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○4月のバハ・カリフォルニアは4月7日からはじまる5回のルポです。 お時間のある方はぜひ、スタートから読んでね。新しい町について私がやることにはパターンができていた。 1.まずなんとか安宿を見つけて、 2.地図をもって、めぼしいカフェを探す。 安くて、静かで、relaxできそうなところ。 そこでコーヒーを飲みながら、新しい町に挨拶。 そして「いつも残り少ない所持金」との打ち合わせ。 その日もそんな風に、私はカフェにたどりついた。 いつもの基準で選んだというより、疲れてもう1歩も歩けないから、 仕方なくそこに座ったって感じで。 (´w`) どうして海の傍でもない、人通りの多いカフェ・テラスに座ったのか、ちょっと謎。思えば何か、広場にお祭りみたいな飾りつけがあって、 それを眺めることができたからかもしれない。 その町はラ・パス。(La Paz) スペイン語で、『平和』っていう意味の名前。 久々に人がいっぱい行き交ってる街らしいサイズの街。 ☆ 「今日は何かあるんですか?」私はスペイン語で ウエイターさんに尋ねた。けどあいにく、その答えがわかるほどの 実力はもちあわせていない・・・(>▽<) 親切なウエイターさんは困って、2つ隣の席にいた麦わら帽子の じっちゃんに助けを求める。じっちゃんは、足元に大きな犬を 2匹はべらせて、なんともスローで気のぬけた空気で座ってた。 それがレインボー。 Rainbow: 「今日は市長のやつがここへ来るんじゃよ。」 jojo: 「あなたは、英語が話せるんですね。」(@v@)v R: 「ははは、そうじゃよ、わしはアメリカ人じゃからな。 だがもう25年はこの街に住んどるが・・・」 jojo: 「25年!一体こんなところで何をしているんですか?」 R: 「わしゃ、アーティストなんじゃよ。」 レインボーと私は、こんな風に話だした。 よく見ると、じっちゃんは手にぶあついファイルをもっている。 jojo: 「うわぁ!どんな絵を描いてるんですか?」 そう言って見せてもらったファイルの表紙には、いきなり私の大好きな インディアンの伝説、『虹の戦士』の絵が現れた! それもペンで細やかに点をうった、なんともナチュラルでやさしい絵。 「な、なんでこんな地球の果てみたいな町で、 こんな素敵な絵に出会うんだろう。」 私はその偶然に思わずニマニマになる。 jojo: 「このお話し、大好きですよ。」 (・v・)ノ R: 「お前さん、この話しをしっとるのかね。」(@v@) じっちゃんも、日本人の私が『虹の戦士』を知っていたことに 気をよくしたのか、熱い午後の退屈しのぎか、 調子にのって色んな話しをしてくれた。 若い頃はヨーロッパでコミューンを作ったり、サンフランシスコで カフェをやったりしたもんじゃ、トカ、チャールズは、(←スヌーピー の作者)子供たちの募金にも協力的で、イイやつじゃったよ、トカ。 おいおい、じっちゃん、それ本当に本当なの~~~!?と、 オドロク話しばかり・・・。 ラパス滞在中の3日間、レインボーとのお茶は日課になった。売る気なんて全然なさそうなスタイルで、(←コピーを売っている)歩道の上のカフェ・テラスで日がな1日絵を描いている、それがじっちゃんのスタイル。