おじん0523のヒロ散歩

おじん0523のヒロ散歩

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

オジン0523

オジン0523

カレンダー

コメント新着

フリーページ

2020.03.03
XML
カテゴリ: 国内旅行
東海道五十三次で四日市宿への途中、弥次喜多道中で行けなかった知立市の無量寿寺
へ立ち寄った。
無量寿寺は、名勝八橋の中心となるお寺で、杜若の名所で知られた臨済宗妙心寺派の
寺院。昔の八橋のあたりは、湿地帯で多くの小川が流れ、八つの橋を架けたことから
その名前が付いた。杜若が咲く水郷のような景色の良いところだった。
八橋の無量寿寺の杜若は在原業平の和歌で有名になり、古くから文人墨客が訪れた。
業平は都から東に下る途中、八橋の美しい杜若を見て都に残した妻を偲び「かきつば
た」の五文字を句頭に入れた。

1/19(日) 8:57



11:15
薩埵峠で富士山を見た後国道1号線を走り、浜名バイパスの浜名大橋からの西方面


浜名バイパスから、『元白須賀一里塚跡』辺り
浜名湖カントリークラブの風力発電


11:24
潮見バイパス(国道1号線)の「道の駅 潮見坂」
所在地:静岡県湖西市白須賀1896-2


道の駅に立ち寄る


足湯があったが、この足湯は太陽熱を利用していると
利用時間:10時 ~ 16時まで


11:54

豊橋東I.Cで、国道1号線から国道23号線(豊橋東バイパス・名豊道路)に入いる。
自動車専用道路でスピードを上げる。
豊川橋を渡り前芝ICを直進する


11:58
国道23号線(豊橋バイパス)はここで終了、この先は延伸工事中。



12:00
県道31号線を300mほど北上、森5丁目交差点を左折。
500~600m西へ走り、この森1丁目交差点を右折して北上


左のネットは、愛知県立国府高等学校
所在地:愛知県豊川市国府町下坊入10-1


12:03
国道1号線の白鳥町交差点を左折


12:24
しばし国道1号線を走るが、弥次喜多で歩いた旧東海道の一部を走る。
国道1号線沿いの「道の駅 藤川宿」
所在地:愛知県岡崎市藤川町東沖田44番地


12:58
国道1号線を走り安城市に入り、この「今本町西交差点」を右折して北上


 13:09
無量寿寺
所在地:愛知県知立市八橋町寺内61-1
旧東海道から北側へ約1km入る。
昨年10月16日(水)に旧東海道を歩いていたが、その時既に23,600歩歩いていたので
参拝を見送ったので、今回訪れた


日𠮷神社


車は境内に駐車


八橋 日𠮷山王社由緒
御祭神:大山咋尊
創 立:慶雲元年(704)
  無量寿寺の開祖、密圓法師が同寺の創建に際し守護神として境内に勧請安置され
  たと云われている。以来、無量寿寺の住職が累代奉仕してきた。明治4年神仏分
  離令により境内に境界を設け町内の氏子が氏神としてお詣りしてきた


文化の道「東海道宿場散歩みち」


知立市 観光めぐり


八橋かきつばた園ご案内
  無量寿寺
  八橋史跡保存館
  かきつばた園


左に「芭蕉連句碑」、右に「八橋古碑」


芭蕉連句碑
「かきつばた 我に発句の おもひあり」  芭蕉
「麦穂なみよる 潤ひの里」        知足 


松尾芭蕉が「野ざらし紀行」を終えた翌年の貞享2年(1685)4月に、鳴海の俳人下里
知足の家を訪れ、そのとき開かれた俳席での作といわれる。
芭蕉は知足の案内でこの八橋に遊び、古に思いを巡らしたのであろうか。
碑を建てたのは知足の子孫である下郷学海(下里から改姓)で、「安永6年丁酉夏6月」
(1777)とある。三河にのこる芭蕉句碑の代表的なものである


八橋古碑
八橋は古来より和歌の名所として著名であり、多くの文人墨客が訪れた。
この碑は、岡﨑藩に仕えた儒者 秋本嵎夷、その門人国分伯機・由良不淰により、寛保
2年(1742)に建てられた。撰文は秋本、書は国分である。
碑文は「八橋紀事井王孫歌」と題され、八橋と在原業平の故事、それについての感慨
が漢文で書かれるが、難解なことで有名である。
亀形の碑の台を亀趺といい、一説には中国の伝説上の神獣とされる。地元では、「亀
甲碑」とも呼ばれる


