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誰かの言葉に影響を受ける時ってありませんか?学校の先生やら、読んでいた雑誌や本、聴いていた音楽、好きなアーティストなど、きっと誰でも必ず一度はあるはず。もちろん私もありますが、なんと私はスーパーで偶然出会った見ず知らずのおばさんです。それはもうかなり前、まだ独身でハワイに住んでいた頃の話です。その頃まだ外国人学生は働く事が許されていましたが、近いうちそれも禁止になるということで、私を含む貧乏学生チームは「この先どうする」と会うたびに話し合っていました。そんなある日、日系スーパーへ一人で買い物に行った時、お会計をする為にレジに並んでいました。私の前にいるアジア系のおばさんが何か落としたので、それを拾ってあげました。おばさんは私にお礼を言い、会計を済ませそこから立ち去って行きました。自分の会計を済ませた後、Food Courtで軽く何か食べようと思いうろうろしていると、さっきのおばさんも食事をしている最中で 「ここに座りなさいよ」と誘われて同席する事に・・・・。おばさんは流暢な日本語で自分の身の上話をし始めました。出身は韓国で、そこでアメリカ人男性と結婚。ハワイへ移り住んできた頃にどうしても旦那さんと離婚をしたくなったそう。でも子供もいて特に仕事がなかった為に離婚後の生活を考えると、すぐには言い出せなかった。そこでおばさんは離婚後の生活を考えて「何か手に職を・・・」と思い美容師になることを決意。40歳で美容学校へ通い始めたそう。 「美容学校には10代20代の若い人達が沢山いたの。 場違いな感じがしたけど、アジア圏の人って若く見えるからラッキーだったわ。 英語があまり得意じゃなかったから、子供に教科書を読んでもらいそれを録音して 朝ごはんを作っている時にそのテープを聴いて勉強したのよ。 自分が読むより早いでしょ。」彼女の努力に頭の下がる思いがした。かなり良い成績で卒業した彼女は、無事美容師免許を修得。後にアメリカ人の旦那さんと離婚したそう。 「今の私の夫は日本人なのよ」と無邪気に笑ってました。そのおばさんは私にも 「やっぱり何か手に職を就けておいたほうがいいわよ。 私のお勧めはMedical technicianよ。 病院がある限り必ず必要とされる職業だから。」なるほど、確かに。おばさんは最後まで「手に職よ」と言っていた。次の日学校の友達にこのおばさんの話をして”手に職”で盛り上がる。病院系に全く興味が無かった私達は、 「マッサージはどうか?」ということになりマッサージの学校を回ったりした。しかし授業料が高くて・・・・もうひとつ私はネイルに興味があったので美容学校をリサーチ。これもまた授業料が泣くほど高かった 「実家の母に借金するか?いや、ロバちゃんに借金するか?」どっちにも言い出せないまま、なんと妊娠そして出産。そしてドイツへ引越し。ドイツへ行ってからも頭のどこかで何かが引っかかっている状態でした。キーワードは「手に職」、そして何故か「ネイル」 『あの時ライセンス取っておけば・・・』と思うことがしばしば。そのドイツでの生活も終わりに近づいた頃、ふとした考えが私の頭をよぎった。 『日本の関東地区へ行けたらネイルの学校へ行く。東北地区へ行ったら三味線を習う』これはもう運命の分かれ目です。結果は関東地区へ。 『よっしゃぁ~!ネイルの学校じゃ!』という訳で転勤後2ヵ月で学校へ通い始めました。学校の説明をして下さった先生も私がその学校へ通う事を即決した為 「かなりやる気が感じられますよ」と驚いておりました。実はその先生にも惚れこみまして、 「この方が教えてくれるなら間違いない!」と思った訳です。子育てもあるので学校へ通えるのは週末のみ。学校での授業は本当に楽しかったです。途中で次男を出産したので卒業するまで2年もかかってしまいました。卒業後のお話は次回へ。「手に職」を連発していたおばさん、彼女のアドバイスで自分がやりたい事を考える機会を与えられた気がします。考えてみると生きていくって選択の繰り返しなんだなと思う。どっちを選ぶかで全く違った人生になっていくこともある。選んだ答えに後悔することもある。でもまた新しく選択する事によってまた違う道が見えてきたり、後悔しないように頑張るチャンスがあったりするのかも。よかったらクリックお願いします→
