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我が家のテレビが壊れてしまいました。理由は分かりませんが、勝手に設定が変わってしまうのです。チャンネルを合わせても30秒くらいすると、ピッっと画面が小さくなって、マルチ画面モードに。今回のことで、日常生活におけるテレビの重要度を痛感させられました。私⇒ゲームできない妻⇒ドラマがみれない子⇒「おかあさんといっしょ」が見れない映像は見えるのですが、テレビの画面が変わってしまうとは……。勝手に変わるテレビをつけていると、ストレスが溜まっていく(笑いっそ、電源がこわれて、つかないほうが精神衛生上いいような気もします。私の現状は、仕事がいそがしいため、ここ数日はゲームをしておりません。なので、1週間くらいテレビが壊れていようと、まぁなんとか耐えられます。やばいのは、妻&こどもたちです。妻もドラマは録画して置けるとして、こどもたちのほうがちょっと。テレビ漬けにすると、子どもに悪影響があるという話しなので、1日数時間に抑えようとしていました。しかし、こわれてしまってはそれどころではありません。夕刻のNHK教育は、絶大な魅力でこどもたちを引き付け、食事の用意をする妻を助けます。しかし!画面が大きくなったり、小さくなったり、もう子どもに制御できるレベルではありません。テレビを見れず持て余しているやつらは、妻の足元に絡みつき、キッチンをあれこれいじくる絵を容易に想像できます。こちらも「遊んであげよう」という気構えのときは、かわいく見える彼らも。仕事の最中にへばりつかれた日には、「あっちいってろー!」と激しくいらだちます。妻のストレスも理解できます。偉大なり、「おかあさんといっしょ」ん?「おかあさんといっしょ」を見せるのは、おかあさんが仕事を片付けるために、子どもがおとなしくテレビをみているように仕向けるから。……おかあさんといっしょじゃないじゃん。
2004年12月25日
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専業主婦として、昼間は家事と子育てに従事し、夜には素敵な食卓を用意してくれる妻。その妻のつくってくれるご飯。毎日、感謝しながらおいしくいただいております。魚党の私は、サンマの塩焼きさえあれば、おいしくご飯をいただける人です。妻の実家にお邪魔したとき、妻が「オットはサンマ大好きだから」と言ったのですが、そこで「食いなされ、食いなされ」と2匹も出てきたときは「つか、いくら好きな奴でもそりゃねーだろ(笑」と思ったり。ビバ!シャケの塩焼き! イェス!子持ちシシャモ! サイコー!サバの塩焼き!よぅするに、難しいご飯はよくわかりません(笑ながら泣友人に言わせれば、「安上がりで簡単」な人のようです。そう。私はそれで満足できるんです。だがしかし。そんなささやかな楽しみすら通らない。許さない人がいるのです。他でもない。我が妻なり。えぇ。確かに。毎日、感謝しながらおいしくいただいております。……それが定番メニューならばね。妻の喜びは、チャレンジメニューで私に「うんまい!」と言わせることのようです。「えっせ」か「おれんじぺーじ」かわかりませんが、その中にあるのでしょう。「ちょっとした工夫で、とびっきりメニュー!」のようなコーナーが。出てくるんです。サンマのバター蒸し などと言った聞きなれないメニューだったり。あぅあぅ。私は塩焼きで十分幸せを感じれるのに。なぜにバターなのであろうか。彼女いわく。「おいしいときはおいしいと言わないくせに、おいしくないときばかりおいしくないと言のがむかつく。何とかおいしいと言わせたい」だそうです。うーぬ。塩焼き程度では「おいしぃー!」とは言わないですねぇ。美味しくないとき、それでも気を使いながら「これはまた、不思議な味だねぇ」と言ってみたりしてはいるのですが。確かに「おいしぃー!」とは、あまり言っていなかったような気がする。でもな。本当に感謝しているのだぞ。私には到底できそうにない、日々の子育て、毎日の食事の用意、きれいに畳まれているシャツ。とても私にできることではないのだから。ありがたく思っているのだよ。以心伝心とは言うが、やはり「言わねば伝わらず」。ですね。感謝の気持ちは、言葉にして伝えることが、相手に対して一番の喜びのようです。ありがとね。でも、この文章が妻に読まれて、「そのとおり。感謝しなさいよ!」って思われるのはしゃくなので、内緒にしておこう。
2004年12月22日
