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◆小説のあらすじ・登場人物◆ 最初または途中の回は◆ 一覧 ◆から ※ リンク先は携帯では表示できません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 紗英と坂下の二人が海に出かけた日、夜になって紗英から電話がかかってきた。「今日は楽しんできたか?」 てっきり喜びの報告だろうと思った僕の問いに返事はなく、耳に当てた携帯の向こうには消灯後の病院の床の冷たさだけが感じられた。「紗英?」 微かに聞こえるすすり泣くような声。「生きていたいの。もっと…、吾朗ちゃんやくーちゃんや、琢人のそばにいたいの。死にたくない…」 紗英の心がこぼれ出す。 今日までずっと平気なふりをして、我慢してきたのだろう。 限界まで何でも一人で抱えてしまうのは、未婚の母になることを選択した気丈な母親譲りの気質なのか。それとも一人で自分を育ててくれた母親に、心配かけまいとして身についた習性なのか。 我がままで勝気な態度でコーティングした奥に、本当は人一倍臆病で繊細な心を隠している。 その本音を見せない、強がりな紗英が泣いている。生きていたいと泣いている。 紗英がこんなふうに心を曝け出すのは、珍しいことだった。 坂下への想いが、頑なな紗英の心の殻を中から突き割って溢れ出したのだろう。それなのにどうして坂下ではなく、僕に電話をしてきたのか。その理由は、聞かなくとも見当はついた。「そうだよな。生きていたいよな。明日も坂下に笑顔を見せたいよな。これからもずっと、きれいな笑顔でいたいよな。だったら今はいくらでも泣いていいよ。一晩中でも付き合ってやるから。明日また、坂下に笑顔で我がまま言えるように、今は、しっかり泣いておけばいい」 紗英は声を強めて泣いた。 それから一週間、夜になると何度かそんな電話があった。ある時は紗英がすすり泣くのを、また別の時にはやけになって怒りながら泣くのを、ただ黙って聞いていた。「ごめんね、こんな電話ばかりで。ごめんね」 最後はいつも、泣きながらごめんねを繰り返す。 僕は紗英の声の全てを漏らさないように、ひたすら耳を傾け続けた。どうか奇跡が起こりますように、それだけを願いながら。 だが、何の前触れもなくその日は突然やって来た。「紗英が危ない」 坂下からの電話は部長とともに取引先に向かっている最中だったが、友人が危篤だと話すと部長は一刻も早く行くようにと言ってくれた。「望みは捨てるな」 そう言ってくれた部長に深く頭を下げて、タクシーに乗り込んだ。 普段と何も変わらない平日の午後。渋滞気味の道路。街を行き交う大勢の人々。信号の変わるタイミングも、くすんだビルを照らす午後の陽射しも、病院の正面玄関の自動ドアの開く音だって、何一ついつもと違うものはなかった。なのに、どうして…。 幾度となく通ったホスピスへの通路を駆け抜け、紗英の部屋に向かった。 坂下の隣で、先に来ていたくるみは泣くのを堪えて唇を噛んでいた。「紗英、吾朗が来たぞ、分かるか? 分かったら手を握り返してくれ」 紗英のか細い指先が微かに動き、坂下の手を握り返す。「紗英、聞こえるか? 僕だよ。しっかりしてくれ。紗英…」 僕たちは紗英に声をかけ続けた。バレンタインにはうんと着飾って、坂下とまた食事にでも行ったらいいとか、春になったらみんなで花見に行こうとか。 そして淡い西日に、部屋の中の全ての影が縦長に伸び始めた頃、消え入りそうな微笑みを最後に、紗英の時間はあっけなく止まった。 夕闇に包まれた部屋には、世間の時間の流れとは別に、重たい時間が淀みながらかろうじて流れていた。 ベッド脇のキャビネットに置かれた小さな箱の中には、紗英の母親の形見の銀のロケットがあった。中には両親と生後間もない紗英の写真。色褪せて変色した上に傷だらけで顔が判別し難かったが、紗英を抱いて写っている男性の出で立ちは、今見ると確かに僕の親父そのものだった。 別室に運ばれ着替えを終えた紗英は、くるみが買ってきた白いコートを羽織り、優しい夢でも見ているかのような安らかな顔をしていた。 その手のひらにロケットをそっとのせた。こぼれた僕の涙がロケットを濡らし、銀色が鈍く光った。 葬儀は紗英の母親の墓がある鎌倉の寺で行われた。参列したのは僕と坂下とくるみの三人だけだった。 火葬場で待つ間、止まりそうになっていた僕たちの時間が次第にペースを取り戻しつつあるのを感じていた。 親父の時もそうだった。辛いのはこれからだ。こうして悲しい色に包まれている間はまだいい。 けれど背中を押されるようにして日常に戻った時、何も変わり映えのしない世界に、たった一人いなくなったという事実がどれ程受け入れ難いことかを知る。 外の空気を吸ってくる、そう言ったまま戻らない坂下が気になって僕も外に出た。 空に届きそうな煙突から立ち上る煙を、坂下は見上げていた。昼間見える三日月のようにうっすらと細く棚引いた煙は、先の方で空に溶け込むように消えていった。「お前と海に行った日の夜、紗英から電話があったんだ。もっと生きていたいって。お前のそばにいたいって、そう言って泣いていた」「そうか」 坂下は少し安心したような顔をした。「紗英が自分の葬式の手配まで考えていたのを、吾朗、お前は知ってたか?」 そんなこと初耳だった。葬儀は病院の出入りの葬儀屋に坂下が手配してくれたんだと思っていた。「実家を売却して入院費も葬儀にかかる費用も用意して、葬式やこれから先の墓のことも…、だいぶ前になるが、紗英はさっきの寺の住職に自分で相談しに行ったんだ」 僕は耳を疑った。じゃあ、いつか紗英のお母さんの墓参りに行ったあの日、住職と今後のことを話してくると言っていたのはそのことだったのか?「俺の目には、あまりにも潔いというか、淡々と準備をしていく紗英の姿が、いつ死んでも構わないって思っているように見えて…。辛いことが多かったから、無理もないのかと思っていた。だが、もっと生きていたいって思ってたんだな。もっと生きていたいって思えたってことは、幸せだったってことだよな」 坂下は遠い目をして、自分に言い聞かせるようにそう言った。「ああ、そうだな。辛いことも多かっただろうけど、紗英はきっと幸せだった」 ふいに紗英が言った言葉を思い出した。「どんな状況の中でも、夢を見ることは誰にでも許されていることだから。一つ駄目になったらまた新しく、そうやっていつも夢を見ながら、明日に繋いできたの」 そうだったよな、紗英。胸が押し潰されそうなこんな状況の中でも、お前は夢を見続けようとした。お前がそうしてきたように、この先どんなに辛くても、僕たちも夢を見ながら明日に繋ごう。 いつか証明されることを信じて、ポアンカレ予想にたくさんの数学者たちが挑んできたように、僕たちもいつか遠い未来に、百年後の未来に、生まれ変わって再会できたら、また一緒に幸せを感じられるように。光に満ちた明日を信じて、今日を繋いでいかないとな。そうだろ? 紗英。epilogue ~ takuto 始 ~ 病棟の裏手にある職員専用の駐車場に車を停め、坂下琢人は車から降りた。すぐそこにホスピスが見えた。クリーム色の外壁は朝日を浴びて、これから始まる一日のために暖かさを蓄えているかのようだった。 そこに紗英はもういない。現実が容赦なく坂下の胸を射る。 紗英が使っていた部屋は窓が開けられ、次の入室者を迎えるための準備が始められていた。 坂下は医局に向かった。 デスクの上には、紗英が使っていたシルバーのノートパソコンがあった。坂下はそれを紗英と一緒に買いに行った日のことを思い出した。「私が使えなくなったら琢人にあげる。だから琢人が一番欲しいのを選んで」「じゃあ、一番高いやつだな」 悲しみを打ち消すようにそう言って笑ったことが、遠い昔のことのように感じられた。 坂下はパソコンを起動させ、生前の紗英の指示通りに「sae」という名前のファイルを探した。検索をかけるとすぐにワープロの文書ファイルがヒットした。 あいつのことだから間違っても愛の言葉なんか残してはいないだろう、坂下は苦笑いしながら文書名をダブルクリックした。すると、鮮やかなオレンジ色の花の画像と、紗英からのメッセージがそこにあった。 彼はこの花の名前も花言葉も知らなかったが、オレンジ色の明るい雰囲気がどことなく、笑っている紗英を思い起こさせた。ねえ 琢人、今 笑ってる?あなたの今日が、たくさんの笑顔に包まれた一日でありますように。 紗英 こうきたか。坂下はそんな顔をして可笑しそうに口元を緩めた。 彼が知らない花の名は「ミムラス」、花言葉は「笑顔を見せて」。 しばらくその画面を眺めた後、坂下はパソコンを閉じて白衣に腕を通した。そして寂しさを払拭するかのように勢いよく医局のドアを開け、しっかりとした足取りで廊下を歩き出した。 こうして今日もまた、新しい一日が始まる。 「poincare ~ ポアンカレ ~」 完 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!後書きはまた後日あらためて。(*^^)v今回の物語の補足銀のロケット 第9話・紗英の母の墓参り 第18話実家の売却・住職との話 第20話・パソコンを買いに行った日 第28話 Copyright (c) 2007 - 2009 “poincare ~ポアンカレ~” All rights reserved.※迷惑コメント対策で「http:」を禁止ワードに設定しました。URLをご記入の際には最初の「h」を省いてお書きください。
March 19, 2009
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◆小説のかなり大雑把なあらすじ・登場人物◆は、記事の下のコメント欄を。 最初から、または途中の回からは、◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、リンク先は携帯では表示されません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 血相を変えた琢人が、乱暴に部屋に入って来た。「どういうことなんだ。今、ナースステーションで聞いたら、紗英に変わりはないって」 琢人に電話をかけてくれた看護師の積木さんが、今にも吹き出しそうになるのをこらえて話す。「どういうことなんだって言われても…。私は、急いで来てください、月野さんが海を見に行きたいそうですって言おうとしていたのに、月野さんが、まで言ったら、先生が分かったすぐ行くって電話を切っちゃたんじゃないですか」「何だよそれ。急いで来てくださいなんて言われたら、緊急だと思うじゃないかっ」 怒っているというよりは、取り乱した自分を見せてしまったことを恥じている琢人を、吾朗ちゃんがここぞとばかりにからかった。「お前でもそんな顔するんだな、耳まで赤くしちゃって」 琢人はますます赤くなった。これ以上、機嫌を損ねちゃうと厄介だから、ここは素直に謝っておく。「ごめんね、余計な心配かけちゃって」 バツが悪そうに、琢人は頭の後ろに手をやった。こう言うときの琢人って、ホント可愛い。「ということで、頼むよ、坂下。今日は休みだろう? 紗英に海を見せてやってくれ。僕が連れて行ってもいいんだけど、何かあったら困るだろう? その点、お前が一緒なら安心だし」「何でまた、急に海なんて…」 琢人がそう言いかけたとき、今度はくーちゃんが息を切らして入って来た。「良かったぁ、間に合った」「あれ? くるみも行く気になってる? 行くのは紗英と坂下だけなんだけど」「分かってるわよ、そんなこと」 くーちゃんは抱えていた大きな紙袋を開け、白のロングコートを取り出した。「はい、これ、紗英さんに。海、寒いから暖かい格好していかないとね」「そのコート見覚えが…」 びっくりしている吾朗ちゃんに、くーちゃんが笑いかけた。「いつか一緒に買い物に行ったときに眺めていたの、覚えてる? さっき電話したときに吾朗君から、紗英さんが海を見に行くって聞いて大慌てで買ってきたの」 そういうとくーちゃんは私の方に向き直った。「これね、紗英さんに似合いそうだって、ずっと前に吾朗君と言ってたの。ね、ちょっと着てみて」 コートの袖に腕を通す。少し絞られたウエストと長めの丈がきれいなラインを作り出す。「やっぱり、よく似合う」 くーちゃんと吾朗ちゃんは顔を見合せて、満足そうに微笑んだ。何だかいい感じ。そんな二人の様子を見るのはとても嬉しかった。「お姉ちゃんのコート、ドレスみたい。真っ白で結婚式みたいだね」 その声に振り向くと、部屋の入口から夢芽ちゃんが覗き込んでいた。「お母さんのお見舞いのついでに、遊びに来てくれたの?」 夢芽ちゃんはこくりと大きく頷いた。「夢芽ね、今日リボンでお花作ってお母さんにプレゼントしたの。きれいにできたからお姉ちゃんにもあげようと思って」 そう言うと夢芽ちゃんは、色とりどりのリボンで作った可愛い花束を差し出した。「ありがとう」「あのね、これ、お姉ちゃんの結婚式のブーケにしてもいいよ」 照れくさそうにそう言った夢芽ちゃんに、私は大きく頷いた。「くるみちゃん、俺にも白のタキシードとか用意してくれたら良かったのに」 落ち着きを取り戻した琢人が、いつもの調子で要らないことを喋り出した。「え、お姉ちゃん、この先生と結婚するの? やめておいた方がいいと思うよ。この先生、とっても軽くていい加減なことばかり言うって、お母さんが隣のベッドのおばちゃんと話してたもの」 みんな、笑った。琢人だけが苦虫を踏み潰したような顔をした。「僕の妹を頼むぞ。泣かしたりしたら、承知しないからな」「全く、今日は何ていう日だ」 琢人はブツブツ言っていた。 着いたのは病院から車で三十分程行ったところにある、高台の駐車場だった。駐車場をぐるりと取り囲むガードレールの向こうには、冬の海が広がっている。 空と海を遮るものは何一つなく、降り注ぐ太陽の光が荒れた波の上を飛び跳ねるように光っていた。「外に出るか?」「うん」 車を降りた途端、強い海風が吹き付けた。よろけそうになった私の肩を支え、飛ばされそうだな、と琢人が大きな声で言った。 駐車場の片隅に小屋のようなものがあった。夏場だけ有料になるこの駐車場の料金窓口のようだった。人影もない今は、周りにブルーシートが巻き付けられていて、その端がバタバタと風に煽られてやけにうるさい。 私は琢人の腕にしがみ付くようにして海を見つめた。「いつまであなたの傍にいられるのかな。もうそんなに長くはないような気がするの」 琢人が何も言わないので、顔を覗いた。海を見つめる瞳にうっすらと涙が滲む。「ごめん、変なこと言って…。ごめんね」 琢人は優しい笑みを浮かべ、小さく首を横に振った。 何も言えない時間が流れる。「琢人…」 呼ばれて顔を向けた琢人の頬を、てのひらで包みこむ。冷たい頬が、指先の熱を奪う。 そっと微笑んで、静かに唇を重ねた。 眩いほどに反射する光の波の中で、潮騒が遠ざかっていき、全身がゆらゆらと波間に沈んでいくような錯覚が起きる。海の底へ、底へ。深く、ずっと深く。けれどもそこは光の届かない闇ではなく、光の束が揺れる透明な世界。 私を抱き締めた腕に込められた力の強さに、目眩を覚えそうになるくらい、幸せな今。 きっとこれから先何十年も何百年も、私たちの想いはこの波に抱かれて、永遠の営みの中でいつまでも輝き続けていく。海も空も風も、この瞬間の私たちのことをきっと覚えていてくれる。 何だかそんな気がするの。また吾朗ちゃんに壮大な他力本願だって笑われそうだけど。 だから琢人、あなたの中の私への想いがいつか消えてしまっても、私は大丈夫。 私がいなくなったら私への想いはこの海に任せて、一日も早く忘れて新しい恋に出会ってね。その代り今は、最期の一分一秒まであなたのことを好きでいさせて。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○読んでくださり、ありがとうございました!ぽちっとランキングへの応援を。励みになってます 今回の物語の補足前回、夢芽ちゃんが登場した場面 第49話吾朗が白のロングコートを眺めていた場面 第38話予定では次回が最終話です。さて、前回書いた息子の(小3)の反抗期色々コメントをお寄せくださり、ありがとうございました。温かいお言葉の数々、嬉しい限りです息子はもともと感情が激しく、怒ると物に当たり散らし、これまでに2回、家のガラス戸を割りました。きっと15の夜には、盗んだバイクで走りだすんだろうな…。それで学校の窓ガラスを鉄パイプで割ったりするんだろうな…。そんな感じ。(-ω-;;)それでも普段はとても優しい子。怒り散らすこともしょちゅうではないのですが、先々週は常にイライラが酷かったんです。そう、先々週は。先週からぴたっと治まってます。最初は私が最近忙しくて、夕飯の支度をしておいて、兄弟で食べててね~と言って、出掛けることも何度かあったし、(今住んでいる所はPTAも地域のことも集まるのは夜。以前住んでた所では考えられませんが、地域により様々ですね)旦那も年度末で帰りが結構遅いので、寂しいの? とも思いましたが…違いました少し前から鼻がつまると言うので、軽い風邪だと思っていたら、やたらと目をこすりだし…ひょっとして…花粉症?!3/2、病院で間違いありませんね~とお墨付きで、花粉症デビュー。(>_
March 8, 2009
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◆小説のかなり大雑把なあらすじ・登場人物◆は、記事の下のコメント欄を。 最初から、または途中の回からは、◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、リンク先は携帯では表示できません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ お正月の病院はどことなく静かだった。外来も休診で、売店も閉まっていた。 元日に病院から少し歩いた所にある神社に、初詣に行こうと琢人に誘われた。ちょうど吾朗ちゃんもくーちゃんも来ていたので、皆で一緒に。 大晦日に聞こえた除夜の鐘は、その神社でついていたものだった。 皆で引いたおみくじ。大吉を引き当てたのに、正直ちょっと複雑だった。 今年の運勢? 私にとって今年ってあとどのくらいあるのだろう。おみくじを引いたことを後悔した。 顔には出さないようにしていたつもりだったけれど、私が素直に喜んでいないと見抜いたのか、琢人がからかうように言った。「良かったじゃないか、最後に引いたおみくじが大凶ってのも嫌だろう?」 琢人は気が付いていたかなぁ。あの時、くーちゃんも吾朗ちゃんも顔を引きつらせていたことに。 けれど慰めになっていない彼の遠慮のない言葉は、私にはかえって楽だった。変に気を使わないでいてくれるから、私も気を使わずに済む。「そっか、それもそうだね」 そう言って、笑ったのは強がりなんかじゃない。心からそう思えたの。 年明け最初の土曜日は、この時期にしてはとても暖かかった。 一時帰宅していた入院患者も病室に戻り、病院はいつもの雰囲気を取り戻していた。「天気もいいし、ちょっと外に出てみないか? 駐車場から中庭抜けてきたら、池のそばの木に黄色い花が咲いていてきれいだったから見に行こう」 吾朗ちゃんに誘われて、外に出てみることにした。 黄色い花、多分それは蝋梅(ロウバイ)のこと。昨年の今頃、私も母を誘って中庭に見に行ったっけ。あれから一年。大きな出来事が重なってしんどかった分、二年にも三年にも感じられた。 中庭には蝋梅を見に来た先客がいた。母がホスピスに移る前に同じ病室にいたおばあさんだった。あの頃から、ずっと入退院を繰り返しているらしい。 おばあさんは車椅子に乗った私を見て驚いた様子だった。「今、母がいたのと同じホスピスにいるんです」「そうだったの」 私の言葉におばあさんは目を細めて、少し顔を曇らせた。「そう言えばあなたご結婚されてたのよね。こちらが旦那様?」「あ、いえ、結婚はしていましたが、母が亡くなってしばらくしてから離婚したんです。この人は…」「僕は月野紗英のいとこで、居村と言います」 すかさず吾朗ちゃんがそう答えた。そうだよね、私の母のこと知っている人に「兄」とは名乗れないものね。いちいち説明されても、された方も困っちゃうだろうし。 私もいつかくーちゃんに、自分は吾朗ちゃんのいとこだと、咄嗟に嘘をついたのを思い出した。「そう、旦那様じゃないの。良かった」 良かった? 私はおばあさんの微笑みに戸惑った。「どういうことですか?」 おばあさんはクスクスと小さく笑った。真っ白になった髪の毛が、日差しに透けて細く光る。「だって、旦那様があなたに付き添っていたら、坂下先生が焼きもち焼くじゃない」 何を言い出すかと思ったら…。後ろで吾朗ちゃんまで小さく笑った。「やだ、何言ってるんですか。母が入院してた頃、ふざけて看護師さんたちに私のこと恋人とか言ってましたけど、坂下先生は患者さんもお見舞いの人も、誰彼構わず自分の恋人って言ってるんですよ。あの先生の言うこと真に受けちゃダメです」「あら、そうかしらねぇ。そんなことはないと思うけど」 おばあさんはいたってまじめな顔付きだった。「確かにあの先生、誰でも僕の恋人って言ったりするけれど。レントゲン撮りに行くとき、私にまでデートのお誘いって言うしね。でもそうじゃないの。言っていることは皆同じかもしれないけれど。いつかあなたとあそこの廊下で会ったことがあったでしょう? あなたを見つけた時の先生、嬉しそうと言うか、照れくさそうというか、きっと先生はあなたのことが好きなんだって、あのときに思ったの。あのときのあなたも少し緊張したように見えたから、先生を意識して緊張しているのかと思ったんだけど。違った?」 それは私が吾朗ちゃんのアパートに住んでいることを、琢人に打ち明けた日のことだった。もう私のことに関わらないでと、琢人に告げたのもこの日だった。「坂下先生のことは別に…。それに私は、もう…」「もう自分は長くはないから、傷が深くならないように坂下先生にはなるべく関わらないようにしよう、そんなふうに思っているの?」 とても優しいその声が、私の胸を貫いた。「だとしたらそれは違うと思うの。一般病棟からホスピスに移ったときに、あなたのお母さん、お見舞いに来る人が自分を不幸にするって嘆いていた。皆が自分を可哀想な目つきで憐れむって。私はまだ生きているのに、これから最後の一分一秒まで、もっともっと幸せになろうと思っているのに、そう言ってたのを覚えているわ。あなただって、もっともっと幸せにならなくちゃ」 日の光を照り返してキラキラ光る池で鯉が跳ねた。穏やかだった水面に波紋が広がる。「それにね、悲しませてしまうことばかり心配するより、あなたにだってまだ誰かを幸せにできる力も時間もあるんだから、今のうちにそれを使わなきゃいけないと思うの。諦めないで。大切な人と一緒に幸せになりなさい」「紗英、余計なことかもしれないけど…」 それまで黙っていた吾朗ちゃんも口を挟んだ。 蝋梅の花は五分咲きといったところだった。黄色い花の色が、澄み切った空の青さを際立たせる。その青さが私の胸に沁み込んでいく。甘く、切なく、痛い。 私は大吉のおみくじのことを思い出した。今更だよね。今更だけど…。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○読んでくださり、ありがとうございました!ぽちっとランキングへの応援を。励みになってます 今回の物語の補足紗英が吾朗とはいとこだとくるみに言った場面 第6話病院の廊下で紗英とおばあちゃんが会った場面 第35話今回登場した蝋梅(ロウバイ)ブログで交流させていただいている、yasu41asyさんと殻をつけたヒナさん からお写真をお借りしました。(画像をクリックするとそれぞれの日記にジャンプします)青空に映える狼狽がなんともきれいですよね~(^o^)丿以前もご紹介させていただいたヒナさんの写真。美しい…(*^。^*)yasuさん、ヒナさん、快くお写真を提供していただき、ありがとうございました~♪私、ちょっとここのところ、忙しいのが重なったり、子供が反抗期なのか言うこと聞かなかったり、結構ストレスがたまってしまい、胃の調子を壊しました。(-_-;)昨日(2/28)は午後になって吐き気と寒気が止まらず、夜は大変な目に…今日はだいぶ落ち着きましたし、旦那が子供を連れ出してくれたので、こうやってのんびり更新することができました。皆様のところにお伺いするのもかなり途切れがちになっていますが、暇を見てお邪魔させていただきますので、どうぞお許しください。m(__)mそれにしてもウチの息子は「親の心、子知らず」で…私も子供の頃、そうだったよな~今更だよね。今更だけど…。お母さん、ごめんね!(ノ_<。)グスンッ今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ
March 1, 2009
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◆小説のかなり大雑把なあらすじ・登場人物◆は、記事の下のコメント欄を。 最初から、または途中の回からは、◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、上記リンクは携帯では表示できません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 夜が怖い。考えないようにって思っていても、ベッドに入って目を閉じると、もしもこのまま…そんな想いがいつも頭の片隅にある。この前、倒れてからは特に。 ぐずぐずと眠れないままでいたら、どこからか鐘の音が聞こえてきた。除夜の鐘。年が明ける。 近くにお寺なんかあったっけ? しっかり聞いておこう。なぜかそんな気になって、私はベッドの上に身を起こした。こんなに神経を集中させて、鐘の音を聞いたのは初めてだった。冷たい空気を伝ってくる振動が、耳に心地良い。 最後の鐘が鳴り終わる頃には、すっかり目が冴えていた。 そうだ、今のうちにブログを書いておこう。そう思って、ノートパソコンの電源を入れた。 (注・以下、紗英のブログです) ------------------------------------------------------------------------ Happy New Year! 私もなんとか“今年”を迎えることができたみたい。(笑) 新年早々こんなこと書くのもどうかと思うんだけど。 実はね、この前倒れちゃったんだ。 一時的にだけど意識不明。マジ、焦った。 いや意識がなかったから、私は焦ってはいないか。(笑) 笑ってる場合かっ?! っていう、みんなからのツッコミが聞こえてくるわ。 それでね、ちゃんと今のうちに、みんなに『ありがとう!』って言っておきたくて。 だって、ほら、私、友達いないじゃない。(泣) こっちの友達とは、十年前、お兄ちゃんのこと知った時 誰にも何も打ち明けられなくて、早くお兄ちゃんの傍を離れたくて 友達には何も言わずに京都に行っちゃって、それ以来、ほぼ音信不通! 何で京都だったのかって? それはね、京都に行く前にお兄ちゃんのこと忘れようと思って 一人で北海道に行ったの。 何で北海道かって? 聞かれてないけど答えちゃう。 何となく、失恋・傷心って言ったら、北の方じゃない? 辛いのに沖縄とか行って弾けちゃうのもどうかと思って。 今思えば、それもありだったかな?(笑) 話は北海道に戻すけど そこでたまたま私に声をかけてくれた人が、京都から来てた人だったの。 名前も連絡先も何も聞いてなかったけど 優しくしてくれたその人に、もう一度バッタリ出会えたら これって運命? な気分じゃない。 それで京都。結局、会えなかったけどね。 運命じゃなかったのね、きっと。 離婚して、こっちに帰って来るときは別れた旦那に、私の居場所がバレないように、 やっぱり誰にもろくに挨拶もせずに、これまた音信不通! きっと、常識のない薄情者って思われてるよね。(笑) だから、話せる人って結局、タックンしかいなかったの。 でもタックンにも、って言うか、タックンだからこそ言えないこともあるじゃない? だから、誰にも話せない気持ち、ここでみんなに聞いてもらえて、 たくさんたくさん励ましてもらえて、ホント、救われた。 ありがとう! 不思議だね。会ったことも、電話で話したこともないのに。 パソコンの画面の中の文字列でしか知らないのに。 だけど、ここで繋がっている。 ありがとう! ずっと支え続けてくれたこと。 これからも誰かを支え続けられる、そんな、みんなでいてね。 もし荒らしとか、炎上とか、ネットで悪さしたら、私、化けて出るからね。(笑) そうそう、タックンへのメッセージ、色々書いてはみたんだけど… ファイル、全部削除しちゃった。重いかな? と思って。 あ、重いのはパソコンの動作が、じゃないよ。って、分かるよね、フツー。 動作が重くなるほどのメッセージって…どんだけよ?(笑) あんまり色々と書かれてもね、かえって辛いんじゃないかって、思ったの。 だから一番言いたいこと一つだけ、それだけ書き直して、あとは全部Delete! それと、このブログ、更新するのは今日が最後。 三日後にはブログ自体、削除するね。 もし四日後過ぎてもこのブログがあったら、もう私はいないと思ってね。 ほらほら、そこ、泣かないの! って、泣いてない? 今まで、どうもありがとう。 何もできないけれど、心から感謝の気持ち。 個別に訪問するのも、ちょっと辛いので、これが私からの最後のごあいさつ。 みんな、どうか、お元気で。 ごめんね。新年早々こんな話で。 今年も、来年も、ずっとずっといつまでも、みんなの幸せな時間が続きますように。 by poincare_days ------------------------------------------------------------------------ 入力しながらぽろぽろ、ぽろぽろ、涙がこぼれて止まらなかった。 けれど、不思議と気持ちはさっきより落ち着いてきた。 軽い眠気。これなら、目を閉じていれば眠れそう。 ブログをアップした後、部屋の灯りをつけたまま再びベッドに横になる。 ハンドルネーム“poincare_days”とも、これでお別れ。これから先、私がいなくなった後も、ずっと未来に向かって流れ続ける時間に思いを馳せて考えた、私のネットでの名前。「百年過ぎる頃には、私たちはこの複雑な関係から解放されてるわけだし、それにその頃になったら未来の誰かが、こんがらがった私たちの関係をスパッと解決する法則とか発見してくれるかもしれないでしょ? そう思ったら少しは楽にならない?」 私がそう言ったのを、吾朗ちゃんは壮大な他力本願だと笑ったっけ。 サイドボードに飾ったピンクのミニバラからほんのりと漂う甘い香りに誘われて、いつの間にか眠りに落ちた。 その三日後、宣言した通りに、私はブログを削除した。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○読んでくださり、ありがとうございました!ぽちっとランキングへの応援を。励みになってます 今回の物語の補足紗英のブログ・ハンドルネーム 第16話紗英のブログ・琢人へのメッセージ 第28話壮大な他力本願と吾朗が言った場面 第49話念のため、紗英のブログの中のお兄ちゃん=居村吾朗 タックン=坂下琢人 です。ごめんなさい、今回、ちょっと重過ぎたというか…悲し過ぎたかな? (-ω-;;)紗英のブログの形式は今回が2回目。紗英が抱えていたものを全て明らかにした今、1回目のブログ形式の28話をもう一度読んでいただけると最初に読んでいただいたときと随分印象が変わるかと。良かったら、お時間のある方は28話も読んでみてくださいね。さて前回57話は物語を書きながら、私も色々考えるいい機会となりました。紗英の元夫の取手の最後の思いを書かなかったことで、分かりにくかった点も多かったと思いますが、皆さんそれぞれ思ったことをコメントに寄せていただき、とても勉強させていただきましたありがとうございました!(^0^)ノ私は法事で明日から横浜の実家にしばらくいます。皆様への訪問やコメント・メールへのお返事が滞ると思いますが、ご了承ください。今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ
February 21, 2009
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◆小説のかなり大雑把なあらすじ・登場人物◆は、記事の下のコメント欄を。 最初から、または途中の回からは、◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、上記リンクは携帯では表示できません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 紗英さんのお見舞いに行く前に、最近の容態を聞いておこうと思って吾朗君に電話をかけ、昨夜彼女が倒れたことを知った。 そして紗英さんの別れた旦那様が、またやって来たということも。 自分も後から行くから、もし私がいる時にその人が来ても、紗英さんには会わせないで欲しいと吾朗君は言っていた。 だから病院に着いた時、少し離れたところから紗英さんの部屋の入口を見ている男性が、その人に違いないとすぐに分かった。「紗英に会うのはあきらめてくれって言ったんだけど、僕とは話していても無駄だって怒って出て行ったんだ。病院名は具体的には言わなかったけど、紗英のお母さんが入院してた病院にいるってことは簡単に推測できるだろうし、ホスピスにいるなんて言わなきゃよかった…」 吾朗君が言っていた通り、この人はもう紗英さんの居所を捜しあててしまったらしい。「紗英さんのお見舞いですか?」 声をかけると、男性はゆっくりとこちらに顔を向けた。「紗英の友達の方?」「はい。あの、あなたは?」「紗英の元夫の取手(とりで)です」 吾朗君の話から想像していたイメージとはちょっと違っていた。陰湿なストーカーみたいな人を思い浮かべていたけれど、見た目は優しそうでそんなに嫌な感じはなかった。 ただやつれた顔に生気はなく、酷く疲れている様子が見て取れる。 その顔には見覚えがあった。この人に見覚えがあるというのではなく、顔から受けるこの感じ。それは吾朗君と紗英さんのことを勘ぐってばかりいた頃の、鏡の中の私の顔。 この人もまた、好きだという気持ちに翻弄されている。そんな気がして、ついこの前までの自分と重なった。「紗英さんに会われるんですか?」 自分の夫と不倫相手の間にできた子供。その子供を堕胎したことに対する紗英さんの想い。それはあまりに複雑過ぎて、私には計り知れないものがある。 でも自分の親の死、さらには自分の死と向き合っている間に、浮気していた夫というだけでも私はこの人を絶対に許せなかった。 そんな人が今更のこのこ来たって、紗英さんに会わせる必要なんかない。この人の顔を見るまでは、確かにそう思っていたのに。「会うつもり来たんですけど、ここまで来たら何だか勇気が出なくて」 寂しそうな横顔。無下に帰ってくださいとは言えなくなってしまった。 紗英さんはどうなんだろう? 会うのはきっと辛いよね。でもこのまま会わなくてもいいのかな。彼女の気持ちを確認するべきなんだろうか。でも私にはその勇気はなかった。 ふいに隣の部屋のから女の人が出てきた。外に買い物に行くらしく、お財布と傘を持っていた。 出てきたのが紗英さんじゃなくて、隣の部屋の人で良かった。ほっと胸をなで下ろした。やっぱり急に会わせるわけにはいかない。「あの、私から提案があるんですが」 そう言うと取手さんは不思議そうに私を見つめた。「今日は紗英さんに気付かれないように、どこか離れた所から一目姿を見てあげてください。急に会われると紗英さんも驚くと思うし、今朝はあまり体調がよくなかったらしいので心配だし」 取手さんが私の話に怒り出したらどうしよう。そう思ってびくびくしながら話していた。「どうしても直接会われると言うのであれば、後日改めて、いきなりではなく私にまず電話してください。会える状態かどうかお医者様にも相談してからの方がいいと思うので。今日は紗英さんが部屋から出てもいいようなら、入口のロビーでお茶しようって誘ってみますから、どこかでそっと見ててください」 少し考えるようにしてから、取手さんは同意してくれた。 お互いの連絡先を交換して、私だけが紗英さんの部屋に入った。 紗英さんは眠っていた。起こすのもどうかと思ったので、私は交換したばかりのメールアドレスに今は眠っているので、起きてから連れ出す前にメールしますと書いて送った。 窓から見える空には暗い雲が低く広がっていた。午前中に降り出した雨は止みそうになかった。 しばらくして目を覚ました紗英さんは、私が来たことをとても喜んでくれた。体調はどうかと聞くと、タップリ寝たからもう大丈夫だと答えた。「でもね、しばらくは大人しくしてろって、今日から当分の間、車椅子使えって琢人に言われたの」 部屋の隅には一台の車椅子があった。 その上にはピンクのミニバラのアレンジメントと一枚のカード。カードには「ここに座すべき姫君へ」と書いてあった。「本当にバカな奴でしょ、琢人って」 部屋の外での出来事を何も知らない紗英さんが、無邪気な笑顔を咲かせてみせた。「それじゃあ、姫君、これに乗って、ロビーで午後のお茶でも楽しみましょうか?」「やだ、変なのは琢人だけで十分だから。くーちゃんまでおかしくならないでよ」 全然関係のない友達にメールするふりをして、今から部屋を出ますと取手さんに送ってから、紗英さんの乗った車椅子を押して廊下に出た。 ああは言ったものの、突然目の前に取手さんが飛び出してくるかも知れない。内心怖くて仕方がなかった。でも私たちはロビーでしばらく話した後、何事もなく部屋に戻った。 車椅子に座っている元妻を、元夫はどんな気持ちで見ていたのだろう。 その翌日、取手さんからメールが来た。『紗英には会わないまま、京都に戻ります。紗英のこと、よろしくお願いします。』それ以来、取手さんが私たちの前に現れることはなかった。 本当にこれで良かったのかな。だけど、その答えは多分誰にも見つけられない。 坂下さんからのピンクのミニバラは、紗英さんのベッドの脇のサイドボードに置かれ、優しい香りをそこはかとなく漂わせていた。きっとその香りだけが、答えを知っている。そんな気がした。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○読んでくださり、ありがとうございました!ぽちっとランキングへの応援を。励みになってます PCの不調で、ご心配・ご迷惑をおかけしました。PCって機械のくせに気分屋な奴で困りますねーさて前回と今回の紗英の元夫の話。実は最初の構想の中にもあったものの、最近はもう書かなくてもいいかな~と思ってました。でもふと「思うところ」があって書きました。ぶっちゃけ、物語の展開に何か刺激も欲しかったし。笑でもこの二話を書いたことで終りがまた先延びに…^^;多分最終話は61話くらいになると思います。今のところ。その「思うところ」というのは、許すと言うことの大切さ、難しさ。自分自身ももちろんですが、それを子供たちにどう伝えるか。ある事件を通じて、そんなことを考えたんです。勝手にリンクしちゃいますが、詳細はこちらzero0923さんのブログ「太陽の欠片 月の雫」の1/31の日記です。(恥ずかしながら私の思ったこと、コメントさせていただいてます)zero0923さん(大西隆博さん)の小説・「太陽の欠片 月の雫」もよろしく♪それと本文とは関係なく、皆様にお願いです。緊急です! 取り残されてしまいます!!リンクの協力募ってます。一時預かりでも宜しくお願いします!詳細はバナーのリンク先にてご確認ください。今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ
February 15, 2009
