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あ~、たくさん眠った。やはり睡眠は私の最優先事項。睡眠時間を削って何かしてもロクな結果にはならん。毎日これくらい眠れればいいのになぁ。う~ん、なんか「自由」を感じる。なんでもできそうな気がする。今日は久しぶりに家で1日PCに向かっていなきゃいけない状態。またWEBに関わることをしなきゃならなくなってしまって、しかもDream Weaverを家のPCに入れてなかった!タグだけで作るの、自信なくて、今日記に逃げているところ。このところ自分のテーマが見えてきた。「自信」のなさである。どうして私はこんなに「自信」がないんだろう?それがあるはずのものまで見えなくしてしまうということがあるらしい。「オレ様大好き」のかみーのからずいぶん「そんなオレが好き♪」になるコツを学んだつもりであったが、まだ足りない。生い立ちや育ち方に問題あるのかなーと思って自伝を書こうと思ったのだが、書くほどの事件があまりない。小学生くらいまではものすごーく感受性に乏しいというか、よく言えば大らかな性格で、なんにも気にしちゃいなかった。ので子供の頃のことを自伝を書くほど覚えていないのだ。母に書いてもらおうかな。。。^^;あ、でも、10歳の日記に「死にたい」って書いてあるんだよね。「お父さんに怒られた」とかそんなことだった気がするけど、そんなことで「死にたい」と思う10歳は普通か?別にごくごく普通のサラリーマン家庭に育っていて、親にも愛されていたとは思うが。。。自分ではわからないと思ってこの前メールでカウンセリングを受けてみた。そしたらヒドイ目にあった。「自分のどこが問題で、どうやって改革すればいいか」ってことを聞きたかったのに、自分でもわかってたけど目をそらしたかったようなところだけあげつらわれてますます自信喪失してしまった(x_x)それで自分のどこを変えたらいいのかということになったら 「落ち着いたらわかります」ってインチキな占い師みたいな答えを頂戴しました。私はあまり「しなきゃよかった」って思うことはないんだけど、今回ばかりは 「受けなきゃよかった、てゆーか金返せ~!!!」2度とカウンセリングなんか受けるかっつーの!ま、前からそういうの一度受けたいと思ってたんだけど、今回やってみて、2度と必要ないっていうのがわかったことが唯一収穫かな。私はなんでも「やってみないとわからない」タイプなので多少嫌な思いをしても1こ1ここうしていくしかないのだ。おお、これも発見のひとつか。ま、なんでも無駄じゃないね。てゆーか無駄にするかしないかは自分次第なのだ。タダでは起きないぞー!たぶん私はこれからもたくさん転ぶし、そのたびに嫌な思いもいっぱいする。でも、何度でも立ち上がるし、決してタダでは起きないのだ。また友達に愚痴って、友達曰く「カウンセリングなんて、ヤンキーの受け売りで、ズバズバ痛いとこ突けばいいと思ってるんだから気にするな!」友達ってほんと有難いものだ。いつも友達や家族に助けられて何度でも立ち上がれるのだ。最近はインターネットをしていると見知らぬ人にまで助けてもらえる。つらいこともたくさんの人が同じような経験をしてたりする。誰だかわからないからといってくだらない書き込みをしている人もいるものだけどそれ以上にあったかい気持ちを持った人がたくさんいることがわかる。こうして私はまた日々感謝しながら楽しい気持ちで生きていけるのだ。私は私でよかった^^あ、こう思うことが自信かもしれない。うーん、今日はうまく解決してしまった、さすが天才。私を幸せにしてくれるたくさんの人たちに今日も感謝です!
