2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全33件 (33件中 1-33件目)
1
昨日葉書が届いていたので、夕方に連絡が欲しいと電話を入れておいたのだが、電話が来るには来たのだが生憎と夕飯の準備で部屋を離れていたので電話に出ることが出来なかった。 そこで今朝起きると保険会社に電話を再度入れ直し、担当者を呼び出してみた…昨年の通院費用はあれで全部かと尋ねると驚いたことに全部と言うので問いただしてみると僕が片道で書いた距離が一日の通院距離と考えたとか…。 おまけに実際に通院費用が発生しているのに、毎日実家から通って居るんですか?とか仕事は盛岡方面で働いて居るのでは無いのですか?と在りもしないことを考え出して言ってくる。 昨年、事故の際に求職中の事故で、事故後の通院中と言うことと後遺症が治らないうちは働こうと思えないと言うか働けますか?と逆に尋ねてみるとそうですね…だとよ。 そりゃ仕事内容を限定したら働けない事も無いとは僕だって考えない訳じゃ無いけど、仕事内容を限定して求職出来るとも思えない。 この件は事故から半年経った時に調査員にも話をした内容であるのに、もうすぐ一年に為ろうとしている今になって言わなくとも…と言う感じだ。 結局昨年分は今度医療費の請求が来て支払いをするときに不足分の通院費を振り込みますと言う事になったが不信感を今まで感じずに保険屋と応対してきていたのだが今回の件で不信感を感じ始めてしまった。 これから症状固定>後遺障害診断書作成>後遺障害認定と手続を色々進めなくては為らないのだが、保険屋の応対には疑心暗鬼しながらに為るのかな?と考えると気が重くなってしまう。 朝は普通に起き出したものの寒さに身をすくめベッドの上でゴロゴロしながら過ごし適当な時間を見計らって洗濯&揚げ物を買って置いたので大根と共に炊いて夜の一品に作った。 で、洗濯物を部屋に干した後で近くのコンビニに弁当を買いに出かけ部屋で麦酒を飲みながら弁当を食べて読みかけの本を片手にベッドでゴロゴロ…。 夕方には風呂の掃除を支給等を開始、午前中に作った煮物を温め冷凍庫に買い置きしてあった揚げ物を揚げて食卓に並べ給湯を止めてから部屋にて晩酌開始。 今夜の出来映えは不可でもなければ良でも無かった?。食後はまたしてもベッドでゴロゴロしていると何故か婆がやってきて風呂に入れと言ってきたのだが、僕に言わせるとその態とらしさが気に入らない!と何度言えば判るのか?僕が自分のためにやっているなら飯前に風呂の掃除をしたり給湯をする訳が無い事を何故認識しないのか?とその事の方が僕には不思議としか思えない。 さてといらっとした気持ちは封じ込めてのんびりと夜を過ごすことにしよう。いらっとしたままでは精神衛生上良くは無いからね。
2006/02/28
コメント(0)
季節の変わり目は年寄りが亡くなりやすいとは良く言った物?で、婆の親父の弟の嫁だった人が昨晩亡くなったと聞いた。婆さんからしたら叔母さんに当たる人で死んだ爺さんの弟の嫁の母でもあった。 そんなにきつい温度変化があったとも思えないのだが、それでも季節の変わり目にはこんなちょっとした変化に体調を悪化させやすいのかも知れない。 あんまり起きては欲しくない出来事であるが、年齢から考えたら大往生と言えるかも知れないとは思うがそれでも何だかだな…と思わずには居られない。 親父から見たら他人になるが我が家的には遠い遠戚とも言えないこともないから親父は婆を連れて線香をあげに朝から出かけて行った。 二十代の頃は人が死ぬなどと言うことは極希に起きることと言う認識だったが、三十代に入り何時起きてもおかしくないと言う認識に変わり、四十代に入ると順不動ではあるが確実に訪れる物という認識に変わってきた。 良いか悪いかは別にしてね…。 今朝は通院日であるから起きると共に車の暖機運転を開始、部屋にて着替えて出かける準備を整え出発。途中親父に頼まれた出勤をするために銀行に立ち寄った後は病院へ直行。 と言っても向かった先は脳外の方の病院で診察の順番待ちか?と並んだところで、何故かしら並んだ人を悉く飛ばして診察室に呼ばれ診察を受け担当医と脳出血の後遺症と事故の後遺症の違いについてしばし談笑。血液検査のために採血をし薬を処方して貰って病院を出るまでに四十分ほどしか掛からなかった。 そのまま事故の病院に直行し午前中の診察に滑り込んでまたしても院長の診察を受け物療をしてからリハビリをして本日の通院は全て終了。受付の人に担当医は?と尋ねてみたのだがどうにも歯切れが良くなかった。そう言えば院長がカルテを遡って見ていたけど、症状固定は構わないが後遺症診断書はきちんと書いて欲しいと思っている。 本当はそろそろ担当医が復活してくれると僕にとっては良いのだが、カルテをよくよく見ると僕の記憶では一月から見てないと思っていたのだが、昨年以来診察を受けていない…。果たしてどうなるやら?。 帰りがけにパン屋でパンを買い食べながら帰路に付き、途中夕食用の食材と晩酌用の酒を買って帰宅。時間を見計らって夕食には親子丼を作って食卓に並べ部屋にて晩酌。 保険会社から葉書が届いていたので中を見てみると通院費を振り込んだ旨の通知だったのだが、中身の明細が無いと通院費の全部を振り込んだのか一部を振り込んだのかが判らないので保険会社に尋ねてみることにした。 お金が無いから振り込まれるのは大歓迎だけど、確か電話で話したときには昨年分という風に話をしているから、昨年分だけにしても金額が合わないし一部だとしたらどの程度?なのかを聞いておかなくてはね。
2006/02/27
コメント(0)
今朝は朝から氷点下と言うことも無く、日中の最高気温は六度まで上がったのだが、何故か今夜の気温は日中を上回る十度を超えると予想されている。 向こう一週間の予報でも最高気温が氷点下と言うことは無く最低気温だけが氷点下という予報を考えると冬は峠を越えかかっていると言うことだろう。 家の周りの雪も例年なら三月半ばを超えてやっと地面が顔を出し始めるというのが例年だったが今年は二月の間に顔を出し始めてるから春は何時もの年より早くやってくるのでは?と少し嬉しく感じている。 先ほどまで横殴りの雨が降っていたがこれでまた山肌が地面を露わにするだろうから景色だけは一足早い春景色になりかかっている。 僕も仕事を辞めた最初の一年は先のことなど全く考えられない状況だったが、一年過ぎ、二年を経過し、もうすぐ三年目に入ろうとして自分の足で立たなくちゃいけないと考えるようになってきている。 今朝は朝からボーッとしてベッドで過ごしている。廊下に出ると気温が上昇してきているから屋根の積雪が溶け出して雨垂れの音が激しく響いて要るのを聞くと暖かくなってくるのだな…と実感する。 子供の頃に丁度今自分の季節に裏山に登り山々から運ばれてくる風の暖かさにこれって春一番と言うのかな?と考えたりしたことを思い出している。 昼近くまでゴロゴロベッドで過ごし買い物に出かけ弁当を買って帰宅し、ベッドの上で麦酒を飲みながら昼食を取り競馬のことでも考えようかな?と思いつつ昼寝を楽しみ気づけば競馬の終了している時間だった。 ここ数日の悩みは?示談を考え交渉の手間を考えると専門家に依頼した方が僕的には楽なのでは無いのか?と考えていたのだけれど、ネットで検索してみた弁護士の手数料を見て引いてしまった。 手付けとして5%で成功報酬として20%と言う事だが、保険会社の最初の提示と交渉後の提示、そして弁護士に依頼してどの程度示談金が上がるのか?その辺の所は妥当か否かの判断を何処に求めるかよくよく考えなくては頼んだ葉良いが結局は保険会社の提示の示談で良かったと言うことにも為りかねないと言う事だ。 とは言え、あくまでも卓上の話で捕らぬ狸の皮算用だからまずは症状固定、そして後遺障害認定が先でその先の話であるから悩むには早すぎると言うことなんだよね。 夕方までうだうだ過ごし夕食の時間が近づいて来たところで夕食を作りに台所に立ち、一応予定通りラーメンを作り食卓に並べ食べてから部屋に戻り薬を飲んでこうして日記を書いている。 風呂にはいるにはまだまだ時間が早いから酒でも飲みながら録画を見ながら夜を過ごすことにしよう。
