「御朱印」は、そもそも「写経」したものをお寺に納め(『納経』という)、その証として、その寺院の『御宝印』を『納経帳』に授かります。 いつしか簡略化、『納経』を省略し、『納経帳』も『御朱印帳』となってまいりました。最悪なのは、「記念スタンプ」と化し、観光したお寺の記録換わりにし『後で読めない者』多し、さらには、身体不自由な親に代わって孝行息子が代参するのならともかく、「御朱印を集め掛け軸を売る業者」など、『納経印』も台無しだと『無宗教者の「浦島」でも感ず』るものです。 『御朱印』の右肩に記す言葉も「納経」と「奉拝」に使い分けられています。 無宗教者だからこそ言いたい三言 ① 御朱印帳に『ご本尊の阿弥陀如来』と記すのに、「弥」を「称」と書いた、有名寺院の修行僧(「あっ、マチガッタ」とのたまわく) ② 御朱印に朱肉を使わず、スタンプ台で『御朱印』を押印し、「浦島」の御朱印帳は、その部分が色はげている。