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海岸山 普門寺
曹洞宗 萬疊山大興寺末寺
開山:記外和尚
開基:金石馬助、安倍定俊
中興開山:如幻充察大和尚
中興開基:千葉中務太輔宗綱(奥州千葉氏一門 葛西氏流浜田氏宗綱)
本尊:聖観音
気仙大工の粋を集めた三重塔や露天青銅大仏、山門の再建を待つ仁王像など、目を見張る仏門絵巻。
岩手の湘南といわれるくらい気候が温暖な陸前高田。JR大船渡線陸前高田駅から東北3㎞にある町はずれの小高い丘に二十九番札所普門寺がある。入口の標柱から門前までは1.5㎞の舗装された緩やかな坂道、そこから少し入ると参道入口がある。再興開山 如幻充察大和尚手植えと伝えられる樹齢500年、周囲9m余の巨大な2本の杉が左右に聳えている。すぐ近くに享保10年(1725年)に建立された代門があり、本堂前庭までおよそ100mの参道が延びている。樹齢400年という杉並木の途中数カ所に延べ30数段の石段があり、本堂はかなり高い所にある。
普門寺の草創は仁治2年(1241年)。臨済宗の開祖 栄西禅師の高弟 記外和尚が気仙沼郡司・金石馬助・安倍定俊の助力を得てこの地の海岸に近い新山に堂宇を建立し、尊像を奉安したことに始まる。
記外和尚は法を求めて宋の国に渡ること3度、最後の帰国の際に宋の皇帝より聖観世音菩薩、愛染明王の掛け軸、紺紙金泥梵字十三仏の掛け軸、青磁の香炉、堆朱の香合など5種の宝物を賜った。それらは寺宝として今に伝えられ、聖観世音菩薩と愛染明王の掛け軸は県の文化財に指定されている。
そのうち 聖観世音菩薩が寺の御本尊として本堂裏手の観音堂に安置されている。 像高55㎝の木彫り寄せ木造り玉眼入りで、木肌の上に麻布を張り、色彩が施されている。御開帳の期日は特に指定されていない。
開山以来260余年の寺歴は明らかではない。ある時期に寺運が衰退したものの、永正元年(1504年)に浜田城主 千葉中務太輔宗綱が、石鳥谷の大興寺十世 如幻充察大和尚に請い、現在の地に再興開山したとある。天正19年(1591年)と慶応3年(1867年)の2度火災に遭い、堂宇・古文書などほとんどを焼失したが、幸い宋の皇帝より拝領の5種の宝物をはじめ一部の寺宝が焼失を免れた。
本堂は明治10年(1877年)、庫裏はそれより早い明治5年(1872年)に再建され、現在は広い境内に山門を除く七堂伽藍すべてが整備されている。昭和28年には二十八世和尚が衆寮を新築し、昭和38年には本山管長を受戒会にお迎えするために不老閣を新築した。ただ、山門だけがまだ再建されず、本来は山門に立って寺を守護するはずの仁王像は宝物庫に仮安置されている。
本堂の裏手には、観音堂と三重塔、露天青銅大仏があり、参詣者の目を引く美しい庭園となっている。特に、文化6年(1809年)建立の三重塔は九輪の先端まで12.5m、三層とも軒の意匠に工夫が凝らされ、当時の気仙大工の粋を集めた岩手県唯一の塔婆建築で、県の文化財に指定されている。また、大仏は高さ約5m、文政元年(1818年)の建立と伝えられており、県内はもとより東北にも例をみないという。
さらに、本堂前、衆寮脇にあるサルスベリの大木は樹齢300年と推定されており、県の天然記念物。



























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