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ホント久々です!!9月まで仕事を2つ掛け持ちすることになり、バタバタとした日が続き針仕事からずいぶん遠ざかっていました。10月も前半は学校行事やお花の展覧会といろいろ忙しかったもので、全然お針の時間を作れませんでしたが、むずむずとなにか作りたくなって2、3日前から型紙や道具箱を出してきました。昨日と今日のお休みは何も予定が入らず、昨日は家の片づけをして、今日は朝からフェルトケーキ作りを・・・。まず、午前中に1こができあがりました!デザインはいつもと同じですが、できあがるととてもうれしいものですね! この後2コ作りました。またアップします。
2009.10.23
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ニュースで流星群がやってくると知り、昨晩というより今日の12時過ぎベランダにでて星空観察をしました。すっごくわかりやすいオリオン座のある東の方角を見ていました。晴れた夜空だったので、いつもより星が良く見えます。10分もするうちに目が慣れていました。より星が多く見えます。しかも時々ちいさな瞬きのように見える光もあります。キラキラ~~~小4三男はぐっすりおやすみ、長男はあまり関心なさそう~~~次男と毛布を出してきて頭からかぶり、じっと目を凝らしていると・・・ すぅっーーーーーー 流れ星が見えました。次男と同時に同じ方角を指差して、「あっ!!あそこ!!」って!!20分くらいの間に3個見つけることが出来ました。願い事・・・言えませんでした。 見とれているまに消えちゃいますね。今日も見ることが出来るようなので、今夜は願い事3回いえるといいなぁ~~~。。。
2009.10.21
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小さいころから ホヤヤン君とあだ名して、ホヤヤ~~ンとのんびりすごしてきた長男が中3である。高校入試が迫ってきた。本人の希望は・・・「卓球部のある高校」・・・と、またもやとぼけたことを言っている。それがまた中2までは悪からず、良からずのふつうの成績だったので、「これがこの子の成績なんだ」と、思っていた。良いに越したことはないのだが、いかんせん私の息子、そんなに出来るわけがないので私もせかすことなく長男のマイペースでやらせていた。塾は数学と英語だけは落ちこぼれたら取り返しがつかないと近所の個人塾に中1から行かせている。数学は本人も好きなようなので、どちらかというといいほうなで安心していたが、英語がジェットコースターのように上がり下がりがあるので油断できない。ほかの国・社・理は・・・・である。そんなわけで、復習の意味もこめて夏だけ駅前にある塾へ夏期講習へ行かせたのだが、終了後の模擬試験が予想以上に悪く、しかもクラス分けテストで受けたよりも遥かに下回る結果となった。夏期講習前のクラス分けのテストでは、ここくらいかな?と思っていたより1ランク上の高校ラインと出ていたのに、講習後は希望より1ランクいや2ランクくらい下がっている。後がないくらいだ。 なんやの??? 5万円返せ!!!!! である。成績が上がればこちらに移るか、国・社・理だけでも行かせることも考えていたけれど、却下である。本人も、「数学と英語はいつものおばちゃん(60才くらい)先生のほうがわかりやすいし、とき方も数種類教えてくれて、もう駅前塾には行かない」と言った。本人はもう他力本願では希望はかなわないことに気づいたようなので、「受験生なんだ」と自覚するための授業料だったと私も思うことにした。長男もだけれど・・・私も受験生の母としてはじめての高校受験、わからないことだらけである。あ~~またもや 親子共々ほやや~~んとしているうちに受験が終わってるんだろうなぁ~~~。。。
2009.10.21
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9月のことですが、今頃更新!毎年恒例の子どもたちが習っている、書道教室が出展する書道展がありました。課題を書いて出して、大阪市美術館に張り出します。このとき各自作品に金賞・銀賞~~秀作とか賞が付きます。その上には文部大臣賞とか書院賞とか大阪市長賞とか特別賞もありますが、なんと今回!! 長男が高槻市教育委員会賞となる特別賞を受賞することが出来ました。中2になって少し書道が面白くなってきたと、まじめに通うようになり、中3になって受験勉強でやめる子もいるなかこれだけは続けると、やけに頑張っていました。