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◆小説のかなり大雑把なあらすじ・登場人物◆は、記事の下のコメント欄を。 最初から、または途中の回からは、◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、上記リンクは携帯では表示できません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ コーヒーをドリップするのも面倒で、ちょうど電気ポットでお湯を沸かしている最中だった。僕はインスタントコーヒーの瓶を手にとって紗英の元夫に声をかけた。「コーヒーでいいですか? インスタントですけど。あ、その辺に適当に掛けてください」 インスタントとは言え誰かのためにコーヒーを入れるのは、随分久しぶりのような気がする。まさか紗英の元夫のために入れることになるとは、夢にも思ってはいなかったが。「どうぞ」「どうも、すいません。あの、それで紗英は? 今日はいないんですか?」 ふと妙な気分に襲われた。僕と紗英は兄妹、つまりこの男は僕にとって義理の弟だったわけだ。親近感を覚えるどころか、今までに味わったことのない違和感を僕は噛みしめた。「紗英は、もうここにはいません」「じゃあ、どこに?」「紗英ともう一度話すつもりなんですか?」 僕の聞き方が気に入らなかったと見えて、男の顔には一瞬にして苛立ちが広がった。「あなただって前に来た時にお互い落ち着いてから話し合った方がいいって言ってたじゃありませんか。紗英はどこにいるんですか? 俺はやり直すために来たんです。仕事も休みに入ったし、時間をかけてもう一度話し合うために、こうして京都からやって来たんです」 生涯の伴侶として紗英が選んだ男。浮気したのも紗英がいない寂しさから。浮気相手に子供を堕ろさせたのも、紗英と別れたくなかったから。自身に甘い、その身勝手な行動は許せないけれど、紗英に対する気持ちは本気だったのだろう。 だとしたら適当に追い返しても、また来るに違いない。中途半端にはできない。ここできっぱり諦めて欲しい。それが僕の本音だった。「紗英にはもう会わないで欲しいんです」「はっ…」 ひきつった顔で男が僕を睨んだ。「落ち着いて聞いてください。紗英は今、入院しています。ホスピス、あるいは緩和ケア病棟をご存じですよね?」 その施設には聞き覚えがあるはずだった。案の定、男は驚き、力無く訊き返した。「ホスピス? 紗英のお母さんがいた…」「紗英はお母さんと同じ病に侵されています。紗英に残された時間はあと僅かしかありません」「よくそんな作り話を。そんなのデタラメに決まっている。紗英に会わせないようにするために、あんたは嘘をついている」 男は激情して、声を荒げた。「嘘じゃありません。本当のことです。紗英はお母さんの看病をしていた時に、自分も病気であることを既に知っていたんです。だから…」 紗英は自分が去ることで、この男と相手の女性が一緒になることを望んでいた。いや、望んでいたのは男と女性の間にできた子供が幸せな人生を生きること。 俺を馬鹿にしているのか、いい加減にしろと、男が怒鳴り立てる中で、僕は淡々と話を続けた。「紗英の両親は不倫の関係だったことを紗英から聞いてますか? 前にあなたがここに来たときに、紗英は遊びだったから許せないと、あなたが相手の女性のことを本気で愛していたらまだ救わたのに、そう言ってましたよね。あの時、僕には正直その言葉の意味が分からなかった。自分じゃなくて、夫の浮気相手に対して本気だったら救われたなんて、妻が言うことじゃないでしょう?」 あんた、何も分かってないなと、男は呆れ返った様子で居直った。「紗英はああ見えて根が優しいんだ。だからあの女にまで気を使って…」 今度はこっちが呆れる番だった。「分かっていないのはあなたの方です。確かに紗英は優しいコだ。でもあれは相手の女性を気遣ってのことなんかじゃない。あなたはできてしまった子供を堕ろさせた。それが紗英には耐えられなっかったんです。紗英とその子供は同じ立場だったから。あなたは紗英を殺したのも同然なんです」 テーブルの上に置かれたまま口もつけられていないコーヒーは、既に冷め切っていた。不透明な深い茶色の液体には、ただ天井の照明が白く浮かんでいた。「紗英もあなたのことを本気で好きだった。だから結婚もした。けれどその好きだった相手に紗英は殺されたのも同然だった。あなたがどんなに謝っても、顔を見るのも辛かったに違いない。例え過ちを許していたとしても、その辛さは消えなかった。だから紗英は去ることを選んだんじゃないですか?」 言い返すこともできずにいるのか、それとも込み上げてくる怒りを必死に抑えつけているのか、男は黙ったままわなわなと震えていた。「これ以上、紗英を苦しめないでください。紗英には残りの時間をできるだけ穏やかに過ごしてもらいたいんです」 次第に声に力が入っていく僕に、男は怪訝な眼差しを向けた。「どうしてそこまで言われなきゃならないんだ。あんたは紗英の昔の男だった。それだけでしょう?」 僕は男を見据えて、こう言った。「紗英の母親の不倫の相手が、僕の親父だったんです」 ひょっとしたら、もう紗英はこの男に会うことをそんなに拒みはしないのかもしれない。「そういうことだから、私のことはもういい加減忘れちゃってね」 そんなふうに笑いながら、かつての夫に軽く言いそうな気もする。 だけど、例え紗英が構わなくても、僕がそれを許せなかった。 元夫婦だった二人に、ああしろこうしろという資格は僕にはないのかもしれない。それでもこの男が紗英に会うことがどうしても許せなかった。兄としての感情なのか、昔の彼氏としてなのか、その両方なのか。 いつの間にか降り出した大粒の雨が、時折激しく窓ガラスを叩きつけた。今朝ホスピスのロビーで見たテレビの天気予報は、見事に外れてしまったようだ。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○読んでくださり、ありがとうございました!ぽちっとランキングへの応援を。励みになってます えーっと、今度こそ週末更新をと思っていたのですが、またしてもこんな時間の更新となってしましました(現在2/9 am2:15 良い子は寝てる時間だ~)が、今回は 不可抗力です~ ( p_q)エ-ン 前兆は1月の終わり。クリックしたとき、文字を変換したとき、いつも以上に“ブーン”とか言って頑張ってるmy PCそのうちどんどん動作が重くなり、ゆっくり~ ゆっくり~ フリーズ!まるで昼食後の私? こっくり~ こっくり~ スリープ!ペットは飼い主に似るって言うけど、パソコンも持ち主に似るのね~、なんて笑ってる場合じゃない。(>_
February 8, 2009
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◆小説のかなり大雑把なあらすじ・登場人物◆は、記事の下のコメント欄を。 最初から、または途中の回から続きを読まれる方は、◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、上記リンクは携帯では表示できません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 夜が明けた。だが病院らしいクリーム色の無地のカーテンを開けると、空には重そうな雲が広がっていた。今日は雨になるのだろうか。「吾朗…ちゃん?」 振り向くと紗英は目を覚まして周りを見回していたが、心電計に気が付き顔を歪めた。「少しは眠れたか?」 紗英は小さく頷いた。 ナースコールで紗英が目を覚ましたことを告げると、しばらくして女性看護師がやって来た。「気分はどうですか? もう少ししたら坂下先生も来ますからね」 看護師の明るい声が、それまでの緊張した部屋の空気をぱっと蹴散らした。「先生ね、もう勤務時間は終わってるくせに、何だかんだ言ってまだ病院にいるんですよ。月野さんのことが心配なんでしょうね。だったらここにいればいいのに。どうせ勤務時間外なんだから。ホント、坂下先生って、照れ屋って言うか、素直じゃないんだから。ねぇ」 看護師はてきぱきと紗英の血圧を測りながら、可笑しそうに喋っていた。その間、紗英はただ苦笑いしているだけだった。 やがて看護師と入れ違いに坂下がやって来た。何となくその場に居辛かった僕は、喉が渇いたので何か買って来ると二人に告げて部屋を出た。 ホスピスのロビーに行くと車椅子に座った老人が、一人でテレビの天気予報を眺めていた。今日の天気は曇りのち晴れ。どうやら雨は降らないで済むらしい。 僕は自販機で紙カップのコーヒーを買い、部屋には戻らずロビーの椅子に腰を下ろした。気が緩んだのか、急に疲れが出て強い眠気が襲ってきた。 コーヒーがカップの半分程に減った頃、坂下がやって来た。「お前、何で部屋に戻らないんだ?」「いや、何んとなく…」 坂下もコーヒーを買って、僕の隣に座った。「紗英の容態は落ち着いたようだ。後はまあ、さっき言った通りだ」 天気予報が終わり今年の芸能界十大ニュースというコーナーが始まると、車椅子の老人はテレビを消してどこかへ行ってしまった。「なぁ、余計なことだとは思うが。紗英とのこと、お前は本当にこのままで…」 僕が何を言おうとしているのかを察した坂下は、またその話か? と言って笑いながらコーヒーを啜った。「それより、お前とくるみちゃん、やり直さないんだってな。この前、紗英から聞いたよ」「その話は…」「まあ、いいから聞けよ。お前には一言、言っておきたかったんだ」 今さら言っても仕方ないことだろうけどと前置きをして、坂下は話し始めた。「俺に言われるまでもないだろうが、お前、ちゃんと反省しろよ。結婚を前提に考えてる彼女がいるのに、いくら紗英が強引だからって押し切られて元カノと一緒に暮らす奴がいるか? その時点で妹だってことは知らなかったわけだし。くるみちゃんがよく許してたと思うよ。普通、他の女と暮らしてるって分かった時点でご破算だろ。だいたい紗英も紗英だ。いくら余命があと僅かだからって、何やっても許されるって訳じゃない」「そんな言い方ないだろう?」 紗英に対する容赦ない正論に、一瞬ムカッときた。 だが僕自身に関しては、自分の非を認めるしかなかった。ブラックのコーヒーがやけに苦く感じた。「悪かったのは僕だ。紗英の様子がおかしいことばかり気になって、くるみの気持ちを考えることができなかった。そりゃあ、良くは思っていないことは分かっていたけど、くるみの口から聞くまで、くるみがどれ程苦しんでいたのか知らなかった。僕にはくるみに信じられているっていう、自惚れもあったのかもしれない」 僕の言葉を聞いて、坂下は笑った。「少しは自分を正当化したらどうだ。お前も紗英も、悪かったのは自分だって言うし、くるみちゃんはくるみちゃんで、自分で自分を追いつめたとか言ってるんだろう? 三人とも悪役希望とはな」「お前、何が言いたいんだ。僕に反省しろって言ったり、正当化しろと言ったり」「さあな。俺も疲れてるみたいだ。要は反省しとけってことだ。だが自分を責めることはないだろう。そんなことしても何にもならないからな」 そう言うと坂下は一気にコーヒーを飲みほして、一般病棟へと戻って行った。 紗英の容態が落ち着いたので、僕は一旦家に帰った。誰もいない部屋はカーテンが閉められたまま、暗く冷え冷えとしていた。 紗英と一緒に暮らした二ヶ月間はついこの前のことなのに、遥か遠い昔のことのように感じられる。 正月は実家でゆっくりしている場合じゃないな。顔くらいは出せるだろうけど。母さんに電話しておかないと。何でって聞かれたら、何て説明すればいい? くるみと別れたこともまだ話していないし。 そんなことをぼんやりと考えていると、玄関のチャイムが鳴った。 回覧板でも回ってきたのか? こんな年の瀬も迫った頃に何だろうと思いながらドアを開けると、そこには紗英の元夫がいた。「突然すいません」 男には以前訪ねて来た時のような荒々しさはなく、今日は落ち着いた様子だった。「連絡してから来るべきでしたが、紗英の新しい携帯の番号とか分からないし、こちらの電話番号も伺ってなかったので連絡の取りようがなくて。ところで紗英は?」 いつかまた来るんじゃないかと思ってはいたが、今更…。 僕は戸惑いながら、紗英の元夫を部屋に入れた。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○読んでくださり、ありがとうございました!よろしければ、ランキングへの応援お願いします。励みになります 今回の物語の補足 紗英の元夫が吾朗のアパートで暮らす紗英を訪ねて来た時の話 「第30話 ~ goro(15) 雫 ~」またしても週末に間に合わず、こんな時間の更新…(;一_一)(これ書いてるのは2/2 AM1:15です)週末、見に来てくださった皆様、ごめんなさい心からお詫び申し上げます。m(__)mさて、今回は本文とは関係なく、皆様にご報告&お願いです。一つ目は 昨年の10月にお願いした「遠位型ミオパチー 患者会」の署名について2008年末までの目標は60万筆でしたが、100万筆突破 だそうです!!ご協力くださった皆さん、ありがとうございました患者会並びに関係者の皆様、これからが勝負!頑張ってください!!詳しくは 二つ目は、昨年里親を募集した40匹のワンちゃん達のその後現在も里親募集とあらたに寄付金・支援物資のご協力をお願いしています。 詳しくは それではまた、次こそ今週末UPを目標に頑張ります!(と、一応書いておきます。あくまで一応…)風邪やインフルエンザにお気をつけて、今週も元気にお過ごしください。また体調を崩されている方は、1日も早く回復されますように。(*^^)v今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ
February 1, 2009
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◆小説のかなり大雑把なあらすじ・登場人物◆は、記事の下のコメント欄を。 最初から、または途中の回から続きを読まれる方は、◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、上記リンクは携帯では表示できません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 紗英が倒れた。 病院から連絡があったのは、仕事納めだった日の翌朝、まだ夜が明けていない午前四時前のことだった。 車で高速を使えば片道三十分で着く距離が、果てしなく遠く感じて、ただ気ばかりが焦っていた。 病院に着いてからも焦る気持ちを抑えられず、廊下をバタバタと駆けてホスピスへと向かった。薄暗い廊下の所々に非常口を知らせるライトが淡く浮び、ワックスがけされた床はその僅かな光を反射させて濡れたように緑色に光っていた。 紗英の部屋のドアを開けて飛び込んできた光景に、僕は一瞬たじろいだ。様変わりした物々しい雰囲気。この前まではなかった心電図などの計器類が、紗英のベッドを取り囲んでいた。「ついさっき眠り始めたところです。今はだいぶ落ち着いています」 強張った僕の顔を見て、看護師の一人がそう言った。「ちょっといいか?」 坂下に促され、部屋を出た。無言のまま案内されたのは、ホワイトボードと机と椅子しかないがらんとした狭い部屋だった。「紗英に何があったんだ?」 その問いかけに、坂下は僕から視線をずらして淡々と答えた。「三時の巡回で、ベッドの脇に倒れている紗英を看護師が見つけた。お前を呼び出したのは、一時的にだが意識を失っていたからだ。ついさっき意識も取り戻したし、今回はこのまま安定すると思うが、今後またこういうことがあるだろうし、何の前触れもなく突然の場合もある。いずれにしても覚悟はしておいてくれ、それと…」 助かる見込みのない場合、無理な延命処置は行わない。それが紗英の希望だと坂下は言った。 覚悟、延命処置、それらの言葉が意味すること。それを理解することを、僕の心は頑なに拒んでいた。 僕は動揺を隠せなかった。「お前は大丈夫なのか? 紗英とお前は付き合ってはいないって言ってたが、でもお前は紗英のこと… 」 失笑にも似たため息が、坂下の顔をほんの少し和らげた。「優しくしないでくれとか、これ以上構うなとか、これまで紗英には何度振られたことか。あいつにとって俺はいいお友達だ。それ以上でも、それ以下でもなく。だから俺もそれでいいと思っている」「友達? そんなわけないだろう。紗英だってお前に惚れている。お前だって、本当はそれを分かっているんじゃないのか? 紗英のことだから自分が逝った後、お前が悲しむのを心配して、これ以上優しくするなとか構うなって言ってるだけだろう?」「どうしてそんなことが言えるんだ。紗英が何か言ってたか?」 坂下は関心もなさそうな顔で、力無くどこか遠くを見つめていた。「いや、あいつはそういうこと口にする方じゃないし、どうしてって言われても…」 時間がないのは紗英だけじゃない。坂下だって紗英といられる時間は後僅かしか残されていない。二人のために何かできることはないのか。ただそれだけを考えていた。「何て言うか、紗英を見ててそう思うんだ。勘と言うか…、僕のDNAがそう感じてる。紗英はお前に惚れてるって」 そう言った途端、坂下は茶化すように軽く笑った。「DNA? そういや紗英も以前同じようなことを言ってたっけ。ホント、お前ら考えることや、感じ方まで似てるんだな。兄妹だから? DNAレベルでお互いの情報をやりとりできるとでも言うのか。俺は俺の兄貴が考えていることなんて、これっぽっちも感じたことはないぞ」 その顔にうっすらと浮んだのは、哀しく儚げな笑みだった。「俺に対する紗英の気持ちが何なのか、それはどうでもいいんだ。今はただ紗英が望むようにしてやりたい。後に残る俺を悲しませたくなくて俺の気持ちが負担になるなら、このままいいお友達ってやつでいてやりたいんだ。紗英が望まない限り、この距離を無理に壊したいとは思ってないよ」「お前は、それでいいのか? 本当にそれで構わないのか?」「ああ」 穏やかな表情で坂下は頷いた。 部屋に戻ったときも、紗英はまだ眠っていた。今回はもう大丈夫だろうと言って、坂下は部屋を出て行った。 点滴が一滴、また一滴。その落ちる音が聞こえてきそうなくらいに静かな部屋の中で、僕は親父が息を引き取った時のことを、その場に泣き崩れてしまった母のことを思い出した。 覚悟なんてできるもんじゃない。できているつもりでもいざその時を迎えたら、ほとんど何の役にも立たないことを僕は親父の死を通して知っていた。 何の心構えもなくある日突然というよりは、ある程度の心の準備はできるかもしれない。だがそれは悲しむたのめの準備ができる程度であって、心が動じないための準備などではない。そんな準備はできる訳がなかった。 そして大切な人を失った悲しみは、一気に高さを増す津波のように襲いかかり、傷跡を残して去っていく。完全には癒えることのないこの傷跡が再び痛みに疼いたとき、波はまたやってくる。繰り返し、繰り返し。それを乗り越えながら、僕らは生きて行く。 悲しみの波の中で、坂下は後悔しないだろうか。 紗英、お前はこのままで本当にいいのか。「余計なお節介よ、ほうっておいて」 何を言っても、お前はそう言って突き放すだろうな。だけど…。 うっすらと夜が明けて行く。今年もあと三日。新年はもうすぐそこまで来ていた。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○読んでくださり、ありがとうございました!よろしければ、ランキングへの応援お願いします。励みになります 今回の物語の補足 DNAの話・紗英が坂下琢人に「もう私のことに関わらないで」と言った場面は「第35話 ~ sae(11) 窓 ~」さて…「順調に更新できれば続きは次の週末に♪」なんて、自分に気合を入れるためにも前回書きましたが…無理でした。(>_
January 26, 2009
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◆小説のかなり大雑把なあらすじ・登場人物◆は、記事の下のコメント欄を。 最初から、または途中の回から続きを読まれる方は、◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、上記リンクは携帯では表示できません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 泣き出したくーちゃんの背中に手を当てて、私はただただ謝っていた。 謝れば謝るほど、くーちゃんは泣き崩れていくように見えたけれど、他に私にできることは何もなかった。「ねえ、吾朗ちゃんともう一度やり直してみたら?」 くーちゃんが落ち着いたのを見計らって、そう声をかけた。「今ならまだやり直せると思うし、吾朗ちゃんだってまだくーちゃんのことを…」 二人とも私のことで色々動揺してただろうけど、落ち着きさえすれば元の鞘に、そう思っていたのに。「今、やり直すつもりはないの」 俯いていた顔を上げ、くーちゃんは少し眩しそうに窓の外に目をやった。「変な話、私ね吾朗君と別れてから、気持ちが軽くなった気がするの。初めは紗英さんや吾朗君を恨んでいて、全部二人のせいだって思って、悔しくて苦しくてたまらなかった。でもね」 寂しさを帯びた瞳。でもその横顔は、冬のやわらかい陽の光の中で晴れ晴れとして見えた。「完全に吹っ切れたわけではないけれど、何て言うか、別れたんだから変な心配とか不安とか、そういうものはもういらないんだって、ある意味安心したというか…。気が付いたら気持ちが楽になってたの。こんなこと思ってもみなかったから、自分でもびっくりしたわ。きっと別れる前が、あまりに一杯一杯になり過ぎていたからだと思う」「ごめんね、そこまで追い詰めちゃって」「ううん」 くーちゃんは静かに首を横にふった。 窓の外に見える花壇には、葉牡丹が規則正しく植えられている。その真紅にも近い深いピンク色が、殺風景な景色にほんの少し彩りを添えていた。「私を追いつめたのは、私自身だったと思う。前に友達にも忠告されたことがあったんだけど、今になって分かった気がするの。紗英さんが病気だからとか、吾朗君の妹だからとかってことで、気を使って言ってるわけじゃないの。気持ちが楽になったら、自然とそんなふうに思えたの」 周囲に存在を誇示するような華やかさは葉牡丹にはなかった。どちらかと言えば地味に見える。でも冷たい土の上にしっかりとその身を置き、寒さの中でも懸命に太陽の光を集めようとする姿には、頼もしいものがあった。 今のくーちゃんに似ている。そんな気がした。「でも私が現れなければ、こんなことには…」「もう、しつこいなぁ」 私の言葉を、くーちゃんは笑顔で遮った。「紗英さんが現れなければ、こんなことにはならなかったかもしれない。せめて話してくれてたらって思う。確かに本当のこと知っていたら、あなたや吾朗君の顔を見るたびに私は泣いてたかもしれない。でも何もかも隠したままなんて…。紗英さん、何だかフェアじゃないよ」「ごめん…」 くすくすと笑うくーちゃんの言葉には、余裕のようなものが感じられた。 ひょっとして、いつの間にか、私の方がたじろいでいる?「あなたが吾朗君の妹だっていう話を聞いて、私もショックだった。でもそれ以上に吾朗君のことが心配で。吾朗君、酷い状態だったから。私たちの関係がどうのなんて、言ってる場合じゃなかったの。ひょっとするとね、そのおかげで私と吾朗君の関係が妙に落ち着いたのかもしれない。今はお互いの距離を保つことができて、いい感じなの。恋人でもなく、他人でもなく、でも大切な存在」 スッキリした顔でくーちゃんはそう言った。「本音を言えばこのまま元に戻ってしまったら、また同じこと繰り返しそうで怖いの。だからまた付き合うのでも完全に離れてしまうのでもなく、居心地がいいこの距離をしばらくは保っていたい。いつかもっと自分に自信を持って、吾朗君と向き合えるようになれたらいいなと思う。それまで待っていてとは言えないし、その時に友達としてなのか恋人としてなのか、どうしたいのかは今は分からない。もちろんお互いに、他の誰かを好きになっているかもしれない。それでももう人のせいにして誰かを責めたりしないつもりだし、後悔もしないわ」 その言葉には強い決心が込められていた。「それにね、これからの関係がどう変化したとしても、あなたのお兄ちゃんのことを見捨てたりはしないから、紗英さんも安心していてね」 私は花壇のプレートに書かれていた説明を思い出した。そこに書かれていた葉牡丹の花言葉は「慈愛」「物事に動じない」「祝福」そして「つつむ愛」。 もう大丈夫。くーちゃんは前に向かって歩き始めたんだね。そう思った時だった。「いつまでも待っているって言ったら、かえって負担になりそうだから、僕も待たないことにするよ」 声に驚いて振り向くと、いつの間にかそこに吾朗ちゃんが立っていた。「吾朗君…」 驚いているくーちゃんに、吾朗ちゃんは笑いかけた。「これから先、僕たちの関係はきっと色々と変わっていくと思う。だから僕はただ待つことはしない。でもその時々の僕たちの関係は大切にしていきたい。例えくるみの気持ちが誰に向けられようとも、それも受け入れて、いつでもくるみの力になれるような僕でいられたらって。理想論かもしれないけれど、そうありたいと思うんだ」「うん…」 大きく頷いたくーちゃんの頬に、光の粒が転がり落ちた。 あーあ、吾朗ちゃん、またくーちゃん泣かせちゃった。ホントくーちゃんは、泣き虫なんだから。 こっちまで泣き虫がうつりそうになって、私はくーちゃんから視線をそらした。 言った吾朗ちゃんは、かなり照れくさそうにしている。 今は黙って行かせてあげるんだね。例えくーちゃんが向った先にいる人が、吾朗ちゃんとは限らなくても。 吾朗ちゃんにしては、まあまあの出来? 「よくできました」ってところかな。 窓辺にほんのりと広がる温もりに包まれて、私たちは優しい冬の中にいた。このまま、今が永遠に続けばいいのに。ずっと、ずっと、永遠に。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○読んでくださり、ありがとうございました!良かったら、ランキングへの応援をお願いします 今回のくるみと吾朗の想い、なかなか思うように表現できなくて…表現したかったのは、男女の恋愛ではなく、お互いを思いやる愛 だったのですが。(^^;)男女間ではこうした関係って、実際には難しいのかもしれません。ましてや過去に恋愛関係にあった二人では…。でもかつてお互いを一番大切に思っていた恋人どうしだからこそ、遠く離れてもお互いに、相手の成長や幸せでいることを願い合えるそんな存在でいられたらな、なんて思うんです。甘ちゃんなんでしょうかね~、私。(^_^;)さて、今回登場した“葉牡丹”というのはこれ花言葉は本文に書いたものの他に「思慮深い」「愛を包む」「利益」など。…って、「利益」? 何でまたこんな現実的な言葉が…(●▼●;)葉牡丹は結球はしませんが、キャベツの仲間。中国三国時代、諸葛孔明が戦場で兵士の食料用に栽培したことから、「利益」 という花言葉が生まれたそうです。原産はヨーロッパ。日本では江戸時代から栽培されてきました。葉の形状から、次の3つのタイプがあるそうです。 名古屋系…葉の先が大きく縮れる 東京系…葉が縮れず平滑になる 大阪系…名古屋と東京の中間ご存じの方も多いと思いますが、色付く部分は葉っぱで、「本当の花」は、春に咲く黄色い花。以上、知って得するわけでも何でもない、ぽあんかれの葉牡丹情報でした。ちなみに私が葉牡丹に詳しいのではなく、全部ネット情報です。こんなふうに陰に隠れて(?)結構下調べなんかもしちゃってたりします。あんまり本文には役立っていませんけどね~。笑それではまた、順調に更新できれば続きは次の週末に♪(*^^)v今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ
January 17, 2009
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◆小説のかなり大雑把なあらすじ・登場人物◆は、記事の下のコメント欄を。 最初から、または途中の回から続きを読まれる方は、◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、上記リンクは携帯では表示できません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 紗英さんに会いに行く前、吾朗君は迷っていた。会って何を言えばいいのか分からないと。 でも私自身は会って伝えなければいけないことがあるような気がしていた。 ごめんねという、その一言。 でもどうして私が? 私が何かしただろうか。紗英さんを誤解していた事? でもあの時は仕方がなかった。私は私でただ必死なだけだった。だけど…。「お姉ちゃん、この前買ったダウンジャケット貸して」 何の前触れもなく唐突に私の部屋に入って来た妹に、私も何の前触れもなく訊いてみた。「あのさ、もしもね、今あなたが付き合ってる彼が自分と血の繋がった兄だって、後から分かったらどうする?」 妹はきょとんと目を丸くした。「何それ? ヨン様とかビョン様とかの韓国ドラマの話?」「いいから答えてよ」 思いの外きつくなった私の声に、妹はどうしてそんなことを訊くのかという顔をしていた。「そうだなぁ、とりあえず別れて新しいカレシ探すかな。でも今付き合ってるあいつはアニキって感じじゃないよ。アニキにはもうちょっと賢そうな人がいいな。知的だけどスポーツも万能な人。あいつはおバカなところが可愛いけど、兄としてはねぇ。弟の方がまだいいや」 何も考えずに妹はそう答えた。 そうだよね、そんな程度にしか考えられないことだよね。現実的にピンとくる話じゃない。 いきなり突き付けられたそんな現実を、紗英さんはどんな想いで乗り越えていったのだろう。 妹はもういいでしょ、と言わんばかりに私のクローゼットからダウンジャケットを引っ張り出して、鼻歌を歌いながら行ってしまった。 紗英さんに会いに行くことは、吾朗君には伝えていなかった。 病院へと向かうバスの中で、引き返したいという気持ちがなかったわけではない。けれど吾朗君のことは抜きで、二人で話さなくてはならない気がしていた。 病院に着いてからもためらう気持ちを残したまま、私はホスピスへの廊下を歩いていた。そこで向こうから歩いてくる紗英さんにばったりと出くわした。「あれ? くーちゃんじゃん」 彼女はどうしたのかという顔付をして、私を見た。 以前より頬がこけ、体もさらに細くなっていた。それでもベージュピンクのカーディガンをふんわりと羽織った姿には、相変わらず華があった。「元気にしてた?」 あの日、最後の別れ方は酷いものだったのに、紗英さんは何事もなかったかのようにそう言った。 そのまま廊下の真ん中で一言二言交わしていたら、凄いスピードでストレッチャーが運ばれてきたので、私たちは窓際に寄った。外からの陽射しで、そこはほんのりと温められていた。 外を眺めるように並んで立つと、ガラスを拭いた跡が光の加減で幾筋も光って見えた。「吾朗君から全部聞いたの。あなたの病気のことも、それから妹さんだったってことも」 紗英さんは穏やかな笑顔で頷いた。「私にだけでも、本当のことを話してくれれば良かったのに。だけど言えないか、言えないよね」 呟くようにしか話せないでいる私に、紗英さんは朗らかに笑いながら言った。「だって本当のこと話したら、くーちゃん、吾朗ちゃんの顔を見るたびに泣くんじゃないかと思って。そんなんじゃ、いつ吾朗ちゃんにバレちゃうかヒヤヒヤもんでしょ。でもそのせいで、くーちゃんと吾朗ちゃん、別れることになっちゃってごめんね。謝って済むことじゃないけどさ」 謝るより先に、謝られてしまった。それも何かのついでのようにとても軽く。 こっちの方が泣きそうだった。彼女はそれを分かっている。だからこんなふうに軽く笑うんだよね? 初めて紗英さんの温かさに触れた気がした。ううん、きっともっと前から、あなたはそうやって私にも気遣ってくれていた。だからあんなに吾朗君のことを信じろって…。 殻の中に閉じこもった私は、冬の窓辺にこんな温かい陽だまりがあるということにも気が付いていなかった。何も感じないようにただ逃げて、紗英さんの言うことはおろか、吾朗君が言ったことまでも、何もかもに耳を塞いでいた。 私自身の心の声にも。 被害を受けたのは私。でも自分を可哀想な被害者に仕立てあげてしまったのも、私自身だったのかもしれない。 いつか玲菜が言った言葉の意味が、今ようやく分かった気がした。「そんなふうに考えてたら辛いだけでしょ。辛くて心が疲れちゃったら、いざってときに頑張れない」 涙をこぼしてしまった私を見て、紗英さんが今度は心配そうな顔をして謝り続ける。 違うの、そうじゃないの。 あなたのアプローチの方法がもう少し違っていたら、私もこんなふうにはならなかったかもしれない。 でもね、あなたを責めるつもりはないの。謝って欲しい訳じゃないの。 謝りたいの、あなたや吾朗君の気持ちを疑ってばかりだったことを。知らなかったこととは言え、自分のことだけでも辛いあなたに、気を使わせていたことを。あんなふうにあなたと吾朗君の気持ちを、踏みにじってしまうことしかできなかったことを。 そして、あなたと吾朗君のせいにして、大切な恋を投げ出してしまった私自身にも。 ごめんね。ごめんね。ごめんね…。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○読んでくださり、ありがとうございました!良かったら、ランキングへの応援をお願いします 「poincare」やっと更新致しました。(^^;)今回の補足はこちらにて ・くるみと紗英の最後の酷い別れ方は、第42話 ・いつか玲菜が言った言葉は、第39話さて、今回は1冊の本をご紹介いたします。昨年末、リンクスのコミュニティで知り合い、ブログで交流させていただいているzero0923さん(大西隆博さん)が書かれた「太陽の欠片 月の雫」という小説です。「いじめで苦しむ子供が少しでも減りますように、優しさに包まれた世界が広がりますように」という思いが込められたこの1冊。zero0923さんは中学校の教師として、これまでのご経験や学ばれてきたことをもとに、子供たちの「いじめ」を、教師、子供、親、地域といった多方面からとらえ、小説の中でその構造を分かりやすく伝えられています。私も購入し、拝読させていただきました。お子さんがいらっしゃる方、また子供に関わるお仕事をされている方、その他、たくさんの方に読んでいただけたらと思います。 著者: 大西隆博 出版社: 文芸社 発行年月: 2008年11月 ISBN:9784286053776 本体価格 1,100円 (税込 1,155 円)zero0923さんのブログ「太陽の欠片 月の雫」から楽天ブックスでも購入できます。zero0923さんのブログも、良かったら読んでみてくださいね。(*^^)v今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ
January 10, 2009
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◆小説のあらすじ・登場人物◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください 最初から、または途中の回からの続きを読まれる方は、◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、一覧は携帯では表示できません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 子供の頃のクリスマスの想い出。母と一緒に飾ったツリー。母と二人では食べきれなかった大きなケーキ。そして、どんなに夜遅くまで起きていても、決して姿を見せてはくれなかったサンタさん。 朝目覚めると、プレゼントは毎年きちんと枕元に置かれていたのに。 けれど吾朗ちゃんに会った翌日、私にとっては恐らく最後になるクリスマス・イブに、サンタクロースはいともあっけなく姿を現した。「あ、裏切り者だ」「何だよ、人聞きの悪い」 煙突からではなく、ドアをノックして堂々と部屋に入って来たサンタクロースは、例の赤と白の衣装ではなく白衣を着ていた。「昨日、吾朗ちゃんが来たの。琢人、吾朗ちゃんに何もかも話しちゃったでしょ?」 琢人は一瞬ぽかんとした顔をして、すぐにこう答えた。「あいつ、案外早かったな。もう少し時間がかかるかと思ってたけど」「信用してたのに、簡単に裏切ってくれたわね。罰として明日の約束はキャンセルね。さっき 吾朗ちゃんからメールが来て、明日の夜は吾朗ちゃんとご飯を食べる約束をしたから」「せっかく行きたいって言ってた店、予約したのに」「だから、その予約、私と吾朗ちゃんで行って来るから」「それはあんまりじゃあ…。姫君、何とか考え直していただけませんか?」 琢人はおどけながら、嬉しそうに顔をほころばせた。「ダメ。考え直す余地はなし。それに…」 何もかも知った上で、吾朗ちゃんが会いに来てくれたのはとても嬉しかった。 けれど、私のためという以外に、吾朗ちゃんが真実を知る必要はなかった。そう思うと、辛かった。「私のためなら、話す必要はなかったのに。私がいなくなってからも、この先ずっと吾朗ちゃんは…」 声を詰まらせた私を見て、琢人はベッドの端に腰掛けた。「大丈夫。吾朗はああ見えて、芯の強いやつだ。ひょろひょろの草みたいだけど、嵐が来て風に翻弄されることはあっても、大木の枝と違ってポッキリ折れたりはしない。意外と打たれ強いやつだと思う。お前に似てさ」 「ジングルベル」を歌う子供たちの声が、どこからか微かに聞こえてくる。今晩、小児病棟で行われるクリスマス会の練習をしているらしい。「それに」 琢人は話しを続けた。「全てを話したのはお前のためだけじゃないんだ。俺のためでもあったんだ。お前と吾朗があんな最後のままじゃ、何だかいたたまれなくってさ。それにこの先ずっと、俺が黙っていられるかどうか自信がなかった。もし、お前がいなくなった後に吾朗に本当のことを打ち明けたら、吾朗のことだからそれこそ一人で苦しみそうな気がしてさ。こんな言い方、気を悪くしないで欲しいんだけど、会えるうちにと思って。ごめんな、勝手なことして」 何も言えず、私は黙って首を振った。「さてと、クリスマス会の練習でも覗きに行くか。俺もトナカイやるから、お前もちゃんと観に来いよ」 ごめんね、琢人。あなたにもこの十年、私はずっと重い荷物を背負わせてしまっていた。 そして、ありがとう。他に言葉が見付からないよ。 部屋を出て行こうとする琢人に、私はベッドに座ったまま声をかけた。「だけど裏切った罰金として、明日の食事の支払い、琢人に付けといてもらうからね」「デートの約束もキャンセルされた上に、金だけとられるのか。史上最低のクリスマスだな」 白衣を着たサンタクロースは、笑いながら部屋を後にした。 次の日、吾朗ちゃんは早めに仕事を切り上げて、会いに来てくれた。「俺だけ除け者にしやがって。紗英の外出、不許可にしてやろうか?」 琢人はそう言って、私たちを見送ってくれた。 兄妹として過ごす最初で最後のクリスマス。こんな日が来るなんて、思ってもみなかった。それは幼い頃、母と二人で過ごしたクリスマスにどこか似ていた。 私の病気がもう手遅れだと聞かされた時には、何もかもが急に色褪せていくような感じだった。実感の伴わない嘘のような現実。大粒の涙が後から後から、止めどなく溢れ続けた。 入院中の母には泣き顔は見せられない。笑顔でいられなくなりそうな時には、一人で病院の中庭のベンチに座って、ぼんやりと池を眺めていた。それほど深い池ではないのに、まだ春を迎える前の水面は真っ暗で底が見えなかった。 私にはもう時間がない。 病院で母の最期を看取ってから、それはより一層、色濃く私の前に立ち塞がった。 自分の余命があと僅かだと知ると、人はこれまでにやり残してきたことや、いつかやってみたかったことなどを残された人生の中で実現しようとする。テレビや映画でも、これまでよく耳にした話だった。 でも私には特別に、これだけはやっておきたいと思うようなことは何一つなかった。一生懸命取り組んできた仕事も趣味もなかったし、子供もいなかった。 唯一気がかりだったこと。それは、吾朗ちゃんがどこでどうしているのかと言うこと。 最初は元気でいてくれればそれでいい、自分とはもう関わりのないことだと思っていた。 私はこのまま夫のそばで、できる限り私の日常を大切に頑張ることができたらと願った。 けれど離婚することになって、一人になった途端込み上げてきた想い。吾朗ちゃんに会いたい。日に日に強まるその気持ちは、いつの間にか叶えたい最後の望みに変わっていった。 今、こうして目の前にいるあなたの、妹っていうやつを一度やってみたかったんだ。 兄としての吾朗ちゃんを、タマシイに焼き付けておきたかったの。天国に行ってからも、時々あなたのことを思い出して懐かしむことができるように。 その週の土曜日。またしても思いがけない訪問者があった。 散歩でもしようかとホスピスを出て外来棟の廊下を歩いていた私の前に現れたのは、私のせいで吾朗ちゃんと別れることになってしまったくーちゃんだった。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○読んでくださり、ありがとうございました!更新してない間に、ランキング、思いっきり下降中です。(T0T)応援してくださると、相当喜びます 参考までにお聞かせください。「poincare」終了後、もしまた私が何か書くとしたら、読んでみたいと思う物語はありますか?投票は こちら から!(12/31締切)今日初めてアクセスしてくださった方、ありがとうございます!続けて読んでくださっている方、大変ご無沙汰しています!!m(__)m「poincare」第51話 やっと更新できました~って、時間がかかってた割には何の進展もない感じですが夏休み、子供たちの学校の二学期が始まれば、きっと時間ができるはず、と思っていたのですが、予想以上に忙しくなり、その忙しさはどんどん加速していくばかり。最近じゃ、全くパソコン開けない日もあるくらいです。(T-T)そんな中、細々とではありますが、こうして挫けずに更新できるのも読んでくださる方がいるお陰で…。皆様に心から感謝です内容的には、もうほとんど終わりの部分なんですが、ざっとこの後の流れを書き出してみたところ、最終話は少なくとも57話目くらいになりそうです。このままのペースで書いていくと、まだ2~3ヶ月かかるかも…?(^_^;)年末で、みなさまもお忙しいことと思われますが、身体を壊さないように、残された2008年をお楽しみくださいね!お付き合いいただけるのであれば…どうぞまた次回もよろしくお願いいたします。(*^^)v今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ
December 16, 2008
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◆小説のあらすじ・登場人物◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください 最初から、または途中の回からの続きを読まれる方は、◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、一覧は携帯では表示できません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 病院を出る頃には、もう昼を過ぎていた。「やだ、お昼ご飯、とっくに来てる時間じゃない。もう冷めちゃってるかも」 ロビーの壁に掛けられた時計を見て、紗英は慌てて立ち上がった。「そろそろ部屋に戻るね」「ああ、それじゃあ、またな」 紗英はホスピスへと続く通路の方に、僕は紗英とは反対に、正面玄関へと向かった。 紗英が笑ってくれてよかった。 開きかけた自動ドアの隙間から冷たい外気が流れ込むのとほぼ同時に、ロビーの向こう端で紗英が大きな声でこう言った。「吾朗ちゃん、また来てよ。絶対だよ」 その声は外からの光が反射する真っ白なロビーに、明るく響き渡った。 僕が事実を知ってしまったことで、紗英を余計に傷付けてしまうのであれば、いっそこのまま会わない方がいいのかもしれないとも考えていた。 だが、会いに来てよかった。今はそう思えた。 辛くない訳がない。紗英が無理をしているのは痛いほど伝わってきた。 それでも心に突き刺さった尖った氷柱(つらら)のような現実が、僕たちの体温に温められ、ゆっくりと溶け始めたのは確かだった。 昔の彼女だから、妹だから、そんな理由などどうでもいい。坂下が願っていたように、僕も紗英を呪縛のようなものから少しでも解放してやりたい。残された時間があとどのくらいあるのか分からないが、きっとまだ何かできることがあるはずだから。 そんな僕の顔を見て、くるみもまた安心したように笑みを浮かべた。「いつもの吾朗君に戻ったね」 紗英との関係が変わったように、僕とくるみの関係にも変化があった。 一度離れてしまった距離は縮まってこそいなかったが、それぞれの場所からお互いの顔を自然に眺めていられるような、そんな雰囲気が漂い始めていた。 もう未練はないと言えば嘘になる。だが僕には、お互いの関係をどうこうする余裕はまだなかった。それはくるみも察してくれていたと思う。 ただ何となく、今はこのままがいい、二人ともそう思っていた。それが一番無理のないカタチだと、僕たちはお互いに感じていた。 くるみを送って一人になってから、僕は紗英が病院で言った言葉を思い出していた。「現実はいつだって、私には冷たかった。でもどんな状況の中でも、夢を見ることは誰にでも許されていることだから。一つ駄目になったらまた新しく、そうやっていつも夢を見ながら、明日に繋いできたの」 子供の頃は父親のいない寂しさを抱えてきた紗英。その父親が見つかった途端に、突き付けられた残酷な事実。 そこから立ち直り、幸せな家庭を築いていたところに、今度は早過ぎる母親の病死と自分の病気。「お母さんがまだ入院してた頃ね、体調を崩しちゃった時があって、最初は看病疲れかなって思っていたんだけど、琢人に話したら、検査を勧められてね。検査の結果、お母さんと同じ薬が処方されたの」 母親の葬儀や実家の後片付けなど一通り済んだら、紗英は病気のことを夫に話すつもりだった。そのことを知った上で、本当は最後まで自分のそばにいて欲しいと願っていた。 だが紗英を待っていたのは、思いもしない悪夢だった。夫の浮気、そして相手の女性の妊娠。「私たちには子供がいなかったし、いっそここで別れちゃった方が、あの人も私のことで悲しまずに済むのかなぁって。別れればあの人は相手の女の人と一緒になれるし、そうしたら生まれて来る子供も幸せになれるんじゃないかな、って思ったんだ」 自分の夫と浮気相手の女性との間にできた子供の幸せ。それすらも紗英の夢の一つだった。紗英自身が同じ立場の子供だったから。 そう言えば、親父が死ぬ前に母さんが見付けたあの通帳。母さんにも内緒で、親父はかなりの額を貯め込んでいた。最期まで何のために貯めていたのか親父は口を割らなかったが、あれはひょっとすると紗英の母親と紗英のためのものだったのかも知れない。「優しいと言うより、気が弱い人なのよ。喧嘩にもなりゃしない」 不器用な親父の優しさを、母さんはいつもそう言って笑っていた。 野球が好きで、スタジアムで試合があると、よく連れて行ってくれた。 僕が地元の少年野球のチームに入ってからは、試合の時はいつも応援に来てくれた。初めてホームランを打ったあの日。試合が終わってから母さんが作ってくれた弁当を、家族三人、陽だまりの中で囲んで食べた。 何やってたんだよ、親父。 僕はどうしても、親父の不倫を家族への裏切りだとは思いたくなかった。そう思うことはできなかった。捨てることのできない愛情と、捨てるしかなかった恋心。僕や母さんを大切にしてくれた親父の、男としての苦しみはどれほどのものだったのか。恋愛を遊び事でできるような小狡さは、欠片も持たない人だったから。 信号待ちをしている僕の車の前を、どこにでもいそうな家族が横断歩道を渡って通り過ぎて行く。小さな女の子を肩車している父親。その隣には母親が、肩車された女の子より少し大きい男の子と手をつないで歩いていた。 男の子の空いている方の手には、しっかりと一本の糸が握られていた。真っ直ぐに空に向かって伸びるその糸の先には、空よりもずっと青い風船が、乾いた冬の風の中で弾むように揺れていた。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○読んでくださり、ありがとうございました!ランキングに参加中です。応援していただけると、かなり嬉しいです こんなアンケートもやっています♪ご協力ください。「poincare」の登場人物で一番応援したいのは誰ですか?投票は こちら から!(12/31締切)更新のお知らせ・コメントへのお返事どころか、すっかりご無沙汰しちゃっている方々、大変申し訳ございません。m(__)m先週は皆さんの温かいお気使い、大変嬉しかったです。励ましのコメント、メッセージ、ありがとうございましたお陰さまですっかり体調はよくなりました。が、まだ忙しさは続いています。というか、これから年末年始に向けて、ますます忙しくなっていくじゃあ、あ~りませんかっ!( ̄⊥ ̄lll)思うように皆様のところへにお邪魔できなくなりそうですが、出来る限り時間を作って御伺いしますので、どうか見捨てないでくださいね~それと皆様もくれぐれも体調にはお気を付けくださいね。(*^^)vさて今回の本文補足・参考までに… <吾朗の父親が隠していた通帳 第17話> <紗英の夫の浮気と離婚の話 第30話> <琢人が願っていた紗英の心の解放 第44話>今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ
November 29, 2008
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◆小説のあらすじ・登場人物◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください 最初から、または途中の回からの続きを読まれる方は、◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、一覧は携帯では表示できません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 「紗英」 聞き覚えのある声に驚いて振り向くと、こっちに向かって吾朗ちゃんが歩いていた。 慌てて立ち上がった私につられて、一緒に池を覗いていた夢芽(むめ)ちゃんも立ち上がった。「お姉ちゃん、この人だぁれ?」「あのね、お姉ちゃんの、お友達の…」「初めまして。僕はこのお姉ちゃんの、お兄ちゃんなんだ」 何も言い返せずに突っ立ったままでいる私をよそに、吾朗ちゃんは夢芽ちゃんに微笑みかけた。「お名前は?」「夢芽っていうの。波岡夢芽。あ、お母さんだ」 少し離れたところから手を振っているお母さんに向かって、夢芽ちゃんが駆けだした。夢芽ちゃんのお母さんは、その場で私たちに軽く会釈をして娘と一緒に病棟に戻った。「どうして吾朗ちゃんが、ここにいるの?」「それはこっちのセリフだよ。留学するなんて嘘までついて。今日は、嘘つきの妹の面会に来たんだ」 何をどこまで知っているの? 迂闊に言葉を出すわけにはいかず、ただ彼を見つめ返した。「その顔、坂下からは何も聞いてないのか? ズルイな、あいつ。傍観者になりやがって」 少し困ったように笑いながら、吾朗ちゃんはそう言った。「坂下から、聞いたんだ。十年前、どうして僕が振られなきゃならなかったのかも、お前の病気のことも」 何もかも知ってしまったことを、疲れ果てて落ち窪んだ彼の目が物語っていた。 耳障りな程に激しい鼓動が、今にもザクッと凍り付いてしまいそうだった。「なぁんだ、バレちゃったの? せっかくここまで隠してたのに」「なぁんだ、って、そんな言い方はないだろう? あいつに話聞いてから三日間、ろくに飯も食えなかったのに」「だって私にとっては今更なんだもの。十年前に、そんなのとっくに経験済みだし。私なんか一ヶ月近くちゃんとご飯食べられなかったのよ。ま、おかげでダイエットできたけど」 そのショックがどれ程のものか知っていただけに、かけてあげるべき言葉が見つからなかった。「何だか拍子抜けしたな。相当悩んだのに、お前は相変わらずで」「何よ、相変わらずで悪かったわね。駆け寄って手に手を取って、お兄ちゃん、妹よ、とか言いながら涙でも流したかった?」「そういう訳じゃないけど。でも、もう少し感動的な再会でも良かったんじゃないか?」「ドラマじゃあるまいし、バカみたい」 強がって笑うことしかできなかった。あなたに私と同じ思いはさせたくなかったのに。 こぼれ落ちそうになる涙を、冷たい木枯らしがさらっていく。 会いに行っちゃいけないと思いつつ、どうしても一目だけと会いに行ってしまったあの日。 そばにいちゃいけないと分かっていながら、少しだけ一緒にいたいと願ってしまったあの日々。 止めた筈の時間が、また全部繋がってゆっくりと動き出したような気がした。「ねぇ、寒いから、中に入ろっか」 自販機で温かい缶コーヒーを買い、祝日で誰もいない待合ロビーの長椅子に並んで腰をかけた。「会いに来ていいものかどうか、随分迷ったんだ。僕が知ってしまったことをお前が知ったら、余計に辛い思いをさせるんじゃないかって思ったし。それに」「それに?」「急にアニキ面もできないだろう?」「それ、見てみたい気はするけどね」 笑いながら見つめた床の先に、非常ベルの赤いランプが滲んだように映っている。「どうしたらいいのか、分からなくて…。元カレなのか、今は友達なのか、それとも兄なのか。どういう態度でいればいいのか。お前はどんな感覚なんだ?」「吾朗ちゃんは元カレで本当はお兄ちゃんだけど、今は友達みたいな人。どれも全部、本当のこと。その中のどれか一つだけなんて選べないよ。全部ひっくるめて私にとって、吾朗ちゃんは吾朗ちゃん。十年経った今、やっとそう思えるようになったんだから。昨日今日で悟ってもらっちゃ困るわ」 正面玄関の自動ドアが開いて、コートの襟を立てた女性が入って来た。誰かのお見舞いに来たと思われるその人は、こちらには目もくれずに病棟の方に向かって足早に去って行った。「ねぇ、ポアンカレの話、覚えてる?」「ポアンカレ予想の?」「うん。ポアンカレ予想は百年かかって、やっと証明されたでしょう。それと同じで、私は十年かけてやっと事実を心に収められたの。更にあと九十年経って百年過ぎる頃には、私たちはこの複雑な関係から解放されてるわけだし、それにその頃になったら未来の誰かが、こんがらがった私たちの関係をスパッと解決する法則とか発見してくれるかもしれないでしょ? そう思ったら少しは楽にならない?」「何だよ、それ。壮大な他力本願だな」 呆れたように吾朗ちゃんが笑う。「いいじゃん。そう思ったら、気持ちが軽くなるんだもん」「僕も焦るなってことか」「うん。今は混乱して訳が分からなくても、それはずっとは続かないよ。経験者が語るんだから間違いないわ」 両手で握った缶コーヒーの温かさに、いつの間にか先程までの緊張は解(ほぐ)れていた。「可笑しいね」「何が?」「まさかポアンカレも百年後に、こんなふうに名前を出されるとは思ってもみなかっただろうなって思って。それも数学には全く関係ないことなのに」「まあな」 可笑しいというより、ただ嬉しかった。もう会わない、もう二度と会えないと思っていたから。 会いに来てくれてありがとう。私ね、もう泣いてもいいかなぁ?(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでいただき、ありがとうございました! よかったら応援を… 更新のお知らせも、コメントへのお返事もますます滞りがちで大変申し訳ございません少しずつ回らせていただきますので、何卒ご容赦くださいませ。 m(__)m今回登場した「ポアンカレの話」は第29話を、「ポアンカレ予想」はこちらを参照してください。さて、今さら47話の話で恐縮ですが、この回のタグの欄に異変が起きていたことにお気付きでしたか?紗英の母親が吾朗の父親への想いを綴った手紙が出てきたこの回、紗英と吾朗の“子供としての悲劇”を強調したい気持ちもあり、タグに“子供”という言葉を選びました。その結果、親同士の不倫、異母兄弟、そんなどろどろにも関わらず、“子供”というタグに反応して、自動的に“親子チャレンジ特集”に選ばれました~ …へ?(lll゚Д゚)内容が内容なので“子供”というタグを外そうかとも思いましたが、勝手に選ばれちゃったわけですし、既に終わった夏休みの特集ですし、リンク先の公文さんにこっちの記事が載るわけでもなさそうだし。ま、ある意味、親子でチャレンジには違いないか? とかなり不謹慎ではありますが、そのままにしています。タグだけで、何でもかんでも手当たり次第にというのは如何なものかな~。f(^_^;)関係者の皆様、もしご迷惑ならご連絡ください。今回、字数の関係で、こちらに掲載できませんでしたが、トップページで引き続き「遠位型ミオパチー」の患者さんのための署名及び兵庫での迷子犬捜索・及びボランティア協力をお願いしています。ご協力いただける方は、トップページのランキングのバナーの下から内容をお確かめくださいますよう、お願い申し上げます。今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ
November 15, 2008
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◆小説のあらすじ・登場人物◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください 最初から、または途中の回からの続きを読まれる方は、◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、一覧は携帯では表示できません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 朝まで熟睡できたのは、三日ぶりのことだった。 余程眠りが深かかったのか、昨夜くるみが訪ねてきたのも、その前に聞いた坂下の話も、全てが遠く、夢の中の出来事のような気がした。何もかもが夢だったら、どんなに良かっただろう。 ベランダのガラス戸越しに、冬の朝日が柔らかく広がる。戸を開けて外を覗くと、冷たい風が部屋の中、そして僕の中にもさっと流れ込んできた。 くるみに全てを打ち明けたことを、今になって後悔していた。くるみには、何も関係ないことなのに。だがそのお陰で、だいぶ救われたのも事実だった。 混乱することに疲れ果て、半ば投げ遣りになっていたところにくるみが現れた。 基盤との間にズレを生じ、持ちこたえることができなくなって崩れるしかない山肌の土砂崩れのように、くるみの顔を見ていたら、僕は何もかも崩せるだけ崩して流し出してしまいたくなった。 話し終えた後、考える力も無く、ただ途方に暮れていた僕に、くるみは震える声で言った。「会いに行った方がいいと思うの。お兄さんとして。じゃなきゃ、後悔する」「病気のことも、妹であることも、僕には隠そうとしていたのに?」 言葉を一つ一つ手繰り寄せるかのように、くるみは慎重に続けた。「紗英さんが隠していたのは、吾朗君を苦しませたくなかったからだよね。だから、吾朗君さえ、ちゃんと受け止めることができれば、紗英さんももう隠す必要はなくなるでしょう? 二度と会えなくなる前に、吾朗君はできるだけ早く会いに行かなくちゃ」 話している間にすっかり冷め切ってしまったコーヒーを温め直そうとでもするかのように、くるみはカップを両手で包み、涙声でそう言った。「明日は祝日だから、会社お休みでしょ? 明日、会いに行こうよ。私も一緒に行くから」 そう約束してくるみは帰っていった。 一夜明けて、だいぶ落ち着きを取り戻したものの、僕はまだ紗英に会うことを躊躇していた。 待ち合わせしていた場所でくるみを車に乗せ、まだ迷っていることを正直に告げた。「紗英に会って、どうすればいいのか分からないんだ。こんな苦しみを背負わせてしまったのは、僕の親父のせいなのに。今更何も知らないふりもできないし、だからと言って兄としてなんて、どんな顔をすればいいのか。紗英に、何って言ったらいいのか僕には分からない」 くるみは黙って俯いていた。僕も車を出す気にならず、しばらくそこにとどまっていた。「何も言わなくてもいいんじゃないかな」 ようやく顔を上げたくるみが言った。「何を言っていいのか分からないなら、何も言わなくてもいいと思う。とりあえず顔を見て、笑いかけてあげればいいんじゃないかな。それも難しいことかもしれないけれど。後は必要なら、自然に言葉が出てくるよ。何も心配しないで。ただ会いに行くだけで、きっと大丈夫」 後ろから来たバイクが、僕たちの車の横をあっと言う間に通り抜けて行った。「昨日の私がそうだったから」 はにかむようにくるみが笑う。「吾朗君のところへ行く前は、会ってどうすればいいのか分からなかった。もう私は彼女でもないのに、何しに行くんだろうって思ってた。今もよく考えると、何で私はここにいるのかなって思う。でもね、それでいいかなって。答えが出そうにもない問題を、ただじっと考えているだけじゃ、きっと何もできないまま終わってしまうから。こんな時は答えを用意してから行動するんじゃなくて、答えを出すための行動をした方がいいんじゃないのかなって」 反対車線にあるコンビニでは、店員が外に出て入口のガラスを磨き始めた。暇を持て余していたのか、雑巾を持ったまま両腕を高く伸ばして、大きなあくびを一つした。その側を今年街でよく見かけるブーツを履いた若い女性が、片手で携帯を操作しながら通り過ぎて行く。 僕はくるみの言葉に頷いて、車のエンジンをかけた。 そうだ今は余計なことは考えなくていい。大切なのは、何をするか、何ができるか。ただそれだけ。 祝日の午前中の道路は比較的空いていて、思っていた時間より早く病院に着いた。 一般診療も休みのようで、誰もいない待合室はとても静かだった。「じゃあ、行こうか」 壁に貼られた案内図でホスピスの場所はだいたい分かった。だが、くるみはその場に立ち止まったまま歩き出そうとはしなかった。「くるみ?」「私はここまで。ここから先は吾朗君、あなたが一人で行って」 今にも泣き崩れてしまいそうな顔でくるみが言った。「今日は、吾朗君が一人で行かなくちゃ。私はまた今度。どこかで待ってるから、終わったら電話して。時間はいくらかかってもいいからね。紗英さんと会った後、もし吾朗君が一人になりたい気分だったら、そう言ってね。その時は、私一人で帰るから」「でも…」「大丈夫。しっかりして、お兄ちゃんなんだから」 守ってやりたいと思い続けた小さな存在が、僕のために目にいっぱいの涙をためながら、それを一粒もこぼすまいと精一杯の笑顔を作っている。「分かった。行ってくるよ」 黙って頷いたくるみの頬に、こらえ切れなかった一粒が小さく光った。 紗英はホスピスの自分の部屋にはいなかった。たまたま出てきた隣の部屋の人が、中庭にいるかもしれないと教えてくれた。そこが紗英のお気に入りの場所らしい。 一般病棟へと続くガラス張りの通路の外に、その中庭があった。 木で囲まれたところに池のようなものが見え、小学生くらいの女の子がしゃがみ込んで、一生懸命何かを目で追っていた。 その横に紗英がいた。 紗英も同じようにしゃがみ込み、女の子と同じ方向を見つめて何か話している。 穏やかな青空には、いくつのも冬の雲。 扉を開け、冷たい空気の中へと歩きだす。一歩、一歩、ゆっくりと。僕の妹のいる方へ。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでいただいたことに感謝! よかったら応援も… 更新のお知らせも、コメントへのお返事も相変わらず、滞りがちで大変申し訳ございません。m(__)mこんな中、11/6にブログ開設1周年を迎えました!半年くらいの連載のつもりで始めた「poincare」ですが、当初の予定「3~4日に1話UP」にはとても及ばず、最近になってようやく「1週間に1話UP」のペースが定着してきました。これくらいが、ちょっと頑張らなきゃいけない、でも無理のないペースかな。これまで一人で原稿用紙やワープロに向かっていくつかの物語を書き始めては、根気のない私はいつも途中で止まって、最後まで書きあげたためしがありませんでしたそれが今回初めて、ちゃんと最後まで書き上げられそう!これも皆様の温かい応援があったからこそ。心からでっかく感謝 デス♪物語はもう最終章に入っていますが、予定より長引くかも…。最終話は年末か、あるいは年明けくらいかと。あともう少し、お付き合いいただければと思います。(*^^)v■ ご協力のお願い ■「遠位型ミオパチー」の患者さんのための署名兵庫での迷子犬捜索・及びボランティア協力↓ 詳細は「わんこ情報」にて今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ
November 8, 2008
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◆小説のあらすじ・登場人物◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください 最初から、または途中の回からの続きを読まれる方は、◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、一覧は携帯では表示できません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ テーブルの上には、昨日から置かれたままになっている何本ものビールの空き缶。 それを見て、くるみは顔を強張らせていた。 空き缶はテーブルの上だけでなく、床にもいくつか転がったままになっていた。「くるみ、 どうしてここに?」 僕の問いに、くるみは訝しげな目を向けた。「昨日、私に電話したでしょ? でも吾朗君、何も言わないまま電話切っちゃって、それきり連絡つかないし。今日、会社に電話したら、休みだっていうし。友達には何かあったんじゃないかって言われて、それで…」「電話?」 そんな覚えはなかった。ただそれは電話に限ったことだけではなく、記憶を手繰ろうにも、酒で鈍った頭には何もかもが曖昧で、おぼろげだった。 呷(あお)るようにして飲み続けていたビールの空き缶をかき分けて、テーブルの上にあった携帯を開いた。いつの間にか電池切れになっている。仕方がないのでアダプタを接続して履歴を確認すると、確かにあった。十五時二十二分、小枝くるみ。「これか。確かに僕からかけてるけど、ごめん、覚えがない。昨日も、随分飲んで、酔ってしまって…。すまない。本当に」 うつろな僕の目に、悲しげなくるみが映る。「このビール、まさか全部一人で飲んだの?」「ああ」「何かあったの? だって吾朗君、今までこんなことなかったじゃない。几帳面できれい好きで、部屋はいつだって片付いていたし、こんなに飲むことも、携帯の充電忘れちゃうこともなかったでしょ。それに玄関の鍵だって開けっ放しにしてるし、こんなこと」「うるさいな、関係ないだろ、ほっといてくれ」 あれこれ責められているような気がして、ついイラっとしてしまった。 くるみは黙って、僕を見つめ返した。 暗くなった窓の外を、うねりを上げて風が通る。「すまない。疲れているんだ。電話のこと、本当にごめん。別れた後まで心配させてしまって、僕はつくづく情けない男だ」「ううん」 くるみは小さく首をふった。「私、帰るね」 ここにいても仕方がないことを思い知ったような、今にも泣き出しそうな精一杯の笑顔。「あ、あの、さ、くるみ」「ん?」「コーヒーを淹れてもらえないか。コーヒー、一杯だけ、付き合ってくれないか?」 突拍子もない僕の言葉に、くるみは静かに微笑んで、コーヒーを淹れ始めた。 程なく、こぽこぽという音とともに、部屋に香りが広がりだした。 一人になってからも、コーヒーは毎朝自分で淹れていた。だが今は、次第に部屋を満たしていく豊かなこの香りが、ひどく懐かしく感じられた。「はい」 そう言って渡されたコーヒーカップの温もりに、張りつめていた気持ちが緩んでいく。 くるみは僕の横には座らずに、向い合せになるようにカーペットに直接腰を下ろした。「あ、これ」 マガジンラックから、くるみが何気なく手に取ったのは、紗英に渡してくれと言ってくるみが買った雑誌『Without』。「なんだか、懐かしい」 コーヒーをすすりながら、くるみは雑誌を見はじめた。 それとは別に、紗英が最初に持っていた同じ雑誌の一つ前の号は、昨日から床に放り出されていた。僕はそれを拾い上げて、あのページを開いた。「これを読んで欲しいんだ」「病と生きる女性たち?」 僕は黙ったまま、「伝えられなかった想いを」という投稿コーナーに掲載されている、一つの記事を指さした。ひでおさん、今日も元気にしていますか。今日はとても天気が良く、病室の窓からもきれいな青空が見えています。こんなにお天気がいいと、どこかへ出かけたくなりますね。いつかあなたと一緒に出かけた、大きな池のある公園、もう一度、あなたと一緒に歩きたかった。あの時、あなたはまだ一歳半くらいの息子さんを連れていましたね。私はお腹の中に、あなたの子を宿していました。あなたはその子を産むことを許してくれました。でもあなたは私が産むことを、本当は望んでいなかったのかもしれない。あのとき息子さんを連れてきていたのは、自分には家族がいるということを、私に伝えたかったからではないかと、最近になって思うようになりました。それでもあなたは、娘が生まれた時に、喜んでくれました。そして家族にはなれないことを申し訳ないと言いました。あの時の娘は大きくなりましたよ。結婚して京都に住んでいるのですが、今は戻って来てくれて、私の看病をしてくれています。娘を産んで良かったと、思っています。そしてあなたを愛したことも後悔したことはありません。ただ、もう会えないのかと思うと辛いです。声をかけることはできなくとも、せめて遠くからでも一目あなたの姿を見ることができたら…。いけませんね。どうしてもだんだん気が弱くなっていきます。もうすぐ娘がやって来ます。笑っていないとね。 美紗子「これが、何?」 どうしてそれを読まされたのか分からないでいるくるみは、不思議そうにその記事を眺めていた。「それを投稿したのは紗英で、それを書いた美紗子というのは、紗英の母親なんだ」 くるみが驚いて、顔を上げる。「それと、そこに書かれている、ひでおという男は、僕の…、親父なんだ」(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでいただいたことに感謝! ランキング、応援してくださると嬉しいです 相変わらず、更新のお知らせも、いただいたコメントへのお礼も滞りがちで大変申し訳ございません。m(__)mまた今回も、更新が遅くなってしまいました先週の火曜日くらいから、今回はkurumiで書いていたのですが、どうもうまくまとまらず、土曜の午後になって急遽goroに変更して、最初から書き直し…。(@_@;)展開も内容も最初に書いていたものと同じなのですが、目線が違うだけで随分変わり、今回はgoroの方がすんなり書けました。とは言え、いつもよりだいぶ遅いUP。う~ん、次回は誰で書こう? よく考えておかなくちゃ。さて、朝晩、随分冷えるようになってきました。体調管理には十分にお気を付けくださいませ。 引き続き、ご協力お願いします 「遠位型ミオパチー」の患者さんのための署名お名前のみの簡単なオンライン署名もできます。実際の署名の他、ブログで記事にしてくださる方も、よろしくお願いします。兵庫での迷子犬捜索・及びボランティア協力↓ 迷子の犬の捜索とそのお手伝いをしていただける方バナーリンクしていただけるブローガーさんを募集中です。詳細は「わんこ情報」にてご確認ください。どうぞ宜しくお願いします。(o^^o)「拡張型心筋症」と闘ってきた猫・プリンちゃん、最後まで頑張りました。飼い主さんも惜しみなく愛情を注ぎ、最期まで頑張りました。そして10月30日の夜、プリンちゃんは、大好きなご家族に見守られて、「虹の橋」へと旅立ちました。ご協力くださった皆様に感謝するとともに、ここにご報告いたします。今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ
November 1, 2008
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◆小説のあらすじ・登場人物◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください 最初から、または途中の回からの続きを読まれる方は、◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、一覧は携帯では表示できません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 陽が落ちて、辺りはすっかり暗くなった。 私は吾朗君のアパートのドアの前に立っていた。通いなれたはずのその場所は、一週間経っただけで、どこか余所余所しい感じがした。 通路に灯った蛍光灯の一つが切れかかっていて、ちらちらと点いたり消えたり、さっきから何度も繰り返している。「せっかく、ここまで来たんだから」 そう自分に言い聞かせて、かじかんだ指先で玄関の呼び鈴をそっと鳴らしてみた。 携帯のアドレス帳からどうしても消すことができなかった吾朗君の名前が、久しぶりに着信画面に表示されたのは昨日の午後のことだった。 電話に出ていいものかどうか迷いはあったが、思い切って出てみることにした。「くるみ…」 耳元で聞く彼の声に、胸がざわめく。「どうしたの?」 けれどそれ以上、吾朗君からは何の言葉もなかった。「吾朗君?」 電話はそのまま切れてしまった。 咄嗟にかけ直してみても、携帯は電波が届かないか、電源が入っていないというアナウンス。家の電話にもかけてみたけれど、いつまで鳴らし続けても吾朗君は出なかった。 少し苦しそうな声だった。どうしたんだろう。熱でも出して寝込んでいるの? すぐに行って確かめたい。でも会ってしまったら、気持ちが戻ってしまいそうで怖かった。「やだ、それってSOSだったんじゃないの?」 会社の昼休みにベーカリーハウスでランチを食べながら、亜矢と玲菜に昨日の電話のことを話してみた。食べかけのサンドウィッチを片手に、亜矢は身を乗り出して喋り始めた。「ほら、ドラマとかであるじゃない。何者かに刺されて助けを呼ぼうと思って、知り合いに電話するっていうやつ。あれよあれ。じゃなきゃ自殺を図って死の間際に、とかさ」「ちょっと亜矢、縁起でもないこと言わないで」 思わず大きな声を出してしまった私に、周りの視線が一斉に集まった。「声、でかいって」 玲菜が苦笑する。「ごめん。でも亜矢が変なこと言うから」「だってさ、苦しそうな声で電話かけて来たんでしょ。断末魔の叫びってやつ以外に何があるのよ」 一向に悪びれる様子もなく、亜矢はそう言ってサンドウィッチを頬張った。「例えば、ほら、風邪で高熱出して、寝込んでるとか」 亜矢に反論してそう言うと、今度は玲菜が笑いながら言った。「ホントは会いに行きたいんでしょ? 看に行ってあげたら、って言って欲しいって、顔に書いてある」「やだ、そんなこと」「あー、そういうことぉ」 亜矢まで面白がって、私をからかった。「だから違うってば、そうじゃなくて」「じゃあ、どうなのぉ? 本当は会う口実が欲しいだけなんじゃないのぉ?」 二人にそんなことを言われて、午後はますます吾朗君のことが気になってしまった。 電話での様子は確かに変だった気がする。万が一、亜矢の言う通り、吾朗君の身に何か起きていたらどうしよう。急に病気になって、一人で倒れているとか。まさかどこかで事故にでも? 次第に不安が込み上げてきて居ても立ってもいられなくなった私は、給湯室からこっそり吾朗君に電話をかけた。でも昨日と同様に携帯も家の電話も繋がらなかった。 思い切って吾朗くんの会社に電話をかけているところに、玲菜がやって来た。電話しているところ、見られたくなかったのに。「あの、企画営業部の居村さんをお願いします」 あら、やっぱり? 玲菜はそんな顔をしてみせた。「申し訳ございません、本日居村は休みをとっております。何かご伝言があれば私が承りますが」「いえ、結構です。失礼します」 電話を切った私を、玲菜が心配そうに見ていた。「ねぇ、くるみ。会社終わってから、ちょっと様子見に行ってみたら?」「うん…」「別によりを戻すとか戻さないとか、あれこれ考えずにさ。ただ何があったのか確かめに行くだけでいいんじゃないの? 元カノとして」 玲菜に背中を押されて、私はやっと会いに行く気持ちを固めた。 呼び鈴を鳴らしてみても、吾朗君の部屋からは何の反応もなかった。 留守なのだろうか。以前ならこんな時には合鍵で入って、中で帰りを待つこともできたけれど、私にはもう合鍵はなかった。「元カノとして」 ふと玲菜の言葉が頭をよぎる。 私も、紗英さんと同じ、元カノ。 それは苦い寂しさと同時に、もう無理に張り合わなくてもいいんだという安堵のような、不思議な気持ちを呼び起こした。 もう一度呼び鈴を鳴らしてみる。やっぱり何の反応もない。何気なくドアノブに手をかけて回してみる。するとドアは他愛なく開いてしまった。鍵はかかってはいなかった。 吾朗君が鍵を閉め忘れて外出するなんて考えられない。中にいるはず。急に胸騒ぎがして玄関を開けると、奥のリビングに灯りが点いているのが見えた。「吾朗君、いるの? いるなら返事して」 低く呻くような声が聞こえた気がして、私は慌てて駆け込んだ。「くるみ? どうして…」 彼は横になっていたソファから身を起し、驚いた目で私を見つめた。その顔はひどく疲れていて、憔悴しきっていた。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでいただいたことに感謝! ランキング、応援してくださると嬉しいです 相変わらず、更新のお知らせも、いただいたコメントへのお礼も滞りがちで大変申し訳ございません。m(__)mまた土曜日に何度も様子を見に来てくださった方に、更新が遅くなってしまったこともお詫び致します。何もかもが遅れ気味で本当にすみません前回「次回の物語には、進展がある予定です」と書いたものの、たいして進展できませんでした。(>_
October 25, 2008
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◆小説のあらすじ・登場人物◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください 最初から、または途中の回からの続きを読まれる方は、◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、一覧は携帯では表示できません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 寒気がして目が覚めた。そこはベッドではなく、リビングのソファだった。 カーテンを閉め忘れた窓からは、日曜の午前中ののどかな光が差し込んでいる。つけっ放しになっていた蛍光灯は、外からの光ですっかりなりをひそめていた。 親父に愛人がいて、隠し子までいた。それだけでも十分ショックな話なのに、その隠し子が紗英だったなんて…。 二ヶ月前、紗英がもう一晩だけ泊めて欲しいと言ってきたあの夜、トラックにひかれて壊れた紗英の母親の形見のロケット。 その中の赤ん坊を抱く夫婦の写真を見たとき、そこに写っている父親らしい男に、どこか見覚えがあるような気がしていた。写真が汚れていてはっきりとは分からなかったが、僕の親父だったというわけだ。 紗英が事実を知ることになったきっかけは、幼い頃の僕のアルバムだった。 付き合っていた頃、既に一人暮らしを始めていた僕の部屋に紗英が遊びに来た。その時見せたアルバムには、親父が写っている写真もあった。 坂下の話では、紗英は写真でしか知らない自分の父親だという人物と、僕の親父があまりにも似ていたことに驚いたらしい。ただ似ているというだけではなく、母親が持っている写真の中でいつも父親がかぶっていた帽子まで、全く同じだったという。「お父さん、名前は何て言うの?」 あの日、紗英は何気なくそう聞いてきた。だがこの時既に、勘の良い紗英の頭の中には、まさかという思いがあった。 アルバムを見た翌日、紗英は母親の留守中に家にある写真を確かめようと、写真の入っている母親の鏡台の引き出しを開けようとした。だが、中で何かが引っ掛かっていてなかなか開かず、無理にこじ開けた勢いで引き出しごとひっくり返してしまった。 引き出しは、二重底になっていた。紗英はそこに巧みに隠されていた、何通かの手紙を見つけてしまう。差出人は居村英雄。それは紛れもなく僕の親父の名前だった。 紗英は自分の父親の名前を、赤石英雄と聞かされていた。赤石は居村家に婿養子として迎えられる前の親父の旧姓だった。 それまで紗英は、両親は周囲から結婚を反対され、駆け落ち同然でしばらく内縁の関係を続け、籍を入れようとした矢先に父親が病気で亡くなったという、母親の作り話を信じていた。 だが実際は、初めから親父は妻子ある身。紗英の母親とは不倫の関係だった。 紗英が物心つく前に、二人は別れた。子供にとって好ましくない関係に、紗英の母親が別れを切り出したという。 帰宅した母親を問い詰めて、紗英は事実を知った。 紗英は僕のことは何も話さずに、母親の話をただ静かに受け止めたという。 いったいどんな気持ちで耐えていたのだろう。 僕と付き合う前は特定の彼氏を作らず、男関係が派手だったという紗英に、母親もいちいち交際相手の名前を聞くことはなかったらしい。 もしこうなる前に僕の名前を聞いていたら、紗英の母親は何と答えただろうか? 現実を受け入れることができない、でも受け入れなければいけない。確たる証拠によって、自分を納得させるために、紗英はDNAによる親子鑑定に踏み切った。 美容師だった紗英の母親は、時々親父の散髪をして、ブラシについた髪の毛を宝物のように大事にとっていた。 紗英はそれをそっと持ち出し、当時まだ大学の医学部に所属していた坂下のところに持ち込んだ。「お父さんらしき人が見付かったの。それにお兄ちゃんらしき人も。事実かどうか調べたいんだけど、できる?」 大学では司法当局からの嘱託による法医鑑定を行うのみで、原則として個人からの鑑定依頼は受け付けてはいなかった。弁護士を通じて依頼するか、さもなければ民間の調査機関で調べるしかないと、坂下は一旦は断った。 だが紗英は、弁護士を伴って再び坂下を訪ね、正式に鑑定を依頼した。 既に二十年近く経ってしまった頭髪での検査は困難を極めたらしいが、それでもなんとか鑑定結果が出た。紗英が持って行った僕の頭髪からも、兄妹鑑定が行われた。 結果は親子であることも、兄妹であることもほぼ確実だった。 決定的となった現実に、紗英は泣き崩れた。事態が飲み込めないまま、紗英をなだめていた坂下は、それが僕の親父と僕自身であることを聞かされる。 昨夜、当時を思い出しながら、坂下は語った。「ちゃんと付き合ったのはお前が初めてで、本気で好きだって思ったのもお前が初めてだって、そう言って、紗英は泣き続けた」 何も知らなかった僕は、その後間もなく紗英に振られた。「もう飽きちゃったの」 急に突き付けられたその言葉がどうしても信じられず、当時の僕はかなり落ち込んだ。「あのコはそういうコだって、お前はまだ続いてた方なんじゃないの」 周りはそう言って、僕をからかった。 本当のことを知っていた坂下だけが、僕とは少し距離をおくようにしていたという。「あの日、紗英は泣くだけ泣いて、踏ん切りをつけたんだ。あいつ、最後には何て言ったと思う? ずっと兄弟の存在に憧れていた。思いがけず出会えた兄が、お前だったことはショックでたまらない。だが、あんなに優しい人が自分の兄だったことは誇りに思わなくちゃねって、そう言って大粒の涙をぽろぽろこぼしたんだ」 突然別れを告げられた日以来、紗英が姿を見せることはなかった。 あの満月の夜、再び現れるまでは。「お前には二度と会うまいと誓って、時間をかけて悲しみを風化させたんだ。だが母親が亡くなり旦那とも別れて、家族を全て失った紗英は、残された時間の中でもう一度だけお前に会っておこうと思ったんだ。会ってみたら傍にいたくなった。それで勢いで一緒に暮らすと言い出して、それがどんなに非常識で無謀なことだと分かっていても、お前の傍にいたくなった。紗英は兄としてのお前の記憶を持って、あの世に行こうとしてたんだ」 そう言って坂下は目頭を押さえた。全てを知りながら、それを胸にしまい続けてきた坂下のこの十年も、苦しかったに違いない。 紗英は今、坂下の病院のホスピスにいる。 どうすればいい? 僕はどうすればいいんだ? 紗英に会いに行かなくちゃ。会って傍にいてやらないと。 だけど、どんな顔をして? 時計は間もなく、正午になろうとしていた。ぼんやりと見上げた天井には、最早何の役にも立たない状態の蛍光灯が、力無く灯っていた。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださり、ありがとうございます! ランキングへのご協力を… 相変わらず、更新のお知らせも、いただいたコメントへのお礼も滞りがちで大変申し訳ございません。m(__)mこんな中、先日30000アクセス突破いたしました♪ キリ番踏まれた方は、楽天の方ではなかったため、どこのどなたか分かりませんが、ありがとうございましたところで今回のこの話は…いらなかったかな~なんて何の進展もなくただの解説になってしまい、どうしたもんかな? と思いましたが、紗英の十年間の思いや、琢人(坂下)が事実を知った経緯、また混乱する吾朗の姿を書いておきたかったのでUPしちゃいます。前回は吾朗と紗英が兄妹であることを、驚いてくださった方がいて、嬉しかったです!また何となく文面から察してくださった方がいたことも、嬉しかったです!!これまでいくつか微妙に伏線を敷いてきたので、気付かずにさらりと通り過ぎてくださったことも、またそこに気が付いていただけたことも、どちらもウッシシ~な感じ。(*^w^)(ちなみに吾朗が見覚えがあったという、ロケットの写真については、「第9話 ~ goro(6) 壊 ~」 を参照してください)次回の物語には、進展がある予定です。よろしければ、また遊びに来てくださいね。(*^^)v今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ
October 18, 2008
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◆小説のあらすじ・登場人物◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください 最初から、または途中の回からの続きを読まれる方は、◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、一覧は携帯では表示できません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 表通りから路地を少し入ったところ、週に二回ほどライブが行われるジャズクラブ。 紗英の忘れ物を渡したい、そう言って僕は坂下を呼び出した。 まだ時間も早く、この日はステージの予定もなかったため、客はカウンターに数人と、そこから離れた壁際のテーブル席に坂下が座っているだけだった。「お先に」 薄暗い照明のせいか、既に飲み始めていた坂下の雰囲気がいつになく重かった。「くるみちゃんとは、あれからどうしたんだ?」 僕が席に着くなり坂下は、こちらを見ることもなくそう言った。「くるみとは別れたよ」「そうか」「くるみには僕の気持ちが分かってると勝手に思ってた。理解してくれているとばかり…。僕と紗英が昔付き合っていたからって、もう十年も前の話だし、今は全く関係ないのにな」 僕を信じきることができなかったくるみ。逆にくるみを信じるあまり、くるみの本心まで思いやらなかった僕。いつもすれ違いに気付くときには、もう取り返しがつかない。「くるみちゃん、色々我慢してたんだろうな」 坂下がぽつりと呟いた声は、店に流れている音楽に静かに溶けていった。「だけどもう終わった話だ。別れたいって言いだしたのはくるみで、僕はそれを受け入れたんだ」「それがくるみちゃんの本音なのか? その場の流れで別れたいって言ってしまったんじゃないのか?」「もういいんだ。僕のことで傷付いてしまったくるみを、これ以上、無理に繋ぎ止めたくない。多分、今のくるみは僕といても、僕を責めるか、自分を責めるかで、どっちにしろ苦しいだけだ。それならもう、いっそ自由にしてやりたい」 スピーカーから聴こえてくる曲調が変わった。カウンターに座っている男に、店員らしき人が古いレコードを見せている。男はカウンター越しにそれを見て、懐かしいと喜んだ。「それで、紗英の忘れ物って?」 そう言われて、紗英の雑誌の間から見つけた封筒を出した。坂下の病院の名前が入った封筒。その中から一枚の紙を取り出して、テーブルに広げた。 「入院同意書」と印刷された用紙。患者氏名欄に「月野紗英」、入院開始日は紗英が韓国に発つと言っていた日付が書き込まれていた。「これは何だ? どういうことなんだ?」 僕の問いに、坂下は困惑したと言うより、ひどく疲れた様子で言った。「紗英にはもう関わるな」「僕がくるみと別れて、今度は紗英を取り戻そうとするとでも?」 ようやく坂下は顔を上げて、僕の目を見た。「そんなつもりはないって、お前の顔に書いてあるよ。だけど、くるみちゃんを追いかけないお前が、どうして紗英のことは知りたがるんだ」「それは…」 どうしてなのか自分でもよく分からない。今さら紗英のことを知って、どうなるわけでもないのに。「うまく言えないが、時々紗英が見せた悲しげな目が気になってるんだ。出て行った時も本気で怒っているようには見えなかった。くるみを怒らせながら、一瞬あの悲しい目をしたんだ。紗英はくるみの怒りを、僕から自分に向けさせようとしていた」「紗英の芝居、見抜いてたのか? お前、鈍い奴なのか、鋭い奴なのか、分からないな」 そう言うと坂下は、ためらうように言葉を続けた。「お前に知られることを、紗英は望んでいない」 坂下は入院同意書を手にとって、しげしげと眺めた。「確かにバッグに入れたのにって、どこかで失くしたって言ってた。あいつも間抜けだな。鈍いんだか鋭いんだか、しっかりしてるのか抜けてるのか、お前らそういうところよく似てるよ」 苦悩の入り混じった悲しい笑い。坂下のこんな表情を見たのは初めてだった。 店のドアが開き、新たな客が数人入って来た。外は雨が降り出したようで、彼らはコートについた水滴を軽く手で振り払っていた。 坂下が重い口を開く。「お前には言うなと言われてきたし、俺自身も敢えてお前に伝える必要はないと思っていた。だが紗英だって、本当はお前に何もかも打ち明けて、受け入れて欲しいんじゃないかとも思う。正直、俺にもどうしたらいいのか分からない」「紗英のこと、薄々見当はついている。この同意書は紗英の持っていた雑誌に挟まっていて、挟まっていたページには癌で余命を宣告された人の手記が載ってた」「Without、か。それを読んだのか?」 一瞬、驚いた坂下が、僕を見つめ返した。「いや、見出しをざっと見た程度だが。お前もあの雑誌を知ってるのか? 紗英もあの手記を書いた人たちと同じなんだな? 紗英はあとどのくらい生きられるんだ?」 坂下は殊の外、あっさりと答えた。「もって一、二ヶ月ってところだ」 覚悟はしていた。だがあとわずか一、二ヶ月。そんなに短いなんて。「紗英も自分の病気のこと知っているのか?」「ああ、知ってる。もう手遅れだってこともな」「それで? それで紗英は僕に会いに来たのか? 最後に僕と一緒にいたくて? でも僕にはくるみがいたし、自分はもう生きられないと分かっているから、身を引いた? 紗英はお前のことが好きなんじゃないのか?」 もう観念した、坂下はそんな顔をしていた。苦悩して疲れ果てた、その末に見せた顔。「違うんだ、吾朗。俺と紗英は、付き合っているふりをしていただけで、医者と患者、それだけの関係だ。そして紗英は他の誰でもなく、お前に会いたかった。だから会いに行った。会ってしまったら、今度は傍にいたくなった。だがそれは昔の想いが再燃したからとかじゃなくて…」 坂下にいつもの余裕は全くなく、何かに追い詰められているようなその様子に、僕は戸惑いと不安を抱かずにはいられなかった。「俺はもう時間のない紗英を呪縛のようなものから解放してやりたい。だからお前に聞いて欲しいんだ。だがそれを聞いてお前が平気でいられるかどうかわからない。それでも聞いて、受け入れてくれたらと思うんだ」「お前、何が言いたいんだ? まだ他に何か隠していることが?」 聞いてはいけないこと。それは十年前の紗英を、奈落の底に突き落とした事実。「吾朗、お前と紗英は…」 坂下と紗英だけが、この十年間胸にしまい続けてきたことを、僕は坂下の胸からえぐり出した。「母親の違う、兄と妹なんだ」(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださり、ありがとうございます! ランキングへのご協力を… 相変わらず、更新のお知らせも、いただいたコメントへのお礼も滞りがちで大変申し訳ございません。m(__)m一時期崩していた体調は、今はすっかり回復してます。でも最近、何だかバタバタしていて、時間がとれないことが多くて…コメント欄もBBSも、ちゃんと読ませていただいています。アクセス記録もチェックして、いつもお越しくださる方にも大変感謝しています。皆さま、本当に、さて、ついに書いちゃいました。紗英が抱えていたもの。私的には、あ~あ、書いちゃった。とうとう書いちゃった。今、そんな気分です。最初から、こういう物語だったにも関わらず、なんだか取り返しのつかないことをしてしまった気がしてます。( ̄∀ ̄;)内容がちょっと重くなってきただけに、コメントしにくい方、無理にコメント残さずとも、読み逃げOK。またご自身や身近な方の体験と重なり、読むのも辛いという方は、遠慮なくスルーしちゃってくださいね。それではまた、次回もお付き合いいただけるのであれば…どうぞよろしくお願いいたします。(*^^)v今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ可愛いアニメ素材はこちらから…
October 11, 2008
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◆小説のあらすじ・登場人物◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください 最初から、または途中の回からの続きを読まれる方は、◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、一覧は携帯では表示できません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○「吾朗君、誰にでも優しいでしょう? それが私には辛いの。私は私にだけ優しくして欲しかったの」 あれは初めて付き合った女の子。彼女はそう言って僕を振った。 紗英と坂下が出て行った後も、くるみは暗くなった部屋で泣き続けていた。「紗英さんのこと好きなんでしょ? そうじゃなかったら、吾朗君には私がいるのに、どうして他の人と一緒に暮らしたりできるの? どうして、私の気持ちを考えてもらえないの?」 かすれるような涙声でくるみは呟いた。「紗英さんが昔の彼女だと知っていたら、同居なんて許さなかった。私が許さないって分かってたから、だから以前付き合ってたことを私に隠していたんでしょう? そこまでして紗英さんと一緒にいたかったの? 離婚やお母さんの死で、傷付いた紗英さんを放っておけなかったとでも言うの? じゃあ私は? 紗英さんのことで傷付く私はどうでもよかったの?」 私にだけ優しくして欲しかった。遠い日に言われたその言葉がふと脳裏をかすめる。 くるみのことを愛している。でも紗英には逆らえなかった。 いや、違う。逆らえなかったんじゃなくて、くるみの言う通り、本当は放っておけなかった。 なぜ? 昔付き合っていた女性だから? それも違う。 紗英が持っている危うさが、昔から僕は気になって仕方なかった。放っておいたら、粉々に砕け散っていきそうな彼女の危うさ。それが十年経った今、色濃くなっている気がしてならなかった。 くるみという存在がありながら、一方で紗英のことを気にしてしまう。そんな曖昧な態度が、くるみを悲しませることになってしまった。「紗英さんのことが気になるんでしょう? それが好きっていうことなんじゃないの? 私を傷付けまいとして、無理に私に心を向けているだけで、心の奥では本当は私より紗英さんを愛しているんじゃないの? 吾朗君自身が、それに気が付いていないだけ」「何言ってるんだよ。自分の気持ちくらい自分で分かってるって。くるみは考え過ぎだよ」 傷付けてしまったこと、悪かった。許して欲しい。いくら言葉で言ったところで、くるみの心にはもう届かなかった。 抱きしめたいのはくるみなんだ。抱きしめられたいのもくるみになんだ。抱きしめ合ってなおそばにいたのはくるみしかいない、それなのに。 今、僕の胸を締め付けているのも、くるみだった。 どうしてそれを分かってくれないんだという思いと、こんなにもくるみを苦しめていたことに、どうしてもっと早く気付いてやれなかったんだという悔悟の思いが入り混じる。「私たち、もう終りにしましょう」 くるみはそう言って、僕の前から去っていった。 朝食はトーストとコーヒーだけ、そんな味気ない元の生活に戻って一週間が経った。 自責の念に胸が苛(さいな)まれることも多かったが、平日は仕事もあるし、なんとか遣り過ごしていた。 だが、そんな僕の胸の内をはばかることなく、クリスマス直前の世間は浮足立っていた。 花屋に限らず、この時期には街中に溢れ出す真っ赤に色づいたポインセチアと、真っ白なシクラメン。どちらも誇らしげに、自信に満ちて見えるのは、その根がしっかりと土を抱いているから。 広げた腕に抱くものを失った僕は、空虚な時間の中で、ただ枯れていくだけだった。 くるみはいつまでも変わらず僕のそばにいてくれる、そんな甘えがあったのかもしれない。 失って初めて気が付く、大切なもの。あちこちで耳にし、目にしてきたありふれた言葉が、実感を伴って胸に突き刺さる。 華やかなお祭り騒ぎの街が、これほど鬱陶しく感じたことは、いまだ嘗てなかった。 一人で迎えた週末は気分転換に出かけようという気にもならず、僕は家で時間を持て余していた。 くるみはこの一週間を、どんなふうに過ごしたのだろう。 紗英は韓国で新しい生活を始めたのだろうか。残された坂下は、どうしているのだろう。 気が付けば、四人ともバラバラになっていた。 冬枯れ色の空。低くなった陽の光が、ソファで横になる僕の所までやわらかく届く。 マガジンラックに目をやると、紗英が見ていたファッション雑誌「WITHOUT」が、持ち主がいなくなった今も、忘れられたままそこに置き去りにされていた。「魅せる!大人の下着選び、か」 突然くるみが訪ねてきて慌てて雑誌を隠したことも、くるみから紗英にこの雑誌を渡してくれと頼まれたことも、ついこの前のことなのに。 ふと懐かしいような気持ちになり、なんとなくページをめくってみた。 流行りの服にジュエリー、バッグ、スイーツにランチ、そんなキラキラしたページが続いた、そのずっと後、活字だらけのモノクロのページに、その封筒は挟まっていた。 薄いクリーム色の封筒。表には、坂下の勤める病院の名前と住所が印刷されていた。封はされておらず、中には一枚の紙が入っていた。「何だ、これ」 何気なく見てしまったその紙に書かれていたこと。 僕の身に一気に緊張が走る。 これは、何だ? どういうことなんだ? 封筒が挟まっていたモノクロのページには、企画ものが連載されていた。タイトルは「病と生きる女性たち」。 そこには癌で余命を宣告されながらも、未来を見つめて生きる女性たちの手記が綴られていた。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださり、ありがとうございます! ランキングへのご協力を… 今日初めてアクセスしてくださった方も、続けて読んでくださっている方も、いつもありがとうございます!ここのところ、更新のお知らせも、いただいたコメントへのお礼も滞りがちで大変申し訳ございません。m(__)mコメント欄もBBSも、ちゃんと読ませていただいています。アクセス記録もチェックして、「ああ、○○さん、また来てくれてありがとう!」と大変感謝毎日、応援に来てくださる方々にも、心から感謝しています時間の許す限り、直接ご訪問させていただきますね。お伺いするのが遅くなってしまうこともありますが、何卒、ご容赦くださいませ。さて、ついに吾朗ちゃん、振られました。私が言うのも何ですが、まぁ当然の結果でしょう。(^_^;)そしてここまで、たくさんの方がくるみの幸せを願ってくださいましたが、それを裏切るような結果に…いえいえ、くるみの登場が、ここで終わったわけではありません。今後のくるみにもご注目いただけると嬉しいです。そして、例の雑誌の話…「起承転結」で言えば、今回は「転」に片足突っ込んだところかな?どうぞまた次回もよろしくお願いいたします。(*^^)v今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ
October 4, 2008
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◆小説のあらすじ・登場人物◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください 最初から、または途中の回からの続きを読まれる方は、◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、一覧は携帯では表示できません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 吾朗ちゃんを叩いた後も、くーちゃんはこちらを見ようともしなかった。 その背中は、私と琢人を無視するかのようにも見えたし、逆に威圧しているかのようにも見えた。 力を失い崩れるように落ち始めた太陽が、最後にありったけの力を振り絞って、夕刻の部屋をオレンジに染めていた。「ここに来る前に、偶然、凛さんに会ったの。凛さんから聞いたわ、吾朗君と紗英さんは、昔」 くーちゃんが声を詰まらせた。それだけで、凛から何を聞いてしまったのかを、そこにいた私たちは瞬時に悟った。凛、懐かしい名前を、こんな形で聞くことになるなんて。「坂下さんは知ってた? この二人、昔、付き合ってたのよ」 背中を向けたまま、くーちゃんは吐き捨てるようにそう言った。「昔の彼女と同居って、どういうことなの? 紗英さんのこと、今でも好きなの? じゃあ、私は? 私は吾朗君の何なの?」 震える言葉と同じ数だけ、くーちゃんは涙をこぼしていた。 その涙に、吾朗ちゃんが慌てて話し出す。「あ、いや、確かに僕と紗英は、付き合ってたこともあったけど、でもかなり昔の話で、今は何でもないんだ。特別な感情は持っていないし、友達っていうか」 あーあ、やっちゃったよ、吾朗ちゃん。昔付き合ってたこと、あっさり認めちゃった。凛の勘違いとか何とか言えばいいのに。 でも、吾朗ちゃんにそれを期待するのは、無理か。終わったな。私はここで覚悟を決めた。 くーちゃんは今まで堪えていたであろう複雑な思いを、ここで一気に吐き出し始めた。「友達? それを信じろと? じゃあ私の気持ちは? 少しは私の気持ちを考えてくれたことがあった? こんな状態、私が平気でいたとでも思ってるの?」 いつの間にか太陽は、西の空から姿を消していた。音もなく闇が染み出し始める。「もう嫌。もう我慢できない。明日じゃなくて、今すぐ。今すぐここから出て行って」 そう言うと、くーちゃんは振り返って、憎しみに溢れた目で私を見据えた。「はっ、笑っちゃうわね。取り乱しちゃってみっともない。そうよ、私は前に、吾朗ちゃんと付き合ってたことがあるわ。だけど、それが何? 前にくーちゃんに聞いたよね? 吾朗ちゃんのこと本気かって? 吾朗ちゃんのこと信じるんじゃなかったの? なによその目。見苦しい。昔の女に嫉妬なんて」「なっ、何なのよっ」 くーちゃんは肩を震わせて、益々声をヒートアップさせた。「吾朗君とは遠い親戚とか適当なこと言って、人を騙しておいて。あなたの言うことなんか、聞きたくもない。もう出て行って。一刻も早く、ここから出て行って」 そんなくーちゃんをあざ笑うように、私は唇の端で笑ってみせた。「何、焦ってるのよ、私に吾朗ちゃんを盗られるとでも? そうね、その方がいいかもね。って言うか、あんたたち、もう時間の問題なんじゃない? 嫉妬に狂って、そんな醜い姿曝け出しちゃって。ここから立ち去るのは、むしろあんたの方じゃないの? だいたいね」「紗英っ、いい加減にしろっ」 私の言葉を遮ったのは、吾朗ちゃんだった。「何よ、何で私がいい加減にしなきゃいけないのよ。今日は私の送別会じゃない。それをこんな女のせいで、台無しにされて」「いい加減にしろって言ってるんだ」 薄暗くなり始めた部屋の中に、吾朗ちゃんの怒鳴り声が響く。 事の成り行きを見守っていた琢人が、まるで終りの合図を送るかのように、私の目を見て小さく首を横に振った。「あー、馬鹿らしい。分かったわよ、昔の女なんか今さらどうでもいいって訳ね。出て行くわよ。出て行きゃいいんでしょ? どうせ明日、出て行くつもりだったんだし。琢人、荷物運んで」「ちょっと待てよ、そんなこと誰も言ってないだろ? くるみも、紗英も、落ち着いてくれ。おい、紗英」 リビングから出て行こうとする私を、吾朗ちゃんが呼び止める。「人を怒鳴っといて、何よ今さら。そうね、世話になったお礼ぐらいは言わないとね。ありがと。お世話になりました。じゃあね」「ちょっと待てって。紗英っ」「吾朗」 追いかけようとする吾朗ちゃんを見て、くーちゃんがその場に泣き崩れた。それを目線で、琢人が吾朗ちゃんに伝えた。「紗英には俺がついてるから」 琢人がそう言っているのが、背後から聞こえた。 二ヶ月間だけ私の個室だった小さな部屋で、明日の朝まではここで使う予定だった洗面道具やお気に入りのコスメ、明日着ようと思っていた服などを乱暴にスーツケースに押し込んだ。 その様子を見ていた琢人が、部屋の入り口から声をかけてきた。「いいのか、これで」 その質問には答えずに、スーツケースを琢人の前に押しやった。「これ、持ってきて」「紗英」 たしなめるような琢人の声を無視して、さっさと私は玄関に向かった。 外に出ると、冷たい風が容赦なく吹き付ける。冬の風って、どうしてこんなに寂しい音を伴うんだろう。「憎まれ役を買って出たってわけか」 階段へと向かう通路で、ため息をつくように琢人が言った。「自分で蒔いた種か」 続けてそう言う琢人を思い切り睨みつけてから、階段を一気に駆け降りた。「こんな終わり方で良かったのか?」 後から降りてきた琢人が、車のキーを出しながら、さっきと同じ内容の質問を繰り返した。 最後は笑って、じゃあね、元気でね。そんな望んでいたお別れとは、程遠いものだった。 でも、これでいい、これで良かったんだ。きっぱりお別れできたじゃない。私は自分にそう言い聞かせていた。 さようなら、吾朗ちゃん。さようなら、くるみさん。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださり、ありがとうございます! ランキングへのご協力を… 今日初めてアクセスしてくださった方も、続けて読んでくださっている方も、いつもありがとうございます!先週、41話をUPした後から体調を崩し、子供たちの運動会も重なって、無理をしてしまい、しばらくPCはお休みしていました。(>_
September 27, 2008
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◆小説のあらすじ・登場人物◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください 最初から、または途中の回からの続きを読まれる方は、◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、一覧は携帯では表示できません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 紗英さんは明日、吾朗君のアパートから出て行く。この日をずっと待っていた。 それなのに思っていたほど、嬉しい気がしないのはどうしてだろう。 吾朗君と私、以前とは何かが変わってしまった。紗英さんが出て行った後、この変化は修復できるのかな? 私は漠然とした不安に、怯えていた。 とにかく今日は紗英さんの送別会。あまり気乗りしないのも事実だけど、坂下さんも来るんだし、もしかしたらこのモヤモヤも晴れるかもしれない。そんな淡い期待もあった。 家にいると妹だけでなく、父や母にまで作り笑いを見抜かれそうな気がして疲れてしまう。それで私は、この日、早めに出かけることにした。 前に吾朗君と行ったレストラン、入口のショーケースに可愛いスイーツが並んでたっけ。スイーツまで作っている時間はないし、あの店で買って行こう。ただ、そう思っただけだったのに。 ホテルの最上階のレストランに向かうために、エレベーターを待っている時だった。「あれ、小枝くるみさん?」 屈託のない笑顔で話しかけてきたその女性には、見覚えがあった。「あ、あの、吾朗君と同じ大学の?」「覚えていてくれたのね。凛よ、増永凛」 吾朗君とここのレストランで食事をした時に、偶然会った人だった。「私のほうこそ、名前まで覚えていてくれたんですね」「だって、可愛い名前なんだもの。物覚えの悪い私でも一度で覚えちゃった。ところで今日は吾朗ちゃん、一緒じゃないの? ねぇ、もし時間があったら、ちょっとお茶するのに付き合ってくれないかな?」 まだ時間はだいぶあったし、少しくらいならと思い、私たちは煌びやかな造りのエレベーターに一緒に乗り込んだ。 凛さんと会ったのは今日で二回目なのに。当たり前のように親しげな態度には、自然で厭味なところが全くなく、昔から友人だったような錯覚まで起こした。「助かるわ。友達と約束してるんだけど、待ち合わせの時間、勘違いしてて早く来過ぎちゃったの」 最上階のボタンを押す凛さんは、スレンダーで背が高く、フェニミンなジャケットと黒のパンツスタイルがよく似合っていた。「ここへは、よく来るんですか?」「この前会ったレストランで、友達がケーキ作ってるの。パティシエってやつ? あ、女だからパティシエールって言うのか。これが美味しくて、絶対おススメ」 そこにスイーツを買いに来たことを話すと、凛さんはとても喜んだ。そして店に入る時にパティシエールの友人に声をかけ、ケーキ買いに来たコなの、サービスしてあげて、と小声で囁いた。「この前は驚いたわ。吾朗ちゃんとこんなところで会うなんて思わなかったもの。もう結構長いこと会ってなくて、何年ぶりだったかな」 私はカプチーノを、凛さんはブレンドを注文した。「吾朗君とは、卒業してからも会ったりしてたんですか?」「そうねぇ、むしろ、卒業してからの方が積極的に会ってたかもしれない」 凛さんは笑いながら、懐かしそうな顔をした。「就職したての頃ね、よく合コンしてたの。あ、そういうの気にする? 昔の話だから、いいよね」 オーダーした飲み物は、凛さんの友人が自ら運んで来てくれた。それと一緒に、小さな色とりどりのケーキを載せたお皿が、テーブルに並べられた。「こちらは、サービスです。サービスしないと、後でこの人にエライ目に遭わされるから。試食のつもりでどうぞ」「何よ、エライ目って」 凛さんの友人は、凛さんに軽く睨まれると、感じよく笑って私たちの席から離れた。 カプチーノに一口付けてから、私が話を戻した。「そんなによく合コンしてたんですか?」「うん。それがね、もともと吾朗ちゃんは合コンはあまり好きじゃなかったみたいだけど、頼まれるとね、ほら、嫌とは言えないタイプだったから、いつもメンバー集めとかしてくれて」 そこまで言うと凛さんは、もう時効だから言っちゃおうかな、と悪戯っ子のような目をしてみせた。「本当は合コンなんてどうでも良かったんだ。私ね、当時、吾朗ちゃんの友達の中に好きな人がいて、その人に会いたくて合コンをセッティングしてたの。あ、これ吾朗ちゃんも知らない話だから、内緒ね」 ガトーショコラが口の中で、甘くほろ苦く崩れていく。「だけど、吾朗ちゃんの方が先に彼女ができちゃったのよ。これがすぐにでもモデルとか出来そうなくらいに綺麗なコでね。なんて名前だったかな、あのコ。とにかくそのコ、急に来れなくなった女のコの代わりに、他の友達が連れて来たんだけど、それ以来、男どもからは毎回そのコを呼べって言われたわ。えーっと、何か星とか月とか、そんな感じの名前なんだけど。何だっけ? あー、ここまで出かかってるのに」 モデルが出来そうなくらいに綺麗な人で、名前に星とか、月?「まぁ、とにかく、その男性陣のアイドルを、どういうわけか吾朗ちゃんが射止めちゃってね。そのコ綺麗なだけに性格もきつかったし、かなり気まぐれなところがあったから、そのうち吾朗ちゃんは捨てられる、一ヶ月も持てばいい方だなんて、皆で賭けたりしたの。結局、半年くらいは持ったのかな? 振られた時は、吾朗ちゃん、かなり凹んじゃって。慰め会とかした覚えがあるわ」 凛さんが白い滑らかな陶器のカップを口に運ぶ。 私は胸に広がり始めた黒い靄に気付かれないように、ケーキにそっとフォークを入れながら聞いた。「その女の人は、今、どうしてるんですか?」「だいぶ前に結婚したって聞いたんだけど、どうも離婚したみたい。ついこの前ね、そのコを合コンに連れて来た友達のところに、そのコの元旦那が突然来てね、居場所を知らないかってしつこく聞かれたんだって。どうも旦那捨てて、出ていっちゃったみたい。聞かれた友達も、居場所どころか離婚したことさえ知らなくて、びっくりしたって」 次の瞬間、凛さんが、あっ、と小さく叫んだ。「思い出した。さえ、とか何とか。そうそう、確かつきの、月野紗英っていうコだ。良かった、思い出して。どうでもいいことだけど、こういうのって、ずっと気になっちゃうじゃない? 良かった、スッキリしたわ」 晴れやかに笑う凛さんに付き合って、にっこりしようとする私の顔が引きつってしまう。 カプチーノも色とりどりのケーキも、一瞬にして味が消え、飲み込むだけで精一杯だった。 どういうこと? これは、どういうことなの、吾朗君。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださり、ありがとうございます! ランキングへのご協力を… いつもありがとうございます!金曜夜~土曜にかけて、ほぼ週末更新が定着してきました。続きをUPするまでの一週間はこんな感じです。 金曜日:仕上げ&ブログ更新準備(※) 土曜日:ブログ更新完了 日曜日:♪遊ぶ♪ 月曜日:次回の内容を頭の中で、何んとなく文章に 火曜日:さらに細かく考える 水曜日:Wordで下書きと言うよりは、かなり乱暴な殴り書き 木曜日:殴り書きを下書きくらいに この時「何かが違う…」と、全て白紙に戻すことも (>_
September 20, 2008
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◆小説のあらすじ・登場人物◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください 最初から、または途中の回からの続きを読まれる方は、こちらの◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、リンク先は携帯では表示されません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ あと一週間で、ここから出て行く。 最初から決めていたことだし、そろそろ限界が近いことも感じていた。ずっと夢見てきたこの二ヶ月間の生活に、もう幕を下ろすときが来ていた。「昼飯、どこかに食いにいかないか?」 吾朗ちゃんと過ごす、最後の日曜日。お昼は外で食べることにした。「何食う?」「うーんとね、中華がいい」「じゃ、あそこ行くか」 ゆっくりとハンドルを切って、吾朗ちゃんが車を出す。 冬枯れた空に雲は低く、歩道を歩く女性はコートのポケットに手を突っ込んでいた。 同居し始めた頃、いつも感じていた吾朗ちゃんの警戒心は、ここのところすっかり消えていた。 ねえ、吾朗ちゃん、あなたいつも、私が何か仕掛けてくるんじゃないか、無理難題を吹っかけてくるんじゃないかって、いつもハラハラしていたでしょう? そんな吾朗ちゃんが、可笑しくもあり、腹立たしくもあり、また可愛いいなとも思っていたの、知ってた? 車をコインパーキングに停めて、私たちは店の入り口から続いている行列の最後尾に並んだ。「この店、雑誌で見たことがある」「ここ、結構美味いんだ。前にくるみが来たいって言って、一度来たことがあるんだけど、あの時も並んだなぁ。そういやくるみも雑誌で見たって言ってたっけ。あれか、あの何とかって言う、くるみがお前に買って、僕が渡した」「魅せる!大人の下着選び?」「そうそう、それ」「あの雑誌、そういう名前じゃないんだからね。雑誌の名前は『Without』って言うの」「そうだっけ? どうも大人の下着選びの方がインパクト強くてさ」 お腹いっぱい食べて、くだらないおしゃべりに笑って、ついでだからとその辺の雑貨店などを覘きまわった。これが可愛いとか、こんなものまであるんだねとか、しばらく二人ではしゃいでいた。 その度にカシャ、カシャ、と音を立てて、心がシャッターを切る。この瞬間のこと、そしてあなたのことを、私の記憶の中に刻み込んでおくために。 その翌日から、私は荷物をまとめ始めた。 もう着ることのない薄手の服など、余計なものは片っ端から処分した。できるだけ身軽な方がいい。 こんな時は、自分の潔さに感心する。悲しいとか、寂しいとか、そういう感情にはいちいち付き合っていられない。吹っ切れてはいないけれど、まるで人ごとのように淡々と処理していった。 そうしなければやっていられないから? それともまだ、現実が実感できていないから? 送別会のことを言い出したのは、吾朗ちゃんだった。くーちゃんのお母さんが怪我をする前、何度か三人で一緒に食事をした時のように、今度は琢人も呼んで、週末にこのアパートで夕飯を一緒に食べようという話になった。 くーちゃんと吾朗ちゃんの前で、琢人と付き合っているふりをしなきゃならないのは億劫だったけれど、琢人がいた方が、みんな安心して過ごせるような気がした。 週末。送別会の当日。 これで、本当に終わり。明日の朝ここを出たら、吾朗ちゃんにもくーちゃんにも、会うことはない。 始まりはいつも慌ただしく、終わりはあっけなくやって来る。「くるみ、遅いな」 リビングの時計を眺めて吾朗ちゃんが呟いた。くーちゃんはちょっと早めに来て、準備をしてくれることになっていた。本当なら、とっくに来ていていい頃だった。 玄関のチャイムが鳴って吾朗ちゃんが出迎えに行くと、来たのはくーちゃんではなく琢人だった。「何だよ、吾朗、人の顔見ていきなりがっかりするなよ。遅れたら悪いと思って、急患の処置もそこそこに、適当に切り上げて急いで来てやったのに」「いや、坂下。それ笑えないから。今すぐ戻ってちゃんと処置してから来い」 思えば、こんなふうにふざけ合う二人を見るのも、十年ぶりのことだった。「ねぇ、くーちゃんに、電話してみたら?」「さっきからかけてはいるんだけど、出ないんだ。ひょっとして、携帯、家に忘れてるのかもしれないな」 吾朗ちゃんは苦笑いしながらそう言った。 でもそれは違っていた。携帯を家に忘れていたからではなかった。このときくーちゃんが電話に出なかったのは、既に落ち着いて話しができる状態ではなかったから。 何も知らない私たちは、彼女が来るのを待っていた。 しばらくすると、チャイムも鳴らさず、乱暴にドアを開けてくーちゃんが入ってきた。唇を噛み締めたその顔は、ただ事ではない怒りに歪んでいた。「どうしたの?」 驚いた私や琢人には目もくれず、つかつかと吾朗ちゃんに歩み寄るくーちゃん。彼女はこらえ切れないほどの涙をためて、吾朗ちゃんの頬を平手で叩いた。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ランキングに参加中です。応援してくださると嬉しいです 今日初めてアクセスしてくださった方も、続けて読んでくださっている方も、いつもありがとうございます!今回出てきた「魅せる!大人の下着選び」だいぶ前に2回ほど登場しているのですが、覚えていただいてるでしょうか?(第15話「goro (9) 焦」・第23話「kurumi (6) 闇」)紗英とくるみが読んでいる雑誌『Without』以前、紗英がこの雑誌を読んでいるのには理由があって、それを知って吾朗は愕然とすると、その理由については物語の後半で明らかにすると書きました。それは今回のことではなく、もう少し先のこと。次にこの雑誌が登場するのは、紗英の抱えているものが明らかになるときです。9月に入って、暑かったり涼しかったりと気温が安定せず、体調を崩されている方もちらほらいるようです。それと関係あるのかないのかわかりませんが、ここ最近、パソコンの調子が悪い パソコンが壊れたとブログに書いている方も何人かいますね…。お身体も、パソコンも、どちらもどうぞお大事に。(^_-)-☆今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ※9/12(土)に当ブログに書き込みしたところ、「禁止設定にひっかかり書き込めなかった」という方が数人いらっしゃいました。設定を変えたりはしていなかったし、原因は分かっていないのですが、その後は問題なく書き込めるようになったようです。何だったのでしょうか? 楽天さんのトラブルかな…?何にしろ、ご迷惑をおかけしたみなさん、ごめんなさいです。
September 13, 2008
