piled timber

2004/11/22
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 従兄弟から家系図があると聞いたのは父方の祖父が亡くなった後だったからもう三年も前のことだった。

 けれど、家系図が僕の元に来たのは今年の夏前の事だった。

 元々歴史関係の書物を読むことが好きだった僕は父方の家系図が作れるのなら、自分の家の家系図も作れるのでは?と作ることを思い立った。

 手始めに選んだのは、我が家の謄本を取ることだった。謄本と言っても数世代遡る事が出来るから。その気になれば明治以前まで遡ることも可能なのだ。

 我が家で言うと、戸籍法が発布され実際に登記されたのは明治二十年代に登記されたものが公文書としては最古のものと言って良いだろう。この辺まで遡ると今から百五十年以上も前の事を知ることになる。そこに記載された我が家の最も古い正確な記録というと天保十三年二月二十一日に生まれた熊吉が居る。そして熊吉の父の名は弥七と言って熊吉よりおよそ二十年は以前に生まれているだろう。そうすると1820年代に生まれていたと言うことになる。熊吉には弟が一人居て、熊吉、留吉兄弟から連なる血筋が祖を等しくする人々ということになる。

 ルーツ探しはこうして同じ血を持つものを探す事から始まった。まずは手近な血縁から謄本からの順番を追って新たに書き加えながら作業を始めるとたどり着いた先の弥七は婿養子であると言う伝承があると言うから一応の我が家の祖から僕までは七代続いている事が判った。

 幕末の南部藩の圧政は民に塗炭の苦しみを与え、加えて幕末期に度重なる冷害が襲ったという記録があることから、初代、二代は相当に苦しんだものと考えられた。当時の街道を歩けばそこいらに死骸が横たわっていたと言う話もあれば近隣では村が途絶えてしまった所が幾つかあると言うからすさまじいものだったに違いない。

 初代の以前を考えても蝦夷の頃から中央から度重なる侵略を受け続けてきたと歴史でも残っているとおり北東北の人々は大変な思いをして生きてきたのだな…と今更ながらに感じた。

 う~~ん、訳わかめな文章になってきている。



 そんなことどうでもいいやと感じる人にはどうでも言い内容だとは思うけど、僕は僕が生まれる以前の人達の足跡を振り返って見て、今までより自分の身近に感じることが出来るようになったのは嬉しかった。

 頼まれたパソコン入力を今日から取りかかろうと考えては見たものの午前中はただただボーっとして過ごし、午後からはと昼でも食べようかな?と今に出向いたのは良いけれど、祖母から声をかけられ無視するように自室へ戻って結局今日も昼は抜きとなった。
 午後からは、買ってある豚モツを煮込むときに豆腐があった方が良いと考え買い物に出た。途中でそういえば、へやの蛍光灯の電気が切れているので買って帰ろうと考えていた。買った物はロールキャベツ作るときに使うとHP仲間に教えて貰ったトマトピューレ、エノキ、豆腐、おかし色々、発泡酒、焼酎、アイスクリーム等々を買い、郵便局にて入金し帰宅。帰ってきてから何やら忘れている気が…と考えて電球をすっかり失念していたことに気が付き唖然。おいらの頭は鶏頭と判明した。
 んで、お菓子をぽりぽり食べ始め夕食の支度をするまで食っていたらお腹はほぼ満足状態。けど、作らぬ訳にも行かないから台所に行く前に小屋へ行きネギを一本持って台所へ。冷蔵庫から親子丼用の肉を出し、タマネギを物置からだし刻んでフライパンを用意して軽く暖めタマネギを入れその後出汁を加え鶏肉を入れ、鶏肉に火が通ったら卵を入れなくちゃと取り出すときにマイタケを入れる予定を思い出し、慌てて刻んでフライパンに放り込み火が通った頃にネギを刻みフライパンに入れ卵を溶いてフライパンの火を止め卵を回し入れ半熟程度に卵が固まったところで出来上がり。
婆さんには自分で食べる量だけご飯を盛らせ、親父の分と自分の分をご飯をよそってご飯の上に出来上がった物をかけて出来上がり。夕食の開始となった。味はまあまあだったかな?難点と言えばフライパンで煮込んだ形を崩さぬようにご飯の上に載せたかったのだが、見事にぐちゃぐちゃになってご飯の上に乗ったのだがまあご愛敬と言うところかな?。明日の予定はモツ鍋のつもり。
 で、毎晩恒例の日記書き。日記に書く事じゃあ無い事もないか?。最近私書箱に届く私信に返事を出して思ったのは、色んな事があると言うことだ。僕は二度失敗してるから誰の参考にもならないだろうが、続ける努力をしている事は良く分かる気はする。けど、はたから口を出すことでも無いだろうし…って、昔の僕なら多分口を挟んでしまっていると思うが、今の僕はそれすらやろうという気にも慣れないというか、出して失敗する怖さを判っているだけに何も出来ないなら必要以上に立ち入らない様にしようと思っている。