2007.04.24
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先日日本に住む母と電話で話をしていたところ、みみごんも話をしたいと思ったのか、受話器を指差し 「ぼくも~、ぼくも~」 「ぼくも~って”僕も”ってことか?」常に兄ちゃん達の影響を受けております。最近誰かが話す事をかならず繰り返して言うようになりなんだか英会話のクラスのような(日本語だけど)・・・Repeat after me の世界です。 まーさん 「あっち行こうよ」 みみごん 「あっち行こうよ」というような感じです。「ピクニック」と言っているまーさんの後に続けて、みみごんも「ピクニック」と言っているようなのですが、何か変。 「みみごん”ピクニック”っていってみて」と言ってみると 「ピック・・ピク」ピクピクって死に掛けた虫かなにかの様子を表現しているよう。何故かツボに入り、何度もピクニックを言わせてしまいました。一週間ほど前にプレイグループの不用品市でハム太郎のおもちゃを入手しました。まーさん&クリスが二人でこのおもちゃを使って最近よく遊んでいるのですが、時々まーさんがちょっと大きな声で 「なのだー」 「なのだー」 を間隔をおいて連発。はじめはよく分らなかったのですが、ハム太郎は話す時語尾に”なのだ”をつけることに気が付き 「まーさん、”なのだ~”の前に言葉をつけるんだよ。 ”そこなのだ”とか”あそこなのだ”とか」と別室より声をかけましたが、数分後 「なのだー」とまた”なのだ”だけが聞こえてきました。完全ムシかよっそしてこのマンガのキャラクターに”なんで君”という関西出身のハムスターがいるのですが、その真似もするようになり・・・・・ 「なんで?なんで?なんで海は青いん?」 「なんで?なんで笑うん?」 と関西のイントネーションそのままコピーしてなりきってます。何故子供は真似をしたがるんだろう?しかもそっくりだよ!!そんなまーさんが発するもうひとつの言えそうで言えない言葉。それはスターウォーズを スターぼうずと言います。スターぼうずって・・・・・・・・スター坊主?一体何の宗派だろ??よかったらクリックお願いします→
2007.04.20
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前回の日記「旦那の元カノ」関連でいこうかと思いましたが、思わぬ事件が勃発したので、今回はそのお話を・・・。なんと月曜日小学校が休みでして、思わぬ三連休となりました。その日の夕方、裏庭でまーさん&みみごんが遊んでいたのですが、家の中でクリスと話をしていた私は、異常に裏庭が静かなのに気が付きました。「なんでこんなに静かなの?」と二人の姿を探すと・・・・・ いない!!慌てて外に出て裏庭の方にある公園を見てみる。 誰もいない!!急いで家の玄関先に行き、家の前の公園を見る。 誰もいない!!もうこうなったら歩いて探すより、車で行ってしまえ!ということで玄関の鍵も掛けずにクリスを車に乗せて探しに出かけた。途中友達の家の前で遊んでいるザックを発見! 「まーさん達が居なくなったから、自転車でちょっとその辺探してみて!」とお願いをした。ザックが行った反対方向の道を車で走らせてると・・・・ い、い、いたぁぁ~~歩道を二人で並んで歩いておりました 「こらぁ~!はやく車にのりなさぁ~~い!!」という私の呼びかけに素直に車に乗り込む二人。風邪が治りかけているということもあり、二人の両方の鼻からは滝のような鼻水が・・・。 「なに大冒険しちゃってんのよ、あんたたち!!」という私の発言に、げらげら笑うクリス。「ザックに話があったんだよ」というまーさん。「ザックに話って・・・ザックの居る所より遠くまで来ちゃってるじゃないのよ!」とぶち切れる私。ザックに「見つかったよ」と報告しようと、探してみるものの発見できず、もしかしたら家にいるかも・・・と思い帰宅することに。家に戻ってもザックは居なかったのですが、そのうち帰ってくるだろう、と思い放置。それから十分後、ロバちゃんご帰宅。十数分前の出来事を話して聞かせ、すっかり笑い話になったところで、私は食料の買出しへ一人で行く事になった。