行き交う町の人が時折ニコニコ挨拶していく。 その度に彼は、ちょっとTVの魔法使いみたいなチャーミングなウインクを投げ返す~♪私はじっちゃんの紹介でラリったサーファーの車で暴走もした。(焦) 憧れのトド・サントス(←ネイティブ・アメリカン系のアーティストが多い町)からラパスへ戻り、いよいよロスまで帰る直前、私はなけなしの資金と相談して、レインボーの絵を購入しようと決意した。レインボーは喜んで、いつもの極細ペンでその絵の裏に こんなアーティスト・プルーフを書いてくれた。 『虹の戦士』 by レインボー・ホーク。 これはネイティブ・アメリカンに伝わる予言。 ボブ・マーリーはこの話しをもとに、Sun is Shiningという 歌を歌った。彼にこの話しをしたのは、このアーティストである。 またまた、じっちゃん、それ、本当に本当なの~~~!!??(@o@) オドロク私に、レインボーはいつものニクイ、ウインクを飛ばす。 それはまるで、「お前さんは、自分の疑問の答えを、もう知っとるハズじゃろ?」と、魔法をかけてくれるみたいに。 ☆ そう、はじめてレインボーの『虹の戦士』の絵を見た時、 私はすぐに、グレーロ・ネグロのことを思い出していた。 あのハイパー・フレンドリーなコククジラの親子に会って以来、 どう考えてもあの入り江に、沈んだ捕鯨船の名前がついてることが 時代錯誤に思えて仕方なかったから・・・。 『虹の戦士』は、喜びや楽しさを人びとの間に広げることで、 環境の悪化した地球を救う人たちがいる・・・ そんなインディアンの伝説。( or 予言?) 50年前、人間たちの乱獲で絶滅寸前になっていたコククジラたち。 捕鯨が禁止されたこの50年で、彼らの数は、 以前の2万頭まで回復してきているという。 それはまるで奇跡のようなコトだと。 けどそれよりももっと「奇跡みたい!」と思うのは、 そんな悲しい過去を背負う彼らが今、自分たちから人間に近づいて、 喜びと楽しさを広めてくれている、という事実・・・☆彼らこそまさに、インディアンの伝説にでてくる『虹の戦士』もしも人間同士だったら、こんな風に関係が修復されるんだろうか? 「クジラたちには、過去の記憶がない。」という研究者もいる。 だけど本当にそうなのかは謎。 彼らは私たち人間には解読できない言葉で、 フクザツな情報を互いに交換しているというのだから。 もしかすると? 北の果てからバハまでの、7000Kmの長い長い旅の経験を通して、 彼らは大切なことを学んでいるのかもしれない。 私にはそんな気がしてならない。 旅は普段忘れている大事なことを思い出させてくれるものだから。 『グレーロ・デ・アルコ・イリス』 (虹の戦士) 通ってきた一本道を、長距離バスにゆられて、再び北に戻りながら、 私は心の中で、あの町に新しい名前をつけていた。 『会えて嬉しい』ってみんなが思うあの瞬間の幸福には、 国境や言葉の壁やあらゆるチガイが全く意味を失って、ただただ愛情だけがそこにアル。それが生き物の本当の姿だと、 コククジラたちが教えてくれていた旅。『過去の過ちを許す』ということが、やさしくて、強くて、まっすぐで、キラキラしてる・・・☆ということも。一見孤独できびしく見える、このバハの道みたいに。Travel journal on 2001 in Baja California.
