Bar UK Official HP & Blog(酒とPianoとエトセトラ)since 2004.11.

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2022/02/09
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カテゴリ: ITTETSU GALLERY
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 ITTETSU GALLERY:もう一つの成田一徹(461)~(480)

 バー・シーンを描いた切り絵で有名な成田一徹(1949~2012)ですが、実は、バー以外をテーマにした幅広いジャンルの切り絵も、数多く手掛けています。花、鳥、動物、職人の仕事、街の風景、庶民の暮らし、歴史、時代物(江戸情緒など)、歴史上の人物、伝統行事・習俗、生まれ故郷の神戸、小説やエッセイの挿絵、切り絵教則本のためのお手本等々。

 今回、バー・シーンとは一味違った「一徹アート」の魅力を、一人でも多くの皆さんに知ってもらいたいと願って、膨大な作品群のなかから、厳選した逸品を1点ずつ紹介していこうと思います(※一部、バー関係をテーマにした作品も含まれますが、ご了承ください)。
※故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします。




(461)カズ(三浦知良)  1994年
 ※言わずとしれたプロサッカー選手・カズこと、三浦知良(1967~)である。スポーツライター李春成氏による連載エッセイ「ニュース場外乱闘」(1993~94年、隔週刊「SPA」=扶桑社刊=誌上)の第32回(94年11月)のための挿絵として制作された。
 カズは54歳の今も現役(現在は、JFLの鈴鹿ポイントゲッターズ所属)。94年当時、27歳のカズはJリーグから飛び出して、イタリアのセリエA「ジェノア」でプレーしていた。今でこそ海外の一流クラブで沢山の日本人選手が活躍しているが、その先駆者でもあった。それにしても、54歳の今も、現役であり続けるカズには(好きな選手という訳でもないのだが)ほんと敬服してしまう。ぜひ、還暦まで現役で頑張ってほしいぞ。
 なお、実際に誌面で使用された作品は上の絵。下が「一人のカズ」を描いた元絵。誌面の作品はおそらく元絵をもとに加工されたのであろう。





(462)雪の中のカクテルグラス  2000年
 ※文芸評論家・清水良典氏のエッセイ「ポケットに栞(しおり)」のための挿絵。遠近法を利用した5個のグラスの配置が絶妙である。清水氏の月1回のエッセイの連載期間は約3年(2000年~2003年)に渡ったが、一徹氏は毎回、「グラス+何かのモチーフ」という構図の切り絵を提供した(この原画は残っていないため、発表時の紙面からスキャニングしました。画質が粗い点、何卒ご容赦ください)。





(463)酔芙蓉(すいふよう)  2006年
 ※毎日新聞夕刊で連載された「もういちど男と女」(筆者は編集委員の梶川伸氏)の第24回「仲間」(2006年9月9日付)の挿絵として制作された。「酔芙蓉」というアオイ科の花の絵である。
 お遍路仲間が、病(脳腫瘍)に倒れた同行女性のことを振り返る話。女性は酒好きで、珍しい酒を持参しては、遍路の宿でみんなで酌み交わした。飲むと頬を染めることから、「酔芙蓉」というあだ名をつけられていた。入院中、女性は「(手術の影響か)漢字を忘れることが多くなった」と話していたという。葬儀には遍路仲間たちが参列した。その日、女性の義妹から見せられたのは、亡くなる直前、仲間たちのために残した別れのメッセージ。文末には「酔芙よう」との署名が記されていた-ーという。
 「芙蓉」はアオイ科フヨウ属の落葉低木。中国、台湾、日本の沖縄、九州・四国に自生し、観賞用にも栽培される。朝咲いて夕方にはしぼむ1日花で、長期間にわたって毎日次々と開花する。「酔芙蓉」は、朝咲き始めたとき花弁は白いが、時間がたつにつれてピンクに変色する八重咲きの変種であり、色が変わるさまを酔って顔が赤くなることに例えて、この名が付いたと伝わる。





