2004年10月05日
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★『幕間・平壌駅前「高麗ホテル」で出会った
        在北朝鮮日本人女性の事など…(3分割中の2)』
      ※拉致被害者に認定された生島孝子さんの話を聞いて思う事

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☆生島孝子さんが、もしあの高麗ホテルの直ぐ側に住んで居たとすれば…

【まえがき】
…※既に10月4日の記事をお読みの方は、【本文】からお読みください。

 昨夜7時のTBS「報道特集」で、北鮮拉致被害者に認定された生島孝子さんの
話を聴き、私自身が1991年の夏に訪れた平壌高麗ホテルで出会った一人の日本
人女性の事が、又々もしやと気になり出しました。

 この旅の事は《荒海の思い出「悲喜交々北鮮紀行」※2003(H15).2.11日記抜粋》
として、既に左欄の「フリーページ」にも旅行記の一部を思いつくまま紹介して
あるので、お読みの方もあろうかと思います。

 で、この事も或いは既に書いたかもとザッと読み直してみたのですが、どうも
書き漏らしたようなので、この記事が関係者の目に触れる事もあろうかと、私の
妄想かも知れないが、念のためアノ旅の事を又少し書き足して掲出
することに決めました。

 例によって、埋め草を兼ねた思いつくままの細切れ乱文でともなりましょうが、
何卒ご容赦の程を…。

                ☆          ☆         ☆      

【本文】

♯3.記録した旅の時代背景と概要

 とにかく戦後初の日朝友好親善の船到着とあって、此処が自国宣伝の好機と官民挙げ
ての歓迎振り。その出発から帰国迄を、無色透明な一同行者の目で誰よりも詳しく記録
できたと、今でも自負している次第だ。

 それに訪問した時期が良かった。…と言うのは金丸訪問で俄かにムードが良くなった
直後の事。プレスの肩書きで取材していた人達より私のような者のほうが、自己責任で
動きやすかった。
 そんな風にも思う。

 ピョンヤンでの取材内容にしても、同国一流芸術家のオンパレード歓迎公演を筆頭に、
アノ国の宝塚歌劇団とも言える少年少女宮殿での天才小童達の妙技やら名物ピョンヤン
サーカス等々、参加者全て終始「撮影OK !!」という鷹揚さだったし、テープも電池も
心配無用な私だけはジャンジャン撮りまくれた。

 それに日本なら主催者からキツクお小言を戴くところだが、「撮っても良いの?」と
聞くと、「どうぞどうぞ…」と、むしろ担当者も珍しがって撮影を薦められる形で記録
した。
 尤も、欲が出すぎて、歌や踊りなどは各演目とも第一節だけは完全収録しようとしたため、
腕が疲れて閉口。時々カメラを支えきれずに手ぶれやピンボケ画面も続出する有様。

 そんな訳で、後年、話題になったアマチュア・ビデオカメラマン逮捕事件を聞いた時
は、つくづく良い時に行って来たものとホッとさせられたものだ。

 そのほか、社会見学も観光も、十日足らずで良くマアあれだけ回れたものだった。

 極貧のアノ国が精一杯の歓迎ぶりを象徴しているようなテンコ盛の銀飯料理同様に、
中国々境の次は韓国々境へといった東奔西走ならぬ北奔南走といった旅程も再々。
 尤も板門店へは私は行かなかった。
「日教組」の連中が開城で観光組の我々にまで襷がけのデモ行進させる気らしい…」
 そんな情報を、出発直前に漏れ聞いたからだった。