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◆小説のあらすじ・登場人物◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください 最初から、または途中の回からの続きを読まれる方は、こちらの◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、リンク先は携帯では表示されません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 日曜日は本当なら私が、怪我をした母の世話と家事をする番だった。 母の右腕がギプスで覆われてから二週間。母は片手だけの生活にもだいぶ慣れてきていた。 それでもやはり利き腕が使えないことは不自由だし、こんな時くらいは母の役に立ちたいと思っていた。 ただ正直、このところ疲れていた。家のことや母のことではなく、吾朗君とのことで。 話したことはなかったけれど、妹はそれを見抜いていた。「お姉ちゃん、最近、疲れてない? 昨日もデートだった割には、帰ってきてから元気なかったし」 朝、顔を洗っていたら、背後から妹が声をかけてきた。「今日、私、暇だから、お姉ちゃん、ちょっと休んだら? 部屋で寝ててもいいし、気分転換にどこか出かけてもいいし」「そんなに、疲れているように見える?」「うん。なんか無理して笑ってる気がするんだけど。違う?」 家族には心配かけないように、家では努めて明るくするようにしていた。 でも姉妹だから? 話さなくても、本音がなんとなく伝わることがある。家族ってありがたいと思う瞬間だった。「その代りさ、お母さんの手が治ったら、超豪華ディナー奢ってよ」 その約束と引き換えに、思いがけない休日を妹からもらった。 とは言え、今日一日どうやって過ごそう。 以前なら、時間さえあれば真っ先に吾朗君に会いたいって思ったのに。今は吾朗君に会うのも、連絡をとるのも、なんとなく気が重かった。「あ。亜矢? 私なんだけど」 結局私は、亜矢と玲菜に電話した。 亜矢はデートで来られなかったけれど、玲菜が午後から付き合ってくれた。 少し遅めのランチの後、二人でカラオケに行き何曲も歌った。「結構歌ったね。どうしよう、次何入れようかな? だんだん思いつく曲がなくなってきた」 やっとお互いの予約曲が途切れ、次に歌う曲を探していたときに、真っ直ぐこちらに向けられている玲菜の視線に気が付いた。「何? どうかした?」「歌ってるだけでいいのかな? と思って。カラオケ行こうなんて、突然連絡くれるの珍しいじゃない。何かあった?」 玲菜はウーロン茶の氷を、ストローの先で追いかけるようにかき回しながらそう言った。 日曜日の午後のカラオケボックス。次の曲が選ばれないまま、時間だけが過ぎていく。壁一枚隔てた隣の部屋では数人の女子高生が、歌いながら無邪気に騒いでいた。「あの、ね。吾朗君の家に同居してる紗英さん、アパート出て、韓国に留学するらしいの」 私はここ最近のことをぽつりぽつりと玲菜に話した。吾朗君が元気のない紗英さんのことを心配していたことも、昨日の白いコートを眺めていたときのことも。「自分の彼女にそんな話するなんてね。くるみの彼氏って、馬鹿?」 玲菜らしい感想に、クスっと笑いがこみ上げた。「それにくるみも、馬鹿だよ」 今度は玲菜が、半ば呆れたという顔をして笑った。「くるみの彼氏も、紗英ってコも、確かに同居してるってのは理解しがたいことだけど、実際、私は二人ともよく知らないから、分かりようもない。でもね」 一呼吸置いて玲菜が続けた。「一番分からないのは、くるみのこと。くるみが今、不安でたまらないってことは分かるけど、じゃあ、どうしたいの?」「どうしたいって…」「このまま付き合っていたいの? それとももう終わらせたいの?」 その言葉に引導を渡された気分だった。自分では向き合う勇気がなくて、ずっと遠ざけていた。もう終りかもしれない、終わりになるかもしれない。「終わらせたいとは思ってないけど。出来るなら、紗英さんが現れる前に戻りたい」 やっとの思いで、喉に詰まりそうになる言葉を吐き出した。「そんなの無理に決まってるでしょ。もう現れちゃったんだから」 ちょっときついこと言ってもいい? そう付け加えた上で玲菜が続けた。「現実をちゃんと見ないで、紗英ってコが現れる前の状態に戻ろうとするから、無理が生じて余計なことまで心配になるんじゃないの? 彼氏に別れようって言われたわけでもないし、ましてや紗英ってコには彼氏がいて、もうすぐアパート出て韓国に行くなら、良かったじゃない」「それはそうだけど、吾朗君は紗英さんのことばかり…」「ストップ。そんなふうに考えてたら辛いだけでしょ。辛くて心が疲れちゃったら、いざってときに頑張れない。そうなったら本当に終わりだよ」 歌詞を表示する役目を失った通信カラオケの画面には、最新曲のタイトルやクリスマスソングのベストテンなどが次々と表示されていた。「くるみはあれこれ考え過ぎてて、そこら中に落ちている余計なものまで全部拾い集めて、必死で抱え込んでいるような気がする。今、くるみを押し潰そうとしてるのは、彼氏の吾朗君でも紗英ってコでもなくて、くるみ自身が拾い集めたガラクタじゃないかな。抱え過ぎて重かったり、前が見えなかったり、ガラクタが胸に刺さって痛かったりするのなら、一度全部手放してみたら?」 疑い出したらきりがない、自ら悲劇のヒロインになる必要はないと玲菜は続けた。「こんなときはさ、原点に戻ろうよ。彼氏のことが好きなんだったら、今一番大事にしなきゃいけないのは、くるみの中の好きっていう気持ちなんじゃないの? それだけ残して、あとは手放さないと、そのうち自爆しちゃうよ」 あんなにたくさん歌ったのに。この日、いくら歌っても、心が晴れることはなかった。別れの歌は苦しくて、幸せな歌は辛いだけだった。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ランキングに参加中です。応援してくださると嬉しいです 今日初めてアクセスしてくださった方も、続けて読んでくださっている方も、いつもありがとうございます!先日「20世紀少年」を家族で観に行きました。「ビックコミックスピリッツ」で連載が始まった時から、大好きな作品でした。今年、映画化されると聞き、コミックをレンタルで借りて、一気に読破。びっくりしたのはウチのお兄ちゃんも、コミックにハマったこと。小学5年生「金色のガッシュ」「DEATH NOTE」確かに漫画はたくさん読んでます。でもお父さんやお母さんが「20世紀少年」を読み始めたのは、ちょうどお兄ちゃんが生まれたばかりの頃だったのに。分かってない部分はあるとしても、これを読めるほど大きくなったんだなぁ~と。さすがに原作コミックには、目も向けなかった小3の弟。みんなで映画観に行くのに、弟だけ連れて行かないわけにもいかず、本人もあまり気乗りしていなかったけれど、とりあえずは一緒に。「無理矢理付き合うんだから、明日は『NARUTO』に連れてってよ」と約束して観始めたのですが…いつの間にか夢中にストーリーはほとんど分かってないと思うけど、最後は「面白かった!」と。あぁ、君も一緒に映画を楽しめるようになったんだな…としみじみ「っていうか、お正月も『ALWAYS 続・三丁目の夕日』を家族で観た後、お母さんそんなこと言ってたよ」そう言えば、そうだったような…( ̄∀ ̄;)ノ君たちが大きくなる間に、いつの間にかお母さんは、自分の言ったことも忘れて、同じこと繰り返すほど年とったってことぉ~Σ( ̄▽ ̄;)そんなこんなで翌日は約束の『NARUTO』も観に行った私です。今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ
September 6, 2008
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◆小説のあらすじ・登場人物◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください 最初から、または途中の回からの続きを読まれる方は、こちらの◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、リンク先は携帯では表示されません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 母が自転車で転倒して右手を怪我して以来、吾朗君と会えるのは土曜日だけだった。 毎日、電話やメールで連絡は取り合っていたけれど、その向こうにいつも感じてしまう紗英さんの影。 吾朗君から紗英さんの話を聞くと耳を塞ぎたくなるくせに、何も聞かずにいると、その影はどんどん大きくなって私を圧迫した。 自分がもっと傷付くと分かっていながら、二人の様子を知るために、わざわざ吾朗君との会話の中で紗英さんのことを話題にした。あたかも私は自分の友人のこと話しているかのように、平気なふりをしていた。 そのせいだよね。変に勘ぐってばかりいるから神経をすり減らしてしまって、電話を切った後やメールのやりとりをしている最中にとても疲れてしまう。 いつになったら前のように何も考えず、吾朗君との会話を素直に楽しめるようになるの? それはそんなに先のことではないかもしれない。一瞬そう思ったのは、やっと会えた土曜日。ウィンターセールが始まったばかりの、アウトレットモールへ向かう車中でのことだった。「紗英、あと一週間くらいしたら出て行くって」「そうなんだ。もう同居してから二ヶ月経ったの? じゃあ、とうとう留学?」「ああ、韓国に行くらしい」 ハンドルを握る吾朗君の表情は硬かった。それは何を意味していたのだろう。「そうなんだ」 私の声が寂しく響く。紗英さんが留学するからではない。吾朗君、あなたがそんな顔を見せるから。お願いだから、そんな顔しないで。「紗英さんの彼、坂下さんだっけ? 遠距離恋愛になっちゃうね」 坂下さんは気にはならないのだろうか? 彼も私と立場は変わらない。もうすぐ韓国に行ってしまう自分の彼女が、旅立つまで他の男性の家にいて、それでいいの? いいわけないよね。そんなの、おかしい。「まあ、遠距離って言ってもすぐそこだからな、韓国は」 坂下さんとは一度だけ、会ったことがある。昨年、たまたま坂下さんの勤める病院の前を通ったとき、近くの歩道を歩いているところを見かけた。吾朗君が声をかけると、すぐそこの店にお昼を食べに行くところで私たちも一緒に行った。明るい笑顔が印象的で、好感の持てるタイプだった。「坂下さんと紗英さんなら、お似合いだよね。美男美女って感じで」「そうだな」 前を見つめたまま、吾朗君は軽く笑った。「何? 何で笑ったの?」「いや、あの二人、本当にうまくいってくれるといいな、と思って」 その言葉、吾朗君の本音なの?「坂下ってさ、いつだって余裕のありそうな顔してるくせに、昨日、紗英の話をしているときのあいつは、ちょっと違ってた。疲れてたというか、何て言うか。相手が紗英じゃ、結構振り回されるだろうし。まぁ、坂下のことだから、振り回されること自体も楽しんではいるだろうけど」 そう話す吾朗君の目はとても優しげに見えた。二人がうまくいくといいと言ったのは、満更嘘ではなさそうな気もした。 紗英さんの気持ちは坂下さんに向けられ、吾朗君は二人がうまくいくことを願っているとしたら、私は? 私は何でこんなに怯えているのだろう。 駐車場に車を停めて外に出ると、風がとても冷たかった。 つい先日、友人から女の子を出産したという報告を受け、今日は彼女へのプレゼントを買うために、このアウトレットモールに来た。わざわざここまで来たのは、その友人のお気に入りの子供服専門店がここにあるからだった。 お腹の大きな妊婦さん、ベビーカーを押している夫婦。おじいちゃん、おばあちゃんと思われる人と一緒に来ている親子連れ。クリスマスの飾りできらめく店内は、たくさんの人で溢れていた。「ねぇ、これ、可愛いね」 こうしてベビー服を一緒に選んでいる私と吾朗君は、傍からはどんなふうに見えるんだろう。「これ気に入っちゃった。これにする。買ってくるからちょっと待ってて」「ああ。この中、暑いから、先に外に出てるよ」 私がレジに並んでいる間に、吾朗君は店の外に出た。人でごった返す店内は、暖房も効き過ぎているのか、暖かいを通り越して暑いくらいだった。「お待たせ」 レジを済ませて外に出ると、吾朗君は隣の店のショーウインドウを眺めていた。 彼の視線の先にあったのは、襟元に華やかにファーをあしらった白いロングコートだった。「紗英さんに似合いそうね」「ああ、そうだな。くるみもそう思う?」 鎌をかけた私の言葉に、こうも簡単に答えるなんて。振り向いた吾朗君に、私は顔を背けてしまった。 待っている間、このコートを見て紗英さんのことを考えていたの? 本当に、紗英さんが出て行けば、私たちに問題は無いの? 一抹の不安が、どうしても拭いきれない。 軽快に流れるクリスマスソング。大勢の人たちが行き交う中、私だけが真っ白な雪で覆われた冷たい大地に、一人ぼっちで取り残されているような気分だった。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ランキングに参加中です。応援してくださると嬉しいです 今日初めてアクセスしてくださった方も、続けて読んでくださっている方も、いつもありがとうございます!え~っと、まず本文補足ですが 坂下=琢人 です。念のため。(^_^;)9月からやっと学校が始まります。終わってしまえば、あっと言う間だった夏休み。海だ!川だ!山だ!プールだ!遊園地だ! とあちこち出かけ、BQ!スイカ割り!花火! そして転校していくお友達とのお別れ…色々なことがありました。子供たちが大人になった時、心の中にはどのシーンが残っているんだろう。心にキラキラ たくさん残せたかな?さて本編なんですが…心にキラキラどころか、こちらはどんどん暗くなってきましたぶっちゃけ、これから益々暗くなっていきそうです…。季節も実際の季節に重なるどころか、何だか急にクリスマス( ̄∀ ̄;)ノ最近まで実際の季節とのズレを強調したくなくて、季節に関わる表現をあまり書かないように避けていたのですが、それが却って裏目に出ちゃったなぁ。何で、いつの間にクリスマスよ って自分でも思う…過去記事分はあとで修正すればいっかぁ~♪とりあえず先に進みます!さっさと逃避!! 違~う、前進!!ヘ(;`O´)ノ今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ
August 30, 2008
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◆小説のあらすじ・登場人物◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください 最初から、または途中の回からの続きを読まれる方は、こちらの◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、リンク先は携帯では表示されません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 吾朗ちゃんが今夜は遅くなるとメールしてきたので、夕食は簡単なものだけで済ませてしまった。 一人の食事は味気なくて嫌い。でも食べないと。琢人にも言われてるし、貧血が治らない。 一人で食事をとらなきゃならない時はいつも、食べるというよりほとんど義務的に片付けるある種の作業みたいになっていた。 後片付けも早々に終え、その後はリビングでブログの更新をした。 今夜も吾朗ちゃんが帰って来るまで、眠れないのは分かっている。 もし、今、吾朗ちゃんがくるみさんと一緒で、この前みたいに帰って来なかったら? もう琢人の所へは行けないし、このまま一人で長い夜を過ごすしかない。怖さを抱える覚悟はできていた。 キーボードを打つ音と時計の音しかしない部屋は、次第にひんやりとした夜の空気で満ちて来た。 肌寒くなってきたのでとりあえずベッドに入ろうかと思った時、テーブルの上で携帯が鳴った。着信は琢人からだった。「多分、眠れなくて起きているだろうと思って」「もう寝てたのに」 耳にあてた携帯からこぼれ出す、優しい声。こんな時にこの声を聞いてしまうと、心が急に甘え出してしまいそうで怖かった。 だから、嘘。ばれても構わない、底の浅い嘘。それはあなたの助けは必要じゃないと、分かってもらうための楯にしか過ぎない。「そう、なら悪かった。起してしまったこと、謝るよ。実はさっきまで、吾朗と一緒だったんだ。あいつに誘われて、久しぶりに話して来たよ」 琢人はあっさりと、私の敬遠を見破ってくれた。これでお互いの距離を保つことができる。「もう少しすれば吾朗は帰るよ。だから、大丈夫」「そう」 穏やかな琢人の声が、静かな夜に心地良い。 吾朗ちゃんが帰って来るという安心感も伴って、私は素直に琢人の言葉に耳を傾けられた。「あいつ、お前のこと心配してたぞ。最近、おとなし過ぎるって。俺とうまくいってないんじゃないかって言ってたけど、俺達、付き合ってることになってるのか?」「あ、ごめん。吾朗ちゃんが、私が琢人のこと好きだって、勝手に思い込んでて。それでうまくいってるのかってあんまりしつこいから、だんだん否定するのも面倒くさくなってきて。それで。ごめん」 琢人は軽く息を抜くように鼻で笑って、話し続けた。「いや、それは構わないが、そういう設定にしたんだったら、言っておいてもらわないと。話しが合わなくなると困るだろう?」「ごめん」 私はソファにあったクッションを引き寄せて、ぎゅっと腕に抱え込んだ。「それと留学の話。吾朗に聞かれて、言わざるを得ない状況だったから話したんだが、行先は韓国で、語学留学ってことで良かったんだよな? 期間は一年で、その後は未定。でも希望としてはそのまま韓国で暮らしたい、だったよな?」「うん、そう。間違ってないわ」 ふいに琢人が黙ってしまった。声を出して喋らなくては役に立たないはずの電話。けれどお互い黙っていても、こんなにも相手の空気を感じさせてくれるものだったなんて。 まるで二人、同じ空間にいるかのように、琢人の様子が手に取るように伝わってくる。「なあ、紗英。本当にこのままでいいのか? 吾朗に本当のことを言わなくて、お前一人が全部抱えたままで。それで本当に、いいのか?」 ようやく話し出した琢人の声が震えていた。「いいの。私はこのままがいいの。このまま普通に、最後はじゃあね、って。そうしたいの」「だけど、せめて…」「あ、ごめん、吾朗ちゃんが帰って来たみたい。電話、切るね」 玄関の閉まる音に次いで、こちらに向かって来るスリッパを引き摺るような足音。すぐに、リビングのドアが開いた。「まだ、起きてたのか。暖房もつけないで、風邪ひくぞ」 吾朗ちゃんは少し酔って、眠そうな目をしていた。 今夜は私のことを心配して、琢人に会いに行ってくれた。そう思ってもいいの? ここに来た最初の日、私を見て戸惑っていた吾朗ちゃん。次の日も泊まるって私が言い出して、怒って喧嘩になったこと。お母さんの形見のロケットが壊れて、大泣きした私にすまなそうにしてたこと。朝食は作らなくていいって言ってるのに、私が勝手に作って、文句言いながらも食べてくれたこと。くるみさんがふいに来て、大慌てしてたこと。それから、くるみさんと三人で、居心地悪そうにしてたランチ。圭吾が来た翌日のミルクたっぷりのカフェオレ。 そんなことの全てが、泣きそうになるくらい、嬉しくてたまらなかった。このまま、ここに居られたらいいのに。「シャワー浴びて、もう寝るから。お前もいつまでも起きてないで、そろそろ寝ろよ」「うん、分かった。おやすみ」「あぁ、おやすみ」 ごめんね、琢人。私が発った後、琢人に全部背負わせることになってしまって、本当に申し訳なく思っている。 だけど、私、今はこのままでいたいの。他のことではもうあなたに頼らないから、この我が儘だけ、どうか分かって。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ランキングに参加中です。応援してくださると嬉しいです 今日初めてアクセスしてくださった方も、続けて読んでくださっている方も、いつもありがとうございます!前回、ちょっと難解な内容のままお休みに入ってしまい、次を読んでもらえば分かるかも、とか書いておきながら、続きを書いていて思ったのは、ひょっとしてますます難解にってこと。37話は前回を補う内容のつもりだったのですが…補えてるかな~?(^^ )とろこで前の記事「ある意味怖い話」の「モグラ」なんですが、「オクラって生で食べられるの?!」というコメントをいただきました。軽く茹でて食べることが多いかと思いますが、新鮮なオクラだったら、生でもOK!「モグラ」の中でも書いたように、幼稚園でも生で食べたようです。念のため、インターネットでも調べてみましたが、生食OKですよ~♪ただし作り置き等、すぐに食べない場合は色が変色してくるので、茹でた方がいいです。また生だと青臭さが気になるという方も、多いみたいです。生で食べる場合、大事なのは新鮮さ。息子が通っていた幼稚園でも、幼稚園の畑でとれたものを、その日のうちに食べてました。スーパーなどで買った場合は、茹でた方がいいかもしれませんね~。夏休みも終盤に入り、子供たちの宿題も一通り終わりました。日曜日はサッカーの試合、来週は仕上げのお楽しみイベントが目白押し…皆様のところへのご訪問も、まだ途切れがちではありますが、少しずつ回復して行きますので、よろしくお願いします。 ((_ _〃)ペコッでは、「poincare」クライマックスに向けて頑張りますよ~今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ
August 22, 2008
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◆小説のあらすじ・登場人物◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください 最初から、または途中の回からの続きを読まれる方は、こちらの◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、リンク先は携帯では表示されません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 紗英との同居生活も、間もなく終りを迎えようとしていた。何だかんだと色々あるにはあったが、もうすぐ元の生活に戻る日が来る。 ただ、一つ気になることがあった。ここのところ、紗英の様子がどうもおかしい。また何かしようとしているというのではなく、もう何もしないでいようとしている、そんな感じがした。 おとなし過ぎやしないか。逆に不気味に思えてならない。 原因は坂下のことなのか? 誤解がないよう、坂下にはちゃんと話したのかと聞くと、紗英は大丈夫、分かってもらったから心配ない、そう答えてはいたのだが。 坂下とは変な出くわし方をしたまま、それっきりだったし、一度ゆっくり会って話したいと思っていた僕は、携帯のアドレス帳を開いて、以前交換した坂下の連絡先を探し出した。 紗英には今日は遅くなるとだけメールした。なんとなく、坂下と会うと言うのをためらってしまった。 場所は昔よく行った洋風の居酒屋にした。懐かしい佇まいを期待して向かったのだが、店は建て直されていて昔の面影は消え失せていた。「すまん、待たせたな」 少し遅れてやって来た坂下は、店内を何度となく見回してから、ようやく僕に気が付いた。「この店、随分、様変わりしたな。最初、分からなかったよ」 僕は就職したばかりの頃、この店で度々合コンを開いていた。こじゃれた洋風のメニューが、女の子に好評だった。今でもその点は変わらないようで、今夜も女性客が多かった。「そうだ、坂下は、草ヶ谷凛、覚えてるか?この前、くるみと一緒のとき、偶然会ったんだ」 合コンの言いだしっぺは、いつも草ヶ谷凛だった。草ヶ谷から連絡がきて、僕が会場と男性メンバーを押さえていた。坂下もそのメンバーの一人だった。そして紗英も。紗英は、草ヶ谷が連れて来た女性メンバーの一人だった。「へぇ、懐かしいな。凛のやつ、変わってたか?」 草ヶ谷凛の話など、どうでもよかった。だが、紗英の話をどう切り出したらいいものか。前置きというか、何かきっかけになることを探りながら、しばらくどうでもいい話を続けていた。 だが、今日話したいことは思い出話でも、お互いの近況報告でもない。それは坂下も同じだった。「で、話したいのは、紗英のことだよな」 先に切り出したのは、坂下だった。「ああ。紗英が僕のアパートで暮らしていることは、聞いたと思うが、実際どうなんだ。お前と紗英、付き合ってるんだろう?僕との同居のことも、お前はちゃんと分かってくれたって、紗英は言ってたが」「紗英がそう言ったのか?」 表情を変えずに、坂下は淡々と答えた。「ああ。だがどうしても、そんな風には見えないんだ。近頃、心ここにあらずというか。あいつ、結構、何でも顔に出すだろう?」 ビールの注がれたジョッキの中を見つめたまま、坂下は溜め息をもらすように軽く笑った。「紗英の言う通りだよ。同居の件は賛成できないが、もうすぐ出て行くことだし。今さらどうこう言うつもりはない。それより吾朗、お前こそどうなんだ。くるみちゃんまで、同居の話、知ってるんだろう?」 そう言うと、坂下はビールを一気に飲み干した。「くるみには申し訳ないと思ってる。相当辛い思いをさせてしまって。だけどこの同居も、お前の言う通りもう終わる。ただ今は、最近の紗英の様子が気になって仕方ないんだ。何かおかしいんだ」「何かって、何がどういうふうにおかしいんだ」「何て言うか、雰囲気というか、纏ってる空気みたいなものが。うまく言えないけど、おとなし過ぎるというか、元気がないというか」 それ以上、説明に困って黙ったところに、坂下はまた質問をぶつけてきた。「一つ聞くが、吾朗。お前、本当に紗英のことは女としては見ていないんだな?仮にだが、紗英がお前とやり直したいって言ったら、どうするつもりだ?俺に遠慮はいらないから、本音を聞かせてくれ」 坂下は空いたジョッキを、また一つテーブルの隅に追いやった。飲むペースがやけに速い。「お前には不安材料になるだろうけど、全く女として見ていないと言えば嘘になる。だけど、紗英とやり直すなんてありえないよ。僕にはくるみだけなんだ」 堪え切れない、そんな感じで坂下が笑いだした。「お前、バカだなぁ。正直過ぎるよ。くるみちゃんだけって言うのなら、わざわざ俺に不安材料与えるなよ。遠慮はいらないからって言われて、そのまま受け取るな」 今夜初めて坂下の顔が緩み、ほっとしている僕がいた。自分でも気が付かなかったが、僕自身も今夜は緊張していたらしい。 それにしても、坂下は笑い過ぎだ。「お前が遠慮するなって言うから、こっちは本音を言ってやったんじゃないか」「悪い、悪かった。だが、紗英の言う通りだな、お前は」 僕がくるみだけと言ったことが、不安や疑いを一気に晴らしたのか、やっと坂下の目が笑った。「大丈夫だよ、紗英は。近頃おとなしいのは、体調が悪いせいもあるだろう。その点は少し気遣ってやってくれ。それとあいつ、お前のところを出たら留学するから、そのこともナーバスになってる原因かもしれないしな」 そうだ、留学。その資金のためにできるだけ無駄な出費を抑えたい、それも紗英がウチに同居したがった理由の一つだった。「そういや留学の話、詳しいこと聞いてないが、どこに留学するんだ?」「韓国に語学留学するんだ。知ってたか、あいつ、日常会話くらいなら韓国語できるんだ」「お前はどうするんだ?」「一緒に行くかどうかってことか?行ける訳がないだろう。俺には、仕事がある」「じゃあ、しばらくは遠距離ってことになるのか」「そういうことだな」 どこか遠い目をしながらそう言った坂下は、今度は寂しげと言うより厳しい表情で、また一つビールジョッキを空にした。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ぽちっと3つのバナーを、応援クリックしてくださるとかなり幸せです。 今日初めてアクセスしてくださった方も、続けて読んでくださっている方も、いつもありがとうございます!猛暑だったり、雷だったり、大雨だったり、ここのところ気候が暴れまくってるようですが、皆さん、お元気ですか?さて、何とか今週も週末更新を果たせましたが、来週は「poincare」の更新はお休みしようと思ってます。お盆休みで色々予定が・・・というのもありますが、一番の理由は、「poincare」のこの先の展開を練り直したいから。ここまではぶっちゃけ、どう書いてもなんとかなる!そんな状態でしたので、行き当たりバッタリのこともありましたが、オイオイラストに向かってこれからは、まとめていかなきゃならないのと、今、こんなラストでいいのかな?と、正直自信を失いかけてる・・・というか、自信なんか元々ないのに、始めちゃったもんだから、ここに来て、ビビってたりするんですよ~そんな訳で、来週はちょっと休憩します。その代り、と言っちゃあなんですが、来週は夏休み特別企画を「私の知ってる怖い世界」 il|li(-言-)il|liこれはひょっとして心霊体験?と思われるような実体験などを元に、ちょっと怖いお話を短編で書いてみようかと。週末に限らず、不定期でUPしますね。興味のある方はご覧くださいませ。今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ
August 9, 2008
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◆小説のあらすじ・登場人物◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください 最初から、または途中の回からの続きを読まれる方は、こちらの◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、リンク先は携帯では表示されません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 翌日の外来担当は琢人ではなかったので、私は別の医師の診察を受けた。「数値的にはね、まぁこんなものでしょう。ただ貧血がちょっと心配かな」 病院は時間がかかるから嫌い。その日も点滴を受け、やっと全てが終わった頃にはもう午後になっていた。 この日、外来のフロアでは琢人の姿を見かけなかったので、私は病棟に向かった。 途中、中庭に面してガラス張りになっている廊下で、車椅子の患者さんと話をしている琢人を見つけた。黄金色の粒子を含んだ午後の光を受けて、二人は眩しそうに外を見ていた。中庭の木々は次第に葉を落とし、武骨な枝が露わになり始めていた。「診察、終わったのか」 私に気が付くと、琢人は患者さんに向けていた笑顔を崩すことなく、そのまま私にも同じ笑顔を向けてくれた。「あら、あなた、確か月野さんの」 車椅子に乗っていたのは品のあるおばあさんで、私の顔を見て何かを思い出すようにそう言った。母が入院中に、このおばあさんと一時期同室になったことがある。「はい、月野の娘の紗英です。私のこと覚えていてくださったんですね」 懐かしげに眼を細めるおばあさんの顔いっぱいに、皺が浮かぶ。皺はゆっくりと波紋のように広がり、風に揺れるすすき野原のような、しなやかな笑顔を作った。「メシ、食ったか? ちょうどいい俺もまだだから、食いに行こう」 向かったのは、病院から車で五分とかからない和食レストランだった。「座敷、空いてる?」 個室になっている小さなお座敷に通されると、琢人は私には聞きもせず、すぐに会席ランチを二つ頼んだ。「手短に話そう。お前が居候しているのは吾朗のところなのか」「うん」 あまりに直球で聞かれ少し驚いたものの、ここまできたらもう認めざるを得ない。私ももう誤魔化すつもりはなかった。「呆れたな。どうりで苦しむはずだ。吾朗には全部話したのか?」「何も話してないし、これからも話すつもりはない。二か月だけ、アパートの一部屋を貸してもらってるだけなの。それだけの関係で、それ以上は何もない」「それ以上、何かあっちゃ困るよ。だが何もないにしろ、あいつには彼女もいるはずだが」 半ば怒ったような声。今日の琢人は、冷静になろうともしていない様子だった。「だから、吾朗ちゃんには付き合ってる人がいたから、大丈夫だって思ったの。吾朗ちゃんがどんなふうに人を好きになるのか、私はよく知ってるもの。彼女を裏切ったり、他の女性に心を向けたりするような、そんな人じゃないから」「そんなこと言ったって、あいつだって男だ。何も知らずに、一つ屋根の下に昔の彼女がいたら」 いつになく熱くなって、琢人は語気を荒げた。「大丈夫、そんな心配いらない。私のDNAがそう感じているの」 私と目が合うと、琢人は一瞬驚いた顔をして、次に深いため息をついた。 鏡に映った私の瞳の中に、時々見え隠れする悲しみの色が、この時琢人にも見えたのかもしれない。「仮に吾朗の気がお前に移ることはないにしてもだ。吾朗の彼女はお前のことを知ってるのか?」「くるみさんには同居のことは話して、了解してもらってる。私と吾朗ちゃんが、昔付き合ってたってことは隠してるけど」「くるみちゃんにも会ったのか。お前らどうかしてないか。自分の彼氏のところに他の女がいて、平気なわけがないだろう」 返す言葉がなかった。俯いて唇を噛んでいるところに、彩り豊かな料理が運ばれてきた。「他に何かご用がありましたら、お呼びください。どうぞごゆっくり」 私たちの雰囲気を察してなのか、料理を運んできた女性はそそくさと立ち去った。「お前も、吾朗に会ってみたいんじゃないかとは思っていたが。俺に話さなかったのは、反対すると思ったからだな」「うん」「知っていたら、間違いなく反対しただろうけど。だけどお前自身は、それで本当に大丈夫なのか」 私はただ頷いた。また一つ深いため息をついて、琢人も黙ってしまった。 そばにいたかったの。例え二ヶ月だけでも、吾朗ちゃんと恋人ではない時間が欲しかったの。どんなに辛い思いをしても、それがないと、このまま永遠に踏ん切りがつかないような気がして。「それで、いつまで吾朗のところにいるつもりだ」「もう少ししたら出ようと思ってる。二ヶ月だけっていう約束だったから。そしたら、もう会わないつもり。だから、吾朗ちゃんには何も言わないで」 琢人は厳しい顔をしていた。その表情には困ったような、悲しいような、そんな色が浮かんでいた。「分かった。今さら反対したところで遅いし、お前自身の問題だ。これ以上は何も言わないが、くるみちゃんのためにもなるべく早く出ろ。それとこれからは隠し事をしないって約束してくれ。昨日は心臓が止まるところだったんだぞ」 いつもの琢人だった。いつも通り、また私を受け入れようとしてくれている。だけど。 私は顔を上げて、琢人の目を見た。「琢人、お願いがあるの。これ以上もう私のことに関わらないで。私、大丈夫だから」 あなたの気持ちに、応えることはできないから。 困ったような、悲しいような。この時の私の笑顔にも、そんな色が浮かんでいたのかもしれない。 食事が終わりかけた小さなお座敷は、障子窓からのぼんやりとした光で満ちていた。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ぽちっと3つのバナーを、応援クリックしてくださるとかなり幸せです。 今日初めてアクセスしてくださった方も、続けて読んでくださっている方も、いつもありがとうございます!季節感が思いっきりずれてしまっていますが、小説の中の季節は“秋”クライマックスを迎える頃には、ちょうどまた季節も重なるかな~おかげ様で、このブログも20000アクセスを突破しました。お祝いのコメント・メールをくださった皆さん、ありがとうございました今回キリバンを踏んでくださった方は、殻をつけたヒナさんという方で、今、私が最もハマっているブログと言っても過言ではない、とても素敵なブログをされています。特にお写真が・・・(Ψ▽Ψ*)言葉ではとても伝えきれないので、、殻をつけたヒナさんにお願いして、画像を数点お借りしましたので、ご覧ください。ダリア~花言葉は"華麗 "柿の葉ピーチ 殻をつけたヒナさんのブログには、こうした素敵なお写真がたくさんあります。興味を持たれた方や、美しい画像に癒されたい方は、ぜひご覧ください 殻をつけたヒナのブログ 今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ
August 2, 2008
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◆小説のあらすじ・登場人物◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください 最初から、または途中の回からの続きを読まれる方は、こちらの◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、リンク先は携帯では表示されません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ アパートの階段から降りてきた吾朗ちゃん、車から降りてきた琢人、そして二人の間に立つ私。一瞬、私たちの時間が止まり、立ち尽くす三人の間を冷たい風が流れていった。「紗英の、デートの相手って」 その一言を合図に、再び時間が動き出す。いっそ、止まったままでも良かったのに。 吾朗ちゃん、何でいて欲しい時にいなくて、いて欲しくない時にいるんだろう。「うん、あの、送ってもらったの」 何か喋らなきゃ、そう思った。でも先ずは、誰に何を言えばいいの? 琢人はどんな顔をしているのだろう。後ろが気になるのに、怖くて振り返れない。「久しぶりだな、吾朗。前に一度、お前の会社の近くでバッタリ会ったよな」 琢人の声は予想に反して穏やかだった。でも私には分かる。穏やかさを装っているってことぐらい。「こいつ、昨夜、貧血でうちの病院に運ばれて来たんだ。もともと知らない間柄でもないし、吾朗には言ってなかったが、俺はこいつの母親の担当医だったこともあって、今日はここまで送ってきたんだ」 琢人の言う通りだった。言葉にしたらそれ以上でもそれ以下でもない、私たちの関係。でも琢人の今の言い方は、ほんの少し私との距離を広げようとしている感じがした。多分、それは気のせいなんかじゃない。「え、もう大丈夫なのか?」「うん、明日また検査してもらうけど、とりあえずは大丈夫みたい」 貧血の心配してる場合じゃないよ。多分もう琢人は察している。私の居候先が吾朗ちゃんの処だってこと。だから、どうして吾朗ちゃんがここにいるのかを、さっきから全く聞こうとしない。「あのさ、ちょっと私、検査のことで琢人と話があるから」 後戻りはできない。でもせめてちゃんと琢人と話したい、そう思った。「いや、今じゃなくていいよ。もう戻らなきゃいけないし。検査に関しては明日病院で説明するから、今日はもう休め。じゃあな吾朗、またな。せっかくの再会だが、時間がない。今度また、ゆっくり会おう」 話すら聞こうともせずに、琢人は行ってしまった。私は、琢人の車をただ見送ることしかできなかった。 分かってる、こうなってしまった以上、彼を引き留めることはできない。「いいのか、坂下は僕たちの同居のことを、もう承知してるのか?」「ううん、言ってない」「あいつは僕たちが、昔付き合ってたことも知ってるし、まずかったんじゃないのか?誤解したんじゃないか?」「いいの。言ったでしょ、一緒に食事する程度の仲で、付き合っているわけじゃないって」「でも、お前は、本気なんだろう?」 違うってば。そう言いかけて止めてしまった。そっか、そんなことは、どっちでもいいんだ。吾朗ちゃんにそこまで否定する必要もない。 ただ琢人が特別な存在なのは確かだった。一人じゃ倒れてしまいそうになる私を、いつも支えてくれた。全部知っていて、丸ごと受け止めてくれた。ただ受け止めるだけ。琢人の方から何かを要求することはなかった。 都合のいい男?そんなつもりは全くない。でもきっと、今度ばかりは見放されてもしょうがないね。「昨夜はくーちゃんと一緒だったんでしょ?」 早くちゃんと話さないと、あいつ絶対僕たちがよりを戻したって、誤解してるぞ、と言う吾朗ちゃんがだんだん鬱陶しくなってきて、話を変えた。「ああ、朝までは一緒だったけど」「けど?」「言ってなかったっけ。まだくるみのお母さん、色々不自由なんで、土曜はくるみの妹が家にいて、日曜はくるみが家にいる番なんだ」 元カレの朝帰り。あらためてそう考えると、こんなふうに普通に話しているのが不思議な気がする。私には元カノなんて感覚はもうなかったけど、吾朗ちゃんにはまだそういう感覚があるんだろうか。「そんなことより、もう家に入っておけ。顔色悪いぞ。昼飯買いに行くところだったんだけど、何か買ってこようか?」 食欲は全くなかった。けれど、何か食べなきゃ。明日、病院に行ってちゃんと話をするためにも。「サンドイッチ買ってきて。中身はカツとか揚げ物系の脂っこいのはやめてね。あと鉄分が多そうなジュースもお願い」 昨夜遅くアパートを出たときも、こうして帰って来た今も、ほぼ同じテンションだった。漠然とした不安が、昨夜と同じように私を捕らえて放さない。 自分の部屋のベッドに倒れ込むと、唇の端からこぼれたのは諦めの笑みだった。泣きたい気分にすらならなかった。 今度こそ本当に一人ぼっちになっちゃったな。そう思った時、バッグの中で携帯が鳴った。慌てて取り出すと、琢人からのメールだった。『今日はお疲れ。吾朗のことは明日話してくれ。俺にも知る権利くらいはあるだろう?ただ、今日はもう気にするな。俺も話を聞くまでは何も考えないから、お前も何も考えずに、とにかく休め。いいな?これは専属ドクターから姫君への命令だ。』(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ぽちっと3つのバナーを、応援クリックしてくださるとかなり幸せです。 この連載を始めたのは“秋”だったのに、気が付けば季節は“夏”に・・・こんなに時間をかけるつもりはなかったのですが、気儘にマイペースでやってきた結果、こうなりました。(^^;)そして、このマイペースの結果、最近、最初から一気に読んでくださった方はともかく、ずっと私のペースでお付き合いいただいている方の中には、バッタリ吾朗と琢人が出くわした場面なんてお忘れの方も多いかとちょこっとしか書いてないし。それがこの回 第5話 ~ goro(3) 声 ~え?私?そりゃあ書いている私は当然、覚えてますよ。覚えていますとも。えぇ、決して前に書いてたことを忘れるなんてことは! ありました。それもかなり、思いきり!Σ( ̄▽ ̄;)!!紗英が実家に一人で戻った時のことです。 第4話 ~ sae(2) 鍵 ~亡くなった母の遺影に、紗英が離婚を報告する場面。元旦那の名前は書いていなかったと思ってたのに・・・書いてありました!しかも最近登場した“圭悟”という名前じゃなかった・・・(>_
July 25, 2008