Apr 24, 2005
「Ballena Ven~e!」 クジラを呼んでるのはセレネとjojoだけ。あとの乗組員はみんな寒さに震えている。そんな縮こまってたら、つまんないのにさぁ・・・ そう。イルカ・ウォッチングはやっぱり心意気だっ! イルカに出会うプロセスだって楽しくいかなくちゃ。もちろんクジラだって。そしたら、万一出会えなくてボロボロで帰港しても、それはまたそれですぐに楽しい思い出になる。 基本的に、人生のすべてにおいて、そんなにつらいことなんてない。 舟で1番先につぶれる私が言うんだから説得力ないかな?(笑)OK, じゃぁ、それを例にしてみると・・・ たとえば、すんごく苦しくて、舟の後ろで「うぇ~」って、なってることが多いjojoの場合。そんな時でさえ、目の前を、信じられないぐらい近くで、イルカがはねたりすることもある!!! 舟にのってる誰よりも、イルカの近くにいるワケ。 (@o@) そんな時は、もう笑いしかない。実際は笑ってないんだけど、お腹の底が勝手に笑ってるっていうか・・・そんな感じ。 私は大声で笑うのも好きだけど、思い出し笑いとか、笑えない場所でお腹の底でひとりで笑ってるのも好き。そんな時に同じ状態の仲間を発見して、目配せなんかかわせた時は、説明不可能なぐらい・・・ 幸せだ。 (・v<) すんごい嫌な人がいると、リモコン・モードをミュートにして笑ってしまう。だってマジメに対応してたら、頭に血が上ってくるから冷静になれない。 時々、ミュートにするのを忘れて失敗するけどね。(>v<) それでも、やっぱり子供が傷つけられたり、大切にしてきたオリーブの木が切り倒されたりしてる場面、そういうのを見ると、決して笑うことはできないし、むちゃくちゃ頭にくる。 でもそれは必要な怒りだと感じる。 あんまり必要のない怒りと、絶対に必要な怒り その区別ができないと自己カオスになるよね。 ☆ しばらくすると、リカルド・リーダーと船長の様子が変わった。 「お、もしや・・・」と、jojoの顔にニマニマが急浮上。と、同時にリーダ-が言う。 「クジラが近くにいるぞっ!」 舟の上がいっせいに、ニマニマと「本当に本当!?」の目でうめつくされる。乗り組み員全員が立ち上がって、舟の両脇につかまった。 「ど、どこだ、どこだ!!!」 「あそこだっ~~~!!!」 (みたいな) もう、このへんからは、記憶にないぐらいの興奮状態になるのが普通である。βエン・クジラが脳内を支配するのだ。 (ウソ) とにかくクジラはいた。 笑。 近くに・・・・、そして消えたり・・・、また発見したり。 気がつくと舟のそばに、親子クジラが寄ってきていた。赤ちゃんと、いっても結構大きい! 乗り組み員全員、『ハイパー・ハッピー』モードでさわいでいる。「バジェーナ、バジェーナ、バジェーナァァァァアアア!」 誰1人として、ミュートにできない。 スペイン語が→英語に、その英語が→ヘブライ語に・・・それがまた英語に、そしてまたスペイン語に・・・たまに日本語も聞こえる。とにかく色んな言葉でクジラ、クジラ、クジラっと、言ってるもようです。 この騒ぎ方は、国籍も、ジェンダーも、年齢なども、何も口をはさむことができない全世界共通モノ☆ 舟にあたりそうなぐらい、(いや、あたっていたのかも・・・)横に赤ちゃんクジラがきた! その横にたまたまいたのは、なぜかjojo.みんなが「タッチ・ヒム、タッチ・ヒム!」と興奮して叫ぶ。 本来、野生の動物にむやみにさわるのはよくない。人の病気を移してしまったりするから。みんなの期待を背負いながらも、リーダーにそう言うと、 「大丈夫、彼らはタフだから。」 (・v・) だって、リーダーはメキシコ人だもんね・・・(笑) たしかにコククジラはタフな肌をしてる・・・そしてこの状況で彼に手が届くのはどうみてもjojoだけだ。そして彼女の健康状態は、すこぶる上々! 「ま、ちょっとぐらいなら、いっか。」 (´w`) だって、jojoはB型人だもんね・・・(笑) そっと手をのばしてコクの頭に手をおいた。 (あははは・・・・なんだ、この感覚。岩肌?) すると、コクはいきなり、ぶくぶくぶくぶく・・・・・っと、海の中にもぐった。 (やばい、嫌だったのかな?)と、心配すること数秒、 彼は、ドバ~~~っと、同じ場所に浮かんできて、顔を左右にふっている! 後で考えると、嬉しくて笑っている人間の赤ちゃんみたいな仕草にも見えた。 そこでもう1度同じように、頭をちょっとだけさわってみる。 するとコクはまたもや、海へもぐり、すぐまた同じところに顔をだして笑っている(・・・みたい) あははは・・・、なんか可愛いよ。 みんなも大興奮である。 穏やかな海の上で、そんなコク親子との不思議な、(=お互いにお互いの気持ちがわからない)交流。 本当に驚いたのは、赤ちゃんをさわっても、そばにいるコク・ママが怒ったりしないこと!彼女はとっても穏やかに、ただそばで見守っているだけ。