2004年01月23日
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※この日記は未だ校正前です。誤字や脱字など、お見苦しさが懸念さ れますが、この点ご寛容のうえ何卒ご笑覧の程を…。
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☆『1991年・悲喜交々北朝鮮紀行』を今送る訳

 今月8日、学生時代に「全京都学生静岡県人会」を通じての知己で あるK君に旧友会開催に関して電話をした。

 今日の日記は、その折の余談から彼に送る事になった自作の古い旅 ビデオ『1991年・悲喜交々北朝鮮紀行』についてである。実はその録 画テープに添える解説書を今日漸く仕上げ、早半月も過ぎてしまった 遅れを気にして、遠い本局まで発送しに行ってきたので、今日の楽天 の日記ネタにと思い立った訳である。


 さて学生時代の知己と言うと、何か同じ学校の同級生のように思わ れがちだがソウではない。
 彼と知り合った頃の私は、同志社大学の三回生。K君は京都大学の 2回生だったかと思う。


 他にも多くの会員がいた中で、特に彼との仲が今も続いているのは 、何よりも彼の人懐っこさと筆まめさが、お互いを忘れがたくさせた ようだ。

 彼とは数年後、石油元売会社のN鉱業に就職して程ない頃。私の就 職先だったS銀行を突然訪ねてくれ、夕食を共にしながら近況を語り 合った想い出が今も鮮明に残る。
 毎年筆まめな年賀状が届く度に、彼の活躍ぶりを喜んでいたものだ が、そうした人柄と幸運に支えられたようで、古稀間もない近年まで 同社の重役として頑張り、今は横須賀の自宅で悠々たる余生を送る身 。
 退職後間もなく新宿で再会したが、サスガN社の重役まで上り詰め ただけに人あしらいは最高。
 「先輩・先輩」とスッカリ神輿に乗せられ、実に心地よい一夜を共 にさせてもらった。

 そして、今度はソノ彼も誘って熱海で「全京都学生静岡県人会」の 有志が集まり、泊りがけで旧交を温めようじゃないかと言う話が持ち 上がった。
 それで彼氏に京大関係の旧友たちへの連絡を頼んだ訳だったが、彼 が近く又々子供時代を過ごした朝鮮の小学校の友達に会いに出かける といった話しとなり、この私の古いビデオの話にも及ぶ事になったと 言う訳だ。


 何だか長い説明になったが、今月8日の電話はソンナ用事を伝える 為で、ついつい余談の処理が遅れてしまった。彼氏に信用を失わねば と願うばかりだ。

 なお話ついでに、この私の古い旅記録『1991年・悲喜交々北朝鮮紀 行』の事や、これを彼が見たがった訳といったヨリ作品に直接的な説 明もしておこう。

 因みに、この作品の撮影原版はNG部分も含め確か計約20時間(8㎜ テープ10巻)近い長さだったと記憶する。

 それを先ず12時間(8㎜テープ6巻)に纏めたものを先ず制作した。


 またコレを更に一般向けにするため、半分の六時間程に編集しなお したものも《要約版》として制作した。これはVHSテープ全3巻に 収録したものだが、これがナカナカ大変な作業で、今になって際視聴 してみたら、第2巻目の終りに近い高麗ホテル地下のナイトクラブ場 面の一部50秒程が、何と重複編集した侭になっていた。余りの疲れで 、つい居眠りしてしまったらしい。

 そんな編集版制作時の苦労も偲ばれる、ワープロで縮小書きした内 容明細を、ヨリ加工が可能なパソコン書き資料ともすべく、以下に《 参考》としてココに書き直して置きたい。

 ソニーからパスポートサイズのビデオカメラが発売され、漸くホー ムビデオの制作を庶民が手がけ始めた頃の作品ゆえ、カメラも周辺機 器も今とは格段の差。加えて撮り方も編集方法も未だ手探りだったか ら、何かと拙さが気になる作品ではある。

 しかし、確か200人近い同行者中でビデオを持参の者は未だ僅かだっ た上、しかもその中の多くがテープとバッテリーの準備が不十分で、 記録を省略しがちだったとも聞いた。
 何しろ、ああした国だから機材を十分用意して行っても、多分取材 できる所は僅かだろうとの先入観があったようである。

 このため、資本主義国では絶対不可能な芸術公演の撮影までもOK と言われても何ら支障なく、十二分に撮り捲くったものであった。

 そんな嬉しい見込み違いもあったものの、こんな筈ではと内心怒り 心頭にさせられた場面も多々あった。

 まず集合地点の新潟港に行ってみて驚いた。普通の観光ツアーだと 聞いていたのに、実体は日教組の元委員長・槙枝氏を団長とする親朝 団体が主体となった、極めて政治的な訪朝団の一員として渡航させら れる事になっていたのだ。
 このため、我々新聞広告を読み参加した一般ツアー客は、否応なく 理想を異にする彼等のサクラとして利用されてしまった。

 この企ては行く先々で彼氏が我々の代表顔で語った挨拶が、今もコ ノVTR画面として収録されているので、機会が得られれば一度お聞 き願いたい程である。 とにかくソレは、如何に贔屓目に考えても日 本人の国民感情とは言いがたい内容だった。
 ソンナコンナの彼等がコノ旅で示した横暴さは、それまで日教組に 持っていた私なりの好意的理解を、完全に覆がえすものだった。