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ラーの鏡。鏡に映る者の、真の姿を映し出す鏡。魔物に城を滅ぼされ、呪いで犬にされてしまった王女を助けるために、この鏡でこの犬を映したところ呪いが解け、人の姿に戻ることができたという物語がありました。子どもに家の中でのルール、社会のルール、いろいろな決まりを教えなければならないのですが、なかなかわかってはもらえないようです。「だめ」といってもやめてくれない。「やって」と言ってもやってくれない。大人であるはずの私でさえ、靴下を脱ぎっぱなしにしていることもあるのですから、それを教えるのは大変なことだといまさらながら自覚します。いやいや。最近「速効!SEのためのコミュニケーション実践塾」(田中淳子著)という本を読みました。前半はエンジニアのプレゼン時のテクニックを、後半は上司や部下への接し方を、例をまじえながらわかりやすく書いてあります。この後半の中に、後輩を育てることに焦点があてられています。ところがこれを読んでみると、後輩ばかりではなく、場合によっては同僚や上司にも当てはまるものでした。さらには子どもを教えることにも役立ちそうな内容がたくさんありました。やはり基本は「まねしてもらえる先輩になる」だそうです。そして「道理を教えて納得させる」と。まぁ、会社であれば相手は大人です。話せばわかってくれることもあるでしょ。しかし!子どもたちはそんなことはおかまいなしです。夜、「お風呂にはいるよー」と言っても、「お風呂はいらないの!」。寝る前にテレビを見ている最中に、「歯磨きするよ~」といっても、「歯磨きしないの!」と歯ブラシを放り投げます。はぁぁ、「お風呂に入るのも、歯磨きをするのも、みんなお前のためなんだよ」なんていっても、ぜぇ~んぜん。人を動かすということは本当に難しいことなのですね。ちょっとそれて、太平洋戦争時の話。(この手の話が好きではない方は飛ばしてください。)合艦隊司令長官で山本五十六元帥という、軍神とまで言われた人がいました。(マスコミの煽りがあったかもしれませんが)今で言う「カリスマの人」で、おそらく当時の軍人であれば、その人の命令を受けることは光栄であり、誇りであったでしょう。そんな山本氏でさえ、人を動かすことは難しいことだ、として、次のような言葉を残しています。「やってみせて 言って聞かせて やらせて見て ほめてやらねば 人は動かず」カリスマの人でさえ、こう感じるのですから、一介のサラリーマンではますますです。子どもに手を焼くのは最もか。そういえば先日、ちぃさなでんでん虫を2匹みかけました。「おぉぅ。これは!……いいか、お前が靴下を脱ぎっぱにしておくと『ほら、パパのまねして!』ってお父さんが怒られるんだぞ」といっても伝わらず。まずは、親が洗濯機にいれることを「やってみせ 言って聞かせ……」ですね。子は親の鏡か。
2004年12月20日
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はじめまして。僕、しまじろうといいます。僕がこの家にきてから、2年近く経ちます。当時はまだ、一人目の坊っちゃんも小さくて、床で転がって、落ちているものを食べまくっていましたね。ほどなくして二人目の坊っちゃんも生まれ、にぎやかな生活が始まりました。旦那さまは温厚で、家族と一緒にいるのが好きなようですが、おむつを替えるとき「うんちだけは無理!」と言っています。そんなとき奥さまは、「大丈夫大丈夫、おしっこもうんちも一緒だよ」と、叱咤激励??で応援しています。この家で、僕は二人の坊っちゃんに可愛がられ、楽しい毎日をおくっています。このごろは知恵がついたのか、子ども椅子を壁にもって行き、背もたれに立って壁にある電気のスイッチを点けたり消したり。奥さまの怒りがおさまらないのも、しかたないとは思います。無駄に元気ですから。先日、お風呂に入るときに「しまじも一緒に入る!」と、僕をお風呂に連れて行ってくれました。僕はぬいぐるみなので、お風呂にはいるのはちょっと……でも、坊っちゃんがそう言ってくれるなら、喜んでご一緒します。上の坊っちゃんが浴室で、ジョウロで遊んでいたときです。僕と旦那さまと一緒にお風呂につかっていた下の坊っちゃんが、おもむろに僕をもちあげて上の坊っちゃんめがけて僕を投げつけました。ごふぅぅ!上の坊っちゃんには当たらず壁に激突。それを見た上の坊っちゃんは僕を拾い上げ、お風呂の中へダァンクシューーート!僕は旦那さまの顔の直近に着水。たくさんの水しぶきをあげました。それはもぅ大騒ぎ!楽しそうなのは結構ですけれど……その後、旦那さまが止めてくれるまで、しばらくこの応酬が続きました。えぇ、お二人が笑って楽しんでくれているのだから、これくらいのことは平気です。下の坊っちゃんは、ときどき僕の腕をかじりながらおやすみになります。目の白い塗装も剥げても、体中毛玉だらけになっても、おでかけの際は一緒に連れて行ってくれる。旦那さま、僕は大丈夫です。いつも心配そうに僕を見守ってくれているようですが、家族の一員として楽しく暮らしています。僕は坊っちゃんたちや奥さま、旦那さまが大好きです。ずっと一緒にいれたらいいなぁと思っています。ただ僕、洗濯機だけは苦手です。せめて手洗いがいいなぁ。と、思いながら今日も物干し竿から、みんなを眺めています。
