2019.06.23
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 そうやって、どんどん球体という形から離れて、回転する力を失えば、いずれは生き続けることにも限界を覚えるのだろう。かと言って、ここまで来てしまうと、もうどこを埋め立てたところで、球くはならない。生き続けることが限界に達したとき、何が起こるのかを私は知らない。結局として“死”などは都市伝説で、いつか死ぬだなんて誰が決めたと言うのだろうか。私が本当にいつか死ぬ、生きたものだということを、誰が証明できるのだろうか。採取される血液が赤かろうが、処方箋どおりの薬剤が効こうが、それは偶然のできごとで、私が生きているなんて、誰が証明できると言うのだろうか。寧ろ、どうか証明しないでいてくれ。歪な世界をどこまでも拡げて、拡げて、いつかはそれを伝って、冥王星まで行きたいから。そのとき、私は誰を一緒に連れたいのだろう。ひとりぼっちは、さびしい。冥王星だって、惑星ではないと言われて、さびしかったかもしれない。尤も、あんなにも遠くに居るちっぽけな彼が、そんな枠組みに入れられたり追い出されたりしているなんて、知っているか知らないが。私だって、人間でない。惑星でない冥王星と仲良くしに行ったって、いいじゃないか。



 それ以降は「親友と言えど異性と暮らしている」と理解を得られない状況や、唯人の母が性嫌悪の酷い人間だった為になかなか他の男とセックスができないという状況から脱却したこととなったので、ツイッタで男を探した。唯人とは変わらず親友のまま。当時の私は、ただただよごれたかっただけだったから、誰でもよかった筈だった。それなのに、一人の男に恋をしてしまい、まあこれもまた随分と変わったひとだった。拆くんとするが、拆くんの話は後にする。兎に角、私は拆くんに熱を上げて、唯人はいつまでも私に恋をしていたままだったから酷く嫉妬し、喧嘩も増え、同じ部屋に暮らしていて一緒の空間に居たから何とか修復できていたのが別々の場所で暮らしていることで取り返しがつかなくなって、昨年の十二月に唯人と絶縁に至った。拆くんに関しては、今年の三月に関係を解消して、その後、兄……ということである。
 約半年。唯人に久方振りに連絡を取った。なかなか酷い啀み合いの末の絶縁だったが、やはり何だかんだ言ってしまったものの唯人は大切な存在だと思ったから、また会って話してみないかと持ち出した。唯人はと言うと、それに賛同しつつ、理由は、私への得体の知れない恐怖の正体をはっきりさせたいし納得の行く別離のし方では無かったからすっきりしたい、というものだった。だから、一度話して、そこで穏便に、終わりを迎えると思った。ぶっ壊れたものは二度と戻らない、ただ、新しく出来上がったものを受け入れられるのならばそれを続けていくだけだ。それを果たして、互いにできるかどうか。十二月は、それができなかったのだ。別々の場所で暮らし、私は他の男に熱を上げ、そんな新しいものに耐え切れなかった。やり直したいと思った私のほうがもしかするとまた耐え切れない気さえしていた、壊れる前の幻を手放せずにいる感が否めなかったから。十二月に終わらせたときはそれで前進した気でいたけれど、おそらく無理に時間を止めただけだったのかもしれない。何にしろ、私は啀み合ったまま一生を過ごしたくないと思った。だから、五月の二十九日、改めて唯人と会った。
 当日、開口一番ではなかったが、二番目くらいに「後姿でもすぐに判った、真っ白なお饅頭が歩いてて」と唯人に言われ、こいつと本当に私は啀み合ったのかよく解らなくなった。拆くんは独占欲が強かった為に唯人と親友として手を繋ぐことさえ許されなかったが、もう拆くんは居ないようなものだから、再び唯人と手を繋いで歩いた。唯人は歩くのが速いし、私は遅いし、親友でしかなくなっても変わらなかったから。カラオケで唯人と縁を切っていた半年間のダイジェストを話した後、ラヴホテルへ行ったが、何もできなかった。唯人は私への想いを断ち切りたいから最後に一度だけと頼んで、私は考え込んだ末に愚かしくも「お金くれるなら」と答えた。でも、できなかった。親友に戻ったのは、私にとって唯人は家族のようなものになっていたからだ。親とセックスなんてできる筈が無いのだ。しかし、唯人は結局として、困窮している私に二万五千円をくれた。交通費込みで。私にとって、唯人は文字通り“唯一”恋仲になった人間であり、私に恋心を抱いていてほしい相手であり、愛していてほしい相手だ。他の誰にも恋も愛も求めないが、唯人だけは違う。私を好いていてほしいと、セックスもできないくせに駄々を捏ねた。唯人は、私の我儘を聞き入れた。私にとって、唯人は何気ないことを誰より先に話したいと思う存在だから。二度も失いたくないというのが、本音だった。私が一番でないなんて、許せないというのが、本音だった。
 その後、私達は今も変わらず、またどうでもいい話をするようになった。