普通ならばここでめでたし、めでたしなのだが、本当の事件はこれからなのであった!!車庫から車を出して少し走ったところで、ザックのクラスメイトのお父さんとすれ違う。このクラスメイトのお父さんはロバちゃんと同じ職場。そしてどうも家へ来たみたいで 「ザックから弟がいなくなったって聞いたけど、みつかったか?」と話しかけてきた。 「ええ、かなり前に見つかったけど・・・もしかして探してくれてたんですか?」と聞くと「そうだよ」という返事!! 「すいません!わざわざありがとうございます! 大丈夫です!見つかってます!本当にありがとうございます!」とお礼をいってその場を離れた。 『なんでクラスメイトのお父さんに言ってるんだ?』と不思議に思いながらも、買い物しているうちにすっかり忘れました。30分くらい買い物して家に帰る途中、家の近くでSecurity Policeの車とすれ違った。 『見回ってんのかな。ゲッ!みみごん達もしかしたらこの人達に保護されてたかも。』と思いながら我が家を見たら 「ゲッ!!何??なんで??」家の前に一台のSPの車が止まっていました。車庫のドアが開き、私はそのまま止まらず車庫内に突入。家のドアが開きロバちゃんが顔を出したので、私は車内より 「ちょ、ちょっと!もしかして、うち?家に来たの?」と外のSPの車の事を聞いた。「そうだよ」というロバちゃん。 『何で?何で?あれはかなり前に解決したんじゃなかったっけ? それより誰がSPに電話したのよ??』考えれば考える程謎だらけほどなく玄関のチャイムが鳴り、もちろんSPが立っていた。そして何故か私が事情説明。どうもザックがSPを呼んだらしい。何で??居なくなった子供の個人情報、SPを呼んだ人の個人情報を聞かれ、更にどんな状況で居なくなったのか詳しく説明させられますたSPがご帰宅された後、ロバちゃんに詳しい説明をしてもらうとなんと初めはSPの車が3台も来ていたそうです。平和すぎてお暇だったのでしょうか?良い事ですそこで玄関のチャイムが鳴り、開けるとSP3人とザックが立っていたそう 「4歳になる男の子が居なくなったそうですが・・・」というSPの質問にロバちゃんは 「いますよ」と返事をすると、SPは 「息子さんの姿を確認させてください」と言ったそうです。そこでロバちゃん曰く 「俺”NO”って言ってドア閉めちゃった」 バカか、おまえはぁぁ~~~そしてロバの話は続く 「ドア閉めたけど、またドア・ベル鳴らされて同じ質問してきて・・・」どうか↑の話は冗談であって下さいSPが待っていたのも私から話を聞く為だったらしい。ロバちゃんに説明してたんだからそのままSPに説明しておいてくれればいいものを・・・。何故SPが来たのかが謎だったので、ザックに事情を聞いてみる。なんと他のクラスメイトにも「弟がいなくなった」と話したらしく、そのクラスメイトのお母さんのお友達という人がSPに電話をしてくれたらしい。 ・・・・・・・・絶句ですザックは”探す”というより”言いふらし”に行ったのか??それと普通SPに連絡する前に、その子の親に聞いてみるとかしませんか?まぁ9歳になる子を尊重して電話してくれたんだと思うことにしましょうか。そしてこんなにすばやく近所の方々が(あまり近所でもない)行動してくれる人達でありがたく思うことにしておきます。なんだか精神的にどっと疲れましたが、過酷なことにこの後私には夕飯作りという使命が。先月は救急車、今月は警察の車、来月は消防車でも見れるんでしょうか?旦那といい、息子といい、私のアメリカ生活に色々な事を経験させてくれてありがとうよ。このお礼はいつか倍にして返させていただきやす 今回の脱走者たち。 私の寿命は確実に縮まっています。がんばれりえこん!と思う方はクリックお願いします→
2007.04.19