2006/02/26
コメント(0)
去年の秋頃の予定では、年内に症状固定となり年明けには後遺障害認定の手続を済ませ、春先には示談の提示を見て示談という段取りと考えていたのだが、未だに症状固定にも為っていない。 そのつもりで友人にも話をしていたのだが、予定はあくまでも予定に過ぎず、現実にはまだまだ先のことになりそうだから、友人に東京に出るのはまだ先になりそうだと電話で話をすることにした。 電話でその旨も話をした後でパソコンの話やネットの話しになった後で友人の口をついて出た言葉は、釣れてる?かいと言う物だった。彼曰く僕の書く日記は撒き餌のような物でそれで…と言うらしいのだが、未だかつて日記で釣った魚は一匹として居ない。 そりゃ、かつてチャットに頻繁に出入りしていた頃はチャットで仲良くなって釣り上げた事も無いとは言わないが…。こうして書いてる日記が撒き餌になってる?というのは誤解であると思うのだが…。 今日は朝起きるとボランティアへ向かうために車の暖機運転を開始し、部屋で着替えて外付けHDと読みかけの炎蛹を車に積んで出発。 途中コンビニに立ち寄りカップヌードルとおにぎりを買ってボランティアの場所に向かい鍵が開くのを待ちながらその間に食べてボランティア開始。 今日は終日誰一人来ること無くボランティアは終了し、収集活動もちょぼちょぼだった。来週からは三月になるから何か変化が有るのかも知れない。 家に帰宅し、風呂を掃除し給湯を開始、薬味ネギを刻んで丼の用意をし、親父が家に入ってきたところでネギトロ&イカ丼を作って食卓に並べ部屋にて晩酌。 今宵は収集した動画でも見ながら過ごすとしようかね。
2006/02/25
コメント(0)
保険会社との示談が迫ってきていると感じる今日この頃、一週間前に昨年分の通院費の支払いをお願いして居たのだが、振り込まれた金額は僕が計算した昨年分の六割が良いところだった。 振り込む前にどの位振り込むと連絡が入った訳でもなければ、僕が昨年分の仮払いとお願いはした物の振り込む明細も知らないままいきなり振り込まれたのは示談の駆け引きの前触れではと穿って考えてしまった。 2ちゃんねるでは保険屋に疑惑の目で見ている人が殆どだけど、今まではそんな風に考えては来なかった物の、今回の振り込みの件で疑惑の眼差しで見なくてはいけないのかも?と考え始めてしまった。 ま、振り込み明細が届けば僕の疑惑も晴れるのでは?と考えては居るのだけれど、振り込み明細が届かぬまま示談提示になったら疑いたくは無いのだが払い渋りの可能性は否定できないのでは?と考えてしまうのもやむを得ないのではと考えている。 慰謝料とかの計算を前にして駆け引きが始まったのか?と僕的には感じているのだが、駆け引きならそれなりに示談の提示まではスルーして示談の提示の時には今回の件を拭くんで話し合う必要が生じてくるのかも知れないと感じている。 今日は通院日だったので起きると共に車の暖機運転を開始、部屋で着替えて出かける準備をしテーブル脇から本を片手に車に乗り込み出発。順調に道路は流れてそのまま病院に到着したのは良いのだけれど病院駐車場に空きが出来るまで路上駐車で待つことに…。 程なくして空きが出来たので滑り込ませ診察の順番待ちをすることに…したら前回同様物療から先にと言われ物療を受けてから診察したのだけれど、またしても院長の診察で流れ作業の様に変わりは無いよねリハビリ頑張ってねでリハビリに送り込まれリハビリを受けて帰路に付くことに…。 帰る途中でマックのドライブスルーでハンバーガーを二個とお茶を買いしめて三百円の昼食となった。食べながら運転をして今夜の夕食は…と考えラーメンの麺がまだ数種類残っているから今夜の夕食はラーメンに決定して食材と晩酌用の焼酎を買って帰宅。 夕食作りは親父が帰ってくる頃を見計らって作ったのだが、豚骨用の麺は細くて茹ですぎてしまって失敗だったかも知れない。明日の晩はネギトロ&イカ丼にするつもり。 明日はボランティアだから朝からまたしても出かけなくてはいけないのだが、収集活動用に外付けHDは忘れずに持って行かなくちゃね。
2006/02/24
コメント(0)
屍蘭を読み終えたので、本棚から順番である無間人形を昨夜の内に取り出して置いたので、今日は目覚めてから手に取り朝から読むことにした。 小説は一度読んだらお終いと言う人も中には居るのかも知れないけれど、僕的には面白いと感じた本は数年後に読み返すと言うことを何度となく行っている。 今回も初めから読み始めたのだが読み返すのは二度目?いや、三度目に為るかも知れない。読む返す都度に自分の視点が違っている事に気づかされたり違う面に気づき、自分の引き出しにこうして溜め込まれているのかな?などと考えたりしながら数時間掛けて読み終えた。 本棚に読んだ本は仕舞って変わりに順番の炎蛹を抜き出し部屋のテーブルの上に出して置いた。 大沢在昌の書くシリーズ物では探偵物と捜索人物が新宿鮫以外では好きなのだが、新しいのはここ数年読んでいないな…。 この後に読んだのは炎立つ 冥き稲妻これも読んだのは何度目になるだろう?東北に源氏が来始めた頃の話で、話は遠くなるが江戸時代に入る直前の頃に源氏の末裔が南部を舞台に華々しく散ったと言うのも不思議な縁だと思える。 今宵のおかずは豆腐の炒め物を作って食卓に並べ僕は晩酌で食べながら本を読んでいたのだが、読書に集中していた所為かとても酔うのが早かった。 さてと今宵は…と考えてみたが昨日と同じなのは言うまでも無い。
2006/02/23
コメント(2)
風呂に入る時子供の頃は浴槽に身を沈め数を数えさせられた物であるが、ン十年振りに風呂に身を沈めた時に数を数えるのがマイブームとなっている。 では何故222かと言うと特にこの数字が好きと言う訳でも無く、数を数える時間が丁度良かったと言う訳でも無く、端に百じゃ数えるのには少なすぎるような気がしたし二百でも微妙に足りない気がして…決めたのがこの数字である。 長風呂は身体の血圧を上げるから本当は体的には宜しくは無いのだが、身体の事故での後遺症に関しては身体を温めるのは良い事だから数を数えるというのはそう言う面では悪い物では無いのだ。 とか何とか言いつつも今夜もきっと、たぶん、絶対に数を数えて居るのだろう。 今日は通院日だったから、起きると車の暖機運転を開始、部屋で着替えて出かける準備をしたところで車に乗り込み病院に向かって出発。 病院に向かう道すがら車中から見える山肌を覗かせているのを見つけては「やっぱり暖冬や」と考えながら車を走らせ病院に到着。幸い駐車場に空きが有ったのでめざとく駐車。 院内に入り診察の順番を…としたところで何故か物療から…と言われたのであれ?担当医でも来ているから順が変わったのか?と考えていたのだが、物療を終え診察に並んだら今日も診察は院長だったので軽い答弁だけで帰路に付くことに…。 途中昼食を食べて帰宅。病院で読みかけだった屍蘭を最後まで読んだ後で夕食のおかずのハンバーグを作るために台所へ。フライパンで両面を焼いてそれでも微妙に足りないかな?と考えレンジで加熱もしたのだが、食べるときには中が若干赤いところも…。 それなりに気をつけて焼いているつもりでは居るのだけども、どうしても上手に焼けないのはやはり僕が下手なのだろうから、今後はハンバーグを自分で焼くと言うのは封印レシピ確定?かもね。 さてこの後はリトルエンジェルのチーズケーキでも食べながら録画でも見ながら夜を過ごすこととしよう。
2006/02/22
コメント(0)