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◆小説のあらすじ・登場人物◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください 最初から、または途中の回からの続きを読まれる方は、こちらの◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、リンク先は携帯では表示されません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 普段から吾朗ちゃんは、残業や飲み会で帰りが遅い時がある。そんな時、私は帰りを待たずに先に横になるけれど、なかなか寝付くことはできなかった。 いつも、吾朗ちゃんが帰ってきて玄関を開ける音が聞こえてから、ようやく眠りに落ちていく。 けれどこの日はいつまでたっても、玄関の開く音は聞こえなかった。まんじりともしないまま、天井を見つめているうちに、とっくに日付が変わっていた。 吾朗ちゃん、今夜はきっと帰ってこないんだ。 何も考えずに、何も思わずに、眠ろう。きっと眠れる。そう自分に言い聞かせて、目を閉じた。 でもこんな時は、余計なことばかり考えてしまう。母のこと、圭悟のこと、十年前のあの日のこと、そしてこれからのこと。ぼんやりとした頭に浮かぶことは辛くなることばかりで、眠くなるどころか、胸が押し潰されるように苦しくなる。こんな日だってあるってこと、初めから覚悟していたはずなのに。 息が詰まりそうで、布団を撥ね退けるようにして身を起した。ダメ、これ以上一人ではいられない。 こんな時間に電話したら、さすがに怒るかな。そう思いながらも、携帯のアドレス帳を開き、琢人の番号をダイヤルする。そうでもしないと、吾朗ちゃんの携帯を鳴らしてしまいそうだったから。 見たことのない天井。飾り気のない壁。気が付くと私は見知らぬ部屋のベッドに横たわっていた。 ここ、どこ?オフホワイトのカーテンが窓から差し込む光を受けて、暖色に透けている。「お目覚めですか、姫君。今週もまたお会いできて光栄です」 ベッドの横で白衣を着た琢人が、点滴が落ちるのを眺めていた。「気分はどう?」 何で琢人の病院にいるんだろう。ぼんやりとした記憶を辿ってみる。吾朗ちゃんが帰って来なくて、寝ようと思って頑張ったけど寝られなくて、琢人に電話しても通じなくて。それからどうしたんだっけ。 そうだ、一人でいるのに耐えられなくて、着替えて外に出た。駅前のファーストフードのお店は二十四時間営業だって、前に吾朗ちゃんが言ってたから、そこでコーヒーを頼んで、もう一度、琢人に電話したけど通じなくて、真っ暗な洞穴みたいな部屋に戻るのは嫌で、それから・・・。「カボチャの馬車に乗って、俺に会いに来たのか?」 カボチャの馬車じゃなくてタクシーだけど。そうだ、直接病院に来たんだっけ。「電話したけど通じなくて。病棟か寮の方に行けば、琢人がいると思ったの」「生憎と昨夜は急患でオペ室だ。お前は夜中の三時頃、急患入口でタクシーを降りた後、倒れたらしい。タクシーの運転手がバックミラーでお前が倒れるのを見て、慌てて引き返したそうだ」「そうなんだ・・・。私、何で倒れたの?」「酷い貧血だ。最近、目眩とかなかったか?飯ちゃんと食ってるか?」 うん、と頷いてみせたが、本当はちょっと食欲が落ちていた。「で、何であんな時間に来たんだ。また別れた亭主でも現れたのか?」「ううん、同居させてもらってる友達が、昨夜は帰って来なくて、それで・・・」「一人でいるのが怖かったとでも?」「うん」 だからって、夜中の三時に琢人を訪ねるなんて。よくよく考えてみると、めちゃくちゃだな、私。だけど、そんな私を琢人はいつも通り、さらっと受け止めてくれた。「怖い、か。みんなそうみたいだな。だが、安心しろ、お前が怖かったのは気のせいだ」「どういうこと?」「お前は一人でいるのが怖かったんじゃない。ただ単に、俺に無性に会いたくなっただけだ」「またこの前の変なセリフの続き?」 まだ朝の七時だった。一寝入りしとけと言って、琢人は病室を後にした。私は渡された鉄剤を水で喉に流しこんで、静かに目を閉じた。 再び目が覚めたのは十時過ぎだった。 看護師さんから、念のため明日、詳しい検査を受けてくださいと言われ、帰ろうとしているところに琢人が入って来た。 琢人が送ってくれるというのを断ると、看護師さんが可笑しそうに笑いながら言った。「月野さんが一人で帰ったら、その後、先生の機嫌が悪くなるので困ります。だから、送らせてやってください」「その通り。緊急でオペが入っても、俺、ふてくされてやらないからな」「ここの病院、救急の指定取り消した方がいいんじゃないの?」 笑いながら、仕方なく琢人の申し出を受けることにした。 でも、もし、吾朗ちゃんがいたらどうしよう。ううん、昨夜くるみさんと一緒だったなら、今日もまだ帰って来てないか。 一抹の不安はあったものの、私は琢人の車でアパートに向かった。「へえ、結構しゃれたアパートなんだな」 部屋まで送るって言われたらどうしようかと思ったけれど、琢人はすぐに戻らなければならないから、ここで失礼するよと言って、車から降りもしなかった。「色々と、ありがとう」 運転席の琢人に、お礼を言って背を向けた、その時。 パワーウインドウが上がっていくのとほぼ同時だった。「お帰り。どこ行ってたんだ?お前も例の男に会いに・・・」 アパートの階段を吾朗ちゃんが降りてきた。固まった私の背後で、車のドアが開く。「吾朗?」「坂下?」 仕組まれたようなバッドタイミング。鉢合わせってやつ?(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ぽちっと3つのバナーを、応援クリックしてくださると相当喜びます 今日初めてアクセスしてくださった方も、続けて読んでくださっている方も、いつもありがとうございます!今日(7/18)がウチの子供たちの小学校の終業式でした。午前中に帰ってきて、午後からは早速夏休みのスタート小5のお兄ちゃんは、友達7人呼んで来て、ウチの庭でスイカ割り大会右だー、真っ直ぐだー、行き過ぎだ~と、うるさいったらありゃしない。(^^;)そんな訳で、バタバタの日々が始まります。春休み・GW同様、また小説の更新、皆様へのご訪問など滞りがちになると思いますが、ご了承ください。m(__)m更新のお知らせもここのところ思うようにお伝えできなくなってきましたが、なんとか週イチペースで、金~日の間で更新するようにしますので、週末、お時間がありましたら、覗いてみてくださいね。その時、更新できてなかったら、ごめんなさ~い本格的に暑い夏がやってきますが、いつもキラキラの水しぶきを心に光らせて、お過ごしくださいね。今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ
July 18, 2008
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◆小説のあらすじ・登場人物◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください 最初から、または途中の回からの続きを読まれる方は、こちらの◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、リンク先は携帯では表示されません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 先週の金曜日以来、吾朗君に会うのは一週間ぶりだった。「その後、お母さんは大丈夫?」 吾朗くんの家に行くはずだった先週の土曜日、母は雨の中を自転車で出かけて転倒し、右腕を骨折してしまった。「ギプスがとれるまでに、あと三週間くらいはかかるのかな。まだ家事はほとんどできないから、先週は会社が終わってから、妹と二人で分担したわ。お風呂も一人じゃ大変だしね。来週も平日は吾朗君のところへは、行けそうにないかも」 週末は、土曜日は私が、そして日曜日は妹が、それぞれ一日自由に過ごそうということにした。それで今日になって、私はやっと吾朗君に会うことができた。 眺めのいいホテルの最上階のレストラン。空はくっきりと晴れていて、案内された席からは、かなり遠くの方まで見渡せた。 ランチのコースが進んだところで、私が行かれなかった、先週の土曜日の話になった。「紗英さんの別れた旦那様が?」 運ばれてきた鯛のポワレにはムール貝が添えられていた。お皿を彩るミニトマトやブロッコリーなどの赤や緑が、目に鮮やかだった。「突然のことで僕もびっくりしたけど、その二、三日前からアパートで何度か見かけた人だったんだ。他の部屋に遊びに来てる人だと勝手に思っていたけど、まさか紗英の元旦那だったとはね」「それで、紗英さんはどうしたの?」「帰ってくれって言って、部屋に閉じこもって、その日はもう出てこなかった。でも次の日に、この前食事に行ったやつとデートして、上機嫌で帰って来たよ。付き合ってる訳じゃないって言ってたけど、紗英のやつ、結構本気なんじゃないのかな?」 そう言う吾朗君の表情は、嬉しそうでもあり、どこか寂しそうにも見えた。私の気のせいならいいんだけれど。もしそうじゃなかったら・・・。 紗英さんが、その人と早くうまくいってくれればいいのに。吾朗君の中で、彼女の存在がこれ以上大きくならないうちに。 ざわつく胸を静めようと、ワインを口に運んだ時に、私たちのテーブルの横を通り過ぎようとした一人の女性が、ふと足を止めた。「あれ、吾朗ちゃん?」 懐かしそうに微笑んだ女性を見て、吾朗君も声を弾ませた。「草ヶ谷?草ヶ谷凛だろ」 一緒にいた男性が、誰、と尋ね、女性は大学で学部が一緒だった人だと手短に答えた。「結婚して、今は増永になったの。この人が私の旦那様。こちらは奥様?」「いや、まだ、結婚は」 吾朗君は照れくさそうに、そう答えた。「じゃあ、未来の奥様ね。初めまして、大学で同じ学部だった増永凛です」「初めまして、小枝くるみといいます」 とても爽やかな感じのいい人だった。でもつられるように私が顔をほころばせたのは、増永さんのせいばかりではなかった。 吾朗君が言った、「まだ、結婚は」というその一言。 「まだ」、それは「いつかは」という未来に続く言葉。そう思っていて、いいんだよね。 今日までの一週間はあんなに長く感じたのに、吾朗君と一緒にいる時間はあっという間に過ぎていった。 最後に入ったジャズクラブも、ラストオーダーの時間を迎えた。私がオーダーした「きらら」は、カクテルグラスの縁に、星形にカットされたライムピールが飾られていた。 最後の曲が終わり、店を出て歩き出す。また一週間、会えないかもしれない。そう思うと、自然と足取りが重くなっていった。「くるみ?」 吾朗君が振り返る。「どうした?」 彼のほんの少し後ろで、私の影が固まって歩道に張り付く。「私、帰りたくない。このまま一緒にいたいの」 紗英さんに対する印象は、最初とは少し変わってきていた。 こんな出会い方をしていなければ、最初から吾朗君とは関係ないところで、彼女と出会っていたら、それなりに仲良くなれたのかもしれない。 非常識な人だと思うし、今も完全に信用している訳ではないけれど、好きな人もいるみたいだし、本当に吾朗君のことは友達以上には思っていないのかもしれない。 でも問題はそんなことではない。 紗英さんであろうと、他の誰であろうと、私以外の女性がいる場所に、このまま吾朗君を帰したくない。帰って欲しくない。 空は闇に覆われていて、星は一つも見えなかった。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ぽちっと3つのバナーを、応援クリックしてくださるとかなり幸せです。 今日初めてアクセスしてくださった方も、続けて読んでくださっている方も、いつもありがとうございます!私が参加しているランキングサイトのファイブ ブログランキングさんとコンテンツバンクさんで使っていた画像を、ちょっと変更してみました。それがこれ → またしても写真素材 [フォトライブラリー]さんから拝借したフリー画像です。最近、小説の更新中、みなさまへのお礼・応援が滞っています。小説の更新情報も、なかなかすぐにはお届けできないことも多くなってきました。遅れがちではありますが、必ずお伺いしますので、気長にお待ちくださいね。また楽天にログインされていない方で、URLなどの記載がない方のみ、コメント欄でお返事しています。あらかじめご了承ください。さて、ここのところ、がっつり暑くなりましたあまりの暑さに体調を崩されている方もいるようです。これからどんどん暑くなると思われますので、お互い、水分補給や暑さ対策、しっかりしましょうね~。(*^^)v今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ
July 12, 2008
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◆小説のあらすじ・登場人物◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください 最初から、または途中の回からの続きを読まれる方は、こちらの◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、リンク先は携帯では表示されません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ いつの間にか朝になっていた。泣きはらした目が腫れぼったい。 昨日はあれからずっと部屋に籠って泣き続けていた。忘れようとした想いが次々と溢れ出して、どうすることもできなかった。 枕元に転がっていた携帯を開くと、もう九時半だった。そうだ、今日は琢人と出掛ける約束をしていたんだっけ。気が重いまま、私はゆっくりと体を起こした。 熱いシャワーを浴び、着替えてからキッチンに行くと、吾朗ちゃんがリビングでテレビを眺めていた。「起きてきたのか、おはよう」「おはよう・・・」 ちゃんと返事しようと思っていたのに、声に力が入らない。 そんな私を見て、吾朗ちゃんが口元を緩めて静かに微笑んだ。それは昔付き合っていた頃に、毎回デートに遅刻する私を、決して怒らずに迎えてくれた、あの懐かしい笑顔のままだった。 心からほっする。だけど今は、泣いてしまいそうにもなる。「腹減ってないか?あれから何も食べてないだろう」 そう言って吾朗ちゃんはキッチンに来て、トーストとミルクたっぷりのカフェオレを用意してくれた。 覚えていてくれたんだ、いつも泣いた後には、私がミルクたっぷりのカフェオレを飲むってこと。 カップをそっと両手で包む。その温かさに目を閉じた。「美味しい」 私がそう言うと、吾朗ちゃんは何も言わずに、笑顔で頷いた。 こういうときには、何も聞かないでいてくれる。そんなところも昔とちっとも変ってないね。「今日は出掛けるのか?」 私がお気に入りのシフォンブラウスを着ていることに、気が付いたらしい。「うん、この前、食事した人と、ちょっと出掛けてくる」 私はできるだけ明るいトーンで、笑いかけるように答えた。 琢人にどこに行きたいと聞かれて、最初に向かったのは、小高い丘の上にある公園だった。ここから港が一望できる。雨上がりの日曜日。空気がきらきら光って見えた。「何かお前、疲れてないか?声が沈んでるし、化粧のノリも悪そうだし」 公園の中を、並んで歩いていた。遊歩道は昨日の雨で、まだ所々湿っている。「え?そう?化粧のノリとか分かるの?」「入院中の患者さんで、毎日熱心に化粧する人がいるんだけど、化粧の感じでその日の体調の良し悪しが分かる」「本当?そんなことまで分かるんだ」「分かるような気がする」「何よ、それ。気がするだけ?」 私たちは港に面したベンチに腰かけた。「昨日、別れた夫が突然来たの。私に戻ってきてくれって」「慰謝料貰って円満解決したんじゃなかったのか?」 少し離れたところで、公園の柵にもたれているカップルが、楽しそうに笑い合っていた。「無理矢理に引き千切って投げ捨てて来たって感じかな。辛過ぎて。とにかく離れたかったから」 そして、できるだけ嫌われてしまいたかったから。「もう何も考えないようにしていたいのに、そうはいかないんだね。あの人は私がいてもいなくても、幸せにはなれないみたい。それに琢人、あなたのことも・・・私は苦しめることしかできない。どうしたらいいんだろう」 こんなの私らしくない。自分でも分かっていながら、今日はどうしても弱気になってしまう。そんな私の気分を察してなのか、琢人もまた真っ直ぐに海の向こうを見つめたまま、静かな声で話し始めた。「世の中なんて、考えても答えが見付からないことばかりだよ。だからって考えることを放棄しちゃ駄目だけど、どうしたらいいのか分からないからって焦る必要もないんじゃないか?俺たちは何でも自分でぱっと解決できる程、賢くはない。第一俺は誰かのことを思って苦しむことが、不幸だとは思わない。辛くないって言ったら嘘になるけど、それだけ大切だと思える人と、出会えたってことだろ?」 遠くで子供のはしゃぐ声が響き、鳩が一斉に羽ばたいた。「俺は子供の頃から勉強は出来たし、運動神経も抜群にいいし、顔もいいから女子にもモテるし、その上、性格もいいから男子にも人気者。分かるだろう?」「ちょっと、自信過剰過ぎない?」 急に琢人がそんなことを言い出したので、私は顔を上げて彼の横顔をのぞいた。「いや、ホント、昔は世の中なんてどうにでもなると思っていたよ。医者になりたての頃も、どんな患者も俺が助けてやるってね。だけど、現実はそうはいかない。俺がどんなに頑張ってみても、目の前で消えていく命を助けられずに、何度か見送ってきた」 私は母が亡くなった時のことを思い出した。「世の中にはどうにもならないことの方が多いよ。お前に苦しむなって言うのは無理な話だとは思うが、あまり思い詰めるな。辛い時には話を聞いてやるから。その代り俺に話して少しでも楽になったと思ったら笑ってくれ。俺は大輪のバラのように咲き誇る、輝かんばかりの君の笑顔が見たいんだ」 まじめに聞いていたのに。琢人はそう言いながら、大袈裟に両手を広げるポーズまでした。「何よ、急に」 噴き出してしまった私を見て、琢人もまた嬉しそうな顔をした。「じゃあ、これならどうだ。夜空にきらめく星の輝きさえも敵わない、君のその美しい瞳の中に、どうか俺だけを映して欲しい。どう?」「どうって、バカじゃないのぉ。もう」 可笑しくて、嬉しくて、たくさん笑った。やっと、心の底から。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ぽちっと3つのバナーを、応援クリックしてくださるとかなり幸せです。 今日初めてアクセスしてくださった方も、続けて読んでくださっている方も、いつもありがとうございます!前回、1週間に2回の更新を果たすも、大方の予想通り、今週は1回しか更新できませんでした。(^^;)マイペース、マイペース♪しかしながら、今回のこのくだりは・・・いらなかったかな~?書き上げてからそう思い、UPすべきかどうか結構、悩んだのですが、せっかく書いたのでUPしてみることにしました。さて、早くも7月。本格的に暑い夏がやってきます。今年もまたあの異常な暑さが続くのでしょうか?みなさんもくれぐれも体調には気をつけて、毎日元気にお過ごしくださいね。今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ
July 5, 2008
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◆小説のあらすじ・登場人物◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 玄関のドアを開けると、一人の男が立っていた。 見覚えのある顔。そうだ、最近何回か、アパートの通路や階段ですれ違ったことがある。「突然すいません。こちらに月野紗英、いますよね?」「失礼ですが、どちら様ですか?」「紗英の夫です」 紗英を呼び捨てにした男は、憮然とした態度でそう言うと、今度は家の中へ向かって大声で叫んだ。「紗英、いるんだろう?出てきてくれ、紗英」「ちょっと待ってください」 ただならぬ様子で家にあがり込もうとした男を、僕は咄嗟に押し戻した。抵抗されて軽く揉み合いになり、男が腕にかけていた傘が落ちて雫が散った。「ここにいるのは分かってるんだ、紗英、出てきてくれ」「いい加減にしろよ」 僕に突き飛ばされ、よろけながらも、男の目は奥から出てきた紗英を捉えた。「圭悟・・・、どうして?」「迎えに来たんだ、一緒に帰ろう」「何言ってるの?帰って」「俺が悪かった。紗英、戻って来てくれ。何度でも謝るから、許してくれ、紗英」 すがるような男の目を、紗英は睨みつけた。「許すとか許さないじゃなくて、あなたの傍にいたくないの」「こいつか?この男の方がいいって言うのか?俺と別れたばかりですぐ他の男と。お前だって 俺とかわらないじゃないかっ」 圭悟と呼ばれた男が、さらに声を荒げた。玄関先での騒動に、隣の部屋のドアがほんの少しカチャリと音をたてた。「話を聞いてくれ、やっとお前を見つけたんだ」「話なんか聞きたくない。帰って。今すぐ、帰って」 取りつく島もなく、紗英は奥に戻り、リビングのドアを乱暴にバタンと閉めた。「感情的になってたら、ぶつかり合うだけですよ。もう少し落ち着いて、話し合ったらどうですか」 そう言って、男を抑えていた手の力を抜いた途端、彼はドンと僕を押し退けて中に入ってしまった。 紗英はキッチンで、窓の外を見つめていた。 雨粒が窓ガラスを伝わり、身を寄せ合っては転げ落ちていく。「あなたが私に何をしたのか、分かってないでしょう?」 背を向けたままの紗英。さっきまでとは違う、妙に静かな声だった。「何度も謝ったじゃないか。俺だって、反省してるよ」 男もさっきよりは落ち着いた様子だったが、彼の声はまだ上擦ったままだった。「何を反省しているっていうの?」「あれは、単なる遊びだった。お前がお義母さんの看病でいない間に、つい・・・。だけど俺にはお前が必要なんだ。本気で愛しているのは、紗英、お前だけだ。あいつとはもう手を切って、子供だって堕ろさせたんだ」 次の瞬間、何かが破裂したような音がリビングに鳴り響いた。 紗英が男の頬を平手で思い切り叩き、叩かれた勢いで男の顔は横を向いていた。「私が許せないのは、それが遊びだったから。あなたがその人のことを本気で愛していたら、私だってまだ救われてたのに」 大粒の涙をこぼして、紗英はそのまま自分の部屋に入ってしまった。 何なんだ、一体。 雨脚が強くなってきた。電源が入ったままのパソコンからは、熱気を排出する唸るような音が、微かに漏れ聞こえている。「とりあえず、今日のところはお引き取りください。紗英も突然のことで驚いたみたいだし。日を改めて落ち着いて話し合った方がいいんじゃないですか?」 呆然と立ち尽くしたまま、男は黙って頷いた。「それと、あの、信じろって言っても信じられないでしょうが、僕と紗英は一緒に暮らしてはいますが、いわゆる世間一般で言う同棲とは全然違いますから。単なるルーム・シェアというか、僕には他に恋人もいますし」「他に恋人?じゃあ、本気で愛する女が他にいるあなたなら良くて、浮気だった俺が紗英に捨てられるっていうのか?俺にはあいつの考えていることが全く理解できない」「だから、僕と紗英は今は男と女の関係じゃないって、言ってるじゃないですか」 そう言いながら僕もまた、紗英が何を思っているのか理解出来てはいなかった。 男は僕の目を見ずに、騒がせて悪かったと言って、帰って行った。 取り残されたままのパソコンの画面には、ユニークな表情をした猫の画像が数枚あった。紗英がくるみと一緒に見ようとしていたのはこれのことか。 僕はブラウザを閉じて、パソコンの電源を切った。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ぽちっと3つのバナーを、応援クリックしてくださるとかなり幸せです。 今日初めてアクセスしてくださった方も、続けて読んでくださっている方も、いつもありがとうございます!前回のラストで、ドアのチャイムを鳴らした人物。色々予想してくださった方も多かったのですが、ここで、紗英の元夫の登場です。紗英の元夫は、そんなに頻繁には登場しない予定ですが、たま~に出てきますので、「こんな人もいたな」と覚えておいてくださると助かります。ま、忘れちゃった時は、コメント欄の◆ 登場人物 ◆をご覧くださいね。ところで・・・やりました!私的に快挙です!!今週は 1週間の間に2回更新できました~だからどうした? という話ですが、私的には何か達成感。これなら来週は更新しなくてもいいや~♪ ではなくてこのくらいのペースで頑張りたいなっと。来週はまた週1くらいで、その翌週あたりに週2? みたいな、ゆるゆる~な感じで。(^皿^;)今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ
June 28, 2008
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◆小説のあらすじ・登場人物◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ その日は土曜日だというのに、僕は紗英に朝早く起こされた。「あのね、昨日買ってきたパソコン、初期設定とかよくわかんないからやって。くーちゃんが来る前にインターネットできるようにして欲しいの。くーちゃんに見せたいものがあるから」 言い出したら聞かない紗英に辟易しながら、僕はまだ重たい瞼を無理矢理開いて、しぶしぶ起きた。 紗英との同居を打ち明けてからというもの、くるみは頻繁に僕のアパートに来るようになった。週末の三人でのランチも定番になりつつある。この日もくるみが来る予定だった。 顔を洗ってリビングに行くと、ノートパソコンの箱が我が物顔でテーブルを占領していた。 箱を開けて本体やケーブル、マニュアルなんかを取り出していると、くるみから今日は来れなくなったと電話があった。「えー、一緒に『ぽめ店長』見ようと思ってたのに」「何だよ、それ」「ニャッ、吾朗ちゃん、知らニャいニャリ?ニャヘホヘニャ~。ネットで人気の三毛猫の物語」「知らないよ」 急におどけた顔をする紗英に、僕は吹き出してしまった。「女子高生とかOLに人気あるニャリよ。吾朗ちゃんそういうとこ、全く疎いニャン。くーちゃんも『ぽめ店長』好きだって言ってたニャりよ。知らないとまずいニャン」 紗英とくるみはここのところ、だいぶ打ち解けたように見えた。僕の知らないところで、二人がそんな話をしていたなんて。 僕がいて、くるみがいて、紗英がいる。 こんな感じで、これから先も紗英がそばにいてくれたら・・・。いや、僕と紗英が昔恋人どうしだったという事実がある限り、そんなふうに願うのは虫が良過ぎるよな。「そういやお前、昨日デートだったんだって?」「うん」 二人で簡単に昼食を済ました後、コーヒーを淹れながら紗英はあっさりと認めた。「付き合ってる奴がいるなら、先に言えよ。そいつお前がここにいるってこと知ってるのか?」「知らないよ。それに付き合ってるって訳でもないし。たまにご飯一緒に食べる程度だもの」 また紗英に振り回されてる奴がいるのか。可哀想に。同情というより、その男が気の毒に思えた。 紗英はキッチンのテーブルで、初期設定の終わったパソコンの電源を入れた。僕はリビングのソファで読みかけになっている本を手にしたものの、読む気にはなれなかった。 午後になって降り出した雨は、一向に止みそうにない。 思えばくるみがいない、紗英と二人きりのこんな時間は久し振りだった。 静まり返った部屋で、リズミカルに弾かれるパソコンのキーボード。あいつ、意外と入力に慣れてるんだな。三人掛けのソファに横になって、ぼんやりと天井を眺めながら、そんなことを思っていた。 しばらく目を閉じて、静かな雨音とカタカタというキーボードの音に耳を傾けていたが、紗英が手を止めて、部屋には雨音だけが残った。「ねぇ、吾朗ちゃん、ポアンカレって知ってる?」「ポアンカレって、ポアンカレ予想の?フランスかどっかの数学者の」 さっきはぽめ店長のぽめ言葉だとか言って、ニャーとかニャンとか言ってたやつが突然何を言い出したのか。思いがけない言葉に、僕は体を起してソファに腰かけた。「そう、それ。なんか可愛いよね、ポアンカレって」「どこが?」「ポアーン、としてて、カレーンとしてて」「何だよ、それ」 紗英らしい受け止め方に、可笑しくて笑った。「お前の口からポアンカレなんて聞くとは思わなかったよ。僕もあんまり詳しくはないけど、百年前にそいつの残した数学上の予想を、最近どっかの数学者が証明したんだよな」「そうそう。数学者って言ったら、とっても頭がいい人達でしょ。そんな人達がポアンカレの予想を証明するために、百年もかけたなんて凄くない?人と人とが引き継ぎながら百年間取り組めば、難問でも解決の糸口が見つかるってことよね。でもそんなに頭がいいなら、もっと他のこと考えて欲しい気もする」「例えばどんな?」「うーん、そうね、毎日の献立を悩まないで済む方法とか」「そんなの自分で考えろよ」「そだね。でもこれはね、主婦にとっては永遠の課題なのよ」 パソコンのキーボードの上で両手を止めたまま、紗英は話に夢中になっていた。「あとは、そうねぇ。ほら環境問題とか。温暖化のこととか予想しててくれたら良かったのに」「ポアンカレの時代じゃ、そんなこと思いつきもしなかったよ。空気が今とは全然違ってただろうし、空も今よりずっと青かっただろうし」 それまでこっちを見ながら話していた紗英が、少し伏し目がちにパソコンの画面に視線を移した。「今から百年後の空ってどんなふうになっているんだろう。百年後には今よりずっとスッキリしていてるといいのにね。空も、人の心も」 紗英がどんな気持ちでそう言ったのか、僕は考えもせずにただ頷いていた。そうだな、そうなってるといいな。その頃には僕たちのこんな関係も、もっとスッキリ答えが出せるようになっているのだろうか。「それで、何で急にポアンカレの話だったんだ?」 紗英が答えようとしたときに、玄関のチャイムが鳴った。 穏やかに過ぎていた僕達の時間は、このチャイムによって引き裂かれた。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ぽちっと3つのバナーを、応援クリックしてくださるとかなり幸せです。 今日初めてアクセスしてくださった方も、続けて読んでくださっている方も、いつもありがとうございます!遂に真打ち登場!ではありませんが、この小説のタイトル「poincare(ポアンカレ)」は、今回出てきたフランスの数学者、アンリ・ポアンカレからいただきました。詳しくはフリーページ“アンリ・ポアンカレと小説「poincare」”をご覧ください。それともう一つ。前半に登場した『ぽめ店長』ぽちぽちのhiroさんの「ぽちぽち別宅」で活躍中の実在する三毛猫さんです!ぽめ店長の日記が、でっかく面白くて、可愛くて、今回、hiroさんにお願いして、小説に登場していただきました。hiroさん、ぽめ店長殿、ご協力ありがとうございました~さて、この小説、楽天で連載を始めたのが 2007年11月5日。既に7ヶ月が過ぎているというのに、物語の中ではまだ1ヶ月くらいしか経っていない・・・。( ̄▽ ̄;)!!薄々は気がついていましたけどね。(>_
June 23, 2008
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◆小説のあらすじ・登場人物◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 黄昏時の空は切ない。けれど街は、一番華やかなひと時なのかもしれない。 溢れ始める光の洪水の中、仕事から解放されて帰りを待つ家族のために家路を急ぐ人、これからの時間を一緒に過ごす人のもとへまっすぐに向かう人、一日のストレスを自分の店で解消してもらおうと待ち構えている人。どこか華やいだ彼らの気分が、粒子になって空気に漂う。 早目に出てきたのは正解だった。 何だか今日は、くーちゃんのそばにいるのがいたたまれない気がした。くーちゃんと一緒にいられるのは嬉しくもあるけど、彼女の思いが手に取るように伝わってきて、こっちまで切なくなることも多い。 黄昏時の街が、そんな気持ちを払拭してくれた気がする。 くーちゃんはいつになったら安心してくれるんだろう。無理もないけれど。ずっと、このまま? バッグから携帯を取り出して時刻を確認する。琢人との待ち合わせまで、まだ少し余裕があった。 そうだ、ここの写真をブログに載せておこう。携帯をカメラモードに切り換えて、外に向かってシャッターを切り、そのままサイトにアクセスして私はブログを書き始めた。------------------------------------------------------------------------ こんにちは~ あれ? もう、“こんばんは~”の時間? ちょっと微妙。 今、タックンとの待ち合わせの最中。 この写真。私が今、どこにいるか、わかる人いる? 今日はこれから、お食事とお買い物。 なんと、パソコンを買いに行くのだ! え?今さら? ・・・。 そうだよね。 もうほとんど使わないとは思うんだけど ブログ書くのに携帯だと不便なんだもの。 片手入力は時間がかかる。 いまどきの若い人のようにはできない。(笑) すぐ必要なくなるんじゃないの? って、言いたいけど、言えないあなた。 いいのよ、遠慮なく言って。 そうね、その通り。 だからと言って、今不便なのを我慢する理由にはならない。 でしょ? それにね、ちょっとしたサプライズも考えてるの。 いらなくなったら、タックンに使ってもらおうと思ってる。 その時のためにね パソコンのどこかに タックンへのメッセージを書いて 隠しておこうかと。 健気でしょ?(笑) でも、そんなことしない方がいいのかな? どう思う? メッセージはともかく いらなくなったらタックンにあげるから 今日はこれから一緒に行って タックン本人に選んでもらおうと思うんだ。 そうそう、今日もまたCooちゃんが来た。 Cooちゃんも相当健気。 ちょっと可哀そう。大丈夫かな? そう思うなら、お前が早く出て行けっ! なんて 言わないでいてくれるよね? 我ままだってこと、わかってる。 間違ってるってことも、わかってる。 理由はどうあれ、やっぱりCooちゃんに酷いことしてるってことも。 でも自分の気持ち、抑えられない。 迷っている時間がない。 どうせ、最初から、全部間違っていたんだもの。 Cooちゃんには、ちゃんと話した方がいいのかな、って思う。 けど、話せない。 ちゃんと話したら、Cooちゃんは、きっと たくさん、たくさん、泣くもの。 いくら私でも、これ以上、もういじめられない。(笑) それはそうと、タックン、まだかな。 携帯で入力するの苦手なのに もうこんなに書いちゃったよ。 おかげで、いい暇つぶしになったし 今日のブログも書けたけど。 もう少しで今日も終わる。 無事に一日が暮れていく。 あ、来た。やっと来たよ、タックン。 それじゃあみなさん、行ってきます。------------------------------------------------------------------------ まっすぐにこっちに向かって歩いてくる琢人。 ねぇ、この瞬間、あなたはここを歩いている他の人たちと同じ、華やいだ気分なのかな。私も同じように、華やいだ気分でいてもいいのかな。何もかも全部に目をつぶって。 それでもこうして笑える時は、笑っていてもいいんだよね。今、この瞬間だけでも。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 紗英のブログの写真は、写真素材 [フォトライブラリー]さんから拝借したフリー画像です。 撮影はsolaさんという方です。 読んでくださって、ありがとうございます! ぽちっと3つのバナーを、応援クリックしてくださるとかなり幸せです。 今日初めてアクセスしてくださった方も、続けて読んでくださっている方も、いつもありがとうございます!今回は紗英のブログ形式で書いてみました。(紗英のブログについては、第16話 ~ sae (5) 繋 ~を参照してください)念のため、タックン=琢人、Cooちゃん=くーちゃん・くるみ です。それぞれ紗英がブログ上に表記する際に使っている呼び名です。(登場人物の簡単な紹介は◆小説のあらすじ・登場人物◆をご覧ください)謎が謎のまま、いい加減引き伸ばし過ぎ?と思いつつ、展開上まだ明かすわけにもいかず、とりあえず今の紗英の心情のみ表現するには、こんな形式もありかな?と。そうそう、前回、みなさんのブログへお邪魔するのが大好きと書かせていただきましたが、一方で私はパタリと足跡を残さない時期があります。何かで忙しいということもたまにはありますが、たいていは小説の更新の直前。書くことに集中しちゃった時。最近、名前を見かけないな~とお気付きになられたら「もうすぐ更新なんだな」と思ってやってください。(o^^o)ゞ気まぐれな訪問&応援でごめんなさい。あ、ここのところ頻繁に名前を見るな~って時は、「こいつ、ブログの更新、サボってる!」なんて思わないように今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ
June 12, 2008
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◆小説のあらすじ・登場人物◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○「アンタってば、馬鹿じゃないの?」 開口一番、亜矢は思いっきり呆れ顔でそう言った。「いいじゃん、面白いじゃない。くるみも意外とやるねー」 笑いながらそう言ったのは玲菜だった。 残業帰りのダイニングバーで、私はこれまでのいきさつを、友人の亜矢と玲菜に打ち明けた。「何言ってるのよ、カレシの家に他の女が寝泊まりしてんのよ。そんなの許せる?」 面白そうに笑う玲菜を、亜矢が睨みつけた。「そっか、それでくるみは最近、ちょくちょく吾朗君の家に寄ってたんだ」 亜矢の態度に玲菜はお構いなしだったが、亜矢は負けじと割り込んできた。「甘い、甘いって、そんなんじゃ。くるみもいっそ吾朗君の家に転がり込んじゃえば?」「それいいかもね。相手の女、追い出せないなら、いっそ三人で暮らす?みたいな」 そう言ってクスクス笑う玲菜は、面白がっているようにしか見えなかった。 あの三人のランチ以来、何回か吾朗君の家に食事を作りに行った。行けるときは平日も。 けれど、何も変わらないし、何も分からないままだった。 変わったことと言えば、紗英さんが私のことを「くーちゃん」と呼び始めたことくらいだった。「何だかこんな状況にも、だんだん慣れてきちゃった気がするの」 それは私の本音だった。当初の目的を忘れたわけではないけれど。「紗英ってコのペースにまんまと嵌(は)められちゃったってわけ?ちょっとぉ、しっかりしなよ、くるみ」「そうだよね」 亜矢の言葉に力なく答えた。ホント、何やってるんだろう、私。「でもね、正直分からないの、紗英さんが。敵意も悪意もあるようには見えないし。私、これから何をどうすればいいんだろう」 情けないやら、悲しいやら、ほろっとこぼれた自分の言葉に、つい泣きそうになってしまった。「分からないとか言ってる場合じゃないでしょ?ちょっとぉ、玲菜も何か言ってやってよ」「とりあえず、何にもしないでいいんじゃないの」 私の様子に気付いたのか、玲菜はもう笑ってはいなかった。「くるみさ、正々堂々正面から受けて立って、相手の陣地に乗り込んだはいいもの、相手を探ることに疲れちゃったんじゃない?」 私の瞳の奥をじっと覗き込む、玲菜の視線。玲菜はさらに言葉を続けた。「そんなの無駄な努力だと思うよ。考えたってわかりっこないもの。直接聞いてもはぐらかされちゃうのなら、いっそ相手の言ってること、全部信じてみたら?」 その言葉に驚いて、私だけでなく亜矢も言葉を失った。「相手のこと知るためには、目の前にあるフィルターを外してみることも時には必要だよ。くるみは紗英って人を、恋のライバルだって思い込んで、そのフィルターを通してしか見ていないでしょ?だからその人がそれは違うって言えば言う程、くるみは混乱しちゃうんだよ。これまでのことは全部リセットして、紗英っていう人の言うこと信じて、普通に付き合ってみたらどうよ」 黙って聞いていた亜矢が、立ち上がらんばかりに声を荒げた。「ちょっと、玲菜、いくら人ごとだからって、あんまりじゃない?騒動の渦中にいるくるみがどれだけ苦しんでると思ってるのよ。何でカレシの家に住み着いてる女の言うこと信じて、普通に付き合わなきゃなんないのよっ」 甲高い亜矢の声に、周りの客が一斉に振り返った。私は慌てて亜矢を制した。「亜矢、ちょっと、落ち着いて」 玲菜はグラスに視線を落として、こう付け加えた。「何の手立てもないんだし、どうせしばらくは様子を見るしかないのなら、見方を変える方がいいと思うけど」 カシスソーダのグラスの底から、クルクルと踊るように小さな気泡が上昇した。やがて表面に達した気胞はぷつりと消えて、店内に流れる音楽とともに空中に溶け込んだ。 数日後、私はまた仕事の後、吾朗君のアパートを訪れた。階段を上がりきった通路の端で、吾朗君の部屋のドアが開き、紗英さんが出てくるのが見えた。「あ、くーちゃん」 私を見つけると彼女はにっこりと微笑んだ。薄手のコートを羽織り、これから外出するところだった。「今からお出かけ?」「うん、デート」 彼女の答えにぎょっとして、私はすぐに聞き返した。「付き合ってる人いるの?」「ううん、いないよ。デートの相手は男の人だけど、付き合ってるわけじゃないの。デートって言ったって一緒に食事するだけだし」 紗英さんはあっけらかんとそう答えた。「そういう人がいるってこと、吾朗君は知ってるの?」「んー、特に話したことはないけど。わざわざ話して聞かせるようなことでもないし、私が誰とどうしようと、吾朗ちゃんも興味ないと思うけど」「吾朗君に知られたくないから、隠しているんじゃないの?」 思ったことが咄嗟に口をついて出てしまい、自分自身に驚いた。嫌だ私、これじゃまるで喧嘩でも売ってるみたい。焦って頬が熱くなる。 紗英さんはそんな私を気にも留めないで、明るく笑い飛ばした。「嫌だなぁ、まだ私と吾朗ちゃんの関係を疑ってるの?何度も言うけど、私達、そんなんじゃないってば。何なら今晩私がデートだってこと、くるみさんから話してもらっても全然構わないよ。そうそう、さっき、吾朗ちゃんから電話があって、いつもより三十分くらい遅くなるって。じゃ、行ってくるねー」 コンクリートの通路にハイヒールの音が響く。 私は着飾った彼女の後ろ姿を見送ってから、誰もいなくなった部屋のドアをゆっくりと開けた。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ぽちっと3つのバナーを、応援クリックしてくださるとかなり幸せです。 今日初めてアクセスしてくださった方も、続けて読んでくださっている方も、いつもありがとうございます!これまでコメント欄に書いていた「作者より ご挨拶」を、今日からこのような形に変更させていただきます。理由は、このテンプレートが可愛くて、使ってみたかったから。ち~!さんという方の“Life×Life+KIDS うちのこと、じぶんのこと、こどものこと。”という、素敵なブログからのいただきものです。私は色々なブログをうろつくのが相当好きで、訪れた先々で自分の知らなかったことを知ったり、お買い物したり、こうしてテンプレ発見したり、他の方の小説や詩を読んだり、そんな時間が今とても楽しいんです♪みなさまのところにも、時間のある限りお邪魔させていただきたいので、また来たか~と思いつつ、テキトーに相手にしてやってくだい。(^皿^;)今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ
June 3, 2008
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◆小説のあらすじ・登場人物◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 吾朗君のアパートの階段を上がりながら、先週の土曜日もここに来たことを思い出した。 でも今日は、先週のときめくような気分とはまるで違う。敵地に乗り込むような気分。 玄関のチャイムを鳴らすと、心なしか元気のない顔で吾朗君が出迎えてくれた。「いらっしゃい。今日はよろしくね」 吾朗君と対照的な、紗英さんのはしゃいだ声。彼女の笑顔は、この前私に見せた人の心を見透かすような、冷淡な笑顔とは全く違っていた。まるで子供のような、無邪気で人懐っこい笑顔。 予想外の出迎えに私は驚いた。「今日はパスタ?嬉しい、私パスタ大好きなの。何でも言ってね、手伝うから。あ、お湯沸かす?」 持ってきた食材をテーブルに並べると、紗英さんはそそくさと手際よく動き出した。キッチンもすっかり使いこなしている様子だった。「僕も何か手伝おうか?」 そんな彼女を見る私の気持ちに気付いたのか、吾朗君が身の置き所に困った様子で言った。「私が手伝うから、吾朗ちゃんはテレビでも観てて。女二人いれば十分だよ。ね、くるみさん」「うん、そうね。こっちは大丈夫よ」 私に同意を求める紗英さんのまなざしは、優しげな笑みを湛(たた)えていた。 何、それ?吾朗君がいるから?吾朗君の前だといつもこんな感じなの? 料理中もずっと、紗英さんは私に対してもとても好意的だった。けれど私は、彼女が仮面の下にどんな顔を隠しているのか、そればかりが気になっていた。 吾朗君と紗英さん、二人の間に私が割って入ったら、それぞれがどんな態度になるのかを私は見たかった。 紗英さんは吾朗君の前では尻尾を出さないようにしているのか、この前とは別人のように素直で、あの威圧的な感じも刺々しさも微塵も感じられない。 食事を始めてからも、それは全く変わらなかった。 自分から言い出したランチを、自分でぶち壊しにするわけにもいかず、私もこの場の雰囲気を取り繕うしかなかった。 紗英さんがどこかで正体を現すかもしれない。それだけは見逃さないように目を光らせて。 初めは戸惑っていた感じの吾朗君も、次第にこの場の雰囲気に慣れていった。今は表情も穏やかに、安心したような感じに見えた。 一見和やかな雰囲気が、かえって気持ち悪い。 別に喧嘩しに来たわけじゃない。けれど、もっとぎこちないムードになると覚悟して来たのに。「自分が料理するようになってつくづく思うんだけど、人にご飯作ってもらえるのってホントに幸せ。母が亡くなってからは、誰かの手料理を食べる機会もなくなっちゃったから、余計にそれを感じるの」 紗英さんの言葉に、私はここぞとばかりに切り出した。「これから週末はちょくちょく来て、ご飯作ったりしようと思うの。それから平日も。来れる時には私が作りに来るわ。紗英さんさえ良ければ一緒に食べて」 紗英さんに手料理をなどという発想からは、遠くかけ離れたものだった。ここのキッチンで料理するという役目を、紗英さんにとられたくないのが本音だった。 それともう一つ。私がここに頻繁に出入りすると言ったら、二人がどう反応するのかも見たかった。 今日だけ何とかうまく切り抜ければいい、もし紗英さんがそんなふうに思っているのなら、ここで嫌な顔をしてもいいはずだった。 けれど彼女は顔色一つ変えずに、こう言った。「それは嬉しいな。って言うか、私がどうこう言う立場じゃないけど。くるみさんが来てくれたら吾朗ちゃんだって嬉しいだろうし、私も楽してこんな美味しいもの食べられるなら、とっても嬉しい」「それは僕も嬉しいけど、平日は大変じゃないか?仕事だってあるんだし」 牽制してきたのは、むしろ吾朗君の方だった。「いいじゃない、来れる時だけでもここに寄ってもらえば。でもくるみさん、無理はしないでね。あんまり無理しちゃうと続かなくなるから。無理のない範囲でどんどん来て」 まるで私の味方だとでも言うような、彼女の態度。裏にあるのは一体何? 迂闊には手を出せない。そう思った。紗英さんの方が私より遙かに役者が上だと感じた。 食事の後片付けも終え、午後からは私と吾朗君の二人は、買い物に出かけることにした。「また来てね」 紗英さんは弾んだ声で見送ってくれた。最後まで尻尾をつかむことはできなかったな・・・。 車に乗り込んでエンジンをかけると、吾朗君は意外なことを言い出した。「紗英の機嫌がよくて良かった。あんなに楽しそうで優しい紗英、久しぶりに見たよ。あいつ、くるみのこと、結構気に入ってるのかも」「え?普段は違うの?」「いつも喧嘩ごしというか、命令口調で偉そうにしててさ。普段、あんなに優しくないよ。刺々しい感じでさ。だいたいが気分屋で機嫌が良くても長続きしないし」 私は予期せぬ言葉に驚くしかなかった。 今日の紗英さんを見ていて、自分の好きな男の人の前だと態度を変える、完全にそういうタイプだと思っていた。そうではないと言うの?私が来たことが、嬉しいはずはないと思うけど。 自分に自信があるところを私に見せたかったとか?それとも普段、吾朗君とは本音で話せる仲なのに、それを隠そうとしていたとか? ひねくれて考え過ぎ? 嫌だな、ここのところ私は疑ってばかりで、裏の裏まで探ろうとしている。 走り出した車の中で、張りつめていた私の気持ちが解放された。その途端、ふと唇の端から漏れた皮肉の込められた冷笑。それは誰に向けたものでもなく、自分自身への自嘲だった。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださったことに、感謝します! ぽちっと3つのバナーを、応援クリックしてくださるとかなり幸せです。 コメント欄の ◆作者より ご挨拶◆ も、合せてご覧ください。(*^^)v
May 26, 2008
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◆前回までの小説のあらすじ◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ その週の土曜日、僕のアパートにくるみが遊びに来ることになった。 金曜の夕方届いたメールに、僕は正直困惑した。『明日は吾朗君の家に行ってもいい?紗英さんさえよければ、三人で一緒にランチしたいんだけど。』 紗英も一緒に、って・・・。それがどんな昼食になるのか僕には想像すらつかない。 なんで、またわざわざ昼飯を一緒に? メールを書くのも面倒になり直接電話をすると、くるみは会社の飲み会に向かう途中だった。「メール見たけど、何も三人で食事する必要はないだろう?二人でどこか行こうよ」「明日は吾朗君の家で、紗英さんも一緒に三人で食事したいの。紗英さんに何も予定がなければの話だけど」「なんで?三人じゃないとダメなのか?」 そう聞いている途中で、ぷつりと電話が切れた。掛け直してみたが、どうやら電波の悪いところにいるらしい。後で電話してくれとくるみにメールして、僕も家路についた。「お帰り、今日は早かったね」 家に着くと、紗英が夕飯の用意をしている最中だった。「まだご飯できてないから、先にお風呂入る?」 まるで新婚家庭だな、ふとそう思って可笑しくなった。そう言えば、同居を始めたばかりの頃は、こんな紗英の出迎え一つにもかなり抵抗があったのに、最近はすっかり慣れてしまっている。「あのさ、明日の昼、くるみがここに来たいって言うんだけど。紗英さえ良ければ、一緒に昼飯食おうって」「へ~、いいじゃん。構わないよ」 紗英はエプロン姿でキャベツを刻みながら、軽くそう言った。「明日は暇なのか?」「うん、暇だよー。あれ?ひょっとして私、邪魔?吾朗ちゃん、くるみさんと二人きりになりたいの?」「いや、そういう訳じゃないけど」「別に明日は予定ないし、くるみさんが私も一緒にって言ってくれてるんだったら、明日は二人っきりにはさせないよん」 からかうように紗英が笑う。そんな軽いノリでいいのか? 僕はむしろ、紗英の都合がつかないことを望んでいた。 紗英には三人で一緒にという、くるみの意図が分かるのだろうか。「って、言うかさ、三人でって、何か変じゃないか?」「どうして?」「だいたい何話すんだよ?考えてもみろよ。相当ぎこちない雰囲気にならないか?」「話なんか何でもいいじゃない。適当に話してれば、共通の話題もあるだろうし。そんな心配なんかしなくても、大丈夫。いい雰囲気にしてあげるからさ。あ、お昼何作ろうか?くるみさんって好き嫌いある?」 そう言うと紗英は楽しそうに、湯気の立つ鍋の中をかき回し始めた。 大丈夫かよ、本当に。夕飯の香りに僕は食欲がわくどころか、胃がひっくり返りそうな気分になった。 その夜、十時くらいになって、やっとくるみからの電話があった。「ああ、わかった。うん、明日十一時頃だな。何か用意しとくものとかある?」 くるみとの電話を、横で紗英がニコニコしながら見つめていた。 こいつは何がそんなに楽しいんだ?僕が困るのを楽しんでいるのか? 明日のくるみの訪問を素直に喜べないまま、僕は電話を切った。「くるみさん、何だって?」 待ち構えていた紗英が身を乗り出すようにして聞いてきたので、僕は思わずのけ反った。「明日の昼はくるみが作るって。買い物してから来るから、何も用意しなくていいってさ」「ホント?ますます楽しみだわぁ」 声を弾ませてはしゃぐ紗英を見て、僕は姑が嫁をいじめるのはこんな感じなのかな、と密かに思った。こいつ、何も企んでいなきゃいいが・・・。 いや、心配なのは紗英だけじゃない。くるみだって、何考えているんだか。「お前も、くるみも、何考えてるんだ?三人で食事なんて、僕には全く理解できない」 つい漏らした本音に、紗英が呆れたように言う。「私だってくるみさんじゃないんだから、くるみさんが何考えてるんだか分からないわよ。でも多分、知りたいんじゃんないの、私たちの様子、っていうか暮らしを。今回、三人で食事しないで逃げちゃったら、じゃあまた明日とか来週とか、ずっと言われ続けるだろうし、避け続けてたら逆に何かあるって疑われちゃうよ。くるみさんの気が済むようにしてあげればいいじゃない。観念したら?」 確かに、それは一理ある。だけど僕にとって三人でというのは、決して居心地のいいものでない。 ただ紗英の様子から、こいつは多分、大丈夫だろうと感じた。何かしかけてその場の雰囲気を台無しにするようなことはなさそうだ。気分屋だから、油断はできないが。 後はくるみ。紗英と違って、変な企てをするようなタイプじゃないが、僕たちの様子を見て、何か勘ぐって、勘違いして、勝手に怒りそうなところがある。 それを勘違いだと説明して、怒りをなだめて、そう思っただけで僕はもう気が重い。 どうか明日は何事もなく無事に終わりますようにと、僕は神に祈らずにはいられなかった。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ぽちっと下のバナーを、応援クリックしてくださるとかなり幸せです。 ★応援・ご協力お願いします★お友達のブログからの情報とお願いです。夢を叶えるため・命を救うため・命の大切さを広めるために、みなさんも是非、ご協力ください。(*^^)veiko214さんから日本人カメラマンMOTOさん仮面ライダーアメリカ版にご意見・ご感想を!love-kitty2さんから中国で猫が酷い虐待を受けています。反対署名をお願いします!!発起人こっとんふわふわさんKUMAさんからいのちのあさがおを咲かせてください。重度の肩こりさん(種の発送5/17まで)template-yamato コメント欄の ◆作者より ご挨拶◆ も、よかったらご覧ください。(*^^)v
May 13, 2008
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◆前回までの小説のあらすじ◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ くるみが乗った電車を見送った後、僕は反対車線のホームに移動して帰路についた。 明日も仕事があるにも関わらず、今日に限って家まで送って行くと言うと、普段なら喜んでくれるくるみが、今日に限ってここまででいいと僕の申し出を断った。 無理もないよな。くるみも、相当思い悩んだに違いない。 それなのに一体どういうつもりなんだ、紗英にお見舞いなんて言って雑誌を渡すなんて。僕には全く理解できなかった。案外、直接話し合ったことで、二人は親しくなったとでもいうのか?いや、今日のくるみはとてもじゃないけど、そんな感じには見えなかった。 紗英も何でくるみに会ったことを僕に話さなかったんだ。僕が言い出せないでいるからって、何の断りもなく、くるみに会うなんて。僕は紗英の身勝手な行動に腹を立てながら、くるみに打ち明けるのを先延ばしにしていた自分の不甲斐なさを後悔していた。 揺れる電車の中、右手で吊革を掴む僕の姿が窓に映っている。左脇に挟むようにして抱えているコンビニの袋の中で、一冊の雑誌が僕を憐れんでいるような気がした。 家に着いて玄関を開けると、中は暗く静まり返っていた。 紗英はどうやら早めに寝たようだった。普段ならまだ起きていて、テレビでも観ている時間だったが、よっぽど疲れていたのだろうか。 僕は抱えていた雑誌をリビングのテーブルに放って、冷蔵庫から缶ビールを取り出した。何となくそれを額に当ててみる。冷えたアルミ缶の感触が心地いい。 リビングに戻りソファに腰を下ろすと、今日の疲れが全身にのしかかってくるようだった。 紗英には、言ってやりたい事が山のようにある。だが起こしてまでは・・・。明日の朝話すか?いや、出勤前の短い時間に話すようなことじゃないよな。 プルタブを開けると閉じ込められていた炭酸が、指先で破裂するように拡散した。一缶目をすぐに空け、二缶目を飲みだして、ぼーっと天井を眺めていると、リビングのドアが開いた。「お帰り」 寝ぼけた声でそう言いながら紗英は冷蔵庫に向かい、ミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。「お帰りじゃないよ、お前さ、一体、何考えて」 紗英はちょっと待ってというふうに片手を僕の方に軽く振り、ミネラルウォーターをグラスに注いで飲み干した。「くるみさんに会ってたんでしょう。彼女怒ってた?」 唇の端を指で拭いながら、紗英が話し出した。「何でくるみに会って話したこと、僕に黙ってたんだよ」「だって、くるみさんが、吾朗ちゃんには黙っててって言うんだもの。ちゃんと吾朗ちゃん本人の口から説明があるのを待ちたいって」「だからって、従兄妹じゃないって話までしてるなら、その辺ちゃんと僕たちで擦り合わせておかないと、矛盾が出たりするだろう?」 紗英は心持ちムッとした顔で、キッチンの椅子に腰を下した。「それくらいはさ、現場で臨機応変にやってよ。何とかくるみさんと話ついたんでしょ?」「あぁ、まあ、とりあえず、二ヶ月だけって約束で」「あれだけ挑発しておけば、多分、大丈夫だと思ったんだ。彼女、打たれ強いっていうか、打てば打つほど、反発してきそうな感じだったから」 そう言うと紗英は、目を細めて可笑しそうに笑った。「くるみさんって、可愛いね」 僕は張りつめていた気持ちが、次第に緩んでいくのを感じていた。「思っていたよりは落ち着いて話せたけどな。もっと泣いたり、怒ったりするだろうと思ったけど。ひょっとして紗英が先に話してくれたのが良かったのかもな。くるみが分かってくれるんだったら、さっさとこうしてれば良かったかもな」 疲れた体に酔いがまわってきたせいかもしれない。何だが調子づいて喋っていた。だが、そんな僕に、紗英は冷ややかな視線を投げつけた。「そんなもんじゃないと思うけど」「何がだよ?」 そんなこと分かっているくせに、僕はわざと聞き返した。くるみのことを思ったら、今の僕の発言は軽率だったと思う。だからって、そんなふうに紗英に言われたくはなかった。僕だって、分かっている。 でも次に返ってきた紗英の言葉は、僕の理解できる範囲をぽんと飛び越えた。「私だって、そんなもんじゃない」 え? 面食らった僕を置いて、紗英は部屋から出て行こうとした。「ちょっと待て、今のはどういう・・・」「気にしないでー。ごめん、疲れてるから。おやすみー」 食い下がろうとする僕に、紗英はまたもや軽く片手を振って行ってしまった。「あいつ、何だって言うんだ?」 元カノだってことは伏せておいてくれたこと、礼を言いそびれた。いや、礼なんかいらないか。そんなことバラしたら、くるみが黙っていないことくらい分かるはずだし、そうなったらここに居られなくなって困るのは紗英自身なんだから。 僕は缶の中に残っていたビールを、一気に喉に流しこんだ。 そうだ、雑誌。紗英に渡すのを忘れていた。 テーブルの上に置かれたままの雑誌を手にとって、パラパラとめくってみる。流行りの服を身にまとった人気モデルたちの写真が、何ページにもわたって掲載されている。それから、ダイエット、スイーツ、レストランやカフェの情報、占いなど、どこにでもあるような女性情報誌だった。 だが後になって、紗英がこの雑誌を見ていた理由を知った時、僕は愕然とすることになる。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ぽちっと二つのバナーを、応援クリックしてくださるとかなり幸せです。 よろしければこちらもクリックお願いします。 リンク先の記事・広告の下に、投票フォームがあります。 簡単投票に参加して、この作品を評価してくださいね! コメント欄の ◆作者より ご挨拶◆ も、ご覧ください。(*^^)v
May 7, 2008
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◆前回までの小説のあらすじ◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 吾朗君に対して、どういう態度をとればいいの?紗英さんに会った後、ずっと悩んでいた。「ほとんど強制的に私が転がり込んだ感じだけど、吾朗ちゃん本人が私の同居を許してくれているわけだし、今さらくるみさんに許しをもらうつもりもないの。ただ隠したままだと、私も吾朗ちゃんも何かと不自由だし」 自信に満ちた彼女の目が、自分の方が吾朗君を理解してる、そう挑発している気がした。 ただ部屋を借りたいだけというのは本音だとは思えない。 何か裏がある?考えてみたところで、分かるはずもなかった。いっそのこと、吾朗君を好きだって言ってくれれば、もっとはっきりした態度もとれたのに。 吾朗君のことも許せなかったけど、もし私が吾朗君を許さなければ紗英さんはどうするつもりなの? もっと突っ込んで話を聞くべきだった。一人になってからそう思ったけれど、あの時の私にはあれが精一杯だった。「ごめん・・・」 黙って私の話を聞いた後、波の音にかき消されそうな声で吾朗君が言った。 港の方から吹きつける風が強くなってきて、潮の香りが苦しく感じるほどだった。「僕がもっと早く、ちゃんと話すべきだったのに」「黙っていて、隠し通すつもりだったの?」「そんなつもりはなかったよ。従兄妹だって言ったのも、くるみに余計な心配させたくなかったからだし、そんな心配させるようなこと、本当に何もないんだ」 そう言った後、吾朗君はすがるような視線を力なく地面に落とした。「いや、僕が悪いんだ。くるみを傷付けてしまって」 泣いてすがってでも、この同居をやめさせるべき? だけど、同居をやめてとは、私は言いだせなかった。その言葉を口にしてしまったら、逆に彼女の勝ち誇った声が聞こえてきそうな気がしたから。「ふーん、やっぱり不安なのね。吾朗ちゃんのこと信じ切れないんだ。私の方が吾朗ちゃんのこと分かってあげてるみたいね」 想像したくなくとも浮かんできてしまう紗英さんの大胆不敵な笑み。女の意地みたいなものが、私の中で密かに頭をもたげ始めていた。 いいわ、同居は認めてあげる。だけど、それ以上は譲らない。紗英さんにその気があろうとなかろうと、吾朗君の心の中にまで、あなたを入り込ませたりはしない。「本当に紗英さんのこと何とも思っていないのね?同居は二ヶ月だけなのね?」「ああ、特別な感情はないし、ずっと同居するつもりもない」「分かった。私、吾朗君を信じるわ」「えっ?」 吾朗君はとても驚いた顔をした。そうだよね、私が許すなんて、思ってもいなかったよね。 波は次第に高さを増し、防波堤で砕け散った飛沫が闇を舞う。 本当は怖い。紗英さんが?それとも私たちのこれからが? 私は黙って、吾朗君の胸に顔をうずめた。疲れ切った心が求めているのは、もう安らぎだけだった。 駅までの道を吾朗君と並んで歩きながら、もう後には引けないと、心の中で何度も繰り返した。 付き合いだして一年半、こんなことは一度もなかったのに。 灯りの消えたオフィス・ビルが立ち並ぶ通りは、街灯があるとはいえ、夜になるととても暗い。駅に近付くと構内から溢れてくる光がやけに眩しく感じる。その灯りに、少しほっとした。 そう言えば今日発売の雑誌『Without』、帰りに買ってきてって妹に頼まれてたんだけっけ。改札に向かう通路の途中で、私はふと思い出した。「ごめん、ちょっとコンビニに寄るね。妹に頼まれた雑誌を買いたいの」 私たちは改札のすぐ手前にあるコンビニに入った。妹に頼まれた雑誌は一番手前の目立つ所にあったのですぐに見つかった。「あれ?それって、この前の特集、『魅せる!大人の下着選び』の?」「やだ、吾朗君、何でそんなこと知ってるの?まさかタイトルに惹かれて、どこかで立ち読みでもした?」 吾朗君の言葉に私はやっと笑いを取り戻した。「まさか、僕はそんなの見ないよ。紗英が持ってたんだ」 言った後で、吾朗君ははっとしていた。 きっとこれからはこんなふうに、何気ない会話の中にも彼女が出てくるんだろうな。だけど、今日はもうその名前は聞きたくないのに。私の心は再び沈み始めた。その代わりに、意地の悪い考えがゆっくりと浮かび上がってきた。「これ、今日発売なんだけど、紗英さん、もう買ったかな?」「いや、多分まだ買ってないんじゃないかな」「何でそう思うの?」 私の問いかけに、少し困ったような表情で吾朗君が答えた。「今日は夕飯はいらないって電話した時に、外で食べてくるならちょうど良かった、今日は疲れてて体調が悪いから一日中寝てた、って言ってたから」 食事の世話まで紗英さんが?夕飯はいらないという連絡を、吾朗君が紗英さんにしているという事実が、私の意地悪な思い付きを実行に移す起爆剤になった。ジェラシーでどうにかなりそうな自分を抑えながら、私は同じ雑誌をもう一冊手に取った。「じゃあ、二冊買うから、私からお見舞いだって、紗英さんに渡して」「紗英に?」 きょとんとしている吾朗君にくるりと背を向けて、私は同じ雑誌を二冊持ってレジに向かった。 お見舞い?自分でも笑ってしまう。本当はそんなんじゃない。それは、今夜、吾朗君と一緒だったのは私だと、紗英さんに伝えるためのメッセージ。 どうしても紗英さんの話は宣戦布告だとしか思えない。あれが宣戦布告なら、私、受けて立つ。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ぽちっと二つのバナーを、応援クリックしてくださるとかなり幸せです。 よろしければこちらもクリックお願いします。 リンク先の記事・広告の下に、投票フォームがあります。 簡単投票に参加して、この作品を評価してくださいね! コメント欄の ◆作者より ご挨拶◆ も、ご覧ください。(*^^)v
April 25, 2008
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◆前回までの小説のあらすじ◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 鎌倉で吾朗君を見かけた二日後の夜、突然、紗英さんからメールが来た。『こんばんは。以前、居村吾朗の家でお会いした、月野紗英です。吾朗ちゃんの従妹だと言えば思い出してもらえるかもしれません。お話したいことがあるのですが、吾朗ちゃんに内緒で、会ってもらえませんか?』 内緒で?吾朗君の従妹が私に何の話があるというの? 送信者のアドレスは、吾朗君のアドレスになっている。つまり今、紗英さんは吾朗君の携帯を勝手に触れる距離にいるっていうこと?ふと、この前の亜矢の言葉が心をよぎる。「何か怪しくない?」 何があるのか確かめるのは怖かった。でも、こんなふうに憶測で不安に苦しむのも、もう嫌。『都合が悪くなければ、明日の夜、お会いしましょう』 返事は紗英さんからのメールの最後に書いてあった、彼女のアドレスに送った。 仕事を定時で終え、私は急いで待ち合わせたカフェに向かった。 紗英さんは先に来て、席に着いて私を待っていた。彼女は明らかに周りの人達とは違う、人一倍華やかな雰囲気を存在感たっぷりに漂わせていた。「こんばんは。小枝くるみです」「月野紗英です。ごめんなさい、突然メールしちゃって」 瞬きすると音がしそうな程、長くてボリュームのある睫毛の下から、磨かれた宝石のような瞳が私を捕らえた。何て綺麗な人なんだろう。威圧感すら感じさせる。それだけで私はもう十分臆してしまった。「あの、お話って?」 今思えば、多分この時から勝負は始まっていた。私が席に着くのを合図に、サイは投げられた。「最初に謝っておくことがあります。以前、吾朗ちゃんの部屋で偶然会った時、くるみさんに嘘をつきました。私は吾朗ちゃんの従妹なんかじゃありません」「それじゃあ、一体・・・」 嫌な予感が的中?「私は今、吾朗ちゃんと一緒に同じアパートで暮らしているの」 息が止まりそうになるくらい、強い衝撃が胸を打った。鼓動がどんどん大きくなって、耳の奥まで脈打つ音が膨張する。「どういうことですか?」 震える声で精一杯、聞き返した。「吾朗ちゃんと別れて欲しいって言ったら、別れてくれますか?」 この人何を言ってるの?耳の奥が急激に熱くなって、紗英さんの言葉を聞き取ることができない。「ダメですか?吾朗ちゃんと別れるのは」 混乱する私に、畳み掛けるように紗英さんが言った。「あなた、吾朗君の何なんですか?」 私の精一杯の質問に、彼女は涼しい顔で、こう答えた。「従妹ではないけれど、遠い親戚ですね。でも気持ち的にはかなり近くて、そうね、昔からの友達っていうか、兄妹みたいな感じかな。この前会った時は突然だったし、いちいち説明するのも面倒だったので、従妹ってことにしちゃいました」 彼女は悪戯な目つきをして軽く笑った。何なの、この人?沸々と怒りの感情が湧き上がる。「それで一緒に暮らしているというのは、どういう・・・」 私が全部言い終わらないうちに、紗英さんが話し出した。「ちょっと訳があって、今、吾朗ちゃんと一緒に暮らしてるの。彼のアパートでね。でもそれは同棲とかじゃなくて、ただ私が一部屋借りているっていうだけで、決して男女の仲じゃないってことをくるみさんに解ってもらいたくて」 男女の仲じゃない?急に肩透かしを食らい、私はますます困惑した。 彼女は最近離婚したことや、たった一人の肉親だった母親が亡くなったことで、人生をやり直そうと思って留学の準備をしていること、そのためにお金が必要で家も売り、留学までの期間、高い家賃を無駄に払いたくないから、吾朗君の家にルームメイトとして転がり込んでいると、話し出した。「それじゃあ、さっき私に吾朗君と別れて欲しいって言ったのは、あれはどういうつもりだったんですか?」「くるみさんが、どの程度、吾朗ちゃんに本気なのかなって思って」「私が本気だったら、どうだって言うんですか?」「本気なら、私のことはともかく、吾朗ちゃんのことは信じてあげられるでしょう?しばらくの間、彼の家に女友達が間借りしてても、浮気してるわけじゃないんだし、問題ないよね?」 紗英さんの話を聞いて、憶測が消えるどころか、ますます分からなくなっていった。 いくら遠い親戚で兄妹みたいな仲だと言っても、そんな事情で男の人の家に同居なんて普通する? 俄かには信じられない紗英さんの話。私はただ唖然とするばかりだった。この人、何を考えてるの?「本当に、吾朗君とは何でもないんですね?吾朗君に対して、特別な感情はないんですか?」 念を押すように聞いた私に、彼女はなぜか勝ち誇ったような表情をちらっと覗かせた気がした。「恋愛感情?誓ってないです。私も吾朗ちゃんも、お互いにね」(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ぽちっと二つのバナーを、応援クリックしてくださるとかなり幸せです。 よろしければこちらもクリックお願いします。 リンク先の記事・広告の下に、投票フォームがあります。 簡単投票に参加して、この作品を評価してくださいね! コメント欄の ◆作者より ご挨拶◆ も、ご覧ください。(*^^)v
April 14, 2008
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◆前回までの小説のあらすじ◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ いつものように目は伝票に書き込まれた文字と数字を追いかけ、指先は見たままの情報をパソコンに打ち込んでいた。 隣の席では亜矢が、計算が合わないと課長から突き返された書類を広げて、電卓と睨めっこしている。 普段とたいして変わらない、平日の社内。 でも私は、全く仕事に集中できなかった。 今朝、会社に向かう途中で吾朗君からもらったメール。『今日は仕事が早く終わりそうなんだけど、会えないかな?』 ついに来た。そう感じた。きっとあの事だ。すぐには返信できずに、私は震える指で携帯を閉じてしまった。 どうすればいいの? 吾朗君が女の人と一緒にいるのを見てしまった日から、私は彼に連絡できずにいた。電話が繋がらないのも不安だったけど、繋がるのも怖かった。 それに・・・。「って、くるみぃ、聞いてる?」「あ、ごめん、何?」 亜矢は訝しげに私の顔をじーっと見詰めていた。「何かあったでしょ?」「別に、何も・・・」 私は亜矢にも玲菜にも、何も話していなかった。自分自身が混乱していて、何を話せばいいのかわからなかったから。「ふーん、まぁ、いいけど。もうお昼だよ。今日、何食べる?」 昼休みが終わるころになって、私はようやく吾朗君にメールの返事を送った。『OK 今日、大丈夫だと思う。返事が遅くなってごめんね。また後で連絡して。』 本当は『今日は会えない』そう送りたい気分だった。とりあえず返事は送ったものの、私はまだ、会ってどういう態度をとればいいのか決めかねていた。 隠され続けるよりはずっといい。正直に話してくれた方が。でも、吾朗君の口から聞くのはやっぱり怖い。 吾朗君からの返信メールに書かれた約束の時間は午後七時。長いような、短いような、重苦しい時間が刻一刻と過ぎていった。 待ち合わせた駅は人込みでごった返していた。それでも改札口から出てきた吾朗君は、すぐに私を見つけて笑顔で手を振った。 もう覚悟はできたつもりだった。でも、いざとなると、やっぱり逃げ出したい。「早かったね。結構待った?」 私は小さく首を振った。「とりあえず、腹減ったし、何か食べようか?どこか行きたいところある?特になければ前に行った、夜景のきれいな和食の店、どう?」「うん、いいよ」 精一杯返した私の笑顔は、ちゃんと笑顔になっていただろうか? 食事をした後、私たちは少し歩こうということになり外に出た。駅からはだいぶ離れて、港の近くにある、海に臨んだ公園まで来ていた。 何か話があるんでしょ?なかなか言い出せないでいるのは、私を傷付けたくないから?それとも私が嫌がると困るから? 微かに潮の香りを含んだ風が、暗い木々の間を縫って、向こうに明るく見えている車道へと抜けていく。「前にくるみが、夕方ウチに来たときに、僕の従妹に会っただろ?」 しばらく他愛もない話が続いた後、ふいに吾朗君が本題に触れた。「実は、その、色々あって。この前もちょっと話したけど、ほら、くるみがピアスを拾った日。あいつ、ちょっと前に離婚したり、母親が亡くなったりで、なんだか不安定になっててさ」 私は黙って聞いていた。そのまま並んで歩きながら、吾朗君は話を続けた。「それで、その、一人にしておくと危ないと言うか・・・。紗英って言うんだけど、あ、軽く挨拶はしてたよな?それで、その、紗英がさ、しばらくウチで暮らすことになったんだ。しばらくっていうか、二ヶ月間って期間限定でなんだけど」 言い難そうに話し出した吾朗君もここまで話して、後は勢いで一気に喋った。「誤解しないで聞いて欲しいんだけど、別に他意は全くなくて、僕たちは何て言うか、従妹なわけだし、僕から見たら紗英は妹みたいな存在で、それにあいつ、昔から言い出したら聞かないやつで、僕の意思も何も尊重するようなやつじゃないから、無理やり押し切られたっていうか・・・」 はっとしたように吾朗君は我に返って、私を見た。「ごめん、こんな話、驚いたよな。怒ってる?」 ふいに紗英さんの言葉が、私の胸に甦る。『それでね、吾朗ちゃん、くるみさんに必死で言い訳すると思うの、だってくるみさんにだけは誤解されたら困るから。吾朗ちゃんにとって、くるみさんは本当に大切な人でしょう?だから私のわがままを快く理解して欲しいとは言わないけれど、吾朗ちゃんのことは誤解しないであげて。ね?吾朗ちゃんって、基本的に優しいじゃない?だから私のこと見放せなかっただけで、どんなに誠実で真面目な奴かは、私なんかより、くるみさんの方がよっぽど分かってるでしょ?』 何もかも分り切ったような彼女の余裕が、余計に私の神経を逆なでた。もう限界。「私、全部知ってるの。この前、紗英さんに会って、彼女から直接聞いたから。本当は従妹なんかじゃないってことも」「えっ?」 事態が飲み込めずに、吾朗君は黙ったまま私の顔を見つめていた。 防波堤に打ちつける波の音だけが、耳の奥で木霊する。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ぽちっと二つのバナーを、応援クリックしてくださるとかなり幸せです。 よろしければこちらもクリックお願いします。 リンク先の記事・広告の下に、投票フォームがあります。 簡単投票に参加して、この作品を評価してくださいね! コメント欄の ◆作者より ご挨拶◆ も、ご覧ください。(*^^)v ちょっと必要になって、バナー作っちゃいました。(o^^o)ゞ
April 8, 2008
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◆前回までの小説のあらすじ◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 鎌倉に出かけた翌日、私は琢人が勤めている病院に行った。 ここに来るたびに、どうしても母が入院していた時のことをリアルに思い出す。 手摺りが取り付けられた真っ白な壁、ピカピカに磨かれた床、車椅子が楽に通れるスロープ、患者さんの名前を呼ぶ看護師さん、点滴の台を押して歩く患者さん。 どこの病院でもよく見る光景のあちこちに、まだあの日の自分がいるような気がする。「すみません」「あら、月野さん。今日は?」 外来の窓口で声をかけると、よく知っている看護師さんが応対してくれた。「あの、坂下先生は?」「坂下先生、今日は午後の外来はないので、病棟だと思います。連絡してみましょうか?」「すみません、お願いします」 彼女は朗らかな笑顔で、内線電話をかけてくれた。良かった、知っている看護師さんで。 電話を切ると、彼女は笑いながらこう言った。「中庭でお待ちください。先生もそこに来るそうです。僕の恋人にそう伝えてくれって言ってましたよ」 私は苦笑いしたまま、琢人に言われた中庭に向かった。 中庭には、小さな池があった。まわりを取り囲むように木が植えられているこの池は、入院患者や付き添いに来る人たちのちょっとしたオアシスになっている。 私も母が入院中、何度もここを訪れた。自販機で缶コーヒーを買い、傍にあるベンチに一人で座って冷たそうな池を眺めていた。 倒れそうになる心と体を何度も立て直した場所。母の病状の説明を受けるたびに、少しずつ覚悟を固めていった場所。そしてあの日、打ちのめされて嗚咽した場所。 琢人は先に来て私を待っていた。白衣ではない、私服の琢人を見るのは久しぶりだった。 そのまま私たちは職員用の駐車場へと向かい、琢人の車で病院を後にした。「あのさ、看護師さんたちに私のこと、恋人って言うの止めてくれないかな?」 琢人は運転しながら、軽く笑い飛ばした。「家の方、何とか片付きそうなんだって?」 私の言葉をさらっとかわす。琢人はいつもこんな調子だった。「うん。予想以上に早く決まった。いい不動産屋さん、紹介してくれてありがとう。事情が事情だったから、頑張ってくれたみたい」「かなり安くしたらしいじゃないか。家はきれいで、周りの環境もいいし。値段は教えてくれなかったけど、あの低価格なら誰だって飛びつくって、あいつが言ってた」「金額より何より、一刻も早く売りたかったからね。それでも十分なお金が入ってくる訳だし」 母が生前、私の名義に書き換えてくれた実家の家は、転勤者とその家族向けの社宅として、大手の会社が買い上げてくれることになった。既に手続きも進んでいる。「家が売れたら、ウチの病院に近い手頃な物件を紹介するように言っといたんだけど、断ったんだって?家の中、家具一つなくて、いつでも引き渡せる状態だって聞いたけど、今どこに住んでるだ?」 来た来た。ここで慌てないように、私は落ち着いて用意してきた通りに言った。「一人暮らししている友達のところに、居候させてもらってるの」 さらっと言ったその友達というのが、吾朗ちゃんだとは、まさか夢にも思わないだろうな。「それは残念。紗英が一人暮らし始めたら、俺の仮眠用の別宅にしようと思ってたのに。ま、いいか。僕のところに来るまでの話だ」 道がだいぶ混んできた。渋滞の始まる時間帯だった。ビルの向こうに見える西の空が、徐々に茜色に染まっていく。 予約していたレストランに着く頃には、すっかり陽も落ちて、街は薄闇に包まれていた。「何か落としてるぞ」 私が降りた後、助手席で琢人が何かを見つけた。昨日、鎌倉の海の近くで買った天然石の携帯ストラップだった。「ありがとう。キレイでしょ。昨日鎌倉で買ったの。母のお墓のあるお寺に行って来たんだ。色々相談してきた。それから、母にも報告してきた。琢人のこともね」「俺のことも?何て?」 琢人は私が笑いながらつけ加えた、最後の言葉にだけ反応した。「琢人からは逃げられないって」「よしよし、良く分っているじゃないか」 どこまでが冗談で、どこからが本気なのか。いつもそんな調子の琢人。 ただその次の言葉は、やや硬い表情だった。「こんな状況で言うことじゃないかもしれないけど、とりあえず何もかも順調ってとこか」 何もかも順調?ううん、問題がまだ一つ残っている。 店の中はやや暗めの落ち着いた雰囲気で、壁の所々にあるウォールランプが幻想的な影を作り出していた。耳触りにならない程度の静かな音楽も心地いい。 ウエイターに従って、席に着く。ウォールランプに照らされた私の心の中に、最も気がかりな影が浮かび上がった。吾朗ちゃんの恋人のくるみさん。彼女のこと、なんとかしなきゃ。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ぽちっと二つのバナーを、応援クリックしてくださるとかなり幸せです。 よろしければこちらもクリックお願いします。 リンク先の記事・広告の下に、投票フォームがあります。 簡単投票に参加して、この作品を評価してくださいね! コメント欄の ◆作者より ご挨拶◆ も、ご覧ください。(*^^)v
April 2, 2008