この作品を書くときも塾の夏期講習会のさなか時間をやりくりして、出展の期限にまにあわせていました。時間がなくて、やり直しが利かないからと自分でもいつもと違った集中力で書いたそうです。一生懸命やったご褒美がやって来て、本人は大喜び!!先生も大変ほめてくださり、表彰式のあるパーティ(お食事会)に連れて行ってくれました。そしてその帰りには、ロフトによってプレゼントまで買ってもらうご褒美付きで本人はご満悦のようです。クラブの卓球もなかなかいい成績にも恵まれず、中学時代になにか自分の頑張ったという証拠みたいなものがほしかったと思います。書道で、少し自分に自信もついたみたいです。このまま、高校入試も頑張ってくれるといいのですがね。。。
2009.10.20
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昨晩、久しぶりに小学校のからの友達、リエちゃんから同窓会のお知らせの電話がありました。「小学校の学年全体の同窓会を○川さんが主催して開くそうだけど、『みんな住所とかわからないから、知っている人に伝えて』って連絡があったから電話したの」とのこと。 こんな大まかな連絡で、学年全体の同窓会を開くなんて???やね~~。 ここしばらく忙しいので行くつもりはないけど、連絡をもらえば「みんなどうしているかな?」って懐かしさが湧いてきます。だけどこんな連絡はちょっと気味が悪くも感じます。 普段連絡を取り合ってる、同じく小学校からの友達はっちゃんに後からメールをしましたが、「そんな連絡こっちは、ないよ~~」って! どんな学年全体の同窓会を開くつもりなのかしら? 電話のリエちゃんと長話し・・・。その中で同級生のヨウコちゃんの死を知りました。ヨウコちゃんは早くに結婚して何年も全然会わないままでした。だけど、先日も実家に帰り、近所のスーパーに出かけて、その子の家の前を通りかかり「ヨウコちゃん元気かな?」って思っていたとこでした。それより前に亡くなっていたそうです。ヨウコちゃんはとっても元気な明るい子。中学生の時はちょっとワルイ友達とも付き合っていた時もありましたが、くそまじめな私にもいつも小学校のときのままずっと接してきました。私もヨウコちゃんとは全然普通に話をしていました。ある昼休み、陽子ちゃんが話しかけてきました。 「○ちゃん(わたしに)、いつもまじめで頑張ってるけど、3年生やしちょとはお洒落も気に掛けないと・・・」って、陽子ちゃんはスカートはその時の不良ちゃんのシンボル超長め、セーラー服のリボンは変わり結び。くそまじめルック、といより全然服装を構わない私はスカートは膝下10cm、リボンは規定通り、と言うか変わり結びの仕方が分からなかった。陽子ちゃんは私のリボンをとって、真ん中で1つ結び目を作ってリボンの長さを短くしました。そしていつもは縦に結び目を作るリボンをクルクルって横に結び目を作って変わり結びをしてくれました。だけど、「○ちゃんにはこれはダメよね。」って縦の結び目だけど、その結び目を小さくくくり、周りのリボンをまわるく広げて結んでくれました。そしてポケットから櫛と鏡をを出して、ボサボサのおかっぱあたまに櫛を入れて、横の髪を流れるようにとかしてくれました。「これくらいのお洒落は楽しまないと!」って、ニコニコして行ってしまいました。お昼休みでめずらしく二人っきりで長く話したと思います。私は反対に説教臭いことを言ったかもしれません。他に話した内容は忘れてしまいましたが、このときのニコニコ顔を今でもふっと思い出すことがあります。今も私の心の中にはあのときの陽子ちゃんの笑顔が浮かびます。リエちゃんも他の人から聞いたそうですが、数年闘病生活を送られて最期はあの笑顔の面影がなかったそうです。まだまだこれからなのに、思い残すことがいっぱいあったと思うと同い年の死に、心がとっても痛みます。陽子ちゃんのご冥福をお祈り致します。
2009.10.18
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文化祭は長男は今年は唄がヘタなのにコーラスの指導リーダーになったり、ダンスのチームに入って練習にと忙しくしていました。ミュージカル「マンマ・ミーヤ」の舞台を観て、ダンスは上手じゃなかったですが、一生懸命楽しそうにやっていたので、中学最後の思い出になったと思います。次男は、普段おとなしい雰囲気を醸し出しているのですが、ミュージカルのキャスト(セリフがある)に応募して、準主役をやる事になりました。昨年劇団四季のオペラ座の怪人を観てから、男子がミュージカルをやるのも「カッコイイ」と思ったみたいで、挑戦してみようとキャストに応募しました。