今日の最高気温は八度で最低気温はマイナス六度で明日の最高気温は九度で最低気温は一度の予報。僕の記憶によると二月には経験したことの無い暖かさでそう一月ほど後の来月の気候では?と言う暖かさだ。 まあ、寒い部屋で暖房を付けっぱなしで過ごすより、暖房を止めてもぽかぽかする部屋でこうしてくつろいで過ごすのは悪くは無いとは思うのだが、どうしちゃったの?と言う気分でもある。 もっとも、こんな暖かさが続くのも明日までで明後日には徐々にまた下がり始め、その後は最低気温はマイナス四度平均くらいまで下がるとの予報ではあるが、最高気温が氷点下に下がることは無さそうと言うのは有り難いが二月と言うことを考えると違和感が拭いきれない。 何度か書いたが、やはり今年は暖冬なのだろうとしか思えないよね。と言ってもこのまま暖かくなるとも思えないからまだまだ二度三度と雪が積もったり溶けたりを繰り返しながら春に近づいてゆくのだろうとは思うがね。 今日は通院がお休みだから朝からのんびりベッドでゴロゴロ過ごし昼前に保険屋に変わった支店名を伝えたところ、「その件なら大丈夫確認が取れましたから」との返事が貰えたので、ネットで何度となく振り込み確認を試みているのだが、その度に振り込まれたと言う事実は無く、保険屋の法螺だったのか?と考えている。 ま、数日は待ってみたいと考えているし、振り込んだ明細の手紙も届くのでは無かろうかと期待しているのだが、この件ではせっつかずに様子を見るつもり。 昨夜、親父が帰宅直後に部屋にやってきて親方(父の兄)が本を返して欲しいと言っていたと聞いたので、洗濯が済んだ午後にお礼代わりの酒と一緒に届けてきた。 親方の嫁と二十歳を過ぎた孫がストーブの側で団子作りをしているのを見て二十数年前の祖母と自分の関係もこんな感じだったかな?と遠い昔に思いを馳せてみた。 遠い昔には似たような事も有ったかも知れないが、昔は昔今は今過ぎてしまった時間は元には返らないから仕方の無い事だってあるんだよね。 夕方まで部屋で過ごし適当な時間になったところで居間の方に行き風呂場の掃除&給湯を開始、油鍋に火を掛け温度が適度になった所で揚げ物を揚げ始めコロッケとメンチを揚げて夕食のおかずにし部屋にて晩酌。 録画を見ながら晩酌したのだが、このところワイドショーネタと言えば疑惑のメールで、僕に言わせりゃどっちもどっちで、疑惑を向けられた方が身の潔白を…と言うならその頃に振り込まれていたか否かを提出すれば良いのにと単純に思うのだが?疑惑と言われた方はそうする気配も無いままだし、疑惑と言い出した方も言い出したまでは良かったがその後が良くない。 疑惑が持ち上がったら両者痛み分けと言う落とし所は有り得ないから白黒の決着は付けなくてはいけないと思う。だが、疑惑を向けられた方は無いという証を出さないと言うことは金額は違ってもその当時に振り込みが有ったと言うことを暗に認めているのではあるまいか?。
2006/02/21
コメント(0)
今期の最初の気象庁の長期予想では暖冬?の予想だったらしいが、早くから雪が例年以上に大量に降り積もった為に予報は大外れとされた感があっったのだが、果たしてそうだったのだろうか?と周りの山々がまだ二月だというのに雪解けの観を呈して来ているのを見るとそう考えずには居られない。 そりゃ確かに例年以上の積雪量を示しているのは確かな事実であるのは僕にでも判りすぎるほど判っている。 だが、先にも書いたが、二月に野山が雪解けの兆候を示すと言うことも初めての経験で有るのも事実で、部屋から見える木から芽吹こうとしている新葉の芽吹きがまだまだ寒さが厳しいはずのこの時期に起こると言うことは暖冬を示していると考えるべきなのでは有るまいか?。 などと考えている。ま、例年以上の積雪が有ったとは言え、例年の半分以下の圧雪と言うことは通院には楽であるから僕にとっては良い事何だがね。 僕の感覚では今期は暖冬だったのだが、そこに大雪を降らせる寒気が何度か訪れたと言うのが今期の冬だったのでは無いのかな?と言う風に考えている。 昨年一昨年は三月の半ば過ぎまで盛岡へ向かう道路は圧雪が多かったのだが、今期と言えば圧雪になることは確かに何度と有ったがそれも雪が降った後の何日かだけで溶けてしまって路面は大半は圧雪では無い。 などと考えつつ起床し車の暖機運転を開始、部屋で着替えて出かける準備をした後で叔母さんの家にお裾分けのケーキを持って車に乗り込み叔母さんの家を目指し出発。 風が強く吹くところは吹きだまりに多少はなっては居たがそれ以外は走行に注意を払うことも無く順調に車は進んだ物の、盛岡市内に入るとそれまでの道路状況とは一転し住宅街の中は路面が悪くハンドルを取られてかなり危険だった。 叔母さんの家にケーキを届けて病院に向かい診察を受けた後はリハビリをして物療を受けて帰路に付き途中昼食を食べ晩酌用のつまみを買って帰宅。帰宅後は部屋でくつろいだ後で晩酌をしていると携帯が鳴って何事かと思って電話に出てみると保険屋からだった。 保険屋曰く振り込み手続をしたのだが、どうにも受け付けて貰えないと聴き、三菱との合併で同じ地区に同じ名前の支店が有ったからどちらかが名前を変えたらしいと答え調べ直して振り込んで貰うことになったのだが、振り込み手続を済ませた後で振り込み明細を貰えるのかな?と疑問に思った。 僕はてっきりこの金額を振り込む旨のメールが届いた後で、僕が判子を押して返送した後に振り込まれると考えていたのだが、どうやら示談と通院費の支払いは別に考えられているらしい。
2006/02/20
コメント(0)
五日ほど前にネットを通じて購入することにしたリトルエンジェルズのチーズケーキが先ほど届いた。 つか何でリトルエンジェルズのチーズケーキを頼んだかと言えばTVで見た国際結婚カップルがやっている店の紹介で紹介されていたケーキで子供の頃に教わったそのままで作ったと言う風に見ていたので興味を覚えたからだ。 また、何と言っても値段も僕が知る中ではとてもリーズナブルでこの値段で美味しかったら…言うこと無いじゃんと思ったからだ。一個百五十円というチーズケーキは普通の店で一個その倍の値段のチーズケーキと見た目は変わっておらなかったから後は味だけが問題かも知れない。 とは言え、届いたのは夕食の後で解凍しなくては食べられないから食べる事が出来るのは早くて明日の晩と言うことになるのだろう。待った方が楽しみも増えるかも知れないから明日の夜が楽しみだな。 今日外出したのは昼近くに隣町の大型スーパーへ行ってきただけで後は終日部屋でゴロゴロ過ごした。 夕方には婆には不評なラーメンを作りテーブルに並べ僕もその場で食べたのだが、食べた後は自室で酒を飲むことに…。明日の夜は親父が出かけて居ないので夕食のおかず作りは無しだから、明日は病院への帰りに夕飯分はそのまま食べてくるつもりで居る。 身体の調子は良くも悪くも平行線。先日は後遺障害の認定云々何級だろう発言をしてみたが、この週末では日記に書いた物の果たして認定されるかどうかは診断書にどのように書かれるかが判らないから何とも言えない。 以前にも書いたと思うが、自分でサイコロを振る訳では無いから自分以外の要素が大きいと思えるからどんな目が出るのかは想像は難しい…と思っている。 ま、今のままなら通院は雪が溶ける頃までは続くのかも知れない。担当医の不在は何時まで続くのだろう?。
2006/02/19
コメント(0)
東京(日) 11R 3連複 BOX 01,02,08,09,14,15 各100円(計2,000円) 東京(日) 11R 3連単 フォーメーション 1着:01,08,14 2着:01,02,08,09,15 3着:02,09,15 各100円(計3,000円) 合計 5,000円 昨年はダントツの一番人気だったメイショウボーラーが居たから馬券の検討は比較的楽だったのだが、今年は順調なら断然かと思われるカネヒリキにしても次に狙うドバイのレースが目標だろうし、昨年の優勝馬には勢いが感じられないから横一線では?と言った感じだろうか?