(464)ANCHOR(錨)という名のバー  1990年代後半
 ※BAR ANCHORというこのカラーの切り絵は、オリジナル・ポストカードとして制作された。ただし、「ANCHOR」という名前の酒場は、サンデー毎日での自身の連載エッセイ「一徹くんの切り絵ッセイ」(1990年~91年)の挿絵として一度切り絵にしており(下の画像ご参照)、後年のこのカラー作品に発展してのだろう。












(465)サンデー毎日のルポルタージュのための挿絵  1989年
 ※一徹氏はサラリーマン時代から、毎日新聞の兵庫版で時々切り絵による挿絵を担当していた縁もあって、プロデビュー後も毎日新聞社系の週刊誌「サンデー毎日」からたびたび仕事を依頼されるようになった。
 この作品もそんな一枚。ただし、依頼されたテーマは重苦しくて、1988年に東京で起きた女子高校生監禁殺害・コンクリート詰め事件についてのルポルタージュ(新シリーズ「家族」)に付ける挿絵だった。容疑者の18歳少年がどのように犯罪者に転落していったのかに記者が迫る記事。黒っぽい暗いトーンや黒白を逆転させたような図柄は、この凄惨な事件を表現するための一徹氏なりの工夫だったのだろう(原画は残っていないため、当時の誌面からのスキャニングです。画質が粗いのはご容赦ください)。











(466)「介護あの目この目」のための挿絵<上>  2000~2001年
 ※2000年から翌年にかけて、一徹氏は共同通信配信の連載記事「介護あの目この目」(掲載紙によっては「介護ざっくばらん」というタイトルに)のための挿絵を担当した(筆者は複数の専門家。記事は全国各地の地方紙に掲載された)。この連載で以前紹介した「器」をモチーフにした一連の切り絵作品がそれだった。今回の一連の花の絵も「介護あの目この目」のために制作したもの。選りすぐった8枚を、2回に分けて紹介したい(当時の紙面をスキャニングしたため、画質が粗いのはご容赦願いたい)。











(467)「介護あの目この目」のための挿絵<下>  2000~2001年
 ※昨日に続き、共同通信配信の連載記事「介護あの目この目」(筆者は複数の専門家。記事は全国各地の地方紙に掲載された)のための制作された花の挿絵を紹介する(当時の紙面をスキャニングしたため、画質が粗いのはご容赦願いたい)。





(468)「ファレルズ」という酒場  1995年
 ※ノンフィクションライター・伊藤精介氏(故人)の連載エッセイ「今宵どこかのBARで」(1995年~97年、隔週刊「スーパー・ジャンプ」誌上)の第8回のための挿絵。
 「ファレルズ」というのはニューヨーク・ブルックリンに実在する酒場。作家・ピート・ハミルが愛したバーだ。ハミル自身に勧められてこの酒場を訪れた伊藤氏。日曜日の昼下がりというのに、店内は「いい歳をした大人たち」で、ほぼ満杯状態だった。
 居合わせた客から伊藤氏は、「ハミルは昔、『女人禁制』だったこの酒場に、禁を破って男装させた女性を連れてきんだよ」という逸話を聞かされる。そして、その女性が女優のシャーリーン・マクレーンだったという驚きでエッセイは締めくくられている。
 バー空間(酒場)には、こんな出会いが待っているからこそ面白い。人と人が肌感覚で触れ合えないオンライン飲み会なんて、くそくらえ!と思う。