 そしてソノ極めつけは、旅の終りに近い開城(ケソン)で、彼らが用 意していた襷(タスキ)を掛けさせられ実行するよう企てられていた示 威行進だった。
 尤も、このデモの情報は平壌(ピョンヤン)出発前に情報が漏れ、20人近くが不参加を表明。私もコノ情報を事前にキャッチして、危うく 難を免れた一人だった。

 …と特に言う訳は、その夜遅く開城・板門店へ出かけた多くの人た ちが、クタクタに疲れたような顔をしてバスから降り高麗ホテルに帰 着した時、私達と同じ一般ツアー客の仲間数人と出会った。
一人がゴホンゴホンと妙に咳こんでいたので、
「なんだか皆疲れたようだけど、開城はドウだったね? …あんた咳込 んでいるけど大丈夫?」。
そう聞いてみた。
「うん、風邪引いちゃったかも…。いや~参った参った。何せ開城の 市中行進が雨に祟られちゃって、全く酷い目にあった。あんた達が不 参加と決めた決断は実に正解だったよ」。
と忌々し気に話しながら自室へ戻って行った。

 こうして我が意に悖(モト)るサクラ役を演じさせられる心苦さや、 日教組の予定で日程を一日繰り上げさせられた忌々しさ等、欺かれた 不愉快さが多々あって、帰国後には一般参加者からのクレームが続出 した。このため旅行業者は特に煩いマスコミ系の参加者などには旅費 の一部を返却したとも耳にしたものだった。


 しかしながら、そういう明らかな旅行業法違反の行為があったツア ーではあったが、理不尽な戦後保証まで呑まされ国民の顰蹙(ヒンシュ ク)を買った金丸外交の直後でもあり、かつ日教組の御蔭もあってか、 とにかく待遇が準国賓並みで、何処へ行っても「そこのけそこのけ御 馬(オンマ)が通る」的な場面に再々出くわしたものである。

 おまけにツアー代金の驚くほどの格安さからして、現地到着前は予 想もしなかった盛大な歓送迎ぶりや、宿や食事や観光先の豪華多彩さ 等が誠に印象的な旅であった。


 夕方近く新潟を発って3日目の昼近く東海岸の元山(ウォンサン)に 上陸し、半島を殆ど横断して平壌駅前にあるツインタワーの高層ビル 「高麗ホテル」に落ち着く。
 そこを根拠地に、滞在中は部屋に主な荷物は置いたまま、3日掛か りで先ず市内を手際よく見せてもらって後、その他は朝から日暮れま で国内を東西南北に実に良く移動。夜は平壌に戻って歓迎宴やら答礼 宴やらが待っていた。

 例の喜び組みと呼ばれる美女軍団による昔懐かしい日本語の流行歌 やら朝鮮民謡。そして艶っぽい踊りも数々登場。迎賓館の一つらしい レストランセアター『木蓮館』での豪華な食事と物珍しいアトラクシ ョンを、驚きの眼(マナコ)で堪能。
 金丸の爺さん達が何故骨抜きにされ、あんな馬鹿げた約束をして帰 国したか、何となく類推させられる複雑な気持であった。

 到着3日目は、夜半にバスでホテルから目と鼻の先の平壌駅1番線ホ ームまで運ばれ、下車して数十歩といった処に停車中の列車の入口で 待つ女性車掌に指示された寝台車に乗せられ何処かへ向かった。
 翌朝、夜が白々と明け初める頃着いた所は北朝鮮の日光や箱根に例 えられる避暑地・妙香山だった。
 その翌日は更に飛行機で北の中国国境に飛び白頭山にケーブル登山 。首都から遠く離れた僻地に位置していたので、多分ここだけは別の ホテルに一泊かと思ったが、とんだ見込み違いだった。山盛りのスケ ジュールを何とかコナシ、その日のうちに平壌へトンボ帰りしたのに は一寸ビックリ。
 そして翌々日が又も夜行列車で、問題となった前述の雨中示威行進 となった南の開城と朝韓国境・板門店見学へと言った具合だった。

 尤も,これには私の他に約20人程が不参加だった。平壌に残り思い 思いに一日を過ごした訳だが、何と幸運にも、私と行動を共にした旅 友4人だけは、思いがけず北朝鮮当局提供の運転手付きベンツで、西 海岸の黄海に面した南浦までのドライブ等を楽しむことが出来た。
 これは、その朝早く列車で南浦行きを目指し平壌駅へ出かけた私に 、「何処へ行きたいのかね。南浦行の切符は移動許可証がなければ買 えないよ」と教えてくれた中年男性が齎してくれた思いがけない幸運 によるものだった。

 実は彼氏、私達のマークを命ぜられていたらしい当局の人間で、
「レンタカーを借りてでも南浦へ行き、貴方の国が誇っていた大工事 の閘門をコノ目で見てみたいんだ」
と熱っぽく語った私の熱意に感じた様子で、
「では朝の仕事が一段落したら車を何とかしよう。ホテルに戻ってい てください。ロビーへ10時に迎えに行きますから…」。
との事であった。
 まあそうした事情から、この男の好意により思いがけず望みどおり の南浦観光が実現。加えて平壌に戻ると、その車を各所で待たせて地 下鉄乗車やら、書店とか土産物店にも案内してもらった。 朝10時頃 かから昼下がりの3時過ぎまでの約5時間程も、通訳兼ガイドと運転 手付きで異国の快適なドライブが楽しめるなんて、全く夢のような平 壌でのプライベート・タイムが経験できた。※(以下、翌24日の日記に続く)





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最終更新日  2004年01月26日 09時29分31秒
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