2004年10月24日
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今日は円満に仕事ができました。感謝、感謝^^なるべく気持ちが楽しくなるような曲を聴きながら仕事してたんですが、「ルパン三世」、仕事がはかどりました。 ♪男には自分の世界がある 例えるなら空を翔ける一筋の流れ星~小学生の時これを聴いて思った。 「こんな男になりてぇっ!」イヤ、まず男になるのがムリなんですけど^^;今でも司馬遼太郎の本とか読んだりすると思ってしまう。 「こんな男になりてぇっ!」そして、自分で突っ込みを入れる。 「違うって!」小さい頃から男に生まれてきたかった。今はそうだなー、どっちかなぁ、女も気楽でいいけどね。どちらかというと今は、好きな人がそんな世界を持っている人だったならば、私もそれを大事にしたい。うーん、我ながらさすが乙女、の意見だ。私は甘えっこで、泣き虫で、弱虫で、そんな私を受け止めて、守ってくれる人を探してた。でも、最近ちょっと求めるものが変わってきたようだ。甘えっこで、泣き虫で、弱虫な性分はそうそう変わるものではないかもしれないが、なんていうか、守ってあげたいと思う人がいたら、守ってあげられる強さを持ちたい。男一人くらい何が起こってもがっちり受け止められるくらいの、強さと包容力を備えたい。我ながらずいぶんタフになったもんだと感心することしきりだが、もっともっと強くなりたい。その気持ちと「こんな男になりてぇっ!」は近い気がする。でも、もともと一般に「男らしい」と言われてる感じって女の人が持ってることが多いよね。 「決断が早い」とか 「思ったことをはっきり口に出す」とか 「白黒はっきりする」とか。社会人を長くやってて、やっぱり男の人の方が慎重にならざるを得ないんだな~と言うのがわかってきた。だから上記のような行動って女の人の方が取りやすい。仕事とかで「女だからやっても大目にみてもらえる」ってことけっこうあると思う。仕事とかしてて、まだまだやはり女性の方が不利であることは間違いないから、そういうところを上手に武器にしていく人は賢いと思う。それは「甘えてる」とか「媚びている」とかいうこととは違うと思う。
2004年10月07日
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また上司とケンカしてしまった。私は優柔不断なので、普段はどうでもいいことが多く、人に合わせてしまうことが多いのだが、仕事は別。仕事は一生懸命やりたいし、いいもの作りたいから、効率が悪かったり、センスが悪かったり、ピントがずれてたりするものを作らされるとものすごぉ~くイライラする。イライラしてもなんの解決にもならないし、人に嫌なことを言うと結局自分も嫌な気持ちになるから、なるべくそういうことはしたくない。言わないと解決しないことはある。でも、イライラしながらそれをぶつけるのは状況を悪化させるだけなのだ。私、もっともっと人に優しくなりたい。寛大になりたい。なりたいような自分になるのは簡単ではないけど、毎日それに近づいてるからあきらめない。優しい寛大な私になって、仕事も完璧にこなしてやる。最近こういう挑戦的な気持ちになることが多い。自分への挑戦である。楽しい。。。わくわくする。。。ぷぷぷ^^
2004年10月06日
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遅くなりましたが、イチローの新記録達成を称えます。さすが私のイチローちゃん、期待を裏切ったことはなし。天才は天才を知るのだ。ふはははは。。。また風邪をひいた、ぶり返したのか?やはり先週ちゃんと治さないうちに出勤したのが痛かったか。今回の学びは「休みたいと思ったら休む!」。私はどーも優柔不断で、「どっちでもいーやぁ」と思って他人に合わせてしまうことが多い。他人の意見に流されやすい。これは私の弱いとこである。もっと強い人間になる。風邪のおかげで運動ができないので、せっかく生まれて初めてダイエットに成功したというのにもとに戻ってしまっては今までと同じ。今までの私とは違うのだ。絶対キープ、ってゆーかあと3kg減らす予定。早く風邪を治して運動するのだ。ゴリエちゃんのDVDも買ったことだし、「Micky」覚えるぞ~^^
2004年10月04日