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◆前回までの小説のあらすじ◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ よく晴れた日曜日。「月並みだけど、矢戸さん、綺麗だったよね」 私は会社の先輩の結婚式に来ていた。大きな教会で式を挙げた後、今の時間は親族だけの食事会が行われている。 新郎・新婦の友人や職場の仲間はその後に予定されている、結婚披露パーティーに招待されていた。それまで時間があるので、私は職場で特に仲のいいメンバーと三人でお茶していた。「見て、見て、これ。このドレス、かわいいよね」 さっき携帯で撮ったばかりの写真を、亜矢が見せてくれた。 掌の中に納まる小さな画面の中、新婚カップルがにこやかに微笑んでいる。私もいつかこんなウェディングドレスを着て、誰かの横で微笑む日を迎えたい。 人の結婚式とは言え、自分も精一杯おしゃれしていて、とても華やいだ気分だった。 でもそれは、亜矢の言葉ですぐに掻き消された。「今朝のくるみの話だけどさ、やっぱり何か怪しくない?」「従妹とか言う人の話?」 抹茶シフォンをフォークでつつきながら、玲菜が口を挟んだ。亜矢は続けて話した。「いくら従妹だからって、何度も男の部屋に食事なんか作りに行く?仮にくるみが会った人が従妹だとしても、ピアスを置いていったのは別の女って線もない?」 吾朗君の家であの女の人に会ってから、私の不安はずっと続いていた。何でもない、ただの従妹だと彼は言うけれど。私はどうすればいいのかわからなくて、今日、結婚式が行われる教会に一緒に来る途中で、この二人に相談した。「昔の歌じゃあるまいし、今どきピアスの片方をわざと置いて行くなんてどうかと思うけど、やっぱりそれって宣戦布告ってやつじゃない?ここに私が居たのよ、ってそういうコト言いたいんでしょ?ただの従妹だったらそんな真似しないと思うんだよね」「それは私も思った、けど・・・」 亜矢の言う通りだと思う。そうは思うけれど、吾朗君を疑いたくないし、信じたい。「仮にそうだったとして、私、どうすればいいの?もっと吾朗君を、問い詰めた方が良かったの?」 真っ白なカップの中で、コーヒーとミルクが静かに回る。「そんなに気にすることないって」 三人の中では一番、落ち着いた感じの玲菜が、ふわりと笑って言った。「吾朗君て、バーベキューの時にくるみが連れて来てた人でしょ?ちょっとしか話してないからわからないけど、真面目で優しそうで、二股かけるような人には見えなかったけど」 玲菜の言葉にすがりたい、そんな私をも否定する勢いで、畳み掛けるように亜矢が返した。「そういうのがさー、一番危ないんだって。誰にでも優しいからフラフラしちゃって、どっちつかずで」「そういう亜矢こそ、どうなのよ?彼氏とうまくいってるの?」「あー、そうだ。後で電話くれって、メール入ってたんだっけ。ちょっとごめん」 玲菜の言葉に亜矢は席を立った。携帯を握りしめてしばらくきょろきょろと店内を見回していたが、生憎店の中では電話できそうなところはなく、仕方なく店の外に出ていった。「亜矢の話は気にしなくていいと思うよ。ピアスだって、その従妹が単に忘れただけだろうし」「うん・・・」 そうだよね。玲菜に言われると素直にそう思える。落ち着いた雰囲気のせいか、説得力があった。 私自身も、「気にしなくていい」という言葉を待っていたのかもしれない。正直、吾朗君を疑いの目で見たくなかった。怖くて、忍び寄る不安を打ち消したかった。 だからこの二人に話したのかも知れない。亜矢に関しては逆効果だったけど。「そろそろ時間だし、出ようか?」 戻って来た亜矢の声はいやに明るく弾んでいた。きっと彼の声を聞いたからだよね。「それにしても鎌倉って、お寺ばかりのイメージがあったけど、あんなに素敵な教会もあったんだね」「ホント、私も今まで知らなかった」 店の外に出ると、さっきより少し風が強くなっていた。私たちはそれぞれ肩にかけたショールや髪の毛を軽く押さえながら、信号が変わるのを待っていた。 その時。 目の前を見覚えのある車が通り過ぎた。 海の方に向かって走り去る車。運転していたのは吾朗君?助手席には女の人?「くるみ?どうしたの?信号変わったよ」「あ、ごめん」 こちらを振り返る二人に、作り笑顔になってしまう私。 どういうこと?見間違えなんかじゃない。あれは間違いなく、吾朗君だった。 隣にいたのは誰?あの従妹の女の人?「今のお店のケーキもなかなか良かったけど、北鎌倉にもっと美味しい所があるの。知ってる?」「北鎌倉?知らない。何ていう店?」 歩きながら亜矢と玲菜が話していた言葉は、私の頭の上をただ掠めて行くだけだった。 どこをどう歩いてパーティー会場にたどり着いたのか。二人について歩いていたら、無意識のうちに着いていた。まるで夢の中を歩いて来たような感じがした。暗くて、寂しい、一人ぼっちの夢の中。「ごめん、ちょっと電話したいから、先に入ってて」 そう言って私は会場には入らず、エントランスを横に避けて吾朗君に電話をかけた。 アパートは、留守番電話だった。次に震える指で携帯に電話する。『おかけになった電話番号は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません・・・』 あなたの想いは届きません。そう言われているようで、ぎゅっと胸が締め付けられた。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ぽちっと二つのバナーを、応援クリックしてくださるとかなり幸せです。 よろしければこちらもクリックお願いします。 リンク先の記事・広告の下に、投票フォームがあります。 簡単投票に参加して、この作品を評価してくださいね! コメント欄の ◆作者より ご挨拶◆ も、ご覧ください。(*^^)v■ ご協力ください ■ 北海道伊達市で15歳の男児が行方不明になっています
March 23, 2008
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◆前回までの小説のあらすじ◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 日曜の朝、僕が起きた時には、紗英はもう着替えてコーヒーを飲んでいた。「おはよう」「んー、おはよう」 昨日の慌てふためいた朝とは違い、時間も空気もゆったりと流れていて心地いい。「ねぇ、吾朗ちゃん、今日は暇?」「まあ特に予定はないけど」 ウェーブのかかった髪の毛を、指先でくるくるといじりながら紗英が言った。「じゃあさ、今日は私に付き合ってよ。お母さんのお墓参りに行くんだけど、車出してくれない?」 僕はもう観念していた。断ったところで、昨日朝早く紗英を追い出したことや、くるみに同居のことを言い出せなかったことを引き出して、責めてくるに決まっている。紗英の行動パターンは把握しているつもりなのに、いつもまんまと巻き込まれてしまう。 どうせ今日はくるみには会えないし、一日中、暇を持て余すよりはましだろう。「やったー。今日は十年ぶりに二人でドライブだね」 昨夜の悲しげな表情とは打って変わって、今朝の紗英は無邪気にはしゃいでいた。 行先は鎌倉だと言うので、僕たちは途中で食事をしていくことにした。 助手席に乗り込んだ紗英は、最近街でよく見かけるひらひらした薄くて透明感のある生地でできた流行りの服をしなやかに身にまとい、踵の高いピンヒールを履いていた。 くるみはこういう恰好はしないな。僕は無意識に二人を比べていた。「ねぇ、辛いカレーの専門店があったじゃない?あそこって、まだあるの?久しぶりに行ってみたいな」 それは僕たちが付き合っていた頃、よく食べに行った店だった。「ずっと行ってないからな。まだやってるかどうか」「ずっと行ってないの?何で?」「何でって、まあ、なんとなく」 なんとなく、ではなかった。僕は紗英にふられてから、二人で行った場所には極力行かないように避けてきた。「ふーん。吾朗ちゃん、あそこの激辛カレー、大好きだったのに」 あの店のカレーは美味かった。だがあの店によく行ったのは、紗英が美味しいと喜んでいたから。紗英の喜ぶ顔が見たかったから。僕は昔の想いを無視したまま、会話を続けた。「あの頃は僕もまだ若かったから。刺激の強い物が食べたかったのかもしれない」「そっか。確かに年取ってくると、胃に優しいものの方が良くなってくるわね。でも、たまにあるでしょ?激辛のカレーとかキムチ鍋とか食べたい時って」「まあね」 紗英は僕をふった側だから、思い出の場所に行く辛さなんてなかったのだろうか?まあ紗英の性格なら、例えふられた側だったとしても、そんなしおらしい気持ちにはならないのかもしれない。 僕一人が二人の思い出の場所を避けてきたことが、何だか可笑しく思えた。 久しぶりに通る道沿いには、コンビニや新しい店がいくつも出来ていて、昔とはだいぶ様変わりしていた。だがカレー専門店は昔のまま変わっていなかった。懐かしい佇まい。今時珍しいレンガの壁一面を覆うように、紅葉した蔦の葉が生い茂っている。ドアを開けるとあの頃と同じ、小さなカウベルがカランカランと鳴った。「うわあ、変わってない。懐かしいね」「まさかまた二人でここに来るなんて、思わなかったな」「昔と雰囲気変わってないね。一緒に来たのが昨日のことみたい」 僕も同じことを感じていた。二人の十年間の空白が、なかったような錯覚に落ちていく。 ひょっとしてこれが紗英の狙い?やっぱり紗英は僕の気持ちを取り戻そうとしているのか? いや、紗英はそんな回りくどいことをするタイプじゃない。そんな風に思うのは僕自身の自惚れか、でなきゃ、僕自身の願望?そんなはずは・・・。「辛ーい。この味も辛さも、あの頃と変わってないね」 運ばれてきたカレーを美味しそうに食べる紗英を、僕は少し複雑な思いで見ていた。 紗英の母の墓は鎌倉の小さな寺の片隅にあった。山に囲まれた静かな場所だった。 簡単に掃除をして、近くの花屋で買ったばかりの花を飾り、二人で手を合わせた。風がほとんど吹いていなかったので、線香の煙は空に向ってまっすぐに細く伸びていた。「お墓の管理とか、今後の法事のことで、私、ご住職とちょっと話をしなきゃならないの。三十分くらいかかると思うから、吾朗ちゃん、どこかで適当に時間潰してて。終ったら電話するね」 紗英にそう言われて僕は寺の駐車場に車を停めたまま、その辺を少し歩いてみた。 紅葉が始まり色付く木々、山肌の湿った土の匂い、微かに漂ってくる線香の香り。 しばらく行くと小さな土産物屋があった。千代紙で飾られた万華鏡や柘植の櫛が売られていて、古都・鎌倉の空気を醸し出すのに一役かっていた。 くるみが好きそうだな、こういうの。 ぼんやりと眺めていると携帯が鳴った。「お待たせ。今、終わったんだけど、どこにいるの?」「そっち戻るよ。車、さっきのとこに停めたままだから。駐車場で待ってて」 くるみを思い出した途端、罪悪感が湧いてきた。別に浮気をしているわけじゃない。だけど・・・。 駐車場に戻ると、紗英はサングラスをして車にもたれるようにして待っていた。「ねえ、せっかくここまで来たんだし、海の方、ドライブして行かない?」 紗英は車に乗り込んだ途端、待ち構えていたかのように声を弾ませて言った。 まだ時間も早かったし、渋滞覚悟で僕たちは海沿いの道に抜けた。 楽しそうな紗英の笑い声と、午後の陽射しをきらきらと細切れに反射させる波が、さっき僕の胸に湧いた罪悪感を、いつの間にか忘れさせていた。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ぽちっと二つのバナーを、応援クリックしてくださるとかなり幸せです。 よろしければこちらもクリックお願いします。 リンク先の記事・広告の下に、投票フォームがあります。 簡単投票に参加して、この作品を評価してくださいね! コメント欄の ◆作者より ご挨拶◆ も、ご覧ください。(*^^)v■ ご協力ください ■ 北海道伊達市で15歳の男児が行方不明になっています
March 12, 2008
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◆前回までの小説のあらすじ◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○「言えなかった、ってどういうことよ」 その日の夜、同居のことをくるみに打ち明けられなかった僕を待っていたのは、テーブルの向こう側から冷たい視線で睨みつける、紗英の大きな瞳だった。「ごめん、言いだすタイミングって言うか、なんて言うか・・・」「はー、そんな予感はしてたけどさー。やっぱり、あのまま、朝のうちに白状しちゃえば良かったのに。明日はくるみさんに会わないの?」「くるみ、明日は会社の先輩の結婚式があるんだ。あ、あとこれ、くるみが見つけたんだけど」 僕は洗面台でくるみが見つけたピアスを差し出した。「これ見て、くるみさん、何も言わなかったの?まさか吾朗ちゃん、自分のだって言ったとか?」「何で僕のなんだよ。おかしいだろ。紗英の忘れ物だって言ったんだ。冷蔵庫の中の野菜のこととか聞かれてさ。くるみと会った日のことを謝りにまた紗英が来て、その時の忘れ物だって言っといた」「それで済んじゃったってわけ?もう、この役立たず」 怒りながら、紗英はテーブルの上のピアスを指で弾いた。ピアスは一瞬きらっと光って、絨毯の上にぽとりと落ちた。僕自身が弾かれたような惨めな気分。いや、ちょっと待て。「役立たずって、それじゃあ、お前、これわざと置いていったのか?」「そうよ」 何の悪びれるところもなく、しれっと紗英は言い放った。「お前、そういうことするなよ」「今朝みたいに急に追い出されるようなことさえなければ、もうしないと思うけど。だいたいくるみさんに打ち明けるって言い出したの、吾朗ちゃんでしょ」 そう言われると返す言葉もない。「だから、ごめんって。次に会ったときには必ず、言うから」「どうだかね。今朝みたいに隠し事するときは抜かりないのに、正直に打ち明けることはできないんだから」 吐き捨てるようなそのセリフ。僕は以前、似たようなセリフを聞いたのを思い出した。それは親父が亡くなる少し前に、僕の母が言った言葉だった。「認めたくはないけど、僕が隠そうとするのは親父に似たのかな」「何よ、それ。親のせいにしないでよ」 紗英は呆れた顔をした。「いや、親父が亡くなる前にさ、ちょっとした事件があったんだ」「吾朗ちゃんのお父さん、亡くなったの?いつ?」 驚いたように紗英は目を大きく見開いた。「六年前。しばらく入院してて、寒くなってきたから、何か上に羽織るものを持っていこうとして、母さんが親父のタンスを開けたら、奥の方から通帳が出てきてさ。親父、母さんに隠して結構貯めてたんだ。母さんは何に使うのかって、さんざん問い質したけど、とうとう最後まで親父は口を割らなかった。口下手で不器用な人だったからさ、ひょっとしたらいつか母さんに何かプレゼントするために、内緒で貯めてたんじゃないかって、僕は思ったんだけどね。結局親父は白状せずに逝っちゃったけど」 ふと気が付くと、紗英の顔からはさっきまでの刺々しさが消えていた。力を失った紗英の瞳は、仄暗い水の底でゆらゆらと揺れているようだった。 しまった。紗英は自分の母親のことを思い出したに違いない。 僕にとって、親父の死はもう時効。昔のこととして胸に納まりつつある話だった。 だが、形見のロケット・ペンダントが壊れたあの夜に、紗英がこぼした止めどない涙。紗英が母親を亡くした痛みから、まだ癒えていないのは明らかだった。 無理もない。紗英の両親は周囲から結婚を反対され、駆け落ち同然で一緒になった。父親は紗英が生まれてまもなく他界し、親戚との関わりも一切絶った母親が一人で育ててくれたと、昔、紗英本人から聞いたことがある。物心ついた時から、紗英は母娘二人きりだった。 そのことを知りながら、僕は何の話をしているんだ。親父が死んだときの話なんて。「ごめん、こんな話」 俄かに紗英の瞳は光を取り戻した。「だからって、これとそれとは違うでしょ。そんな話しで誤魔化さないでよ。いい?次にくるみさんに会うときは、今度こそちゃんと話してよ」 これ以上話したくはないのか、そう言うと紗英は自分の部屋に行ってしまった。 僕も肉親を失った悲しみは体験した。親父を失った母さんが、人に隠れて何日も泣いていたことも知っていた。だから紗英の悲しみの深さを、何となくはわかっているつもりだった。つもりだったが・・・。 紗英の悲しみの本当の正体について、この時の僕には知るよしもなかった。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○■ ご協力ください ■ 北海道伊達市で15歳の男児が行方不明になっています 読んでくださって、ありがとうございます! ぽちっと二つのバナーを、応援クリックしてくださるとかなり幸せです。 よろしければこちらもクリックお願いします。 リンク先の記事・広告の下に、投票フォームがあります。 簡単投票に参加して、この作品を評価してくださいね! コメント欄の ◆作者より ご挨拶◆ も、ご覧ください。(*^^)v
March 3, 2008
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◆前回までの小説のあらすじ◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 男の人って危機に直面すると、あんなにテキパキと指示が出せるものなの?吾朗ちゃんは、かなり焦っていたけれど、頭の回転は相当早かった。 私の忘れ物をリビングに取りに行った後、彼は着替えてから、再び私の部屋にきてこう言った。「僕が廊下で見張っているから、その間にトイレと洗面を済ませて。あ、歯ブラシとか、洗面台に忘れないように。髪の毛も落ちたら拾えよ」 非常事態とは言え、相変わらず細かくてうんざりする。「あのさ、メイクとかしちゃ、やっぱり駄目よね?」 聞くだけ無駄だろうなと思いながらも、一応言ってみた。「あんまり時間かけられないし、悪いけど化粧はどっか外でやって」 案の定、予想通りの答え。だけど、一瞬むかっときた。 くるみさんには気付かれないように相当神経使っているくせに、私には化粧は外でやれって言うのね。吾朗ちゃんの気持ち、分からなくはないけれど、何か置き忘れていきたい衝動にかられた。 ピアスの片方、わざと置いて行っちゃおうかな?「紗英、まだ?早くして」 吾朗ちゃんは苛立ちを隠せない様子で、小声でささやいた。「もう、終わるわよ」 私も小声で返事をしながら、洗面台の大きな鏡を睨みつけた。「僕が向こうに行ってから、静かに出てって。一応、テレビをつけて音を少し大きめにしとくから」 そう言うと、吾朗ちゃんは白い木枠にガラスをはめ込んだドアから、リビングに入っていった。 ドアのガラス越しにリビングの一部が見えている。その四角く切り取られたリビングは、朝の光に満ちていて写真のように美しかった。 すぐにテレビの音、吾朗ちゃんとくるみさんの笑い声がドアの向こうから漏れ聞こえてきて、私はできるだけ静かに外に出た。 吾朗ちゃん、何だか随分手慣れた感じがしたけれど、ひょっとしてこういうの、まさか常習? いや、それはないか。しょっちゅうこんなことができる程、図太い神経は持ち合わせてない。私はふと浮かんだ疑惑を、苦笑いしながら打ち消した。どちらかというと、神経質な性格の成せる業よね。 階段を降り切った所の歩道から、三階建てのアパートを見上げる。 今頃二人で、楽しく朝ご飯か。 私はどうしよう?そう思ったとき、ちょうどバスが来るのが見えた。とりあえず駅までは出るつもりだったので、急いでバス停に駆け寄った。 駅に着いてすぐ、吾朗ちゃんが言っていたネットカフェをみつけた。これまでネットカフェに行ったことはなかったが、ずっと気になっていることがある。 一ヶ月以上ほったらかしの私のブログ。夫に離婚話を切り出してから、ブログどころではなかったし、元々パソコンは夫のものだったので、気まずくなってからは触る気にならなかった。 受付で会員登録をした後、パーテーションで仕切られた狭い空間に案内された。ほんのりと光を放つパソコンの画面の前に座ると、こじんまりとした空間が妙に落ち着く。 自分のブログを検索して開いてみると、酷いことになっていた。訳のわからないアダルト系サイトの書き込みだらけ。 けれどその中に、以前からやりとりをしているブログ仲間のコメントもいくつかあった。『最近、更新してないけど、何かあった?また遊びにきてね。待ってるよ』『poincare_daysさん、とうとう離婚?それとも、揉めてるの?落ち着いたらブログに戻ってね』 中には、つい二、三日前の日付のものもある。 私はもう一人ぼっちだと思っていたけれど、ここで待っていてくれる人がいたなんて。文字だけのやり取りなのに、どこか温かい繋がり。私は目に涙をいっぱい溜めこんで微笑んでいた。 久しぶりにブログを書こうと思ってログインした。『すっかりご無沙汰しちゃいました。心配かけちゃってごめんね。みなさんのご想像通り、離婚しちゃいました。母が亡くなり、夫と別れ、寂しくて落ち着かない日々で、ブログどころではなかったの。』 離婚を考えているということまでは以前ブログに書いていたので、とりあえず離婚の報告とその他の近況報告。それから、ずっと待っていてくれた人へのお礼。そして・・・。『パソコンがないので、今日はネットカフェからなんだけど、これからしばらくは携帯で更新するね。機種変したばかりで、使い慣れなくて面倒だけど、頑張ってみる。またほったらかしにして、みんなに心配させたら申し訳ないものね。でもこの先、もし一ヶ月以上、このブログが更新されなかったら、多分それが最後だから、「ついに逝っちゃったんだな」と思って。・・・なんてね(笑)』 (つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ぽちっと二つのバナーを、応援クリックしてくださるとかなり幸せです。 よろしければこちらもクリックお願いします。 リンク先の記事・広告の下に、投票フォームがあります。 簡単投票に参加して、この作品を評価してくださいね! コメント欄の ◆作者より ご挨拶◆ も、ご覧ください。(*^^)v
February 21, 2008
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◆前回までの小説のあらすじ◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ ヤバイ、ヤバイよ。超ヤバイ。どうすりゃいいんだ?彼女が朝食を作りに朝早く来てくれた。本来喜ばしいことなのに、僕は非常に焦っていた。キッチンにはくるみがいて、紗英はまだ部屋で寝ている・・・。どう考えてもマズイだろ、この状況。 くるみに「着替えてくる」と言って廊下に出たものの、内心着替えどころじゃなかった。面倒なことになる前に、早く紗英に伝えなきゃならない。 僕は慌てて紗英の部屋に向かった。 コン、コン・・・、ドアを数回軽くノックしたが返事はない。どうする?これ以上強くノックすれば、くるみに気付かれてしまうかもしれない。「紗英、頼む。開けてくれ」 僕は祈るような気持ちで小さくノックし続けた。「うるさいなぁ・・・何よ」 ドアノブがガチャッと動いて、少しだけ開いたドアの隙間から、紗英が覗いた。「ヤバイんだって。ちょっと中で話そう」 僕は紗英を押し戻すようにして、部屋に入った。紗英は眠そうな、重たいまぶたを無理矢理こじ開けながら、今まで寝ていたベッドに腰を下ろした。「いいか落ち着いて聞けよ。くるみが来てる。くるみが来て、キッチンで朝飯作ってる」 紗英はまだ夢から覚め切っていない様子で、きょとんとしていた。「ふーん、良かったじゃない。まぁ、私のことは気にせずに、二人でごゆっくりどうぞー」「おい、こら、紗英」 そう言うと紗英は、そのままベッドに倒れ込んで目を閉じた。ダメだ、こいつ、分かってない。全然状況が呑み込めてない。「紗英、起きてくれ、頼む。お前がここにいちゃ、ヤバイだろ?」」「もう、何なのよ。どうせ今日、私が同居してるってこと話すんでしょ?なら、ちょうどいいじゃない」「ちょうどいい訳ないだろう?話すにしても、こんな状況じゃマズイって」「じゃあ、どうしろって言うのよ?もう来ちゃってるんでしょ。帰ってもらうの?」「じゃなくて、お前が出かけてくれないか?」「はぁ?」 紗英の目がようやくパッチリと開いて、黒い瞳に力が満ちた。「こんな朝早くから、どこに行けって言うのよ。コンビニくらいしか開いてないじゃない」「えーっと、あ、駅前。駅前のネットカフェあるだろ?あそこ確か二十四時間営業だったと思う。すぐとなりの喫茶店も朝七時からやってたはず」「何で私が出かけなきゃならないの?あー、もう、しょうがないな。でも約束してよ、今日ちゃんとくるみさんに話すって。私、こんなふうにこそこそするの、嫌なの」 紗英は明らかにむくれていた。だが僕はようやく安堵した。「あとさ、確認しとくけど、お前の物、この部屋以外に置いてないよな」「うん、歯ブラシとかも洗面台に置くなって言うから、面倒臭いけど、旅行用のポーチに入れて使ってるし、洗濯物も洗濯機回す直前まで部屋に置いてるし。靴もちゃんと靴箱に入れたし・・・あ」「何だよ?」「昨日見てた雑誌、リビングに置いたままだ。表紙に『特集 魅せる!大人の下着選び』って書いてあるやつ」 『魅せる!』って・・・。僕は頭が真っ白になった。「ちゃんと片付けろよ。まあいい、僕が何とかするから、紗英は着替えて出かける支度して」 僕は洗面台の引き出しからタオルを一枚持ってパジャマのまま、再びリビングへと向かった。「まだ着替えてなかったの?もうすぐご飯できるよ」 リビングのドアを開けた途端、くるみが声をかけてきた。「ああ、さっきカーテン開けるのを忘れてたから、先に開けておこうと思って」 咄嗟に思いついたことだったが、僕は何食わぬ顔をしてカーテンを開けた。ガラス越しに飛び込んできた朝の光がやけに眩しく、うしろめたい心に突き刺さるような感じがした。だが、急がなくては。 くるみに気付かれないように、雑誌を探す。あった。『特集 魅せる!大人の下着選び』 僕はソファに忘れられていた雑誌の上にさりげなくタオルを落として、雑誌と一緒に拾い上げた。さあ、後は一刻も早く撤収しなければ。「顔洗って、今度こそ着替えてくるから」「うん、早く来てね」 土曜の朝からこそこそと、僕は何をしてるんだ。これじゃまるで浮気してるみたいじゃないか。 くるみの顔をまっすぐに見られない自分が、何だかとても情けなく思えた。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ぽちっと二つのバナーを、応援クリックしてくださるとかなり幸せです。 よろしければこちらもクリックお願いします。 コメント欄の ◆作者より ご挨拶◆ も、ご覧ください。(*^^)v
February 10, 2008
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◆前回までの小説のあらすじ◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 土曜の朝7時台は平日よりバスの本数が少なくて、バス停で結構待たなくてはならなかった。 吾朗君、喜んでくれるかな? やっと来たバスに乗り込み、一人掛けのイスに座る。乗客は私の他には二人しかいなかった。 通いなれた道だったけど、この時間にバスで通るのは初めてだった。朝日に照らされた白い住宅街は、何だかいつもと違って少し眩しい。時折、犬を連れて散歩している人やジョギングする人を見かけたが、他に人の姿を見ることはなかった。 バスを降りると、吾朗君のアパートはすぐそこ。 ひっそりとした土曜の朝、太陽だけがいつもと変わらない一日を始めていた。 こっそり朝ご飯を用意してから、吾朗君を起こす。今日の私の秘かな計画。きっとびっくりするだろうな。私は合い鍵でそっとアパートのドアを開けて、中に入った。 部屋の中はまだ薄暗く、静まり返っている。 吾朗君を起こさないように、彼の寝室のドアの前を静かに通り抜け、短い廊下の奥にあるリビング続きのキッチンに忍び込んだ。小さなダイニングテーブルの上に持ってきた食材を置いて、私はリビングと廊下を隔てるドアを、音がしないように注意深く閉めた。 ふぅ。ここまでは何とか成功。後は吾朗くんに気付かれないように、こっそり準備しなくちゃね。 彼の驚いた顔が喜びにほぐれていくところを想像して、私はわくわくしながら調理を始めた。「あれ?」 冷蔵庫を開けて、びっくりした。いつもは缶ビールや缶チューハイくらいしか入っていない、ほとんど空っぽに近い状態の冷蔵庫。なのに、今日は色々入っている。お豆腐、卵、ベーコン、シール容器に入ったコールスローサラダ・・・シール容器なんて吾朗君、持ってたっけ?他にもネギやニンジン、大根、キャベツなどのたくさんの野菜類。豆板醤やオイスターソースといった調味料も増えていた。今までこんなことなかったのに、急にどうしたんだろう? 吾朗君、自炊に目覚めたのかな? まさか。 ふいに先週のことを思い出す。ここで料理をしてた人、従妹だと言ってたあの人。あれからまたここに来たのかな?確か京都から来たって言ってなかった?あれからずっとこっちにいるの? 開けたままの冷蔵庫から流れ出る冷気がひんやりと私を包み込んだ。「今日は土曜だから遅くていいって・・・んああ?くるみ?」 さっき閉めたリビングのドアを開けて、パジャマ姿の吾朗君が入ってきた。私を見つけた彼の声は、よっぽど驚いたのか変なふうに裏返った。「おはよう。もう起きちゃったの?起こしたかったのに」「何、で?」「何でって、何が?」 寝ぼけていて、事態が飲み込めないでいるのか、吾朗君はまだ眠そうな目で何度も瞬きをした。寝ぐせのついたボサボサの頭、何だか妙に可愛い。「いや、だって映画行くのは昼からだろ?こんなに朝早くから。どうしたの?」「内緒で朝ご飯を作って、吾朗君を驚かせようと思ったの。ひょっとして困ってる?」「困ってなんかないよ。ただちょっとびっくりしただけで」 吾朗君の笑顔、少し緊張してるというか、不自然な感じ。驚いたから?それとも寝ぼけているから?「あー、あの、ちょっと着替えてくる」 彼はそそくさと出て行った。 吾朗君起きてきちゃったし、冷蔵庫のことは後回しにして、ご飯の準備しなくちゃ。 私は急いで、水を張った鍋を火にかけた。 少しして、吾朗君が戻って来た。着替えるって言ったのに、パジャマのまま。手にはタオルを持っていて、キッチンではなくリビングに行った。「まだ着替えてなかったの?もうすぐご飯できるよ」「ああ、さっきカーテン開けるのを忘れてたから、先に開けておこうと思って」 ザッという心地良い音ともに、カーテンは左右に開かれ、眩しい朝の光がリビングいっぱいに差し込んだ。「顔洗って、今度こそ着替えてくるから」「うん、早く来てね」 どうして彼はパジャマのままでまた戻ってきたのか。そんなことは少しも気にかけていなかった。この時、リビングから吾朗君がこっそりと何かを持ち出したことにも気付かずに、私はテーブルに二人の箸を並べていた。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ぽちっと二つのバナーを、応援クリックしてくださるとかなり幸せです。 よろしければこちらもクリックお願いします。 リンク先の記事・広告の下に、投票フォームがあります。 簡単投票に参加して、この作品を評価してくださいね! コメント欄の ◆作者より ご挨拶◆ も、ご覧ください。(*^^)v
February 2, 2008
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◆前回までの小説のあらすじ◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 紗英と同居を始めて、一週間が過ぎた。くるみとは先週の金曜日、紗英のことを従妹だと説明して以来、お互い忙しくて会っていない。あれから紗英と僕が一緒に暮らし始めたなんて、まさか夢にも思っていないだろう。僕だって、まさかこんなことになるとは全くの予想外だ。 僕はこの同居を、くるみに隠しておく自信がなかった。下手に隠していたら、後で知ってしまった時に何と言い訳しようと取り返しのつかないことに成り兼ねない。僕はその方が怖かった。だから変に誤解されてしまう前に、くるみには話しておこうと思っていた。 だが、どう言えばいい? リビングのソファでぼんやりとテレビの画面を眺めている僕の横に、夕飯の後片付けを終えた紗英が雑誌を持ってやってきた。「明日は、くるみと出かけるから」「そう、わかった」 紗英は僕の方を見もせずに、雑誌のページをめくった。「一応さ、くるみには話しておこうと思うんだ。僕たちのこと」「そうね、後から知って、変に誤解されても困るものね」 この同居のせいで僕は頭を悩ませているというのに、紗英の態度はあまりに素っ気なく淡々としていた。何だよ、それだけか? この時、僕が「くるみに話す」と言ったことに対して紗英がどういう態度に出るのか、紗英の本音みたいな部分を探っていたのかもしれない。 テレビでは今人気のお笑い芸人がコントをやっていた。紗英は雑誌から顔を上げて、それを観ながら笑っていた。「大体どうして僕と同居するなんて言い出したんだ?」「え?」 僕の唐突な質問に、紗英は一瞬戸惑った。「そりゃあ、僕にはお母さんの形見のペンダント壊しちゃった責任があったけど。でも離婚して、お母さんが亡くなられて、一人じゃ寂しいからって、普通男と同居するか?親戚とか友達の所とか、他にも行くとこあっただろう?」「ここじゃなきゃダメなのよ」 テレビを見つめたまま、紗英は満面の笑顔を浮かべた。「だってね、ここって見晴らしいいし、日当たりもいいじゃない?」「それだけ?」「うーん、あとはね、コンビニも近所にあるし、交通の便も割といいしね」 呆気にとられた僕を軽く笑いながら、紗英は続けた。「本当はね、一人でいるのは辛いけど、だからと言って幸せそうな家族の中にいるのはもっと嫌だったの。私だって離婚したくてしたわけじゃないし、仲の良い夫婦とか、子供とか見るのは余計に寂しくなっちゃいそうでしょ。独身の女友達もいないわけじゃないけど、そういう子は実家で家族と一緒に暮らしているしね。友達のお母さんとか見ちゃったら、今はまだちょっと辛いかなと思って」 テレビから乾いた笑い声が聞こえてくる。紗英は尚も言葉を続けた。「吾朗ちゃんが一人で暮らしてるっ知って、吾朗ちゃんならいいかなって。元カレとの同居ってとこは確かにちょっとひっかかったけど、逆に気心知れてるから楽かなって思えたし。それと吾朗ちゃんには恋人がいたから。吾朗ちゃんは恋人がいるのに、他の女に手を出すような人じゃないから、安心かなーって」 最後の言葉はそれだけ僕を信用してくれているのか、それとも釘を刺さされたのか? いずれにしても紗英にとって僕はただの同居人らしい。同居して部屋を貸すこと以外、何も求められていないのであれば、変に身構える必要はなさそうだ。僕は不思議と肩の荷が下りたような気がした。 だがそんなに簡単に、あっさりと割り切れてしまえるものなんだろうか?「ねぇ、喉乾いちゃった。何か飲む?」「冷蔵庫に缶チューハイがあっただろ?それのライチ、持ってきて」「オッケー」 とにかく、明日くるみには話しておこう。くるみならきっと分かってくれるはず。 紗英が誰かと同居したがっていたということと、その理由。そして僕が紗英のお母さんの形見の品を誤って壊してしまったこと。そのお詫びも兼ねての同居であって、それ以外の理由は何もないこと。期間限定、二ヶ月間だけの同居だということも言っておいた方がいいな。 ただ今思えば、咄嗟のこととは言え、紗英を従妹だと紹介したことは失敗だった。僕とくるみが結婚したら、即ばれるじゃないか。そうかと言って、他に都合のいい続柄も思いつかない。 とりあえずは仕方ない。明日は従妹だと強調しないように、かといって従妹であることを否定もしないようにして、誤魔化すしかないか。「はい、ライチどうぞ」「ありがと」 缶チューハイの炭酸が、プシュっと弾けて心地よく喉に沁みた。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ぽちっと二つのバナーを、応援クリックしてくださるとかなり幸せです。 よろしければこちらもクリックお願いします。 リンク先の記事・広告の下に、投票フォームがあります。 簡単投票に参加して、この作品を評価してみてください! コメント欄の ◆作者より ご挨拶◆ も、ご覧くださいね。(*^^)v
January 25, 2008
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◆前回までの小説のあらすじ◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください ※登場人物の紹介もあります ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 朝目覚めると紗英がいる。 僕はこの状況を決して快く受け入れたわけではなかった。 しかし、これまでは僕が開けない限り朝の光りを遮っていたリビングとキッチンのカーテンも、紗英が来てからは僕が目覚める前に開かれ、僕が起きる頃にはキッチンは温かい朝食の香りで包まれていた。普段は慌ててかじるトーストとコーヒーしかなかったテーブルの上には、サラダやスープ、そして時には果物まで並んでいたりする。卵はハムエッグだったり、チーズが入ったオムレツだったり、毎日姿を変えて現れた。 こんなのも、悪くはないな。いや、ちょっと待て。僕は何を考えてるんだ。「こういうことしないでくれって言ったじゃないか」 ちらっと顔を覗かせた感情を打ち消すように僕は紗英に言った。「ダメダメ、朝はしっかり食べなきゃね」 新しいエプロンを身に着けた紗英は、せっせとテーブルを朝食で彩っていく。「いいよ、僕は。これまでだって朝はトーストだけだったし。昨日も言っただろ?」 僕の話にはお構いなしに、紗英は温かいスープをよそった。「さあ、食べて。せっかく作ったんだから、もったいないでしょ?」 何でこいつはこうなんだ。僕はテーブルに着くと、コーヒーとトーストだけを引き寄せた。「ちょっと、ちゃんと食べてよ」「いらないってば」「あのね、食べてくれないと、私と吾朗ちゃんは本当は従兄妹じゃないし、今一緒に暮らしてるのよって、くるみさんに話すよ」 思わずむせそうになって、僕は飲んでいたコーヒーをテーブルに戻した。何だよ、その言い分。ここで暮らしたいって無理を言い出したのは自分の方だろう?そりゃあ、承諾せざるを得なかったのは僕に落ち度があったからだけど。「わかったよ、食べりゃいいんだろ。食べれば。だけど明日からは本当にもういらないから」「そんなのダメ。私、朝はしっかり栄養を摂らないと一日中元気が出ないんだもの」「じゃあ自分の分だけ作ればいいだろう?」「だって、一緒に味わって食べたいんだもの」 何なんだ、こいつは。確かに付き合っていた頃は、紗英のこんなわがままが可愛く思えてたときもあった。だが僕は今、そのわがままこそが離婚の原因だったんじゃないのか?と紗英に言ってやりたいくらいだった。 「ここで暮らす」と言い放った時の紗英の睨みつけるような瞳。昔から僕は、あの瞳に逆らうことができなかった。あの瞳に睨まれたら、素直に従うしかない。一種の条件反射のようなもの。僕はパブロフの犬か?情けない。 紗英は実家を売却して、二ヶ月後には留学するつもりだと言った。同居を承諾してしまった以上、それまでは辛抱するしかないと、僕は自分に言い聞かせていた。 ふと紗英の視線に気がついて僕は紗英の顔を見た。くすくす笑っているような表情。何がおかしい?「何だよ、人の顔見て」「だって吾朗ちゃん、毎朝いらないって言っといて、毎朝おいしそうによく食べるなぁと思って。ねえ、美味しい?」「あぁ」 美味しいかと聞かれればそう答えるしかなかった。実際、紗英の料理は美味かった。さすがにしばらく主婦をやっていただけある。「ね、同居して良かったでしょ?」「まぁ、料理の点で言えばそうかもしれないけど」「夕飯も楽しみにしててね」 にこにこと機嫌のいい時の紗英はかわいかった。昔から美人だったが、三十を過ぎた今も変わらない。 怒った時に僕を睨むあの目に、逆らわずにいればこの笑顔が見れる。僕はこの笑顔が見たくていつも紗英の意見に従ってしまうのかもしれない。 シンプルと言えば聞こえはいいが、実際男の一人暮らしはどこか殺伐としていた。くるみも働いているので毎日来るわけじゃないし、週末も外で会うことが多かった。今回突然降った雨は、そんな僕の日常に潤いをもたらし、一輪の華を咲かせたのかもしれない。 だが、この華は咲く場所を間違えている。僕たちは十年も昔の元恋人。今は他人。僕はくるみとは結婚まで考えているというのに、別の女と同居してたらまずいだろう。 だいたい、家族とかにこの状況を知られたら、なんて言い訳すりゃいいんだ。 ともすれば雰囲気に流されそうになる自分がいた。だからこそ、僕は紗英を警戒して身構えていた。いや、紗英に心を許してしまいそうな自分に対して警戒が必要だった。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ぽちっと二つのバナーを、応援クリックしてくださるとかなり幸せです。 コメント欄の ◆作者より ご挨拶◆ も、ご覧くださいね。(*^^)v ←「コンテンツバンク」に参加しました。 リンク先の記事・広告の下に、投票フォームがあります。 簡単投票に参加して、この作品を評価してみてください!
January 18, 2008
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