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Last updated  2004/11/22 06:20:55 PM
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Re:ルーツ(11/22)  
・koko・  さん
へぇ、面白いですね
ルーツかぁ・・・
うちの旦那の家には大きなお墓があります
お寺の中に門のようになっているものもあったりします
江戸時代からどうの・・・って話を聞いたことがあったかな?
お墓に行ってもルーツというか、時代の記録というのは感じられますよね
・・って、表現がなんとなく変ですみません
(2004/11/22 02:18:14 AM)

Re[1]:ルーツ(11/22)  
・koko・さん
私の実家のある辺りは江戸時代の開拓によって開かれた土地のようでして、多分開拓した人間の一人か、開拓した後連れてこられた人間の一人が我が家の祖だったのでは無いのかな?と考えています。
そうだとしてもたかだか四・五百年ほど昔の話で戦国時代末期か、江戸時代に入ってからの話ですね。

本当はお寺の過去帳からもう少し辿れるのでは?とも考えましたが、残念なことに明治の初期にお寺が火事で燃えてしまったそうで、その際に古い過去帳は総て燃えてしまったとか、再構築された過去帳はと言うと謄本とほぼ同じ古さで、これじゃ参考にもなりませんよね。
最近はもっぱらこの地域で在った事が記述されてる記録を探してみています。古い地図とかがあればな…とかね。それはそれで、
我が家の祖となった人間から現在までを血の流れを辿る度も意外なところであの人も同じ血を貰っているのか!!と不思議な親しさを覚えることが間々あります。元が一軒の家から流れ始めた血は現在では四十軒から五十軒の家に広がって居ますからね。 (2004/11/22 08:33:20 AM)

Re:ルーツ(11/22)  
st.bluerose  さん
原戸籍を取る機会が多々あったのでそうすると
んん?いつの時代だぁ~?ってところまでさかのぼれるのですよね。
文字からして古そうな筆跡・・読めない・・みたいな。
ルーツはドラマ見たので自分のルーツ調べもおもしろそうと思ったのですけどね。
何もしてないですが、その謄本大事にしまってあります。
一応ルーツですから子どもに引き継ごうと思ってます(^o^)
戸籍も改定改定で載ってなくなるんですよね。

(2004/11/22 10:45:39 AM)

Re[1]:ルーツ(11/22)  
st.blueroseさん
辿って行けば明治二十年代に一番最初に登記したものまで遡れますからそこから以前のとこら辺りまでは坂のぼれると思いますよ。
現に、私の実家の古い謄本は祖父の代の謄本もその以前のものも取ることが出来ましたから…そして一番古いものは?と尋ねて出てきたものが明治政府によって定められた戸籍法で登録が義務づけられた頃のものですからね。 (2004/11/22 10:56:53 AM)

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アック@ Re:減6脂質異常1600粥(06/04) その後、お体の具合はいかがでしょうか。 …
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