おじん0523のヒロ散歩

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2025.04.12
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カテゴリ: 伊勢原市歴史散策



寿雀卵直売所までは愛車のリンちゃんで片道18kmで良い運動になるのだが。
併せて「寿雀(じゅじゃく)卵」近くの史跡を巡った。

3月7日(金) 13:35
寿雀卵 直売所
所在地:神奈川県伊勢原市上粕屋47
県道63号線(相模原大磯線)沿いにあり、土日休日は開店前から行列となることが多い人気の
卵直売所である。最近の卵の値段は鳥インフルの影響で値上がり。以前は100円→250円に。
因みに米国では卵1パック(10個入り)が1,500~2,000円と物価が高い。


以前は午後に行くと売り切れで閉まっていたのだがこの日は空いていた。


営業時間:午前8時30分~午後3時30分
定休日 :第4日曜日・元旦


会員登録も出来、メリットがあるようだが。
以前の旧カードを無くし新カードに変更する必要があるのだが。
カードがなくても購入は可能であったので2パック購入、Mパック 413円(税込)。


店先から大山が見えるロケーションである。


駐車場脇で肥料の鶏糞を販売。
販売時間:午前10時~営業時間内  ※ 卵の販売が終了次第閉店します
値  段:期間限定 1袋 ¥100円(税込)  おひとり様 10袋まで  


午前中は駐車場も満車に近い。


次に訪れたのが寿雀から近い、
観光めぐりの案内板に「咳止地蔵」が載っていたのでスマホの案内で訪れた。
渋田川に架かる市米橋の袂に「自然散策路」。この上流にあると。


電柱に「 咳止地蔵尊  咳止地蔵尊保□□」の看板。

咳止地蔵尊
所在地:神奈川県伊勢原市下糟屋98-6-1
後方に大山が見える眺望である。左側のフェンス内は渋田川。


咳止地蔵尊と後方にふじやま公園。


咳止地蔵尊と河津桜。


咳止地蔵尊由来
渋田川に架せられた「せきど橋」のたもとにある咳止地蔵は古来から痰咳平癒の守護仏とし
て崇められ「せきどめ地蔵」の名で広く霊験を知られた、現尊像は享保八年(1723)の再建
になるもので、再々の補修がなされている、地蔵前の古道は相模川の戸田の渡しから大山に
通じる「戸田道」で糟屋宿にも程近く大山詣りの道者たちの信仰をも得ていた、現今東京、
川崎・立川方面に信者のあるのもそのためで、堂のそばには大山道の道標ものこされている、
背後の冨士山は八王子道にも通じるので昔は繭の市も立った、道路や交通機関の変動で、戸
田道は往古の面影もないが地元人士の賛同を得て保存会を結成、堂字の修理をなし霊蹟の再
興を図るものである。
  昭和五十年三月二日
       弥杉咳止地蔵尊保存会

折から傍の河津桜が満開で出迎えてくれた。
覆い屋の中に「銅板屋根寄贈 平成十四年五月吉日 施主 □□玉子殿」と。


社の中に、咳止地蔵尊。
右側には「咳止地蔵堂再建寄付者芳名」、右奥に「銅板屋根寄贈名」の掲示。


河津桜をズームアップするが満開ではなかった。


狭い敷地の南側に道標、石仏、壊れた庚申塔群。枯れた株も。


大山道と矢倉沢往還
   ー ここで道は左右に分かれました ー
大山道(戸田道・青山道「図の赤色道」)は矢倉沢往還「図の黄色道」と合流し、ここ咳止
め地蔵尊前の渋田川手前で、左右に分かれて川を越えたので、橋は二つありました。
新編相模国風土記稿には「せきと橋」しか記載されていませんが今その橋は無く、もう一
つが今の「市米橋」と思われます。
大山道は橋を渡ると「ひなた道」と分かれ、峰岸を通り千石堰沿いに台久保から石倉橋を
経て大山へ向かいました。
矢倉沢往還は耕雲寺前を通り片町、串橋、善波を抜け、松田から足柄方面、矢倉沢へ向か
います。
また、ここにある庚申塔は道標にもなっていて「大山道」「ひなた」と彫られています。
※図の新大山道、小金塚方面への道は、明治後期に拡張造成されました。
   平成二十九年七月 吉日
               設置管理者 アド・おおやまみち