そう言うものの最初は「1ことセリフを言えればいいなァ~」くらいに思っていたようですが、他にだれも「仙人のおじいさん」をやりたがる子がいなくて、先生に勧められてやる決心をしたようです。ストーリーは国語の先生のオリジナル脚本で、ミュージカル女優をめざしている女の子が、目標を失い悩んでいるところに「仙人のおじいさん」が現れて、呪文によっていろんな国へ行って、その国の唄やダンスに触れて、自信を取り戻す。といった内容です。この「仙人のおじいさん」になったのですが、おじいさんなので次男のようにおとなしそうにモゴモゴと話す様子が合っていて、いくつかの場面で長いセリフもあったのに、頑張って演じていました。家ではセリフの練習もせずひょうひょうとしていましたが、文化祭が終わり家に戻った次男は「今までの人生で1番大きな試練を越えた気分」と言っていたので、プレッシャーもあったようです。次男自身もなにかをやり遂げる自信がついて、よかったです。
2009.10.15
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本日は中学校の体育祭でした!とってもいいお天気に恵まれて、楽しい一日でした。長男次男の通う中学は文化祭と体育祭を約1ヶ月の間に開催します。文化祭は学年全体でコーラスやミュージカル、体育祭はクラス別の縦割りで得点が入り勝敗が決まります。この時期勉強&クラブそっちのけで、みんな練習や準備に没頭するのですが、今年はインフルエンザ流行のため練習時間がとれなかったり、体育祭の応援合戦が取りやめになり少し可哀想な所もありましたが、それでもウチの2兄弟はいきいきと参加してガンバっていました。 長男次男は共に1組、次男の綱引きに長男が応援の団旗を振ります。長男は80mでみごと1着!! 次男はクラス対抗リレーにでました。次男のクラスの成績は振りませんでしたが、次男は結構早く走れて、本人は満足の様子でした。私もPTA参加の玉入れに出場、自分の子どものチームに入るので今年は迷うことなく1組に登録!124個も入れて1位になりました。3年1組のお母さんたち、仲良しさんが多かったので一致団結!!一緒にでた子どもたちが「おばちゃんたち凄い迫力で怖かった」と後から言ってたそうです。
2009.10.15
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これは本当は12日のことです。3日間の花展もおわり、撤収です。撤収や車の積み込みは出展した人たちでしたのすが、結局先生の家で荷物を降ろすのは私が付いていくことになりました。弟子のなかで年齢の高い人たちは、大勢が出展する方がいいだろうと先生の顔を立てて出展したみたいです。だから、先生が花器や花材の手配や荷物の積み込みをしても当たり前のように思っているみたいです。昨日のDさんはお花が好きなので実は結構動いていますが、あのように面白い行動を取ることがあるので、お片づけは先生の方から遠慮しています。歳も先生と近いし・・・。神戸のお教室の人は遠いので仕方ないとして、お花を習っているなかで真剣にやっているのはDさんと私だけと思います。だから、みんなは先生が小原流の中でも偉い先生だとかもよく分かってないと思います。私は昔別の教室にも行っていたので、小原流の成り立ちや組織なども少しは分かっているので、叱られながらも先生を尊敬していますし、先生についてこれからも勉強していこうと思っているので、お手伝いも勉強のひとつと思うところです。帰るときにY先生がウチのS先生にこのようなお話をしていました。Y先生:「S先生、わたし明日から別の花展の準備に行きます。 明日からは叱られてばっかりでしょうね。だけど叱られるのも勉強ですよね」S先生:「手伝いに行って叱られるなんて、かわいそうにね。まぁ勉強と思ってガンバリなさいよ」偉い先生がたの出展される花展が来週あります。ウチの先生も出展されます。きっと、Y先生はこの言葉は私に掛けてくれた言葉だと思います。修行の身はこういうものだと。先生の家で荷物を降ろしたり、持って帰ったお花を水につけて帰ろうとしたら、差し入れのお菓子を持たせてくれて、家まで車で送ってくれました。こういった心遣いが出来る人だから、名誉幹部にまでなれたんでしょうね。そして、74歳のお年でそれぞれの花展の構成を考えて準備して、車に荷物を積んで神戸に京都に走り回るバイタリティも持ち合わせないと、その道の人にはなれないと改めて思いました。すべて勉強ですね。今回の花展の1角に、小学生の作品が並べられました。一緒に観て回った時に、「あなたも、初めは小学生の指導から始めなさいよ。早く生徒見つけて来なさいよ。」って言ってくれました。 「夢」かな?
