2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全2件 (2件中 1-2件目)
1
この日記は、7月12日分です。雨が上がったけど、日中 蒸し暑い。ママが参った~と、ひよちゃんを連れ、図書館へ逃げた。ちょうど今日返却日の本もたくさんあった。乳幼児用書架の寝転び台で、ひよちゃんは 初めて一人で少し過ごせた。目の届く範囲で、ママは絵本を焦りながらあれこれ選ぶ。こぐまちゃんシリーズは、この前、パンケーキをお手伝いしたので、しろくまちゃんのほっとけーき を、一緒に見てみた。見たよ。やった~。つい前回は、全く興味の無かった、きんぎょがにげた にも大反応。「ここ」「ここー」と、探し当てる。前回借りた じゃーん も、初めはおとなしく聞いているだけだったのに、「じゃーん」と言って持ってきたり、自分でめくっていたりする。短期間で、どんどん変化するひよちゃん。ママは硬直してるなぁ。ぼそっ私は、自分の気持ちが堂々めぐりで解決できず、心理相談に通っているが、社会生活を送れるし、ひよちゃんも一緒に行くのだが、可愛いがってよくお世話もしてると言われ、軽く見られるのか、育児の話へよく振られて、肝心の話がほとんどできないこともある。ちょっと停滞気味で、作戦を立てなくては。楽天に日記を書いてるお友達のページへ行くと、思いがけず、幸せに暮していても、自分で自分の気持ちを処理して、幸せへの努力をしていることが書かれていることがある。心に効くサイトをいくつか見つけたので、よくお邪魔しては、ただ静まって帰ってきたり、心をどうやって整理しようか考えている。ここへ遊びに来てくださる方も捕まえて、掲示板では、本文と全く違う話を展開したりしている。中でもその道の卵ちゃんのお話では、とっても考える。(リンクもしている八四一さんです)多くの人が、自分で頑張っている。私は、ちょっと手助けが欲しいところなので、ここで日記を書き始めたことで、いろいろと参考になることが多々あり、思わぬ展開となっている。ひよちゃんに幸せな家庭にしてやりたい。そのために、どうにかしたい。今日、借りた本。ちびごりらのちびちび きんぎょがにげた しろくまちゃんのほっとけーきぞうくんのさんぽ サーカスがやってきた ぴちゃん・ばしゃん・ざぶーんママ:つぐみひげの王さま(グリム童話) 生き直しのできる人、できない人(斎藤茂太)図書館で ひよちゃんと紙芝居をやってきましたロボット カミィ 劇に参加したお話しでしたひよちゃんは、紙の出し入れが気に入って「もっかい」(もう一回)-----夫への感謝ひよちゃんと電車ごっこをして遊んでいた*-----*-----*-----*-----*育母書から子育てに限らず「もうヨレヨレに疲れた」と感じる体験を経なければならない出来事は人生に幾度か起きますが、一つの経験をきちんと人生に取りこみ、そのことを通じ「人生」を、どんどん作り変えていった自分をみつける時、人は誰がほめてくれなくとも「私の人生は、これでいい」と言いきれるものです。xxxxx硬直から脱出の日へ向かって
2003年07月14日
コメント(8)
北海道へ引越したKちゃんとIくんが、お里帰りしている。短い時間だったが、子どもを遊ばせながら会うことが出来た。すみだ子育てセンターにて。ひよちゃんは、ここへは久しぶり。キッチンセンターがお気に入りかな。&嬉しそうに走る走る。Iくんは、レールと電車、nくんは滑り台などいろいろ遊んでいる。Iくん、引越しは、彼を惑わせたようだが、受け入れようとしているのか。なにか芯に強さが宿ったのを感じる。午前は、ママの病院だった。ひよちゃんが生まれた病院でもある。なんとなく ここへくるのは嬉しい。そう思えるのも いい産前産後だったから。問題は二点で、姑が影響及ぼす夫と、私がうまく付き合えなくなってしまったこと。ひよちゃんに関しては、この頃、ニコニコから、即イライラに変わる自分を抑えられない。育児については、その時その時で、相談したいことを相談する。私にとっては、毎日のことなので、とても深刻なのだが、5秒待ってから言葉を言うようにすれば、かなり違うわよ、と、どこにでもありそうな答えを言われた。ひよちゃんには、ガミガミ言いたくないのだが、つい余計なことまで、「だいたいね、まで言いたくなるんでしょ」と、言われたがそうなのだ。自分はこうして欲しい I メッセージでしゃべりたくても、見るとハッとすることがたくさんあり、どうも、コラ!のようなメッセージが口から出てしまう。ひよちゃんは、目をぎゅっとつぶって、口をへの字にする。さらに言うと、泣き始める。この顔がたまらないので、なくしたい。どうしてこんな顔するのだろう。私がしてるのか。我慢我慢と思って、目を閉じて黙る。あぁもうどうして、どうして、どうしてなの!という失意。自分でもどうしようもない腹立ちに対する、憤り。保育園に入れてしまい、離れたほうがひよちゃんにもいいだろうか。ここまで思う時はかなり凹んでる。夫のほうは、心を寄り添う、共鳴することが大切・・・でも、それが嫌なのだ。-----夫への感謝夕食時、ひよちゃんと「おいしいね」と言いながら食べていた*-----*-----*-----*育母書を読み直してページの中にある講演会に来てくれた方のアンケートから、 育児は育自、少しも育たない自分、人間として大きく成長し、 何があってもニコニコしていられる母へと育てない自分が、 ほとほとイヤになっていました。 子どもは一週間、二週間で成長するのに、情けない自分、そうおっしゃるお母様の話が載っている。著者の浜さんは、 「育児をこんなに難しくしたのは誰なのか」。 子どもにとっては、「母」という、 それだけで十分にかけがえのない存在です。 「誰に教えられずとも無心に親を求めてくる、 我が子の心の 豊かさに素直に驚く気持ちを持って育児をしてほしい」という 思いです。子どもはみんな愛されたがって生まれてきます。そ して目の前の、あるがままのお母さんを愛するセンサーを持っ て生まれてきます。ですから「お母さんは、自分を責める暇が あったら、子どもをほめなさい」「育児は育自」これは素晴らしい言葉だろうけど、子どもが生まれた、1,2年ですぐに成長できるなら、双方にありがたいことだ。子を持ったら、日々成長しないと価値がないのだろうか。あるがままでいいに、あぐらをかいてはいけないけど、自分を責める考えが浮かんだら、子どもと遊んだりほめることにしてみよう。
2003年07月01日
コメント(8)
全2件 (2件中 1-2件目)
1


![]()