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鮭のおにぎりが、とても好きだ。鮭のおにぎりとならば、結婚したいと思える。初夜には、誰にも想像がつかないようなわけのわからない交尾をして、彼の子供を孕もう。やがて出産に至ったその日には、少量の米粒を私の体内に残しながらも膣から転がり落ちる、小さな鮭のおにぎり達。自分の体液にまみれていることなんてちっとも気にせずに、自分で産み落としたそれを私は抱き上げる振りをして、そのまま躊躇いも無く口のなかへと放り込んで食べてしまうことだろう。それ等の父親である私の夫は、その様相に愕然とするかもしれない。激怒するかもしれない。或いは、気が狂ってしまうかもしれない。何れにしろ、私を許すことは無いだろう。だから、そんな夫が腐ってしまう前に、私は最後に夫までもを食べてしまうのだ。きっと、美味しいことだろう。わけのわからない交尾をした相手なのだから、一等に美味しくなくてはつまらない。それから私はまた、新たな夫を探し求めるのかもしれない。それとも、何処も彼処も、満たされると言うのだろうか。 葱の味噌汁を夫にすることも考えた。しかしながら、彼は冷めてしまうといけないし、孕んだとしたならば、私は火傷を負うことだろう。臓物の内壁だけを火傷するというのは、一体どんな感覚なのだろう。外と面していない内側だけがぼろぼろだなんて。それでも心とは違って、切り開いてしまえば手の届く場所なのだ。容易く、暢気で、居た堪れない。そうして、鮭のおにぎりと葱の味噌汁、水道水の三つで、生かされている。こんなよくわからない世界の隅っこにすらしてもらえない場所で、鮭のおにぎりとのわけのわからない交尾の夢想が、生かされている。居た堪れない。 本当は、食欲なんてまるで無い。私は阿婆擦れだ、話していて退屈ではないと思えて声が好みの相手であれば、誰とでも寝られる。相手が身体しか求めていなくたって構わない、と言うより、私もそのようなものなので、他人のことを言えない。けれど、本気で恋をして、愛する相手が居るときは別だ。そのひとだけにしたいと、心から願ってしまう。 先週も、男と会った。「自分は一人っ子だから妹が欲しかった、“お兄ちゃん”と呼んで」と言うので、ここでも“兄”としよう。兄とは知り合ってすぐに、会うとに決めた。知り合って二日後に会った。何故ならば、兄は優しい振りがとても上手だったから。いざ会おうという話になったとき、兄は初め「紫苑ちゃんはどこに行きたい? 俺はカラオケとか、ダーツとか好きなんだけど。あ、水族館もいいなあ」と、健全な遊びの計画を立てようとしてくれた。それが本気だったかかは判らないが、このひととはしたいと思った。たぶん、この時点で私は兄に恋をしていた。自覚は無かったけれど。“したい”と思ったのもあったが、私は阿婆擦れのくせに、酷く男が苦手だ。文面でのやり取りや通話は平気なのに、実際に直面してしまうと怖くて顔が上げられず、全身が震えて、碌に言葉を発せなくなってしまうのだ。触れ合って慣れて行けば何とかなるのだが、その為には二人きりになれる個室が必要になるわけで。だから、大抵の男とはカラオケ、もしくはそのままラヴホテルへ直行してもらうことにしている。兄にも、それを伝えた。と言うか、先ず「会うって、不健全なやつだと思ってた」と言ったら「え? 俺は別にどっちでもいいよ、健全なのでも不健全なのでも」という言葉が返ってきたから、私の方が下心があって見っともなくて、その次の日の心療内科の診察で散々泣いた。兄の優しさを、私の下心が反故にしたのだと。私は兄を、大切にしたいと、本気で思っていた。 兄は爬虫類を飼育している。好きだと伝えたら、二枚、写真をくれた。そういう優しさも好きだったのと、あまりに可愛かった為、見たくて仕方が無くて、家に連れ込まれても文句は言わないなどと抜かした。結果、兄の自宅にまでお邪魔した。身体だけが目的の筈だったし、兄と合流する直前までは私をペット扱いして遊んでいた男に散々なことを言われて捨てられていたから色々と面倒になっていた。けれど、性行為を終えて少し休んだ後、兄が不意に立ち上がったと思ったら、ケージから一匹の爬虫類をハンドリングしながらベッドに転がったままだった私の元へと連れて来て見せてくれた。「この種はねえ、大体がすばしっこいんだけど、こいつだけ凄く鈍くて。ほら、ゆっくりでしょ」 そう言いながら私に見せつつ、ハンドリングする手つきはとても優しかった。その後も、他の子達を見せようとしながら、ケージから出そうと声をかけていた。少し怖がりで、結構に噛みついてくる子をケージから出そうとするときに、何度も威嚇されながら兄は「本当に、可愛いなあ」と。あまりに愛おしそうな声で、穏やかな声で言うから。その声を聞いた瞬間「ああ、私はこのひとがすきなんだ」と自覚してしまった。 その後は、兄が壁に寄りかかって生物関係の本を読んでいるところに、私が腹辺りに抱きついてぼうっとしていた。お腹がぷにぷにだった。兄は背が高くなければ、顔も整っていないし、どちらかと言えば細く締まった肉体をしているわけでも無い。そして、初めは「目立つし、余計に怖がらせるかと思って」と黒髪の肩までの髪のウィッグをかぶってきてくれていたけれど、実際は腰まで伸びた赤毛だった。背中の真ん中を過ぎるとブリーチの痕跡があって金色で、そんなことよりも、何よりも、本人曰く「ただの癖っ毛」らしいが、髪がふわんふわんと綺麗にウェイヴしていて、とても綺麗だった。 兄のスマートフォンで爬虫類の写真を見たり、あと、兄は「可愛いものが、可愛いことをしている」という認識らしく、動物の交尾の動画を蒐集しており、それを見せてくれた。少し反応に困ったものの、確かに亀のそれは可愛らしかった。それに、兄の声が本気にしか聞こえなかったので、否定的なことを思う隙も無かった。「腹減ったら言って、何か作るから」 移動が大変だろうと気を遣って泊めてくれる兄はそう言って、兄が食べたくなったタイミングでいいと伝えた。それから、焼きそばと、小松菜の煮浸しが出てきた。小松菜は苦手な筈だったのに、とても美味しかった。元から世話焼きなのだなと、何となく思った。初めの会話で「私は他人を頼ることが嫌いだから」と言ったら「俺もきらーい」と言っていたし。たぶん、ぜんぶ自分でこなせるひとだ。 その後もくっついたり、何なりで、夜になって、兄は寝不足だったから二十一時に寝た。流石に眠たくなくて、ぼうっとしていた。その日に捨てられた飼い主の他にも、バイストフィリアである私と価値観がぴったりの男とホテルへ行ってあまりにも気持ちの好い思いをしてしまったのにその男からも連絡が来なかったり、飼い主の前に私を所有物として優しくしてくれていたひとも私が何となく察して「飽きた?」と訊いたら正直に肯定したので関係を終わりにしたりで、ああ誰も彼も居なくなるのだと思い、泣いていた。兄は寝ぼけながら抱き締めてくれた。 翌日はまず歯磨きをしてから、また結局朝からして、お昼頃に兄の作ったスパゲッティを食べた。兄はパソコンに向かっていたから邪魔をしないよう、私はころころしていたのだけれど、そのうちに眠ってしまった。私は他人の家や他人の居る場所で眠れない筈なのに、兄の傍では平気だった。「寝てたねー」と言われて、少し恥ずかしかった。 帰る少し前に雷雨が酷く、「少しましになるまで居る?」と訊いてくれたから、もう少し居ることにした。帰ることがとてもさびしくなって、どんなに優しくてもこのひとだって居なくなってしまうのだと思って、泣いた。兄は私を抱き締めながらスマートフォンをいじくっていて、私は「また会ってくれるよね、また通話してくれるよね、また来ていいよね」とぐじぐじ言っていた。どれにも「うん」と答えてくれた。 やがて雨は上がって、私は着替え始めたけれど、兄は下着姿が一番好きらしくて、まさかの帰ろうとした途端に最後にもう一度することになった。それも、兄が一番興奮する形で。この趣味ばかりは理解できない、と思ったけれど、私もそれがとても気に入ってしまって、少し困ったことになった。 四回の行為の内、兄が避妊してくれたのは一回だけ。それも、初めは避妊せず、途中からだった。二回目からは“そういうひとなのだ”と解ったから「アフターピル、鞄に、入ってるから、」と自分から誘った。一回目から時間が大して経っていなくて薄いだろうと踏んで、そのときは使わなかった。翌朝の歯磨き後の行為でやっとアフターピルを服用した。最低だと思ったけれど、最低だと思う度に胸が締め付けられてドキドキして仕方が無くて、昔からメンヘラか屑にしか恋ができない自分を恨んだ。「お兄ちゃん、最低」と言いながら犯されると、最高に興奮してしまう。果たして最低なのはどちらか。 で、駅まで送り届けてもらって帰宅して、一週間。一切LINEが来ないわけで。「うん」はぜんぶ嘘だったのかもしれない。けれど、信じたい。嘘だなんて思った途端に、きっと、私は死んでしまう。 今は。本当は、食欲なんてまるで無い。兄の作ってくれたご飯が、食べたくて。
2019.03.23
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