2004年12月18日
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どうやら日本のロボット技術がまたやらかしたみたいです。「今度は2足歩行ロボットが走った!」です。HONDAのアシモですね。んむふぅー。この勢いでいけば、ガンダム大地に立つ。の日も近いようですね。我が家にはいろいろな火種が、あちこちでくすぶっております。夫が帰ってきてくつろいでいると、そこにはいつも黒いでんでん虫が2匹…。という話をききます。うちも同じです。仕事から帰宅し、ソファーに座り込むとその開放感からか、気がつくと靴下が脱げているんです。えぇ。わかってるんです。それを洗濯機に入れろとおっしゃるのですよね。私だって、わかってるんですよ。でも、なかなか簡単にはいかないのです。私の独身時代の話をさせてください。独り身の私は炊事洗濯は当然のように自分でこなしていました。しかし、それが可能だったのは、すべてを自分のリズムで、自分のルールで、思い通りにできたからです。いまはそれが出来んのです!お風呂場は嫁の舞台。キッチンは嫁の城。そこに「私ルール」という土足で踏み入った日には、そりゃもう……だから出来んのです。つまらないことですが、私はフタが嫌いです。独身の頃の私にとって、洗濯機のフタは洗濯をするときのみ閉じるものでした。だから普段は空けッぱ。脱いだものは、ぽいぽいとほおりこんで置き、休日にまとめて洗濯。が、日課でした。がしかしです。嫁はフタが大好き!洗濯機のフタがいつも閉じておるのです。「片手で靴下脱いでほぉりこめないだろ!」と言っているのですが、「何言ってるの?」と嫁。ゴミ箱もです。嫁はフタが大好き!!独身時代、部屋には直径60cm深さ90cmの巨大ゴミ箱がひっそり鎮座召されておりました。ところがいまでは、あの忌々しいスチールのフタ付きゴミ箱が「入れられるもんなら入れてみるがいい」です。くやしいので、ゴミとなったティッシュをゴミ箱のフタの上において置きます。「おれはフタ、きらい」の主張を込めて、彼女に気が付いてもらえるように祈りながら。…だめです。嫁がぶちギレただけでした(泣嫁は、私が抜いた靴下を洗濯機に入れずにわざわざ別の階にある私の部屋の私の机の上に置いて行くくせに(大泣はい、いまは素直に洗濯機に入れてますよ。走らないやつでもいいです。どこかでアシモの中古を5万円くらいで売ってないですか?彼が家の中を巡回して、おちている靴下を洗濯機に入れてくれるだけで、我が家の泰平は保たれるんですけれど。
2004年12月16日
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そりゃぁ独身の頃は、パソコンやソフトなどに、ぅんびゃく万円つぎ込んでも、誰にも文句を言われませんでした。ぅんびゃく万?!後悔先に立たずだ…。_| ̄|○そんな私もいまでは、おこづかい制。翼を引き千切られ、昔のようには自由に大空を飛びまわれなくなりました。さておき。会社の同僚とお金の話をしました。「ちゃんと老後も考えないと、これからは厳しいよ」とのこと。確かに年金制度もどうなるかわかりませんし、日本経済が元気を取り戻してくれるのかも定かではない昨今。銀行に預けていても増えないですからねぇ。お金というものは不思議なものです。『タンスの中にお金を入れておくと、だんだん減っていくものなのです』と書くと語弊がありますね。正確に言うと価値が下がることもあるということです。たとえば、昔のジュースはたいてい100円で買えました。ところが、最近ではジュースの値段は130~150円。つまり、昔は千円持っていれば10本のジュースが買えたのに、いまでは7本しか買えない計算です。これは、千円の価値が低下したことで同じものを購入するにも、よりたくさんのお金が必要になるということになり、「お金が減っていく」となるわけです。団塊の世代と呼ばれた人たちがじゃんじゃん働いていた頃は、物の値段も上がるが、給料も上がるし、銀行に入っているお金も増えていました。ところがバブルもはじけ去り、いまはちょー低金利時代。ジュースの値段は上がるのに、金利はちょびっと。最近では新聞やテレビで個人投資家の株熱が急上昇であることをよく目にします。「株でらくらくぅんびゃく万円!」なんて。…どんなもんですかねぇ。