2009.10.11
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花展の当日を迎えました。一晩寝て気持ちは取り戻しました。だけど、しんどい疲れがどっと出てます。今日の夜はラグビーママの飲み会があるし・・・だけどしんどいからやめようかな・・・予約が入っているし、お金だけ持っていかないといけないかなぁ~~。夕方、お花の水を替えに行ってそれから、デパート近くのお店に寄ってみんなの顔を見てお金を置いて帰ろう。そして夕方会場へ、意外と1日経っている割には私のお花は水揚げがよくきれいなままでした。それよりか、落ち着いた感じになっていていい感じです。私の気持ちが落ち着いたのかもしれませんが・・・。そこへ先生「いいところに来たわ~~~。お客さんが帰ったら、わたしAさんのお花が気になるから生け直します。だからBさんの花は悪いとこ取って生けなおしてお水替えてね~~~。Cさんのもお願いね~~~。Dさんは明日朝ご自身で生け直しされるからお水だけ足してね~~~。」「それから、あなたのもみどりとピンクの割合を変えた方がいいから直しなさいよ」それって、自分の分だけで帰ろうとした私の考えが甘かった訳ですね。Aさんは神戸の教室のお弟子さんで私の1つ下の級です。歳も同じくらいですが、歯医者さんの奥様です。この方には30万円のバカラの花瓶を貸しています。いや~~~私に貸してもし?割ってもどうしようも出来ません。(先生は「気にしなくてよ」っていいますが)Aさんが使うのが妥当でしょう。この場合、主題はバカラを美しく見せるためのお花が課題でしょうね。先生の力が入っていますね。神戸からAさんが手入れに来れないので、先生ご自身生け直しをされます。バカラ借りなくてよかったです。しんどい思いをしても自分でいけられてよかったです。昨日Aさんはモノ足りない感じがあるといいながら、帰られました。BさんCさんは歳は私よりうえですが、級は下の方です。1日経ってお花が傾いてきたので私がお直しをすることになりました。Dさんは大先輩、お花の級も上で歳も私の母と同じですが、ちょっと芸術家肌って言うんですか?天然っていうんですか?先生が全面的に任せられない人です。この方が間に入ってくれればスムーズに行くのでしょうが、昨日のいけ込みも、他の方の置いてあるお花バンバン踏んづけちゃって、Aさんと二人で顔を見合わせるようなこともあるひとです。だけど、この方のお花、わたし大好きです。 先生と衝突しながらもご自身のお花を生けていて、素晴らしいです。Dさんくらいになると、先生と違った考えも有りと思います。その点を先生も認めつつも、困っているところもあるんでしょうね。って、そんなこんなをしているウチに9時に・・・。飲み会の会場へ・・・できあがったお母ちゃんたちの元へ。結局お金を払わず、しかし、しっかり残りモノをガツガツ食べて11時までおしゃべりして帰りました。 撮り方が悪くてのっぺりですね。 会場 イメージデザイン 前回の花展(改めて観てみると先生はこんな感じが好きみたいですね)
2009.10.10
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今日のいけ込みは、下々の会員は12時30分集合。私が先生から言われた11時前の会場は、会場を仕切られる役員やお歴々の先生がたが並ぶなか(ほとんど60歳以上いや70歳以上と申しましょうか)、下々のしもの端っこの私がうろうろすることが場違いの場面でした。 冷や汗たらたら・・・お弟子さんを連れているのはうちの先生だけでしたから、まあ「わたしには早くから来てくれる弟子がいるのよ」って感じでしょうか? ちなみに、私の先生も74歳で本部でも名誉幹部のものすご~~~くえら~~~~い先生です。しかし場違いながら、本部の偉い先生やほかの先生がたにも紹介してもらったので、役得かもしれません。 本部からこられた新進気鋭のY先生、私より5~6歳もお若いけれど、今後幹部になっていかれるホープだそうです。 そしてI先生(私より10歳くらい上)、この方は知らなかったのですが住所はご近所、私の先生とは仲良しさんのようです。この先生も今後幹部になっていかれるのでしょうね。そして・・・怒涛のいけ込み開始!!いつもとは違い、花材も豪華で種類も多く、お稽古のように入れるわけもなくまして先生のウン万円の花器を借りての花の生けこみ、気合が入ります。 