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遠くで起きていること。
家の者たちの出先。
かなたにある友人知人。
このごろ、そんな、わたしのいまいる場所からは手の届かない、もっと云えば消息さえ知れない事ごとを思う気持ちの、置き場について考えることが多くなっている。
無事を祈る証のようなものがほしくなっている。
ある日、友人のアヤサンから便りがあり、そこに思いがけないことばが書かれていた。
灯明(とうみょう)の二文字だった。
ふみこさま
夢を見ました。
小さなおばあちゃんが、唐草模様の風呂敷で柳行李(やなぎごうり)を包んだような荷を背負って、水車のある小川にかかる橋を渡っています。
おばあちゃんは、「ろうそくの火、お灯明がほしいんだが」とたのんでいます。
と書いてある。
不思議な夢だ。
目覚めたときいちばんにわたしのことが思い浮かび、それでその夢のはなしを伝えてくれたらしい。灯明ということばが、胸に残った。
アヤサンに灯明のことを相談すると、「ふみこさんがほら、こころを寄せる場所と呼んでいるところに供えたらいいんじゃないかと思います」というこたえが返ってきた。
早速、うちにあったろうそく立て(東日本大震災後、しばらく電気を使わず、そのかわりに活躍してくれた)に火をつけた。「こころを寄せる場所」のはなしは、いろいろなところに書いてきたけれど、いま一度記すこととす。
東京・豊島区に熊谷守一(*1)美術館(*2)があり、若い日にそこで「仏前」(*3)という絵と出合った。黄土色の背景のなかに置かれた黒い皿の上に、白い卵が3つのっている。長女の萬さんが肺結核で亡くなったときに描いた絵とのことだ。
そのとき美術館内の喫茶室で「仏前」の絵はがきをみつけた。これを求めて帰り、机の横の書棚に飾った。ある日、うちでこの絵と対面した友人から、絵はがきを譲ってほしいとたのまれる。当時友人は、母を亡くしたばかりだった。友人は「仏前」の絵はがきを自宅に飾って、お母上の場所とした。
わたしがふたたび美術館で「仏前」の絵はがきを求めたのは、それから20年後のことだ。居間の棚に飾り、「こころを寄せる場所」とする。そうしてきょうまで、この世から旅だった祖父母や叔父叔母、従兄弟、友人たち、面識のなかった尊敬する人びとへの気持ちを、そこに集めてきたのである。
アヤサンの不思議な夢のはなしを聞いて、ろうそくに火をつけ「こころを寄せる場所」に供えたわたしは、休む前にその小さな火を消そうと……。このような火は吹き消さず、手を使ってすっと、こう、消すわけだと思ってそうしたら、あろうことかろうそく立てごと床にはたき落とした。溶けた蝋(ろう)が飛び散った。やれやれ。灯明初日から、何ということだろう。
——まったく、わたしときたら、いつもこうだ。
とため息をつきながら、床を拭いたり、かたまった蝋を爪ではがしたりする。
しかし、不思議な夢に運ばれた思いつきを、このくらいのことであきらめてはいけない。
数日後、灯明にぴったりの、手で火を消すことすらおぼつかぬわたしにぴったりの、ろうそく立てを町でみつけた。それからは、家にいるときにはずっと、あたらしいろうそく立てに火を灯している。
わたしの思いは、静かに灯されている。
* 1熊谷守一:くまがいもりかず(1880−1977)。画家。著作『へたも絵のうち』
(平凡社ライブラリー)の袖に著者紹介として、「複雑さを超越し、一見単純なかたちと色をもつ作品は、その人柄からも“天狗の落とし札”と形容されて独特の宇宙を築き上げ、今も多くの人を惹きつけてやまない」とある。
* 2熊谷守一美術館:熊谷守一が45年間住んだ東京都豊島区千早の自宅跡に1985年、個人美術館として開館。2007年、豊島区立美術館となる。
*3「仏前」:1948年。油絵・板。熊谷守一美術館所蔵。
「こころを寄せる場所」。
ろうそくは、いまのわたしのもっとも大きなぜいたくだと認識しています。
それでもなお……この小さな灯火にこだわらずにはいられません。
(火のことゆえ、わたしが部屋にいるときだけという約束です)。

庭の芝桜が満開です。
薄いピンクの素朴な花がひろがっています。
かつてこれを庭に植えてくださった大家のTさん、
ありがとう、ありがとうございます。