2006/02/19
コメント(0)
昨日日記に書いたように、一人旅でもするので無い限り誰かと一緒に…と考えるのは極自然な発想だと思う。そして一緒に旅をする相手として好きな異性とと考えるのも極普通な事のように考える。 そして、そこまで考えたとき、僕は何年恋をしてなかったのかな?と思い指折り数えてみたところ十年近い間恋をしてなかったのでは?と思い至ったときに自分でもその年月に驚かされてしまった。 最初の結婚から二度目の結婚まではそんなに時間がかからなかった(と言っても数年は必要だったけど)と言っても十年近く間が空いてしまっている事を考えると、恋も年齢に関係有るのだろうか?と思えてしまう。 そりゃ二度の経験もあればその次はもっと慎重になって時間がかかるのも仕方が無いと言う考え方も解らないでは無い。 だが、どうしても自分の恋力が衰え初めて来ているのかな?と言う考えもまた拭えないでいる。 今日は朝からボランティア目覚めると共に車の暖機運転を開始し着替えて出かける準備をして車に乗り込みボランティアの所まで。途中お茶を買って喉の渇き対策をし車に積んだ外付けHDを持ってボランティアへ…。 ボランティア兼収集活動を開始したのは良いけれど、収集相手が早々見つかる訳も無く。収集相手と言えばもう何年も前からのお得意様だけで、一頃のような食べ放題のような訳には行かなかった。 終日ボランティアで過ごし夕方には自宅に帰宅。夕食はネギトロホタテ丼にし部屋にて晩酌。今宵も録画でも見ながら過ごすことに…。 一昨日保険屋に仮払いの話をしたら快く引き受けてくれたので今週中に手続の書類が届くかと考えていたのだが届かなかったから来週になるのだろう。身体に関しては見た目は何でも無さそうと言うのは変わらないが、寒い場所で数時間過ごすと極端に動きがぎこちなくなってしまう。
2006/02/18
コメント(6)
寝る前に風呂に入っていてそういやもう十年も飛行機にも乗ってないな…と考えたら何となく海外旅行に行ってみたくなった。 それじゃあ何処へ…と考えたかと言うと、生まれて初めての海外旅行だったグアム島に行きたいと考えた。 グアムの何処へ?と考えたか?と言うと記憶にあるのはグアムのホテルの近くの浜辺に有った地元の人しか来ないようなスタンドのバーとドッグレースそして砂の島だった。 砂の島というと夏目雅子がデビューしたての頃CM撮影で使われた島?で、僕が初めての海外旅行で行ったグアムの何という島だか忘れてしまった島に行ったときに目の前の海に浮かぶ砂地がかつて夏目雅子のCMに使われた砂の島だと教えて貰った事を記憶している。 砂の島の記憶は、あれが島か?大きな波が来たら消えて無くなってしまうような程度でも島と言うのか?程度で、砂の島を見たリゾート地で島の島端に行ったときに見た青い海が途中から紺碧に変わっていた光景は二十年近く昔の出来事なのに不思議と今でも覚えている。 島端に立ちその光景に驚いた後は岸辺に泳ぐ魚の大きさに驚き水に入っていった記憶がある…。 懐かしく思い出して見た物の時間の経過は驚くばかりで、自分自身にも時は過ぎているのだなと今更ながらに痛感した一時だった。 けど、行きたいな…と考えていて一人で行くの?と考えたりもしたのだが、んじゃ誰と行くの?と考えると一緒に行ってくれる相手を探す方が先だな…と言う結論にあっけなく落ち着いた。 さて今日は通院予定だったので、起きてすぐに車の暖機運転を開始し暖気の合間に部屋にでで掛ける準備に着替えてから家を出発。昨夜の間に降り積もった雪と山からの吹き下ろしで道路は所々でホワイトアウトになっていた。 しかし、それも安比を超えるまでで安比を超えてからは道路には多少の雪が残っていた物の病院までの道程はスムースに流れ到着したのは十時を回ったばかりと予想外だった。 今日こそ担当医が居るか?と淡い期待を持っていたのだけれど、本日の診察も院長で期待あっけなく夢と終わった。今週はブロック注射をと考えていたのだが、嫌いな院長では頼むのも躊躇って注射は来週以降と為る予定。 診察の後はリハビリを受けて物療と回ったのだが、診察にはそれ程待たされることは無かったのだがそれ以外は待ち時間が長く結局全部終えたのは午後になっていた。 病院側の蕎麦屋で親子丼で昼食にしたのだが、塩気が強く美味しいとは思わなかった。何時もはこんな事は無かったのだが…。 そのまま帰路につき途中食材を買って帰宅。帰宅後は診察の合間に読んでいた読みかけの新宿鮫を読んでから夕食のおかず作りを開始。テーブルに並べて自室にて晩酌。明日はボランティアだな…。
2006/02/17
コメント(2)
県内では大手の本屋に行ったとき読みたい本は…とあれやこれやとフロアをうろつきながら見て回り、首都直下地震(震度7)と言うタイトルに興味を持ってこの本を手にしレジに並んだ。 購入後直ぐさま読み始めたのだが、その本に描かれた東京は僕にはとても空虚に感じられた。言われ始めてからもう何年も経っているから描かれている内容は特に真新しさもなく淡々と描かれているから僕は空虚と感じたのかも…と思っている。 じゃあ実際に起こったら…本のようになるのか?と言えば、僕はそんな風にはちっとも考えていなくて、本に描かれている以上に悲惨な状態に陥るのでは?とも考えている。 本に描かれている事と言えば散々週刊誌等で震災が起きれば…という風にと想像された物の焼き直しでそれを小説風に仕上げただけ?と言った感じで過剰な膨らませも無ければ様々な人間模様の描写も少なく、あくまでも淡々と描いていてそこには怖さを感じることは無かった。 大体都内で阪神の震災と同じかそれ以上の地震が起きた時に被害も同程度とは予想は難しく何処かのデータでは死者一万人程度と考えられているようだが、私的にはその十倍は行くのでは無いか?と言う風に考えている。 それに実際に起きたとしたら、地震直後の直接的な被害よりそれ以降の復旧を待つ間の方が遙かに苦難の道程ではと一個人としては推測しているのだが…。 起こって欲しくは無い地震であるが、起こる可能性は否定できないから、その場に居合わせたらどのように対応するかは心掛けたいと言う風に考えている。 今年は都内に戻るぞ~と考えていて住む場所を探さなきゃ…と思っていたのだが探す前に考える事はこういう事態も考えて置かなくてはいけないのだな…と考えた。 今日は通院はお休みだから朝から昼くらいまでゴロゴロ寝て過ごし、昼には駅側の岡崎までラーメンライスを食べに出かけ帰りがけにはちょっとした小腹が空いた時用にせんべいを買いに遠回りして帰宅。 ここ数日続いた四月の陽気は山肌から冬景色を消して斜面は見るからに春が近いと感じさせる出で立ちになっては居るけど、今日辺りからまた二月の気候に戻ってしまい寒い自室へと戻ってせんべいを食べながら夕方までを過ごし、夕方には夕食のおかずとしてキャベツのスープと豚肉とキャベツの炒め物を作ってテーブルに並べ部屋にて晩酌した。 そういや、午前中には相手保険会社に電話を入れ、僕の担当者を呼び出し症状固定から後遺障害診断書までの流れを尋ねると共に、昨年分の通院費用の仮払いをお願いすると、意外な程あっさりと諒解して貰えて肩透かしの気分だった。 保険の担当には何も話しては居ないが、示談が提示されその上での交渉も考えては居るのだけれど、自分の中で等級に対しての線引きはほぼ固まりつつあるから、一定の線引きに遙かに及ばなかったら然るべき人に委託するつもりである。 今夜も又録画三昧の夜を酒を片手に過ごすとするかね…。
2006/02/16
コメント(4)
症状固定は未だ目処が建たない状態である物の、たらればのの話ではあるが、現時点で自分が想定内と考える可動域の認識と言えば最低限の14級は楽勝に超えて12級はおろか10級にも届くのでは無いか?と言う風に考えている。 と言っても、これはあくまでも自分ではそう考えていると言うだけであって、等級の認定がそうなるとは言えないとも考えている。それでも現状抱えている身体的な不具合を考えると、妥当な等級は何処に?と言う風に考えているのは正直な話だ。 とは言っても認定を出す立場では無いので、あくまでも自身の体の可動域を考えるとそうでは無いのか?と考えるだけで、どう認定されるかは知るよしもない立場であるから、自身の疑問が解けるのは答えが出てからとしか言いようが無い。 とは言え、最低限と考える14級が認定されたとしたらそれはそれで受け止めるしかない訳で、その場合はすんなりと受け入れ様とは思っている。が、認定が12級、併合11級、10級と上位の認定が認められたなら…。 その時は共済と任意保険で凌いで自身で問う事無く第三者の手に委ねてみようと考えている。 正直な話、現況を考えると左上腕部の麻痺は顕著でブロック注射無しでは通常の生活は無理なことは明白で最低でも12級は確実では?と言う風に考えているし、左肩の可動域制限を考えると10級も有るのでは無いか?と言う風にすら考えている。 ま、幾らこの場で自身で考えてると言ってみても自分で考えているに過ぎない訳で有ってそう認定されるとは断定できる物ではないのは確かな事実だ。 一見して何もないと思われるのに自分では違和感があったりというのは脳出血の時の経験で知っている筈だったのに今又同じような経験をしている。 