(469)葛根湯(かっこんとう)  2005年
 ※落語家・九代目桂文楽さん(1938~)の連載エッセイ「四角い顔deまぁーるいイキ噺」(2005年~07年、「週刊実話」誌上)の第27回のために制作された挿絵。かの有名な風邪薬「葛根湯」の切り絵である。文楽さんが奥様の難病との闘いに触れた中で、主治医と一緒にあるテレビ番組に出演した際のエピソードを紹介する。
 奥様の治療に効いた薬について、事前に主治医からは「万人に効く薬ではないので、(番組内で)薬の名前は絶対言わないように」とクギをさされていた。しかし、それを知らぬ司会者が、「で、何の薬が効いたんですか?」と尋ねてきた。咄嗟に文楽さん、「先生、あれは葛根湯が効いたんですよね?」とごまかした。ところが、番組のスポンサーは別の製薬会社だったから、本番終了後、番組関係者からクレームが付いたというオチが…。
 まぁ、それはともかく、奥様の難病はその後ほぼほぼ完治されたそうで、何よりである。





(470)私の愛用品  1995年頃
 ※帽子と腕時計と眼鏡が置かれている静物画のような作品。作家・邱永漢氏(1924~2012)のエッセイ「鮮度のある人生」(月刊「ほんとうの時代」誌連載)の挿絵として制作された。連載は1994~96年の約2年間、計20回続いた。





(471)樋口一葉  2003年
 ※漫画原作者・城アラキ氏の連載エッセイ「男を磨く男のコラム:男包丁」(2002~03年、週刊「漫画ゴラク」=日本文芸社刊=誌上)の第118回「樋口一葉の怨念」のために制作された挿絵。
 樋口一葉(ひぐち いちよう、1872~1896)は、言うまでもなく、日本初の女性職業作家である。東京生まれ。一葉は筆名で本名は奈津。生活に苦しみながら、『たけくらべ』『にごりえ』『十三夜』といった秀作をわずか1年半ほどの間に発表。文壇から絶賛されたが、24歳6ヶ月の若さで肺結核のため夭逝した。「一葉」との筆名は、当時困窮していた事を、一枚の葦の葉の舟に乗って中国へ渡った後、手足を失った(お足が無い)達磨の逸話に引っ掛けたものという。
 この肖像画には、「金をくれ」という不思議なメッセージが添えられている。2003年11月、5千円札と千円札の肖像画のデザインが、それぞれ樋口一葉と野口英世に変更された。筆者の城氏はまず冒頭で「この人選には驚いた」と書く。
 「一葉は、生涯貧乏で、夭逝。お金には死ぬまで苦労した。一方、野口はお金にルーズで、出世主義。どちらもお札の顔になるのがふさわしいかどうか、疑問が残る」と。
 城氏はさらに綴る。「国家が莫大な借金を持っている日本。政府はいずれ『預金封鎖』宣言を目論み、家に眠っている国民のカネを表に出させるつもりではないのか、そして市場に流通した国民のヘソクリやアングラマネーが景気浮揚につながると、政府は踏んでいるはずだ」と。
 もちろん、そんな「宣言」は出なかった。そして20年経っても、国家の借金は今も変わらないどころか、コロナ禍でさらに増え続けている。この2003年の原稿では、「もっと貧しくなれ日本!と、一葉の怨念が言っている」と筆者は締めくくったが、さてこの先、日本の財政は一体どうなるのかなぁ…(そう言えば、お札のデザインも近々また変わるなぁ)
 ちなみに、一徹氏は「メッセージ」抜きの一葉の肖像画も残している(下の画像ご参照)。






(472)浜千鳥  1994年
  ※1993年から94年にかけて、一徹氏は、神保実・東京女子医大教授(当時)の連載エッセイ「医師の目 人の目」のための挿絵を担当した。エッセイ(記事)は共同通信が全国の地方紙に配信(新聞社によっては、「脳外科医の独り言」というタイトルに変更して掲載された)。毎回のテーマは「尊厳死」「くも膜下出血」「運命論者」「バビンスキー反応」「脳腫瘍」など難しいものが多かったが、一徹氏も毎回、あの手この手で工夫した。
 これは第12回の「浜千鳥」というタイトルの回に添えられた挿絵。英語学習においてより自然に聞こえる発音学習法に触れた内容。1933年生まれの神保氏は学生時代、「浜千鳥」と口の中で何度も繰り返して言って、「How much dollar?」という言い回しを覚えたらしい。
 そう言えば、昔、「Glad to meet you」という言い回しは、「柄留町(がらとめちょう)」という地名で覚えればいいと言っていた英会話講師がいた。今は、パソコン上ですぐにネイティブの発音が聴けて、(誤訳は多くても)「AI翻訳ソフト」も普通に使える、とても便利ないい時代。ほんと有難い。