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本日の日記の内容は 「りえこんさん、私あなたを軽蔑します!」と思う人が続発するはず・・・・。何故なら、私もちょっとした自己嫌悪に陥ったからしかしそれでも書かせていただきやす。何故なら、結構笑っちゃったから・・・。そして絶対に 「私も見たい!!是非見てみたい!」と思う人も少なからず居るはずだから。という訳でまずはその出来事を読んでみよそれはもう何年も前、私とロバちゃんが結婚する前にさかのぼる。別に付き合っているとも言い切れない関係であった私達。ロバちゃんという男、なんとも小難しい男でして、 『自分以外に良いと思った人がいたら、そっちと付き合え』的な事を常々言っておりました。そんなある日、私に他の男の影が見え隠れしていたのでしょう。ある日ロバちゃんは「自分の家族の写真です」と、自分の実家の皆様の写真持参で訪ねてきた。 『なんで今更家族紹介??? これは私の気持ちを引き戻そうとしてるのかっ?』と思いながら、興味深く見ていた。どうもロバちゃんはお母さん似らしい(どうでもいい?)一通り見終わったら 「次は今まで僕が付き合った彼女達」と言って歴代の彼女達の写真を見せ始めたではないかっ! 『な、なんじゃこの流れ??引き止めるにしては逆効果じゃないの? むしろ”早く俺から離れて行ってくれ”という暗示か???』と思いながらも、興味深々で見始める私ほとんどが高校生時代の写真で、女の子もなかなかかわいい。ロバちゃんもあどけない。しかし、しかしである!!その中にひとりだけ 「こ、これは・・・・・・・・・」と思う女子がひとり。そのお方は年頃の女の子ではあるものの、口ひげが生えていた髪型もまぁ時代の流れがあるとはいえ、襟足は長いけどビンカット(耳が見えるカット)眉毛が強烈に立派で、意志の強さが感じられます(?)”かわいい””きれい”という表現より、”性格よさそう”という感じ?その彼女の横で満面の笑みで写真に写っている、ロバちゃん。 『まぁ、私とつきあっていたというのでわかっちゃいたけど、 ロバちゃん決してメンクイではなかったのね』そしてこの彼女、ロバちゃんの家で家族との食事中の写真もあり、かなり突っ込んだ(どんなよ?)付き合いでもあったらしい。全ての女子達を見終わった後、この眉毛ちゃんの印象だけが強烈に残り・・・・。そしてこの歴代の彼女達を見せてくれたロバちゃんのその目的も分らぬまま、月日は流れ・・・・結婚。それから数年後、かなり親しい友達2人が我が家に遊びに来た時のこと。このロバちゃんの解せない行動の話になりました。そしてもちろん眉毛ちゃんの話にもなったのです。 「実は元カノの中にすごい眉毛の人がいて、眉毛と目の大きさが同じくらいでさぁ~。 ちょっとそれが強烈だったんだよね~。」という私の発言に友達は 「眉毛と目の大きさが同じって、すんごぉ~~く細いの? それともすごおぉぉ~く太いの?どっちなの??すごく気になる!」そう、すごおぉぉ~く細くても、すごおぉぉ~~く太くても、強烈ではないか??そこで私は答えた。 「すごおぉぉぉ~~~く太いの」 友達2人 「うわぁぁ~、想像できない!!細い方はなんとなく分るけど・・・」そこで私は、どうしてもあの気持ちを誰かと分かち合いたくて 「写真あるけど・・・・見てみる?」と持ちかけてみた。もちろん2人は 「見る!見る!!見たい!!!」すごい食いつきぶりでした。早速眉毛ちゃんの写真を見せると・・・・ 「すごい!!これはすごいよ!確かに眉毛と目が同じくらいだわ・・・」やはり同じ感想であった。 「そうでしょ、そうでしょ!!」と一緒になって見ていた自分でしたが、だんだん気分が悪くなってきた。自分の写真でもないのに勝手に見せてる私って・・・・最悪だすごい自己嫌悪。なんだこの矛盾した気持ち。その後誰にもその写真を勝手に見せる事はありませんでした。もちろんこの事はロバちゃんにも言ってません。自分がこんなことされたら嫌だよね?本日は私の懺悔日記でありました。本当にロバちゃんごめんよ。ロバちゃんがメンクイではなくてよかったです(どういうフォローだ?) 「私も見たい!!」と思う人がいるかもしれませんが、私の元カレで勘弁してくださいっ!!よかったらワン・クリックお願いします→
2007.04.13