儲ける人がいる隣で、損をする人がいるわけで、そういった説明なしに「らくらく」とは。株は上りか下りかはっきりしないエレベータを乗り継ぐようなもので、情報を得ることでそれなりに上り下りを読めるのでしょうが、素人にはなかなか。とはいえ、「じゃぁやっぱり現金が一番」というとそれもまた…。日本円ですら小幅であれエレベーターのように上下します。円高円安ってやつですね。何がいいかは言えませんが、自分で考えて、自分で納得のいくお金の持ち方を見つけることが大事なようですね。株やるときは、自己責任とマガジンのMIQをしっかり読んではじめてください。煽り系ですけど、読んでいて「ほんとうは自分でもできるかも」と暗示をかけられます(笑漫画ですが知識があると無いとではぜんぜん違うでしょうから。もうじきクリスマスですから自分にプレゼントもいいかも。あ、嫁にもね。
2004年12月14日
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仕事の関係で、金子みすゞ展覧会のチケットをいただきました。嫁に「金子みすゞのチケット貰ったけどいくぅ?」と聞いたら「ちっちゃいのつれていくのかぁ、つまらないんじゃないかなぁ」と。そうなんです。ちびすけどもには、薄暗い展覧会なんて、退屈以外の何者でもありません。騒ぎ出すのが怖くて… 注釈:金子みすゞ 明治から昭和にかけての童話詩人。その時代には早すぎた人だったようです。 童話ということですが、大人が読んでも素直に楽しめる素敵な作品が多数書かれております。 私のお気に入り「わたしと小鳥とすずと」うちは2歳と1歳のちびっこギャングなのですが、長男だけだったころは小脇に抱え近場に出歩くことも多かったのですが、いまではジャスコ&ヨーカドーオンリーです(泣こういう催し物も、1日でいいから「子連れOK」な日を設けてもらいたいです。小さいのが泣いても、まわりも同じ境遇の人たちであれば、少しくらい騒いでも許される気もしますし。日本は子どもを育てるには周りの理解が低い国だそうですが、自分が子どもを持たないとなかなかこういったことに気がつけないですね。………いま、嫁がパソコンの画面をのぞきながら後ろを通り過ぎました。「ドラクエの世界でいろんな町を飛び回ってるんだからいいじゃん」くそぅ1時間じゃどこにもいけんわい!
2004年12月13日
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なぜ嫁は私がゲームをすることを快く思わないのかを理解しました。そもそも、人が怒るのは「自分がイメージしていることが、そのとおりにならない」ということが多いのではないでしょうか。「あそこのコンビニのアルバイトは無愛想だ」と感じるところも、自分のイメージする店員像とは違う態度をとることに不快感を覚えるんでしょう。まぁ、他人であればそういった態度でもいいのでしょうが、お客と店員ですからね。とにかく、この「自分がイメージしていること」がクセモノのようです。私にとってゲームは「遊び楽しむモノ」であるのに、嫁はゲームのことを「暇つぶしの道具」と理解しているようです。それはまるで、時間を持て余したときにパラパラとひらく雑誌のような。なので嫁「お風呂沸いたよー」私「ちょっとまって、今入るから(ゲームのデータを保存するまで)」嫁「…ちょっとってどれくらい?5分?10分ブツブツブツ」データを保存するまでゲームは途中でやめられません。もし中断してしまえば、それまでのプレーは水の泡です。しかし、それを理解してもらえていない場合は、「やめるなんて言って、いつまでも続けるんだ」と思うわけです。で、「暇つぶしにやってるんだから電源を切って早く風呂に入ってほしい」と考え、そのとおりに行動しない私に対する不満となるわけです。ここの勘違いを理解させない限り話し合いは平行線のようです。なので昨晩、2時間くらいかけてじっくり説明をしました。疲れた(笑私にとってゲームとは、暇つぶしてやってるんじゃなくて、本当にやりたいからやっているんだよ(一部ひまつぶしもありです)暇つぶしで本を読むのとは違う。読みたくて小説を読んでいるときは、区切りのいいところまで読んでから栞を挟むだろう。ゲームゲームというけれどな、それが読書やスポーツとどう違うというのだ。(ぜんぜん違うけど)ゲームだから好きになったんじゃない。好きになった趣味がたまたまゲームだっただけじゃー!と力説しました。なんとなぁーく、理解してくれたようです。この思いを。うぬぅ、100%理解してほしいものだ。それでも決して変わることのないもの ゲームは1日1時間
2004年12月12日