昭和60年頃の写真
まだ開発が進んでいない。


大山道と矢倉沢往還

左 側:現在地
赤線上:大山道 (青山通)
黄 色:矢倉沢往還
赤線下:大山道 (戸田道)
右 上:矢倉沢往還&青山通り大山道
中 央:矢倉沢往還&大山道 (戸田道)が合流し高部屋神社前を通る。
左 下:矢倉沢往還


右側は道標の「大山道」。


北側に回り込み。


河津桜が咳止地蔵尊を覆う。


昨年から、咳痰が止まらないので浄財と共に平癒を祈り後にした。


咳止地蔵尊前から市米橋を渡り県道63号線の市米橋交差点を南下。
次の目的地、「菅原神社(大隅天神社)」へ。寿雀卵直売所から南数百メートルに鎮座。
ここ菅原神社の裏に駐車。


菅原神社前から東を望む。


丘の上に建つ「東海大学医学部付属病院」は伊勢原のシンボル的な建物である。


菅原神社 (大隅天神社)
所在地:神奈川県伊勢原市田中7
県道沿いにある小さな神社である。


覆い屋の中に祠が祀られていた。


祠の扉の中には「菅原道真公の神像」が納められておりお供え物があった。


覆い屋の壁面には奉納された古い写真が掲示されていた。


また壁面に墨書き、
菅原神社由来
この地は昔から天神山と言われ小さな丘に祠が祀られていたと言う。この祠の勧請年月日
は不詳であるが、十二柱神社に次いで建てられたと思われ(延宝六年の書物調べ)徳川時代
以前のものである。
一、名釋は菅原神社であり大隅天神社とも言う
一、祭神は菅原宇斬公(菅原道實公のこと)
一、御神体は道實公の木像が安置されている
一、所有地は風致林四十一坪があり宮内庁名儀であったが後に旗川家の所有となっている
明治三十四年旗川鶴蔵等によって石の鳥居が建立されていたが、昭和六十二年三月の大雪
で崩れてしまった。明治四十三年稲荷神社第六天社と共に十二柱神社へ一度合祀された。
伝 説(明治末期)
十二柱神社へ合祀されたあとたびたび天神様の御霊が旗川家へみえ、潜り戸ががらがらと 
開けられ、出てみても誰も見えないという珍事が続き夢にまで天神様が見えたということ
で近隣の話題となった。天神様の御霊はやはり天神山へ帰りたいのであろうということで
再び木像を戻しあらためて此所へお祀りしたところこの珍事がばったり止まったと言われ
ている。
其の後は旗川の天神様として大事に管理と守護をつづけて現在に至っている。平成三年同
所に県道が計画され一部が用地となったことを契機に新たに社殿を作りその中に祠(南無
天満大自在天祠とある)を納め現在のかたちとしたものである。
追 記
一、菅原宇斬とは社傳によれば天神様と唱え奉り道實公を尊して此如言えりと傳う
二、社殿の前の梅の古木は天神山の裾に昔からあったものと言われ樹令二百年から三百年
  位と推定され天神社の御神木となっている
     平成三年七月十三日  当主 旗川 勲

境内の石碑
右側は昭和六十二年三月の大雪で崩れた鳥居の座であろうか。


句碑「梨畑の □□□□□らす □□□」と。


こちらも句碑であったか。


社殿の右側から (東側)。駐車場がないので社殿の裏側に駐車。


菅原神社の西側を走る県道63号線から大山を見る。


河津桜と大山のコラボ。


ズームアップ。


大住大明神
所在地:神奈川県伊勢原市下糟屋84辺り
次の訪れたのが、咳止地蔵尊前の矢倉沢往還&大山道 (戸田道)を東へ進むとある祠。


周りは宅地化され説明板等はなくスマホの案内で行かないと存在が分からない。


左側の祠の中に「大住大明神」と。


右側の祠。


説明板等がないので詳細は不明。


大住大明神の北西方向に大山が見える。


小さな大住大明神の南側を矢倉沢往還&大山道 (戸田道)が横切っており、かつては多くの
人で賑わったのであろう。


14:20
市民の森ふじやま公園
所在地:神奈川県伊勢原市東富岡134
昼時を過ぎ昼食を取りたいがと思いながら公園へ到着。
駐車場開場時間 午前8時30分から午後5時まで
奥にトイレもあり利用時間は駐車場開場時間内。



                                     ー 続く ー






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最終更新日  2025.04.20 14:05:29
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