2004年01月17日
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1967(S42)年3月3日(金)晴 
★バクさんの夢に胎動 !? 夫婦日記の共鳴者から朗報

 お雛祭の今日、銀行で校正の仕事に追われていると、幸が電話を架けてきた。

「私が新聞に投稿した夫婦日記の記事に共鳴され、昨年末(12月14日)激励の手紙を寄せられた東京のSMさんから、今、貴方を喜ばせるような葉書が届いたわよ。今、読んでもいいけど、どうしよう?」
との事。

 それで、仕事中だったため要点だけ伝えてもらった訳だが、何でも一昨日(オトトイ)3月1日にフジテレビの取材員が来宅。 KMさんの過去8年間の日記を参考に見て帰られたそうだ。余りに突然の訪問で驚き、そして喜びましたと書いてあると伝えられた。


 年末、この話の仕掛人である旧友S君から電話があって以来、バクさんの夢が、或いは現実に具体化の第一歩を踏み出すことになるか…。
 そんな期待を弾ませ新春を向かえ、先方の要請どおりに東京へも出かけたが、あれからもう二ヶ月以上になる。

 多くの人々を幸福へ導く為の一石と思っていた自分の善意からなる企てが、何か徒労に帰してしまったかのような錯覚に捉われ始めていた。 そんな折も折のコノ報せは、真に朗報と言うほかは無い。

「自ら省みて直(ナオ)くんば、千万人と雖(イエド)も吾征(ユ)かん」の気概で頑張りたい。(夫・誠筆)


1967(S42)年3月4日(土)曇 
★心嬉しかった雛祭の節約ケーキへの子供達の反応

 昨日はオヒナ祭。
 パパはこの二・三日、残業続きで子供達と食事を共にすることが出来ないため、夜の御馳走は取り止め、ケーキだけ用意してやることにした。

 ところが、デパートに行ってみて、余りに高くてビックリ仰天。イチゴが一粒載って生クリームで周りを飾ってあるだけり簡単なショートケーキが、何と一個80円もするのである。
 予算と大分違ってくるので、致し方なくロールケーキにチェリーとパインが飾ってある250円のもので我慢する。

 それでも子供達は「オイシイネ !!」を連発して喜んでくれた。親の精一杯のサービスを認めてくれたようで嬉しい。(妻・幸筆)


※(1967.3.3の日記余白、「昔・誠」貼付葉書)


東京都 大田区 大森町 ○丁目 ○番 ○号
       S 洋 服 店    S M 男   妻・F 子 出      
*本文
拝啓 貴殿は其の後御代わりりませんか。

小生、其の後、第二の良き妻を迎え、仲睦まじく、最後のラインに進んでいます。


では先ずはお知らせまで。

三月に入り、やっぱり自然の気候になりました。
この四十二年三月で、日記は九年目に入ってゐ(イ)ます。お体大切に、又。   さようなら

*************************************************************************

《付記》2004年1月17日の誠、日記再読所感

☆バクさんの夢に胎動 !? 夫婦日記の共鳴者から朗報

 インターネット時代の昨今では特に珍しくも無い出会いだが、当時は未だこうした文章の触れ合いがもとで、見も知らぬ者同士が長きに亘るのお付き合いを始める事は、やはり余程の筆まめでなければ成り立たないことと言えよう。

 幸の投稿を読み、一番初めに激励の便りを寄せてくれたこのSさんも、その筆まめ族だったようだ。

 知己を得た頃は既に大分ご高齢になられていたようで、初めての便りでは、確か奥さんに先立たれ一人身との事であった。それが今度のフジテレビ出演の話に関連した取材があったと知らせてきた便りでは、僅かな間に芽出度くF子さんと再婚され、張り切っている様子が書かれていた。

 こうしてお会いする機会もなく過ぎて37年も経つ今日では、失礼ながら共々ご存命を願うのは無理な話だろうが、叶うものなら、その再婚された奥さんのF子さんなりと一度お会いして見たいものである。

 だって、もしご存命なら多分私達の播いた種の一粒なりと花開き、F子さんさんと第二の青春を高らかに歌いあげた夫婦日記を見せていただけるかも…。てな事を思っちゃうんだよナァ。

 実は、その後十年間ぐらいは毎年近況を細々綴った年賀状をいただいたものだった。
 その中には、テレビ番組の懸賞に大当りして、夫婦共々ハワイ旅行を楽しんだ話もあった。
 また拳玉の選手権大会で優勝するほどの腕前で、お年寄りや孤児達の施設を時々訪問、「拳玉おじさん」と呼ばれて親しまれているとも書いてあった。
 そんな折々の実に人懐っこく微笑ましい便りに、いつもこの人生の先輩Sさんに幸多かれと祈りたくさせられたものである。


 そんな訳で今落ち着いて考えると、私達の年賀状のスタイルも、この筆まめなSさんに教えられたところ実に大。その頃から豆文字で去年の想い出を自分史の要約版としての役割も兼ね、書き添えるようになったように思う。