一見して車の運転も出来れば調理も出来る。だけど、腕を違和感無く動かせられるのは自分から向かって正面位置に限ってのことで正面方向以外では力加減が微妙になっている。 腕にしても正面方向では何とか上げられるのだが、横方向でとなると水平にするのも…という感じで他者には理解して貰いずらい。 今後を考えると自分を受け入れるしか無いと言うのは一年近く時間を掛けていると判っているつもりでは居るのだけれど、完全に受け入れて無いからこそこうして日々あれやこれやと考えてしまうのかも…。 今日は通院日だったので起きる早々に車の暖機運転を開始し着替えて出かける準備をし車に乗り込んで郵便局にてお金を下ろして病院に向かい。パターン化したような行程をこなした。 本当は今日はブロック注射をして貰うつもりで居たのだが、診察をしたのは嫌いな院長だったから注射をお願いすること無く終了させ、帰る途中でマックのドライブスルーでマックチキンを二個買って食べながら運転して帰ってきた。 無論途中で夕食の食材と晩酌用の酒を買ったのは言うまでも無い。家に帰ると夕食の準備を始め時間が来るのを待って風呂場の掃除と給湯を開始し時間が来たところで丼にご飯を盛りつけネギトロ&イカ丼を作ってテーブルに並べ部屋で晩酌。 ネットで購入し湯煎で食べた総菜であるが、先日湯煎し丼にしようとご飯を盛りつけさあ掛けようと鍋から出そうとして中身が鍋に出てしまった事をレビューに書いたところメールが来たのでその旨書いて返事を出したらもう一度送り直すとか…。 送り直す事を期待して書いたわけでは無かったので逆に恐縮してしまった。 体の調子は相変わらずで改善出来る気がしないと言うのが正直な所なんだけど、わずかに望みを持っているとしたら生活環境を変われば改善の余地はあるのでは?と言う医師の発言だけだから、それには早く症状固定し示談を済ませ再び都内に戻れば何とかなるのでは?と思っているのだけど…。
2006/02/15
コメント(0)
●Q1.モテたっと思う時期はいつ? そんな時期有ったかな?とも考えてしまうが、今にして思えば二十代前半の頃に迫られたことも有ったような…遠い昔の話ですね(^^ゞ。●Q2.似てると言われたことのある芸能人は? 自分では似てると考えた事も無かった(見たこと無い)けど、オックス(武道館で観客を失神させたバンド)のリーダーから六本木時代に東海林太郎?におまえは似ていると彼の居た店では「ショウジ」と呼ばれていたことが…。 他ではゴルファーの尾崎三兄弟の末弟のなおみちに似ていると言われた時期も有ったのですが、この人も顔を見たことが有りません。●Q3.恋人を選ぶポイントは? 自分の感性にピンと来る物を持っている人に曳かれます。 会話の波長が合うとか、自身のS性を奮い立たせてくれる人とか、何かしら良いなと思えるところが有る人とかですね。●Q4.ここぞという時の香水や服装がありますか? 若い頃はお気に入りの黒のJUNのジャケットだったんだけど…今は何も無いですね。●Q5.告白されたことがありますか?あれば何人? 片手で数えるほどかな?。●Q6.わざとデートに遅れて行ったことがありますか? んな駆け引きなんぞ出来てるくらいならもっと恋を楽しんでいたかも…。無い。
2006/02/14
コメント(6)
厭らしい話では有るが示談が近いと考えるようになってから、示談金は幾らぐらいとか?示談交渉に入るまではとか?慰謝料の計算の仕方とかを考えるように為ってきている。 まあ、あれやこれやと考えてみてはいるが損は?することは無いのでは?と言う位は保証して貰えるのでは?と頭の中では計算している僕が居るのだが、捕らぬ狸の皮算用と為らないとは言えないとも考えている。 同じように共済に加入して居て良かったとも考えている。共済は僕の記憶が正しければ加入してから十年を超えたばかりで支払った金額は五十万に満たないのだが、共済金を支払って貰った総額は現段階でも支払った金額は軽く超えていて症状固定後に後遺障害が確定したらもっと支払って貰うことになる。 漠然とそんなことを考えていたら、支払って貰う側の人間が多かったら成り立たない制度であることを考えると、僕のように支払って貰う側になる人間は絶対数が少ないのだな…と考えたりもする。 捕らぬ狸の皮算用では無いが、まだ貰える当ても無い示談金であるが、貰う予想金額を考えては何に使うか考えている僕が居る。最低の認定だったらこれぐらいで…二番目だったらこのぐらいで…最も高い等級だったら…どうしよう?何てね。 けど、そんなことを考えているとふと我に返って金と交換になる我が身の不具合を考えると複雑な気分になる。体の不自由と引き替えに金は手に出来るかも知れないけれど、それはどうなのよ?と考える自分も居るのは間違いない。 結局示談の話が出るまでは同じ様なことを考えながら過ごすのだと思う。 今日は通院が休みだから朝からのんびりと寝ころんでゴロゴロ過ごした。本当はリハビリでもすれば良いのだが、外は寒くて散歩をするにしても足下が悪いので現実的じゃ無いし、それじゃあと昨年の夏の頃のように座敷でと言っても氷点下の座敷を使ってと言うのも適当では無いからやはり妥当?と言えるのは部屋でくつろいで出来るだけ食べ物は取らないと言うことかも知れない。 そんなこんなで夕方まで部屋で過ごし台所に向かいラーメンを作ったのだが、どうにも婆の口には合わないようで箸の進みはとても鈍かった。あと四回分有るから二週間は我慢して貰わなくちゃね。 明日は通院予定だから担当医が不在であるか確かめたいところである。正直な話し通院も一年近くになると直る可能性は限りなく零に近いのだろうと推測できるように為ってきて居るし、そんな風になってくると通院する意味は果たして有るのだろうか?とまで考えてしまうほどに…。 それならそれで症状固定にして貰って諦めてしまった方が楽なのでは?と考えてしまう。そりゃ○○を続けたら確実に直ると言うのであれば治療?を続けるのは吝かでは無い。だが、周囲の好奇に近い目で見られ続けているともう良いか?と思ってしまうように為ってしまうのだ。 さてと明日は通院したらブロック注射でも打って貰って久しぶりに肩の違和感を消してみたいな…と思っている。その為にも神経の集まっている所にピンポイントで注射を打って欲しいのだけど、注射を始めてから半年は超えたけれどピンポイントでドンピシャに効いたと感じたのは最初の一回だけで、残念ながらそれ以降は一度もドンピシャに効いたと感じた事は無い。
2006/02/14
コメント(0)
現在の気温をネットで検索してみると氷点下なのだが、二月だというのに今夜から明日日中にかけては気温は上昇し続けて、最も暖かくなるのは明日の夜に七度という予想なのだが、明後日の最低気温はまたしても氷点下に為るという何とも目まぐるしい限りとしか言いようが無い。 こうも上下動が激しいと季節の変わり目を連想するかも知れ無いが、この土地で二月と言ったら冬真っ盛りで春の気配が…感じられるのは三月後半から四月にかけてと言うことを考えると今の時期のこの変動は単なる自然の気まぐれ?と考えた方が良いのかも知れない。 ま、僕的な都合で言えば暖かくなるのは肩の違和感の解消に向かうかも…と淡い期待を覚えているから望むところでは有るのだがね。 今日は朝から通院のため車の暖機運転を始め着替えて昨晩届いた豚まんを車に積んで盛岡の叔母さんの家に届けることに…。 家人に食べさせても楽しくないと言うことが最大の原因とも言えるが、本当は母親とこのような会話がしたかった…と考え母のすぐしたの妹で母と仲の良かった叔母さんに叔母さんが食べたいと行っていた物を届けることにしたのだ。 先月、姪っ子が食べたいと言っていたカニシャブ用のズワイガニのむき身でのカニシャブは美味しかったとのことだったから、今回も喜んでくれると良いのだが…。 叔母さんの家に届けたあとで当初の予定の通り病院に行き診察の後でリハビリ&物療を受けた。診察の時整体云々の話をしてみたところ院長曰くあまり効果がないのでは?と否定的な感じだった。けど、個人的には示談が済んだ後で試してみたいと考えている。 病院を後にし途中昼食を食べ郵便局にてお金を下ろしてから歯医者に立ち寄り治療をして帰宅。帰宅後は部屋のファンヒーターの灯油を補充してから夕食の準備を始めた。今夜は昨日からラーメンにしようと考えていたが、宅配便で届いた冷凍を湯煎して丼にしてテーブルに並べた。 僕の分はと言えば帰る途中で食べたニラレバ炒め定食でお腹が苦しかったから軽く晩酌のつまみに餃子を焼いてそれで晩酌。今日も作らなかったラーメンだけど明日の晩はラーメンを絶対に作ろうと考えている。 さてと今宵も夜がやってきたのんびりと録画でも見て過ごすとするかね。
2006/02/13
コメント(0)
朝からのんべんだらりとベッドでゴロゴロ。昼前に親父がやって来て何事かと考えると軽トラックを出すのを手伝って欲しいとのことだった。了承して着替えて外に出て親父の手伝いを三十分ほどした後は又ベッドに戻った。 親父の手伝いをするときに叔母さんが来ていたので一度は居間に顔を出した物の又自室に逆戻り夕方になって夕食の準備でも…と考えると昼は叔母さんがうどんを作ったと言うのでラーメンは取り消すことに…。 それじゃあと作ったのは八宝菜擬き、家にある食材だけで…と考えると野菜の量を考えてもぴったりだったかも…。 んで、晩酌も終了し居間はこうして日記を書きつつベッドの上で過ごしている。