自分も、自分も・・・って、近づいて来たりもしない。それは船上の乗組員も同じで、誰もムリにクジラを触ろうとする人もいなかった・・・(・v・)ノ その慎み深い態度に私は感動した。 しかしそんなイイ感じの時に、リーダーが突如、クールに言う。 「みんな、ちょっと聞いてくれ。このチビ・クジラはちょっと調子にのりすぎてきている。へたをすると暴走するかもしれないので、別の親子を捜しに行くことにしよう。」 ぇぇぇえええ!そ、そんな、こんなになついている(感じ)なのに、もう離れるのですか!?? リーダーの説明では、「赤ちゃんクジラは、お母さんほど経験がないので何をしでかすか解らない。さっきから舟の下をガンガンくぐっているから、舟にあたって、我々が転覆してしまうかもしれない。」というのである・・・。 私たち経験の浅い乗り組み員は、しぶしぶリーダーの言葉に従った。 「アディオス、バジェーナー!」 会えて本当に嬉しかったよ。 ☆ 舟は静かな入り江を再び走り始めた。 ・・・けど、さっきの親子が後から追いかけてきている。(笑)逃げる舟。 どこまでも追いかけてくるクジラ・・・・ (おい、おい、どっちが調査されてるんだ!??) 必死で舟を操縦する船長とリカルド、そして追いかけてくるコククジラの親子を交互に見ながら、私のお腹の底は、またゲラゲラ笑いだしていた。 そして気がつけば、すぐそばで、クジラたちが、ばんばん跳ねている!!!遠くでは連続ジャンプをしてるのもいる!!! どんだけおんねん!!!! (@w@) これって一体、シーズン中はどうなるんでしょうか? 知りたい人は、AguILaに乗ってグレーロ・ネグロへ。 Vamos Amigo! Travel Journal at Guerrero Negro on 2001.
Apr 10, 2005
「シーズンはずれのコククジラ調査隊」は、16mものクジラを見るのに"こんなのでいいの?"という、公園に浮かんでるボートみたいな舟に乗り込み、 "こんなところに本当にクジラがいるの?"という、静まり返った入り江に漕ぎだした・・・。 (とはいえエンジンがついていて結構スピードがでる!) メンバーは9名。リーダーは、とっても顔の濃い、 (おそらくこれ以上こくすることはできない)リカルドくん。 彼は電話口の声だけで、廃墟の町を虹色に変える、 そんなさわやかさと頼もしさをもっている。英語だってお手のもの! そして英語の苦手な船長さん。 その寡黙さが、これまた妙に信頼感をかもしだす・・・ 残りの乗組員は、(みんなかなり頼りナイが)・・・(>v<) 国境の町ティファナの家族づれ、そして昨夜、町の人たちから、 やはり「クジラのシーズンはもう終わった」と告げられ、 意気消沈してバスに乗り込もうとしていたところを、 偶然いあわせた謎の東洋人に呼び止められた イスラエルのバック・パッカーズ。 そして最後は、その謎の東洋人である・・・。(・v<) とにかく一行は、「クジラの中には、われわれのように、 多少スケジュールにおくれる個体もいるのでは?」という そんな期待いっぱいに、世界各地から集っていたのである。(@v@) 用意された防寒スーツを着込み・・・おしくらまんじゅうみたいに 小さなボートに一丸となった。 There is No Border on this boat! ☆ メンバーの中に、「はたして、この苛酷な(?)旅にたえうるのか・・・」 と心配になる小さな女の子がいたので、(セレナ4さい) 私は密かにクジラとの遭遇を確信していた。理由はカンタン。 私の専門のイルカたちは、子供たちの声が好き・・・☆ →よって、クジラたちも、きっと好き・・・☆ という理論だ。 ボートの上で死にかけているセレナに、リーダーの口からその情報を リークする・・・。もちろん「イルカ」というところは、 巧妙に「クジラ」にすりかえて・・・。(・v<) うなだれていた彼女は、目をまぁるく見開いて私の方を見た。 このぐらいの年のコがよくやる『本当に、本当!?』のあの目である。 私はゴマカシがバレないように、かなり大げさにうなずいた。 すると彼女はほんの一瞬、本当に可愛いほほえみを見せて、 くるっ、と海にむかって、クジラを呼びはじめた。 「バジェーナ、ベーン!」 (クジラ、おいでよ~) その声は、あっという間に風にかき消されるけれど、 彼女の横顔は真剣だ。 (こんなコドモの素直さは100%世界共通で、 そんなのを目撃すると、やたらウレシクなっちゃうよね☆) 「イジワルしないよ~、」トカ、「オチビちゃん、おいで~」 などと言ってる(らしい) (どう見ても、キミのほうがオチビだと思うんだけど) 私も覚えたてのスパニッシュでクジラを呼んだ。 「バジェーナ、ベーン!!!!!」 いよいよ明日が最終回! Travel Journal at Guerrero Negro on 2001.