 他に、安くんという男性が居る。私の好みではないのでただの友人でいるが、安くんに唯人と仲直りした話を伝えると、「色んなことを乗り越えて、今の紫苑がいるんだなと思ったよ」と。その次に、「紫苑と出会ってずっと思っていることがあってね。もしも、紫苑に大変なことが起こって、疲れて、どうしようもないことになったら、紫苑一人くらいどうとでもなるから、俺を頼ってほしいんだ。全力で守るから」と言われた。私を一途に想う、とても変わったひとだ。ありがたいと思う。
 それと、県さんさんという男性が居る。何かの会話の流れで「失礼なこと言うけど、思ったより俺しおのこと好きだったんだな」と嫉妬心を露わにして口にされた。
 唯人、安くん、県さん、ふしぎと愛してくれる男は居る。こんな人間なのに、変わっている。私の人生が変わっているのかもしれない、これなのに愛されるなんて。

 ずっと、好天さんからは連絡が無いまま、六月を迎えた。“見限られたから連絡が来ないのならば、それでいい。私はふらふらとあちらこちらとセックスをして使われて汚されて飽きられて捨てられて傷だらけの泥だらけになる為にこうして男と知り合い続けているのだ。だから、どんどん、もっと汚れなくてはいけない。更に次へ進めるようになるだけだ”と、思った。すぐに、撤回した。兄とのセックスも、桃厭さんとのセックスも、汚いと思える。けれど、好天さんとのセックスは、汚くなんかない。あんなにも丁寧に扱われておいて、汚れるわけが無い、あんなに優しい触れ方で汚せるわけが無い。寧ろ、少しばかり汚れを唾液で洗い流されてしまったくらいのものだ。私はきれいになんか、なれないのに。下手に汚れを拭って、セックスを尊く思わせて、それでいて去らないでくれ。汚してくれよ。
 そんな中、性的少数者としての同類の男性と知り合った。石灰さんとしよう。石灰さんは天竺鼠を飼育しており、私はそれにつられてすぐに石灰さんの家へお邪魔した。好天さんが居ないからまたセックスしてしまうのだろうと思ったが、あまりにもそそられないものだから、何もさせず、ただオイルマッサージをしてもらって、天竺鼠さんにパセリをあげさせてもらって、家へ帰ってきた。相手の容姿の美醜は関係が無い、兄は不細工の部類であるし好天さんは標準よりずっと太っている。石灰さんはただ、生理的に“なんだか好きになれない”顔で、雰囲気もそうで、唾液の匂いが受け付けないタイプのものだった。好天さんの唾液の匂いは好きなので、差が解らない。兎に角、石灰さんとはただの友達となった。何もしなくて、よかった。
 と言っても、性嗜好が似通っていた為、首を絞めてあげたり絞めさせてあげたり、腹を殴らせてあげたりはした。その程度。

