おじん0523のヒロ散歩

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2020.03.06
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カテゴリ: 東海道53次
​昨日は移動日で、愛知県知立市の無量寿寺、熱田神宮へ立ち寄り近鉄四日市駅近くの四日市

今年初めての延べ26日目の弥次喜多道中記です。今日のゴールは庄野宿入口のJR加佐登駅。

1/20(月) 6:35
ホテルにてバイキングの朝食、一泊朝食付き


6:53
早々に食事を終え、車をホテルへ預けて出発。
ここ四日市にも、手羽先の「世界の山ちゃん 四日市店」


アーケード街を歩くと、観光案内所



お馴染みの、保永堂版 安藤広重の四日市
汚水マンホールのデザインにも採用


この浮世絵は、『東海道五十三次(隷書東海道)』より
「東海道 四十四 五十三次 四日市 日永村追分 参宮道」


三滝橋?


アーケード街を進む


6:59
旧東海道は、左:JR四日市駅、右:近鉄四日市駅の中央通りを通り過ぎる


左側(東)を国道1号線が並行して走る


7:02
旧東海道の左手に、「佛法山 崇顕精舎」「丹羽文雄生誕之地」の碑。

崇顕寺は、真宗高田派の寺院。文化勲章受賞作家で、四日市市名誉市民の丹波文雄生誕の地
である。「丹羽文雄生誕之地」と書かれた大きな石標に「崇顕精舎 文雄」と書かれた丹波
文雄自筆の書が刻まれている。
中に入れずフェンス越しに写真を撮る弥次さん、まるで不審者?


扉には『崇顕寺・浜田保育園』。



旧東海道から東側の国道1号線側へ移動。
お寺が保育園に


7:06
旧東海道に戻る。
右側の電柱には、東海道の案内板


四日市宿から日永まで、
天白橋 ⇔ 中央通り 約2.4km


街道沿いに「東海道 四日市」の幟


イメージキャラクターの「こにゅうどうくん」


崇顕寺・東漸寺


時間も早く人通りがない旧東海道


7:09
旧東海道の右側に「東漸寺山門」
所在地:三重県四日市市中浜田町2-5


東漸寺本堂


鐘 楼


街道を進むと古民家


前方に近鉄名古屋線の高架


7:14
近鉄名古屋線の高架


7:18
街道の左側には東海道の幟もあり道を間違えない。
近鉄の高架を越えた先の街道沿いに古民家が散見される。この辺りは、昔は干鰯(ほしか)
(肥料)屋、材木屋、紙屋、餅を売る茶屋などが並びにぎわった


旧東海道を南下する


旧東海道を南下する民家の軒先に案内板があり助かる


街道右側に新築の建物
この辺りが『鈴木薬局』の跡地、新築の家の表札も鈴木


鈴木薬局前から旧東海道を振り返る。
二百六十年以上前の江戸中期から製薬業を営んでいた旧家で、母屋は嘉永5年(1852)の建築。
寛延3年(1750)長崎で漢方を学んだ四代目・勘三郎が創業し、膏薬、萬金丹、真妙円などを
製造販売した


7:23
旧東海道に案内板。
ここを右に入ると350mで「八阪神社」へ向かう


四日市あすなろう鉄道内部線の赤堀駅


赤堀駅改札横にあった『赤堀城跡』
当駅より徒歩約15分(北西へ約600m)。
赤堀城は、田原(俵)藤太藤原秀郷の子孫、田原孫太郎景信が室町時代の応永年間(1394
~1428)に上野国赤堀庄から伊勢国栗原に移り、ここに築城したもので、現在の「赤堀」
という地名もこの時に改められたといわれています。
景信は、後に肥前守と称し、次男秀宗に赤堀城を継がせ、長男盛宗を羽津城に、三男
忠秀を浜田城に配し、赤堀三家としての基礎を築き、この地方を支配するようになり
ました。江戸時代の軍記物には、安土桃山時代の天正3年(1575)、織田信長の家臣滝川
一益によって赤堀城は攻撃を受け落城したと伝えられますが、実際には織田信長の家臣
団に組み込まれたようです。城跡は、現在、都市化のため記念碑があるだけですが、旧
「三重郡赤堀村字城西・同城東・同新三郎縄」の地籍図には主郭の土塁や堀が認められ、
かなり大きな城であったことがうかがえます


駅前にあった案内板


踏切を渡り振り返ると日の出


赤堀駅を振り返る


7:29
八阪神社
所在地:三重県四日市市赤堀2丁目9-8
京都祇園八坂神社の分社。御祭神は、武速須佐之男命。
日本神話で須佐之男命は、八俣大蛇(あらゆる災厄)を退治し地上に幸いをもたらした神とされ
農神疫神として、信仰されている


勧請年代は不詳であるが、もと牛頭天王八王子社と称し赤堀城の鎮守神として祀ら
れていた。戦国時代、織田信長の北伊勢侵攻の際、赤堀城は落城するが、赤堀一族
の忠保は助命され牛頭天王社の神官となり、以後社家として続いている


明治2年(1869)八阪神社と改称。当社は、明和7年(1770)より豊受大神宮(伊勢神宮外宮)の
中重鳥居を拝領し、以来神宮式年遷宮ごとに中重鳥居の下附を受け、現在の鳥居は平成27年
に建立したものである。昭和20年(1945)6月の大空襲により社殿は全焼したが、昭和30年
伊勢神宮別宮の瀧原宮長由介神社の本殿の下附を受け現社殿を再建し、今日に至っている


7:37
四日市あすなろう鉄道内部線に戻る


軽便鉄道のため線路幅が狭く、そのため車輛も一回り小さめ。
この軌道の線路幅は、762mm、JRは、1,067mm。
西桑名駅の南側の踏切では、三岐鉄道北勢線、JR、近鉄の三ツの線路幅が見れる


何となく色合いが映える


近鉄四日市駅への列車


7:38
旧東海道へ戻る。
まだ時間が早く人通りも少ない



                                四日市宿~庄野宿ー続く​





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最終更新日  2020.03.06 16:48:32
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