 尤も、当初は手書きによる追伸として、このSさん等の極く特定な人々宛のものだけだった。何せ葉書に書き込める字数は判読可能な範囲で文字を小さくしても手書きでは限られたもの。

 それが、後に夫婦が共に印刷に関連した仕事に就くようになり、ソレまで主流だった活版印刷が、時代の要請にマッチした写植印刷に急変する動きに着目。これを自分たちの将来を賭ける事となった。

 それは自分達の仕事の勉強にも役立ち様々な面に応用可能で、文字通り趣味と実益を兼ねた一石数鳥の新技術。そう考え、思い切って数百万円を投じ、妻を静岡の写植学校に通わせる一方、写植機「SPICA」と特に豊富な各種文字盤を買い揃え、自宅の一部を写植工房に改造した。

 こうして妻を主体に営業を開始すると共に、事業の宣伝を兼ね、以後の年賀状は絵柄も文面も全て自分のオリジナルとして、デザインから印字版下まで、プレス以外は全て我家で処理するようにした。

 それは1974年(昭和49年)からの変化で、寅年だったため、王冠を被った夫婦のトラが明るい未来を目指し、一歩一歩まさに歩き始めようとする意思を、純白の葉書に黒と金の二色で表現したデザインだった。

 そして、その両脇には、それこそ蚤の如き豆文字で、次のように私達二人の言葉を短文で目立たぬように加えた。


 親しまれるS銀マン、誰からも親しまれる不動産業者たらんと、
 今年も頑張ります。                  MAKOTO (41)

 よき妻・よき母であると共に、印刷文化の一翼を担って誇りうる
 タイポグラファーたらんと、張り切って今年もスタートします。
                              SACHI(X)

 そう書かれたコノ年賀状。

 それは、殆ど誰もが新年を祝う決まり文句に平凡な絵柄を添えた図柄だった従来の年賀状に、革新を齎(モタラ)そうと呼びかける私達のメッセージのつもりでもあった。

「写植と言う新技術を応用すれば、こんな年賀状も可能です。
 文字の大小変形など多彩に変化が可能で、手書きでは拡大鏡を通しても判読に苦しんだ豆文字も、写植印刷なら自由自在。
 これからの年賀状は受け手が最も知りたい発信者の近況も添えて送りましょう。年々保存されれば、それはソノママ貴方の小さな自分史ともなりますよ」。
そう伝えたかったのだ。

 あれから指折り数えると何と早30年。つまり30種の、自分史兼用型オリジナル年賀状を制作してきた事になる。
 そのアルバムの中には、年末になり父が急逝し喪中通知に変えなければならなかった1980年の申年と、その父を追うようにして逝ってしまった翌1981年酉年の母他界の痛恨事が、虫食いの穴の如く抜け落ちて残る。
 又、同様に私達夫婦が至近に住んでいただけに私としては、自分の両親以上に接してきた幸の父が他界した翌年の1975年と、同じ思いを持つ幸の母の他界した翌年の1990年も欠落していて、それらの頁を捲ると様々な想い出が胸に去来する。 

 まあツラツラ述べきたったが、ともあれ私達の夫婦日記に共鳴してくれたSさんからの年賀状にヒントを得たかと思われるのが、コノ自分史兼用型オリジナル年賀状なのである。

 これまでは、自分が何とはなしに思いついて始めたように思っていたが、知らぬ間にSさんから示唆を与えられていたのだろう。まあ、そんな風に感じられる昨今である。

 年々夫婦知恵を寄せ合って制作してきたコノ年賀状アルバムを、これから手にする度に、私はSさんの事を思い出すだろう。そして見る事が出来なかったSさんの夫婦日記の事を…。


☆心嬉しかった雛祭の節約ケーキへの子供達の反応


 まさかケーキが嫌いな子は余り居ないだろうが。ウチの子は特にケーキ好き。

 その中でも、下の二美(ツグミ)のケーキ好きはまた格別だった。そう、ソノ事については以前の日記でも書いた筈。とにかく、その満足気な食べ方を見ているとツイツイ財布の紐が緩んじゃうって、その時も確か書いたっけ。

 この年の雛祭のケーキは少しケチッて気になっていたウチのママさんの、何処かホッとしながら目を細め、ケーキに頬鼓を打つ子供達を見ていた姿が目に浮かぶ「今・誠」である。
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※解説

《付記》2004年1月17日の誠、日記再読所感の「☆バクさんの夢に胎動 !? 夫婦日記の共鳴者から朗報」で紹介した、1974年(昭和49年)の年賀状メッセージ文で、次のように書かれているが、これは、続く記述のような事情からであった。

>親しまれるS銀マン、誰からも親しまれる不動産業者たらんと、
>今年も頑張ります。                  MAKOTO (41)

即ち、
「昔・誠」は当時、不動産取引主任者の国家資格を取得。銀行所有ビルの不動産管理会社に出向中で、各地店舗階上の空室を一部テナントに貸し出す業務を担当していたための記述だ。





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最終更新日  2004年03月09日 10時26分22秒
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