(473)「美術探偵・仙堂耿介」シリーズのための挿絵(5枚)  1990年代後半
 ※一徹氏は、作家・高橋克彦氏の連載小説「美術探偵・仙堂耿介(こうすけ)シリーズ」のための挿絵を3年ほど(1997~99年)担当した。今回はその中からの5枚。小説は江戸時代の美術品の贋作を巡る事件がテーマ。
 一徹氏は毎回、江戸の風俗や文化をモチーフにして、多様な職業に従事する人々を軽妙かつ生き生きと描いた。元絵となったのはおそらく、江戸時代の浮世絵師・鍬形恵斎(1764-1824)による「近世職人尽絵巻」ではないかと想像されるが、一徹氏の切り絵になれば、まったく別の作品のように変貌している。





(474)東郷平八郎  1995年
 ※半藤一利氏(故人)の連載エッセイ「歴史探偵かんじん帳」(1994~95年、毎日新聞日曜版掲載)の挿絵として制作され、「五月の巻(4)」に添えられた作品。
 今時の若い世代からは、東郷 平八郎(1848~1934)って誰?と言われそうだが、1905年(明治38年)の日本海海戦で、当時世界最強と言われたロシアのバルチック艦隊を破った、日本の連合艦隊の司令長官である。この大勝の結果、日本の国際的地位は「五大国」の一員と認められるまでになった。東郷は「東洋のネルソン」と国内外で称されるようになり、国葬に際しては欧米各国からも代表団が参列した。
 しかし、その後の旧帝国海軍や陸軍の末路は皆さんの知る通り。リーダーが愚鈍で、非合理的思考の持ち主が多ければ、その組織はいずれ崩壊するのも歴史の教訓である。
 この回、半藤氏は、日本海海戦の際、旗艦・三笠から発信された有名な電文「敵艦隊見ユトノ警報ニ接シ…」について取り上げている、この電文の最後は「天気晴朗ナレド波高シ」という言葉で終わっているが、いままさに戦わんとしている時に、なぜそんなのんびりとした一文が追記されたのか?
 この最後の「天気晴朗ナレド…」は、その日中央気象台から発信された天気予報の電文にあった表現を、参謀の秋山真之が借用し、その場で書き加えたものという。それには、秋山の隠された意図が働いていた。半藤氏によれば、天気は快方に向かっているが「波が高いので、(当時海軍が得意とした)機雷戦法は使えないぞ」ということを艦隊内に伝えるものだったという。
 しかし結果的に、別の作戦が功を奏し、バルチック艦隊は撃破されたのだから、得てして歴史とはそんなものかもしれないと半藤氏は締めくくっている。





(475)鬼は外 福は内  1990年代後半
 ※一日遅れになってしまったが、一徹氏のよる「節分の豆まき」の絵。ご記憶の方もいらっしゃるかもしれないが、この連載の第95回に登場した1993年の作品(下の画像ご参照)とほぼ同じ構図である。前回は切り絵に手彩色だったが、数年後?につくった今回の作品は、カラー100%の切り絵である。前回のものはおそらくは「習作」で、今回のものが最終形だったのかもしれない。






(476)豆まき  1990年代前半
 ※昨日に続き、一徹氏のよる「節分の豆まき」の絵をもう一枚。こんな作品も残されているので、紹介しておきたい。いずれも自著の切り絵技法書の「作例」として収録されている。