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「読書の秋」とばかりに大量の本を読んでいる。そのせいか書きたいことがいっぱいあってまめに日記を更新。今日は三浦綾子の「泥流地帯」という本を読んでいる。「人は真面目に生きているだけではいけないのだろうか?」と問い掛けている。私は「純粋である」というような表現の評価を昔から受けることが多かった。そんな風に言われることは嬉しいことではなかった。どちらかというとそれを恥じていた。そんなものには価値はない、むしろ邪魔だ、と。両親にも「もっと要領良く生きなさい」というようなことを言われていたし、今でもいくつも年下のコたちの言葉を聞いて、「あ、そーゆー婉曲な言い方もあるんだなー」などと感心することも多い。アタマのつくりが単純なので、人の感情を波立てない遠まわしな言い方が苦手なのだ。それで損をすることは多かったように思えた。もっと賢く、要領良く振舞えるようになりたいといつも思っていた。社会人を長く務め、たくさんの人と出会ううちに前よりはソフトなものの言い方や、グレーゾーンの価値がわかってきたと思う。かげひなた、などと言うが、それは社会人としての常識だと思っている。最近また「真面目で純粋」みたいな言われ方をすることが何故か多い。でも、それを恥じるのはやめた。「純粋」の価値を見出したのではないが、人には性分というものがあって、たぶんそれは私の性分なのだ。それなのに要領良く立ち回ろうとしたり、かけひきをしようとしたりしてもむしろうまくいかないことがわかったのだ。人は持って生まれた性分を生かすのが一番自然で生き易いんだ、ということに気がついた。そして、私も「泥流地帯」の兄弟のように真摯に生きたい、と。「純粋」が良いとも思わないが、敢えて心を汚す必要もないのだ、と。今日も会社でおかまと話していて・・・そういえばおもしろいこと言ってたな。彼女(彼?)は性格は男らしいのだと言う。私はほとんど女同士だと思って付き合っているが、たしかに彼の創るものは「男が創ったものだな」というのがすぐわかるデザインだ。彼女曰く、「私は男っぽい性格の女なのよ」。ってオマエ、おかまじゃん、てことは本来男じゃん。男っぽい性格の男じゃん、でもおかまじゃん・・・ええい、もうわけわかんないっ!でなんだっけ、そうそう彼女と話してて思ったのは、「あ、私ってやっぱり平面が好きだな」ということ。文章を書くのが好き、デザインするのも紙媒体が好き、写真が好き。中学生のころは写真クラブに入っていた。父のニコンの一眼レフを使いこなせもしないのに抱えて歩いてた。写真も、今やってるようなデザインも人柄が出るものだと思う。人柄、というか感性、センスなのかな。私は感性を大事にしている。センスのない服装の人とは話してもつまらない、という偏見(?)も持っている。ふと思い出したが、私が初めて真剣に恋の告白をもらったのが高校2年の時で、写真部の男の子だった。それこそいつもカメラを抱えてるコで、大きく引き伸ばしてパネルにした写真をプレゼントしてくれた。写真を撮り慣れていたし、技術もしっかりしていたが、なんとなくセンスのない写真だった(というのも申し訳ないが)。その時初めて「うまい」ということと「センスが良い」ということは違うと気が付いた。デザインもそう。私の今の仕事の師匠はモモという7つ年下の女の子だったが、彼女が創るものはどこかぴしっとしていた。そう、センスがある作品というのはなんていうか、どこかぴしっとしてる。凛としている。そういえば、今年知り合った、よく写真を撮っている人がいたな。彼の写真もいつも素敵だった。彼の仕事がどういうものなのか、未だによくわからないが、とにかく映像に関わる仕事であることは間違いない。そのせいなのかわからないけど、どの写真も凛として繊細で美しかった。私は人に職業を聞かれても、とても「デザイナーです。」なんて言えないいんちきデザイナーであるが、クリエイターのはしくれだという自負はある。技術も理論も持たない私は、感性だけで勝負していると思っている。若い頃は寄り道をたくさんして、自信を持てるキャリアなんて未だにないけど、この感性を育てるためにその寄り道はあったと痛感する。順調に予定通りの人生を歩んできた人の知恵がつかなかった代わりにもらったギフトがこの「感性」と「純粋」かもしれない、などと思ったりする秋の夜長である。
2004年10月01日
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