このウン万円の花器の存在が重要になってきます。しかし、届いたお花が数週間前に先生と打ち合わせしていたお花とずいぶん様子が違い、イメージしていたデザインにあいません。このイメージとは先生のイメージと同じにならなくてはいけません。先生の頭の中にあるデザインとです。小原流の流派の花型を重視しながら自由にいけていくいけ方でいける予定。私はそのイメージを想像し、創造しなくてはいけません。開始後の会場は怒涛です。50名ほどの人がお花や花器、はさみ、バケツに水差し、石油シュポシュポ(花瓶の水を調整するのに便利)などなどが 散乱しお花を生けていきます。私の先生は、他のお弟子さんの指導に行かなければならず、「あなたは自分で考えていけておいて!!」言葉だけ投げて去ってゆかれました。まずは、仮置きでガラスの水盤に花材を並べてみました。そこへ先生が通り過ぎ「NG」だけが聞こえました。ががーーーーん!! 打ち合わせはこんな感じじゃぁなかったですか??次のデザインを・・・ムリ、ムリ先生の頭の中なんて分かりっこないです。悩んでいるところに本部のY先生を私の先生がつれてきて、「若い先生に指導してもらういい機会よ」って教えを仰ぐことになり、先生は去って行きました。Y先生:「あなたはどういけたいの?」私:「自由花はまだ自信がありませんので、『まわるかたち』にいけてみたいです。」 そうです。決まった「かたち」からならイメージがわきます。そしてY先生のアドバイスでいけ始めました・・・・ Y先生のアドバイスのなかには、 何を主張したいのか? 花屋さんが持ってきた花材を、花屋さんがどのように使ってほしいか考えること。 もありました。そこへ私の先生:「花型決めずに、自由花でいけてほしいわぁ~~~」ってだけ言って、去ってゆかれました。もう私パニックです!!! どっち!!どっち!! こんな時どっちのいけ方を優先???周りはみんなどんどんいけて行ってるのに、みんなより何時間も前から行ってるわたしはただぼーーーぜんと水盤と花材を見つめていました。そこへ手が止まった私にI先生が気付いてくれて、話を聞いてくれました。I先生は私の先生に私の思うとおりにさせてもらうように頼んであげるっても言ってくれましたが、話を聞いてもらっているウチに気持ちが落ち着いてきて、やはり自分の先生の意見を重視する決心がつき、I先生に間に入ってもらって、Y先生に謝りに行きました。さすがY先生は、名誉幹部の私の先生への立場を分かってくれました。(きっと気分を悪くしてるとは思いますが)そうです。何を主張するのか??先生が貸してくれた水盤をどう美しく見せるのか?先生の家で切ってきた柳をどう使うのか?ここなんです。今日の主題はこれだったのです。忘れてました。これを忘れなければ自由でいいのです。私の思う「まわるかたち」では水盤を埋めてしまい、先生の花器が隠れてしまうし、先生の家から持ってきた花材を使うことができません。スッキリしました。腹をくくりました。ここからは時々投げかける先生の言葉を集めて、どんどんいけることが出来ました。そして先生の手直しを・・・ざっくり、ぐっさり手直しされました。 って!!??一番最初に仮置きした花の位置でOKでした。 がっくし・・・私の4時間返して~~~~しかも、「こんなに柳を使っても、1本さら~~~って流しておけばいいのよ。」と、風のように流れる感じと5本いれた柳を抜かれる始末。しか===し!!他の人が見に来たとき「先生、なんだか折角の柳が1本なんて寂しいですよね。」の一言に「そうね寂しいわね。あと2本足しときなさい」って、私の意見は全否定ですか!!!!またもや、がっくし・・・・。しかも私のお花代1万円・・・・他のお弟子さんより格別高い請求書がやってきました。全身の力が抜けて、抜け殻のような私です。。。だけど、私はまだこれでよかったのでした。他の人は先生が付きっきりだったので、自分の考えは全然なしのようでした。私には先生のイメージを考える時間があったのが、勉強の時間だったのかもしれません。こんなに書くと、非情な先生のようですが、先生もご自身の大作をいけながら、他の弟子の指導に会場の設営と普段に比べてピリピリしておられたのですから、仕方がないことだったと思います。帰る時には「むずかしいことを、乗り越えましたね。だけど、私のイメージがまだまだ伝わらなかったのかな」のお声。這うように帰りました。
2009.10.09
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昨日の「明日のお花の養生は私がするから、家に来なくてもいいわよ」の言葉を真に受けたバカな私・・・。今日(木曜)午後5時まえに電話 私、晩ご飯の支度を仕掛けてました。先生:「ほかの人のお花の養生をしていたら遅くなっちゃって・・・あなたの分は自分でしてほいの、今から来てちょうだい」行きましたよ。先生のおうちは10分くらいですから・・・・先生のお宅のお庭は大きくていろんな木や花が植わっておられます。それを切って花材にする予定。お花屋さんにも注文はしています。先生が貸してくださる花器に合わせたお花が届く予定です。先生:「使うかどうかわからないけど、お花屋さんのお花が足りないときのために・・・」って言いながらも、何週間もまえから「この柳の枝いいわよね~~~。今度使いなさいよ。」とご自慢の柳の枝の剪定です。だから、最初から木曜に切りに行く予定にしてました。午前か午後、子どもが学校にうちに・・・。この日も夕方7時くらいに帰宅・・・。あわてて晩御飯を作りました。そして、明日のいけ込み当日、先生がたお役員は朝から準備にかかられていますが、私たち下々は12時30分集合のはず・・・。なぜか?うちの社中(お教室)から出展する6名のうち私だけが11時に召集。「手伝ってほしいことがあるから」って、まあ、あてにしてくれているんだから頑張りましょう・・・。
2009.10.08
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朝方、ごうごうと台風が通過する音を聞いていました。7時までに暴風警報が解除なら、普通通りの登校。9時までに解除にならなければ、休校。いつもより早起きして、子どもたちはテレビやインターネットの台風情報を見入ってました。風も静かになり、時より空も明るくなってきたので、「解除」かも?と思っていた8時40分に「解除」のテロップ!!慌ただしく準備が始まりました。学校に行きたかった三男はいつでも飛び出せるようにランドセルを背負ったままテレビを観ていたので、そのまま友達を呼びに飛び出していきました。中学校はお弁当がいるので、作っておいたおかずを慌てて詰めて登校。その後、なんと吹き返しの風が再び吹き出してきてビックリ!!家の前に出て様子を見ていると、近所の1年生が傘を差して登校中を見かけ声をかけて傘をたたんでやり、「このまま学校に行くように」と送り出しました。かわいい1年生だったら吹き飛ばされそうでしたよ。久しぶりに今日は何も予定のなく、ゆっくり片付けをしてお昼の間にブログが書けるなんてうれしいよぉ~~。今まで書けなかった事をさかのぼって、書いていくぞ!!
2009.10.08
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フェルトは全く手が止まっていますが、お花だけは頑張っています。 まとめて13日に書いているので、時間経過がおかしいこともあります。2つ向こうの駅のデパートの催し会場をお借りした支部の花展に出展しました。大きな花展に参加は久しぶりだったので楽しみにしていたのですが、またまた渦(?)に巻き込まれ大忙しの6日間でした。まず・・・いけ込みは金曜の午後ですが、水曜から仕事が休みだったので先生に「何かお手伝いがあったら言ってください。」と言ったのが運のつき・・・・先生:「水曜日に花器の搬入をするときは連絡します。デパートに確認をするから待っていて」そして今日(水曜)2時すぎに急に先生: 「デパートで待っているのに、どうして来てくれないの??」 と少しご機嫌斜めのお声の電話わたし:「搬入できるならご連絡いただけると聞いていましたので、家で待っていました。」先生:すんなり優しい声に変わり「そうだったかしら? まあ来てちょうだい」私、30分で飛んで行きましたよ。先に連絡すればいいかもしれないけど、こっちからせかすわけもいかないし・・・結局、夕方7時過ぎまでお手伝いしました。そして・・・先生: 「明日のお花の養生は私がするから、家に来なくてもいいわよ」 先生も遅くまで手伝わせて悪いと思ってくれたみたいです。明日に続く・・・・・
2009.10.07
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前回は久々の書き込みが積もり積もったグチが前回になり、グチグチ大会になってしまったのが、いっそ全部吐き出しちゃえと、続き・・・。まぁ、結構シビアな職場だったのだが、服装や私語のことや、忙しいときは食事がとれないなんて事は私自信独身時代の職場でもやって来た事だったので、こんな事は数ヶ月で慣れてしまった。規則は守れば反対に楽な部分もあり、リーダーに伝票のめくり方が「自分と違っている」とか、伝票の記入漏れを確認していても「どうしてそんなに仕分けが遅いのか」と四六時中文句を言われたが、ここではここのやり方もあるだろう~~~と次々と他のアルバイトさんがやめていってもせめて1年はここで頑張ろうと、思っていた。だが、女工哀史と言った彼女の変わりのアルバイトさん入ってきてから、我慢していた事がばかばかしくなった。今度の人は50過ぎで、今までバリバリ仕事をしていたけれど、子育ても終わり娘も結婚して孫も出来たので、フルタイムの仕事をやめてアルバイトでここに変わってきたと言う人だった。私と違い、今までも営業事務の仕事をしてきたといっているので、仕事を覚えるのは早くて「さすが」と関心したのだけれど、リーダーのこの人への扱いが今までのアルバイトたちと全然違うところにビックリした。私語禁止のこの職場でこの人もちょっとした質問を私にしてくる。私も聞かれたコード番号とか答えてしまう。無視するのは嫌だもの。そうすると、後からリーダーがやって来て「新しいアルバイトさんから質問されても返事をするな」と私に言う。それは、新しいアルバイトさんに言ってよね。ここはそう言うところだと。服装もGパンではないけれど、彼女の綿パンに靴下、ウォーキングシューズがOKなのである。伝票を右手でめくろうと左手でめくろうと、注意はするが変えなくてもその後は言わない。伝票の処理の時間もゆっくりであろうとせかしはしない、その分を私やもう一人の以前からいるベテランさんに回ったこともある。自分より年上で遠慮もあるだろう、「即戦力」を買っているのはわかるけれど、あまりの違いにビックリするし、折角なれて注意がなくなってきたのにまたもやこの人の分の注意まで私が引き受けるのは腹が立ってきた。私の前にいた人もわたし以上に細々と言われていたと、ベテランさんが教えてなぐさめてくれていたが、言いやすい人間に忙しさのはけ口で当たっていたのにすぎないと思うとばかばかしくなってしまった。現に、私に仕事を任せられないのだったら、いくら人手がなくても何百万何千万円もの高額の伝票など作らせる訳もないと思う。他の社員さんも長くいる人に限って、連絡事項を伝えても人の顔も見ずただ小さくうなずくだけだった。伝わったのかどうだか全然分からない状態だ。きっと親切な返事をして無駄口を叩いていると周りに思われたくないからだろう。とても寂しい職場である。お弁当の時間などはどの人も、やさしくはなしをしてくれた。リーダーも私と同い年位なので若い他の社員さんと話すより、アルバイトの私と話す方が話は合っていたと思う。みんなをこう頑なにしてしまう雰囲気がどうも好きにはなれなかった。新しく入ったアルバイトさんにも困ってしまった。子育てしながらフルタイムで仕事をしてきた自分の誇りもあるのだろう、いつも私に「どうしてもっと働かないのか?」ばかり質問をしてくる。それもうっとうしかった。人それぞれ生活の事情も違うのである。お金はいくらあってもいいだろう、必要ならば働きもしよう。だけどお金だけではない、夫や家族の協力や理解も必要だ。夫の体調が悪く残業代が減って、塾の費用の足しや自分のお小遣いの分が必要になったのでアルバイトを始めたのだが、この体調の悪い夫を見守らなければならない。夫もそれを望んでいると思う。困窮していればいくら夫が体調が悪くても夫を説き伏せて私が出なければならないが、私が出て夫に負担をかける方がウチの家では問題がある。このうっとうしい質問にも嫌気がさして、別の所を探そうと履歴書を出して仕事2が受かったのだ。現に、今年に入って夫の体調が戻ってきたそのお陰で、仕事1の引き延ばしにも応じることが出来たのだが。そんなこんなで、やめてしまった職場の話はもうやめよう。仕事2・・・ここのことは辞めても書けないなぁ~~~。近くなので波風立ちそうだモノ。。。
2009.10.04
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