Apr 9, 2005
次の日も、町はやっぱり廃墟だった。(笑)誰に聞いても「クジラ・ウォチングは先週終わった」の一点張り。先週って、そんなみんながみんな同じ日にいっせいに北極を目指すわけ?1匹や2匹*ぐらいだらだらしてるクジラだって、いるんじゃないの???そんな訴えは、誰にも聞いてもらえない。外は風が吹き荒れていて、モ・ノ・ス・ゴ・ク・寒い。できるコトといえば、おかわり自由のコーヒーをすすりながら、宿のレストランで暇をもてあましているスタッフに、スペイン語を教えてもらったり、町の話を聞くぐらいのこと。おかしかったのは、そのレストランのキャッシャーに、「えっへん。」という感じで立てられていた看板。「私たちは、あなたのスペイン語と同じぐらいの英語を話せます。」 (・v<)ノ ☆話しによるとこの町は、20世紀の始めまで捕鯨の基地だったとか!グレーロ・ネグロという重々しい名前は、この入り江で沈没したハワイの捕鯨船の名前『黒い戦士』から、きているらしい。(そ、そんな過去があったとは!)捕鯨基地っていうことは、クジラたちにとっては、本当に悲しい!「Killing Field」だったということ。捕鯨といえば、今では日本やノルウエーだけが続けているみたいだけど、19世紀~20世紀前半にはアメリカ、オーストラリアを中心にたくさんの国が競ってクジラを殺していた。(主にはランプに火をともすのための油で、肉は食べないんだって)私はもちろん、クジラもイルカも好きだから、できるなら「捕鯨」はしないでもらえたら・・・なんて思ってる。かといって、「絶対にダメ「」ということもできない。(と思う)特にそれしか食べ物がないアラスカのエスキモーの人たちには。捕鯨に反対する人たちがよく訴えているように、「クジラは頭がいいから、殺すのがいけない。」ということになると、命は脳の問題か・・・ってことになってしまう。個体数の問題となると・・・話はまた変わってくるだろうけど。生きるために他の生き物の命をもらうのは自然のルール。どんな生き物でも、この自然のサイクルからはずれて生きることは、絶対にできないし、毎日食べてるお米やニンジンだって、立派な命☆ただそれが、お金もうけのために「必要以上に」殺すのは、このルールに違反している。(と思う)だから本当に、食べ物を大量に腐らせている先進国は、見直さなくちゃいけないことがイロイロあるよね・・・。日本人が捨てている食べ残しは、年に2000万トン。そして世界の食料援助の量は、年1000万トンなんだって。 ☆さて、グレーロ・ネグロに話しをもどすと、ここはコククジラたちのお産の場でもあるのだ!毎年冬になると、極寒のアラスカから食べ物を求めて7000Kmも旅をしてくる・・・「Birth Field☆」捕鯨が行われていた時、一体、人びとやクジラたちは、この信じられない矛盾をどう考えていたんだろう。(?~?)とにかくこの入り江では、その冬生まれた赤ちゃんクジラが、春、お母さんといっしょに長旅ができるようになるまで、のんびりと生活しているという。生まれたばかりのコククジラは、とっても好奇心が旺盛で、人間のボートに近寄って、遊んでくれるらしい。大きな口をあけて、ニコニコしているみたいな証拠写真もあった。(↑クジラがね)「そんなクジラに会うって、どんな気持ちなんだろう!」私もそう思って、こんな廃墟の星までやって来たっていうのに。「ま、これも人生ってやつか・・・。」 