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息子の成長を見守るのは、大きな喜びです。新しい単語を1つ1つ覚え、語りかけてくる彼らは私にとってとても大きな存在です。その成長は、ときとして親の思い描いているものとは別のものを感じさせます。怖いです。彼らが。先日、嫁が子どもたちを連れて近所の児童館に遊びに行ったときの話しです。嫁の言うことには「友達のおかぁさんと話しているときに、『チッッチ チッチー おっぱぁーいボインボイぃーン』って歌うんだよ」とのこと。まじですか?おっ、おっぱいがぼいんぼいんですか?以前、クレヨンしんちゃんが有害であるような話はありました。てか、そもそもクレヨンしんちゃんは成人漫画雑誌に掲載されていたもので、そういった性格のものなのだからわからんでもないような。しかしですよ。今回の出所は少年誌なんですから。うぬぅ。別にその漫画が悪いとか言うことではないんです。新たに出会う知識に興味を持ち、乾いた砂のように吸収していく。というのはいいんです。ただ勘弁してください。一緒に歩いているときにその歌を歌うことは。彼らに望むのは、知識を吸収するだけではなく常識をあわせて持つことのできる人になってほしいと願うのですが、いやぁ、高望みですかね。かえるの子はかえるだしなぁ。
2004年12月11日
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知る人は知っていて、50歳以上の方の10人中4人は知ってるんじゃないかと思われる、「連合艦隊解散の辞」。年も暮れだし、掃除でもと思いながら本棚を眺めていたら、奥の棚から司馬遼太郎著「坂の上の雲」が出てきたため、紹介させていただきました。で、解散の辞。この小説の終わりのほうで出てきます。これは日露戦争で、世界最強といわれたロシアのバルチック艦隊を、戦力で劣る日本の連合艦隊が破り、勝利をおさめたときに東郷平八郎によって読み上げられた文章です。軍人たるもの、平時より鍛錬にいそしみ、事あればその成果を十分に発揮できるよう心がけねばいけないというもの。全文は、たくさんのサイトで掲載されているので検索してください。この文章は、なにも軍人のためだけの言葉ではないと思います。「坂の上の雲」は今の日本にもっとも必要な、一所懸命を教えてくれる歴史小説だと思います。一般の、特にサラリーマン!いきなり解散の辞を読んでも「ふーぅん」かもしれないので、もぅ、小説を読んでください。昔の人がいかに苦労をして、知恵を絞り、生きてきたかを理解はできなくても、感じさせてくれます。いま、デフレとリストラに苦悩している日本ですが、その当時の日本は今と比較できないほどの経済情勢でした。武士であった者たちは職を終われ、農民は日の昇る前から起き出して、夜遅くまで働いていたんです。「いまはオレだっておんなじだよ」と思われるならなおさらです。本当に勇気を与えてくれる、いい本だと思いますよ。ゲームとは関係ないですが、除夜の鐘を聞きながら読みふけってください。
2004年12月10日
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戦いを忘れた父親たちよ。思い出すのだ。連打を極めるために定規を震わせていたあの頃を。黄色い万歩計のような連打計測器がありました「シュウォッチ」といいます。あれのために何本か定規を割ってしまったなぁ(笑)許されるのならば、僕だって旅立ちたいよ。でも無理なんだよ。我が家の鉄の掟がそれを許さないんだ。「ゲームは1日一時間にしてね!ドラマがたまってみれないんだから」…そう、いまはまだ眠らせておこう。自分専用テレビをこの手につかむまで!!!
2004年12月09日
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そう、どらくえ。初めてドラクエを見たのは、20数年前の友人宅でした。そのころは、きのこを喰った変なひげ親父が凄い勢いで跳ね回り、大暴れをしていたころでした。そんなときに一見地味な画面と会話。「なんだろ??」と思っていたのもつかの間、街を飛び出し平原を散策していたところに飛び出してきたスライム!臨場感あふれるサウンド、そして戦うことにより得られる報酬。成長していく主人公。(でも攻撃したときは「ぴゅるぴゅる~ぅ、ずしゅ」って変な音がしてたなぁ:笑)いちにち4時間くらい遊んでましたね。あの時間と情熱はどこから来て、どこへ行ってしまったのだろう。「王女の愛」をもとめ、一日中毒の沼地でどぶさらいしてたのに(笑いまじゃ、街の中の人の話を聞くのもわずらわしいくらい。年をくいましたなぁ。年内クリアーは無理そです。
2004年12月08日
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