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今回もまた不思議なお話関連で・・・。今から4,5年前のお話。クリスが日本の幼稚園の年少さん(3歳の頃)でザックが年長さんでした。丁度その夏にまーさんが生まれて、夏休み終了後にザックは基地内の幼稚園へ入学、幼稚園にはクリス一人が通うことに・・・。その年の秋、幼稚園の運動会に生まれたてのまーさんを連れて行くのはどうかと思い、まーさんはロバちゃんと留守番ということで、私とザックが出かけて行った。元のクラスメイトも先生も居て、ザックはとても楽しそう。みんなが走っているのを見ていると 『このまま卒園まで通わせたらよかったかな・・・』と後悔してしまいました。運動会は午後までかかるのですが、年少さんの競技は午前中で終了だったので、お弁当もなければ、敷物も持たずうろうろしていた私とザック。元のクラスメイトで仲の良かった男の子・A君のお母さんに偶然会い、お話しました。幼稚園のお母さんのお友達が、数名しかいなかった私。やんちゃな男の子2人いると気軽な立ち話もできなかったのです。この時はザック一人ということもあり、お互いの子供の競技もなかったので、今までになく話をすることができました。A君のお母さんは、私が三人目を出産したことで 「今は大変で辛いと思うけど、後で”生んでよかった”って思える時が必ずくるよ。 今は無我夢中だと思うけど、子供に教えられる事も沢山あるし・・・。 そういう余裕が出来る時が絶対にくるから!くじけないでがんばってね!」というようなことをすごく親身になって言ってくれました。A君も三人兄弟の末っ子だったので、A君のお母さんは私の育児の先輩みたいな感じでした。今までA君のお母さんとあまり話をしたことがなかったので、この時は「A君のお母さんって良い人だ~。ありがたい!」と思っていました。その後・・・・・。赤ちゃん返りの始まったクリスは、自分の気持ちを上手く表現できないということもあり、幼稚園でトラブルを起こす日が多くなりました。同じクラスの子がクリスが原因で、幼稚園への登園を嫌がっているという話も聞こえてきました。本当に申し訳ない限りでした。自分の子供だけれど、子供の行動は私が思うようにコントロールできる訳も無く、お友達の家へ電話をして謝ったり、本人にお友達がどんなに辛いか、言って聞かせるしかできませんでした。私自身どうしていいのか分らず、人に接するのが辛くて、学校行事でロバちゃんが参加できる物はロバちゃんに行ってもらうことが多くなりました。そんななか、幼稚園の数少ないママ友さん達と会おうという話があり、参加することに・・。このママ友さんはザックのクラスメイトのお母さん達で、基地の中の学校へ転校した子のお母さんもいました。久しぶりの再会に、幼稚園の年長さん達の話で盛り上がっていた時です。一人のお母さんが 「そういえばA君のお母さんが亡くなったんだよ。」と・・・・。私と同じく基地の幼稚園へ移ったお母さんは、その話は初耳で耳を疑ってしまいました。 「A君のお母さんが、亡くなったって・・・死んだってことなの?」そうだと答えるお母さん達。『信じられないよ!数ヶ月前に私は話をしたんだよ!その時はすごく元気だったんだよ!』という思いで「いつ亡くなったの?」と聞いた。するともう言葉を失う返事が・・・・・ 「う~~ん、あれは確か・・・運動会のあった日だよ」 「うそだ!私、その日運動会でA君のお母さんと話したよ! 子供の事とか話したんだよ!!生きてたんだよ!」ママ友の話では、その運動会の夜、不慮の事故で亡くなられたそうなのです。運動会の後も幼稚園へクリスを迎えに行った時、偶然A君を見かけたり、「げんき~?」と声をかけたりしていました。子供にとってお母さんって本当に特別な人。絶対に居なくなられては嫌な存在なのに・・・・・。A君の事を考えたら言葉が出なくなってしまいました。こんな幼い子供を残して逝ってしまったA君のお母さん。自分の子供を残して旅立たねばいけないなんて・・・・。偶然にもあの運動会の日、A君のお母さんと話した事は私にとって忘れる事が出来ない日となりました。もしかして彼女は、自分が逝ってしまうのを無意識に知っていたのかもしれません。こんな私でもクリスのこの出来事では、生きているのが辛く感じたりしたのです。へたれな母親でごめんなさい。その後、年中さんになったクリスはすっかり落ち着き、小1の今では、あの時凶暴だったのが嘘のようです。”子供は親の思い通りに育たない”と言いますが、3歳からその言葉の通りでした。でも ”自分の子供を自分が育てることができている”という当たり前のことが幸せなことなんだ、とA君のお母さんから教えてもらいました。 生きていてくれるだけでありがとう私は雑草のごとく生き延びて、自分の子供の成長を見とどけるぞ!よかったらワン・クリックお願いします→
