったかと問われると正直微妙です。ですが、もし創建よりも早かった場合、当時奥州の仏教の中心地となっていた平泉に、浅間大神を勧請しようとする修験がいても不思議は無いと思います。・・・正直なとこどうかは分かりませんが・・・。

次は社殿の木彫類を見ていきましょう。・・・もう何て言うか、凄いです。それぞれの蟇股部分には龍がのたうち、懸魚には鳳が飛翔。気仙大工も真っ青な出来栄えです。



特にすごいのが木鼻の獅子です。風になびく鬣がかなり精巧に表現されています。付き添う子獅子もかなり躍動感が溢れていますね!
阿形!



吽形!
う~ん!凄いねぇ!宮城県の木彫装飾でも一・二を争う素晴らしさ



御堂の側面には十二支。各間に一体ずつ彫られています。



こちらが子年。



そんで丑年。これらもすんごく細かく彫り込んでありますねぇ。



扁額です。山の字が面白い書体です。



社殿の左側には宝形造の御堂が建っています。明らかに仏閣なんですが、ここにはなにが祀られているんでしょうか。wiki調べだと、かつては薬師堂で薬師如来を本尊にしていたんだとか。それが神仏分離によって廃堂となり、最初は天照皇大神が祀られ、後に神輿舎となったそうです。
一見本地堂のようにも見えるんですが、どうやら違うみたいです。



神輿舎の手前には石碑有り。



淡島大明神っぽいのもあります。こちらも安産の神として有名ですね。



そんでもって本殿も見えます。こちらもかっこいい造りしてますよねぇ!



斜めから。
大山祇神ではなく、その娘 木花咲耶姫神を祀る神社でした。出産・育児に関する信仰が篤く、東北のみならず東日本の各地で信仰されていると言うんですからすんごいですよね。遠く駿河国に聳える霊峰 富士山の信仰の片鱗を感じられる古社でした



今回貰った御朱印です。

通常御朱印



見開き御朱印



公式サイトへのリンクです。
・山神社 やまのかみしゃ

以上です。

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最終更新日  2026年02月18日 22時16分47秒
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