2006/02/12
コメント(4)
今日は週末であるが祭日と言うこともあってボランティアは無し。よって朝からのんびりとベッドの上で昨日の録画を見たりネットを巡ってみたりのほほんとした休日を過ごしている。 そういや、昨晩は新宿の飲み屋から電話が有ったが、飲み屋と言っても電話をくれたのは客の一人で最初に彼と会ったのは彼がまだ二十代の頃で、新宿のお母ぁが生きていた頃だったから、彼との付き合いももう十年をこえてしまったのか…。 付き合いと言っても飲み屋の中と一緒に連れ立って他の飲み屋で一緒した程度で彼の仕事は聴きもしないしプライベートでの付き合いも飲み屋程度で、僕に言わせりゃネットでの付き合いに通じるような所がある。 そんな付き合い?も少なからず有ったからネットの付き合いというのも躊躇うことなくすんなりと入れた一因かも知れないな…と今更ながら感じている。 ま、そう言った付き合いが出来ない人からしたらネットの付き合いも何だ?となるのは仕方がないとは思うが、だからといって不特定多数のバーチャルな世界だと言うのも僕的には違っていると思う。 電話で話したのは一年ぶりになるのかな?何?と思う反面嬉しさも有った電話だった。都内に戻ったら深酒はしないつもりではあるが、まずは顔を出して飲みに行くことは約束しておいた。 結局、と言うか当然と言うか今日は終日ベッドから離れることなくゴロゴロして過ごし、夕方になってから風呂場の掃除&給湯をしてからウニ&イクラ丼を作ってテーブルに並べ自室で晩酌。 明日の晩はラーメンを作るのは決定だけど何ラーメンにしようかな?と悩んでいる。だけど具材はネギ、ニラ、モヤシ、チャーシュー卵でメンマが無いのは寂しいところだ。 さてと、今晩は2ちゃんねるで交通事故の示談関連でも眺めてみようかな?と思っている。そういや、神経麻痺?と言うか傷んでいるらしき場所は肩胛骨の周辺と特定できるのだから何とかする方法は無い物だろうか?整骨ではどうなのかな?と考えている。
2006/02/11
コメント(0)
症状固定も遠いことでは無いと言われたのは昨年末。つか、遠いことでは無いと言われたのは正確には事故後半年を経過した頃だったかも…。 症状固定と決まったならその次は後遺障害認定となるのだが、その基準は…とネットを探して居る内に基準があることが判ってきた。認定が有れば認定の基準が有るのは当然だから自分が何処に当てはまるのか?と考えてみると…。 現状を考えると最低限で12級が該当するかも…で現状のままでと考えると10級まで考えてもおかしくは無いと言うことが判った。根本的には肩胛骨の神経の束を麻痺させることによって肩から肘、手に掛けての痺れや麻痺が改善されるけど併合という考え方はイマイチ判らないが、軽いと言われる程度では済まないと言うことは理解できた。 正直このままの状態が続く可能性は果てしなく高いのだろうけど、12級程度悪くても14級?と考えた後遺症がそれ以上のものであるかも?と知ったことは哀しい気分になってしまった。 このことを知って症状固定までは一年経過が目安になるのかな?と言う事も知って先は長いな…と再確認できた。 確認したら受容しなくてはいけないのだろうけど、正直時間が掛かるよね。通院治療にしても物療にしてもリハビリにしても肩から肘、手に掛けて良化してるわけでもないから注射以上の効果は期待できない感が強いのも事実だし…。 何かとても微妙な感じ。年齢的にも後半戦だし本人の意欲としてもコレという物が有る訳でも無しビミョウ微妙という感じで一杯な気分である。 風呂上がりで体も温まってまだ寝やすい時間だからさっさと寝ることにしようかね。明日も通院だしね。 朝起きると外は真っ白な雪景色、寝てる間に又降ったらしい。着替えて車の暖機運転を開始し、着替えて本を片手に車に乗り込んで家を出るまでは良かったのだが、案の定というか積雪が凄かったので病院まで二時間も掛かって到着。 診察を受けて、リハビリをして物療を受けて一時を回ったところで病院を後にし帰路につき、途中吉野家で昼食を食べてから家路についたのだが、来るときよりも道路の混雑は酷くなり時折対向車の中にぶつけてそんなに時間が建っていないと思える車も何台か通ったり救急車も何台か通ったりと何時もなら帰り着くにも二時間も掛からないところを三時間も掛けて帰ることになってしまった。 担当医が居ない診察では症状固定の話もでないまま、どうですか?仕方がないですねと通う毎に毎回聞いてる事を繰り返し聞くだけでは何だかね。かと思えばリハではリハだからその動きを要求しているのかも知れないけれど、リハの担当が要求する動きをしていると足の運びはむち打ち前よりぎこちなくなってしまっているし、肩というか肩胛骨の周辺に違和感を覚え肘の痺れが増すような気さえしてくる。 どうなるのかな?と言うのが正直な感想だ。
2006/02/10
コメント(0)
著者の本を最初に読んだのは二十代の終わりか三十代の初めの頃だったと思う。描かれている女の子の視点は少し変わったと言うかとんがった所のある女の子が良く描かれていて引きつけられるキャラだった。 しばらくぶりで見たこの本では母をしてる姿を見てほっとした気分であった。人は誰しも変わり続ける生き物なんだな…と言うか変化が良い方に…(良い方と言ってもじゃあそれまでが悪かったのか?と言うと僕にはそんな風には考えては居なかったけどそんな風に受け止めて居る人も…)。 良い女と思っていた女性が良い母になっていたそんな気がした本だった。 気が付くと天気予報の通り外は雪が舞う天気で通院日で無かったことを喜んだ程だった。だった雪が舞う天候ではホワイトアウトに為ることが多々発生し怖い思いをしてしまうからだ。 通院日では無かったからのんびりと過ごしていたのだが、昼近くになって夕食はラーメンと決めて具材は…と考えるとメンマとモヤシが欲しいなと考え駅前まで買いに出かける事に…。 車で家を出て見ると風が出てるようで雪が舞うな…と考えている内に突風が吹いた瞬間には目の前が真っ白に包まれ対向車も何も視覚が効くのは数メートル手前という有様に。とっさにブレーキはさすがに踏まなかったがアクセルはオフして軽くブレーキを踏んでスピードを落として走ると目の前の真っ白なもやの中から車のライトが突然飛び込んでくる。 ギリギリですれ違った物の適当に止められそうな場所を選んで停止しホワイトアウトが収まるのを待って再出発。けれど度々同様のホワイトアウトに包まれ買い物するところに着くまで三四回は停車するほどだった。 ホワイトアウトに包まれると大抵は速度を落として走るのが常なのだが、時々速度はそのままで走ってくる車が居るからとても堪らない。ただでさえ雪道で道路の幅がギリギリでカーブではセンターラインを超えてくる対向車が多いのにこれにホワイトアウトが重なると何度となくぶつかったか?とヒヤリとしてしまう。 結局、買いに出かけるときはメンマとモヤシを…と考えて居たのだけれど、みそ味だったらニラも欲しいなと考えた事で買って店を後にしたときにはモヤシとニラしか買ってなかった。が、その事に気づいたのは帰りの運転中だったから仕方が無いと諦めた。 家に戻り買ってきた弁当で昼食としそのまま夕方までベッドでゴロゴロ過ごした後で親父に起こされ夕食の準備をすることに。 大きな鍋に水を張って火に掛け、小さな鍋にスープ用の水を掛け火に掛け、小さな鍋が煮立つ前にラーメンどんぶりの器を出して葱を刻み入れスープの鍋に元を入れネギやニラ、モヤシを加えて火が通るのを待ちながら大きな鍋がぐらぐら煮立ってきたところで麺を入れ沸騰してくるのを待ちながらラーメンどんぶりに汁を分け入れ、麺の茹でる時間を一分ほど余分に考えて麺を取り出し丼に入れて、具材の麻婆豆腐をラーメンの上から掛けて完成した。 ラーメンどんぶりがあればラーメンが多くないと言うのが判って貰えると思うが小さなご飯茶碗に盛りつければそれは溢れんばかりで、婆はこんなに沢山は食べられないと言っていたけど、その麺の量は一人前も入ってない。 食べた最後にはこんなに時々食べると飽きてしまうとか言っていたが僕は二日に一度の頻度で一週間も続けば飽きるかなと思うのだがラーメンは週に一二度じゃ飽きないよね?。 今回ネットで買ったラーメンのセットはあと五回は食べられる量になるから、今週は土曜日にもラーメンにしようかな?と考えている。 そういや、夕べから今朝方に掛けてネットで後遺障害の判断基準という物を読んでみると、僕の左肩が水平方向から上方に上がらないという状況は12級に認知されるかな?という所というのは判ったが医師が診断書にどのように書き込むかによっても認定の是非は問われるから12級に為るかどうかは微妙と考えている。 が、左上肢の可動域制限は凄く微妙で動くのと力を入れられるかは当人的には違うと思うのだが、第三者的には?医師的には?一体どういう判断の下に書かれるのか、書かれる中身を良く読んでみたいと思う。 と書いてみたが、後遺症診断を受けるには症状固定がその前には必要となるから…まずは症状固定待ち…何だよね。 さてと明日は通院日だから病院へ行くのだが、肩への注射は来週のつもりだから担当医の顔をちらりとでも眺められると良いのだがね。担当医が来てから後のタイムテーブルは決まってくるだろうから、来てからだね。