2007.04.10
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先日母より、日本のテレビ番組を録画したビデオが送られてきた。その中のひとつのタイトルを読んで「プッ」と思わずふいてしまった。 オーロラの泉『こりゃ”オーラの泉”と書いたつもりなんだな』と思ってそのビデオを観てみたら、録画されていたのは、なんと 天国からの手紙何でしょう、このボケっぷり江原さんつながりで近いといえば近いのですが、全く違うだろっ!しかも「オーロラ」まで出てきちゃって(爆)あまりにもおもしろかったので、わざわざ妹に電話して二人で笑ってしまいました。今日は不思議なお話を・・・・・。参考に今までの不思議なお話も合わせてどうぞ。世にも不思議なお話・もしかして見えちゃった?その1 世にも不思議なお話・もしかして見えちゃった?その2 世にも不思議なお話・自分編 その1 世にも不思議なお話・自分編 その2 輪廻転生を信じますか?私には弟が二人いるのですが、数年前不慮の事故でひとり亡くなってしまいました。弟が亡くなる約2週間前、バイトへ行こうとして家を出た私は、鼻水が垂れてきたのでとっさに鼻を押さえました。しかしそれは鼻水ではなく鼻血だったのです。それまで鼻血を垂らしたことはほとんどなく(1回くらい) 『なんで突然鼻血が・・・・?もしかして、悪い病気?』なんて軽い妄想をしてしまいましたその2週間後に突然弟は亡くなったのですが、そのお通夜の最中です。 『なんで死んでしまったんだよ』と心の中で問いかけていたら、鼻水がつーっと垂れてきました。 『げっ!鼻垂れてきた!!』と思いハンカチで鼻を押さえると、なんとまたしても鼻血が! 『うわぁ!また鼻血だ!!やっぱり悪い病気なのかよ!?』とお通夜の最中あたふたしてしまったお通夜終了後、いきなり鼻血が出てきて・・・のハプニングを家族に話しました。それから鼻血が出ることはなかったのですが、弟の四十九日の日、妹が長距離バスで実家へ帰りました。その日実家へ帰れなかった私は、実家へ電話をかけたのですが、そこで妹の驚くべき報告が・・・・・ 「長距離バスから降りた時、いきなり鼻血が流れてきたんだよ! お姉ちゃんも鼻血流したって言ってたよね。これって・・・・」そう、これってもしかして弟からのメッセージ?鼻血で何か伝えたかった?何を??それは多分・・・・ 遠い所からわざわざ来てくれてありがとう と言いたかったのかも。そう私は思っています。こういうのって偶然とか、思い込みとかって思う人もいるかもしれません。何か特別の意味がある、いや意味は無い、それも個人の捉え方の違いです。ただひとつ言えることは、私も妹もその後鼻血は全く流してはいません。弟の死は、私が生きてきた人生で一番辛い悲しい出来事でした。大泣きしたし、事実を受け入れるのに時間がかかりました。今まで一緒に成長してきた人間が突然亡くなるなんて考えられませんよね。私が弟の死を乗り越えられたのも、妹や弟がいたからです。言葉にはしなかったものの 『この二人も今自分と同じ気持ちなんだ。同じくらい悲しいんだ』という思い(もしかしたら勝手な思い込み?)を感じました。本当に妹弟がいてよかったと二人に感謝です。産んでくれた母にも感謝です!でも”オーロラ”ではなく”オーラ”だから弟が亡くなり、少し戸惑う事もありました。初めて会う人に「兄弟は何人ですか?」と聞かれること。亡くなった事を言いたくなくて「3人です」と答えていた時もあったけど、なんか亡くなった弟の存在自体を否定しているようで、嫌だった。同じく兄弟を喪った友達に相談したりもしたっけ。あの時は相談にのってくれてありがとう。考えた結果、「4人です」と答えるようになりました。旅立って行った人達が、のぞきに来た時に 「頑張って生きてるな」と思えるように一生懸命生きていこうよかったらワン・クリックお願いします→
2007.04.04
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