 七日は婦人科と心療内科へ行った。そして翌日の八日、兄から「今日えっちする?」と久々に誘われた。約四十日ぶりの悪戯電話のようなLINEだった。好天さんからの連絡でなかった所為で、この日のそれは過去のそれと達と比べるといちばん喜びが小さいものだったが、それでも私は急いで支度をした。シャワーでは左手の薬指の腹と大陰唇右側上部を丁字剃刀で切って出血して何もかも上手く行かず、結局は“十六時以降に”と伝えたとは言え、その目安は前後しても三十分程度というものであろうに私の到着時刻は十七時半になることとなってしまった。駅へ向かって歩きながら謝罪のLINEを送信した。
「いいよー」
「ごめんね、ありがとう」
「待ってる」
 駅に到着してから「待ってる」の四文字を目にした。兄は気配りが上手く、怒らず、怒ったとしてもすぐに許してしまう。この言葉も決して急かしているものではないのだと、流石に判ってしまった。そもそもの話が、兄は最低限の返信しかしない筈だ。この言葉は、どう考えたって最低限の域を出ていると思った。きゅんとして、それなのに、気持ちは晴れないままだった。好天さんが、居ないから。名前のとおり、晴れないのだ。
 まるで性欲が湧かないと、シャワーの時点からげんなりしていた上に遅刻が決まって、それを加速させるように服も組み合わせが悪くて急遽変更しなくてはならなくなって、更には電車も遅延した。が、遅延に因るずれ込みで、寧ろ逆に到着時刻が早まった。後になってルート検索のアプリケーションを見ても、十七時十七分が到着時刻だったそのルートはどう検索しても現れなかった。不思議なこともあるものだ。
 兄の自宅最寄駅に到着した後は洗顔シートを使い、髪を梳かし、色付きのリップクリームを塗り直した。それから、汗を掻かないようにゆっくりと歩いた。私は自律神経の乱れの所為か、ぼたぼたに酷い汗を掻く。だから、気を付けていた。それでも、兄の家への道中にある橋を渡る頃には汗が滲み始め、兄の家の近くに咲いていた紫陽花とその傍らに居た野良猫があまりに絵になっていたから写真を撮った後、兄の家の前に着いたとき、既にぽたぽたと汗が滴っていた。兄は夜に仕事をしているから眠っていたと思って、玄関を開けてくれた兄に「おはよう」と先ず言ったが、着いたことを伝えた私のLINEの通知が何故か出なかったと謝られたので、少し前から起きていたようだった。そのまま私が頼むまでも無く「はい、シャワー浴びて」と。オーバーショーツを色気が無いというくだらない理由で穿かず、そこにただでさえTバックで恥ずかしいのに、更には汗だくで余計に恥ずかしいときでも、兄はそんな私の気も知らずに(知っているか)、ワンピースの裾を捲り上げて私の内腿を撫でた。べたべただろうに。本当はワンピースの下にズボンを穿く予定だったのだがあまりにも合わなくて、ハイソックスを穿いて来たのだった。そのワンピースがまた持っているものの中で一番に丈が短くて、余計にこんな私でも扇情的に思ってくれたのかもしれない。嫌がる私に兄は「いいじゃん、減るもんじゃ無し」といやらしく笑うから、それを本当に言う人間が居るのかと思った。兄は擦りつけることが好きだから、私が鞄を下ろしたり眼鏡やピアスを外したりしている間にすりすりして来ていたけれど、汗だくなのによくやったものだ。