(477)「ポートピア'81」のためのカット絵  1981年  ペン画
 ※プロデビュー前の作品。1981年3月~9月に開催された「神戸ポートアイランド博覧会(ポートピア’81)」のために制作されたペン画である。一徹氏が勤めていた神戸港振興協会の広報誌上で使用された。博覧会は「新しい“海の文化都市”の創造」をメインテーマに掲げ、神戸の人工島ポートアイランドを会場として開催。会場にはユニークなデザイン、未来的なパビリオンが数多く登場して反響を呼び、延べ約1600万人が訪れた。





(478)浅草・並木藪蕎麦  2010年
 ※東京の老舗蕎麦屋の「並木藪蕎麦(なみきやぶそば)」を描いた作品。台東区雷門2丁目にある店は、1913年(大正2年)創業。この絵、何の媒体のために制作したのかはよく分かっていないが、自著の切り絵技法書では「作例」として収録されている。





(479)ディック・ミネ  2008年
 ※この連載で過去5回(ちあきなおみ<第31回>、青江三奈<103回>、松尾和子<131回>、フランク永井<197回>、アイ・ジョージ<347回>)紹介した、ビクターレコードのベスト盤企画CD用につくられた作品。
 ディック・ミネ(1908~1991)は、徳島市出身のジャズ・ブルース・流行歌歌手、ギタリスト、俳優、タレント。訳詞家・編曲家。本名は三根徳一(みね・とくいち)。創成期のテイチクレコードの立役者で、ジャズ・シンガーとして数多くの名演を残し、多くのヒット曲を飛ばした。
 立教大学在学中からジャズに傾倒。ダンスホールのバンドの一員となり、アルバイトで歌も歌い始めた。大学卒業後の1934年、バンドの歌手兼ドラマーとして活動していた頃、淡谷のり子に見出され、レコード歌手の道を歩むことになった。同年創立されたテイチクレコードで「ロマンチック」でデビュー。「ダイナ」では、自ら訳詞と編曲、演奏を担当。カップリング曲の「黒い瞳」とともに大ヒット曲となった。
 その後、いわゆる流行歌のジャンルにも進出したが、従来の純日本調の歌とは一線を画す曲調を得意とした。戦前のヒット曲には「二人は若い」「人生の並木路」「林檎の樹の下で」などがある。戦後も、ジャズの復活とともに流行歌の世界でも活躍を再開し、「夜霧のブルース」「長崎エレジー」「火の接吻」などのヒット曲を生み出した。映画俳優としても活躍し、主に日活作品やミュージカル映画に数多く出演した。1991年6月10日、急性心不全のため死去。





(480)「ポートピア'81」アイ・ビー・エム館のステッカー  1981年
 ※先日の477回に続いて「ポートピア'81」絡みの作品。プロデビュー前の神戸港振興協会職員時代の一徹氏は、この国際博覧会に際して、日本アイ・ビー・エム遣唐使館からステッカー用の切り絵を依頼された。原画自体は行方知らずだが、完成したステッカーは大事に残されていた。一徹氏は、このポートピアでは他にもあれこれと”仕事”をしたらしいが、詳細については伝わっていない。





◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします (著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。

※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、 こちらへ

★過去の総集編ページをご覧になりたい方は、 こちらへ。

【Office Ittetsuからのお願い】成田一徹が残したバー以外のジャンルの切り絵について、近い将来「作品集」の刊行を計画しております。もしこの企画に乗ってくださる出版社がございましたら、arkwez@gmail.com までご連絡ください。


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kopn0822 @ 1929年当時のカポネの年収 (1929年当時) 1ドル=2.5円 10ドル=25円 10…
汪(ワン) @ Re:Bar UK写真日記(74)/3月16日(金)(03/16) お久しぶりです。 お身体は引き続き大切に…

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