2006/02/09
コメント(0)
朝の気温が数日前より十度も上がったというのに今朝はどっさりと雪が積もっていた。起きて早々に車の暖機運転を開始。部屋で出かける準備をして駐車場に戻って車のウオッシャー液の補充をしてみると二リットル近くも入った。 そのまま出発し駅近くでお茶を買ったついでに銀行でお金を下ろして病院へ向かい、診察を受けて物療して貰って帰路についた。 途中ブックオフにて本を適当に買って近くの中華屋で昼食を食べたのだが、以前の記憶では美味しかったと言う記憶が有ったのだが今日食べたら素人の味付けでお金を出して食べるほどでは無かったから次回は無いな…。 帰りがけに食材を買って帰宅。しばし部屋でくつろいだ後で台所に行き丼の具を仕込み適当な時間で盛りつけ自室で晩酌。 今日は朝から肩の調子が思わしくなかったが、思わしくないのは肘から手に掛けても同様で思わず医師に愚痴ってしまった。特効薬と呼べる物は無いというのは良く理解しているつもりでは居るのだが…。 よくむち打ち患者が周囲の理解不足について歎いている気持ちが判る気がした。判る気はするのだがどうしようも無いというのも事実だとも知っている。早く暖かくなってこの痺れから解放されたら握力低下も収まるかも知れないし、暖かくなったら肩を動かせるように為るのでは?とも考えたりする。
2006/02/08
コメント(2)
晩酌の後、何となく最初の妻に電話をしてみた。互いの近況の後で養育費について話をした後で元妻がふとこんな風に十数年支払い続けるとは…という話をし出したので、思わず「褒めてくれる?」と尋ねてみたら「こんな風に対応をし続けてくれるとは考えもしなかった」と答えた。 彼女が僕を信用してないから別れる事になったのだけど、別れて十数年経って僕が続けてきた対応に対し信じて貰えたと言うことはおも歯がゆいと言うか何というか…。 一緒に暮らした年月より遙かに長い年月別れて暮らしているからこそ互いに違った一面を知ることが出来たのかと考えるからこそ、今までとは違った付き合いが出来るのかも知れないとも考えた夜だった。 最も付き合いと言っても子供を間に挟んで…と言うのが大前提でそれ以上でもそれ以下でも無いと考えているから、養育費を支払うと約束した期限が過ぎても子供に対する責任は終わったわけでは無いと考えているからそのまま元嫁にも話をした。 子供の親としては当然と僕は考えての事だけど…ね。
2006/02/07
コメント(2)
目覚めと共にネットで気温をチェックし数日前より十度も暖かな朝と言うことを確認したのだが十度暖かだと言ってみても氷点下の話では目くそ鼻くその程度の話と思った。 左上腕部の痺れや鈍い痛み、可動域に制限が有ることに変わりは無い。ふと2ちゃんねるでのむち打ちの後遺症として良く見受けられる痛みや痺れと言う書き込みを思い出し、僕自身は利き腕の右ではなく左側に後遺症は集中しているのだが、もしこれが右上腕部の後遺症だったら…どうだったのだろう?と考えた。 僕の場合は利き腕のサポート的な左側の後遺症だから我慢の範囲内であるとも言えるかも知れないと思い至った。もし利き腕に現状の後遺症が起こったとしたらその不都合さに僕は我慢できるだろうか?。 2ちゃんねるでよく見かける被害者様的な書き込みをしていた可能性は否定できないな…と考えると書き込む人達はもう一人の僕なんだな…。 そんなことを考えた朝の一瞬だった。 結局?終日寝て過ごし夕方には風呂場を掃除し給湯を開始、夕食用の鍋焼きうどんを作ってテーブルに並べ自室で録画を見ながら晩酌して過ごしていた。夜はこのままダラダラと過ごし適当に風呂に入って寝る予定。 寒いから外出しない、外出しないから運動不足と悪循環の繰り返しであるから何とかしなくてはいけないな…と考えているのだがさてどうしたものかね?。発泡酒の晩酌を止めるのが一番のダイエット効果だというのは自分でも判っては居るのだがなかなかどうにもね。
2006/02/07
コメント(0)
昨日は気持ちについて書いたというのに、その次の日には婆の気持ちに苛ついて無碍に知らんぷりしてしまう僕が居た。その自分の行動に自分がしたことなのにとても厭な気分で一杯だ。 これも血の成せる技なのか?家族って…思いっきり何かを叫びたい気分である。こんだけ考えがはなれてしまっているのだから構わないで欲しいからこうして部屋に隠ることが多いのになんで表面だけ触ろうとするのかな?。 そう言う点で言えば親父の無関心さが有り難い。と考えつつも考えを有りの儘家族に言えない自分というのも何だかね。と考えて見たりもしている物の、決めるのは自分だから、そうして歩いていかねば為るまい。 今日は通院予定だったので目覚めて出かける準備をし、車の暖機運転を開始、暖機運転が済んだところで家を出て病院に向かいほぼ予定通りに病院到着。受付を済ませ診察の後にリハビリ&物療して帰路につく。 診察の直前に親戚から電話が入り家に立ち寄ってメンテして欲しいというので帰りに立ち寄ることを約束したので帰る途中で立ち寄り簡単なメンテをすることに。 帰路の途中でラーメンを食べ簡単な食材と晩酌用の酒を買いメンテに立ち寄りメンテをしてから帰宅。帰る早々夕飯のおかず作りで八宝菜擬きを作ってテーブルに並べ部屋に戻り晩酌。 土曜の午後から左肘から左手にかけての痺れが増して痛みを伴って危ない傾向にある。対処の方法としては暖めるということ以外は無し。注射を打ったのは先週だから次に打つとしたら来週の半ばが目処かな?。打てば取り敢えずの回避は出来るが特効薬では無く只の一時しのぎということは肝に銘じておかなくちゃね。
2006/02/06
コメント(0)
最近と言うか、田舎で暮らすようになってからと言うかなかなかやさしい気持ちになることがとても少ないと考えている。やさしい気持ちになかなか為れないだけでなく心にも潤いに欠けて居るのでは?と思うことも少なくない。 小さな子供と遊ぶことによってやさしい気持ちになれる事もあるのは判っては居ても周囲に小さな子供が居ないと幼子からやさしい気持ちを分けて貰うと言うことも出来ない中ではそれじゃあ…と女の子と会話したりとかの延長上でやさしい気持ちになれることも有るのは知っては居ても田舎じゃその会話をする相手すら見つけることは難しいのだから…。 やさしい気持ちになりたいと考えつつも為れずに居る現状では気持ちに潤いを与えるのも難しくて自分の精神バランスを保つのも一苦労だ。 今朝の気温は氷点下マイナス十五度以下と言う寒さでさすが冬期間で一番寒い季節だと実感できた。予定も無い週末は昼は弁当を買いに出かけ夕方までゴロゴロ自室で過ごし、夕方には台所に出向いて夕飯のおかずを作ってテーブルに並べ自室で晩酌をしその後は又ゴロゴロしながら寝るまでの時間を過ごしていた。
2006/02/05
コメント(6)
東京(日) 11R 3連複 軸1頭ながし 軸馬:06 相手:01,02,03,09,10 各100円(計1,000円) 京都(日) 11R 3連複 BOX 03,04,05,09,12,15 各100円(計2,000円) 東京(日) 10R 3連複 軸1頭ながし 軸馬:15 相手:04,05,12,13 各100円(計600円) 合計 3,600円 十年以上以前の同レースはクラッシックに直結すると言われていた物だが、近年色んなルートが出来たようで、このレースはクラシックに直結しないと言われて久しいトキノミノル記念だが今年はここを勝ち上がってクラシックに勝ち名乗りを上げることが出来るだろうか?。
2006/02/05
コメント(0)
今朝も朝起きたときの気温は氷点下十度以下であった。ボランティアに出かけるために何時もは着用しない長袖の下着を着用し家を出て公民館に向かいボランティアを開始したのは良いけれど、体の芯まで冷え込んでくるに従って体の動きはとてもぎこちなくなってきていた。 今にして思えば注射の薬効が薄れ始める頃でもあったからか、当初は着慣れない長袖の下着を着用したから動きがぎこちなく為ってきて居るのか?と考えて居たのだが+@で薬が着れてきていたからまるで体を大リーグ養成ギブスでも着用しているかのような感覚を覚えたのかも知れない。 時間が来てボランティアを終了し帰る頃には左上腕部の動きはお世辞にも良いとは言えない状態になっていた。多少は握力が弱いかな?と言う感じが今日は握力の弱さを自身でも感じるほどでそれ故左手でなにももたなかったほどだった。 今日は大量の収集が出来たからそれらを…と考えたいところでは有るのだが、キーボードを打つのも少し躊躇うほどになっているから今日はこの辺で…。
2006/02/04
コメント(2)