 シャワーでは、お湯をかけた後、ボディソープを載せた掌で兄は丁寧に私の身体を撫でた。しっかりと洗ってくれた。それだけ私の汗が酷かっただけなのだろうが、それでもきゅんとした。が、泡まみれになってからは浴槽の縁に手をつかされ、後ろから素股のようなことをされた。きもちよくなってしまって、「なに喘いでんだよ」と笑われた私は色気も可愛げも無いから「なんでもないですー!!」と身体が期待したことを恥じながら照れ隠しをした。その後は私が兄の身体を洗い、石鹸のぬめりでやはり愛撫して、その後また兄は私にシャワーのお湯をかけまくって「これでいいだろ」と、本当にきれいにしてくれた。が、それは誤算なのだ。私は、湯上がりに酷い汗を掻くのだから。
 下着だけ身に着けて兄の自室に上がると、思わず「散らかってるね?!」と口を突いて出てしまった。外出が多く、手が回らなくなったそうだ。口でしている間、兄は片手間で洗濯物を畳んだりして片付けをしていた。兄らしいと思った。今日は、オーラルセックスで済ませた。口の中を満たした精液を飲み干した、が、兄は私が吐き出すと思ったのかティッシュを差し出してくれていた。申し訳なかったので、取り敢えず手と口の周りを拭いた。
 私の汗が引かないから、兄は空調の温度を下げ、頭から水をかぶったみたいにびしょ濡れの髪の私にバスタオルを差し出した。
「んー、なんかいきなり腹減ったなあ」
「うん、途中で結構お腹鳴ってたよ」
「うっそ笑 それって普通にお腹が動いてるとかのやつじゃなく?」
「あれは単なる腸の運動と言うよりかは、お腹へってるときのだったよ」
 のんびりとした時間が訪れた。私は「疲れてない?」と気遣われたときに否定したものの疲れているように見えたようで、兄は自分の分だけの食事を用意して、突っ伏していた私のことはそっとしておいていた。そもそも、私は食べなければそれはそれでどうでもいいから、「私も」と言わなかった時点で私の分は用意しないべきだと判断されたのだろう。
 やがて、空調が寒かったから、兄に布団の上に乗っかっているものを退かしてもらった。「はい、いいよー」と言いながら私の膝まで布団をかけてくれた。食べ物の香りに包まれて、海外ドラマの音声を聞きつつ、布団のなかでぼんやりとした。そこでふとえぐみのあるものを飲んだ所為で喉がいがいがして咳き込んだところ「大丈夫かー?」と言われた。このひとはもっと冷たい声を出せるだろうにと思うくらい、優しい声で、困ってしまった。
「初めて飲ませてもらった気がする」
「そうだっけ。まあ、いつも中に出してるもんな」
 そう笑い返した兄は最低で、愛おしかった。ここまで記したくらいの会話しか無かったが、私はドラマを観ている兄の邪魔をしたくなかったし、やはり私はただただあの空間で兄と一緒に居る空気を感じていたいだけだから、それでよかった。
 二人で眠った後、早めに起きた私は二十一時半を過ぎた辺りから支度をし、兄が仕事用の目覚ましアラームを止めて一瞬だけ起きたときにお手洗いを借りると伝えたら「場所わかるー?」と寝呆けた声で訊かれたから「流石に覚えてるよ」と返した。それから、兄の自室に戻り、鞄を肩にかけた。
「お兄ちゃん、仕事までまだ寝てられるんだよね?」
「うんー……」
「じゃあ、私は終電だから、帰るね」
「気を付けてねー……」
 その眠たげで優しい声に愛しさを覚えながら、私は兄の家を後にした。最後の最後に玄関の鍵を開錠することに苦戦した。防犯上はいいのかもしれないが、慣れていない身としては開けづらいことこの上無いのだよな、兄の家の鍵は。

 十一日、シロップ十六グラムの活動再開を知った。即座にツアーの抽選に申し込んだ。私にとって最愛のおんなのこであり、シロップを聴き始めるきっかけとなったニゲラちゃんにも報告をした。ニゲラちゃんは気象病が酷く、季節の変わり目にも弱く、酒と煙草が無いと生きて行けない駄目人間の為、時折、私に金銭を要求することがある。私はニゲラちゃんのそういう素直さがすきであるし、ニゲラちゃんの自分本位に生きていいのだと自分自身にも私にも言えるところが大切だ。単なる彼女自身のエゴで、人一倍に友人を大切にする彼女が、愛しい。彼女は、私にとって、いつまでもヒーローだ。
 十二年前、知り合ったばかりで私が今以上に生きることに苦痛を覚えていた中学生の時分、ニゲラちゃんは「私がスーパーマンだったら、すぐに飛んで行って、傍に居られたのに。そうしたら、トランプでもしていられるのに」と、言ってくれた。ニゲラちゃんは、いつまでも私の最愛のおんなのこで、決して失われないと確信してしまう存在だ。私がどれだけ、よごれようとも。ニゲラちゃんの話は、また何れ。

 十五日。また「ムラムラする」という直球な呼ばれ方をされ、急いで腹痛を退治してシャワーを浴びて支度をして、家を出た。一週間前より三十分早く着いたが、やはり汗だくなのは変わらず、「はい、シャワー浴びようね」と言われた。申し訳ない。やはりスカートを捲り上げながら「濡れてるね」と言われて、「ああ、うん、雨あんまり気にならなかったから」と傘を差さなかったことを答えた。主語が無いといやらしく思えるが、そんなことはまるで無いのである。
 兄が口を漱いでいる間に私は自分で洗ったが、また兄に丁寧に洗われた。それからまた同じことをしたり、乳房で挟んだりとかしたのだが、どうか浴室に長く居ると私は汗が止まらなくなることを理解してほしい。兄の自室に上がって、行為が終わっても、私はずっと汗が止まらないままだったから。
 一先ず、扉を開けて思わず一言。
「前より散らかってない?!」
「片付け始めたらどっかしら散らからない?」
「あ、解る。一旦、一ヶ所に纏めて置いとくんでしょ」
「そうそう」
 そんな会話をして、また洗濯物を畳まれながらくちでしていた。それから、手での兄の好みのやり方を指示されて教わりつつ、「きもちいい」とたくさん言ってもらった。が、家に辿り着く前、主に電車内で、本当は酷くふらふらして妙に力が上手く入らない感覚があって僅かに不調だったのに気付かれたのか、もしくは相変わらず奉仕してばかりなのを気にされたのか、何度か「疲れてない?」と訊かれた。折れそうになったが、「だいじょうぶ」と答えた。「本当に?」と畳みかけられたから、たぶん、疲れていることはばれていた。「くち疲れたら手でしていいよ」と言われてお言葉に甘えてしまったから。
 最後は「あ、いきそ、待っ」と兄の言葉は勿論、私の口も間に合わなくて、半分くらいは手とこぼれ出して兄の腹に、もう半分が途中から口に。前回よりもどろどろで、間に合った分を飲み干した後に手に出された分をずるずる啜った。兄の腹にこぼれていた分も舐め取ったけれど、「待って、待って、くすぐったい笑 くすぐったいってば、ちょっと笑」と笑わせてしまって、なんだか愛おしくなった。
 その後は二人でだらけていた、兄は珍しく眠れないようだった。何故か携帯電話のキャリアを訊かれたのだが、答えても「○○か、丁度いいな」と言われただけで、結局あれは何だったのだろうか。片付けは後日になると溜め息を吐いた兄に、私がこれから支度をして帰れば掃除ができるのならば帰ると言ったが、「そういうことじゃないからいいよ」と返されたから、甘えて家に居ることにした。「何時に帰る?」と一応は訊かれて少し凹んだが、おそらく兄としてはとても何気ない質問だったのだろう。それから、ぼんやりとしていると、スマートフォンを眺めていた兄が唐突に笑い出した。
「ウケる、ビールを盗んだ豚が泥酔して牛と喧嘩したって」
 そんな、あまりにも情報量が渋滞しているニュースを伝えられてしまって、笑いが止まらなかった。
「あの、どうしたらお兄ちゃんに喜んでもらえるか学習できるし練習できるからいいんだけど、二回連続で挿れてもらえなかったのはちょっと、凹みました」
「ああ、言われてみればそうだなー。挿れてほしいって言えばよかったのに」
「いや、あの、お兄ちゃんがよければそれでいいし、その、お兄ちゃんが気分じゃなかったら困るから」
「ふーん?」
 兄さえよければ、私はそれでいい。その後、二十二日の予定を訊いた。六月の二十二日は、かなしい日だから。決まらないようだったから、近くなったときに改めて訊くと言っておいた。
 それから暫くして漸く眠りに就けた兄と一緒に眠った。いつもどおりよりも少し早めの時間に目を覚まし、起き上がってぼんやりとしていたら、脹脛の隣で“ぽとん”と音がした。虫が居た。飛んで壁に移ったが、蜘蛛だと怖がって眠っている兄に思わず飛びついてしまった。
「んー……?」
「あ、えっと、蜘蛛が居て怖かっただけ、ごめん」
「そっかー」
 もう一度起き上がって位置が変わっていない彼をまた見やると、やたらと巨きくて「やたらでかいよう……」と泣き言をこぼしてしまった。が、よく考えて、スマートフォンのライトを当ててじっと見た後に、正体が判った。
「にぃにの飼ってる子達って蟋蟀さん、食べる?」
「うん」
「ああ……ご飯さんが逃げたのが一匹居ただけだったよ」
「うわ、まじかー」
 兄の飼っている子達は小さ目のヤモリ科が多いのだから、脱走ご飯が居てもおかしくないのである。爬虫類の餌はすっかり冷凍マウスの印象が強くなっていたが、それは主に蛇のものであるのに、すっかり失念していた。その後、ご飯さんを暫く観察して、お手洗いを借り、また兄の寝顔を眺めてぼんやりして、肺を兄の部屋の空気で満たした。
 帰る頃、兄の大きな手に少し触れた。終えた後に起き上がって座っている兄の髪を触ろうとしたときに「だめ、ちりちりしてるから」と断られたから。
「お仕事、頑張ってね」
「うん、ありがとー。気を付けてね」
 兄は結局、優しい。来てすぐに少し咳き込んでいたら「風邪ひいた?」と訊かれ、否定したのに「本当?」と重ねられてしまった。終わった後にも、先日と同じように「大丈夫かー?」とまた訊かれてしまった。身勝手なのに、優しい。人間は、多面体だ。解っている。

 十六日は、唯人に少し性格のよくない質問を投げかけてしまった。普段ならば一切として他人と自分を比べることの無い自分の世界に閉じ籠るエゴイストでも、少し弱って他人と比べて惨めな気持ちになって苦しむこともある。唯人には、すべて話してしまえた。どんな醜悪な感情も。
「しーちゃんはしーちゃんで持ってるものがある。私には無いものなので胸張って欲しい」
「比べんなと叱られそうなもんだが、俺のほうが×××だよな?」
「比べんなと言うか比べようがないんですけど。しーちゃんは愛されるべき人間。聞く限りなら比べようがないくらいしーちゃんが上」
 誰が誰より優れているなどということは、私のなかにあってはならないのに、その言葉で安心した自分が心底嫌になった。性自認はぶれてばかりなので、唯人の前では“俺”と言ってしまう。

 それから、十七日。先述の県さんに会った。やたらと邪魔くさいと思ったら、身長が185cmとのことだった。「しおって思ったより小柄だよね、失礼だけど横も、縦も」と言われた。どうでもいい相手とでも手を繋げるので、手を繋いでいたら「しお、本当に指細いなー。強く握ったら壊れちゃいそう」と言われた。すきなひとに言われたい言葉だと思った。
 帰宅後、「少しはドキドキさせられたかね」と問うてみれば、「ますます好きになった」と言われたので、可笑しくって仕方が無かった。自分からすく気の無い相手を惚れさせるのは、何故なのかよく解らないが、面白くって仕方が無い。からかうと面白い。
「好きにさせておいて突き放したりして楽しまれると、それはなんかゾクゾクしていいな。俺ツンツンされてるほうが好きだから、すごくいい」
 そして、私には兄(と好天さん)が居ると知っていても、他人のもののほうが興奮すると抜かすので、おかしなひとだと思った。
 今日会う前、もう少しで完全に落とせそうだと思っていて、あとは直接的に触れさせればいいと直感していたから、カラオケに入ったときに県さんのフェティシズムを感じる部位である太腿を、ワンピースを捲り上げて触らせてあげた。先ず態と、脚の目立つ恰好をして行った。それと、少し髪の匂いを嗅がれた。匂いもすきだと言われた。時々言われる。本人にはよく解らない感覚だ。
 少し驚いて困ってしまったのは、県さんが先月の日記に書いたシングルファザーの子と友人だったということを知ってしまったくらいか。愚痴をこぼしていたら「似ているひとを知っている」と言って、シングルファザーの子のハンドルネームを口にした。少し悩んだが、白状した。その子であると。世間は狭い。

 十八日。昼寝をしていると、一泊二日の旅行からの帰路に居る父から晩ご飯に就て相談するLINEが来たことを報せる通知の音で目を覚まして返信して、スマートフォンの手帳型カバーと瞼を再び閉じた。すると、また通知の音が鳴り、どうせ父からの承諾の返信だろうと目を閉じ続けたところ、続けて鳴る通知。目を開けて、スマートフォンの画面を見やれば、好天さんからのLINEだった。
 最後のLINEが私からの誕生日祝いだった為、好天さんから先ず送られて来たのは「ありがとうな」という言葉、それから「ごめんね、全然送らずに」という謝罪だった。
 前日にニゲラちゃんが「私がお願いしておくよ、また会える様に」と、ウェブパンクのLINEスタンプを贈る数分前に言ってくれたおかげなのかもしれない。好天さんは「帰っても会えるじゃん、大丈夫」と言ってくれた。地元へ帰った後はきっと会える頻度が減ってしまうことをさびしがった私に、好天さんは「よしよし。ごめんね」と謝るものだから、謝らないでほしいと心底、悔しくなってしまった。自分の弱さを、露呈してしまう愚かさを、呪った。
 だって、好天さんは実家のある地元へ帰ることを、距離が離れてしまうことを話したときに、私に「回数減っちゃうだろうし、寂しくなるな」と呟いた。私が、好天さんのおかげで行動範囲が大幅に広がると前向きな発言をしたところ、好天さんは「よかった、縁が切れてしまうかと思った」なんて言ったのだ。私は何も恐れることなど無い筈なのに、重苦しい自分のさびしさを、好天さんに向けて露呈することで一部を背負わせることになってしまった。もっと元気に振る舞いたかった筈だった。うれしい筈だった。それなのに、ばかだなあ。

 二十日。シロップのツアーの東京での2DAYSの一日目に当選した。二日目は一般販売で勝ち取れるかどうか。そして、兄を改めて二十二日に会えないか聞いてみたところ、「土曜えっちしよ」というやはり最低で、それでも救われる返信があった。ほっとした。これで、少しは楽に過ごせると思っていた。



 ちょっと、書ききれない、また明日





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最終更新日  2019.07.24 23:21:52
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