文句を言っててもしかたもないので、帰りの999の時間をチェックするため、またもや笑えるぐらい孤独な感じをただよわせているバス・ディッポへ出かけた。持っていた夏服を重ね着しまくって・・・。 ☆「やっぱりバス、ないんだなぁ。南下するのは1日2本かぁ・・・」そんなことをブツブツぼやきながら、ふと窓の外の壁に目をやると、そこには底抜けに明るいペンキで、大きなクジラの絵と電話番号が書いてある。大胆な看板・・・「まさかね・・・」 そう思いながら「でも、もしかして・・・」なんて、絶対になくならない期待がかすかに動きだす。視線の間には、アメリカ製のクールな公衆電話が「どうぞ、」・・・っと言いながら立っていた。jojo*s Travel journal on 2001.*クジラは本当は一頭、ニ頭と数えますが、親戚間では普通 一匹、二匹と使うのが多いようです。(・v<)
Apr 8, 2005
「小さなボートにクジラが寄ってくる。」そんな夢のような場所がアルと聞いて、私はまた未知の土地を目指していた・・・☆クジラがそこまで人なつこいなら、その周りにいる私の好きなイルカたちだって相当人懐っこいハズだ・・・!そんな勝手な推測を胸に、長くてヘトヘトのバス移動が続く、バハ・アリフォルニア・・・そこは、想像をはるかに越えた「荒野」。サボテンしか立っていない延々と続く赤い道・・・ちょっとだけカワイイのは、サボテンがみんな風の吹く方向に傾いている角度!空にはコンドルが、自然のドキュメントさながらにかっこよく舞っている・・・。L.A.から相変わらす寄り道ばかりして、やっとたどり着いたグレーロ・ネグロ。まるで廃墟となったようなSFの星みたいな町。すごい強風に、木の枝みたいなのが丸くなってころがっている・・・=> => => 孤独すぎて、笑いがでる。物価も思いのほか高い。しょうがないので食事はいつもタコス・スタンド。でもココのフッシュ・タコス(約1ドル)は、ヤバうま(・v<)ノ「こ、こんなところで、本当にクジラに逢えるんだろうか? 第1、海はどこにアルの???」 なんとか見つけた安宿に荷物を降ろして、早速町で聞き込み調査を開始する。「すみません、クジラのツアーはどこで申し込めますか?」 (Excuse my English!) 「何?あんたクジラ見にきたの?」(それ以外の目的で誰も来ないよね、こんなトコ。実際、誰もいないけど・・・) 「だったらかわいそうに。クジラのシーズンは先週で終わっちまったよ。」(こんな感じの訳で)「ぇぇぇぇえええ!先週終わった!? そ、ソレ本当ですかぁ???」 そこから何軒か並んだクジラのツアーらしきオフィスをのぞく。みんな暗~く、シ~ンとしている。パンフレットも心なしかヨレっとうなだれてる。(@-@)?!や、ヤバイ!このために苦労してこんな荒野のど真ん中まできたっていうのに。終わった・・・はないんじゃない!? とにかく・・・あきらめないで明日、もう一度あたってみよう。そう決意したとたん、ピュッ~~~~っと、コンタクトもふきとんでいきそうな突風が吹きぬける。 4月のバハ。 もうあったかいと思っていたのに・・・。さむっ~~~っ!! つづく 〇jojo*s Travel journal on 2001.
Apr 7, 2005
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