無量寿寺本堂


無量寿寺 臨済宗妙心寺派
慶雲年間(704~8)に創建された慶雲寺が、弘仁3年(821)八橋のこの地移され、無量
寿寺となったと伝えられている


ひともとすすき


謡曲「井筒」の故事にならって植えられたと伝えられてる。
「八橋の一もとす々き穂にいでて はるばる来ぬる人まねくらん」
と「三河名勝図絵」にあります。このすすきの葉を片手で結ぶと願い事がかなえられ
るという言い伝えから、縁結びのすすきと言われている


本堂右側の廊下下を潜り「杜若池(心字池)」へ。
右側の竹は「業平竹」


植えられた時期は不明だが、江戸時代の文献には、当寺の堂前に「業平竹」があった
との記述がみられる。一説には竹(男竹)であるが、笹(女竹)のように一節から多くの
枝を出すため、色男と言われる在原業平に見立てたともいわれる。男女竹を称え縁結
びの竹として俗に信仰される


裏庭に入り、水が干された「杜若池(心字池)」


この庭園は、寺の再興者であった方厳売茶翁が、以前からあった池や庭を煎茶式に
改造したものといわれています。
回遊式、刈込式、借景式の様相が特色です。庫裡前の杜若池(心字池)を中心とし、庭
全体の高低の落差を四段に分け、段毎の境を生け垣で区切った回遊式となっています。
手前の心字池には全体の要となる中の島があり、築山となった中腹には三尊石が設置
されています。
造られた当時は正面遠景として岡崎の村積山がみえ、近景に逢妻川の清流が流れ借景
として取り入れられていました。
この杜若池のほか、境内には昭和になって新しく作られた杜若池があり、毎年5月に
は合せて約三万本の杜若が咲き乱れ、多くの人々で賑わっています


心字池にある中の島
築山となった中腹には三尊石が設置されています。中腹に三尊石の説明板


この庭の中心、観音菩薩・阿弥陀如来・勢至菩薩


茶 室


茶室の裏にある竹林


茶室前から


かきつばたの再生に取り組んでいます     知立市


業平池の石柱


八橋の一つか?


左が「辻灯籠」右の石「玉川卓」奥に「業平の井」
左の灯籠は、文政年間に当時の無量寿寺客僧八橋売茶方巌
禅師のために、紀州大納言治宝公から贈られた一対の灯籠
である。
右の長方形の石は、煎茶式庭園玉川庭の玉川卓である。
この石の上に茶道具をのせ、青空の下で煎茶を楽しんだ
のである


業平の井
業平公の水を御くみの井戸


方巌(売茶)井戸のいわれ


杜若池と茶室


無量寿寺の北側の杜若池


知立市の花である「かきつばた」が咲き誇るこの池に導かれた水は、先人たちの壮大
な計画により、明治13年(1880)に開削され、碧海大地の農業地帯を創りあげた明治
用水の水を利用しています。
中央アルプスを源にし、矢作川を経た後この地域までやってきます。この機会に、水
の尊さや地域環境について考えてみてはいかがでしょう


藤 棚


伊勢物語の伝説地八橋
ここ八橋は平安時代につくられた「伊勢物語・東下り」の旧跡として、愛知県の史跡
に指定されています。特に在原業平が詠んだ「かきつばた」の和歌は、多くの人の心
を惹き付けてきました。
平安時代の昔から千年余の間、東海道や鎌倉街道を行き来する人々が、業平を偲んで
この地を訪れ、数多くの紀行文や和歌俳句を残しました。また、能や謡曲にも取り入
られており、郷土の誇る大切な文化遺産です。当地の旧跡保存会は「県の花・市の花」
であるかきつばたの手入れを続け、また「業平毎歳忌」を営んでいます


在原業平 像


ズームアップ


八橋の蜘蛛手に流れる沢のほとりにかきつばたが美しく咲いているのを見て、かきつ
ばたの五文字を句の上にすえて、都に残してきた妻や子を偲び、
「から衣きつつなれにしつましあれば はるばるきぬるたびをしぞおもう」
と詠まれました。
この和歌は平安時代前期の代表的な歌人、在原業平作として勅撰和歌集の古今集に撰
ばれています。また、伊勢物語の九段東下りにも採り入れられ、八橋の地が永く語り
継がれ親しまれてきました


敷地13,000㎡の庭園内には、3万本が生息し5,000㎡の池一面に咲きそろう4月~5月
が見どころで、多くの人々を魅了します


3月末からは桜も咲く、かきつばた園



                              無量寿寺ー続く





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2020.03.03 10:11:06
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: