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その人生が仕合せか否かは死ぬときに決めればいいことであるし、私は死ぬことなど無いから永遠にどちらかに傾いてしまうことも無い。死恐怖症に就てインターネットで調べていると、Q&Aウェブサイトで私と同様に死を恐れているひとが居た。死ぬことが怖い、どうすればいい。その質問者への一つの回答が、頭にこびりついてしまっている。「“死”など、都市伝説でしかない。どうして自分がそれに遭うと思っている?」 それ以降、私も死など都市伝説でしかないと思うことにしている。時折、身近な場所で起こる怪異でしかないのだ。それなのに、人間は健康に固執する。身体に悪いものほどに癖になるから、ジャンク・フードを食し、煙草も喫み、夜更かしまでしてしまう。皆々様は死が都市伝説だなんて世界の巨大な秘密を知らないから、消極的な自殺を日々続けている。そもそも、いつか必ず死するのであれば、生きること自体が消極的な自殺と言えるのに。消極的な自殺をしながら、どうして平気な顔をしているのだろうか。 生まれもしないから死ぬことも無いなにかを、概念としてはいつも殺めている私が、死を単なる怪奇現象としか思っていないというのは、それこそ妙な話なのかもしれない。腹のなか、私は何度でも娯楽の清算をしてきた。「一人を殺せば犯罪者だが、百万人を殺せば英雄だ」とは彼のチャップリンが演じたフィクションでしかない人物の科白であるが、アフターピルの服用が殺人に該当するのならば、その嚥下は究極の完全犯罪のように思える。あと何度この胃液に浸せば、私は英雄になれるのだろうか。それとも、やはり死は都市伝説だから、何者も殺めることなど無いまま私も何者にもなれないのだろうか。或いは、殺めてきた概念達に「ぼく達は決してこの世界に産まれたくなどなかったから」と感謝をされて称賛され、私は王にさえなれるのかもしれない。しかし、死は怪奇現象でしか無いのであれば、私は何者にもなれない。錠剤と違って、怪奇現象に遭うかわいそうな人々と違って、私自身はどこへも行けない。 ここは、きっと死の無い世界だ。永遠など存在しないと云われているのだから、死も永遠でない。それは、何度となく心が死んでは蘇ってきた私が一番によく知っている。誰も知らない、この世界の秘密。知ってさえしまえば、こちらのものだ。明日の朝だって、目覚めてしまうのだ。 もう、月に一度の近況報告なんざやめようかな。
2019.09.23
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