                ☆          ☆         ☆      

 そんな事情で韓国との国境へは行き洩らした私だが、その代わりアノ特殊工作船が
出港した大同江河口の南浦まで、ベンツでの快適なドライブを楽しませてもらう事ができた。

 あのスエズ運河並みの大工事を為し遂げたと盛んに宣伝していた、南浦の長大堤を渡り、
河口の中ノ島とも言える西海閘門脇の灯台に着いたのが丁度正午だった。
 その灯台下の売店で買物をして外に出た途端に汽笛が鳴った。見ると川上に当たる
人造湖を今しも一隻の小船が、目の前から対岸に掛けて四・五列並んだ閘門の一つに
向かって近付いてきた。
 すると灯台のある管理事務所のサイレンが出港して行くこの船の無事を祈るように、
一際高く鳴り響いた。
 今思うと、その黒々した船が又なんとアノ撃沈された特殊工作船に似ていた事か…。

 まあ、とにかくアレから幾度か、あの記録ビデオを見直す旅に、気のせいか何か陰のある
印象がしてならない船であった。

 だって、もしかしたら…、逆に多くの拉致被害者が、ズタ袋に詰められ泣き腫らし、
絶望と諦めの思いで、この西海閘門を越えるサイレンを聞いたんじゃないかと思っちゃうん
だよね。


♯4.アノ謎めいた元日本人女性の身の上や如何に…

 そして更にソノ思いは、数日前に高麗ホテルのロビーで出会ったアノ日本人女性の
身の上や如何に…といった思いとも同様に重なる。

 戦後、国交の無いコノ国に居る理由として考えられるのは、以下三つしかあるまい。

 即ち、

 (1)朝鮮人妻として帰国船で渡った元日本人女性。

 (2)よど号事件の青年達と何らかの機会に接触、極秘に入国結婚した元日本人女性。 

 (3)特殊工作船で拉致されて来た元日本人女性。

 と言った分類になろうか。

 まあソノ何れかであろうが、そのまま銀座を歩かせても違和感の無い服装だった事
からして、極貧のこの国で相当経済的に恵まれた立場にある女性である。

 しかしソレにしても、このピョンヤン市内に住む元日本人は少ないと言えど十人は
下るまい。
 また望郷の念も、昨今の元赤軍派関係者でさえ帰国ラッシュを考えれば、誰も一入
だとも思う。
 そしてコレだけ多くの日本人が訪朝中で居場所もピョンヤン駅前の交通至便な高麗
ホテルとテレビでも伝えられているのだし、本当ならモット多くの元日本人達が顔を
見せても良い筈だ。

 でもソレが出来ないのは、ウッカリ故国の人と会い、何とか身内や知人に連絡を…。
な~んて思いホテルへ出てきたと判ったら、後は更なる地獄行き…。そう判っている
からの事だと私にも思える。

 なのに我々一行の特に誰と会う目的もない様子だった彼女が、そんな危険を犯して
出て来たのは、余程の望郷の念と、特殊事情があったのではなかろうか。
 そう思っていた私だが、今夜のテレビで報じられた拉致被害者らしい生島孝子さん
が、あの高麗ホテルの直ぐ近くのマンションに一時住まわれていたと聞き、
「それなら、ああした服装でコッソリ訪問団の一員の如く装い、当局の目を欺き我々
 に近付き話しかけてきたとしても、その気になれば出来ぬ話ではあるまい」。
そう、思ったわけである。

 そしてソノ姿も、そんな先入観もあってか、何となくアノ時の女性に似ているよう
にも思えてきた。それで、例のビデオの場面を再生して良く見比べてはみたものの、
何分にも去って行きかけた一瞬の横顔。素人の私にはソウだと言える決め手は見出せ
ないままだ。

 それゆえ、出来たらソノ不確かな画面だけでも此処に乗せれたら…。な~んて事も
考えている今の私だ。

 唯、前述のように十数年も前の開発されて間もない8mmビデオを静止画にして取り
出す必要があり、掲出に間に合うかが疑問。
 まあ、後から載せるかもしれないから、関心の有る方は後日再確認して欲しい。
 勿論、掲載するとすれば、一番目に付きやすいよう。分割掲載とした各日の文頭に
挿入する予定である。
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最終更新日  2004年10月06日 00時51分49秒
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