東京(土) 10R 3連複 BOX 01,02,06,08,09 各100円(計1,000円) 東京(土) 11R 3連複 BOX 01,03,06,07,14 各100円(計1,000円) 小倉(土) 11R 3連複 BOX 01,02,05,13,14,15 各100円(計2,000円) 合計 4,000円 先週の収支が+だったから今週は土曜から馬券の購入をすることにした。 北東北の天候は朝から雪が舞う天候で今朝の気温は氷点下十度と言うものだった。ネットで馬券を購入しようとして北九州は小倉で積雪のため発走時間が遅れる旨のお知らせに北と南で雪が降っているのに真中の関東では雪が無いのはなんだかだよね…。
2006/02/04
コメント(0)
後二ヶ月もしたら事故から一年経過…と為る日も遠い日では無くなりつつ有る今日この頃、正直事故の後遺症と言えるのは左上腕部に残る可動域の制限と動きにくい箇所を無理に動かそうとするときに起こる肉体の軋み位では無かろうか?。 ま、日常生活に置いて左上腕部を肩より上に持ち上げることをしない分には一見不自由は無さそうに見えるであろうし、左上腕部に特定の動きをしない事によって何事もなく生活できると思うのだが…。 意外にも何気に腕を上げることは少なくなくてその度に動きがギクシャクしてしまう事も珍しくない。また、上腕部を上方向に動かそうと努力することによって左肘から左手首にかけての痺れが増して握力が低下する傾向に有る。 現時点での問題の解消方法として選択出来るのは麻酔を肩胛骨の裏の周辺に注射をすることによって左上腕部を左肩より上に上げる事が出来るようにも為るし、左肘から左手首に掛けての痺れも解消できる唯一の方法なんだけど、そう頻繁に打つわけには行かないから月に一二度が良いところで…結果月のうち十日間程度しか薬効は効かないと言うところかな?。 事故前には自転車に乗れるようになっていたから、多分今すぐにでも乗れそうな気はするのだが、実際にはどの程度握力が続くのか判らないから取り敢えず自転車に乗ってみる…そんなところから始めたいと言う所かな?。 その上で自転車に全く不安無く乗れるようになったら、その時にバイクの復活を考えたいと思っている。二輪は走行中は握力はほとんど?必要ないけど左手はクラッチを絶えず握ったり離したりの繰り返しだからね。 2ちゃんねるとかでむち打ちについて書かれている事を読むと痛みについての記述が多いのだが、僕的には正直疑問を覚えている。が、痛いと言ってる人達は痛みが有るから痛いと言ってるのだろうけどどの位の痛みなのかな?。 朝起きて駐車場に行き車の暖機運転を開始し、部屋に戻って着替えて出かける準備をして家を出た。 一面新雪が降り積もり道路は圧雪状態で病院への到着は何時もより時間が掛かったが午前中の診察には間に合うことが出来リハビリを受けてから物療してもらい帰路につくことに…。 担当医は今日も不在で受付の人に何度も尋ねなくとも来ていたら「居る」と教えてあげるからと言われた。僕の中でも少し踏ん切りがついたと言うか、待つしか無いだろうと考えることが出来た。 マクドナルドのドライブスルーでハンバーガーを買い運転しながら食べて郊外の大型スーパーで恵方巻きを買って帰宅。夕食用に恵方巻きを切って盛りつけ自室で晩酌。 なんだかため息が良く出る晩だ。明日はボランティアもあるから少し早めに寝ようかな?。
2006/02/03
コメント(0)
寝酒を飲んでいたら誰かと話がしたくなって誰なら…と頭の中で携帯のメモリを辿るように考えてみたら数人の名前が思い浮かんだのは良いが、思い浮かんだ人は皆人妻で常識的に考えて電話をして良い時間じゃ無いので電話をすることなく過ごした。 もう四五年も前のチャットに嵌っていた頃なら、フリーのチャットに出没しては適当に話をして…とか、都下に住んでいた頃なら一人で飲みに出かけその店の常連と他愛の無い話をして寂しさを紛らわせた物だったが…。 良くも悪くも話をする相手に事欠く…というのは、自分を保つと言うのには、難しいよなと今更ながら自分の考えに頷いてしまう。 だから…都内に戻りたいと考えてしまうのだろうか?いやそれだけでも無いだろうと考えつつ別れた嫁との復縁を考えている僕も居るのだが、復縁の可能性は10%も無いとも考えている。 最初の嫁に対しては好きとか嫌いとか言う感情では無しに子供を挟んでの責任的な感情が大きいと考えているし、二番目の嫁に対しては好きという気持ちは無いでは無いのだがどうなのだろう?と考える僕が居る。 人生も半分を終えようかと言う人間が考えているのは己のことばかり何てどうなのよ自分?と思わずには居られないのだが、基本はやはり個だよな…と考えている僕が居る。 折り返しの人生は示談が済んでからの事になるだろうとは思っているのだが、僕はどのような半生を刻もうとしているのだろう?。 うだうだとベッドに横になっていると携帯の着信音が鳴り始めた。誰かと思って出てみるとボランティアの事務の人からの電話で二月に入って数回出て欲しいとの事だった。 予定が何も無いから申し出を受けて今週末から出ることにしたから、週末の予定は取り敢えず埋まったという事か?。昨年の予定通りならば、今頃は症状固定後の後遺障害認定の申請をしているはずが、二月になっても未だ症状固定の予定も経たないまま…。 今のままなら事故から一年経つ頃になっても示談している見通しは暗そうな予感がする。示談に対しては後遺障害認定の結果次第で幾つかの自分の中で考えている事はあるのだが、それも答えが出て、示談の提示を受けてそこで始めて決断…と言う流れに為るだろうから見通しはまだまだ先の事になりそう。 結局夕方まで終日ベッド上で過ごし、夕方にはちゃんぽんを作りに台所に立ち婆の分と自分の分を作って夕食にし、毎度の如く録画を見ながらベッドでゴロゴロ過ごした。 明日は通院だから寝る前には風呂にはいるのだけど、この前の通院の時に注射を打って貰って症状が少しは改善している筈がどういう訳か今回は注射の効果が出ている気がしないのはどうしてだろう?。
2006/02/02
コメント(2)
入ってて良かったと思ったのは保険では無いかな?。ま、入ってて良かった…と思うことなく過ごすのが一番良いのだろうが、やはりもしもの時には保険に入って居て有り難かったと感じる物かも知れない。 僕が一番最初に保険に加入させられたのは中学か高校に進学するときが一番最初では無かったろうか?その後ン十年以上もかけ続けられた保険のおかげで、交通事故の際の入院費用の足しになった事もあれば脳出血の入院時の費用もその保険から出して貰った事を考えるとかけた金額はすでに回収済みと言えるのかも知れない。 反対に保険に入っていたのに知識が無くて使わずに時効を迎えてしまった物に自賠責がある。過去にタクシーとの人身事故、幅寄せの車との接触事故で入院したこともあれば通院を長い時間してきたこともある。 今ならば自賠責請求をして掛かった費用はもちろん休損までも自賠責から貰うところだけど…当時はそんな知識など無かったから、全て自己負担で終わらせてきたのが、本当は自賠責請求出来たとン十年後に知ってみても後の祭りとしか言いようが無い。 ま、保険は加入しているだけでは黙って何かあったら支払って貰える訳では無いから、加入したらどんな時に支払って貰えるのかをきちんと判って加入しなくてはいけないだろう。 思えば二十代の頃は何も考えずに付き合いで生命保険に加入してきたのだが、今にして考えたらあの頃から共済に加入して居るだけでも良かったのにね…という感じかな?。 一昨昨年までバイクに十数年乗り続けてきたのだが、自賠責には加入してきていたが、任意保険には未加入でいたのだけれど、昨年の事故の反省から任意保険の加入は絶対考えなくてはいけないと反省している。 今日は朝起きると車の暖機運転を開始し部屋で着替えて出かける準備をしたとでそそくさと車で出かけた。寝起きで見た天気図でも、天気予報でも雪が降るなどと一言も書いてなかったから数日は雪が降ることなど無いだろうと予想していたのだが、走り始めるとちらほら雪が降り始め盛岡市内に入る頃には道路まで白く為りつつあった。 病院に到着する頃には路面は積雪状態に入って居たが、病院に到着したのだから診察を受け物療して…と考え院内にはいると月曜の混み具合から今日もそれなりの混み具合だろうと勝手に考えて見たのだが院内にはいると患者はちらほらとで殆ど待たされることなく診察を受け先週から考えていた注射を肩胛骨の周囲に打って貰いその後で物療に行きマッサージを受けた。今までは左肩全体に感じていた痺れだが、痺れる場所が疎らに為りつつあるのかマッサージで心地良いところが有るのは嬉しいところだ。 何時もなら注射を受け物療をして貰うと物療の途中で注射の効果が出てくるのだが、今日は何時もと違って注射の箇所が少なく感じたので効きが弱かったのかも知れない。 担当医は今日も不在だったがもし金曜に診察を受ける医師が今日と同じ医師なら注射の効果を腕を持って確認して貰いたいと考えている。それにしても担当医の復帰は何時になる事やら…。 病院を後にし途中買い物をして帰宅。買ってきた弁当で昼食を済ませしばらく部屋で休んだ後で夕食のおかずのクリームシチューを作ってテーブルに並べて完成。自室でパンとシチューで夕食とし食べ終わってから晩酌開始。こうして今夜も夜を過ごすのだろう…。
2006/02/01
コメント(2)
全33件 (33件中 1-33件目)
1